戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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フォロワーさんが好きなケーキは?
って言われたから真面目に答えたら、イラストを描いてくださったので、そのままずるずるとお話まで。


5.7話

季節は移ろい、木々に、いや空気に紅みが増していく中で少年はふとした事に気がついた。

横須賀基地統括、デザイナーズチャイルド指揮官、89番は思わずデータ確認の作業の中でくすり、と笑ってしまう。

 

「どうかされましたか?データに何か不備が?」

 

その様を見て『一航戦』赤城が89番の手に持った軍事用小型端末を覗き込んだが、それに首を振って答えた。

 

「そういえば、このぐらいだなぁ。って思って。」

 

89番の微笑んだままの言葉にきょとん。と赤城が要領を掴めずにいると、注釈を挟んだ。

 

「僕の誕生日っていうのかな?連れ出されて少しだけ外が見えた時に葉っぱが紅っぽかったんだ。」

 

「それは……。」

 

少しだけ外が見えた。その後にどれだけ追い込まれた出来事があったのかが赤城は知っている。目の前の彼が『殺してくれ』と叫び、嘆き、その心を壊す切っ掛けがあった事を。

 

「……だからね。葉っぱの色のように、生きてれば何か変えていけれるものがあるんだなって。そう思うと、もう少し先、もっと葉っぱが紅くなったら、そうしたら――」

 

僕の本当の誕生日なんじゃないのかなって。

 

 

タイトル――魂が宿る日。

 

 

「では祝いの日にしましょう。」

 

赤城の言葉に少年が面食らい、自分が今、問題を口にした事に気がついた。

 

「赤城、そんな大事にしなくていいんだ。ちょっとした感想でしかないんだ。自分の人生の、簡単な想像なんだよ。」

 

その言葉に赤城がむすっと顔を不機嫌極まりなく変える。

 

「では、少佐は赤城を励ましてくれた言葉は簡単な感想でしかないと?」

 

ぐさり。

89番が思わず冷や汗をかく。抱き締めて、自分の心を吐き出したそれを、感想と呼ぶ。それは流石に彼女への冒涜だ。

 

「でも、大きな祝い事を出来るほど物資に余裕は無いんだよ?」

 

そう、横須賀基地の一部を農場スペースにしたり、近くの周辺海域を海藻や魚介類の養殖スペースにしたり、専属料理人独自のユニオンからの密輸ルート。後は軍からの配給という軍用に濃い味付けのチョコレートにカレーにコーラにビールとウィスキーに妙に味の濃い缶詰や調理品。

それらが横須賀基地の台所事情だ。

それに赤城はもう目は付けている。と言わんばかりに口早にある人物を指名した。

 

「マイケルがいるじゃないですか。」

 

赤城がにっこりと解答を口にする。

マイケル・アスキス。帝竜カンパニー『元』社長。

その会社の事業は正直他社からの評価で、まるで海賊か山賊だ。と言わしめる程に手広い。

砂糖をはじめとする嗜好品の数々から、年間生産数を絞った自動車輌、果てはエッセイから漫画までのデジタルデータによる趣味的なシロモノまで。

 

「教授をお使いに出すのは……。」

 

「あら、では、昨日と四日前と二週間前のあの男の手際の悪さを笠にしましょうか。赤城はとても大変な思いをしましたし。」

 

むぅ。

そう、マイケルは正直指揮官の適性があるが技量がある指揮官とは言えない。人事不足や老齢とはいえそろそろ半年の現場作戦に『慣れ』が生じてもいいはずではある。

だが、それは一重にマイケルが軍人ではない事である事を象徴としているものだ。

言うならば現地調達した老人に槍を持たせている状況。

何よりも本人の生の執着心が高い。形振り構わずに武器を振るうことにまだ脅えがあると口にしてもいい。

 

「赤城、教授が『あぁ』じゃなかったら今の生活は難しかったかもしれないんだよ?」

 

「過去がどうとしても、今の迷惑は払拭に値するものとしますが?」

 

マイケル・アスキスは艦船の立役者と言ってもいい。艦船の有用性、否、必要性を世に示したのは他ならぬ彼という事になっている。

 

「まぁ、理屈として正しい。」

 

こんこん。

乾いたノック音と共に老人の声が響いた。

件のマイケルが入室しながら自身の非を口にした。必要な書類を本人直々に持ってきた所に出くわしたのだろう。

 

「それで、何か欲しいものでもあるのか?少佐は。」

 

その言葉に詰まりながらも89番がたどたどしく欲しい物を口に出す。

 

「あの、出来ればなんですけどね。」

 

小さく、自分が知識としてしか認識してなかったある物を口に出す。

 

「イチゴの乗ったケーキが食べたいんです。生クリームたっぷりの。」

 

その言葉に赤城がうっとりと89番が恥じるように物欲しがるような姿勢に愛おしさを覚える横で老人がくつくつと笑っていた。

 

「それでは出来合いでは悲しいな。帝竜に材料を調達してもらうように頼んでおこう。」

 

自身の端末を起動し、外部連絡モードを起動させて文章を入力する。

 

「あとは?飲み物も拘っていいんじゃないのか?」

 

マイケルの言葉に89番が跳ねるように答えた。

 

「蜂蜜たっぷりの紅茶を!ドロっとしてるのが美味しいらしいんです!」

 

その言葉に少し老人も赤城も真顔になった。

そうだ。この少年には味覚が備わっていない。

艦船と呼ばれる少女達と今の人類の食料問題の解決の一手として、この創り出された少年には余計な機能が省かれている。

それでも、いや、それだからこそ、欲しいのだろう。必要ないと遠ざけられた物がどんな物なのか。ほんの少しでも理解したいのだ。

 

「ん、返答が来た。1週間先になるそうだ。」

 

端末からの返信に老人が期限を語ると赤城に視線を送る。

少し朱の狐は訝しんだが、恐らくは89番の為になることと思い、にっこりと少年に笑顔を作り、嘘を吐く。

 

