Raison d'etre   作:月島しいる

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15話 長谷川京子(3)

「もう一度言います。私を、好きになってください」

 麗の言葉に、優は動きを止めた。

 ――父親もESP能力者ならどうでしょうか?

 考えた事などなかった。

 麗はきっと、この闘争をうんざりするほど長い間経験してきたのだろう。

 彼女がどこか余裕がなく、焦っているように見せるのは、きっと優が知らない現実をいくつも見てきたからに違いない。

 ――一緒の時期に入隊した人がいたんです。昔は休暇を取る日を合わせてよく遊びに出てました。

 ――死んじゃったんです。それからあんまり外に出かけなくなりました

 ――遊んでばかりいても、ダメですよね。まずは生き残る事が大事です。それを思い知りました。

 麗の言葉が頭に蘇った。

 彼女の突然の告白と、急なアプローチの理由をようやく理解する。

 彼女は危惧しているのだろう。

 ここで万が一があれば、ESP能力者同士の子どもを作る機会が永遠に失われるかもしれないのだ。

 優が死んでも、麗が優の子どもを宿して生き延びることができれば、それはESP能力につての研究に新たな方向性を与えることができる。

 この得体の知れない状況の中で、麗は最善の行動を取ろうとしている。

 しかし、優は麗のように割り切ることができなかった。

 目の前で迫る麗に応えようとは、到底思えなかった。

「先輩」

 麗の手が、その胸元にのびる。

 戦闘服がはだけ、中に着込んでいたスウェットスーツが露わになっっていく。

「麗ちゃん、それ以上は」

「先輩」

 麗が身体を寄せてくる。

 甘い香りが鼻腔をついた。

 濡れた彼女の瞳が、すぐ目の前にあった。

 戦闘服の中に着込んでいたスウェットスーツのファスナーがゆっくりと開いていく。

 その時、予想もしない第三者の声が響いた。

「まったく。ようやく見つけたと思ったら、とんだお邪魔虫のようで……」

 反射的に振り返る。

 開いた自動扉に、小銃を構えた京子が呆れた顔をして立っていた。

「長谷川先輩!」

 麗は慌てて優から身を離し、乱れた服を隠すように身を抱いた。

 京子が呆れるように息をついて、近づいてくる。

 彼女の瞳は、麗に向けられていた。

「って言うか、子供作るだけなら別にあんたじゃなくていいよね。あそこ、腐るほど女の子が余ってるんだからさ」

 いつからそこに、と優の頭に疑問が浮かぶ。

 京子は優を無視するように、麗に向かって足を進めていく。

「そういう大義名分を背に、なに当たり前みたいに関係を迫ってんの? そうすれば桜井が断れないとでも思ったわけ?」

 責めるように言う京子を、麗が睨み返す。

「違います!  私はそんなつもりじゃ……」

「じゃあ、告白した時に何で理由を言わなかったの? 事情を隠す理由なんてないし、もっと言えば誰かと子供を作ることを勧めるだけでよかったよね。本当はさ、それを理由にしたくなかったんでしょ」

「違いますッ! 私は……ッ! 私は……」

「本当は普通に付き合うつもりだったんだ、でも断られたから、言っちゃったんでしょ? そうすれば押し切れると思ったわけだ」

「黙ってください!」

 麗の怒号に呼応するように、店内に充満する霧が揺らぐ。

 麗の小さな身体からESPエネルギーが溢れだしていた。

 それでも、京子は怯まない。

「そういう中途半端なの、誰も得しないよ。そうやって、その場だけ繋いでも後で後悔するだけなんだからさ」

「違います! 私は、私はずっと悩んで――」

「ふうん。そうなんだ?」

 彼女は挑戦的な笑みを浮かべ、優に視線を向けた。

 そして何でも無い風に、言葉を続ける。

「じゃあさ、私とヤッてみる?」

「なッ――」

 麗が絶句したように目を見開く。

 京子は呆れたように笑った。

「ESP能力者の子供を作るべきだって言うなら、全員と順番にヤレばいいじゃん。別に望月と桜井が付き合う必要ないでしょ」

 結局、と京子は冷たい目を麗に向ける。

「望月はさ、桜井と付き合う名目にそんな大義名分を持ってきただけじゃない。桜井の責任感を利用しようとしてるだけ。桜井のことなんて本当はどうでもいいんだ」

 麗は何も言い返さなかった。

 唇を噛んで、涙の滲んだ瞳で京子を睨みつけるだけだった。

 京子の視線が剣呑なものになる。

「桜井は望月とデートする前日、本気で悩んでたよ。普通なら恋に恋してる年齢のあんたなんて無視してもいいのに、糞真面目に対応しようとしてた。それを利用して踏み躙るつもりなら、もう二度と桜井に近づ――」

 彼女の言葉は最後まで続かなかった。

 大気を揺るがすような爆発音が全てを掻き消した。

 反射的に外を見る。

 店内のガラスが小さく揺れるのが見えた。 

 優はすぐに小銃を抱え、外に飛び出した。

 濃厚な霧が視界を覆い、爆発源は確認できなかった。

「桜井! 今のは?」

 遅れて京子が飛び出してくる。

 優は何も答えず、周囲を用心深く見渡した。

 亡霊の姿は、確認できない。

「先輩――」

 店内から麗の声。

 被さるように二度目の爆発音が響いた。

「誰かが戦ってる……?」

 京子と視線を交わし、言葉もなく優は駆け出した。

「ま、待ってください」

 麗が追いかけてくる。

 三度目の爆発音。

 続いて銃声がした。

「この銃声、一人分じゃない」

 京子の叫び声。

 銃声に紛れて音楽が聞こえた。

 派手なロックだった。

 次いで、再び爆発音が轟く。

「かなり近いです!」

 後ろから届く麗の声と同時に、前方に黒煙が見えた。

 霧の向こうで燃え盛る何かがあった。

 息を荒げながら、足を止める。

 燃えているのは自動車だった。

 国道に乗り捨てられた自動車がいくつも炎上していた。

 そして、その向こう。

 バリケードを作るように並べられたトラックの間に、小銃を抱えた少女たちが整然と隊列を組んでいた。

 周囲のトラックからは、大音量で音楽が流れ続けている。

 隊列を組んだ少女たちの中から、長身の影が前に出てくる。

 第六小隊長の白崎凛だった。

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、周囲の音楽に負けないほどの大声で叫んだ。

「狼煙は派手な方がいい。そうだろう?」

 指揮灯をつけた彼女の右腕がすっと上がる。

 周囲の少女たちはそれを合図に、一斉に発砲を開始した。

 近くの自動車が炎上し、爆発音が轟く。

 熱風が頬を焦がす中、霧の向こうから次々と中隊員が集まってくるのが見えた。

 その中心に立つ白崎凛は、優がこれまで見てきた誰よりも支配者然とした姿をしていた。

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