ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
それは、唐突の出来事だった。
一瞬の軌跡を描いて飛来した炎塊は、一息に大地を砕き、地の底から灼熱の濁流を呼び覚ました。ほんの一瞬にして、大陸中が絶望に包まれた。
地割れが人々を飲み込み、押し寄せる灼熱の海が全てを灰燼の向こうへと消し去って行く。
空の彼方、大気圏外より落ちてきたそれは、惑星Ziに三つある衛星、月の一つが砕けたことによる破片だった。偶然か、それともいつまでも争いを続けることを憂いた天からの裁きか。
惑星Ziに接近した彗星は月の一つに直撃、砕けた月の破片は、余さず惑星中に降り注いだ。
ある大陸は分断され、ある島は直撃を受けて砕け、海の藻屑と散った。そして、惑星Ziに生きる数多の命を奪い去った。
後に言う、惑星Zi大異変である。
異変はこれだけに留まらない。
月の破片が降り注いだことにより惑星の磁力が大きく乱れたのか、惑星Ziは過去類を見ないほど不安定な磁場に支配された。
その磁場は、惑星Ziの戦争における最強兵器として君臨していた存在――
ヘリック共和国とガイロス帝国、数年にわたって争い続けた両国は、この未曾有の事態に自国の復旧に全力を傾けるほかなくなったのである。
両国にしこりを残しながらも、戦争は終わった。
そして、それから数年の時が経ったある日。惑星大異変による傷跡も色濃い、ZAC2058年のことだった。
惑星大異変による大災害が少し落ち着きを見せ始めたある日、彼女は墓の前に居た。
きれいに磨き上げられた墓石は、一般的なそれよりも大きい。大異変の後という誰もが余裕の欠片もない状況で、しかし供えられた献花は尋常ではない。
墓石から覗える要素の一つ一つが、そこで眠ることになった男の生前の価値を悠然と物語っている。
多くの人々に慕われ、敬れ、想われた男。そんな男の事を、彼女は誇らしく思う。
だが、と彼女は新たに献花を添えつつ、墓石の下に眠る男を想った。
こうしてここで眠ることになった彼は、幸せだったのだろうか。
愛した故郷と肉親に、自ら剣を向けた彼は、
自らを慕ってついて来た民を家族と称し、そのために戦い続けた彼は、
最期にはただ一人の肉親となってしまった自身を想い続けて死んでいった彼は、
頼った国に裏切られた。自らを信じ戦い続けた民や兵を、
彼は、故郷とはかけ離れた大地に眠り、今何を想っているのだろう……。
【誇り高き戦人、ゼネバス・ムーロア。ここに眠る。ZAC2058年】
今日は晴天だった。
磁気嵐の影響か、あの大異変の日以来、曇天か風雨の日々が続いた帝都ガイガロスには、久方ぶりの晴天だ。
父が没してもう五十日になる。死後五十日はこの世からの柵から離れ、天へ、神の元へ昇り、そして新たな神の一柱へと存在を昇華させる。どこかで細々と語り継がれる宗教には、そんな言い伝えがあるらしい。
この星も父の死を悼み、その旅立ちを祝福してくれているのだろうか。そう思うと、少しは気持ちが楽になる。だが、それで最愛の父を、唯一の肉親を亡くした悲しみが癒えるわけではなかった。
携えた献花を供え、黙し、俯きつつ、彼女は墓石に背を向けた。ここにいると、負の感情ばかりが湧いて来てしまう。それは、あまり浸っていたいものではない。
今日は、もう帰ろう。死後五十日で天へと旅立つと言うのなら、お父様はもうこの世の
「やっぱりここか」
踏み出した足に合わせるように声が飛んでくる。思考の外側からやってきたそれに、彼女ははっと顔を上げる。
視界の奥から、一人の男が歩み寄ってきていた。