「少佐?少し赤城はお暇をいただきます。どうか御容赦を。」

 

「ん?あぁ、そうだね。ノルマ分はもう終わってるんだから良いよ。」

 

89番の端末に送られた赤城の処理データにざっと目を通して許可を与える。

ゆっくりと頭を下げて少年の作業スペースから出ていくのを見送る。

そうすると気がつくと老人も語ることなく部屋を出ている事に気がついて、少年はしまった。と表情を浮かべた。

 

「もっと大人にならないと、何をやってるんだろう。」

 

些か、先の自分ははしゃぎ過ぎた。

欲しい物が貰えるからと言って、そう何でも欲しがるべきではないと一人反省しながら自分の作業に戻る。

謝罪をしようものなら赤城は心を痛めるだろう。

なら、どうするべきかと考えあぐねながら目の前の情報を処理していた。

 

 

 

―横須賀基地、調理スペース

 

「で、何?俺に洋菓子作れって?」

 

この横須賀基地専属のシェフ、とても料理人には見えない屈強な体格をした東煌出身の劉が口の中で飴をコロコロ転がしながら、夜の食事の下拵えをして老人と艦船の頼みを再確認するように口にする。

 

「いや、劉さんなら……。」

 

「特別手当な。」

 

その言葉に空気が固まる。目の前の男はかつて強国と呼ぶに値するユニオン、ロイヤル、重桜、東煌、鉄血をはじめとする国々から多額の費用を貰い、『貸し出し』を頼まれる程の料理人なのだ。

ならばその手当に要求する額も顎が外れるぐらいで済めば『まだ安い』方なのだ。

 

「少佐の為にと思って……。」

 

老人が劉の子供好きを盾にしようとするが、その言葉も彼にとっては容易に一蹴できる。

 

「そもそもがテメェの尻拭いみてぇなもんだろうが!?あぁっ!?」

 

その激に老人が押し黙る。

そう、少年が産まれた理由も、少年がその様なわざとらしい杜撰な作りをされているのも、劉に言わせれば老人のミスであるのだ。

 

「つうか、こっちはわけわかんねぇ料理を要求されてめんどくせェんだよ。」

 

「劉さんでも分からないんですか?」

 

その言葉に料理人は一切の恥なく頷く。

その料理は豚肉とじゃが芋と人参と玉葱と醤油と味醂と砂糖を煮て作る料理と言われたが劉は『知らない』料理に学習しながら味付けを計算しながら挑んでいるのだ。

 

「つうか『肉じゃが』ってなんだよ!?ビーフシチューのパチモンじゃねぇか!!」

 

本来は今いるはずの人間のアイデアで完成するはずの存在しない料理を所望され、その概要を聞き及んだが、どうにも重桜人種独特の代用品で作り上げた紛い物の臭いが一流料理人の鼻につく。

その狂騒に赤城が蔑んだ視線のままぽつりと漏らす。

 

「飯炊き係風情が……。」

 

「おぉ、言うじゃねぇかメシマズ狐。」

 

「あ、」

 

劉の言葉に詰まるが、何を言い訳しても払拭にもならない。

赤城は一度手料理を振舞って失敗している。食べた人間が倒れるほどの物を作ってしまったのだ。

実態は急遽就任した料理人が調味料の扱いを杜撰にしていた事が原因であったわけだが。

それでも味見をせずに出したのは他ならぬ赤城なのだ。

それを思い出しながらもたどたどしく言葉を発してしまう。

 

「私が!本気を、出せば…貴方なんかの手なんて借りずとも……。」

 

その言葉に劉の目がきらん。と光る。

言ってはいけないだろうそれは。とマイケルも赤城に視線を送ったが、もう遅い。

 

「んじゃ!尚のこと俺はいらねぇな!?精々頑張ってくれよ〜?」

 

完全に拒絶され、未知の料理との格闘に入ってしまった。

劉という最大の切り札を失い、手作りの品を要求出来る相手は、いや、そもそもだ。

 

「何故、少佐はあんなのを雇ったのかしら。」

 

思わず赤城の口からとんでもない言葉が飛び出る。それは人への侮辱としては最大級だが、マイケルからしたら自身への理解の浅さの露呈だ。

 

「東煌の『煉丹』という、否、現代風に言い直すなら『食育』という概念があってな。」

 

マイケルが思い起こすように口にする。この戦争が起きる事を予見された日に、あるマフィアのボスが口にしていた言葉を調べ上げたのだ。

 

「曰く、肝臓が悪いのなら肝臓を、目が悪いのなら目を、脳が悪いのなら脳を、血が悪いのなら血を。曰く、豚よりも牛を、牛よりも猿を、猿よりも魚を喰らい、その身の質をより高度にし、叶うならば其は永遠の時を生きる導とならん。」

 

文献を統合した結果はまるで夢見物語だ。

そう思って赤城が鼻で笑う。

だが、そんな彼女をマイケルは目を伏せながら説く。

 

「ダウトなんじゃよ、赤城。その推論は正しい事を40年の時が証明してしまった。オリジナルの寧海がな。」

 

そう、40年目の前の料理人が作った最上級の料理と寧海本人が無理矢理作り出したプロテインと呼ばれる栄養補給食品が答えを出した。

艦船は喰らうことでより高度な存在へと昇華する。

 

「だから?また40年賭ければ私達も強くなれると?少佐に時間はないのよ?」

 

赤城の言い分は、少年の言葉や有り様を借りてのものだ。

この軍事組織アズールレーンは一筋縄、いやきな臭いという方がより正確である。

何せ、セイレーンという敵性体から赤城が愛する少年を作り出し、すぐさまにセイレーンを殺す事を教えて、少年の心を破壊しかけたのだ。

そんなあまりにも凄惨な生き方を要求する組織だ。どんな難癖を付けてくるか分かったものではない。

 

「5年前、寧海は君達艦船の育成を重視する事を選んだ。それまでの自身の成長をデータ化し、それらを現実的かつ実用的で即効的にする為に食事という物を何よりも重視していた。」

