ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』   作:砂鴉

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脱出 5

 今のあんたじゃ、何も成し遂げることはできねぇ。空っぽだからな。

 

 独房に押し込まれた嘗てのゼネバスの毒牙――ローヴェン・コーヴの言葉がどうにも頭から離れない。

 ローヴェンが何を言わんとしているか。それはエレナも理解している。

 今、エレナはアルファスやルインに促され、ガイロス帝国から逃げ出すために行動を起こそうとしている。だが、それは彼らや、他に関わった人々の意志に従って動き始めているに過ぎない。

 つまるところ、今回の亡命計画は、エレナの意志がないのだ。

 エレナ自身、今回の亡命が成功しようと失敗しようと、別に構わないとさえ思っている。

 

 父――ゼネバス・ムーロアが死に、自身はガイロス帝国の虜囚の身。ヘリック共和国に逃げたところで、今度は共和国にとって都合よく使われるだけだ。自分の人生だと言うに、もはや誰かに使われるだけでしかない。

 生きる意味がない。自殺することも、何度か考えた。ただ、その度に自分のために尽くしてくれた父やゼネバス帝国の民、兵士たち、そしてアルファスの顔が浮かび、憚られた。

 しかし、このまま生きていたとして、何を人生の糧とすればいいのだろう。何のために、自分は生きているのだろう。生きる意味は、あるのだろうか……。

 

「ねぇ――。私、どうしたらいいの……?」

 

 もうどこにもいないもう一人の幼なじみの名を呟いたところで、なんてことはない。

 

 ――アルファスやルインの言う通り、ゼネバス帝国の復権に生きる、か。

 

 理由がないよりはマシだ。だが、それも結局言われてやっているに過ぎない。それが嘗ての皇族の務めだとしても、義務感に駆られて行うのでは、確かな自分の意志を感じられない。

 

 ――私は、なんのためにこれからを生きていくのだろう……。

 

 そんなことを考えていると、すでに夜も遅くなっていた。開け放していた窓を閉め、疲れた脳を休ませるべくベッドに横になろう。そこまで思考し、エレナは窓際まで歩く。

 窓からはちらちらと明かりが灯るガイガロスの町並みが一望できる。ふと、もう瓦礫の山となってしまった故郷を思いだし、億劫な気分にさせてくれる景色だ。

 ぼうと見つめるも数秒、頭を振って窓を閉めようとし、エレナは昼に行った収容所のことを思いだした。

 あそこには、自分を悩ませてくれたローヴェン・コーヴが居る。彼も、故郷とはまるで違うガイガロスの町並みに嫌気が射しているのだろうか。いや、牢屋の中からはそれすら見えやしないだろう。

 

 ――「アンタの供をする。俺には、その資格はねぇよ」

 

 ふと、去り際に彼が残した言葉を思い出す。

 あの言葉には、どんな意味があったのだろう。彼も、何かを悩んでいたのだろうか。あのセリフを溢した彼は、その日の会話の中で一番空虚で哀しい空気を纏っていた。

 

 気になる。

 

 元は、父が最も信頼する親衛隊の二大柱の一人だった男だ。それも、誰からも褒められず、認められることはない。密偵、暗殺、間者。復讐を果たし、殺戮者となった自分を御するために裏仕事に従事してきた男である。

 それがどれほど苦痛で、また父からの信頼が厚くなければ勤まらない任務なのかと言うことは、エレナにも十分想像できた。

 そんな彼が、自分には付き従う資格がないと言い切った。その意味は、隠された真実は、なんだったのだろう。

 

 一度気になったら、もうそれは頭から離れない。エレナは自称するくらいには興味本意で動くときがある。

 幼いころから多くのものに興味を示し、ゾイドに、政治に、首を突っ込もうとしてきた。アルファスが研究者として多くの知識を得ているのも、エレナが抱いた疑問に応えようと研究を重ねたことが原因の一つだと言うほどだ。

 

