Raison d'etre   作:月島しいる

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16話 白崎凛(2)

 続々と集結する中隊員たち。

 そして、その中心で指揮を執る第六小隊長の白崎凛。

 優は後ろの京子と麗に思わず目を向けた。

「みんな無事みたいだね」

「私たちも中入っておこうよ」

 京子に押されてバリケードの中に足を進める。

 隊列を組む少女たちの中から、佐藤詩織が駆け寄ってきた。

「桜井さん! ご無事でよかったです」

「詩織ちゃんも無事みたいで良かったよ」

 見たところ、怪我はなさそうだった。

 すぐに視線を周囲に向ける。

「怪我人は?」

「足を骨折した人が四人います。ほかは軽症が数人です」

 思ったより被害が少ない。

 指揮系統さえ回復すれば、まだ組織として機能する状態を中隊は維持していた。

 背後から爆発音と熱風が届く。

 振り返ると、新しい火柱があがったところだった。

 立ち上る黒煙の前で、凛が地図を広げるのが見えた。

「我々はこれより、自力で合流が不可能な重傷者の救出を行う!」

 凛の透き通った声が霧の中に響いた。

 誰もが凛に視線を向け、次の指示を待っていた。

「これが高梨市の地図だ。主要幹線道路はいくつかあるが、我々はまずここを拠点とし、東西に伸びるこの国道を中心に捜索を広げていく!」

 彼女はそう言って、二つの車の鍵を取り出した。

「東西二手に分かれてクラクションを鳴らしながらゆっくり走行しろ。銃声等、何らかの生存信号が聞こえた場合のみ国道から離れて捜索することを許す。生存者からの合図がない場合は絶対に国道から逸れるな」

