ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
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大扉を前に、ヴォルフ・プロイツェン・ムーロアは大きく深呼吸した。
「……気が重いな」
見上げる大扉はガイロス帝国皇帝の居城、ミレトス城の応接間への入り口だ。
現ガイロス帝国皇帝ルドルフは、若干十三歳の若君だ。ヴォルフの生涯の親友と言っても過言ではない青年の義妹がちょうど同い年であり、またルドルフ自身も似た立場であり年も然程――それでも十近く離れているが――差が無いヴォルフの事を友のように思っている。
別段気に病むほどの事ではないのだが、今日のヴォルフは件の彼との対面がすこぶる気を重くしていた。正確には、彼と共に対面することになるもう一人が原因なのだが。
そもそも、二年近く前に起こったニクスでの動乱から今日まで、ヴォルフはガイロス帝国に際して複雑な想いを抱いていた。
ガイロスを欺き、彼の乱を引き起こした真の黒幕としての背徳感。それを強いてなお変わらぬ、むしろ悪化してしまったガイロス帝国上層部への憤り。そして、そんな彼らに向けてしまう言いようのない懐疑と怒り、そのような感情を表出させた自身への呆れ。
この二年近くで積もり積もった様々な想いが、ヴォルフをルドルフから遠ざけていた。
そしてそれは、今日同じ場に居るだろうもう一人に対しても同様だった。尤も、
「考えても仕方がないな」
今回の会合は、避けられぬものだ。ヴォルフ達の大望の実現まであと一歩。それを実現する前に、彼らとはきっちり話しておかねばならない。祖父の代のような過ちは、二度と侵してはならないのだ。
覚悟を決めてヴォルフは扉を叩く。中から現れた男に軽く会釈する。
「エリュシオン領主ヴォルフ・プロイツェン、参りました」
顔を上げ、応対に現れた壮年の男を見る。ルドルフの側近であり、最も信頼されている重鎮、ホマレフ宰相だ。
「よくお越し下さった。陛下もお待ちです」
部屋の中に入ると、すでに両者は部屋に居た。そのうちの片方、ガイロス皇帝ルドルフがヴォルフに気づいて席を立ち、少し駆け足気味に向かってきた。
「ヴォルフさん!」
「陛下、私は一自治都市の領主に過ぎません。敬称は止めてください」
「いいじゃないですか。こんな時くらい。ヴォルフさんも、僕のことは気軽に呼び捨てで構いません」
「それは……」
「バンは僕のことを友として扱ってくれます。あなたにも、そう見て欲しいのです」
「分かりました。ルドルフ…………陛下」
もはや、これは性格の問題だろう。ガイロス皇帝たる少年を呼び捨てにできる彼の事を思い起こし、ヴォルフは苦笑を混じらせる。ルドルフは、やはりというか不機嫌そうだった。
聞いた話だが、似た立場であることを知ってからか、ルドルフはヴォルフを兄のように見ているらしい。今の立場では気が重くなるだけだから勘弁してほしい。
「仲がよろしいのね」
その言葉は、ルドルフと共に席に着き茶をたしなんでいた女性のものだ。
ヴォルフは彼女の方に視線を向け、反射的に姿勢を正す。
社交辞令として情けない姿を見せないのは当然だが、目の前の女性に対するそれは少し違う。言うなれば、躾の厳しい母に対する子のような緊張であった。
優雅に茶をたしなむ女性は、静かにカップを皿に乗せる。肩上で切りそろえたほんのり紫色をした髪は優美なものであり、年を召してなお漂う気品の表れだ。クリーム色を基調としたドレスも、身に着けたアクセサリーもまた、女性の地良と意志の強さを表している。
「ご機嫌麗しゅう、ルイーズ大統領」
ヴォルフは挨拶として頭を下げる。女性――ヘリック共和国大統領であるルイーズ・エレナ・キャムフォードに。
「あら。わたくしにもルドルフ陛下と同じように接してほしいものだわ」
「御冗談を。畏れ多い事です」
「それは、わたくし一人があなたたちよりもおばあちゃんだからかしら」
「め、めっそうもない!」
慌ててそう言い留めるが、実際にはそうだ。ルドルフとヴォルフの年齢を足し、さらに倍にしてもルイーズの年には及ばないだろう。彼女には悪いが、年齢的にはヴォルフにとって祖母と呼べる年なのだろうから。
「ほらほらヴォルフさんもこっちに、とにかく飲み物を。何にします?」
「すみません。では、コーヒーを」
給仕の者にそう頼み、ヴォルフは改めて席に着く。空いていた席は何のいじめかルイーズ大統領と対面する位置だ。三人なんだから丸テーブルに三角の位置で用意すればいいのに。と配置に心中で愚痴りつつヴォルフは気を引き締め直す。
ヘリック共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォード。
ガイロス皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリン。
そして、旧ゼネバス領領主ヴォルフ・プロイツェン・ムーロア。
これが、三人の同時の初対面であった。
***
茶会の主催は、意外にもルイーズ大統領であった。
近日にヴォルフから両国の首脳に向けてある報告が行われ、それを正式に発表したのが今日の事。それが終わった後、プライベートに三人で対面したいという提案だった。
ヒルツの起こした一件が集束して早一年近くが経過している。その間ヴォルフ率いる
これは、デススティンガーやデスザウラーによる被害がヘリック共和国とガイロス帝国の領土に集中しており、
