戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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四話での重桜艦船指揮技能を持つ人の外伝です。


5.5話

季節は夏。

蝉は唸り、雲は畝り、太陽は日照り、そして、

「しょおかぁく!!」

ここ、『鹿児島』基地内の通路スペースで一人の艦船、『赤城』が怒号を振り撒いていた。

「あらあら先輩、どうしたんですか〜?」

 

重桜、航空母艦―通称『五航戦』の『翔鶴級』一番艦の翔鶴、タンチョウ鶴を思わせるようなその銀髪に朱の髪飾りとその翼を思わせるような袖ををした着物の少女が意地悪そうな声と酷く歪んだ顔で曲がり角からひょっこりと表した。

 

「アンタねぇ!どうやったか知らないけど人の艦載機をするめにしてんじゃねぇー!!」

 

赤城の手の平に握られた乾燥した元、ツツイカ目アカイカ科のスルメイカ属のイカをその握力で潰しながら吠えた。

それもうふふ。と笑いながら翔鶴はその袖で笑みを隠しながら赤城に諭す。

 

「あらあら〜赤城先輩にはお似合いでしょう?『アカイカ』ですし?」

 

ぶちん。

 

翔鶴の煽りに、赤城は静かに怒り狂い、再装備した自前の艦載機に手を伸ばそうとするが。

 

「やめなさい。」

 

その頭をはたかれた。

赤城が振り返るとその先には金髪丸刈りの白の軍服を纏った眼鏡の少し太った女性が厳しい視線を送っていた。

 

「赤城、翔鶴、またケンカ?」

二人がその言葉に背くように視線を泳がせて、思わず金髪の女性は溜息をつく。

その仕草に反応した、赤城が角から頭を出した翔鶴を指差す。

 

「エヴァ中尉!私は悪くありません!全部この翔鶴です!」

 

そうだ。思い返すだけでも忌々しい。配属されてからというものの枕はカジキマグロにされているわ、ロッカーにカツオノエボシがいるわ、入ったトイレにイソギンチャクがいるわ。

 

「それでも暴れるのはダメです。やめなさい。」

 

エヴァ中尉と呼ばれた女性に見咎められると何も言えず、しゅんと縮こまってしまう。

それを角からニヤニヤと笑う翔鶴にもエヴァは指を差す。

 

「翔鶴、次、悪さしたら赤城に接近禁止命令よ。」

 

それにびくりと白の鶴が身体を震わせる。すると少し涙を浮かべた。

 

「ひ、酷いです。赤城先輩もエヴァ中尉も、私はコミニュケーションをしているだけなのに〜。」

 

その言葉がエヴァの頭を悩ませる。そう、この2人は決して仲は悪くないのだ。

むしろ、良い。

戦闘ではエヴァの足りない技量を補おうと必死にお互いを高め合い、支えあっている。

だが、非番というか手持ち無沙汰になるといつもこれだ。

翔鶴は仲良くしたい。と言い張るがどうにもその手段が悪辣だ。

 

「とにかく、ケンカのタネを持ち込むのは禁止!良い!?」

 

エヴァはそれだけ言うと廊下を後にした。

何せ、艦船の扱いをあまり理解出来ずにいるのだ。

叱ればある程度譲歩するかもしれないが、これもどこまで効果があるか分からない。

こういう時は専門家に尋ねるのが一番だ。

そう思って急いで自室に入る。

 

 

「艦船同士の過剰なスキンシップの改善ですか?」

 

通信モードにした端末から女のような若い声が響く。

その声に申し訳なさそうに言葉を継ぎ足していく。

 

「というか、どうしてか分からないのですがすぐ喧嘩したがる子がいるんです。えっとそちらから、移送した銀髪の……」

 

「『五航戦』の翔鶴ですか?」

 

「はい。その子です。」

 

それを聞くと端末の先から唸る声が響く、考えているのだろう。これで通信先の『彼』が答えてくれなければ八方塞がりだ。

 