 

そう、本人と最後に会った時の落胆の顔と声はマイケルの中で酷く、非道く、心が覚えている。

 

――40年賭けて、私は結局この程度だった。才能が無かったのよ。でも、これは無駄じゃないと思う。だから、私は『こっち』へ行く。ごめんなさい。マイケル。一人でも死なない戦争なんて、私には無理だったのよ。

 

寧海とは長い付き合いをしていた。40年、色々な人脈を得てもそれを制したのは寧海に教えこまれた人と人との接し方、それに場を自分のモノにするという交渉術だった。

その時点でマイケルは気づくべきだったのかもしれない。

寧海の、彼女の闘争心というものが掠れて行き、薄まって行くことを。

誰よりも気づいてあげるべきだった。

そう物思いにふけると赤城は痺れを切らして疑問を口にする。

 

「美味いものを食えば強くなれると?バカバカしい。」

 

赤城のその言葉に老人は頷く。

 

「お前さん達の身体は、最早揮発性と言ってもいいほどに代謝速度は異常じゃ。分解、吸収、燃焼、構築、保存。そのどれもが人間と比較する馬鹿が居たら馬鹿にされるレベルじゃよ。普段食べてるお前さんら用の嗜好品、菓子やジュースに酒、あんなもん人間が口にしたら1週間で虫歯や水虫や糖尿病を発症するぞ。」

 

それほどまでに高い栄養価であるが、それ以上に異常な事があるとするならば、艦船にはマイケルが口にしたデメリットである病を一切発症しない事だ。

リュウコツの影響でありとあらゆる細菌やウイルスの感染が見られない。これはどれほどまでに艦船が人間と比較出来ない力を持っているかの代表例だ。免疫力などという言葉では済まされない。

食材の効果的部分だけをまるで取捨選択し、デメリットとなる過剰値は汗等の老廃物としてすぐさま排出される。

 

「話を戻すが、君達は手探りで強くなった前例が完成度を高く最適化した食事をしている。もちろん劉さんの料理も高い効果がある。それに『材料』があの頃とは違う。」

 

そう、今やアズールレーンで配給される食物は栄養促進剤としてメンタルキューブの加工品を注入され、成長だけでなく比較出来ない栄養価を得ている。

 

「40年かかったのなら、お前さん達は半年もいらんよ。それに寧海は商売に注力しながら鍛えていたからな。お前さん達は実戦の叩き上げじゃからな。」

 

その言葉に頭を振りかぶり百歩譲って納得をする赤城だが、本来の目的へと話を戻した。

それに老人が呟く。

 

「『横須賀は』ベルファストとか居らんからなー。」

 

艦船の『最高戦力』と考えるメイドの中のメイドとも言える風体であり、その完璧な手腕を誇るロイヤル軽巡洋艦タウン級――《ベルファスト》の事を口にする。

その腕前は恐らく目の前の人間に匹敵するものでは無いかと、そういった感想が飛び交うのを思い出しての発言だったが、

 

「マイケル?まさかあの絹女に少佐のケーキを作らせると言うのではないでしょうね?」

 

どうやらそれも赤城にはお気に召さないようであった。

だがまぁ、この横須賀基地にはベルファストは配属されていない。

正確には配属されるわけがないのだ。

そんな上等な艦船はロイヤルやユニオンの防衛に回されるのが目に見えている。恐らくこの横須賀基地とは最も縁遠い艦船とも言える。

 

「んじゃ、誰に頼む?お前さんの妹か?」

 

妹、『一航戦』加賀の事だ。白銀の狐とも言える美貌とその尾を持つ彼女は、何事もそつなくこなす。

だが、それに首を振って否定する。

 

「理由を聞いてくるわ、そうしたら絶対に拒否するでしょうね。」

 

「なるほどな。」

 

そう、加賀はあまり少年に良い感情を抱いてはいない。こと特に厳しさが赤城の溺愛の反動か、『アタリが』強いという言葉では済まない。

何度かその場面を目撃した事が二人共あるのだが。

 

『赤城姉様に申し訳が立たんとは思わんのか!貴様は!!』

 

まずこの言葉が先に来る程だ。

そんな彼女が少年が物を欲しがっているなどと聞けば、先の言葉だけでは済まないだろう。

 

「アリシューザはどうじゃろうか?前に聞いた事がある。」

 

「却下ね。この赤城がロイヤルの軽巡に頭を下げろと?」

 

そこはプライドが勝つのか。とマイケルが言わずにおいたが、視線を読まれたのか睨まれる。

 

どうしたものか。どうしたものか。と二人が熟考していた時だった。

 

「劉ー。『お茶』のおかわり貰ってくぞー?」

 

赤色のぼさぼさ髪の肌がお世辞にも綺麗とはいえないエル・ヴァーノンが調理スペースに侵入して何かをがさごそと漁ろうとした所だった。

 

「んだよ?」

 

老人と赤城の視線に顎を張って嫌悪の表情を浮かべる。

だが、二人にはうってつけの人間と言える物を見つけたのだ。

 

「お前さん、『昔は』菓子を嗜んでたんじゃよな?」

 

老人のキラキラした目にエルがたじろぐ。

 

「お茶会を開くのが期待されていたとか。」

 

赤城のはギラギラだったが、それも悪くないな。と少し悦に浸りそうになる。

 

「何?昔の話持ち出して。何か接待でもすんの?」

 

その言葉を待ってました。と言わんばかりに二人が口早に事態を伝える。

そして、今、白羽の矢が立ったのだと。

 

「はー。生クリーム多めのケーキ。糖度はこの際無視しても良いのか?」

 

水筒の中身をちびちびと飲みながら作るケーキの物を確認すると二人共、否定の意を示し合わせるように腕を斜めに交差させた。

 

「めんどくさ。」

 

その様に溜息を吐きながら、右の尻ポケットから今時の若者が持ち歩くのは珍しい小さなノートを取り出して、胸ポケットからペンを抜くと、さっ、さっ、と言う擬音が似合う程の速さで描いていく。

