腐りきったその目は隻眼と化す 作:Pp
目を凝らし耳を澄まし感覚を研ぎ澄まさせ、俺は21区周辺にあるビルの屋上から辺りを見渡した。目を細めて極限まで視力を高めると薄っすらと二つ白い人影が見えた。この白というのは恐らく喰種捜査官たちが身に纏わせている作業服だ。白だから暗い所でも電信柱の明かりで目立つ。格好の的だ。
(あいつらに狙いを定めるか)
鳩に顔バレしない為に作られたマスクをはめて、夜の闇に紛れながら音を立てず素早く俺は二人の捜査官との距離を詰めていった。
喰種になってからは人間の時よりも不自由なことが多いがその反面出来ることもかなり増えた。まず最初にこの圧倒的身体能力の高さには驚いた。まず人間の時との体感が全く違う。まるで常にトランポリンで飛んでいるかのように身軽だ。勿論最初からそれだけ身体能力が身に付いていた訳ではなく少しづつ体を鍛えていった。鍛えると言ってもハードなことは殆どしておらず筋トレやランニング,どれもただの基礎トレーニングばかりだ。だがその簡単な基礎トレーニングをやった後に上昇するパラメータは恐らく人間の時と比じゃないのだ。人間ではどうやってもこれ程の身体能力は身につかない。
しばらくすると二人の捜査官が通りかかる直前のビルの上に着いていた。
俺はポケットの中から取り出した双眼鏡でじっくりと目を凝らして二人を観察する。
(鳩で間違いないな。周りに増援の気配もない..)
因みに鳩というのは喰種内での捜査官を示す名称らしい。鳩の手には喰種を撃退するための武器"クインケ"を収納するアタッシュケースが持たれていた。俺は学校のテストの答案用紙の見直しをするかの様に何度も何度も二人を視察する。もしかしたら既にこちらに気づいているのではないか。罠に嵌められているのではないか...常に最悪のケースを考えらようにしている。その方が突然の出来事に対処しやすい。それに今回はいつもよりも慎重に行動した方がいいと第六感が言っている。理由は二つ,俺はここ21区でしばらくの間ずっと鳩からクインケを根こそぎ巻き上げている。すると当然21区を担当している捜査官たちに俺の存在が広まる。当然存在が広まればそれだけ鳩たちの脅威になりマークされ始めるのだ。まぁそれは多少なりの過信が過ぎるかもしれないが・・。
そしてもう一つ、先程から二人の鳩に目を向けつつ周りの様子も伺っているが何というかこう、静かだ。いつもは聞こえている足音なども殆ど耳に入ってこない。少しだけだが小さな不安が生じ始めつつあった。しかしあまり根拠のない不安にかられても仕方がない。
(気づかれないように)
俺は音を立てないようにビルを行き来して鳩の数メートル背後にまで降りた。緊張という名の糸を掴みながら俺は颯爽と身体を迫らせる。
すると急に何かが来るのを感じとったのか二人はこちらを振り向くが、それよりも早く俺の手には二つのアタッシュケースが握られていた。
しかし、
「なっいつの間に!!」「貴様何者だ!」
的な言葉を期待していたのだが俺の目に入ってきた捜査官の顔は恐怖や憎悪ではなく歓喜な表情だった。ここで俺はやっと自分が相手の張っていた蜘蛛の糸に引っかかったことを悟った。
「今です」
その言葉と同時に俺の手に持たれていたアタッシュケースは両方激しい爆音と共に暗かったその場を一瞬真昼と変わらないぐらい明るく灯した。
(爆発した!?俺が狙うのを見計らって.....)
予期していなかった為か体はそのまま後方の巨大な電信柱にぶつかった。鈍い音と共に背中に強い衝撃が走り俺は呻き声をあげる。
(ガードが遅れた,警戒していたのに何してんだよ俺!)
俺は先程までの油断していた自分を恨みながらゆっくりと体を起こした。もしも普通の人間が今の爆発を受けて入れば恐らく体は一瞬のうちに粉々の肉片へと変わるだろう。当然だ。今まで爆発なんてものは映画やアニメなどフィクションの世界でしか目にしたことがなかったからだ。しかし今の俺は肉片になるどころか体を軽傷するだけで済んでいる。
(助かった。喰種じゃなきゃ死んでたな....ってまぁそもそも人間だったらこんなの食らう機会も殆ど無いんだけどな)
俺の体は飛躍的に喰種として出来上がっているという実感をすると同時に少しづつ人という概念から外れていく自分に少し嫌気がさす。
(ここで使うか,赫子を)
中でもそれを一番実感させたのは"
すると前にいる二人は衣服の下の腰にあるホルスターのようなものに手をかけそこから拳銃を取り出した。何発も放たれた弾丸は一直線にこちらに向かってきている。
(あれは、Qバレット..拳銃の弾丸に赫子を溶かし込めたやつか...)
