ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
話を一区切りし、ルイーズは紅茶のカップを持ち上げ、ゆっくりと傾ける。そんな優美な仕草すら目に届かず、ヴォルフは自身の思考にどうにか整理をつける。そして、震える声で、どうにか言葉を吐き出す。
「あの、……お、伯母上……?」
「ええ。そうよ。やっと、そう呼ばれる日が来たのね」
嬉しそうにふっと微笑んだルイーズの顔を、ヴォルフは信じがたいものを見るように見つめる。
エレナ姫はとうの昔に死んでしまった。そう結論を下したのはヴォルフであり、先に彼女の消息を調べていた父ギュンター・プロイツェンであった。だからこそ、目の前で知らされた驚愕の真実に思考が追いつかない。
そして、彼女がゼネバス・ムーロアの娘ならば、それを隠し通して来たのなら、ヴォルフには、湧き上がる感情があった。決して、プラスのものではない感情が。
「なぜです……。なぜ、もっと早く教えて下さらなかったのですか!」
感情の正体は、怒りだ。
すでに起こってしまった出来事を蒸し返すようで、意味のないものである。だが、ルイーズがその事実を伝えていれば……。そう思わずにはいられない。激情が、止めどなくヴォルフの口から溢れる。
「あなたが皇帝ゼネバスの娘であるなら、父の想い描いたゼネバス帝国の復権――いや、不当に虐げられたゼネバスの民の救済は、もっと早くに成せたはずだ! それを知っていればギュンター・プロイツェンは、父はあのような最期を迎える筈はなかった。あなたと手を取り合い、共にエウロペを真の平和へと導くこともできたはずだ!」
「ヴォルフさん! 少し落ち着いて!」
激高し、机に手を叩きつける。そんなヴォルフを抑えようとルドルフも立ち上がるが、年の差、体格の差もあり抑えようがない。対するルイーズは、先ほどまでと打って変わって、半眼の厳しい目でヴォルフを見据えた。
「もっと早く知っていれば。それは私からも言いたいのですよ」
「なにを」
「あなたとプロイツェンがお父様の子、孫であると私が知ったのは、あなた自らが私に伝えてきたあの日。私はお父様の血を恨めしく思いました。どうして、私まで同じことをせねばならないのか。血縁の者を憎み、争わなければならないのか。ムーロアの血には呪いが込められているのかもしれませんね」
淡々とした物言いだが、そこにはルイーズの憤りがあった。
嘗て、ゼネバス・ムーロアは兄へリック・ムーロアと敵対し、長きにわたる戦争を引き起こした。そして、エレナもまた知らぬままにガイロスの指導者となった異母弟のギュンター・プロイツェンを相手にした。
ゼネバスは戦争に敗れたのち、兄との和解を考えていた。しかし、それは叶うことなく、次代も争いを続ける結果となった
まさに呪いだ。二代に渡って家族間で戦争を行ってしまったのだ。知っていれば、望むはずもなかった争いを。これを呪いと呼ばず、なんと称するのだろう。
じっと見つめ合い、しかしお互いがわだかまりを抱えていたことは全て伝わった。ヴォルフはふっと息を吸い、大きく吐き出す。全身の力を抜き、もう一度深呼吸をすると、席に着いた。
ヴォルフが落ち着いたのを見計らい、ルイーズが語り出す。
「私がゼネバスの娘であると公表しなかったのは、共和国の政を担っていく中で、民に余計な感情を抱かせぬためでした。嘗ての敵国の主の娘が、故国の政治頂点に立つ。反感を抱かぬ民が現れるかもしれません。それに、共和国に渡った旧ゼネバスの民に過大な期待を抱かせるつもりもありませんでした。私は、どちらの民も優劣をつけるつもりはなかった。彼らが勝手に私に期待を抱き、それが民の中での不和に繋がる。そのような可能性を潰しておきたかったのです」
