ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
「待って!」
堰切って吐き出した言葉に、呼び止められた青年は肩越しに声の主を見た。
若い。おそらく成人したばかりだろう青年は、青年を置いて先に出る機獣の起こした風に黒の長髪をなびかせ、小さなため息を溢す。
「ダメじゃないか。ここは、君には似合わないよ」
「行かないで」
無駄だろう。そう分かっていたが、彼女は必死の思いで軍服の上から彼の腕をつかむ。彼女の行動は彼の決意を揺さぶりこそすれ、しかし覆すことは叶わない。
「……できないよ」
予想した言葉を、青年は厚い空気の中で吐き捨てるように落とす。
次々と起動し、格納庫から飛び出していく機獣の後ろ姿は、悲壮感を纏っている。大切な何かを守るため、自らの身を、魂を散らしていく。絶望的な戦いに赴く獣たちだ。
そして、青年もまた、そんな彼らに追従するのだ
「ヘリックの軍勢が目前に迫っている。皆を守るために、行かなきゃならない。それに、君を失う訳にはいかない」
「なら、私の傍に居て。どこにもいかないで……」
それができれば、青年にとっても、彼女にとっても、どれほどよかっただろうか。
青年は彼女の幼なじみで、それ以上の存在でもあった。逆もまた然りだ。
しかし、それはできない。
彼女たちの想いがどうあれ、青年は国に忠を尽くす一兵士でしかなく、彼女は国にとって最も重要な、皇帝の一人娘、姫君だ。
あるいは青年が親衛隊の一員であれば、護衛として傍に居ることもできただろう。だが、青年が選んだのはそうではなく、一兵士だった。共に傍に居るのではなく、彼女の剣となって、戦場に生き甲斐を見出していた。だから、彼女を逃がすために死地に赴くことも厭わない。それが、青年の選んだ道だった。
青年は彼女を優しく抱き留める。そして、囁くように言った
「約束ですよ。いつか、私たちの国を」
「……ヘリックやガイロスと、手を携えていける平和な惑星Ziを。作って見せます。だから!」
あなたも、私の傍で、私を支えて!
その言葉を吐き出すより早く、青年は彼女を突き放した。倒れる彼女を、いつの間にか後ろに来ていたもう一人の男が支える。
「エレナを、頼みます。アル
「分かった」
「待って、離してアルファス!」
痛いほど強く腕を掴み男は――アルファスはエレナを連れていく。ずっと傍に居た、二人にとって兄に等しい存在だった彼に初めて反抗し、しかし逃れられない。きつく掴むアルファスの右手から、エレナは逃れられなかった。
涙でぬれた視界の中、青年は愛機のコックピットに駆け上がる。コックピット蓋が閉じられ、大型のビームランチャーと対空ミサイルで強化されたレッドホーンMk-2は低く、力強く咆哮した。
通常のものより加重された機体なのに、レッドホーンMk-2はそれをものともしない。分厚い爪で格納庫の地面を踏みしだき、すでにそこまで進入していたヘリック軍のゾイドをビームランチャーの一撃で消し去った。
手を伸ばして、しかしもう届かない。幼なじみの後ろ姿を追って、彼女は――エレナ・ムーロアは叫んだ。
「シュテルマァアアアアッ!!!!」
***
ガタガタと揺れる地面に揺すられて、エレナの意識は現実へと帰還した。ふっと視界が歪んでいることに気づき、エレナは自分が夢を見て涙を流していたのだと知る。
夢。数年ほど前になる。ゼネバス帝国がヘリック共和国に敗北し、首都を壊滅させられたあの日。幼なじみは自分を、そして多くのゼネバス帝国民を逃がすために戦場に向かい、そして帰ってこなかった。
「おや、起きたのかい」
意識の外から声をかけられ、エレナは反射的にそちらを見る。
そこに居たのは一人の女性だ。家庭的な表情とは裏腹に半そでの野戦服に身を包む、変わった女性だ。両サイドにたらした三つ編みが印象的である。
「あなたは……」
「そっか、姫様はすぐに倒れちゃったものね。あたしはヴェルカナ。今は運び屋ってとこかな」
「運び屋?」
「そ。今回は
ヴェルカナの話を聞きながら、エレナは少しずつ現状を思い出す。
帝都ガイガロスを脱出し、護衛役のダンカン兄弟と合流し、その時に気を失ったのだ。おそらくは真夜中の行動と緊張に苛まれ、慣れないことの連続で心身が限界を迎えたのだろう。まだ脱出が始まって間もないと言うに、自分の精神の弱さが少し嫌になった。
「そう、ですか。それで、今はどうなっているのです」
「それについては僕が話そう」
会話を遮り、コックピットの方からアルファスがやってきた。
「ちょっと坊や。あたしのモルガの操縦を任せてやったんだから、しっかりやんなよ」
「いやいや、しばらくは自動操縦でもなんとかなるさ。それに、エレナが心配だったんだ。様子を見るくらいいいだろう?」
さわやかな笑顔を浮かべながらアルファスが歩み寄り、その右手はなぜか妙な手つきでヴェルカナに伸ばされる。だが、触れるか触れないかのところでヴェルカナは半眼となり、その右手を掴み上げた。
「何度も言ってるだろう。あたしのお尻は高いよ。あんたの財産全部だしてもらおうかい?」
「減るもんじゃないし、ちょっと触るくらい、いいじゃないか」
「へぇ、囮になってくれるのかい。助かるよ。あんたが命を差し出てくれる分、あたしが生き残れる可能性が上がるんだ」
「高いお尻だ。僕の命は百万ガロスは下らない」
「なら、あたしの身体の値段はその十倍くらいでどうだい」
