Raison d'etre   作:月島しいる

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13話 広瀬理沙(3)

 篠原華は機械翼の生みだす揚力によって夜空を飛行しながら、背後をチラりと振り返った。

 五つの識別灯が一定距離を保ってついてきている。

 そして、洋上には護衛艦みなみの探照灯。

 全小隊長が一度に出撃するのは、華が知っている限りこれで二度目だった。通常、連戦や本部の防衛を考慮して、小隊長のうち最低一人は本部に残る。

 つまり、全小隊長が出るのは異例中の異例だ。自然と小銃を握る手に力が籠る。

『警戒区域に突入。各自兵装を確認』

 通信機から届く奈々の命令に、小隊長たちは一斉に小銃の安全装置を解除した。そしてマニュアル通りに連結ベルト、機械翼、識別信号に異常がないかを確認していく。

 第五小隊長の進藤咲(しんどう さき)が狙撃銃を構え、光学照準器を覗きこむ姿が後方に控える哨戒ヘリからの照明で夜空に浮かび上がった。

『……前方海面付近に亡霊です』

 通信機から咲の小さい声が届く。

 華はすぐに視線を落とし、海面付近を注視した。

 一つの発光体が見える。

 発光体はみるみるうちに大きくなり、次第にその姿がはっきりと視認できるほどになった。

「鳥……?」

 華の口から、ぽつりと呟きが漏れる。

 敵は鳥のような形をした、大型の亡霊だった。

 美しい流線型のフォルムは、遠目では戦闘機のようにも見える。過去に観測された死神のような亡霊とは、形状が大きく異なっていた。

『これより目標をパーソナル・ネーム"イーグル"と呼称する。射程に入り次第、咲の狙撃を起点に総攻撃を開始する』

 咲が絶妙なESPエネルギーのコントロールで機械翼を操り、音もなく空中で静止して狙撃銃を構える。

 風切り音に紛れて、奈々の号令が聞こえた。

『撃てッ!』

 同時に銃声が轟いた。

 進藤咲の構えていた大型の狙撃銃から、巨大な光条が放たれる。それはイーグルと命名された亡霊に直撃し、閃光が走った。

『……命中確認。外傷は確認出来ません』

 閃光の向こうから、悠々と鳥型の亡霊が姿を現す。

 それはまるで、雲間から姿を出す戦闘機のようだった。

 背筋を嫌な汗が伝った。

『目標、移動を開始しました。接近しています』

『散開し、動きを牽制しましょう』

 解析オペレーターの警告と、奈々の命令が届く。

 イーグルが翼を大きく広げ、夜空を駆け上っていった。

 鳥のように羽ばたき、どこか美しさを感じさせる飛び方で遥か頭上を超えていく。

『敵ESPエネルギーの増幅を確認。衝撃に備えてください』

 解析オペレーターの言葉と共にイーグルの口が千切れんばかりに大きく開いた。

 攻撃に備え、機械翼を大きく展開して初速をつける。

 同時に、イーグルの大きく開いた顎から、楕円形の光弾が発射された。光弾の向かう先には第四小隊長、黒木舞の姿があった。

 回避行動を取る為に舞が右に体を傾け、射線から身を引く。その時、奇妙な事が起こった。光弾が突然、舞を追いかけるように弾道を変えたのだ。

 まるで誘導ミサイルのような軌道を描くそれは、はじめて見る亡霊の力だった。

『……追い付かれる。回避行動は必要ない。速度をあげなさい』

 奈々の命令に従うように、舞の速度が格段に上昇する。しかし、追尾弾は尚も舞の後ろに食らいついて離れない。

『ダメっ! 振りきれない……!』

 舞の舞が光弾を振り切ろうと何度も旋回を繰り返すが、光弾は舞の後を正確に追尾し続ける。通信機から鋭い奈々の命令が走った。

『華、援護を! 光弾を吹き飛ばして!』

 同時に華は舞に向かって飛翔を始めた。

 小銃を構え、追尾弾を撃ち落とそうと狙いをつける。

 手が震えた。

 視線の向こうでは、舞とそれを追う追尾弾が複雑な軌道を描いていた。

「司令、無理です! 補足できません!」

 一拍の間をおいて奈々の声が届く。

『舞ッ! 引きつけてからESPエネルギーを全包囲に出力して、相手の攻撃を吹き飛ばしなさい』

 回避と迎撃が共に不可能と判断したらしく、通信機から防御命令が届いた。既に追尾弾は舞のすぐ近くまで迫っている。