 

「こんな感じ?」

 

そこには小さなノートにふわふわとクリームがたっぷりと乗った円形のケーキが描かれていた。

その様に老人が目を丸くする。

 

「お前さん、絵心あるんじゃなぁ……。」

 

その言葉にぴくん。とエルが表情を歪める。

 

「あのなぁ!菓子を作るやつが絵も描けないとか常識ゼロかっつーの!」

 

彼女独自の倫理に言わせれば心外ここに極まれりかと言わんばかりに乱暴な口調になる。

それを見て観察しながら赤城がぽつりと口に出す。

 

「これ生クリームを……。」

 

「生クリームはほんのり赤色にして、そんで中身は半分にしたイチゴをサンド、後、小麦粉だと多分損なうからな。」

 

エルの口にした言葉に赤城がしどろもどろと慌てふためくが、それに鼻を鳴らしながら注釈を入れる。

 

「作る時は手伝ってやっから。そん代わり膝枕二時間な。」

 

それを聞くとぱぁぁっと赤城の顔が綻ぶ。

どうやら自分で描き出されたシロモノを再現出来るか不安だったのを言い当てられた事よりも、膝枕というそんな事で良いのなら、という感情の方が上回ったらしい。

 

「爺さん、手配したのってどうせ小麦だろ?」

 

マイケルがその言葉に頷くとエルは手をひらひらと泳がせて『話にならない。』とジェスチャーを送った。

 

「コメを粉にしたやつを作ったろ?あれも頼め。つか、内容見せろ。」

 

その言葉に二人がきょとん。と疑問の顔を作り、端末を渡すと「うげぇ。」と不安な表情を浮かべて二人を見やる。

 

「とりあえず、問題のラーメン噛ませろよ。そこと違いの植え付けをやらなきゃ折角の菓子が意味を成さねぇ。『空の上のパイだから喰いたいんだろ?』」

 

それに二人がふるふると震えているのを見て、言い過ぎたか?と思ったが、すぐさまその思考は違っていた。

 

「お前さん!見た目より本当に頭が回るのぅ!」

 

「軍曹!デザインも然ることながら、その気配り本当に貴女軍曹なの!?」

 

かちん。と来る言葉だが二人なりに自分を褒めているのだろうと思うと、まぁ許そう。と考えたが、気がついた事で、やっぱりやめた。と我慢を放棄した。

 

「つうか!そこのマッシブシェフ!!お前気づいてて試してただろ!?」

 

未知の料理との格闘しながら話し合いに耳を傾けた劉を指差して怒ると天を仰ぎながら。

 

「い〜や?ロイヤルのお嬢様は相手の事なんか考えねぇのかなぁ?って思ってないぜ〜?」

 

嘘つけぇ!

と言いたくもなったが、すぐに要求した材料との差異を書き示す。

 

「これを頼め。それと出来ればレモン果汁も。」

 

「檸檬?何でまた。」

 

老人が打ち込みながら首を傾げる。

その言葉に少しエルが唸ると、自分の中の答えを口にする。

 

「蜂蜜入りの紅茶だろ?!私はそれならレモンティー派なんだよ!だから!生クリームにも少しレモンを垂らしてぇの!」

 

どうやら自分の好みを口にする事がそんなに恥ずかしかったらしい。それを理解して笑ってはいけない。と意識するが意識した途端。

 

「乙女か!!?」

 

「替え玉!いや影武者!?」

 

それぞれの反応をしてしまった。

その日は怒ったエルを宥めて終わったが、その怒りの喧しさに更に怒った劉の料理を食べてその日はお開きとなった。

 

 

それから、赤城はエルの部屋で暇があれば菓子作りの教えを乞いに向かっていく。

エルも悪い気はしないので、一通りの動きや理屈を述べて、尚且つ彼女独自の方程式も組み込んだ調理法を赤城に聞かせていた。

今日は部屋着のシャツとパンツルックだが、赤城の前では随分と不細工な生き物だなぁ。という自分への感想も忘れるほどになって説明を続けていた。

 

「と言ったように、この方法なら味のある菓子が作れる。」

 

「同じ菓子でも、重桜とは偉い違いですのね。」

 

その言葉にエルが眉を顰める。

そして確認の為、頭に手を当てて尋ねた。

 

「『西瓜に?』」

 

その質問に狐は真顔で答えた。

 

「は?普通に食べれば良いのでしょう?」

 

こりゃ相当やばいな。と赤城に悪いがエルは勝手に答えに辿り着く。

小さい頃、母親から聞かされた重桜の甘味やお茶の慣用句や逸話はとても興味深く、尚且つある種の真理を射抜いていると幼い身ながらに心は何度も納得した。

『西瓜に塩』

果たして彼女の甘い愛情は味のあるモノになるのか、先行き不安にもなった。

 

「軍曹?」

 

きょとん。とした可愛らしい顔に思わず口角が緩み、別の話をする。

 

「次はお茶な。えっと……。」

 

幼少の知識を引っ張って、今度振る舞うお茶の事を一言一句間違えずに説明を開始する。

それをメモを取りながら、赤城は都度都度に質問を重ねて、エルは注釈を差し込む。

それも終えると思わずエルは尋ねてしまった。

 

「今は当日淹れる茶の入れ方だけで良いけど、どうする?別の茶の講義は?」

 

その質問が何を指すのかは赤城は即座に理解した。

今、このひとときが『とてもいびつ』であることを。

平和な日常の1ページに見えるそれは、戦争の真っ只中であることを忘れるほどの空白であることを。

今日という日は哨戒、農場、掃除(自己管理も含む)、調理、点検のいずれにも属さない時間の縫い目でしかないのだ。

だからこそ狐は目を伏せながら答える。

 

「お茶の知識は、当日に淹れるモノだけで結構です。少佐は基本コーヒーですし。」

 

嘘つけよ。

エルは思わず言ってしまいそうになる。

本当は少しずつ覚えて行きたいんだろう?