 知りたい。彼が自身を遠ざけた理由が。

 見つけたい。父を亡くし、故郷を失い、それでも生かされ続ける意味を。

 応えたい。アルファスやルイン、自分を生かそうとする彼らの想いを、無駄にできない。

 成し遂げたい。生きる意味を見出し、自分にしかできないことを、なんとしても成し遂げたい。

 

 ――共に作ろう。皆が笑って暮らせる国を。ヘリックやガイロスと、手を携えていける平和な惑星Ziを。

 

 それは、亡き幼なじみと誓った約束である。

 

 ああそうか。

 エレナは気づいた。自分には、何もないのではない。考えなかっただけだ。だって、少し思索を巡らせば、生きる理由など、こんなにも思いつくのだから。

 自分本位で、皇族らしくもない。しかし、これ以上ないほど、自分らしい。

 自分本位でなく、皇族としての役目を果たしたいのなら、探せばいい。それでいて自分が納得できるような決意を。

 

 例えそれが流され、誘導された決意であったとしても。自分の決意であることに、変わりはない。

 

 

 

 気づけば、暗闇の中をさまよい歩いていた心に、一筋の光が射していた。

 

 

 

***

 

 

 

「こっちだ」

 

 あれから一ヶ月が経った。

 星明りも刺さない真夜中、エレナは屋敷の地下に開けられた穴から地下道を進んでいた。嘗て、自身の知らない間に計画された亡命計画の折に掘られた抜け穴であり、結局使われず役目を終えようとしていた暗い地下道だ。

 アルファスの案内の元進んでいく。程なく洞窟は終わりを告げ、小さな倉庫へとたどり着く。

 

 エレナの亡命計画は、皇族を脱出させるという大役には似つかわしくないほど単純なものだった。真夜中の闇に紛れて屋敷から密かに脱出し、近くの廃棄された基地へと移動。そこで亡命の協力者となる人物と合流し、ゾイドに乗り換えて一路共和国を目指す。

 現在の惑星Ziは強力な磁気嵐の影響により、ゾイドの制御には大きな制限が課されている。従来のゾイドの性能は著しく制限され、戦争が休戦となった理由の一端もこれだ。

 しかし、性能が著しく落ちたとはいえ、惑星Ziにおいてゾイドの有用性は揺るがない。ある程度の対策を施した状態であれば、多少性能は安定するだろう――というのがアルファスの見解である。実際に検証が行われ、すでに従来のゾイドを磁気嵐に対応する措置は整いつつあった。短時間ならば、従来の戦闘にほど近い活動も可能なほどだ。

 

 それ以上の問題は、両国の国境を貫くように発生したレアヘルツである。

 突如として発生した謎のヘルツは、ゾイドの精神を汚染し、その制御を人間の手から奪い去ってしまう。まるでウィルスのようなそれに感染したゾイドは、人の手を離れて暴走し、助からない。故に、この異常電波の発生地帯をゾイドで越えることはほぼ不可能と言っていい。

 だが、逆を言えば、異常電波の発生地帯を越えることが出来れば、ガイロス帝国からの追手があったとしても、ほぼ振り切れる。先に共和国へ戻ったルインの要請によって共和国側から保護してもらえるのだ。

 つまり、異常電波発生地帯を越えることが、この亡命作戦の要である。

 

 亡命に際し、一部のゼネバス兵が暴動を起こす手筈になっていた。彼らが囮となってガイロス軍の目を引き付け、その隙にエレナは僅かな護衛と共に共和国へ向かうのだ。

 

 倉庫からアルファスの運転するジープで三時間。そこに寂れた嘗ての基地があった。帝都ガイガロスの防衛のために築かれたものだ。しかし、戦争の中で一度だけ共和国の軍勢が迫った際、激戦の舞台となり、そのまま放置されたという。基地として必要な機能はもうほとんど使えないだろう。かろうじて、僅かな時間駐屯する休憩所としてなら、使い道があるかもしれない。

