―重桜、神奈川県、横須賀市
その日は夏らしい日差しで体そのものが乾きそうになった。それにただでさえ私の肌は黒い。
それに祖父の提案でこんな所に行くのは少し気が滅入る。
「何じゃ、もうバテたのか?」
私の先を行く祖父が振り返って顔でだらしないとでも言いたそうにしてるのが少しムカつく。
そもそも、無人タクシーなりの交通機関使えば時間も短縮できるのに何故かわざわざ歩かされてるのはかなりムカつく。
それ以上にムカつくのはこの生臭い臭いだ。海が近い。息を整えようとしてもこの臭いでむせそうになる。
「あぁ、良い匂いじゃなあ」
どこがだじじい。こんな田舎に連れて来させやがって。しかも重桜って、今日日若者は来たがらないつうの。
道端の雑草が自己主張の激しい芸人よりうざったい。足に触れるのも嫌だ。
「この辺はなぁ、あえて近代化はしてないんじゃ。どうじゃ?地面の感触を生で味わえるのは?」
「最悪。砂利道だから滑るし靴の中に入って痛いし」
思わず生の感想を味わせてやってた。その言葉にえー。と口を尖らせる祖父。
「第一、私達の世代に言われてもピントが合わないよ。」
こんな田舎道は都会の空気を味わってる私には合わない。と主張してみるが、
「何じゃ、歩行随伴用アンドロイドでもレンタルすれば良かったか?」
「はっ倒すよ?誰が赤ん坊だ。」
「お、障害者差別発言じゃなー。」
このじじい口が減ることを知らないのか。そもそも障害者用だったら介護用って分類分けされてるだろうが。
「爺ちゃんはさ、そんなに好きなの?昔?つうか戦時が。」
その言葉を聞くと祖父の足が止まる。
「好きではなかったなぁ。だけど、あの時に出会った人達が好きじゃった。」
「ふーん。そういや爺ちゃん一応、軍属だったんだっけ?」
「引き抜きつうか飯炊き係のスカウトじゃ。」
何故自分から地位を低くする注釈を入れるのかが孫としては分からない。そこは自分の株を上げるところじゃ無いのか?仮にも私は孫だぞ?自分の祖父がしょうもない事してたとかその心境考えないのかこの人。
「わし戦争してないからな。」
「え、でも軍属だったんでしょ?」
「銃が意味ない、治療はボロを整える程度、そもそもあれは戦争だったのか。」
「は?戦争でしょ?歴史の授業でもそうだし、ほら。」
寄れ寄れと手招きして祖父が近づく。
持ってた携帯端末で検索ワードを入力して、代表的なサイトをタップする。
そこにはセイレーン大戦と記された戦争の歴史が映し出される。
アズールレーンはセイレーンという巨大組織及びレッドアクシズという連合軍にMC少女という戦力にて応戦。度重なる激戦の末、セイレーンを駆逐。レッドアクシズと和解し人類は平和を勝ち取った。と書かれている。
「ふーん。」
このじじい老眼鏡してるくせにすげぇ文面に興味なさそうな顔してやがる。
つか歩くの早いから。さっきまでの距離をいともたやすく作ってんじゃねぇよ。
「というか先輩待たせとるんじゃから、はよ歩かんかい」
「は?何?これ同窓会も混じってるの?」
そう文句言いながらも歩く。
そうして20分しっかり歩きまして無精ヒゲと髪がボサボサの凄い大柄な黒髪の(明らかにカタギに見えない)おじさんがいた。
「おっ、久しぶり。」
「お久しぶりです。チーフ。」
大柄なおじさんは随分と昔のタバコを吹かしながら私達に一瞥くれると目の前の光景に視線を戻した。
大きな軍港だった。それと同時に大きな廃墟だった。
もう何十年も使われていないのが容易に分かる。
その時代から取り残された施設を見ながらおじさんが口を開いた。
「お前も律儀だね。わざわざ来るか?」
「この時期は少佐の声を思い出しますからね」
少佐?誰のことだろう?
「そっちのお嬢ちゃんは孫か?」
「はい。」
「軍属にすんの?」
は?何かこの人今聞き捨てならない事言ってるんだけど。
「それは少佐に怒られそうですな。」
「はっ、坊主だったら間違いなくキレるな。」
坊主?若いのか?若いのに少佐?キャリア組とか親の七光りってやつか?
え、そんなのと仕事してたのうちのじじい。余計嫌なんだけど。
「あー。」
大柄なおじさんがタバコの煙を上に向かって吐いて私に視線を移した。
「キャリア組とかじゃねぇな。ありゃもうちょっと特殊だ。」
は?何この人。何で私の考えにすらっと答えてんの?
あれか?サイキックとか超能力者か?