ルイーズが語った物語の先、どのようにして共和国大統領の地位に上り詰めたのかはまだ分からない。だが、その中で彼女はどれほどの心労を募らせただろうか。そして、ヴォルフがムーロアの血族であると明かした時の彼女の心境は? 彼女が長い月日の中で抱いていた多くの想いがせめぎ合ったことだろう。その衝撃は到底図りしえない。
「すみません。少し、取り乱してしまった」
「よいのです。だからこそ、この話はやはりすべきでした」
これまでは知らなかったからこそ、敵と断定し、争いを続けてしまった。だが、それはもう過去の失敗であり、見直さなければならないのだ。
そして、これからは三国手を取り合い、真に平和な惑星Ziを作りあげるのだ。
「ヴォルフ。これからがあなたにとって苦難の日々でしょう。ですが私も、ルドルフ陛下も、きっとあなたの力となりましょう。ね」
「もちろんです。ヴォルフさん、一緒にがんばりましょう」
そう力強く言ったルドルフだが、彼の内心も決して穏やかではない。晩年の温厚な皇帝ガイロスしか知らないだろう彼には、戦時下の前皇帝の話題は刺激が強かったに違いない。だが、ルドルフはそれを心に留め、ヴォルフの力になると言った。それは彼の本心であると、ヴォルフは理解する。
「だから、あなたも私たちに協力して頂戴」
「はい。もちろんです」
嘗て、ヘリックとゼネバスは互いを信頼し合う良き兄弟であり、しかし争うこととなった。ギュンターとルイーズは、同じように旧ゼネバス帝国の民の救済のために、しかし思想の違いと互いの真実を知らぬが故に、争った。
そして今、ヴォルフとルイーズはその過去を繰り返さぬために誓った。今度こそ、真に平和なエウロペを、惑星Ziを築き上げるために。
「あの、すみません」
と、決意を確かめ合ったところでルドルフが申し訳なさそうに言った。
「実は、ルイーズ大統領のお話を聞いていたら、その、続きが気になってしまって……」
ヴォルフとルイーズは互いに顔を見つめ合い、そして同じタイミング噴き出した。
「ご、ごめんなさい! ルイーズ大統領にとってはお辛いお話と思うのですが……」
ルドルフは元盗賊のロッソとヴィオーラに誘拐され、結果的にプロイツェンの刺客から守られることとなった。そして、バンたちと出会い帝都ガイガロスへの旅を共にした経験がある。
形は大きく違えど、ルイーズの経験談はルドルフの旅路と似通った部分があった。ルドルフがバンと旅をし、ガイロスの皇帝としての決意を固めた様に、ルイーズもまた、亡命の旅の中で自身の生き方の決意を見出したのだろう。ルイーズの旅の中には、彼女が共和国大統領を目指すきっかけがあったはずだ。
だからこそ気になったのだろう。指導者として何十年も先を行く先輩が、どのようにその道を見出したのか。そこに至る道程で、一体どのような胸のすく冒険があったのか。
まだ幼く、子供らしい冒険心を胸に宿したルドルフだからこそ、悪いとは思いつつも訊かずにはいられなかったのだ。
さて、ルイーズはどのように答えるのだろうか。自分から語りだしたのだ。まさかここで中断するなどとは言うまい。
かくいうヴォルフもまた、ルイーズの半生が気になってもいた。彼女が共和国の大統領へと上り詰めた、その原点となる決意が、どのように培われていったのか。彼女の物語は、まだその冒頭部分しか語られていないのだ。
「そうね。二人とも興味津々の様ですし、ゆっくりお話ししてあげましょうか」
「よろしくお願いします!」
輝くような笑顔で言ったルドルフは、まるで母に寝物語を訊かせてもらう子どもの様だ。そして、ヴォルフ自身は、そんな親子を見守る兄、と言った立ち位置だろうか。
そんな自身の妄想にふっと笑みをこぼし、ヴォルフはルイーズが語り出す物語の続きに耳を傾ける。
若き二人の君主と二人を導く老齢の指導者の茶会は、まだまだ長くなりそうだった。
本作もこれにて一旦終了です。
次章をお楽しみに。
あ、本作にも後書きはありますよ。砂鴉がグダグダだべるあれ(笑)