ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
星明かりに照らされた谷間に雷獣の咆哮が反響する。黒曜石のように光を反射させる漆黒の機体は、眼下の獲物を睥睨すると、軽く屈みこんで勢いをつけ、一息に崖を下り始めた。
速い。落雷が落ちたかのような錯覚を感じるとほぼ同じく、漆黒の雷獣はエレナの乗るモルガの前に降り立ち、全てを威圧するように再度咆哮を上げた。
モルガが、離れた場所に居るイグアンにヘルキャット、ウルフドレイクたちですらそれに圧倒され身を縮こませる。
たった一度の咆哮で多数のゾイドを委縮させる。大型ゾイドの威厳――いや、多くの戦場を駆け抜けた歴戦のゾイドの覇気だ。
突然の襲来にヴェルカナの手が止まり、アルファスがじっと漆黒の雷獣を見つめ上げる中、通信マイク越しに『よぉ、姫君』という投げやりな言葉が放たれる。
「ローヴェン……」
『俺は言った筈だ。お前がガイロスを去ると言うことは、この国に残された数十万のゼネバス帝国の民を見捨てることと同意義。お前は、皇女としての役目を捨て、逃げるか』
レアヘルツの谷。そう名付けられる大地の土を踏みしめ、牙を閃かせ、
ここまでくればエレナにも分かる。嘗てのゼネバスの毒牙、ローヴェン・コーヴは今、エレナたちの敵だ。今は亡き主の民を守らんが為、ゼネバスの娘であるエレナを引き戻しにやってきたのである。
「ローヴェン……どうしてだ。君もゼネバス陛下に仕えていた身、エレナだけはガイロスの虜囚から解放したいと、そういう想いはないのか?」
『はっ。我々はゼネバスに命を預けた。奴が我らの主ならば、奴は主として最後まで面倒を見るのが筋、責任というもの』
「その責任をエレナに押し付けるのか? 寄生虫のような生き方で、過ぎたる重責を彼女独りの肩に預けると!?」
『そう取ってもらって構わん。力を得た者は責任が生じる。望まぬものでもな。父の責を、お前が果たす。それが運命だ、姫君』
アルファスたちの策は、一部のゼネバス将校の「エレナ姫だけでも生かしたい」という忠義を基に組まれている。だが、全ての民がそうであるとは限らない。エレナを、ゼネバスと言う自国の主を慕い、彼の下に生きる想いを抱いていた民も多く居たはずだ。ゼネバス帝国とは、元々皇帝ゼネバスの想いに魅かれて共に歩むことを誓った人々の集団なのだから。
彼らが国主に頼り、寄生していると言うのも間違いではない。情けないと断じられても、それを甘んじて受け入れる。しかし生き方を変えるつもりはない。ローヴェンの言葉には、残されたゼネバスの民の弱い想いがあった。
『お前を連れ戻し、お前はガイロスに残された民のためにガイロスでの虜囚と言う地位に甘んじる。お前が居るだけで民も安心しよう。兵も戦う理由を見いだせる。無駄に命を散らす馬鹿どもは、もう現れん』
ローヴェンの言い分は、少しばかり理解できるものがあった。
今回のエレナの亡命計画で、囮となった旧ゼネバス将校は確実に死罪だろう。そればかりか彼らの血縁者、関係者にまで火の粉が飛び散ることも、あの覇王ガイロスならば十分に考えられる。そして、見せしめとして多くの旧ゼネバスの民の血が流されることも。
ゼネバスの民は、それを望む者もいるだろう。主を裏切り、彼らを隷属するガイロスで生きるのならば、死ぬ方がマシだと叫ぶ者も。だが、それは全てではない。むしろ大多数は思う筈だ。生きていたい、と。
ローヴェンはそれを防ぐためにこの場に現れたのだ。ゼネバス帝国皇帝親衛隊、その筆頭がガイロスのために逃げた姫を連れ戻す。全てを救うことは不可能だとしても、その功で救える民もあるはずだ。
エレナは「開けてください」とヴェルカナに頼む。一瞬、怪訝な表情を浮かべたヴェルカナだったが、エレナの顔を見るとため息を吐きながらコックピットを開くべく操作する。モルガの分厚い頭部が前に押し出され、内部コックピットの蓋が押しのけられた。
轟と吹き抜ける風がエレナの髪を揺さぶる。荒い風に少し顔を顰めつつエレナは立ち上がり、コックピットを降りてグレートサーベルの前に歩む。
コックピットから見守るアルファスとヴェルカナの表情は、不安気だ。彼らに乾いた笑みを見せ、エレナはグレートサーベルを見上げた。
『それとも、それだけの屍の上に立ってでも成し遂げたい決意か。それとも父の業という運命に抗う覚悟か。それがあんたの中にはできたのか?
