Lunatic(旧・春秋零下)   作:四月朔日澪

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のんのんびより三期決定しましたね。楽しみです。


月蝕(前編)

埼玉県の北部。そこには他の自治体との交流が断たれた村があった。

 

「コミューン」

-本来は自治的共同体のことを言うが、共産主義運動の発展から共産主義的な運営体制、村を現わすことが多くなった。コミューンの草分け的存在であるのが、かの有名なパリコミューンである。その後ソビエト連邦や中華人民共和国のような共産主義国家が誕生し、日本でも共産主義運動が戦後盛んになると資本主義を倒すという過激派と小さいながら共産主義政権を打ち立てようという穏健派に分かれるようになった。その穏健派が地方の山奥で農村を開拓したものが日本におけるコミューンである。

 眞一の住むこの村も全共闘世代の親たちが資本主義の都会から離れ、山を切り拓き田や畑を作って出来上がった自給自足の共同体である。コミューンは会議制で先3年の生産計画を立て、誰が何を幾つ生産するかが完全に管理されている。ちなみにコミューンの心臓である中央委員会の書記長は木原るなの父である。また、資本主義社会との交流を断つために外出は届出制であり、脱走はコミューンでは罪である。恋愛も禁止であり、結婚相手は基本会議で誰が誰と結婚するかを決めることとなっている。もし、結婚相手に文句を言えば「執着を捨てろ」と言われ拒めば粛清される。

 そのコミューンの鉄の掟を破ったのが、眞一と瑠奈であった。はじまりは瑠奈が眞一に告白をしたことからであった。その時、まだ眞一にも瑠奈にも結婚相手は告げられていなかった。

「シンちゃん、好きです。付き合って下さい」

「少し...少し考えさせてくれないか?」

「うん!幾らでも待つよ。」

 

「.......」

桑野が告白するところを憎々しく遠くから見ていた者がいた。それは木原だった。

「チッ..シンは私のなのに...抜け駆けなんて許さない...」

 

 その後、2人は付き合うこととなった。付き合うと言っても、田舎で出来ることなど登下校やおうちデートくらいのものである。それまでの日常となんら変わりなかった。一人を除いて....

「るな、たまには一緒に帰ろうよ。いいでしょ?シンちゃん?」

「え?うん」

「ごめんねくー、シン。私、部活あるから先に帰ってて。それにお二人さんの邪魔をするのもね...シン!ちゃんとくーを家に送るのよ!」

「お、おう。分かったよ...」

「ほら、行こシンちゃん」「うん」

手をつないで帰る2人を笑顔で見届ける。そして、姿が見えなくなると誰もいない教室で木原はバケツを蹴り上げた。

「クソクソクソクソ!!!!あの雌豚....シンに媚売りやがって。シンもシンよ!鼻の下伸ばしちゃってさ。あの女がいなければ.....

いつもいつも私の邪魔ばっかりしやがって...

 

ユルサナインダカラ」

思えば木原の人生はいつも桑野と比べられてきた。桑野は子どもの頃から大人しい子で、やんちゃで男の子のような木原は「少しは桑野さんところの瑠奈ちゃんを見習いなさい」「なんで瑠奈ちゃんみたいに大人しくできないの!」といつも比較の対象にされていた。子どもからすれば自己否定に近いものだった。そのうちるなは誰からも愛されていないと錯覚し、段々と元気がなくなっていった。

***

 ある時、眞一が野球にるなを誘ったことがあった。

「るなー野球しようぜ」

「いや....」

「なんだよ。前は普通にしてたくせに..瑠奈ちゃんは球とれないから相手にならないんだよ...」

「..っどうせ私はくーみたいに女の子っぽくないんでしょ!シンもそうやって....」

「別にそんなこと言ってねぇだろ!それにるなはかわいいじゃん!元気で笑ってる顔がすごくかわいい!」

「え...」

「だから泣くなよ。瑠奈ちゃんとるなは違うんだし。」

眞一は今にも泣きそうなるなの頭を撫でて慰めた。

「(シンがかわいいって...私のことかわいいって..)」

***

それから木原は元の男っ気のある少女に戻った。ただ恋愛禁止の掟をずっと守っていた木原はその恋心をずっと隠し過ごしていた。そんな木原からすれば桑野の告白は掟を破っただけでなく自分から眞一を盗った泥棒猫でしかなかった。眞一をとられた木原にできるのは桑野を妬み恨むことそれだけだった。

1年前、これまでの関係がひっくり返る事態が起きた。それは会議による結婚相手の策定であった。眞一たちもうすぐ立志の少年少女は9人ほどで、残りの1人は上の年齢の者と結婚することとなっていた。眞一と二人のルナが組まれる確率はさほど低くなかった。そうした環境の中、縁組が一つの会議によって決定された。

