ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』   作:砂鴉

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脱出 3

「今の共和国は、とてもではありませんが、国として機能していません」

 

 ガイガロス市内、ムーロアの屋敷の応接間にて、ルインは一番にそう告げた。

 惑星大異変は当然ながら、ヘリック共和国にも多大な被害をもたらしていた。

 隕石落下による影響で起きた津波が海岸都市であるニューヘリックシティを襲い、首都機能は完全に麻痺。エレナの叔父である大統領ヘリック二世も一時期意識不明の重体に陥っていたという。

 というのも、惑星大異変の直前、ヘリック共和国とガイロス帝国は最終決戦に突入しており、最高指導者である大統領ヘリックと皇帝ガイロスも最前線に赴いていたのだ。

 最終決戦で消耗したところに未曾有の大災害だ。頑強な戦闘ゾイドに搭乗していたとはいえ、その余波で負傷してもおかしくはない。現にこの戦いで皇帝ガイロスは足を折り、その後の環境変化により病を患ったと訊く。

 ヘリック大統領はさらに酷かった。

 現在のヘリック共和国の領土内には大異変以前よりあった異常電波地帯が存在するのだが、大異変でそれが一時期エウロペ全域に広まったのだ。中心部の電波の強度も大きく増し、ヘリック大統領の乗機は大暴走を起こした。それは搭乗者であるヘリックにも僅かな精神リンクという線を伝って影響を及ぼした。

 今では回復に向かっているが、当時は意識不明で植物状態になることも危惧されたらしい。

 そんな状況下で、民はどんな暮らしを強いられてきただろうか。異変直後のガイロスは酷いものだった。しかも、少しずつだが民の生活が安定しだしたかと思えばその方針はすぐに戦争中心へと傾いたのだ。「戦争しか眼中にない皇帝ガイロスの頭は長い戦乱で汚染されてる」とは、アルファスの弁である。

 

 そしてヘリック共和国だ。かの地は亡き父の故郷であり、エレナにとっても憧れの国であった。その地に暮らす民は、散り散りとなり、一部吸収されたヘリック共和国領土に暮らす旧ゼネバスの民は、どうしているのだろう。

 敗戦国であるゼネバス帝国の扱いは、仕方ないとはいえ酷いものだ。搾取されて当たり前の状態であり、見せかけとして真っ当な生活を送れているのはエレナを含むほんの一部だけ。多くの旧ゼネバスの民は、そのほとんどがスラム街の住人と化しているだろう。それもまだいい方で、住む場所すらない者もいるかもしれない。この大異変で揺れる惑星Ziで、だ。

 そんな嘗ての父の民のことを思うと、胸が痛い。痛いだけでは済まない。張り裂けそうな思いだ。

 

「なんとか議会が復帰し、復興への政策に乗り出しています。このガイロス帝国の再興のほどを考えれば劣りますが、それでも、あなたを迎え入れる準備は整いました」

 

 話が件の亡命に移ったことで、エレナの思考も自身に帰ってきた。

 エレナの亡命の話は、実の所戦時中からあった。

 ゼネバス帝国が滅亡しガイロス帝国に吸収された後、ヘリックとガイロスとの戦争の最中で、ヘリック共和国内部では皇帝ゼネバスとその娘であるエレナを亡命させる計画があった。

 一度だけ決行もされていた。ゼネバス側からも親衛隊の影と呼ばれたある人物がそのための行動を起こしていたのだが、失敗に終わったと言う。その人物も今はガイロスに投獄され、望みは絶たれた。

 

「エレナ・ムーロア姫。僕は今日、あなたをお迎えする使命を帯び、このガイガロスの土を踏みました。どうか、共に栄光のヘリック共和国へ帰りましょう」

 

 机に身を乗り出し、勢いのままルインは一気に言葉を吐き出す。

 そんな説得の言葉を、何度も訊いた。そして、その返答も、常に決まっている。

 

「お断りします」

「……それは、なぜ?」

 

 てっきり他の共和国からの大使と同じように言葉を詰まらせ、焦りを見せながら問い詰められると思った。しかし、ルインは表面上――いや、予測していたような落ち着きぶりだ。

 

「このガイガロスには、父と共にガイロスに接収され、死地に送られ続けるゼネバスの兵が居ます。彼らは、父亡き今、私と言う嘗てのゼネバスの象徴が居るからこそ、彼らはこの苦難に耐えているのです」

 

 驕っているつもりなどない。それが事実なのだ。皇帝ガイロスが父ゼネバスを生かし続けたのも、彼亡き今エレナを生かし、不自由ない生活を送れるよう便宜を図っているのも、全ては吸収したゼネバス兵を自国の兵として機能させるためだ。

 

「あなたがいるからこそ、彼らゼネバス兵は苦難を飲み込んで戦い続けているのでは?」

「そうかもしれません。ですが、その状況を憂いて私だけが逃げ出して何になりましょう。その後に起こるのは敵地にて孤立した捕虜の兵たち。ガイロス軍の掃き溜めとされるのは目に見えた事です。彼らが私のために戦うのなら、彼らのために、私はこのガイロス帝国で戦うのです」

「立派なお考えだ。しかし、しかしそれは何時まで経っても受け身の姿勢に他ならない。あなたの戦いはとても尊いものだ。このガイロスに残る数千万の兵のために自ら茨の道を突き進む。だが、それでは根本的な解決はない。あなたという希望のために、旧ゼネバスの兵はただその命を散らすだけ。先はない」

