Raison d'etre   作:月島しいる

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13話 進藤咲

「先輩! 先輩!」

 麗の鋭い声に、意識が覚醒する。

 桜井優は自身が地面に横たわっていることに気づいて、慌てて辺りを見渡した。

「ここは……」

 辺り一面を霧が覆い尽くしていた。

 高梨市に墜落した事を思い出し、ゆっくりと立ち上がりながら麗に視線を移す。

「麗ちゃん、怪我は大丈夫?」

「先輩が守ってくれたので擦り傷だけです」

 見た限り、外傷は見当たらない。

 気丈に振る舞っている訳ではなさそうだった。

 地面に衝突する間際、勢いを殺す為にESPエネルギーを放ったのが功を為したのかもしれない。

 ゆっくりと周囲を見渡す。

 妙に静かだった。人の気配を全く感じない。

 嫌な予感がした。

 慎重に霧の中を歩く。

 戦闘の形跡は見当たらない。

 にも関わらず、住民の気配がない。

 周囲を満たす霧をじっと観察する。

 これ自体が何らかの攻撃になっている可能性があった。

 空を見上げる。夜空は見えない。

 試しに機械翼にESPエネルギーを送ってみるが、機械翼は沈黙したまま動かない。

 機械翼を脱ぎ捨て、光翼を作り出そうと試みる。しかし、それも上手くいかなかった。

「先輩でも機械翼は動かせないんですか?」

「うん……ダメみたい。この霧に妨害能力があるのかな」

「先輩、どうしますか?」

 麗が小銃を構え、緊張した声で指示を乞う。

「……とりあえず、本部に生きてる事を伝えよう。他に何人も墜落したはずだから。墜落者の生死が不明なのはまずいと思う」

「……連絡、ですか? でも通信機も通じないですよ」

「ESPエネルギーを使おう。僕達はエネルギーの波形が本部に登録されてるから、誰の信号かも特定出来ると思う」

 優はそう言って、頭上に右手を向けた。

 ESPエネルギーを練り上げ、上空に向かって打ち出す。

 それは信号弾のように霧の中へ消えていった。

「霧の中で信号が減衰せずどこまで打ち上がるか分からないけど、ないよりはマシだと思う。後はとりあえず移動しよう」

 優は二つ年下の少女の不安を拭う為に、何でもない風を装って行動を始めた。

「どっちに、ですか?」

「高梨市に広がってる霧は直径で大体一〇キロメートルくらいのものだったと思う。どの方向に歩いても数時間あれば突破出来るんじゃないかな」

 小銃を構え、ゆっくりと霧の中を進む。

 アスファルトを踏む自分たちの足音が妙に大きく聞こえた。

「とりあえず、この道を進もう。何かの目印がないと、この霧じゃ方向が分からなくなる。大通りに出て、ひたすら同じ方向に進んだ方が効率が良いんじゃないかな」

「了解です」

 麗を庇うように先頭に立つ。

「……街の中、本当に誰もいないです」

 後ろから麗の声。

 優は油断なく前方に小銃を構えながら、彼女の不安を払拭する言葉を探した。

「避難場所に集まっているのかも」

 自分でも白々しい嘘だと思った。

 それでも、死体はまだ一つも確認出来ていない。生存者がいる可能性は十分にある。

 沈黙が落ちる。

 緊張で小銃を握る手に自然と力が篭った。

 そのまま住宅街らしき道を歩き続ける。

 五分ほど歩いたところで、優は足を止めた。

「国道だ。この道に沿って進めば高梨市から出られると思う。他の中隊員と遭遇する可能性も高いかも」

 住宅街を抜けた先に広がる大通り。

 何となく左側に向けて足を進める。

 麗は何も言わず、無言でその後をついてきた。

 ふと、足を止める。

「先輩?」

 麗の不思議そうな声。

 優はじっと目を凝らして、前方に小銃を構えた。

「そこにいるのは誰ですか?」

 霧の中に、うっすらと人影が見えた。

 優の牽制の言葉に、その影が揺らめく。

「ここの住民ですか?」

 ゆっくりと足を進める。

「先輩、ダメです。下がりましょう」

 麗の怯えた声。

 優はそれを無視して、また一歩前に進んだ。

「誤射したくありません。もし人間なら返事をお願いします」

 人影は答えない。

 霧の向こうで、じっと立ち尽くしているだけだった。

 大きく息を吸う。

 ゆっくりと上体を前に倒し、優は勢い良く地面を蹴った。

 相手の不意をつくように、一瞬で人影との距離を詰める。

