ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
「ゼネバスの双牙。聞いたことはあるだろう?」
「ええ。お父様が最も信頼した、親衛隊ツートップ。『
ヘリック共和国へ亡命する。その決意を固めたエレナは、アルファスに連れられてある場所へと向かっていた。その道すがら、何気ない風に切り出された話題に、エレナはぼんやりとゼネバス帝国が健在だったころを思い返す。
嘗て、ゼネバス皇帝親衛隊には二人の男が居た。徴用された時期は違えど、共に親衛隊の御旗となり、ゼネバスの盾となり刃となり、その威信を代替わりして数々の戦場で味方を鼓舞してきた。まさに親衛隊の顔とも言うべき存在だ。
「内の一人、『
「そうなの? でも確かにそうね。もう一人って、存在は知られていたけど具体的にどんなことをしていたのかってなると誰も答えられなかった。私も覚えてないわ」
「そう。もう一人――『
これからの僕らにはその力が必要不可欠だ。そう言ってアルファスがエレナを伴ってやってきたのは、前の会話で語られたような英雄に会うには似つかわしくない場所だった。
軍の刑務所である。
「まさかその人物が、こんなところに居るなんて思いもしなかったわ」
「僕もそうさ。今回の計画に際して召集しようと思ったら、こんなところにいるんだから。しかもその理由が山賊行為ときたもんだ。アポを取る身にもなってほしいね」
囚人と渡りをつける。やれやれといった様子で肩をすくめながら愚痴を零すアルファスだが、彼はこれくらい朝飯前にやってのける。ゼネバス帝国が滅亡して以来、事実上の軟禁状態を強いられてきたエレナとゼネバスだったが、そんな二人と外部との橋渡しを担ってきたのはいつも彼だった。研究者という役目を負いつつ、社交性の高い彼の能力には脱帽する限りだ。
面会室に通され待つこと数分。殺風景な部屋にキィと扉のきしむ音が響き、一人の男が入ってくる。その男の姿に、エレナは息を飲んだ。
男は囚人だ。その身分から想起される枯れた雰囲気をまとっているが、それ以上に男の体が朽ちかけの流木のようだ。その上、むき出しの右足は今にもはずれそうなほど粗末な義足である。そして、窺える肌には無数の切り傷、銃傷が刻み込まれ、男の歩んだ道が決して穏やかではなく――苛烈な日々に身を投じてきたことは想像に難くない。
なにより、男の顔が窺えないことが、男の異様さを如実に示している。かつてゼネバス帝国で開発されたトラ型ゾイド――サーベルタイガーを模したヘルメットで覆われ、露出しているのは口元だけ。
かつての戦争のさなかに今の身なりに落ち着いたのか。これが栄光のゼネバス帝国皇帝親衛隊の一人などとは到底考えられない。痛々しい状態だった。
「あんたが、エレナか」
くぐもった声で男は呟いた。仮にもかつての主君の娘に対するものにしては不遜な、荒い口調だ。しかし、ゼラムドの時に抱いた嫌悪感は不思議となかった。これが、歴戦の猛者の持つ雰囲気なのだろうか。
「聞いてるとは思うが、元ゼネバス帝国皇帝親衛隊所属だった。ローヴェン・コーヴだ」
毒牙――ローウェン・コーヴは面倒そうに名乗ると、そのまま面会用の椅子に腰を下ろす。サーベルタイガーのマスクの所為で表情はうかがえないものの、彼が今日の面会に際し快く思っていないのは確かだ。
「コーヴ。あなたが」
「知らんのだろう? 無理もない。俺の役割は皇帝が隠し持つ刃。敵味方双方に知られてはならない影の刃だ。ゼネバス親衛隊の象徴として語られていることは、兵の士気を保つためのカモフラージュに過ぎん」
ゼネバスの毒牙。その役回りは、所謂裏ごとと称される任務だった。諜報、暗殺、攪乱。異星の島国に存在したとされる忍びと呼ばれる者たちに似た役割を宛がわれたローヴェンの存在は、決して表に出てはならなかった。
その戦果は、彼の言う通り持ち上げられてできたものだろう。しかし、一部には事実があり、その表出した部分で双牙の片割れを演出してきたのだ。
「ローウェン・コーヴ。……思い出した。補給線の防衛任務で実戦配備されたグレートサーベルの最初のパイロットがそんな名前だったね。戦死したって聞いてたけど、ひっそり裏方に回されたわけか」
「あんたはそれなりに通じてるようだな。その通りだ。復讐の道すら見失った俺を、皇帝は自らの毒ナイフとして重用してくれた。居心地は悪くなかったからな。まぁ適当にやらせてもらったよ」