「黒木さん!」

 華が叫んだ時、舞の体が光の渦に巻き込まれた。次いで、轟音と紫光が広がる。

 押し寄せるESPエネルギーの波に逆らい、華は爆心地目指して加速した。

 被弾した舞が緩やかに落下し始めるのが視界に映る。

『舞ッ!』

 奈々が叫ぶ。

 華は更に加速して、落下する舞の腕を掴んだ。そのまま速度を落とすことなく、イーグルから距離を取る。

「黒木さん、しっかりして!」

 舞が焦点の合わない目で華を見る。辛うじて意識はある。

 戦闘服が焼け焦げ、全身に軽い火傷を負っているが、それ以外に目立つ外傷はない。上手くESPエネルギーを殺したようだった。

『篠原さん、黒木さんをつれて早く離れてください! 次が来ます!』

 詩織の声と同時に、轟音が大気を揺るがした。

 振り返ると、イーグルから新たに数発の光弾が発射されたところだった。射線上には第二小隊長の姫野雪の姿。

 暗闇の中、雪の小銃からマズルフラッシュが瞬いた。銃弾の嵐が、迫り来る光弾を撃ち落としていく。

『突撃します!』

 通信機から鋭い詩織の声が届く。

 雪から視線を離すと、詩織が亡霊に向かって加速していくところだった。

 イーグルは雪に気を取られたままで、背後からの詩織の接近に気付いていない。脅威的な速度で詩織がイーグルとの距離を詰めていく。至近距離から銃弾の雨がイーグルに降り注ぎ、その動きが鈍った。

『咲、凜ッ。目標を包囲して!』

 詩織の作りだした好機を見逃すまいと通信機から奈々の命令が届く。

 その命令に従うように、夜空に二つの識別灯が走った。

 第五小隊長の進藤咲と第六小隊長の白崎凜(しらざき りん)がイーグルを包囲する為に、高度をあげていく。

 華は荒い息をあげながら、負傷した舞を連結ベルトで自らの身体に固定し、それから洋上の護衛艦に向かって降下を始めた。

 艦艇の甲板に降り立つと、待機していた医療チームがすぐに集まってくる。華は治療の邪魔にならないように少し離れたところまで下がり、上空を見上げた。

 絶え間ない攻撃によって、イーグルの戦闘機のような胴体が小さく炎上しているのが見える。

 勝てない相手ではない。しかし、致命的な被害を受ける恐れもあった。

「神条司令、援軍を、桜井くんをお願いします」

 先日の戦いで信じられない力を見せた桜井優の存在が頭をよぎり、華は迷わず彼の名前を口にした。司令室もこのままではイーグルを撃墜する事が難しい事を理解しているはずだった。しかし、返ってきた答えは華の予想を覆すものだった。

『……それは出来ない』

 奈々からの短い答えを聞いて、華は胸騒ぎを覚えた。

 出撃前に桜井優の姿が見えないと京子たちが騒いでいた事を思い出す。

 できない、とはまだ桜井優が見つからない、ということなのかもしれない。

 そうでなければ、桜井優の投入を渋る理由が見つからない。

 既に亡霊が発見されてから一時間以上経過している。中隊員が持ち歩いている端末には出撃を知らせる機能があり、更に有事に備えGPS機能も有している。

 優と連絡が取れないということは、優が戦闘できる状態ではない、もしくは端末が機能を失っている、ということだ。

 胸騒ぎを覚えながら、華は護衛艦の甲板から上空の戦闘をじっと見上げた。

『高エネルギー反応。また来ます!』

 通信機の向こうで解析オペレーターが叫ぶ。

 直後、解析オペレーターの予測通り、イーグルから新たな光弾が飛び出した。一つではない。いくつもの追尾弾が、異なる軌道で放たれる。

 その先には第六小隊長、白崎凛の姿。

『凛ッ! 吹き飛ばして!』

 奈々の鋭い声。

 次の瞬間、暗闇に閃光が瞬いた。

 中隊の中でもトップクラスの出力量を誇る凛のESPエネルギーが、迫る追尾弾をまとめて吹き飛ばしていく。 

 同時に外側から回り込んできた複数の追尾弾が凛に直撃し、通信機から苦痛の声が届いた。

 哨戒ヘリの接近音と、サーチライトが夜空を切り裂く。

 堕ちていく白崎凛の姿が、光条の中に映し出された。光の中で鮮血が煌めいた気がした。

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