第一章「目醒める巫魂」
第2話:狐と人間、桔梗の誓い
「……あの…その…ご主人…様……?」
そこに立っていたのは一人の少女だった。それもただの少女ではない。現代においては古風と呼べる服装で腰に太刀を下げ、極め付けには狐の耳と尻尾が生えている。驚いて目を見開いているとその少女が俺の胸ポケットを見ているのに気付いた。
「えっ…と…これが気になるのか…?」
少女は何も言わずに髪飾りを見つめている。どうしたものかと思案していると、館長が助け船を出してくれた。
「城島君。その娘は狐ヶ崎為次。気付いているかも知れないけれど、さっき君が組み上げた太刀そのものだよ。これから君のパートナーとなる…」
「…『巫剣』…」
最後の言葉を待たずに脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口に出すと、館長は意外そうな顔をした。そして満足気な顔で頷いて、用事があるからと出て行ってしまった。
1分か2分、俺と少女は永遠とも思える間沈黙していた。兎に角何か話さなければ。
「あの…私のこと、憶えていないのですか…?」
幸いにも向こうから口を開いてくれた。しかし、憶えていないとは何のことだろう…俺は生まれてこの方狐の耳と尻尾を生やした女性と会ったことなどない。
「すまないが、一体何のことだい?俺は君みたいな人と会ったことはないけれど…」
「そんな…!なら何故、その髪飾りを……めいじ館での日々を忘れてしまったのですか?」
少女の顔が悲しみに染まる。そんな顔されたらいたたまれないではないか。めいじ館とは何なのだ。それにこの髪飾りは…
「本当に何の話をしているんだ?この髪飾りは俺の両親の形見であってそれ以上でもそれ以下でも…」
「落ち着いてください。記憶が混乱しているんですね、狐ヶ崎為次さん。」
ハッキリとした女性の声がドアの方から聞こえてそちらを向く。
「…七香さん……?」
狐の少女がおさげの少女に呼び掛けた。するとおさげの少女はゆっくりと首を横に振ってそれに答える。
「七香は私の五代前の祖先です。私は十香。これから七香に代わり、あなた方のお世話をさせていただきます。」
俺は訳が分からなかったが、狐の少女はその言葉を聞いて愕然としたらしい。細かく震えていた。俺の位置からは見えなかったが恐らく、声から察するに涙目になっていたのだろう。
「そんな……五代前って…今は銘治じゃないのですか…?」
「落ち着いてください狐ヶ崎さん。今は平成、あなたが眠りについてから百年程経っています。」
十香と名乗る少女が狐の少女の肩に手を当てて慰めるかのように優しく伝えた。
「……そう…でした…。私はご主人様が亡くなってから……皆さんと一緒に眠りについた…もうあれから百年も経つのですね…。」
そんなやり取りを聞いているといつのまにか横に館長が来ていた。俺は早速聞いてみることにした。
「あの、館長…どう言うことですか?よく状況が飲み込めていないんですが…。」
「君は選ばれたんだよ城島君。巫剣使いとしてね。そして彼女は銘治時代の半ばから今まで眠っていたんだよ。君をご主人様と呼んだのは、当時の彼女達の主、巫剣使いが君と似ていたからかも知れないねぇ。」
「彼女達?あの娘の他にも巫剣がいるんですか?」
館長は頷いて、簡単に説明してくれた。刀剣に巫魂と呼ばれる魂が宿ったものが巫剣であること。不老であることや特殊能力を持っていることを除けば人間と同じ存在であることを。
「そして奈良時代から銘治時代の半ばにかけて政府には特殊機関があった。『禍憑』という邪悪と戦う組織がね。その名は『御華見衆』。全盛期は銘治の幕開けと共に行われた『百華の誓い』から解散までだったと言われている。そしてその全盛期は、彼女の言うご主人様、史上最高の巫剣使いと謳われた『聖十郎』の手腕によるところが大きい。」
「なるほど…それで、巫剣使いにはどんなことができるのですか?俺の他にはいるんですか?…そして、俺達は何をすれば…?」
