ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
ゼネバス・ムーロアの墓がある小高い丘を降りて行く途中、二人は陸に上がってくる人影を見かけた。逆立った金髪はロクに手入れもされておらず、真っ赤なサングラスがその人物の覇気をはっきりとしめしている。
大股で丘へと続く石階段を踏みしめ、外だと言うのに白衣をなびかせる大男だ。
その人物が視界に入った瞬間、アルファスは露骨に嫌そうな顔をした。口元からはため息も零れ「うわぁ……」と声すら漏れる。
その態度に、エレナもやってくる人物が誰かを察した。大男は二人の姿に気づくと、大きく手を振り上げ、先ほどよりもさらに大股で、一息に距離を詰めてくる。
「フッハ! ここにおったか、アルファス!」
「……なんのようだ、ゼラムド」
ゼラムド、と呼ばれた男はアルファスと同門の研究者だ。その容姿はアルファスのような美形――とは言い難い。逆立った金髪は野獣のようで、すらりと伸びた体格にサバンナの猛獣を思わせる覇気。研究者には見えない印象に反して申し訳程度の白衣。そして彼を象徴する真紅のサングラス。
とにかく濃い、それがゼラムドという男の印象だ。
「何の用とはなんだ。分かっているだろう!」
「あの研究を抜ける、と言った事か」
「その通りだ!」
ほぼ確信しつつ、しかし「外れてくれ」と言外にしながら尋ねるアルファスだが、果たしてその望みは脆くも崩れる。
「デモン博士の研究を引き継げるのは我々しかおらんではないか! 博士の教えを受けたのはワタシと、オマエだけだ! そうだろう」
「そうだよ。だが、僕はもう手を出したくない。怖いんだ」
「研究者が対象を恐れてどうする! 歩み寄らねばそのものの本質は見えてこん!」
「本質が見え始め、危険を察知したから僕は退くんだ。ゼラムド、もうあれに関わるな。あれに関わり始めてからのお前は少し変だ。妄執の域に達してるぞ」
「研究者は己の知識欲にどこまでも貪欲なものだ。妄執を抱いて当然ではないか」
さも当たり前と言外に言い放つゼラムドに、アルファスは大きく息を吐いた。なるほど。エレナは数度見かけた程度であったゼラムドの印象を決定づける。これは、関わったら面倒なことこの上ない人種だ。将来有望なマッドサイエンティスト、という見解がほぼ正しい。
「む、あんたは――そうか、あんたがエレナだな」
「え、ええ……」
普段は敬称付きで呼ばれることに嫌気を覚えるエレナだが、こうも当たり前のように呼び捨てられると違和感を通り越して、ある意味爽快だ。。自分から名乗るつもりもないが、自分はあのゼネバス・ムーロアの娘だ。旧ゼネバス国民は誰もが敬意を払うというに、彼はそのそぶりを一切見せない。その態度がもう清々しい。
「あんたもアルファスを説得してやってくれ。『破滅の魔獣』の研究にはこやつの協力が不可欠なのだ。ワタシ一人ではどうあがいてもあと40年はかかってしまう」
「破滅の魔獣、ですか……」
「そうとも! 古代ゾイド人が生み出し、そしてその文明を破滅に導いた最強最大のゾイド。奴が何を想い、今どこでどうしているのか、何をしたいのか。その本心を! 奴のゾイドとしての心を! 願いを! ワタシは知りたいのだ――」
「――ゼラムド!」
肩を掴み、揺さぶる様に訴えかけるゼラムドをアルファスが抑える。掴まれていた肩からゼラムドの手が離れ、エレナは一歩下がった。その前にアルファスが庇うように立った。
「エレナ姫だぞ。無礼な真似は許されん」
「そんなこと、ワタシには知ったことではない。お前が研究に戻るか否かだ」
「戻る気はない。それに、外で話すような話題じゃないだろう」
語気を強めたアルファスの言で、ゼラムドはようやく気付いたようだ。ぐるりと周囲を見渡し「それもそうだ」と納得するそぶりを見せながら呟く。周囲に人影はいないが、郊外で洩らす内容ではないのだ。
「まったく、余計な時間をとらせるな。さぁ行こう、エレナ姫」
すっとアルファスがエレナの腕を掴み、半ば強引にその場を離れる。
ゼラムドは「ふん」と不満げに鼻息を洩らし、しかし諦めたのか、献花を肩にかけながら声を投げた。
「フッハ、ワタシはいつでも歓迎だぞ。アルファス」
「……お前の歓迎を受けるつもりは、もうないさ。ゼラムド」
腕を引かれ、ガイガロスの街中まで戻ってきたところでエレナの腕は解放された。半ば強引だったそれで少し感覚を残す腕を軽く揉みながら、エレナは街に視線を投げる。
惑星大異変の影響でインフラに大きな打撃を受けたものの、その復興に努めたおかげかガイガロスの市民は少しずつ元の生活を取り戻しつつあった。尤も、市民の安全を確保できたと見るやいなや軍備に力を注ぐガイロスの采配では、本当の意味でガイガロスが元の生活を取り戻すのは先の話だろう。
