ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 作:砂鴉
モルガの捉えた機影が、モニターに表示される。
黒い獣のようなゾイドだ。オオカミを模した流麗な体つきは見る者に気高さを、そしてある種の美しさを思わせる。
その機体色が漆黒でなければ。両足の爪が二重構造でなければ。口端が大きく裂け、ぞろりと並んだ鋭角な牙が恐竜のそれのように並んでいなければ。
機体の容姿はオオカミのようで、しかし節々に見られる特徴は四足で翼のないドラゴン――ドラゴン型ゾイドであるレドラーの翼を捥いだ野生体のようだった。
見たことのない姿にエレナの思考が奪われる。その思考に対する答えは直ぐに出された。
「ウルフドレイク……」
「アル、知ってるのね」
「ガイロス皇帝直属の隠密部隊『
アルファスの答えに、エレナは息を飲んだ。
『
力でもって他者を従える。それを示すかのように戦乱に明け暮れたガイロスの傍には、常にその刃となった、暗黒大陸ニクスから移動してきた頃からの同志がいたとされる。
その同志たちの意志を引き継ぎ、今なおガイロスの懐刀となって動く存在。それが皇帝直轄隠密戦闘部隊『
『
「ちょっとちょっと! 大丈夫なんでしょうねこれ!?」
「レアヘルツ地帯に入ってしまえばこっちのものだ。いけるさ」
不安がるヴェルカナをアルファスが強気に支える。だが、それが虚勢であることは彼の目を見れば明白だった。
皇帝ガイロスは愚かな男ではない。エレナへの追手に直属の手勢というカードを切ったことには、それ相応の理由があるはずだ。確実に追い詰める、仕留めきる。そう確信するだけの要素が。
「会敵まで十分くらいだろう? レアヘルツ地帯までもう三分もない。こっちのが先さ」
「ちゃんと機能するんでしょうね。このパルスガードって奴」
「僕を信じてよ」
たっぷりの疑念が宿されたヴェルカナの瞳がアルファスを射抜く。
「と、とにかくパルスガードを立ち上げてくれ。ダニー、トビーもだ」
『信用、していいんだな。博士』
「それ以外に道があるかい」
『兄上。我々はこの男に命を預けてよかったのか……?』
護衛二人の不安はさておき、モルガとイグアン、ヘルキャットのパルスガードが起動する。それから一分と経たずにレアヘルツ地帯に突入した。
レアヘルツの影響は直ぐに出るものではない。少しずつ、少しずつゾイドの制御系が侵食される。第一段階は制御不良。その後ゾイドの機体そのものが激しい振動に襲われ――ゾイド自身がヘルツによる浸食へ抵抗しているものだ――たらすでに第二段階へ突入している。浸食に耐え切れなくなった時には最終段階を迎え、ゾイドの自我は完全に汚染される。
最終段階に陥ったゾイドに未来はない。汚染された意志は破壊にのみ向けられ、最終的に己の身が朽ち果てるまで暴走するのだ。
一分、二分、レアヘルツの浸食は徐々にであるが、その兆候がわかるのは早いものだ。これまでの調査から、今くらいにはその兆候が表れてもいい頃合だ。だが、ヴェルカナの感覚にモルガの制御不良は――ない。
「ダニー、トビー。調子はどうかな?」
『問題ない』
『ははは、どうやら君の方がレアヘルツより上手だったらしいな、アルファス』
二人からの返答に、その場はいったん安堵に包まれた。だが、安堵を伝えた二人は、一切気を緩めてはいない。
『しかし、
安堵の空気が一転、緊迫したそれに包まれた。
なぜ? レアヘルツに巻き込まれることなど意にも返さないのか?