その発表とは、
ゼネバス帝国の、再建である。
ゼネバス帝国として、エウロペに存在する新たな国となる。それは、一つの国として、これからのエウロペの復興に力を尽くしていくというヴォルフの意思表示でもあった。ガイロス帝国とヘリック共和国の二大強国と肩を並べ、共にエウロペの明日を作っていく。これからが正念場なのだ。
「ヴォルフさん。ついに、やりましたね」
ルドルフの言葉には、そんなヴォルフの悲願成就を労う彼の想いが籠められていた。そしてヴォルフもまた、あふれ出るそれを堪えることなく、表情に表す。
「ええ、やっとです。しかし、父上を打倒して三年。陛下やルイーズ大統領のご協力もあり、これほど早くここまでこぎつけることが出来ました」
「いいえ、みなあなたの、あなたたちの努力の意志の賜物ですよ」
ヴォルフの感謝にルイーズがやんわりと付け加えた。ヴォルフの元で共に戦い、力を尽くしてくれた
「――ルイーズ大統領?」
「ごめんなさいね。本当に、こんな日が来るとは夢にも思わなかったわ」
ルイーズは、涙を見せていた。共和国の民のために苦心し続けた、後の世に長く語られるだろう共和国の大統領である彼女が、嘗ての敵国の復権にここまで感極まるとは、ヴォルフには信じられないことだった。
プロイツェンを打倒した帝都動乱の一件の後、ヴォルフは一度ルイーズと対面した。そして、その場で自身とギュンター・プロイツェンの素性――ムーロアの姓を明かし、ルイーズとルドルフにゼネバス帝国復興の協力を願い出た。その時のルイーズの態度は良く覚えている。ルイーズは共和国に残っている旧ゼネバス帝国民の心情を想い、協力を申し出てくれた。
敗戦により今もなお人々の中に残る優劣感情。そんな卑劣な感情に踊らされる民のために、ルイーズはヴォルフの理想に手を貸した。あくまで、共和国民の一部である旧ゼネバス民を想ってのことだ。自国の民のために尽くすルイーズ大統領の行いとして、少しばかり異質には思ったものの、大きな疑惑ではなかった。
だが、その待望の成就を目前に控え、ルイーズは涙を流した。態とではない。本気で、本当の意味で、感動の涙を見せたのだ。
「まさか本当に、ここまで成し遂げるなんて……」
静かにそう零すルイーズ。ヴォルフも、そしてルドルフもまた、そんな彼女にどう声をかけるべきか迷った。三人の会談の場に、沈黙が降りた。
「ルイーズ大統領……?」
「ええ、大丈夫よルドルフ」
いつものように毅然とした態度で接する余裕もないのか、ルドルフにそう答え、ルイーズは涙を拭った。
「ヴォルフ、ルドルフ。少し、いいかしら」
前置きをし、ルイーズは彼女らしからぬ霞むような笑顔で、続けた。
「聞いて欲しい話があるの。ヴォルフ。その……エレナ、という名を、知っているかしら」
「え、ええ。もちろんです」
唐突に出された名前を、ヴォルフは記憶の奥底から引っ張り出す。
エレナ、エレナ・ムーロア。ヴォルフが再建しようとしているゼネバス帝国皇帝、ゼネバス・ムーロアの一人娘だ。
実際にはヴォルフの父ギュンター・プロイツェンや、そしてもう一人隠し子がいたのだが、公言されていたゼネバス・ムーロアの血族はエレナ・ムーロアただ一人であった。
だが、その存在は歴史の闇の中へと消え去っている。ギュンター・プロイツェンが調べたところ、彼女は父の葬儀で喪主を務めたのを最後に、歴史書の中から姿を消していた。父を亡くしたショックで病に倒れたとも、どこへともなく行方を眩ましたとも伝わる。
ヴォルフも自身の伯母に当たる彼女のことをどうにか知っておきたいと独自に調査していた。その結果行き着いた結論は、彼女は父ゼネバス・ムーロアの亡くなる遠因となった惑星Zi大異変の後、ガイロス帝国からヘリック共和国への亡命を図り、その最中に命を落としただろう、ということだった。
だろう、というのは、結局のところ彼女の最期がどういったものだったか分からなかったからだ。亡命を成功させたのか、それとも皇帝ガイロスの追手に阻まれて連れ戻されたのか、はたまた亡命の最中に命を落としたのか。それとも、本当に行方を眩まし、今もなおこの惑星Ziのどこかで生きているのか……。
「僕も、その名前は聞いたことがあります」
エレナ・ムーロアはヘリック、ガイロス、ゼネバスの三国にとって歴史の重要な人物である。現ガイロス皇帝であるルドルフが知っていても、なんらおかしくはない。
ヴォルフが、そしてルドルフもある程度彼女のことを知っているのを確認すると、ルイーズは自嘲気味に笑い「そう……」と溢した。
「ヴォルフ、ルドルフ。私たち三人は、長く戦乱の時代が続いたエウロペを平和な世へと導き、守っていかなければなりません。だからこそ、知っていてほしいのです。戦乱の歴史の中で翻弄された彼女のことを……」
歴史の闇の中へと消えたエレナ姫の謎。それは、ヴォルフも大いに興味があった。同時に、ルイーズがここまで含みを持たせながら話そうとしているのだ。きっと、三国のこれからの関係にあって、重要になることは間違いない。
ルドルフも同じように考えているのだろう。食い入るようにルイーズの言葉を待つ。
この場には、ルドルフの計らいでヴォルフたち三人しかいない。だからこそだろう、ルイーズがこの話を持ち出したのは。
もう一度、若き二人の君主をいつくしむように見、ルイーズは語りだした。
「これから話すのは誰にも話すつもりはなかったこと。彼女の――いえ、」
「……私の、物語」