腐りきったその目は隻眼と化す 作:Pp
三月......開花し始めた桜の花びらがヒラヒラと舞い降りてまるで降り出してきた小粒の雨ののようにその地面をピンク色へと染めていった。そっと辺りを見渡せばそこでは別れを惜しみ涙を流すもの,新たな決意を胸に目を輝かせるもの沢山の人々が賑わっている。
今日は此処千葉市立総武高校の卒業式だ。 玄関前では生徒達の保護者が涙を流し我が子の成長を実感しながらもその成長を写真に収めようとカメラを回していた。
(今日で,ここともお別れか.....)
卒業,その言葉にはあまり意味がないというかキリがないと思う。何故なら卒業の次に待っているのは必ず始まりだからである。例えば高校を卒業したからと言ってそこから始まるのは大学への進学や企業への就職,そして
「さてと,さっさと帰りますか」
先程教員の"平塚静"にだけ別れの挨拶を済ませた。あとはもうこの学校でやり残すことはない。俺はざわざわとしているその場を押しのけてゆっくりと校門まで向かった。校門の目の前まで差し掛かった時,誰かが俺の背中を掴んだ。
「!!」
俺は振り返り俺の背中を掴んだであろう人物に視線を寄せる。
「...久しぶり,比企谷く...ヒッキー」
そこには二年の終わり間近に俺が退部した奉仕部の部員"由比ヶ浜結衣"の姿があった。いつぶりだろうか.....彼女に喋りかけられたのは..
『持つものが持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える』
それがその部の方針であった。まぁ難しいことを言ってるようではあるが簡単な話ただのボランティアである。校内の生徒達の悩みを聞いてそれを解決しようと案を出して行動に移させる。しかし奉仕部がやるのはあくまで手助け程度で解決するのは本人次第。全般を受け持つわけではない。
そんな奉仕部にある依頼が持ちかけられた。俺の捻じ曲がった解決方法により彼女達とは疎遠になってしまい遂には唯一の繋がりだった奉仕部をも辞めてしまった。逃げた俺は今更ながら彼女らに合わせる顔がない。
「ねぇ,ヒッキーあのさ...」
そう喋りだす彼女の声は少し震えている。俺は彼女が次の言葉を話そうとする前に前を向いて足を動かそうとした。その足を一歩踏み込もうとした時また身体が止まった。すると今度は背後から吐息が聞こえてくる。俺はまたゆっくりと後ろを振り返った。
「比企谷君,はぁ..はぁ..待ちなさい」
するとそこには息を切らす奉仕部の部長"雪ノ下 雪乃"の姿があった。何故今頃になってこの2人が喋りかけてくるのだろう。そんな疑問がふと頭をよぎる。俺は強引にその掴まれた背中を振りほどき前へ進もうとするが...今度は二人いっぺんに手を引っ張ってきた。
「聞いて!!お願い」
そう強く由比ヶ浜の声が耳に入ってくる。
俺はまた振り返り一言発して二人の様子を伺うことにした。
「何だよ...」
俺が言葉を発したことに少し驚き彼女らはお互い顔を見合わせてほっと溜息をついた。
「ねぇヒッキー,本当にこのまま行っちゃうつもりだったの?......そんなの.....そんなの寂しいよ」
由比ヶ浜に続いて雪ノ下も...