「答えの一つとしては、嫌いだからやっている。ですけど……多分、その娘はですね――」

 

その続きを聞くと、中尉は予想外の言葉に口を結んでしまう。いやまさか、そんな。

そう思っていると通信から何かしらのデータファイルの受信を感知した。

 

「テストベッドとしてこちらのプロジェクトどうでしょうか?」

 

彼の言葉にファイルの中身を急ぎ展開する。端末の枠では狭い為、空間に投影させて概要を読み取る。

 

「これは……。」

「『そういう子』の為のプロジェクトです。」

 

彼は静かに告げる。

 

「少佐殿、少しお聞きしたいのですが……。」

「なんでしょう?」

 

とぼけた声を聞いて、確信する。

 

「このプロジェクト、一朝一夕で提案されたモノではありませんね。」

 

それは『艦船同士のケッコンを可能とする代替装置とした腕輪』

 

つまり、翔鶴の行為はもっともっと赤城に踏み込みたいが、『限度』が存在する事への不満の裏返しと認識することだ。

これは自分のようなあまり容姿に恵まれない人間にはお誂えの装置と言える。美人は三日で飽きると言うが、エヴァのように肥満体質な人間から言わせれば美人はいつまでも美人だ。飽きる訳がない。

だが、それ以上にこれは、このシステム概要はエヴァではなく通信先の『横須賀』基地統括指揮官、デザイナーズチャイルド、製造コード89番の少佐に相応しいモノだった。

 

「そうですね。これはまぁ僕が3年前から『好かれない自分の為に』拵えた計画ですから。」

 

「……少佐殿、差し出がましいかもしれませんが、そちらの功績、手際の良さ、対応策のレポート、それだけの実力があって艦船に好かれないと思うのは謙遜が過ぎると思います。」

 

そうエヴァの言葉は正しい。横須賀基地の部隊は破竹の勢いと言える。鹿児島、正確には中尉はもう三年も前線で指揮していたが、彼女が扱える艦船幅は広いと言えるが操縦技術があまり高くない。

 

その為か、第三層の突破に一年もかかり、今は第六層の取りこぼしの『海域』データを集めているのが精一杯だ。

そんな中、横須賀は稼働して半年も経たずにもう『海域』第十二層を突破している。

それだけでは済まない。彼等が鹵獲した重桜主力にカテゴライズされた優秀な艦船を鹿児島に無条件譲渡されているのだ。

極めつけはセイレーンが用意した『特殊なユニット』と言える相手、『最上』を前提とした対応策、エヴァ本人が対応出来なくても艦船がある程度のカバーをすれば勝率は上がらないが、生存係数は尋常じゃないレベルで上がっていく。

 

「対応レポートの半分はウチの部下の記述ですよ。僕は防衛策だけです。」

 

「映像にあった『あの装備』でですか?どう考えても正気じゃありませんよ。」

 

その言葉に通信向こうの声が少し黙ってしまう。

半ば噂を口にしただけだが、この沈黙でエヴァの中で噂は確信へと変わった。

 

その内容とは横須賀基地の部隊は一切の新造兵器を装備せずに文字通りの徒手空拳でその活路を切り開いていると。

 

艦船の強さは斥力放出量だ。だが、それでは頭打ちがある。だからこそ敵が使う優秀な艤装の破片を回収して復元し、それを装備する必要があるのだ。(これについては艦船の所属先どころか国籍も厭わないユニバーサル規格らしく、艦船が装備出来ると言えれば問題なく使いこなせるようになるシロモノである。)

 

だが、横須賀は回収したその装備も本国の防衛や他の基地に移送している。というのが『人間の指揮官』達の間で噂になっていた。

 

「問題ありませんよ。僕達は今も戦えています。」

 

「失礼しました、上官の戦い方にケチをつけるなど……。」

 