ぶつくさと未練がましく言い捨てるアルファスを見て、エレナは内心で大きくため息を吐いた。
アルファスの右手。あの在りし日の夢の中で自分をシュテルマーから引き離した時もそうだった。当時はアルファスを酷く恨んだりもした。だが、彼の行動が無ければ、あの日自分はシュテルマーを追い、死んでいたかもしれない。
生きていてよかったかどうかと言えば、今のエレナからすれば微妙なところだが、少なくともアルファスを恨むことは間違いだ。
ただ、そんな彼のこの有様は、目に余る。
夢の中の、苦い記憶に残る彼の右手がこれほどくだらないことに活用されていると思うと、複雑な気分だ。
「アル、あなたはまだそんなこと……」
景気づけか、嘗て自身にまでセクハラの手を伸ばしたアルファスの態度は見過ごせない。侮蔑の籠った視線を投げつける。
「おっとエレナに怒られるのはカンベンだな。ともかく、状況を説明しよう。こっちへ」
ヴェルカナのモルガはコックピットから機体後部の格納庫までが直通で通れるよう改造が施されていた。その両空間をつなぐ通路にはゾイド生命体の核――ゾイドコアが存在する。コアの周囲は特殊な防御壁で覆われていたが。すぐそばで脈動するゾイドの心臓を目の当たりにするのは、エレナも初の事だった。
操縦席の後ろには簡素なテーブルが用意され、その上にはアルファスが用意しただろう手持ちのタブレットモニターが置かれている。
ちらりと機体横のカメラを覗くと、追従する二機のゾイドの姿が見受けられた。
イグアンにヘルキャット。どちらもゼネバス帝国で開発された小型ゾイドである。護衛ゾイドとしてはいささか不安の残る機体だが、そのパイロットはゼネバス帝国屈指のエース、ダニー・ダンカンとトビー・ダンカンの兄弟だ。磁気嵐の影響があるとはいえ、多少の相手であれば問題ないと思える信頼がある。
「さてエレナ、こいつを見てくれ」
アルファスに示されたモニターには南エウロペの地図が表示され、そこを突っ切るように線が引かれている。これが、今回の亡命ルートだろう。そして、すでにその半分は踏破してある。
「エレナ。磁気嵐が多少収まり、それ専用の対策を施せばゾイドの制御が可能になってきている今現在、戦力も整っているガイロス帝国がヘリック共和国に宣戦布告しない理由、解るかい?」
「謎の異常電波、でしょう?」
アルファスはにっこりと笑みを浮かべ「その通り」と告げた。そして、その指が地図上の国境線に指される。
「僕とゼラムドは『レアヘルツ』と呼称している。このヘルツの発生地帯に踏み込んだが最後、ゾイドは正常な制御を奪われ、その意思は猛烈な破壊衝動に支配される。洗脳に近い状態さ。現状、こいつに抗うことはできない。このヘルツの発生地帯が両国の進軍ルートを塞ぐ様に立ちふさがっているからこそ、戦争を始められない」
ゾイドの使えない戦争なんて考えられない。そうだろう? とアルファスは皮肉めいた言葉を零す。
当初の計画であれば、このレアヘルツ地帯を越えることが亡命の成功条件だ。だが、今の説明ではゾイドに乗ってこのレアヘルツを超えることは不可能であると話しているようなものだった。
その辺りはどうなのか、そう疑問めいた視線をアルファスに向けると、アルファスは待ってましたとばかりに笑う。
「そのために僕はゼラムドなんかと研究に没頭してきたんだ」
「彼との研究は、『デスザウラー』に関することじゃなかったの?」
「それもあるけどね。先の見えない研究にはなかなか許可も下りない。僕がガイロスに進言した研究はレアヘルツの対抗措置さ。ガイロス皇帝はヘリック共和国の打倒を諦めていない。けどレアヘルツが邪魔。あれを突破できれば、ヘリック共和国に奇襲ができる。まぁ、研究の許可を得るのは簡単だったよ。そして、その成果のパルスガードは、もうこのゾイドたちに組み込んださ」
アルファスとゼラムドが協力して作り上げたパルスガードであれば、一定時間ながらレアヘルツ地帯をゾイドで行動可能になるはずだった。これを利用し、最速でレアヘルツ地帯を越える。そうすれば、ガイロスの追手はない。
レアヘルツ地帯を超えることが計画の最重要課題とアルファスは話していたが、その肝がアルファスたちの研究にあったのだ。
「それで、確証はあるの?」
「ぶっつけ本番だね」
だが、アルファスはこともなげに、とんでもないことをさらりと告げた。
「ちょっと坊や! あたしと相棒はあんたの実験台だったのかい!」
当然か。操縦席に居たヴェルカナが怒鳴り散らした。当たり前だ。実用可能かも不明なものを、この命綱なしで綱渡りをするような計画に持ち込んだのだ。雇われの身であろうと、納得いかないことこの上ない。
「冗談、冗談さ! きちんとシミュレーションはしてきたよ! ……ガイロスの研究者が」
後半の言葉が小声なのが、不安を煽る。
「実地検査はまだってことなんだろう!?」
「まぁ、ガイガロスから外には出してもらえなかったし、あっちでの部下からの報告で可能という判断を下したわけだけど……」
なおも言いよどむアルファスにヴェルカナが食って掛かる。エレナとしても自分の命と意思をかけた計画が行き当たりばったりなことでは納得がいかない。自身も何か言い寄ってやろうと口を開きかけるが、その時だった。護衛の二機から通信が入った。
『馬鹿博士を殴りたいところだろうが、問題が発生しましたよ』
『追手です。こちらを上回る速度。十分後には会敵します』
ダニーの、そしてトビーの警告が飛び込む。ガイロス帝国からの最悪の追手は、もう目の前だった。