本当は小さな変化に気づいて欲しいんだろう?

自分がそうだった。大好きなメイドにお菓子を渡して、味付けやテーマを変更したことを自慢げに語っていた。

 

そんな、そんな小さな楽しみも目の前にいる紅蓮の妖狐は、幼い出来合いの命の為に『捨てて』いるのだ。

 

「わ、かった。」

 

言葉を途切れながら、いびつなひとときを産んだいびつなあいじょうにエルは口を噤んだ。

きっとこの二人に口を挟めはしない。

いびつといびつがぴたりと重なり合って完全に整ってしまったのだ。

隙間はきっと有り得ない。

 

それでも、聞いてしまいたい。

 

「赤城。」

 

「はい?」

 

「アタシと友達になって、これで少しは『良かった』って思えるか?」

 

赤城のきょとんした顔でエルを見つめていた。

それに疑問の声が出る。

 

「なんだよ、そんな仲じゃないって!?」

 

「いえ、えっと……。」

 

赤城の言葉の詰まりに思わずエルの心が憔悴する。

 

「……そうですわね、『こういうのが』友達なのですね。」

 

「は?」

 

赤城は語り出す。

 

「艦船に友達という観念は余り、特にこと重桜は姉妹、先輩後輩、後は『知り合い』ぐらいに留めてしまいます。」

 

そう、正確にはいるのだ。

立派に友と呼べる存在は。だが、この繰り返す戦いは、何度も何度も始めては終わるだけの無意味な戦いは、そんな存在を作っても、空虚な巻き戻しの中で消えていく。

だからこそ、重桜は暗黙のルールとして『踏み入り過ぎない』ことを頭に置いている。

何時誰が何処でどのように死ぬか分からない世界で、思い入れ過ぎて『今の自分』を壊してしまわないように。

そして同じ顔をした子に『重ねて』しまわないように。

人間ですら、声や、風体、仕草のどれかですら重ねるのだ。

艦船はロット打ちされているように似たような性格、同じ顔、同じ声をしているのだ。

 

……あぁ、今になって分かった。

 

少年もそうだったのだ。

 

そして自分もそうだったのだ。

 

いや、もっと遠い前から気づいていたはずだった。

 

あの時、抱き締めて作られるだけの自分を否定してくれた。

 

それよりも前に、セイレーンの飼い犬だった時に加賀に言われた事がある。

 

「姉様、辛い時はどうか私を頼って欲しい。」

 

どうしてそんな事を彼女は口にしたのか、分からなかった。

単純に自分よりも強いから、姉であったとしても守るべきと決めたのだろうか。

そんな事を思う様な子ではないのに。

どうして口にしたのか、ではない。

どうして加賀が、あの子は、『加賀であの子だけが強いのか』を理解するべきだった。

 

加賀も同じように赤城が生きている事を祝福してくれたのだ。

 

「赤城?」

 

軍曹の言葉で現実に戻される。

涙を貯めた、その狐は、自分を恥じ、それでもなお道を探した。

 

「軍曹、お願いがあります。重桜のお茶の事を教えてください。」

 

きっと赤城にとっての本当の誕生日はあの瞬間だったのだ。妹が、どうか幸せになって欲しいと、そんな想いで声をかけたあの瞬間が。

 

 

 

 

2週間後、予定と違いがあった事から遅れが生じたが、帝竜から材料が届き、エルが一通り封を開けて一掬いを口に含んでいるのを劉に見咎められていた。

 

「何だよ。」

 

エルは東煌人の蔑視にむすりと機嫌を悪くすると、彼はその屈強な肩をわざとらしく竦めた。

 

「いんや?『見て分かる』レベルじゃねぇんだなぁって。」

 

それは料理に携わる者としての線引きだった。

自分なら見れば分かる。

そう、材料を見てしまえば料理に必要な重量から調理法まで完全に最適なモノを導き出せる。

 

「うるせーな。アタシは所詮『アマ』なんだよ。プロと比べんなタコ!」

 

んべっ。

舌を出して悪態をつくが、それを見て大男は笑い声を上げるだけだ。

 

「まぁ『いつもの』お前の通りにやれば成功するさ。」

 

そう言うと彼もまた、んべっ、と舌を出してその上に乗った飴玉を見せた。

劉は本来ヘビースモーカーであるが、隠遁生活でガムに、そして今はエルが作った飴玉がお口の恋人となった。

ハッカと甘さの調和が絶妙で口の中は悪い気がしない。

彼特性の栄養価のあるお茶の対価として渡された恋人は中々どうして気分が良い。

 

「教えるのはアタシだ。作るのは赤城だ。そこ吐き違えんな!」

 

だが、その見立てに指摘する。

確かに自分が作れば自分の思い通りの物が作れるだろう。

しかし、今回はそんな要素よりも想う者が作ったことの方が大切なのだ。

 

そう大切なのだ。

89番がいつも食しているヌードルの食感と味がどれほど酷いものなのか、それを調べるのも。

 

「これさ、マジで食い物?」

 

思わずお湯を注いで完成したそれに呟いてしまう。

今まで少年が食べている所を目撃した事はあるが容器の深さで中身はうっすらとしか見えていなかった。それが蓋を開け、全容を把握した感想は食物の阿鼻叫喚。いや文字通りの『魔女の大鍋』だった。

ぼこりぼこりと何故か沸騰してもいないのに泡が立ち、茶色の麺がちらりちらりと姿を表す。

何か茶色の物も浮いているが、予想したくもない。

 

思わず十字を切り、天に召しますクソッタレ様のクソを彼女はフォークで絡め取り、口に含んだ。

 

瞬間口内が比喩表現でなく爆発した。

 

「がっは!げぇっ!出汁もクソもねぇ!!」

 

恐らくは食べれるように下処理など一切行われていないのだろう。生産コストの低減化と栄養価のみを重視したそれは正しく人間の食べ物ではない。

味を知らない複数の人の形をした何かに与える為だけの物だ。

 

「うぉう、クソ不味いのによく食うねお前も。」

 

劉の一部始終の感想に、思わず同意しそうになる。

 

「これさ、浮いてる茶色いのって。」

 

「ゴキだろ?」

 

やっぱりかい!!