「比企谷君,最後ぐらいちゃんと話してから別れなさい。仮にも貴方は奉仕部の元部員なのよ」
二人は口々に寂しいなど最後ぐらい別れを言えなどと無茶苦茶なことを俺に言ってきた。正直迷惑だと感じている自分がいる。何故なら俺の中でこいつらはもう過去のものでしかないと自覚していたからである。どれだけ一緒に過ごしてもどれだけ絆が深くても,ずっと会わなければ当然それに対する感情は薄くなっていくものなのだ。
「何で何も喋らないの?」
「......」
「怒っているのね。それも当然よ....私たちも貴方にずっと謝りた「悪い,お前ら誰だっけ?」
雪ノ下が何かを言いかけたことを察した俺はそれを遮るようにして虚言を吐いた。これが俺が彼女らに出来るせめてもの気づかいだ。俺が彼女達のことを忘れたことにすれば彼女達は俺を勝手に軽蔑して勝手に諦めるだろう。所詮彼女らにとっても俺は過去の存在でしかないのだから。
「え,ヒッキーどういうこと?」
「......言葉の通りだ」
「貴方まさか,
「いや,....思い出せない」
(俺はもう......他人事で悩みたくない)
「......もしかして貴方記憶喪失にでも陥っているんじゃないの?」
「そうかもしれないな。それなら今度医者で見てもらうわ」
その無神経な一言が膨れ上がっていた爆弾の導火線に火をつけてしまったようだ。普段真っ白な雪ノ下の顔が一瞬にして赤くなっていく。
「いい加減にしてちょうだい!!そんな白々しい嘘を....」
「そうだよヒッキー!私たちを忘れたなんて嘘だよね?!」
「........」
(一度壊れた関係は.....もう,元に戻しても一緒だ....また何かが理由で壊れてしまうのなら....俺はそんなの要らない)
しばらくして辺りを見渡すと野次馬らしき人集りがこちらに注目して「修羅場じゃんw」と言いながらあざ笑っていた。しかし二人はそんな周りを気にもとめずに俺に対して意見をぶつけてくる。
「貴方がちゃんと喋るまで私達は貴方を帰さないわ!!」
「ヒッキーが私達のことを忘れるわけないじゃん!!お願いだよ。........最後ぐらいちゃんと」
いよいよ俺の苛立ちも頂点に達した。俺は考える間も無く無意識に吐き捨てるように言葉を放っていた。
「目障りなんだよお前らの存在自体が。ずっと無視してきた挙句に卒業の日になって急に手の平を返すように謝ろうとしてきやがって.....」
(やばい,口が止まらない)
感情を爆発させて喋る俺の姿を見て二人の目には薄っすら涙が宿っていた。それを見て少し心が痛くなりながらも俺はしばらく口を止めなかった。息を切らしながら言葉を言い終わると今度は由比ヶ浜が喋り出す。
「違う。私達は別にヒッキーのことを無視した訳じゃないよ!それにヒッキーだって自分から避けてたでしょ...私達のこと.....。もう嫌だよこんな関係が続くのは...。...........だから最後にちゃんと話し合って..」
「そうか....分かった」
「え?」
(やめろ,それを言ったしまえば本当に何もかも終わってしまう)
「もう終わりにしよう」
「お前らとは......。短い時間だったけどありがとう。割と楽しかった。ある意味俺の人生の中で一番輝いていた時間だったのかもしれない。それだけだ.....もう俺に関わるな」
その言葉を言い終わると同時に頰が何かで濡れた感触がした。俺はそれを手でそっと撫でて涙だということを理解する。
(なんで.....)
「あ、の」
俺は2人が何かを言おうとする前にそのまま校門の外へと駆け出した。その時彼女達がどんな表情をしていたのかは覚えていない。ただ校門から抜ける最中最後に雪ノ下が発した一言が耳の中で強くリピートされていた。『貴方はまた逃げるのね』
頭の中ではドライに割り切っていたのにこのザマだ。本当は心から彼女達ともう一度向き合いたいことを願っていたのかもしれない。でも今はその機会すら逃してしまったのだ。もう元には戻れない。俺は少しずつ足を速め全力疾走と言わんばかりの速さでそのまま目の前の交差点まで急いだ。とにかくこの場から一秒でも早く抜け出したかったのだ。もどかしい。息苦しい。視界は涙で歪んでいた。今は全てを否定したい気分だった。信号が黄色に点滅し赤になろうとしている。俺は早める足にブレーキをかけることなく,そのまま信号を突っ走った。
その時だった。
横から巨大な大型トラック迫っていることに気がついた俺はすぐに方向転換をしようと体を捻らすがどう考えても間に合わない。
(俺,ここで死ぬのか)
俺は目をつぶりながら走馬灯と言われる現象が起きていることに気づいた。しかし浮かんでくるのは奉仕部での記憶ばかりだ。
(あいつらとの思い出ばっかだな)
(やっぱあいつらと最後くらい向き合えばよかった........)
大きなトラックのブザー音が耳の中で渦巻いて視界がどんどん揺らぐ。そしてついにそのトラックの先端部分は俺の体とし、凄まじい衝撃と共に俺の目の前から光が消えた。
◆◇
だがしかしどういう訳か,俺は今こうして生きていた。しかしそれは今まで生きてきた当たり前の日常ではなく,フィクションの中でしか存在しないと思っていた非日常の世界。血肉を貪り,奪い殺し喰らいあう冷淡で残酷な世界。俺はそこで偽りの仮面を付けて今日も喰種達の生活を脅かす捜査官と対峙していた。何度でも言い続ける。
「俺は喰種だ」