腐りきったその目は隻眼と化す 作:Pp
カーテンから覗いてくる眩しい光と熱が俺の体に覆いかぶさり俺はゆっくりと目を覚ました。顔を上げて辺りを見渡す。俺は薄っすらぼやけた視界で壁際に掛けられている時計に目をやった。
「もう朝か....」
まだ頭がぼーっとしている。俺は手の平を眼球に押し付けてぼやける視界をゴシゴシと治そうとした。その時ふと首筋に痛みを感じる。俺は片腕を首筋にもっていき痛みの原因を探るべく隙間なく触れた。外面には特にこれといった傷は見当たらなく痛みはどうやら内側から来ているようだ。首を横に曲げようとすると少しづつ痛みが生じ始める。
「あー成る程ね。..............これ........筋肉痛だわ」
それもその筈俺は昨晩からずっと体育座りの状態で眠りこけていたからである。首に負荷がかかり過ぎてこうなってしまったのか。
「あれ?てか何で俺こんな体勢で寝て...」
そう言いながら俺は地面に視線を向けた。するとそこにグシャグシャになって落ちている紙の〈診断書〉という文字が目に入ってきた。急に昨晩のことがビデオテープのように頭の中に流れはじめた。
「....って,診断書ぐちゃぐちゃになってるし....」
俺は立ち上がりベットの方に目を向けた。ベットの上には当たり前のように小町が眠っていた。しかしその可愛らしい顔と反して腕にはrc細胞の塊ががっしりと巻きついている。
(Rc細胞過剰分泌症か....)
俺はため息を吐いて地面に横になった。
「やっぱり,そんな簡単に治らねえ病気だよな..。.....薬が必要だ...」
しかしその薬というのは病院でもらったりドラッグストアで購入したりそんな易々と手に入れられる品物ではない。
名称は"rc抑制剤"。その名の通り体内にあるrc値濃度を和らげる為のものである。小町が患っている病気もその体内にあるrc細胞が原因だ。治るかは分からないが最低でも病気の進行を遅らせることは可能かもしれない。
しかし手に入れようともその抑制剤は喰種が最も苦手としているものだった。人間よりも明らかに体内のrc細胞が多い喰種に抑制剤を使用すれば一時的にだが身体の自由が効かなくなり喰種随一の攻撃手段であるrc細胞の筋肉"赫子"も使うことができなくなる。つまり人間にとっては薬でもあり喰種に対する兵器でもあるのだ。
「抑制剤っても,どこにあんだよ..」
それに俺はまだそれを保管されている場所もあまり明確に把握できてなかった。恐らく貴重な為当然一般の病院には置かれていない。となると置かれている場所は限られてくる。それは国が建てた巨大な国際病院もしくは"CCG"と呼ばれる巨大な対喰種対策機関だろう。喰種に効果がある以上対策局がそれを使わない筈がない。どちらにせよこの二つの場所から抑制剤を盗み出すことは容易じゃない。その為には沢山の情報と労力が必要なのだ。
「って、今考えてもまとまらねぇな」
俺はそのまま近くの椅子に腰掛けた。机の上に置いてあるコーヒポッドの電源をつけ,その横にあらかじめ置かれていたマグカップを台の上に置いて放置する。しばらくすると香ばしいコーヒ豆の香りと共にコーヒがマグカップの中に満たされていく。俺はマグカップを口に運びながらその横に置いてあったリモコンでTVの電源を入れた。すると黒い画面から誰かニュースキャスターらしき音声と共に映像が流れ始める。
『今日未明,東京20区にあるホテルの前で男性が女性を襲ったという事件が発生しました。女性は重体ですぐに病院へ搬送。目撃者の証言によりますと,どうやら男は刃物ではなく赤い結晶のようなもので女性を切り刻んだとされています。この赤い結晶というのは喰種特有の"赫子"というものらしく,犯人は喰種ということで捜査を続けています。さて次の』プツ
少し前まで人々にとって喰種とは都市伝説的な存在だったのに今では彼らが公の場に現れることも多くなりもう都市伝説だけの話では無くなっている。実際人間だった頃俺は喰種なんて見たこともなかったし時々買っている雑誌やネットで情報を調べる程度だった。喰種になってからは体に蜂蜜を塗って蜂が寄ってくるかの如く喰種達は俺の所に現れはじめた。東京20区は東京の中でも喰種による事件が少なくあまり重要視はされていなかった。これも"あんていく"の店長芳村さんのおかげだろう。しかしそんな20区も最近では喰種の事件が多くなっている。平和な場所なので正直迷惑な話である。俺の"あんていく"の仕事ではそういった凶悪な喰種達の駆逐も含まれているのだ。