 

「スープはスープと呼べねぇな。食用油か怪しいそれと鶏の出汁殻の出汁殻の出汁殻、腐るまで栄養が少しでも出てるなら使ってる感じだな。麺はこれ前に食ったことあるけど魚の骨の混ぜものだな。しかも粉挽がくっそ荒い。だから口が痛くなる。カルシウムは取れる。ゴキは栄養満点だからなぁ。奥底に沈んでるけどぶつ切りムカデも入ってるぞ。」

 

「解説すんなぁっ!!うぉえええええええ!!」

 

逆にコストかかってる気がする、気が遠くなるそれに耐えながら食感を記憶させる。

 

「えっと、この場合の分量は……。」

 

すぐに麺の食感と対を為す感触を算出する。

ぼそぼそ、ではなくまるで雑巾を口に入れたような食感は、やはり自分の思うところのもっちりとした食感を重視した配合で良いと確信する。

生クリームは口溶け良く、イチゴのカットサイズも算出していく。

 

が、

 

「ちょっと吐いてくる。」

 

口内の激痛から来るストレスに肉体、いや脳のダメージが超過した。

それから30分は戻って来ないエルはトイレの中でしっかりとケーキの構想を練っていた。

 

ただ問題は赤城が器用にそれをこなせるかである。

それというものも、赤い狐は戦闘で簡単に言ってしまえば『力押し』を好む傾向があるのだ。

この手の手合いはどうにも菓子作りと相性が良いとはエルは思えない。

菓子とは緻密な計算と繊細な手捌き、それにグラム以下の徹底さが究極的に必要とされるのだ。

そういう意味では、エルの思考の中では妹の加賀は当て嵌る要素が多い。

 

いつだったかの自分の部屋そのものに攻撃を仕込み、多重同期した艦載機のコントロール、そもそもの攻撃を認識させない程、微弱にして大胆な布石。

 

和菓子が得意と聞いたがなるほどどうして理に適いすぎている。

 

――当日まで、加賀を見習え。なんて言ったらアイツ怒るかな?怒るよな。

 

しかし、どうしたものかと。

そう思いながら個室トイレからげっそりとした顔で出ていくと。

 

「おい、こっちは艦船側だぞ。」

 

――当の本人と鉢合わせするのは、ちょっと神様都合が悪いのですが、そうですか、クソッタレ扱いがお気に召しませんでしたか。

 

エルは加賀を見て天を仰いだ。

 

入るトイレを間違えたのもあるが、胃液を吐き出してたせいもあり訝しまれる理由というか、この察しの良い狐にはもうバレているだろう。ならば、と事情をぶちまけようとした瞬間。

 

「少し前から姉様がぶつくさ呟いていたのはお前が原因か。」

 

「モロバレ?」

 

「粗方な、どうせ、『少佐の為にこの赤城が全身全霊でご奉仕するのよ〜』と言ったところだろう。」

 

姉の心、妹にモロバレである。

というかそんな思考で覚えてそうだ。と思わず吹き出す。

だが、それに気づいたのか加賀が眉をひそめた。

 

「お前、臭いぞ。」

 

その言葉に、頭を抱えそうになるも、原因を理解しながら口を結んで手で覆い、最低限のエチケットを守る。

 

「あぁ、ゲテモノ喰ってな、で、さ、悪ぃんだけど、」

「姉様に菓子は向かんぞ。断言してもいい。」

 

エルの意図は理解の上。

自分が関わっている時点で何をしようとしているのか想像に容易いのだろう。

その上で被せるように言い切ったのだ。

 

「向く、向かないじゃなくてな。」

 

「お前が徹底的にサポートをしろ。全行程に目敏く指示し、その上で踏まえるべき留意点を全て述べれば良い。『いつものお前の仕事だ』」

 

その言葉に面食らったが、言い返す言葉もない。

だが少し考えてしまった。

 

「いつものアタシ?」

 

劉もその言葉を口にした。

だが加賀はエルが劉に飴を作っている事を知らないはずだ。それほど仲良い訳でもないし、菓子作りを今のところ誰かに目撃された事もない。

というか隠れて作って渡しているのだ。

何せ艦船も女の子だ。噂を好む傾向がある。

デキてるなどとゴミにも劣る意見が出てきたらエルは間違いなく八つ当たりで横須賀基地を破壊するだろう。

 

思わず首を傾げかけたが、そこでようやく気がついた。

 

「あー!あーね!そーね!!そゆことな!!」

 

先程守った最低限のエチケットもマナーもクソもない程に口を大きく開けて音と匂いを振り撒く。

そうだ、何を思い上がっていたのだろうか、自分はパティシエールでも、その学徒でもない。そう言い切ったのは他でもない自分だ。

もう万全だ。そう胸を張ると。

 

「『もう大丈夫か?』」

 

尋ねた加賀にエルは笑ってピースサインを作る。

 

「お前の姉ちゃんスペックは高いからな!問題ねぇや!!」

 

 

 

五日後、再度の赤城の空いたシフトに調理スペースの一部を借りる。

作るケーキは予定通り、赤城は割烹着を着て、エルも何年ぶりになるか自分でも忘れる程のエプロンをわざわざ着用した。

 

「作るケーキの暗記はしたな?」

 

「勿論。」

 

「手順は私の指示に『一切逆らうな』そうすれば作れる。」

 

「了解。貴女に委ねますわエル。」

 

「あ、もっかい名前呼んで。」

 

ぱちん。

とエルの頬を叩きながらもボウルを初めとした必要調理器具を取り出し、エルも材料を使う順番に持ってくる。

 

「分量はこれで?」

 

計量器で測りながら確認するが監督役であるエルが首を振る。

 

「映ってねえけど小数点四位分多い。少しだけ掬え。」

 