 振り返ると、帝都の外れから煙が上がっていた。自分の脱出に呼応し、陽動作戦が開始されたのだ。

 

「始まったのね」

「ああ、もう引けないぞ」

 

 アルファスの目も真剣そのものだった。駆け引きは何度か経験したのだろうが、こうした真に命を担保にしたやりとりに身を置くのは初めてなのだ。アルファスは兵士ではない。戦いを生業として生きてはいない。

 ()とは違う。それを自覚しつつも、もう一人の幼なじみである彼と兄のような存在であるアルファス。その二人の態度の差に、エレナは否応にも現実を自覚させられた。

 

 

 

 基地に到着すると、ジープは静かにエンジン音を潜ませる。すぐそばには二人組の男が敬礼して出迎えてくれた。

 

「ご苦労様、あなたたちが」

「はっ、貴方様の護衛の大役を仰せつかりました。トビー・ダンカンと申します!」

「同じく、ダニー・ダンカンと申す。必ずや、お守りいたしますぞ、姫様」

 

 嘗てのゼネバス帝国の軍服に袖を通している二人の顔は、懐かしい面々だ。

 サーベルタイガーを駆り、低空飛行に入ったサラマンダーすら叩き落とすタイガー乗りの祖とされたダニー・ダンカン。その弟で、空戦ゾイドのスペシャリストであるトビー・ダンカン。

 D兄弟などともてはやされた二人は、その実力から皇帝ゼネバスの信頼も厚く、エレナも何度か言葉を投げかけたこともある。

 なかなかにユーモアな兄と実直すぎる弟の、いいコンビである。

 

「お守りいたします、ねぇ。首都崩壊の時は本当に感謝してもしきれないくらい。どうやって生き残ったのです? ダニー」

「はは。お恥ずかしい話、ゴジュラスのバスターキャノンを至近距離で叩き込まれた時は最期を覚悟しましたよ。死ぬなら寿命で安楽死、ピンピンコロリが夢だったのにと。しかし、機体が爆散した際に奇跡的にタイガーの頭だけが無傷で吹き飛びまして、しばらく崩壊した首都で意識をなくしとったんですよ」

「兄上」

「味方も敵も撤退した後にこりゃどうしたこったと茫然としとったところを迷子になって帰ってきた愚弟に拾われて、どうにか生還を果たした次第で」

「兄上。失礼ですよ。……態々探しに戻ったというに迷子扱いですか」

「なーに、エレナ姫ならこのぐらい笑って許されます。そうでしょう?」

 

 当然のように不躾な態度を寛大な心で許せと要求してくるダニー。遠慮のない人柄は人によっては不敬に思うだろうが、エレナはむしろ立場を気にしない性格を気に入っていた。

 

「――とまぁ、雑談はこの辺で。時間がありません。エレナ様、すぐに出発いたしましょう」

 

 この亡命計画の要はエレナを無事に共和国まで送り届けることだ。そのために、ゼネバス帝国時代に多くの戦果を叩き出した二人が招集されたのである。

 大丈夫だ。必ず成功する。

 アルファスが立てた計画に、ダニー・ダンカンとトビー・ダンカンという頼れる仲間の存在。

 きっと共和国までたどりつける。

 そんな淡い希望の元に、エレナの亡命は幕を開けた。

 

 

 

「エレナっ!?」

 

 アルファスの声が、どこか遠くから聞こえた。

 なんだろう、頭に鈍い痛みが走る。殴られた? いや、倒れた。どうして?

 分からない。ただ、唐突に自分が倒れた事だけは、どうにか把握できた。

 霞む視界にアルファスが、ダニーとトビーが駆け寄ってくる。疲れたのだろうか。そう言えば、これまでずっとガイガロスで暮らし、外出は墓参りくらい。急に動いたため、身体が着いてこれなかったのだろう。

 情けないなぁ。そんな自嘲を吐き出しつつ、エレナの意識は溶けて行った。

 

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