「さてと,今日は.....ってシフト入ってたんだっけ?..........はぁ,いつの間にか俺も社畜の仲間入りってわけね」
俺の仕事は三つ。一つは戦えない喰種や赫子を出せない喰種達の為に捜査官達の武器を強奪。二つ目は凶悪な喰種達の説得もしくは排除。そして三つ目は喫茶店"あんていく"の店員だ。正直この三つの中で一番大変なのは三つ目のそれだ。接客業なんてものはぼっちでコミュ症を少し拗らせていた俺には到底レベルが高いものだった。そして何よりも其処には俺に対して滅茶苦茶厳しい暴君が存在した。まぁそらについては後で話そう。つまり結論=いちばん辛い
俺はタンスを開けて地味目なTシャツを一枚着てそのまま玄関へと向かった。時刻は9時半。とっくにあんていくは開店している。
(やだなぁ、怖いなぁ)
そんな思いを抱きながら寝ている小町に一言。
「じゃあな小町,お兄ちゃん行ってくるわ」
そう言って俺はアパートのドアを開いて鍵をかけた。そうだ....俺がこうして"あんていく"で働いているのは小町の為でもある。あんていくというのは肩書きがあればそれだけで情報をくれる喰種も沢山いるだろう。少しでも多くの情報が俺には必要なのだ。
◆
ようやく"あんていく"の近くまでたどり着いた。しかし遠くから窓越しに見える暴君の顔は間違いなく切れている。多分俺が遅刻していることに対して腹を立てているのだろう。やだなぁ行きたくないなぁ....
俺は店の窓際部分から見えないルートを辿り何とかしてあんていくにたどり着いた。ドアノブに手をかけると同時に大きな圧力がかかる。恐怖心とは恐ろしい。俺はそっと音が鳴らないことを願いドアを開けた。しかし俺のそんな期待は外れていつも通りの大きな鈴の音が店内に響き渡る。すると当然のように周りは俺に視線を寄せ,営業スマイルをしていたであろう暴君の目つきが俺を捉えたと同時に恐ろしいものへと変貌した。彼女の名前は"霧島トーカ"歳は俺より二つ下で近くの公立高校に通っているらしい。だが年下にも関わらず彼女は目上のはずの俺に対してかなり乱暴な部分があるのだ。いや,部分というか主に全般が乱暴というか...。
「比企谷~ちょっと」
その優しさに満ちた声で俺は霧島に手招きをされる。あれ?何か優しくね。
なんてことはなく店裏に連れていかれた途端彼女の態度は豹変した。
「おい,糞谷」
(ついに名前ですら呼ばらなくなった)
「女の子が糞って言ったらお袋さんが泣いちまうぞ」
「は?あんた遅れたくせにそんなこと言える立場?」
「いえ,その今のは失言でした」
(実力社会だからな,ここは....)
「分かったら早く着替えて手伝いな!今日はお客さん多いんだから」
「うっす!!」
(年下の女子にこの扱いを受けるって...マジでなんなんだよ社会)
「トーカちゃん。その辺で...ほら比企谷君も反省してるだろうさ」
そこで突然第三者の声が耳に入ってきた。視線を寄せるとそこには黒髪の大人しそうな青年がこの状況をどうにかすべく良心をもたらずの霧島に話しかけていた。彼の名は"金木 研"。勿論喰種だ。しかし芳村さんの話を聞けば彼も俺と同様純粋な喰種ではないらしい。半喰種というべきか....。まぁ余り詳しいことは聞いていない。そんな彼が今俺のピンチを救うべくこのあんていくの暴君,霧島トーカに無謀にも立ち向かおうとしている。感謝でいっぱいだ。17年間生きてきて初めて友情を感じたかもしれない。俺は一筋の涙を流した。
「は?お前が口挟んでくんな」
その一言で勇敢に見えた金木の体を三歩後ろへと遠ざけさせた。金木がんばれ。
「いやでもさ,トーカちゃんもその,少し言い過ぎかなって」
「は?どっちが悪いわけ?」
「すいません..比企谷君が悪いです...」
(こいつ秒で見捨てやがって。..)