それにスプーンを差し込ませ、僅か粉1粒だけを抜き取らせる。

 

そう。エルは『指揮官』なのだ。

艦船を徹底して操り、作戦目的を果たす。

それこそが真髄。

 

赤城という誰かを操れば良いのだ。

それが端末越しではなく、正確性が劣化しただけのこと、それだけのことだ。

 

「回転数足りてねぇぞ。もっと早く、リズム狂わせんな、満遍なく回せ。」

 

かき混ぜる速度もバランスも

 

「また2ミリ多い、癖か。流しに捨てろ。」

 

測りも

 

「今の内、オーブンに火ぃ入れんだろうが!休んでんな!!」

 

目標を果たす為なら赤城は動く。

艦船同士なら恐らくこうはならなかっただろう。

プライドも所属国家も艦種もどこかでぶつかってしまう。

 

赤城がオーブンの中に生地を入れた耐熱容器に『2つ』入れて一息つこうとしたが、すぐに尻を叩かれた。

 

「次はクリーム、そん次はイチゴのカット、茶は蒸らし時間的に今から火を入れろ!今の内に作んねぇとアタシの理想像にならねぇぞ!」

 

「わ、分かりました!」

 

液体生クリームに横須賀基地農場でも作った甜菜加工の砂糖を混ぜて冷やしながらかき混ぜる。

 

「生クリームは耐久ゲームだ。少しでも手を止めたら作りてぇモンにはならねぇ。」

 

「はい!」

 

「それを『2セット』だ!しっかりやれよぉ!」

 

「はい!」

 

それをぼんやりと眺めていた黒人の青年が溜め息を吐く。

隣の芝生が青く見えてしょうがないのだろう。

何せ、自分の上司は間違えた時にリンゴのジュースを自前で可能とする握力で低めに脅されるのだ。

 

『あー、あー、空気の密度が高いのかなぁ!?』

 

頭を引っ張られて宙に浮きながら万力の如く力を込められる事の恐怖の真髄は計り知れたものではない。

その上で、アイヴァンの余りの覚えなさを棚に上げる。

 

「おぅ、どうした、あんな感じで怒鳴られてお前何か変われると思ってんのか?」

 

毎日のラーメンのスープの最後の味付けをしながら劉が背中から話し掛ける。

 

「俺と同い歳ぐらいなのに、あぁ才能って腐らないんすねぇ。って思うんすよ。」

 

「20歳過ぎちまえば支えるのは才能じゃねぇよ。お前そんなことも分かんねぇで無駄に歳重ねてんのかよ。」

 

ことり、とお玉を置いて男が振り返る。

 

「ガキの頃に抱いたちっせぇぼんやりした火を大事に抱え込んでんだ。それが分からねぇし、無いってんなら、それがお前の限界だな。」

 

「ヤー公に心臓握られたような人生なんで。」

 

アイヴァンの言葉にただ劉は呟く。

 

「お前を気に入ったのは、お前が『楽して稼ぎたい』『ケチって金をせしめたい』ってのもしっかりとした火だと思ったんだがねぇ。」

 

その言葉に思わず黒人の青年は落胆する。

なんだ、そんなの、まるでちっぽけじゃないか。

そんな溜め息を吐くと仰け反りながら大男が答えた。

 

「俺から言わせりゃ人間なんてどいつもこいつもちっぽけだよ。手の平にあるものを掴んでいる気になっている。その手に何も握れていないくせに、まるで自分を、いや世界を知った気になっていやがる。何も無いくせにだ。だったら俺は『せめて何か悲惨な程に矮小な心を持っている』事を理解してる奴の方がマトモだと思っちゃいるがねぇ。」

 

それは自分への褒め言葉なのか、それとも菓子を作る少女への評価なのか。

だが、不思議とアイヴァンは悪い気はしなかった。

それはまるで才能があると思っている少女と自分にそれほどの差異(才)などない事を自分が認める上司が認めているのだから。

 

「それよか海藻サラダにイカ墨パスタ!チキンライスに水炊き!しっかり作り終えたのか!?」

 

「は、はい!」

 

要求された料理に慌てふためきながら完成品を運ぶ。

 

「このサラダだと俺の醤油壺から一掬いかけて混ぜ合わせろ。イカスミは俺が最終調整する。オムレツはやれるな。水炊きは今日のご指名様達が辛口をご所望だ。唐辛子の輪切りを入れて差し上げろ。」

 

「う、うす!」

 

指示通りに動き、味の浸透を考えてサラダから混ぜ合わせる。何せ量は全部で20kgだ。力仕事ここに極まれり、それでいて海藻に力を込めてはいけない。そして一掬いという言葉も額面通りに受け取ってはならない。

もうアイヴァンは何年もこの手のサラダを作り慣れている。それを思い出しながら調理に励む。

 

そして対岸のそれはもう完成に差し掛かっていた。

 

出来上がった生地を横からナイフを差し込み間にクリームを入れる為の層を作る。薄くシロップを塗り、挟む生クリームをパレットナイフで塗りカットしたイチゴを乗せ、上半分の生地を乗せて素早く、そして丁寧に生クリームで覆ったケーキを六等分にし、イチゴを一つだけ乗せた。

 

「次のはもっと丁寧にやれ!私も未領域だから詳しくないが、『それ』は時間との勝負そのものだ!」

 

「はい!」

 

もう1つの生地は文字通り『色違い』のモノであった。

緑色。それは粉末状になった緑茶を混ぜ合わせた生地。それにサンドさせるようにスライスし、少しの生クリームを塗る。

上部を起き、その上だけにクリームを塗り、そして六等分にし、こちらも一つだけイチゴを乗せた。

 

「よし、おつかれ!」

 

そこまで作り上げて赤城が、まるで今この瞬間まで忘れていたかのように息を吐き続けた。

緊張の糸が切れて空いたスペースに身体を預ける。

 

「軍曹、切り分けを……。」

 

最後の一手間をやろうにもその体力が編み出されない。

 