「――――ッ!?」

 霧の向こうから、銃口が見えた。

 人間。

 それを理解すると同時に、叫び声が響いた。

「来ないで!」

 女の声だった。

 足を止め、霧の中から現れたその顔を見る。

「進藤、さん?」

 目の前には、警戒するように小銃を向けてくる第五小隊長の進藤咲がいた。

 どっと安堵に包まれる。

「良かった。全然返事がないから亡霊かと思って」

 力なく笑って、優は小銃を下ろした。

「進藤先輩、ですか?」

 後ろから恐る恐る着いてきた麗が驚きの声をあげる。

「うん。合流出来て良かったよ」

 優はそう言って、咲に向かって足を進めた。

 それに合わせるように、咲が一歩後ろに後ずさった。

「来ないで」

 小さな拒絶の声が届いた。

 予想もしなかった反応に、優は足を止めた。

「進藤……さん?」

 咲は何も答えない。

 彼女は油断なく優に銃口を向けたまま動こうとしなかった。

「あの……?」

 優は困惑したように咲を見た。

 そして、ようやく気づく。

 咲の瞳に宿るものは敵意だった。

 紛れもない害意が優と麗に向けられていた。

「あの、進藤さん。その小銃、下ろしてくれないかな?」

 優はそう言って、自分の小銃を地面に投げ捨てた。

 しかし咲は動かない。

 じっと観察するように優を睨みつけるだけだった。

「進藤、先輩?」

 背後から麗の震えた声。

 咲が小銃を構えたまま、一歩後ろに下がる。

「住民が一人も見つからない」

 ポツリ、と咲は呟くように言った。

 優は真意を測りそこねて言葉の続きを待ったが、彼女はそのまま黙り込んでしまった。

「……うん。何が起こってるのか、これから何が起こるか分からない。墜落した中隊員を集めて、皆でここから脱出するべきだと僕は思う」

「私はこの中で無闇に移動する気はない」

 咲はそう言って、もう一歩下がった。

「わざわざ危険を犯す必要はない。桜井君たちは勝手に脱出ルートを探せばいい」

 彼女の持つ小銃は、未だ優に向けられたままだった。

 優はそっと後ろの麗を見た。

 麗は怯えた様子で、優に縋るような視線を向けていた。

「……うん。分かった。進藤さんが僕達と合流する気がないなら無理強いはしないよ。大丈夫。安心して」

 咲は何も答えない。

 ただ銃口を向け、警戒心を露わにするだけだった。

「あの、じゃあ、僕たち行くね。進藤さんも気をつけて」

 咲を刺激しないように、ゆっくりと小銃を拾い上げる。

「無事に脱出できたら必ず救援を要請するから待ってて」

 出来るだけ優しい言葉をかけながら、優は麗に目配せして、そっと咲の横を通り過ぎた。

 咲のすぐ横を通り過ぎた時、彼女の身体が大きく震えるのが分かった。

 彼女の荒い息遣いがはっきりと耳に届く。

 そのまま、咲を残してその場を去る。

 最後に後ろを振り返ると、濃霧に紛れて優たちを監視するように銃口を向けたままの咲と目が合った。

 その瞳には、敵意と怯えが同居しているように見えた。

 優はすぐに視線を外して、麗の手を取った。

 麗が驚いたように小さい声を出す。

 優は構わず、咲から距離を取るように足を早めた。

「あの、先輩」

 咲と十分な距離をとったところで、麗が口を開く。

「進藤先輩、様子がおかしかったです。ちょっと普通じゃないですよ」

「うん」

 優は足を止める事なく頷いた。

「……小銃のセーフティーが外れてた。進藤さんは本気で僕達を撃とうとしてた」

 進藤咲の事を、優はよく知らない。

 第五小隊の小隊長で、狙撃を得意とするエース。知っている情報はそれくらいだった。

「進藤先輩、重度の人間不審なんでしょうか」

 麗の疑問の声。

 彼女の手を引っ張りながら考える。

 進藤咲は、いつも一人で行動しているタイプだった。

 それは別段、中隊では珍しくない。

 第二小隊長の姫野雪や、第六小隊長の白崎凛も一人で行動している事が多い。

 だから、優はこれまで進藤咲にそれほどの注意を向けて来なかった。

「進藤さんの事は気になるけど、この状況下でもう一度進藤さんと遭遇するのは危ないと思う。このまま距離を稼ごう」

 優はそう言って、麗の手を引っ張りながら国道をまっすぐと進んだ。

 生存者は未だ、見つかりそうになかった。

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