見た所、年はおそらく二十代半ばか三十に片足を突っ込んだくらいだろう。流れるような銀髪を風にたなびかせ、それが整った顔立ちを余計に際立たせる。長身、長髪の美系、そんな言葉がぴったり似合いそうな男だ。ただ、そんな男の顔には濃い隈が浮かんでいる。
「アル……」
「屋敷を勝手に抜け出して、探される身にもなってほしいな」
男――彼女の幼なじみにして兄代わりのアルファスは「まったく」と愚痴りながら小さく息を吐いた。
「どーせ、私の行く先なんてあなたは御見通しでしょう?」
「そりゃまぁ、かれこれ二十年近くの付き合いだ。君のお父様、ゼネバス・ムーロア陛下に気に入られてしまったのが運のツキだよ。じゃじゃ馬姫の御守りなんてさせられるんだ」
小さく鼻で笑い毒づいたアルファスの言葉も、しかし彼女の冷えた心を溶かすことは出来なかった。彼女は乾いた笑みを顔に張り付け「じゃじゃ馬でごめんなさい」と、冷たく返した。
やがて彼女の傍まで歩み寄ってきたアルファスは、来がけに手折って来たのだろう野花を彼女が備えた献花の横にそっと添える。
「早いもんだな。あの見栄っ張りな国葬からもう五十日だ」
アルファスの言葉に、彼女は二月近く前のことを思いだす。
ゼネバス・ムーロアの訃報は、大異変の対応に追われるガイガロスの町中へ、瞬く間に広まった。ゼネバス帝国から移住してきた人々の多くが泣き崩れ、あの覇王と呼ばれたガイロス帝国皇帝も莫大な予算を投じて盛大な国葬を執り行った。
だが、それはアルファスの言う通り見せかけだけのものだ。
その実態は、兵力として吸収した元ゼネバス兵の勢力の士気を保つためのもの。惑星大異変という未曽有の大災害に見舞われてなお、覇王ガイロスはヘリック共和国との戦争を取りやめるつもりはなかったのだ。
つい先日結ばれた休戦協定も、国力と軍備の回復次第に破られるだろう。エウロペ統一という野望を胸に、皇帝ガイロスの勢いはまったく衰えない。
「戦争は、またすぐに始まるんだろうな。僕たちはそれに振り回されるだけだ」
「まだ研究を強要されているの?」
「ああ。あいつはノリノリだけど、僕はもうこりごりだよ。というか、進めちゃいけない研究だと思うんだ」
アルファスは彼女にとって幼なじみのような間柄だ。ゼネバスに気に入られたのか、物心ついた頃にはもうそばにいた。五つ年上の彼だが、妙齢になっても特に何か意識することなく自然体で接することが出来るのは長い付き合いの賜物だろう。
そんなアルファスは、若いながらも研究者として一目置かれる存在であった。同期でありライバルであるもう一人と共に、突拍子もない思考からいくつもの兵器の原案を叩き出している。また、本人の趣味ではあるが、古代文明にも精通している。
「だが、もうそれも終わりだ。僕は、もうこの国に用はない」
そう言い、アルファスは指を握りしめる。その言葉に、彼女も悟る。あの話だ。アルファスだけではない、自分自身の今後をも左右する、下手をすれば命を落としかねない計画。それが、いよいよ実現段階に入っているのだ。
私は、すこぶる乗り気ではないのだが。
「エレナ」
「ええ…………分かってるわ。もう、来てるのね?」
「ああ、さっき屋敷に来たよ。共和国からの使いだ」
ヘリック共和国の人間が、惑星大異変の混乱がやっと収まり始めた今、ガイロス帝国の首都に居る。しかも、態々囚われの身であるゼネバス帝国の元姫である自身の屋敷に。
それらを統合すると、目的は限られる。
「ヘリック共和国への亡命、準備はほぼ整ったよ。後は、君の返事を待つだけだそうだ」
彼女――エレナ・ムーロアは、仕方なく頷いた。