戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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5.6話

重桜は夏。

つまりは湿気に見舞われる季節。

今日も今日とて大型の低気圧が通りがかっては雨を降らし、風を強め、波を持ち上げます。

 

生き物は傷があるとその湿気、気圧、雨天により格好つけるわけでもなく、こう言ってしまいます。

 

あぁ、古傷が痛む。と

 

それは俗に言う天気痛というものですが、現在の横須賀は別の痛みに苛まれていました。

 

それは。

 

 

「チキンステーキ10人前。ソースはバーベキュー。」

 

 

駆逐艦操縦オペレーターこと指揮官、曹長が厨房にオーダーを出している事に周りの艦船は気づけませんでした。

 

ですが料理人の劉は、凄い嫌そうな顔で、

 

「は?ベッドで麦でもしゃぶってろよ。」

 

これ以上なく拒絶の言葉を吐いていました。

劉は曹長があまり好きではありません。

一番の理由としては食事がおざなりにもほどがあるからです。

 

朝昼晩、三食グラノーラバーと帝竜カンパニーのプロテイン。

糖分、塩分、ビタミン、たんぱく質、鉄分、亜鉛、葉酸、およそ人間が正常に稼働する分の栄養は摂取できるのでしょうが、これは非常に劉の怒りを買います。

 

食事というものは人間が正常な非情、健全な殺戮、所謂清濁併せ呑むを矛盾にして真理と受け取るべきなのが料理人の最後の常識と捉えているからです。

 

それを、頑なに拒否し、あまつさえ今このクソ忙しい瞬間に何を突発の注文かましてんだてめぇコラおいクソガキ。というのが劉の本音です。

 

「連日の台風で輸送船が出せんらしい。潮の流れや波も洒落にならんらしく、雨量はメッツとヤンキースが仲良く店仕舞いするぐらいだ。」

 

野球は賭けもやらねぇから分かんねぇよタコ!!

と叫びたくもなりますが、言わんとせしことは分かるので黙っています。

そしてその横で小さく今にも死にそうな息を吐きながらお盆をカウンターに乗せた少年が見えました。

 

「すいません。おかゆでいいので100mlぐらいください。」

 

どうやら、今日はかなり風変わりな客が来る日のようです。

 

 

タイトル――ふところが痛い

 

 

仕方が無いので、スープの出涸らしになった鶏のむね肉が賄い飯用にブロックで保存してあるのでそれを調理します。

 

程よく、少しぬるくした野菜出汁の中に入ってただけはあって溶けそうな肉ですが、ハイテクの軍用コンロをバーナーモードにして焼き上げます。

 

少しばかり出来の悪いステーキにはなりそうだな。というのが劉の思う所でしたが、

 

申し訳ありません。

 

という気持ちはありません。この基地のご飯は各自朝の内に注文しないと無くなるぐらいに人員が増えてしまったのです。

 

少し前は作り置きでも良かったのですが、今はもうそれでやったら料理人達が寝る時間がありません。

 

続けて白米をラーメンのスープで似て、これも賄い用の牛すじ肉を一緒にとろ火で煮込みます。

もう残り少ない椎茸、ぶなしめじ、ほうれん草も入れます。

 

ですがその光景に反発する少年の姿がありました。

 

「劉さん!僕は本当にご飯だけで良いですから!白いおかゆで!」

 

「白粥つうのは、今から失敗するかもしれません。そんぐらい疲れてます。ってやつが喰うもんなのよ。一国一城の主がしっかりとしたモン食わないでどうするよ?」

 

それを言ったら湯漬けを好んで食した各武将達は一体。と言いたくもなりましたが、言ったら絶対に反論されるな。と少年は諦めます。

 

「あれ?珍しいですね。少佐がここに来るなんて。」

 

びくっ。と少年の体が声に反応します。

今は会いたくない子達に会うことが一番辛かったから、でもそれを言い訳にして冷たい態度を取るわけにも行かない。

 

そう覚悟して声をかけてくれた銀髪の重桜航空母艦、飛龍に挨拶します。

 

「や、やぁ飛龍。」

 

引きつった笑みには飛龍は気づきませんでしたが、隣にいた翠の重桜航空母艦、蒼龍は気づきます。

 

「少佐、ひょっとして……。」

 

そうだ。言わなくては。

 

「ご、ごめんなさい。『今から資源を無駄にします』。」

 

その言葉の冷たさに二人が思わずどきりと表情を失います。ですが、

 

「あぁ?」

 