「ねぇアル、さっきの話、詳しく教えてちょうだい」
そう問うと、アルファスはあからさまに不安な表情を作った。それほど踏み込まれたくない話題なのか。だとしても、エレナに退くつもりはない。
アルファスは物心ついた頃から傍にいた、いわば兄も同然の人間だ。美人に弱く、気付けば二ケタの女性を囲っていることもあるのが大きな傷だが、それを除けば信頼に足る人物である。
そんな彼の秘密を――研究内容を、エレナも少しは知っておきたかった。
アルファスは口を噤んだまま屋敷に向けての歩みを止めないが、やがて根負けしてため息を吐いた。
「……破滅の魔獣ってのは、まぁさっきゼラムドが言った通りさ。太古の時代、古代ゾイド人が生み出した、その文明を終わらせた最強最悪のゾイド」
その脅威を研究の過程で知ったのか、アルファスの声には僅かながら恐れが混じっているように思える。
「大異変と、どっちが怖い?」
「両方。比べようもないさ。古代ゾイド人は今の俺たちよりもはるかに進んだ文明を誇っていた。それを現代にほとんど伝えられないほどに、滅ぼしたんだ。……
アルファスは小声で続ける。周囲の喧騒に紛れ、エレナの耳に届くのがやっとのものだ。
「分かっているのは、そのゾイドは今も眠っている。この星のどこかで。俺たちの先生――Dr・デモン博士はゼネバス陛下に進言して、そいつの復活のための研究をしていたんだ。けど……」
ゼネバス帝国のゾイド開発部門における最高顧問であったDr・デモン。彼は、ゼネバス帝国の滅亡と共に死んだ。
「もし、仮にその破滅の魔獣を復活させていたら、私たちは戦争に勝てていたのかしら」
「どうかな。僕の予想だけどさ――」
そこでアルファスは一度足を止める。ゼネバスの屋敷前、今のエレナたちの家だ。敗北し、ガイロス帝国に吸収され、今や嘗ての兵を他国のために働かせる人質でしかない。没落したゼネバス帝国の、なれの果て。
「ヘリックやガイロスを打倒するどころか、僕たちも破滅に向かったかもしれないよ。嘗ての古代ゾイド人のようにね」
「私たちが迎える末路は変わらない――ってことね」
「ああ、ここまでは、終わったことは決定事項だったんだろうさ。だけど」
屋敷に入れば、もうただのエレナ・ムーロアではない。父ゼネバス・ムーロアが亡くなった今、ゼネバスの代表者は自分だ。そして、今日ここにやってきたのは叔父、ヘリック共和国現大統領、へリック・ムーロアの使者。
ゼネバスは戦争に敗北した国だ。この先数年、数十年と敗者の重荷を背負い続ける苦難の日々が続くだろう。そして、それを背負うのは責任者たる自身だけでなく、それに付き添った民も同じだ。彼等の苦難をいかに和らげるかは、エレナにかかっている。
いつかはやってくる、旧ゼネバス帝国の代表者としての重責が、エレナの肩に重くのしかかる。
だが、
「この先は、まだ分からないよ」
ふふん、と得意げに言い放つ彼の横顔は腹立たしい。「うまい事言った」とでも思っているのだろうか。だが、そんな彼のいつもと変わらない態度が、エレナの緊張をほぐした。
「……そうね。私たちの未来を、明るいものにしましょう。もう来てるみたいだし」
気丈に笑顔を浮かべ、求められているだろう言葉を吐き、エレナは一歩、踏みだした。
その視線の先には、一人の青年が経っていた。年はおそらく二十代前半。いや、もう少し若いかもしれない。エレナとそう変わらないだろう。それでいて礼服をしっくり着こなしており、気負った様子はない。
若いのに大したものだと思いつつ、エレナは屋敷前に来ていた彼の元へ歩み寄った。
彼もエレナの接近に気づいたのか、さわやかな笑みを浮かべる。黒髪に混じった一房の赤が、ゆらりと揺蕩い、青年の笑みに僅かな空気の変化をもたらす。
「初めまして。失礼ですが、あなたが」
「エレナ・ムーロアです。あなたは、あちらから……?」
あえて明言はしなかったものの、エレナの問いの意味は青年に伝わっている。青年は小さく頷くと、エレナが差し出した手を握る。
「ルインと申します。お会いできて光栄です。ムーロア姫」
思い返しても、運命的な出会いだったと思う。
これから長い時、ヘリック共和国を支え続ける二人が出会った瞬間なのだ。
後のヘリック共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードと、副大統領となるルイン・ベルク・リアーズの、初対面であった。
そういやアニメでもバトストでも、副大統領って立場の人を見た覚えないな。そんな印象から、彼が浮上しました。