Raison d'etre   作:月島しいる

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18話 望月麗(7)

 包帯で全身をグルグル巻きにされた優はムスッとした顔をして、医務室のベッドの上で横になっていた。

 勝手に包帯をグルグルと巻いて、包帯男だ、とからかった京子と第一小隊の面々は既に退室し、既に訓練に行っている。

 暇を持て余していると、コンコン、とドアをノックする音が静かに響いた。

「どうぞ」

 静かにドアが開き、奈々の姿が現れる。

 少し疲れた顔をしていた。事後処理に追われ、忙しいのだろう。

「……どうしたの、その包帯?」

「包帯男です。がおー」

 奈々は一瞬ポカンとした顔をし、すぐに破顔した。

「包帯男って喋るの? それに鳴き声が狼男みたいよ」

「国際化が進んでるんです」

「よくわからないわね」

 奈々は少女のようにクスクス笑いながら来客用の椅子に腰かけた。

 その表情は、とても十歳以上歳が離れているとは思えない。しかし、その美貌には疲労で陰が見えた。

「その様子だと、体調は大丈夫そうね」

「はい。医療用ナノマシンがあれば安心して大怪我できそうです」

「……あまり頼りすぎないように」

「はい。善処します」

 奈々が見慣れた袋を取り出し、前に差し出した。

 中身は見なくても分かる。いつかのプリンだった。

「ありがとうございます」

 優は屈託のない笑顔でそれを受け取り、奈々に視線を向けた。

「それで、今日はどうしたんですか?」

「……察しが良いわね」

「まだ、事後処理が終わっていないんですよね? 見舞いに来るには早いかな、と思って」

 優の言葉に、奈々は降参したように苦笑した。

「顔色、悪いです。神条司令は働きすぎです」

「残業代がおいしいのよ」

「じゃあ、次からはもっと高級なプリンをお願いします」

「次がないようにしなさい」

「はい」

「で、本題だけど」

 奈々の表情が真剣なものへ変わる。

 優も失礼がないように姿勢を正した。

「優くん、昇進よ。おめでとう」

「え?」

 予想外の言葉に、優は目を瞬いた。

 奈々が補足するように言葉を続ける。

「君は今、第一小隊に属している。けれど、これからは特定の小隊に身を置かずに特殊戦術中隊をまとめる中隊長をやってもらう事になった」

 中隊長。

 聞き慣れない言葉に、優は思わず小首を傾げた。

「中隊長、ですか?」

「これまで特殊戦術中隊は六つの小隊を同列に並べ、その上に司令部を置いていた。けれど、今回の件で司令部と現場が分断されてしまった時の脆弱性が露わになった」

 奈々の言葉が、淡々と病室に響き渡る。

「だから司令部が指揮機能を喪失した場合、六つの小隊を束ねる中隊長を新たに設けることにしたの」

 優の顔に、困惑の色が広がっていく。

「あ、あの……お言葉ですが、僕はまだ入ったばかりです。もっと相応しい人が……」

「君の懸念や言いたいことは分かる。入ったばかりの人間が突然上に立つことによる反発や軋轢を心配しているんでしょう?」

 けどね、と奈々は言った。

「すでに六人いる小隊長のうち、君は五人の信任を得ているの。そもそも発案したのは第六小隊長という事情もある」

 優は黙るしかなかった。

 何故、という疑問が頭の中をぐるぐると回る。

「……白崎さんが?」

「今回の一件に関して、私達も内部で何があったのか知るために聞き取りを実施して大体の動きは把握しているの」

 奈々の視線が小さく揺れる。

「離散した中隊員をまとめて事実上の指揮をとったのは白崎凛だった。これは多くの中隊員の証言から疑いようのない事実。そして篠原華は正面から方針の違いで対立した。これも間違いないでしょう?」

 優は一瞬迷ったあと、うなずいた。

 あの時、二人の意見が対立していたのは明白だった。

「意見が対立していた二人のうち、どちらかを中隊長として昇格させるのは不要な誤解を招きかねない。そもそも第一小隊、および第六小隊はそれぞれの小隊員から強い信頼を得ている。これを動かして君を代わりに据えるのは、正直に言えば君にとって非常に酷と言わざるをえない」

 そこで奈々は一旦言葉を切って、ため息を吐き出した。

「いえ、表向きの理由はやめて、この際もっと腹を割って話しましょう」

 単純に、と奈々は切り出した。

「指揮権というものは、継承に関して非常に強い混乱を招くものなの。とても不快な話をするけれど、例えばもし指揮権を持つ者、および次の継承者数人が一斉に殉職した場合、その混乱を鎮めることが非常に困難になる。一体誰が指揮権を持っているのか誰も分からなくなるし、その混乱がどんどん広がっていく。一度不明になった指揮権を戦場で明確にすることはとても難しい」