本当に臣下だったのか疑いたくなる物言いだ。そう思いながら見たローウェン・コーヴの表情は相変わらずサーベルタイガーの面に隠され窺えない。ただ、これまで言葉を投げかけて来た時も、そして今も、変わらぬ無表情なのだろうと、エレナは思った。
「私には、まだ決意はありません」
そんな彼を見上げ、エレナは愚痴る様に言った。
「
ローヴェン・コーヴに突きつけられ、エレナは自分が何も考えようとしていなかったことに気づいた。虜囚の姫として、ただ流れていく日々に安穏と、流されていく毎日を送っているだけだと知った。今回の亡命もそう、共和国から要請され、断って見せたものの、アルファスに諭されて受け入れた。
それは全て、流されていただけだ。自分の意志など、これっぽっちも含まれていない。
「だから私は、皆が作ってくれた亡命という日々に、ガイガロスから解き放たれた日々で考えようと思うのです。私に何が出来るのか、何をしたいのか……」
『民と兵が命がけで作り上げた日々で考え事か。贅沢な姫だ。俺たちの命は、あんたの思索のために使われるほど、安いものではない!』
ああ、ローウェンが初めて感情を見せた。彼は、怒った。
アルファスから聞いた逸話を思い出す。ローウェンは、嘗て共和国との戦闘で部下を全滅させている。その復讐心で戦場に復帰し、復讐を終えて空虚になったところで親衛隊へ誘われたと。
彼が激怒する理由も、良く分かる。共和国との戦いで無残に部下の命を散らした彼だ。命の重みは、失う哀しさは、痛いほど伝わってくる。
だから、伝える。あの夜に、そして今日までに練ってきた、自分の意志を、決意を。
「ええ、そう、皆の命を軽視するつもりはありません。ですから、私の決断は、見出す決意は、必ずや、皆の献身に報いるものにして見せます。そして、実現して見せます。私の、一生を賭けて!」
ローヴェンを見据える。表情は、相変わらず面に隠されて見えない。ただ、無言だった。不安に駆られて後ろを向くと、なぜかアルファスが笑っていた、とびきりの笑顔で、長い銀髪に埋もれた後頭部を掻き、もう片方の手でサムズアップしている。
『……そうか』
ローヴェンは一言告げると、グレートサーベルのコックピットに座り、操縦桿を力強く引いた。馬の横腹を蹴るような、跨った猛獣の背を叩くような。彼の意志に背を押され、グレートサーベルが吠えた。
力強く地を蹴り、モルガを一息に飛び越すと、防戦に陥りかけていたヘルキャットとイグアンに向かっていたウルフドレイクを叩き潰す。
『姫の覚悟、見させてもらった! いい覚悟だ。俺の個人的なものは捨て、姫の刃となろう!』
グレートサーベルの後ろ姿を見送るエレナの傍にモルガが急停車する。アルファスが、手を伸ばしていた。エレナはその手を掴み、引っ張りあげられる。
「嬉しそうだね、エレナ。久しぶりに見たよ。君の心からの笑顔」
「そうかしら? それで、どうするの?」
「パルスガードはそろそろ限界だ。北エウロペに進路を変える」
「北?」
「訳は後で。頼むよヴェルカナ」
楽しげに笑うアルファスに釣られてか、ヴェルカナも「あいあい」と人の良い笑みでモルガを転進させる。その後ろをトビーのイグアンが追走し、殿にダニーのヘルキャット。そしてローヴェンのグレートサーベルが着いた。
問答の間にウルフドレイクの増援が集まりつつある。ある程度の数を圧倒したダニーとローヴェンの活躍もあり。エレナたちはどうにかレアヘルツの谷を脱する。
そして、長い逃亡の日々が始まった。