「デート……」
その日の夜、桜井優は自室のベッドで携帯を片手に一人で唸っていた。
望月麗からのデートの誘いに優は承諾の返事を出した。
しかし、具体的なプランがあるわけでもなく、何も思いつかないまま無駄に過ぎていく。
「あー! もうだめだ!」
携帯を放り出し、ベッドに倒れこむ。
その時、ノックの音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
大声で叫ぶと、玄関から京子が顔を出した。
「なに一人で騒いでんの?」
「んー……悩み事がありまして
優はそう言いながら上体を起こしてベッドに座った。
「京子はこんな時間にどうしたの?」
「特に用はないんだけど、暇だったからさ。悩み事って?」
京子がそう言いながら、優の隣に腰掛ける。
優は無言で液晶画面が見えるように携帯を突き出した。
京子がそれを不思議そうにのぞきこむ。
「……デート? 望月さんと?」
「うん。でも、どこに行ったらいいか分かんなくて」
優はそう言って、再びベッドに倒れ込んだ。
京子が上から怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
「……もしかして、そういう経験ないの?」
「うん。よく考えたらデートとかした事ないから困って」
「……冗談でしょ?」
優は少しムッとして、京子を睨んだ。
「デートした事ないってそんなにおかしいかな?」
「いや……そういうんじゃなくてさ、ちょっと意外だっただけ」
京子が言う。どこか歯切れが悪い。
「優はさ、その、付き合った事ないの? 一度も?」
「んー。一度もないよ。京子はどうなの?」
切り返すと、彼女は小声で「ないけど」と呟いた。
「私の事は別に良いじゃん。それより優はそれでいいの。初デートなんだよね。望月さんの事、別に好きじゃないんでしょ」
「でもお友達からって言っちゃったし、断るのも変じゃない?」
「まあ、そうかもしれないけど。でもさ、いないの? 他に好きな人とか」
「うん。いないかなー」
優はそう言って、ゴロゴロとベッドで回転した。
「……京子先生、デートとはどういうところに行くべきなんでしょうか」
「……そんなに気負わなくて良いんじゃない。変に格好つけず、友達と行くようなところに行けばいいって」
「普通のところかぁ。カラオケとか映画とかかな?」
「話題が続く自信がないなら、話題に富んだ場所を選ぶべし」
なるほど、と頷く。
「あー。でも、相手って二歳年下なんだっけ? 年上に変な幻想抱いてたらしんどいかもね」
「幻想?」
「お洒落なレストランに連れてって貰えるとか、そういう幻想持ってるタイプだと年下はしんどいよ。慣れてないなら先に同年代と付き合ったら?」
「そっか……幻想かぁ……」
「ま、合わなければ無理に付き合う必要ないんじゃない。気負いすぎだって」
「それはそうだけど……やっぱりこういうのは真剣に対応したいなぁと思うわけです、はい」
優は上体を起こして、何となく枕を抱えた。
その時、カシャリと変な音が響いた。
一拍遅れてシャッター音だと気づく。
いつの間にか京子が優に携帯を向けていた。
「いまって写真撮るような場面だっけ?」
「いや、何となく」
そう言いながら、携帯をいじる京子。
「いいじゃん。減るもんじゃないんだから」
気にするな、とばかりに片手をひらひらさせる京子を見て、優は呆れたようにため息をついた。
「……変なことに使わないならいいけど」
「それよりさ」
京子が言う。
「優って年下が好きなわけ?」
「……年上とか年下とかって気にした事ないかなー」
「ふーん」
じゃあ、と京子が言う。
「同年代の、例えば華とか愛はどうなの」
突然出てきた友人の名に、優は動きを止めた。
思わず京子を見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「なに本気にしてんの」
それから立ち上がって背伸びする。
「あー。もうこんな時間か。帰って寝よっと」
「あ、うん。おやすみ」
玄関に向かう京子に声をかけると、彼女はひらひらと左手を振って、それから最後に振り向いた。
「ま、初デート頑張りなよ。後で残念会開いてあげるからさ。おやすみ」