結局俺は金木のヒートさせた暴君の熱をくらい渋々店に入った。今日は休日なのでかなり人が多い。俺はすぐにカウンターに向かって歩き出した。カウンターでは2人の人物が珈琲を淹れている。その手慣れた手つきを見れば長年ここで働いていたということが容易に読み取れるほど上手だった。
「比企谷君,これ持ってって。僕のスペシャル魔猿ブレンド」
そうキメ顔でコンプレックスの巨大な鼻をふんっと鳴らす彼の名前は"
「はいはい,そうゆうのはいいの古間君。これも頼むわね比企谷君」
そう古間さんにツッコミを入れたのはこの店の美人店員"入見カヤ"だ。この二人付き合いはかなり長いらしい。ぶっちゃけ付き合っているんじゃないかというぐらい仲がいい。のかもしれない....多分。
「うっす」
そう言って俺はトレーの上に渡された珈琲を二つを乗せた。零さないようにとゆっくり慎重に客の元へ運んでいく。其れもその筈持ち方にはコツがあり家で母ちゃんが運んできてくれるような両手もちのお盆ではないのだ。待つのは片手の指だけ。これがすごく難しい。最初の頃はうっかり零してしまったこともあるがやはり何でも慣れであるのか今は殆ど零さずに運ぶことができる。俺はそっと客の前で頼まれていたオーダを読み上げ珈琲をテーブルの上に置いてカウンターに戻った。しばらくは其れの繰り返し。割と単純な作業ばかりだ。
しばらくすると巨大な音ともに笑顔の霧島と頭から湯気が立っている金木の姿が。
(おつかれさまです)
その後も俺は淡々と作業をこなしいつしか時は閉店間際まで迫っていた。お客さんは殆どおらず後は会計が一人だけだ。
「1580円になります」
「ほなこれで。中々絶品やったわ~また来るなぁ」
「ありがとうございます」
歳は三十代半ばぐらいだろうか。とても愛想がありそうな顔のおっさん。おそらく陽気な関西ってとこだろう。口調がそうだ。しかし俺はこのおじさんから少しだけ漂う血の臭いを見逃してはいなかった。
「あの、つかぬ事お聞きしますが喰種ですよね?」
その質問に男は少し困惑したそぶりを見せた。
「大丈夫ですよ。人いないんで」
「あぁ、そうですか。」
「あんまり食べ過ぎない方がいいですよ。結構臭ってますから」
「おぉこれは大きに大きに。それじゃあ」
そう言って男は少し足を早めて"あんていく"から出ていった。俺はやっと最後の客が出ていったのでそのままカウンターから離れて椅子に腰をかけた。
「比企谷君,お疲れ」
そんな声が聞こえてそちらに視線を寄せるとそこには笑顔の芳村さんが立っていた。
「今日はもう上がっていいよ」
その一言に食いつく暴君こと霧島。
「なんでですか!?こいつまだ片付けもしてませんよ」
「トーカちゃん分かってるだろう?彼には仕事があるからね」
霧島は黙る。流石の霧島も芳村さんに対してはあまり頭が上がらないらしい。
(ばーかばーか)
と暴言は心の中だけでとどめておいて、
「それじゃあ俺は失礼します。みなさんお疲れ様でした」
そう言って俺はあんていくから出ていった。向かう先は21区。ここは最近喰種事件が多発しており捜査官達がかなりマークをしている場所だ。つまりそこなら大量の武器を押収できる。これがあんていくで働く俺のもう一つの仕事なのだ
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