 

 エレナの決意を、しかしルインは正面から断ち切った。

 

「大異変は少しずつ収束を見せている。謎の異常電波の蔓延する世界でも動かせるゾイドの開発も進んでいる。既存のゾイドを対応させる術も」

 

 当然のように告げられた事実に、エレナはちらりとアルファスを見た。アルファスは小さく鼻息を漏らし、やれやれといった様子で頷く。

 現在の惑星Ziはその大地のほとんどで彼の言う異常電波と磁気嵐の影響が観測されている。異常電波はゾイド生命体そのものの意志を汚染し、巻き起こった磁気嵐はゾイドの計器類、制御基板をことごとくスクラップに変えた。大異変による国政の麻痺もあるが、戦争に不可欠な兵器=ゾイドの使用不可能という事態が、今の停戦に大きく影響している。

 だが、その停戦の理由であった「戦闘できない」という部分が崩れようとしている。それは、再びゾイドを使った戦乱の火ぶたが切られる時も近いということを如実に表していた。

 支配欲が強く、好戦的なガイロス皇帝のことだ。宣戦布告を仕掛けるのは、時間の問題だろう。

 戦争が再び始まれば、旧ゼネバス兵の多くは再び戦場へと送られるだろう。壁役として、捨て駒として、その命を散らすのだ。

 

「あなたがガイガロス(この国)に残るということは、あなたが守るべき彼らが散っていく、そういうことなのですよ。エレナ・ムーロア姫」

 

 自身の施行を見透かしたように告げられた言葉に、エレナは返す言葉を持たない。持てなかった。

 自分は、どうすればいいのだろう。お父様なら、どうしたのだろうか……。

 それ以上に、お父様の望むことをする。それは、本当に自分のやりたい事なのか……?

 

「今日はこれにて失礼させていただきます。時間はありません。決断は、お早く。それに……」

 

 

 

***

 

 

 

 ルインは近くの安宿に部屋をとっているらしい。こんな時代にエウロペを旅する変わり者の風来坊、という建前でガイガロスに滞在しているため、彼をムーロア家の屋敷に泊める訳にもいかなかった。

 彼を見送り、自室に戻ったエレナは、部屋に備えたコーヒーメーカーを動かし、カップ二つに注ぐ。

 

「アル。あなたはどう思う?」

「とっととヘリックに逃げるべきだよ」

 

 迷いを含んだ問いかけは、しかしあっさりと答えを投げ返された。「僕はもう決定事項のつもりだったさ」とも付け加えられる。

 そもそもアルファスはエレナをガイロス帝国に置いておくことには反対の姿勢だった。彼の答えなど、最初っからわかりきっている。

 

「彼――ルインも言っていたろう? ガイロス(この国)に残っていた所で、君は傀儡でしかない。旧ゼネバスの兵を都合よく動かすための、体のいい人質だ。君が彼らを想うからこそ逃げることもない。それも、ガイロス皇帝の思惑の内さ。奴は君が逃げ出さないと分かっている。君の父が――ゼネバス・ムーロア陛下が民を捨てられなかったのと同じように」

 

 ルインの名に、エレナは少し渋面を作る。何がとはいえないが、彼はどうも胡散臭い。張り付けたような正義感で、借り物の言葉を並べている。実がない。ただ、今は彼について議論する時ではない。

 アルファスの言葉に、エレナは黙るしかなかった。事実、こうしてこの場に残り、アルファスの意見を求めていること自体、自分では下せない決断から逃げているのと同意義だ。

 

「君だって、もう分かっているはずだ。ガイロス帝国に残って、僕らにできることはない。ヘリック大統領は、僕らを受け入れてくれると言っているんだ。君の叔父でもあるあの人なら、ここほどぞんざいに扱われることはないだろう。そして、あの人の傍でなら、力を得られる。ヘリックでなら君の――ゼネバス皇帝、それに()()()との約束も果たせるだろう」

 

 言葉を切るアルファス。その先に続く言葉を、エレナは知っている。父と約束し、必ずや成し遂げて見せると誓った悲願。

 しかし、それすら自分の意志なのか、分からなくなってしまった。

 

 

 

「私たちムーロアの血族が成してしまった過ちに対する贖罪を、惑星Zi(この星)に――真の平和を」

 

 落としていた面を持ち上げ、エレナはアルファスを見た。幼いころから――物心ついた頃から近くに居た幼なじみで、兄のような存在のアルファス。戦火の真っただ中に身を投じ続け、戦いに明け暮れた父とは別に、エレナを支えてくれた彼。

 そんな彼も、自身がこの国の柵に縛られてはいけないとしている。そして、それは自分自身、うすうす感じていたことだ。

 仕方がない。自身の意志に悩んでいる場合ではない。自分はそんな立場ではないのだ。ただ、求められ、成していくのみ。

 

「決めたわ。アル」

「そうかい。なら、速やかに準備を整えるよ」

 

 事前にある程度整えていてくれたのだろう。先を読み、助けてくれる幼なじみの配慮に感謝の念を抱きつつ、エレナは空虚な覚悟を決める。

 

 

 

 ヘリック共和国へ――父が帰ることの無かった故郷へ、亡命する覚悟を、だ。

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