お気になさらず、と端末から優しい声が返ってくる。

こほん、と話を本題に戻そうとしているのだろうか、そんな咳払いの後に言葉が続く。

 

「エヴァ中尉は確か既婚者でしたね。今回のプロジェクトのテストケースとしては丁度いいと考えているのですが、どうでしょうか?」

 

この口振りだとどうあっても使わせるつもりなのだろう。

だが、それでも儀礼的に尋ねているだけに過ぎない。横須賀統括といえば立場は高そうに聞こえるが、実態は違う。

軍事組織アズールレーンに厳重な首輪と頑強な鎖で繋がれた部隊と言える。

この提案されたプロジェクトも『過度な力』を横須賀に渡すのではなく、エヴァ中尉率いる鹿児島程度に渡してどれだけの伸び代があるのかを確認したいのだ。

 

「分かりました。その案乗らせていただきます。」

 

その言葉を聞いて満足そうに息を吐いた音が流れると何か慌てた音が響いた。

通信はまだ生きている。その音声もはっきりと聞こえた。

 

「少佐ぁ〜アイスコーヒーをお持ちしました……今、何を隠しましたの?」

 

「か、隠してないよ!ちょっと腕を落としてストレッチしてたの!!」

 

「あら〜。不思議な体勢ですこと。誰?誰と話してたの?赤城に内緒でどこの馬の骨と――!!」

 

これ以上は聞いていたら可哀想だ。そう思いエヴァは通信機能をオフにする。

これからあの二人を呼んで提案するか。そう思うと気が滅入るが、案外喜んでくれるのかもしれない。そう思うと顔が少し綻んでしまう。

 

 

 

早速二人を呼び出し、新規プロジェクトのあらましを噛み砕いて伝えると、

「私が翔鶴とケッコン!?」

赤城の驚いた声だけがエヴァ中尉の執務室に響いた。右にいた翔鶴は石のように固まったままだ。

「本気で仰っているのですかエヴァ中尉。」

赤城のその言葉に頷く。

艦船同士によるケッコン、人間と艦船が指輪を嵌める事で結ばれ、そしてその絆がリュウコツ結晶の出力係数を底上げすることが出来る。

だが、これを艦船同士で可能とするならば?

人間はいつどこで死ぬか分からない生き物だ。だが、艦船は違う。人間のように病で深刻な程に体調を崩したり怪我で死に至る事は殆どない。(即死の場合は話が別だが。)

それに人間は艦船になれない。艦船もまた人間にはなれない。

 

前線には出れないのが指揮官だ。

1人で複数人の艦船を操れないのが艦船だ。

 

痛みを数字として認識しなければならないのが人間だ。

痛みに怯えるほどの恐怖に晒さなければならないのが艦船だ。

 

「まぁ、二人がそういう感情があればの話だけどね。」

 

見立て、いや聞き立てを真に受けると翔鶴にそういう感情があるかもしれない。

だが、実際はどうなのだろうと二人を見ると。

 

「は、は、は、はははは、はぁ?エヴァ中尉とうとうコレステロールが眼球に入りました?私が赤城先輩を?な、そんな、赤城先輩のどこに……。」

 

「まったくです。エヴァ中尉。こんなぺーぺーの小娘のどこにそんな要素があるっていうのですか。」

 

その言葉にぴしり、と白を基調とした彼女の全身がコンクリートのような色に見えた。

だが、赤城はそれに気づいていない。

 

「人の目覚まし時計を自分の笛の演奏にするわ、小さい子が寝ているというのに笛を吹くわ、ただでさえ戦闘中もやかましいと言うのに……」

 

なんの恨みがあるというのだろうか、戦闘中だけならまだしもぴーぽーぱーぽーと。ことある事に笛の音を聞かせに来る。

そこまで辟易しながら述べて赤城は翔鶴を見た。

 