その言葉にどす黒く反応したのは他でもない料理人でした。

 

「おいゴラァ!クッソタレーン共!」

 

それは少年にも、ましてや艦船達にも言っている訳ではありません。

少年の身体を通して、少年の一言一句を聞き漏らさずにいるアズールレーン、デザイナーズチャイルド管理部(というものがあるのも劉は知りません。)への恫喝でした。

 

「余りにもてめぇらクソどもが将兵の何たるかを知らねぇからな!俺が直々に教えこんでやってんだよ!文句あんならかかってこいよ!?テメェら如きに負けるようなら料理人やめたらァ!!」

 

それを間近で言われた少年はその殺意に溢れた形相に震えて泣きだしそうになりますが、それ以上に自分の言葉が余りにも軽率だった事を痛感します。

 

「ごめんなさい。」

 

それだけ、それだけは言えましたが、劉の怒りは少年に対してではありません。

それを言わせる程の『教育』をしたジョンブル共への怒りでした。

 

「粥は持っててやるから待ってろ。」

 

どうにか怒りを収めた劉からその言葉だけが出されました。

頷いて、とぼとぼと惨めに歩いて行き、適当な座席に座ります。

 

何をやってるんだろう自分は。

 

少年の心がまるで空洞のように何度もその言葉が反響されます。

物資輸送を頼んだのは三週間前、ですが急な配送命令が下り、それにより二日遅れ、五日遅れ、気がつけば縺れに縺れて今はこの有様。

 

ちゃんと余裕を持って頼んだのにな。

 

みんなのご飯を無駄にして。

 

曹長にも迷惑かけて。

 

っていうか僕は劉さんに伝達し忘れてたのかな。

 

と思いましたが、それは単に余りにも仕事が忙しく劉の助手の黒人青年アイヴァンに伝えてしまった事がある種の原因でした。

 

彼は最悪なレベルでズボラだったのです。

 

ただ、だとしても、それを考えなかったのは少年のミスとして捉えてしまいます。

 

指揮官失格だ。

 

無能を責める声が響き渡ります。

 

「少佐、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

そう声をかけてくれたのは先程の兎達でした。

気がつくと少年を挟むように席に着き、それぞれの盆をテーブルに置いていました。

 

「少佐、唐揚げあげます。」

 

飛龍が自分の大皿に盛られた唐辛子と生姜醤油に漬け込まれた鶏肉の唐揚げを小皿に移して少年の前に置きます。

 

「え、待って、受け取れないよ。」

 

そう、飛龍は明日も『海域』への出発、つまり戦闘行為があります。

その為には少しでもエネルギーを補給しなくては、それが君達の重要な、と思って口に出そうとする前に、

 

「私からは高菜チャーハンを。」

 

そう言って、蒼龍は少年の分を移して彼の前に置きます。彼女にも同じくその任が課せられています。

 

慌てて、何を考えてるのか二人の理屈が分からないでいると飛龍が想いを告げます。

 

「今日ぐらい良いじゃないですか。台風ですよ。重桜じゃ神風って言って、通る事を喜んでたんですよ。」

 

それ本当に何時のお話。

と言う前に蒼龍が相槌を打つように微笑んで語ります。

 

「食べるものも食べないと私達を動かせないですよ。私達の為だと思ってどうか食べてください。」

 

それを言われると本当に何も返せなくなる。

でもそんな重労働してないよ。

と言う前に飛龍がにっ。と笑って少年に確認を取ります。

 

「少佐はぼくが唐揚げひとつで負ける艦船に見えますか?」

 

その言葉には即座に反応します。

 

「思うわけないよ!飛龍はよく働いてくれる!こっちの軌道意図は分からなくても応えてくれるし……。」

 

あはは、とコントロールされる事で掌握される疑問も付け足して答えられて少し格好つけた自分が恥ずかしくなりますが、それ以上に少年に褒められて嬉しくも思っています。

 

「少佐、ぼく達を信じてるなら、なおのこと食べてください。その方がぼく達も『やりやすい』。」

 

言葉の意味が分からず戸惑います。少年は何を食べても味が分かりません。

甘いのも、塩っぱいのも、酸っぱいのも、苦いのも、痛みだって奪われている少年は辛いという事も分かりません。

底の見えない奈落に宝物を落としているように、帰っても来ないのに何故?