 小隊長格の一斉殉職。

 考えたくはないが、きっと想定しなければいけないのだろう。

「今回、君は白崎凛や奥村音々と並んでたった三人で敵陣地を突破したと聞いている。その突破力、および生存力は正直に言えば小隊長を凌ぐと言っても過言ではない」

「あの、でも、それは……白崎さんや奥村さんが強かったからです。僕の力ではありません」

 それに、と優は言葉を続けた。

「あの……奥村さんが適任だと思います。あんなに強い人がいるなんて正直びっくりしました」

「……奥村音々はね、小隊長をやっていたことがあるの。けれど、彼女の希望で降りる事になった。だから中隊長にはできない」

 それを聞けば黙るしかなかった。

 きっと、小隊長を辞めたくなった理由があるのだろう。

「優くん」

 奈々の優しい声が響いた。

「君は、君自身が予想するよりも遥かに皆から頼られてるわ。すでに小隊長には話を通したけれど、反対者はいなかった。事実上の指揮をとっていた白崎凛も積極的に君を押し上げようとしている。これは中隊の総意と言っても過言じゃない」

 だから、と奈々が身を乗り出す。

「頼まれてくれないかしら。君なら、きっと大丈夫だから」

 奈々の双眸の奥で、何かが揺れるのを優は感じた。

 不安なのかもしれない、と思った。

 そもそも、神条奈々は中隊長よりも遥かに思い責任を負っている。

 もっと若い頃からずっと、その重責を負ってやってきたはずだった。

 少しでも肩代わり出来るものがあるのならば引き受けるべきなのではないか、という思いが急速に膨れ上がっていく。

「……あの、本当に僕でよければ」

「ありがとう」

 突然、奈々に強く抱きしめられ、優は全身を緊張で硬くした。

 柔らかい感触が顔に当たる。

「し、神条司令?」

 戸惑った声を出すと、すぐに抱擁は解かれた。

 そしてくるりと背を向ける。

 そのせいで、奈々が今どんな表情をしているのか、何故いきなり抱きつかれたのか、優がそれを知る機会は永遠に失われてしまった。

「後日、正式な書類が届くから、それに目を通してね。じゃあ……」

 矢継ぎ早に言い残し、奈々が去っていく。

 バタン、と閉じたドアを見て、優はぽかんとした。

 しかし、すぐにまたノックの音が響く。

 忘れ物でもしたのだろうか、と思って優は「どうぞ」と返した。しかし、予想に反して入ってきたのは望月麗だった。

「こ、こんにちは」

「うん。こんにちは」

 しきりにドアの方を気にする麗の姿に優は顔をかしげた。

「あの、神条司令と何かあったんですか?」

 麗がおずおずと聞きづらそうに言う。

「何かって?」

「い、いえ。あの……もしかして、先輩と司令はお付き合いされているんですか?」

「……はい?」

「あ、違いますよね。すみません、忘れてください!」

 顔を赤くした麗が、さっきまで奈々が使っていた来客用の椅子に座る。

 そして二つ年下の後輩は、真剣な顔で優を見上げた。

「今日は謝る為にきたんです。あの……申し訳ありませんでしたっ!」

 突然、勢いよく頭を下げた麗に優は驚いて反応できなかった。

 彼女のツインテールが激しく宙を舞う。

「私、先輩の気持ちを考えず無視して自分勝手な理想を押しつけました。本当は、そういうやり方をするつもりではなかったんですが、長谷川先輩がおっしゃったように、断られてたのがショックで、あんなに卑怯な言い方を……。本当に、申し訳ありません」

 優は思わず小さく笑って、彼女の頭を優しく撫でた。

「気にしてないよ。でも、やっぱり自分の身体は大事にしなきゃ、だよ。そういうのは好きな人としないと」

「……あの、先輩は勘違いしているかもしれませんが、私、先輩と嫌々デートした訳ではないです。少し急ぎ過ぎた感は否めませんが」

「へ?」

「だから、私、諦めません。いつか、受け止めていただけたら嬉しいです」

 そう言って、麗は逃げるように部屋を出ていった。

 優はそれを唖然と見送ることしかできなかった。

 そうして、兵卒としての毎日が静かに終わりを迎えていく。

 この時の桜井優は、特殊戦術中隊の中隊長という立場の重みをまだ理解していなかった。

 それがESP能力者を統べる立場であることも、総体としての窓口になるということも理解していなかった。

 桜井優はこの時、軍部の偶像となる未来を決定づけられたのだった。

 

 

 

 

 

2章 本土地上戦 完結

 

3章 銃口が向かう先 へ続く

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