アルファスとローヴェンの語りから、エレナも何となく彼の立場を理解した。
「でも、どうしてここに?」
「さぁてな。国が亡くなって、俺もガイロスを荒らす山賊に落ちてたんだが。まぁ情勢が落ち着いた折に討伐隊を派遣されてこのザマよ」
ローヴェンは軽く右手を持ち上げた。それは武骨な義手であり、新しく刻まれた傷跡だろう。
「顔もな。もともとズタボロだったんだがな、ガイロス連中にとっつかまって、余計見れたもんじゃなくなっちまった。もう、化け物の同類さ」
屋敷暮らしの姫さんにはショッキングだろう。そう自嘲気味に語り、ローヴェンはマスクを脱ごうとしない。彼が独房という環境でマスクを被ることを許されているのは、その下を看守たちも見たくないからであった。
「それで、要件を聞こうか。落ちぶれた俺なんかに、いったい何の用だ」
「ああ」
アルファスはちらりと周囲の様子を窺い、おもむろに語りだした。
ガイロス帝国ではもはや希望がない事。ゼネバス帝国の民を救い、この星の戦争を真に終わらせるため、ゼネバスの象徴であるエレナを亡命させようという計画を立てていること。そのために、協力をしてほしいこと。
すべてを聞いたローヴェンは、ふっと小さく息を吐いた。
「断る」
「なぜ!」
「その理由は、そこの姫君だな」
じろりとねめつけるようなまなざしがエレナに向けられる。サーベルタイガーのマスク越しだからか、トラに目を付けられた獲物のような錯覚をエレナは覚えた。
「皇帝が死に、あんたは何を思った。怒りか? 憎しみか? 当然だな。親しいやつが死に、殺されたも同然で、そんな感情を抱かねぇってやつはそういねぇ。俺もそうだ」
彼が告げた言葉は、彼の感情がいやというほど込められている。先ほどの話、補給線を守り抜いたコーヴ大尉の話には、秘められたもう一つの想いがあった。
コーヴは元々ヘルキャット小隊を部下にしていた部隊長だった。しかし、部隊は共和国のシールドライガー小隊によって壊滅。愛機サーベルタイガーを駆り、ただ一人生き残ったのがコーヴだった。
補給線を守り抜く過程には、コーヴによるシールドライガー小隊への復讐劇が存在したのだ。
「テメェの感情に踊らされてる奴が、人助けだ、民を救うだ。おかしなことを言う。復讐心にかられた奴が起こすのは、殺戮の連鎖だけだ。誰も救えねぇ。……いや、あんたはそうじゃねぇな。今のあんたは空っぽだ」
「空? 私が?」
「ああ。親が死に、自らはゼネバス兵を従わせるための人質。自分の価値を見いだせず、何もできねぇ。だから今のテメェは空なんだ。できることが、なにもねぇ。何も使用としねぇ。その意思が、カケラもねぇ」
「いいえ、私には覚悟があるヘリック共和国で力をつけ、必ずやこの星に平和を――」
「周りに持ち上げられ、作られた建前にすがるのみ。はっ、すぐに折れるぞ! そんな安っぽい決意は! 一銭の価値もねぇ決意のために命を投げ出すなら、この国で怠惰な暮らしを続けるほうがよっぽどマシだ! あんたには、そうしてるだけでもいい価値があるからな。あんたがこの国に居る間は、俺たちはゼネバス・ムーロアのために戦う名分を得られる。それがなくなることがどういうことか、聡明なあんたに分からん筈がねぇだろ」
ローヴェンの言わんとすることは、あらかた想像がつく。
エレナはゼネバス帝国の象徴だ。滅亡してなお、ゼネバス帝国に尽くした者たちにとって唯一心に留めることの叶う希望だ。それがなくなるということは、生きる目標を失うのと同意義。
彼らから希望を奪ったとして、その後の彼らがどのような末路を辿るのか、想像に難くない。
かくいうエレナ自身、それを理由に一度は亡命を断ろうとしていたくらいだ。
椅子を引き、ローヴェンは立ち上がった。背を向け、自身の独房へと向かう。
「そういうことだ。今のあんたたちに手を貸す気にはならない。あんたの亡命は、この国に残るゼネバス兵、民を、見殺しにする。俺たちの仲間を、全員な。亡命した先がなにもないってのに、多くの命を投げ捨てる計画には賛同できない。逆に、俺は崇拝する主ゼネバスのために、あんたを
投げやりに手を振ったローヴェンに、エレナは返す言葉を紡げなかった。それこそが、彼の言葉を肯定していると理解しながらも。
ローヴェン・コーヴ。
過去編だし時期的にもちょうどいいし、出してもいいよね! そんなノリで登場しました本編未登場のお祖父ちゃん。。
彼は本編主人公の血縁なんで、補正効かせて設定盛り盛りです。