館長は少しくすぐったそうに笑うと困った顔で答えた。
「質問が多いねぇ。先ず巫剣使いは、巫剣と絆を深めることで彼女達の力を上げることができる『稜威能力』を持っている。現時点ではこの能力を持っているのは君だけだ。そして…君達には御華見衆を再建してもらう。」
その言葉を聞いて、狐の少女は少し晴れた顔でこちらを向いた。
「また、皆さんと会えるのですか?」
館長はそれに頷き、それを見た少女は更に目を輝かせるた。
「しかし、こうして巫剣使いが再び現れ、巫剣が目醒めたと言うことは…分かっているね?」
少女は頷いて力強い視線でこちらを見る。
「覚悟は出来ています。…ただ……ただ臆していては、駄目なんです!」
館長は満足そうに頷き俺に向かって伝えた。
「君達には先ず京都の茶房へ向かってもらう。そこが君達の本拠地となる。」
「……ちょっと待ってください。この娘、国宝ですよね?…そんな娘を連れて戦うなんて、大丈夫なんですか?」
すると十香が俺にこう教えてくれた。
「これは政府公認のことです。極秘事項ではありますが、巫剣使いが必要とするならば国宝であっても御華見衆に加えることが出来ますよ。」
そうなのか…俺って結構…いや、かなり重要な立ち位置にいるんだなと、ふわっとだがそう感じた。
「よし、それでは先ず『鞘入れ』からだな!」
館長が少し張り切ってそう言ったが、何のことだろう。
「鞘入れは、巫剣と巫剣使いの稜威を結ぶための大切な儀式です。これをしないと巫剣は本来の力を出せないんです。」
十香の家系は…代々このことを伝えてきたのだろうか。助けられっぱなしだ。
大体の流れを聞き、後は実践するだけとなった。少女は既に知っているようで、俺のことを待ってくれていた。正座して待っている少女の前に、俺も正座する。そうすると少女から鞘を差し出され、二人で握る。
「狐ヶ崎…」
言葉を続けようとした時に少女に遮られた。
「さき…。さきと、そうお呼びください。ご主人様。」
そう言われると少し照れ臭いが、本人が望むのだからそうするべきだろう。気持ちを改めてさきに向かった。
「さき、これを。」
胸ポケットから桔梗の髪飾りを差し出す。するとさきは不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「さっきこの髪飾りのことを言ってたろ?俺にとっては両親の形見だけど、君に持っていてほしい。さきになら、良く似合うと思うんだ。」
その言葉を聞いて髪飾りに向けられた左手は震えているようだった。だがこれは、嬉しさによる震えだ。さきは丁寧に左耳の付け根に飾りを差し、俺と向き合い直した。
「…どう…ですか?」
「あぁ、本当に良く似合ってるよ。」
黒が基調の風体に桃色の綺麗なワンポイント。彼女の意思の強さを表しているかのようだ。
「私、狐ヶ崎為次は、ご主人様をお守りします。そして、世の為にこの刃を振るうことを誓います。」
「この城島涼介は、君の力となり、全力で支えることを誓う。」
そして二人で抜き身の太刀を鞘に収める。鯉口を締める前に、少し思い付いたことを言いたくなった。
「……これは、俺とさきの誓い。『桔梗の誓い』だ。」
優しく微笑むさきと共に、鯉口を締めた。
「………どうですか〜?占いの結果は。」
何もない部屋の真ん中に座っている同志に向かって声を掛ける。この雰囲気は恐らく、既に結果が出た後だろう。占いの途中で話しかけるといつも怒られるのだが、今は嬉しそうですらある。
「……吉兆だ。椒林、準備を頼む。」
「ふふっ。分かりました。貴女はどうするのですか?」
普段はあまり笑わない彼女が笑っている。余程の吉兆だったのだろうか、それとも楽しみなのか。
「もう少し占ってみるとする。新たな巫剣使いはもしかすると、あの『威信同体』を超える稜威能力を持っているやも知れんぞ。」
「貴女が言うのなら、きっとそうなのでしょう。その時が、楽しみでなりませんね〜。」
続く