 

『坂下眞一・木原るな』

眞一の相手は木原に決定した。この決定を目にした木原はやっと報われたような気分になった。これで公私ともに認める仲になれた。眞一が自分のものになったと木原はこれまでになかったくらい喜んだ。一方で現彼女である瑠奈の心境は穏やかではなかった。瑠奈は爪を噛み、

「るなの仕業だ...権力を使って私とシンちゃんの仲を引き裂こうとしたんだ...」

実際、そのような事実はなかった。これは会議で公正に議論した結果なのだが、この出来事が3人の友情にしこりを生むことになる。

 

「おはようシン!」

「...おはよう」

次の日、家の前に木原がいた。瑠奈と付き合うようになってからは別々に登下校することが多かった木原がセーラー服を着て自転車に乗り迎えに来た。その理由はなんとなく分かっていた。芯は真面目な木原だ。おそらく許嫁になったからだろう...眞一は支度を済ませ、自転車を引く。

「瑠奈を迎えに行くけど、ついてくるか?」

「え?なんで?」

「なんでって...」

「シンも知らないわけじゃないでしょ?もうシンと私は伴侶になるんだよ。くーのことなんでどうでもいいでしょ?」

「どうでもってそんな言い方...」

「何?くーのが大事な訳?シン、『執着』を捨てないといけないよ。もう大人になるんだから」

この村では中学を卒業すると強制的に家業を継ぐこととなっている。眞一の家は農家、木原家は酒屋であった。婿養子ではないので木原は農家に嫁ぐことになる。徹底された計画経済の中で大きな敵は「地位への執着」「欲への執着」など様々な『執着』だった。木原は子どもを諭すように眞一を諌める。

「あのさ...木原」

眞一は閉ざしていた口を開いた。

「縁談が始まるまでは瑠奈とも木原とも友達でいたいんだ。この時間は今しか過ごせないしさ...」

「....はぁ。分かった。シンがそういうなら今は友達でいてあげる。でも忘れないで?私がシンの恋人だってこと。ほら、くーを迎えにいくわよ」

木原はペダルをこぎ、桑野家に向けて自転車を走らせた。それを追うように眞一も自転車をこいだ。

 その日、桑野は学校に来ることは無かった。迎えに行ったものの桑野の母が「今日は学校行きたくないみたいなの。昨日お父さんと喧嘩してね...」と説明をしてくれてその日は木原と学校へ行くこととなった。

しかし、次の日もその次の日も桑野は学校に来なかった。眞一はプリントを桑野の家に持っていく事になった。

「お邪魔します。」

「あら、眞一くん。今日もありがとうね。瑠奈は今日も部屋から出てこようとしなくて」

「ちょっと部屋に行ってもいいですか?」

「いいけど...多分出てこないと思うわよ。」

「いいんです。少し話がしたいだけなので」

眞一は瑠奈の部屋の前に立った。

「瑠奈、いるんだろ?」

「シンちゃん....?」

扉の向こうから小さな声で反応があった。

「瑠奈...俺、木原と結婚することが決まった。でも、今は友達でいようって約束して、木原もそれでいいって言ってる。だから、さ。また仲良く3人で遊ばないか?」

「そんなの嫌!」

あくまで友達としてやり直そうとする眞一の誘いを拒否する。

「シンちゃんの彼女でいられないなら...私死ぬよ?」

「!?何馬鹿なこと言ってんだ」

「本気だよ!シンちゃんと結ばれないなんて死んだも同然だもん!いや!別れるなんて!シンちゃんは私の彼氏だもんっ!」

「....とりあえず開けてくれ」

眞一がそう言うとガチャっと解錠音がし、扉がゆっくり開く。中から瑠奈が出てきた。目は真っ赤に充血しており、髪も乱れていた。

「シンちゃん....」

「俺も瑠奈が好きだ!でも、ここじゃそれは叶えられない...」

「じゃ、逃げようよ」

眞一は「なっ...」と驚いた。つまり村から脱走しようと言い出したのだ。村の脱走は大罪であった。捕まった時の仕打ちは言葉にならないものである。しかし、愛するものの願いを断ることはできなかった。眞一は静かに首を縦に振る。眞一は部屋に入り、瑠奈と脱走計画を企てた。プランは深夜に各家を出発し、竹林まで向かって山を下るという計画だった。竹林は傾斜が急で監視が甘い。また、ひと気がないので人と出会う確率も低いことから竹林からの脱出にした。実行は4日後、2人で脱走の準備を進めていった。