「顔だよ。顔に出てる。」
えっ、と思わず顔に手をやる。
「お嬢ちゃん口は硬い方か?」
「え?あ、はい。言うなと言われれば父の浮気も黙ってましたし。」
ぶはっ、とおじさんがタバコの煙と一緒に唾を吹いた。
じじいが何それ初耳とか言ってるけど知らん。
「お嬢ちゃん戦争で何があったか知ってる?」
「セイレーンとかに対してMC少女って言う新技術の塊の兵器を投入した」
「教科書の答えだな」
何だこの人。いや待て顔を読んだのもおかしいが、その前におかしい所がある。
このおじさんどう年齢を逆サバ読んでもうちの爺ちゃんの半分くらいしか生きてない感じだ。戦争からもう40年は経ってる。
そんな人がチーフ?どんな計算したらそんな回答出るんだっていう意味不明な数式より頭が追いつかない。
「俺の事は気にすんな。」
「今に始まった事じゃないですしね。」
「え、余計気になる。」
私の言葉はまるで無視する様におじさんはまた一本、煙草。いや多分正確には紙巻きとでも呼べば良い棒に火を付ける。
「どっから話したもんかねぇ。俺も『話を聞いてた』箇所が多いから何とも言えんけど。」
「なんかまるで真実があるみたいな言い方ですね。」
「うん。まずねお嬢ちゃんMCが投入される50年前ぐらいの文明レベル言える?」
「蒸気機関ですよね?それぐらい常識です。」
「はい、今お嬢ちゃん非常識口にしてるよ〜。」
は?なんだこのおっさん。歴史の授業だったら討論会開くまでもねぇカリキュラムボードに叩きつけるレベルだぞ。
「蒸気機関なんてレベルの低いものからMC、あんな未知のもの開発出来るわけねぇでしょ?」
「いや、現に手にしてますし。それにMC技術の前に人類は発電も原子力とか色んな力を身に付けてますし」
「うーん、気づけというのも酷かな?スパンがね短すぎんのよ」
短いって何だ、この人頭イっちゃってる系のアホか?
「MCに届く前の技術達でも人類は到底処理しきれるもんじゃないのよ?しかもその時世界の『何処かの誰かが』発明したなら分かるよ?でもね。主要国家の全部が身に付けてるのよ。電気も太陽も再現して、エコロジーな発電方法もすぐに身に付けた」
「世界がそれまで仲良かったって事じゃないんですか?」
「お嬢ちゃん、宗教観とか人種を理由にして殺し合いしてた時代は学んだ?」
―む。
「くだらねぇ与太話で殺し合い。お互いがお互いを見下して見せ札はあれど決して持ち札は見せないで腹の探り合いはする」
なんかこの人の世界に対する見方が悲しすぎないか?あれかメンヘラさんか?
「お嬢ちゃんの学校の教室で当てはめようか。皆同じ点数出せて同じ勉強法してるなんて光景ありえるかい?」
いや、そんなん無理.......。
え?あれ?
「それが答えだよ。どこかで個体能力の優劣差は出来るはずだ、勉強法つうか観念が違うはずだから得意な部分と苦手な部分が結果になって露出する。じゃなきゃそれは異常だ。同じ塾に通って同じ講師から習った勉強法でもしない限り」
「いや、偶然って事も」
私自身可能性を口にしてておかしい事を言っているが、それでも否定しなければと思った。だってそれが現実なら……
「お嬢ちゃん、戦争前の世界は突然異常でしたって言うのかい?」
「いや、だって、『それ』が現実なら、人類は、」
「そう、人類は共通の講師を持っていた。そいつの名前は―」
–––セイレーン
暑い空気が立ち込める中、私は背骨に氷を突き刺されたのかの様な真実に目を張った。
おじさんがまっすぐこちらを見る。
「公式には発明から伝聞までのシナリオをしっかりと整理されている。電力はアズールレーンが原子力はレッドアクシズがって具合にな」
「じゃ、じゃあMCは?」
–––MC、メンタルキューブ。原子力を超えたエネルギーの塊。
開発は世界合同で行われ、各国家がエネルギーを流した事によりMC少女と後に呼ばれる人工生命体が誕生する事になった。
そしてそれ追い求めるセイレーンとの戦争の始まりでもあった。そう『教科書には書いてある』はずだ。
「何があったのか知りたいかい?」
「貴方が何者なのかが、どうでもよくなりました。貴方は誰で何を知っているんですか。」
「俺は劉、呼び捨てでいいよ。第1指揮官混成部隊、通称MFの飯炊き係のチーフ。お嬢ちゃんの爺さんの上司で、アイツらの忘れ形見だ。」
劉はどこか寂しそうに煙草を吹かしながら右を指差した。そこには影になる様に天蓋があるベンチがあった。
そこで劉も祖父も私も座ると劉が唇に人差し指を充てながら言う。
「絶対に口外しちゃダメだぜ?」
そうして劉は語っていく。
長い長い話になりそうだ。だけど、私は聞いてみたかった。
本当の歴史を、戦前から戦後までに何があったのかを。
はじまりはじまりー