向かってきている弾道を避けて俺は即座に捜査官達へと向かった。
「交わした!?くそ、あれを食らっても尚交わす元気があるのか」
(しょうがない、今日の収穫はあのQバレットだな)
再び拳銃を構える二人だが距離が縮まってきた途端に顔が恐怖に変わった。
「うわぁぁあ!!」
「いまさらおせぇよ」
そう一言発して距離僅か2メートル。
.........その時だった。右側から黒いシルエットと共に何者かが俺の体を斬りつけ流血と共に俺は地面に崩れた。
(何,が)
そっと視線をそちら側に向ける。俺は驚愕した。
「こちら平子,只今Sレート"避役"と対峙。駆逐にあたります」
平子と言う名の捜査官。そしてその後ろには10人はいるであろう捜査官達がこちらをずっと睨みつけていた。その顔ぶれを見て直ぐにそれが過去俺にクインケを奪われた捜査官達だということが分かった。
(状況がまずい!一旦立て直して)
そう立ち上がろうとする体の上に突然重さが。誰かが俺を逃さないよう背中の上にのしかかっているようだ。俺は仰向けになりながらもその人物の顔を捉えよう顔を上に上げようとした。その時いきなり体に痛みが生じた。
「そう簡単に逃すかっつーの。お前の身柄はこの伊藤倉本が貰い受ける」
どうやらこの捜査官にクインケで体を貫かれたらしい。
「ちっ」
(喰種の背中に乗るのは間違いだったな)
「倉本,背中!」
「おぉっと!やばい」
何かを悟ったのか平子と言う男の指摘により伊藤と呼ばれた男は空かさず俺から距離を取った。乗っていた体ごと背中から出現させた赫子で貫こうと考えていたがどうやら見破られたらしい。俺はゆっくりと体を起こして二人に視線を寄せた。
「タケさんあざっす」
「......油断するなよ倉本」
「うす。.....覚悟しろよ"
"避役"カタカナでカメレオン,それが俺の喰種としての通り名らしい。何故そのような名前が付いたのか..........。それは俺の赫子に由来されている。
「行くぞ」
平子のかけ声と共に2人の鳩は俺を囲むように攻め込んできた。俺は硬質かつしなやかな2本の赫子を出現させ2人の攻撃の軌道に合わせ防御に徹した。
(ブレードと長槍か....)
成るべく2人の持っているクインケを破壊しないように手加減しながら様子を観察した。長槍型のクインケを持っている伊藤という名の捜査官はその長さいリーチを生かして近くまで攻め込んできている平子と呼ばれた捜査官の補助をしているようだ。
(この2人,今まで戦ってきた捜査官と違うな。特に平子ってやつ。こいつは特にやり辛い。地味顔だからかついうっかりモブと勘違いしてしまうが攻撃が重い)
「おらおら!タケさんばっか見てんな」
その言葉で俺はもう一人の糸目男に視線を切り替えてしまう。すると一瞬油断した瞬間平子の大振りの攻撃が既に目線の右を覆っていた。
「ぐっ」
(危なっ)
俺はここで奥の手を使い平子の攻撃を弾いた。
「!!」
俺はすぐさま地面を強く蹴って距離を取った。相手との位置が離れ安心したのもつかの間すぐ後ろから別の攻撃が迫っていたことに気づく。
「なっ!」
防御が間に合わなく俺はその攻撃を直に受ける。攻撃された傷口から大量の血しぶきが撒き散らされて俺は膝をついた。後ろを確認するとそこには俺にクインケを取り上げられた捜査官達が苛立ちの顔を出しながら攻撃を構えていた。
(根に持ってるやつらか)
「なら!」
俺はそのまま数人の方へと向かって赫子を伸ばした。捜査官達は持っているクインケで防御しようとしたが先程の2人より明らかに劣っているので次々と赫子でねじ伏せれた。と同時に俺は2本の赫子を体内へと納めた。すぐ後ろには伊藤が迫っていたというのに。
「油断したなバカめ!」
(俺がカメレオンってあだ名をつけられているわけ)
そう吐いた伊藤が俺目掛けて渾身の一撃を食らわそうと長槍を突っ込んだ。普通ならこの後長槍が俺の体を貫いて致命傷を負わされる筈だ。
「倉本!!」
クインケが直前まだ迫っていたというのに次の瞬間その距離は大幅に離れていった。平子の声を聞いてもなお何が起こったか分かっていなかった伊藤はようやく自分の体が相手の攻撃にやられたことを理解した。
「何,だ?.....あ足がぁぁああ」
足に尋常じゃない痛みを感じてその場に蹲る伊藤。直ぐに平子が駆け寄ろうとしたがその隙を狙って俺は平子に攻撃を仕掛けた。がどうやら平子は紙一重で俺の攻撃を受け止めたようだ。押さえ込みながら平子は喋った。
「報告通りだ。......赫子を変色させることが出来るらしいな。だからさっき見えなかったのか....」
こいつが言っている通り俺は赫子の色を自由自在に変化させることができる。いわば分からない奴に関しては初見殺しなのだ。だからあまり悟られないように使っていたつもりだが捜査官の観察力は伊達じゃないらしい。お陰で”避役”という通り名までついてしまった。
(それにしても強い捜査官だ。表情が一切読み取れない)
先程から浴びせている攻撃を全て交わしさらにはカウンターまで入れてくる。その常人離れした動きを見てやはり捜査官を侮れないと実感した。
(こいつの反射神経!!ボクシング選手でも行けるんじゃねーの?)
こちらは既に防御に徹するので精一杯だ。疲れている俺に対してこいつの素早さはどんどんと上がっているような気がした。
「くっ!」
(神経研ぎ澄まさないと使えないんだよあれは)
流石に分が悪いと感じ攻撃を受け流しながら少しづつ距離を取っていく。がこいつはそれを許さず攻め込んでくる。
(結局今日は収穫なしか.....)
俺は後ろにあった電信柱に赫子を引っ掛け高く飛翔した。と同時に平子の攻撃が当たらない距離まで移動する。上から見下して俺はその捜査官を凝視した。あちらも上を見上げてまだ構えている。
(捜査官平子。....侮れないやつだな)
頭の危険人物リストの中にチェックし俺は颯爽とこの場を去った。
◇
「誰一人死傷者は出ていない,か」