「最近シン、くーの家よく行くわね。何してるの?」

実行2日前、木原が休み時間にそんなことを聞いてきた。友達に戻ろうと言っておきながらここずっと木原にかまっていない。不審に思った木原は眞一に疑問を突きつけた。

「その...ずっと学校に来てなかったからさ。勉強教えてるんだ」

「ふーん。シンが、ね...私も付いてきていい?」

「え?いや、その...」

これは困った事になった。今日も脱走計画を練ろうと思ったのだが、木原が来るとなると今日は作戦を立てることができない。

「どうしたの?私がいちゃいけない理由でもあるのかしら?」

「いや、そうじゃないけど...」

「じゃあ、くーの家行っていいんだね?」

「あ、えーと...いや、そのまだ瑠奈、木原と会うのは怖いって言ってたし。もうちょっと待ってくれるかな..」

「そう...まぁいいけど。あんまり変なことしちゃダメだよ?シン」

『シン』という発音が非常に冷めたものだった。木原は訝しげに見ていたが、なんとかやり過ごすことができた。

 そして、決行の時がきた。水や懐中時計、当座の食料などを入れたリュックを背負い、窓から家を出る。そのために事前に靴を部屋に持ってきた。ゆっくりと降りて集合場所の祠に向かう。足音を立てないよう走ると祠が見えてきた。まだ瑠奈は来ていないようだった。しばらく待つとパタパタと瑠奈がやってきた。

「はぁはぁ...お待たせ」

「誰にも会わなかったか?」

「うん。大丈夫!」

「時間がない。急ごうか」

2人は竹林の方に向かった。進むにつれ、街灯はなくなり暗がりの状態で畦道を走っていく。はぐれないよう手を繋いで瑠奈をひっぱっていった。

「ここを下れば、村から出られる」

「それでやっと2人きりになれるんだね....」

「うん。一緒に逃げ延びような」

「うん!」

「じゃあ、行こ...

『何してるの?』

急にパッと光が当てられる。バレてしまった...!!

恐怖と驚きの中で光の先を見ると、そこにいたのは木原だった。

「木原...」「るな..」

 

木原は開口一番に蔑むように

「....嘘つき」

と言い放った。

「言ったよね?シンの恋人は私だって。これはどういうこと?シン、あんたこの罪の重さ分かってるの?」

「分かってるさ...昨日からずっと怖かった。でも、瑠奈が望むなら俺は...」

「そう...くーが火をつけた訳ね...」

「るな!勝手なことは分かってる!でも、見逃して!私シンちゃんが..」

「うるさい!この泥棒猫!!」

木原は怒り混じりに叫んだ。

「ごめんね。シン、でもシンが悪いんだよ?私を騙したんだから。ちゃんと償ってもらうから、ね?」

木原の言葉に嫌な予感がした眞一は瑠奈の手を取り急いで竹林を下った。しかし、急に視界が反転する。何が起きてるんだ?気がつけば眞一は大人たちに取り押さえられていた。

「捕まえたぞ!」「このガキィ」

ヘッドロックをかけられた状態であばらや脇腹を蹴り上げられる。瑠奈も腕を押さえられ拘束されていた。その後は想像を絶するほどの地獄であった。

『この馬鹿者がっ!』

「ガッ!グフッ...」

父親を含む大人数人に木製バットやら角材でシバかれた。一撃目に頭をやられ、腕や腹部を攻撃されるも意識が朦朧として痛みも段々と感じなくなってくるほどだった。気絶すると水を顔にぶっかけられ、寝ることすら許されなかった。大人による制裁を受け終えた後も..

「この反逆者」「恥を知れ」

中学で同級生からいじめをうけた。放課後呼び出され、サンドバッグのように殴る蹴るといった暴力を受け続けた。しかし、眞一は耐えた。自業自得であるし、木原を裏切った罪滅ぼしになればと思った。ただそれも限界がきた。眞一は自殺を図る。しかし、未遂に終わり妹・麻莉は兄を冷ややかな目で見るようになった。また麻莉は仲の良かった眞一と瑠奈を引き裂いた木原に恨みを持つようになった。

桑野瑠奈はというと、拘束された後、桑野家の座敷牢に閉じ込められた。ただ3日程度であり、折檻を受けたりしたわけではなかった。というのも、眞一が全ての罪を被ったからだ。誘ったのも計画したのも全て自分であると自白したのだった。

その後、眞一は保健室登校となり桑野と木原は眞一の前だけ仲良く接し、2人だけの時は険悪な状態が続いていったのだった。そして、遂に両者の怒りが爆発した。

(後編に続く)




次回最終回です。

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