その可愛らしい瞳から大粒の涙が溢れんばかりに膨張しているのを、そして赤城が観測した事でその涙がだらぁ、と流れ落ちたのを。

 

「そ、そうですよね。私いつも、うるさいですよね。戦闘中も喧しいし、ぴーぴーうるさくて、マジでお前どっか行ってろよ、ですよね……。」

 

どうやら少佐の聞き立ては正解だったようだ。

彼女が笛の音を発するのはそれが艦載機達のパターンを事細かく指示する為の手段である。だが、それ以上に鶴が鳴くのは――

 

親愛なる人に聴いてもらいたかったのだ。

 

戦いの中に身を投じても、自分の音があることを。

朝の光がまた来ている事を共に祝福することを。

ほんの少しの安らぎに寄り添たいことを。

 

エヴァは艦船を理解しようと重桜艦船のモチーフとなっている動物を学ぼうとした事がある。

その中でも鶴という生き物は人間よりも愛情が深いというのだ。つがい、パートナーとなった存在が死してもそれでも寄り添い、その亡骸が消え失せるまで愛し続けるらしい。

 

「しょ、翔鶴?」

 

「いや、ほんとに、私なんかが、赤城先輩と、無理ですよね。赤城先輩、美人ですし、強いですし……。」

 

「翔鶴。」

 

エヴァが声をかけて翔鶴の言葉が止まる。

 

「言ってることと思ってることが違うことなんて生きてりゃ幾らでもある。でも酷いことを言って勝手に自分を後悔させるのは良くない。」

 

その言葉にぴたり、と涙が止まった。

何を言わねばならないか、それを指揮官が指し示してくれたのだ。

 

「あかぎ、せんぱい。」

 

発音が覚束無い。言葉を発するのに臆病になって、今までの自分に恥じて、拒絶されることに恐怖しているのだろう。

 

「私、いい子じゃありません。」

 

「知ってるわ。」

 

「先輩に勝てないからっていたずらしたり悪口がすぐ出ます。」

 

「そうね。」

 

「でも、それでも……。」

 

「馬鹿ね。」

 

そこまで言うと赤城が翔鶴の身体を抱き締めた。

頭を撫でて、ゆっくりとあやす様に優しく髪を梳いた。

 

「『好きだから』『想ってるから』ってそんな言葉を言い訳にして酷いことしてる自覚あるなんてアンタはバカ以外の何者でもないわよ。」

 

「ご、ごめんなさい……。」

 

「無くせ、なんて言わないわ。染み付いてるんでしょうから。でもね、今までのアンタの行動で嫌われたり、殴られたりする自覚ぐらいつけなさいよ?じゃなきゃバカじゃなくて、本当のアホよ。」

 

「せん、ぱい――」

 

「それ忘れたら即離婚よ。バカ翔鶴。」

 

素っ気なく言い渡された言葉に翔鶴の頭が追いつかない。だが、その言葉が何を意味するかを識ると鶴は微笑んだ。

 

目の前の狐がお互いの頬を擦り合わせる。

 

「じゃあ、二人共意思はあるってことで。」

 

エヴァの言葉に二人が頷く。

そんな二人を見て、中尉は思わず癖を出してしまう。

 

「中尉?」

 

赤城が怪訝そうに尋ねて、ようやく自分が癖、二人を両手のフレームで捉えようとしている事に気づいた。

だが、それでも恥じることなく提案を始める。

 

「二人のケッコンさ。私に撮らせて貰えない?」

 

その言葉を聞いて、二人共きょとんとした顔を作ると、鶴と狐が目で会話して頷き。

 

「へたっぴだったら何度でも撮らせますよ?」

 

「良い一枚を期待しております。」

 

鶴の意地悪な言葉も、狐の恭しい言葉も笑って頷いた。

 

 

後日横須賀基地に一枚の写真が送られる。

白無垢の狐と普段の格好の鶴が笑顔で幸せを享受した幸福の一枚だった。

 

 

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