 大声を張り上げる凛の後ろには、副官のように身を寄せる少女の姿もあった。

 この場の主導権は、間違いなく凛が掴んでいた。

「東寺! 大葉! 確か免許を持っていたな。運転しろ」

 凛が鍵を放り投げ、二人の少女がそれを受け取る。

「橘! 手塚! 助手席に乗り込んで二人をサポートしろ」

 命令を受けた二人の少女がそれぞれ車に乗り込んでいく。

「他の全員はここに残り、引き続き拠点の維持を行う。狼煙を上げ続けろ」

 極めて明瞭な方針だった。

 捜索を命じられた二台の車のエンジンがかかり、ヘッドライトの明かりが霧の中で散乱した。

 けたたましいクラクションとともに、東西に分かれてゆっくりと発進していく。

 その間にも凛の指示が飛んだ。

「小林、合流出来た中隊員と未回収の者のリストを作成しろ。橋田は食料品の在庫をまとめて何日持つか計算しろ」

 霧の向こうから新たな集団が合流してくるのが見えた。

 第一小隊長の篠原華が率いる集団だった。

 彼女は築かれたバリケードをまじまじと見ると、安心したように笑った。

「みんな無事だったんだね」

「篠原。怪我は?」

 華の姿を発見した凛が駆け寄っていく。

「私は大丈夫です。ここには第一小隊の人もいるのかな?」

 きょろきょろと周囲を見渡す華と視線が合った。

 優が手を振ると、華は弾かれたように駆け出した。

「桜井くん! 京子と望月さんも!」

 駆け寄ってくる華に笑みを向けて、それから華が連れてきた数人の中隊員に目を向ける。

「華ちゃんも独自に人を集めてたんだね」

「うん。白崎さんみたいな成果は上げられなかったけど」

 華は苦笑して、辺りを見渡した。

 白崎凛が集めた少女たちは規律正しく整列し、全方位を警戒し続けている。

「京子? なんか静かだね」

 先程から喋らない京子に気づき、華が首を傾げる。

 優もそっと京子を見やった。

 望月麗と言い争ったのが気まずいのか、口数が少ない。

「いや……こんな状況で元気なんて出ないって」

 京子は誤魔化すように笑って、それより、と華を見た。

「これからどうするわけ? このまま白崎さんの指揮下に入っていいの?」

 京子も麗も優も、第一小隊に属している。

 決定権は小隊長の華にあった。

「んー。それなんだけどね」

 華はそう言って、周囲を見渡した。

「第一小隊! こっち来てー!」

 普段の姿からは想像できない大声を出す華に、隊列を組んでいた少女たちの中から数人が歩み寄ってくる。

「全部で六人かな。私たちは白崎さんのグループから離脱し、霧の中から脱出を目指します」

 華の宣言に、優は横にいた麗と思わず目を合わせた。

「あの、篠原小隊長。せっかく他の小隊と合流出来たのに、離れても良いんですか……?」

 恐る恐るといった様子で麗が進言する。

 周囲を見ると、遠くから第三小隊長の詩織が心配そうにこちらを見ていた。

 第六小隊長の白崎凛も厳しい顔をして華を見ていた。

「うん。神条司令は最後に後退を命じてたからね。私たちは速やかに作戦区域から撤退するよ」

 華は当然のように言い切って、小銃を担ぎなおした。

 そこに白崎凛がやってくる。

「篠原。やめろ。動けない怪我人がいる。拠点の維持に専念しろ」

「第一小隊以外でも維持は可能だと思います」

 華が淡々と反論する。

 その様子に違和感を覚え、優は思わず華の横顔をまじまじと見つめた。

 何かがおかしい。

 遠くから様子を見守っていた詩織が駆け寄ってくる。

「あの、篠原さん。私も白崎さんに賛成です。今はバラバラに動くべきではないと思うんです」

「詩織ちゃん。私たちだけ抜けても影響は少ないと思うよ。拠点組と脱出組の二手に分かれたら良いんじゃないかな」

 不意に、白崎凛の視線が優に向けられる。

「分かった。良いだろう。しかし、桜井優は置いていけ。彼の制圧力は拠点の維持に不可欠だ」

 突然話の矛先を向けられ、優は思わず身を硬くした。

 華が声を荒げる。

「桜井くんは第一小隊所属です。白崎さんに指揮権はありませんッ!」

「ここには怪我人がいるんだ。もしホムンクルスの強襲があれば私と佐藤だけでは迎撃が難しい。脱出を図るのはお前の勝手だが、桜井優は置いていけ」

「篠原さん、あの、考え直してくれませんか? バラバラになった中隊員を回収することが先決だと思います」

「でも、神条司令は撤退しろって言ってたよ。作戦区域から出ないと」

 口論が激しくなる気配がした。

 仲裁しようと口を開きかけた時、後方で声があがった。

「亡霊ですッ!」

 口論を中断して、一斉に振り返る。

 上空に機影が見えた。

 一つではない。

 おぴただしい量の影だった。

「戦闘用意!」

 真っ先に凛が叫ぶ。

 優が小銃を構えるより早く、隣に立つ凛からESPエネルギーが放たれた。

 辺り一面を制圧するかのような膨大なエネルギーが、上空の影を呑み込んでいく。

「佐藤、背面を維持しろ。篠原、右面を警戒しろ!」

 次々と指示を飛ばしながら、凛が前方に駆ける。

「奥村ァ! 第二、第四、第五小隊を指揮して援護しろッ!」

 奥村。

 知らない名前だった。

 集団の中から、赤いメッシュの入った髪が目立つ少女が飛び出した。

 小隊長が不在の部隊が一斉にそれに続く。

「桜井くん!」

 華の叫び声。

「こっち!」

 事態を正確に把握できないまま、駆け出した華の後を追う。

 上空を見上げると、凛の攻撃で見通しがよくなった上方から無数の亡霊が舞い降りてくるところだった。

「撃てェ!」

 詩織の号令が後方から届く。

 全方位を亡霊に囲まれているようだった。

「第一小隊! 構え!」

 華の命令通りバリケードの隙間から小銃を構え、上空の亡霊を狙う。

「撃てッ!」

 引き金を絞る。

 恵まれたESPエネルギーが光条となって、上空の亡霊を吹き飛ばした。

 いたるところから光弾が放たれ、銃声が轟く。

「ホムンクルスの強襲に気をつけろ! それらしい姿を見つけたらすぐに報告しろッ!」

 凛の叫び声を聞きながら、上空の亡霊を撃ち続ける。

 きりがなかった。

 次々と亡霊がバリケードの外に着地し、包囲を始める。

「奥村ァ! 北側を抑えろォ!」

 凛の声と同時に、奥村と呼ばれた少女がバリケードの外に飛び出していく。

 彼女の構えた銃剣が強烈な光を纏うのが見えた。

 躊躇なく亡霊の群れに飛び込んでいく姿に、優は息を止めた。

 時間が引き伸ばされたような奇妙な感覚があった。

 奥村と呼ばれた少女の銃剣が、亡霊の身体を切り裂いていく。

 彼女の赤いメッシュに、目が釘付けになった。

 何故か、懐かしい気持ちが胸の奥から湧いた。

 まるで踊るように亡霊の群れに切り込んでいく後姿に目を奪われ、優は暫く引き金を絞るのを忘れていた。

 後方から轟いた轟音で、優の意識はようやく現実に引き戻された。

 振り返ると、白崎凛が凄まじいESPエネルギーで面ごと制圧しているところだった。

 よく見ると彼女は小銃を捨てて、素手で戦っていた。

 亡霊対策室が支給する小銃はESPエネルギーに強い指向性を与えるが、その代わり拡散しづらい特性がある。

 優は彼女を真似するように小銃を投げ捨てると、両手を前方に広げてESPエネルギーを練り上げた。

 そのまま亡霊群に向かって放つ。

 轟音とともに光の奔流が亡霊を呑み込んでいくのが見えた。

 亡霊の群れに風穴が空く。

 霧中に閃光と轟音が轟く中、クラクションの音がつんざいた。

 霧の向こうにヘッドライトの光が見えた気がした。

「捜索に出してた車だ! 奥村、桜井は私に続け。佐藤と篠原は場を維持しろ」

 凛が駆け寄りながら叫び、すぐ前のバリケードから外に飛び出していく。

「ま、待ってください! この中を突っ切るんですか?」

 思わず問いかけると、凛は不敵な笑みを浮かべて振り返った。

「私たちが三人もいれば十分だろう?」


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