 

「少佐、ご飯って凄い大切なんですよ。」

 

蒼龍からの当たり前の言葉に首を傾げます。

 

「ある軍師の話をしましょうか――」

 

 

 

その軍師はとてもとても賢く、とてもとても鋭く、とてもとても頼りになる名軍師でした。

 

国からも部下からも息子からも妻からも、とてもとても信頼される軍師でした。

 

ですが敵対部族に兵糧を奪われた時、その軍師はとてもとても焦りました。

急ぎ部下を纏め、馬を用意し、早駆け、そして奪われた兵糧を取り戻し、そして、気づきました。

 

 

――何だこの場所は。

 

 

そこはとても見晴らしが良く、とても乾いていて、とても殺され易い場所であることを理解しました。

そして異臭を放つ油まみれの兵糧を見て、最大の失敗をしたと気づいた時には全てが遅かったのです。

 

火が放物線を描いて無数に打ち込まれ、自軍が火の海に囲まれる瞬間を目の当たりにしました。

 

火の海が少しずつ確実に燃え広がり部下達も焼き殺そうとする瞬間。

 

軍師は泣きました。

 

すまない。すまない。兵糧に気取られて、こんな、こんな単純な策ですらないことに気づかなかった。許してくれ。許してくれ。

 

でも、誰も軍師を責めませんでした。

それを奪われたら自分達は絶対に戦えない事を分からないほど愚かではなかったからです。

 

兵はむしろ笑顔を見せました。

貴方の様に私達を分かってくれる方と死ねるなら本望です。と誰かが言います。

 

そこで軍師は後悔ではなく、本当の涙を流します。

 

感謝の涙を流した瞬間でした。

 

兵達の顔に涙が落ちたような感触の後、そこに大量の雨が降ったのです。

 

軍師の涙が起こした奇跡ではありません。

それは数ヶ月乾き切った気候に溜まっていた雲が炎の上昇気流を吸い込み、なけなしの雨を降らせたのです。

 

ですが、誰かが言います。

 

貴方の涙です。貴方が私達を守ってくれたのです。

 

軍師は部下に頷きながら窮地を逃れました。

 

「めでたしめでたし。」

 

蒼龍がそう言い終えると少年は腑に落ちないと言いたい顔に、顔をその部下達のようにほころばせます。

 

「少佐、どんなに優秀でも、どんなに偉くても、どんなに賢くても、いいえ、きっとその逆。」

 

逆?

分からなくなって、余計にこんがらがって、少年は目を伏せて考えてしまいます。

 

「明日のご飯を取られるとは、どんな人間でも崩れてしまうほどに焦り、驚き、案じ、急かしてしまうのです。」

 

その言い分に気づいた少年は首を振って否定しました。

 

「違うよ。僕は偉くもないし、賢くもない。」

 

「でもぼく達を考えてくれています。」

 

飛龍の方を見ると、とても切なそうに少年を見つめます。

 

「少佐は、ぼく等を『脅す』ぐらいにはぼく等を理解してくれているじゃないですか。」

 

飛龍が手の平を差し出します。その手を見て少年は思い出します。

嘘を語りながら真実をその手になぞった事を。

 

軍師には賢さがあったかもしれない。

 

でも真実の涙を流せたのは、そこにきっと鏡のように自分の行いは『思い遣り』があったと返してくれた部下達が居たからなのだと。

 

「少佐も同じくらいぼく等を想ってくれていますよ。」

 

その言葉の意味を理解し、心臓に響き渡った瞬間にじわりと涙が少年の瞳から浮かび、口を結びながら言葉を少しずつゆっくりと漏らします。

 

「渡してくれたもの、返せないよ。良いの?」

 

二人が差し出してくれた食べ物の意味も分かるほどに、それを強欲にも食べたいと言えるほど、少年はその二つが狂おしいほど愛おしくなりました。

 

二人は笑顔で返しました。

 

「食べてください。貴方の為に。」

 

貰った食べ物の味は最後まで分かりませんでした。

でも暖かくて温かくてあたたかくて。少年のお腹はその熱に痛みを覚えます。

 

それでも貰ったものを米粒一つ、衣の欠片一つ残さずに食べ終えて、二人にお礼を言い、すぐに厨房に向かいます。

 

「劉さん!お粥貰えますか!」

 

涙で一杯に顔を濡らして、もう声もぐちゃぐちゃなりそうで、それでも、貰う物は食べ物ではなく、ようやく少年は理解出来ました。

 

料理人はその顔を見て、さっきまでの怒りはどこへやらと言わんばかりに済んだ顔で答えます。

 

「後5分待ってろ!そしたら一番美味いのになるから!」

 

その言葉に力強く頷きました。

 

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