エレナの抱いた疑問は、直ぐに氷解した。アルファスは何と言った? レアヘルツに対するパルスガードは、
「――ゼラムドか!」
エレナが導き出した答えは、アルファスと同じだ。
「ゼラムドって誰よ」
「僕の同僚さ。それしかない。あいつがガイロスにパルスガードをやったんだ。あいつらは、僕らと同系のパルスガードを作動させて突入しているんだ」
「ちょっと! どーすんのよそれ! あたしとモルガはこんなとこで死ぬってのかい!? 冗談じゃない!」
ヴェルカナがアクセルを強く踏み込み、それを受けてモルガは急加速する。両側に岩山が聳える谷の真っただ中を猛スピードで突き進んだ。
『慌てるな、何のための我々だ』
だが、それとは逆に、トビーのイグアンは右足を踏み込んで反転し、立ちふさがる。同時に、ダニーのヘルキャットも崖に飛びつきながら反転する。
「トビー、ダニー……」
『ここは我らが引き受けます』
『姫様はお早く、この場を抜けてください。なーに、このダニー・ダンカン。拾った命を簡単にくれてやるつもりはありませんよ』
その後ろ姿は、いやなほど嘗ての情景と重なった。エレナの「待って!」の言葉よりも早く、二機の小型機は駆け出した。
景色の奥から漆黒のゾイドの群れが現れる。リーダーと思しきジークドーベルが一機。僚機のウルフドレイクが五機。先行した小隊だろうそれは、まっすぐに突き進んでくる。
対するトビーのイグアンは腰を落としながら駆け出す構え。その背後にダニーのヘルキャットが立った。
一息に加速したウルフドレイクの一機が吠える。
ウルフドレイクはコマンドウルフと同系の野生体を素体とし開発された機体だ。しかし、その開発志向は大きく違った。
コマンドウルフは共和国高速戦闘隊の主力であるシールドライガーのサポート機として、共和国領で運用されていたオオカミ型ゾイドから開発が進んだ。格闘戦に砲撃戦、追撃における索敵能力など、幅広い運用が可能な万能ゾイドであった。
対するウルフドレイクは、その装備から違った。口が裂けるほど並んだ牙は対峙した敵機をかみ砕き、通常の爪に加えて展開、収納が可能な足首に備えられた第二の爪が二重に切り裂く。反して砲戦における装備は背部の機銃のみであり、それも格闘戦に突入するための牽制目的だ。
軽快な身と漆黒の機体色で姿をくらましながら翻弄し、一撃のもとに砕き、切り捨てる。格闘戦に主眼を置いた機体なのだ。
吠えたウルフドレイクが跳躍する。同時に足首に仕舞い込まれていた爪が展開された。その爪は真っ直ぐイグアンに向けて振り下ろされる。
だが、それよりも早くイグアンの背に足をかけたものがいた。ヘルキャットだ。イグアンの背を足場に襲い来るウルフドレイクに向かっていく。
ウルフドレイクのパイロットは驚きこそしたものの、冷静だった。
ヘルキャットは戦争の初期から存在する高速機動ゾイドに数えられるが、その武装は火器のみ。格闘戦用の装備は搭載していない。至近距離からの砲撃を加えられれば、装甲の脆いウルフドレイクでもただでは済まないが、この距離ならば砲撃を受けたとしても勢いで押し殺せる。そして、相討ちで終わったところでイグアン一機、後続で押しつぶせる。
高速戦闘を主眼に置いた機体同士だが、高速戦闘という概念がまだ明確に定まっていない時期に開発されたヘルキャットと後発機のウルフドレイクでは。その性能は雲泥の差だ。絶対の自信を持って、ウルフドレイクのパイロットはヘルキャットに向かった。
だが、ヘルキャットは自身もその前足を振り上げるとその勢いのままにウルフドレイクの頭に叩きつけた。つま先に備えられた
ヘルキャット如きに倒されるはずがない。そう踏んでいたウルフドレイクたちはまさかの事態に浮足立つ。その隙を逃さず今度はイグアンが前に出た。機体後部に備えた小型のブースターで勢いを作り、突出した位置に居たウルフドレイクの頭に左腕を叩き込み、ゼロ距離から四連装インパクトガンを叩きこむ。
エレナは放心し、ほっと安堵の息を吐いた。自分が思ってる以上に、ダンカン兄弟のゾイド乗りとしての腕は卓越したものであったらしい。そう感じたのは、エレナだけでなくアルファスも同様だった。
「無茶しないでくれよ。パルスガードを併用しての戦闘だ。どうなるか僕にも予測がつかない」
釘を刺すように通信を送るものの、その声には多少の余裕が生まれていた。
依然として油断ならない状態だ。だが、かすかな希望も生まれていた。ダンカン兄弟の奮戦により敵は圧倒されている。こちらから無理に仕掛けるつもりもないが、
いける。
全員がその希望を持つ。
だが、そのわずかな希望は、あっさりと砕かれた。
崖の上。一つ欠けた月を惜しむような星空の下。漆黒の影が猛々しく咆哮を上げ、戦場を睥睨した。
爛々と輝く瞳は獲物を見定めオレンジに輝く。照らし出された明かりの下、ヘルキャットはおろか、ウルフドレイクよりも一回り巨大な姿を映し出す。流線型のボディに、鋭い爪牙。その姿は、高速戦闘ゾイドの概念を惑星Ziの戦争に撃ち出した革命的機体のものである。
グレートサーベル。
初の大型高速戦闘ゾイド、サーベルタイガー。その発展系の機体だ。
アルファスは、そしてダニー・ダンカンは知っていた。グレートサーベルを最初に操った乗り手を。このレアヘルツ揺らぐ戦場に現れたそれが、彼であると確信する。
「まさか、毒牙。ローヴェン・コーヴか……?」
アルファスの呟きを肯定するように、グレートサーベルはゆっくりと戦場に飛び込んだ。
ウルフドレイクはモンハンワールドのオドガロンを意識してます。