「ショバ代と授業料で6分の5ずつ貰っていくさ。残り一切れ持ってけ。」

 

すいすいすいっと、音が漏れそうな程に生地を慣れた手つきで切り分けて、一切れに一枚の皿に乗せて赤城に渡すように目の前に置く、その動きだけで本当に自分とは比べられないほどの器用さに思わず嫉妬を覚えたが今はそれどころではない。

 

今は少年の元へと駆けて、自分の想いを注いだ1つの菓子を渡すことなのだ。

 

 

 

「こ、これ赤城が作ったの!?」

 

少年の驚きの声に赤城は頬を赤く染めて頷く、場所は赤城の部屋。招待された少年は、差し出されたケーキに目を丸くしていた。

 

「少佐、お誕生日おめでとうございます。少佐が産まれてきた事を赤城は誰よりも嬉しく思います。」

 

にっこりと微笑み、心のままにそれを囁く。

そのケーキを見て少年は赤城の顔を見る。

その身は高い治癒ですぐさまに修復されてしまっているが、これがどれほどの努力、苦労の末の結果なのかケーキの出来を見れば容易く理解出来る。

 

「赤城、ありがとう。嬉しい。」

 

その狐の手を取り、もう見えないどころではない無い傷だらけの手を愛おしそうに握り締める。

熱を、その優しさを、愛を受け止める。

 

「ケーキの概要を聞いても良いかな?」

 

目に見えたそれをもっともっと知ろうと少年は踏み込む。

 

「ケーキというには正確ではありません。生地をパン風に整えています。歯応えがあり、もっちりとした食感に仕上がっております。苺をふんだんに使っており、赤城の想いを少佐に伝えようと色を整えております。」

 

「苺の生クリームなんだね。」

 

「はい。サンドしてある苺もそうですが生クリームも少し固めを選びました。口溶けは良くはありませんが食べ応えがあります。」

 

一通りの説明を終えると、フォークに赤城が手を伸ばす。

 

「少佐、おひと口、僭越ながら赤城が食べさせていただきたく……」

 

その言葉と同時であった。

赤城の部屋の障子が開かれる。

そこに居たのは妹の加賀だ。

 

「あっ……。」

 

その状況に不意に声が出たのは、89番だった。

こんな状況を見られて加賀は黙っているはずがない。

覚悟を決めなければ、そう思い加賀の言葉を待ったが、それは意外なものだった。

 

「取り込み中だったか、すまない。」

 

謝罪の言葉。

それから、一航戦独自の紙の形をした艦載機を飛ばす。

 

「姉様、そちらの艦載機を調整しておいた。モーメント制御の負担は少しは軽減されたはずだ。次から使ってみてくれ。」

 

口早に要件を伝える。

ばらりと差し出した紙を、その態度に困惑した赤城に渡すと加賀はすぐにその場を後にする。

 

「加賀!」

 

赤城の言葉に一度動きを止める。

 

「この後、時間は良いかしら?」

 

ただ黙って後ろを見せたまま、白の狐は頷いた。

 

 

 

もどかしい。

最悪のタイミングで姉様の邪魔をした。

分かっていたはずなのに、何をしているんだ私は。

姉様の愛は本物だ。憎たらしいがあのナヨナヨしたガキを愛しているのだ。

ならその恋を応援し、幸せを祈るのが妹の私が出来る最善の行動のはずだ。

 

そのはずだ。だが、私は姉様が好きだ。

自分でも分からない。姉様を奪われた時、私は自分が指揮を任されている状況の全てを投げ出し、あの巡戦に攻撃を仕掛けた。

姉様がどれほどの辱めを受けているか、自分の弱さを呪い、この身をセイレーンに差し出した。

それでも結果は違った。

姉様は愛する人間を見つけ出し、私にも居場所があると手を伸ばした。

だが、それを私は受け入れられなかった。

 

人間は醜い。

人間が出来ることは奴隷を作る事と暴力を振る事だ。

だから人は利便性やシステマチックな環境や作品を作り、それで同胞の生命を奪っていく。

それしか能がない。

 

だが、私は、屈辱的にも、自らの居場所はここにないと悟り、その生命を断とうとした時、何故あいつはその腕を差し出せたのだろうか。

私も、私も奴隷にするつもりだったのだろうか。いやそんな風には思えなかった。

 

そう考えるとあのガキは嫌いだ。

考えが読めない。何故私達を最優先に考えるのか。

理解できない。気味が悪い。

姉様は、趣味が悪い。

 

「加賀。良いかしら?」

 

障子向こうの姉様が声をかけてくる。

どうやら静かに怒っているのだろう。それもそうだ。それぐらいの覚悟はしなくてはいけない。

 

障子が開けられる。そこに居たのは、緑色のケーキを持った姉様だった。

 

「加賀、ごめんなさい。」

 

何故、そんなことを言われるのか分からない。

さてはあのガキの入れ知恵、いや、部屋で待てと言われて10分も経過してない。

そんな短時間でケーキは作れるはずがない。

 

「昔、貴方は私を励ましてくれたのね。どうか生きる事を苦しいと思わないでと。」

 

覚えていたのか。

だが、それでも姉様には届かなかった。姉様は私をただ妹としてしか見なかった。

 

「お詫びとして、とても小さい行為と思うわ。でも決して少佐のついでと言う訳では無いの。貴女も少佐と同じぐらい大切に思っている。」

 

緑色のケーキの素は抹茶だろうか、生クリームが薄く塗られている。

その上には――

 

 

――横須賀基地、調理スペース

 

「何で俺らの分には苺が乗ってないンすかね。」

 

その言葉を聞いた、二人の料理人が茶を吹く。

その様子を見て、口を酸っぱくしてジトりと見る。

 

「こいつは詩的じゃねぇな。」

 

笑いながらエルが手のひらを広げて評価する。

その言葉に劉も笑ってのけた。

 

「まぁ、これは直接的だからな。」

 

「なんスかなんスか。そうやって人の事見下して……。」

 

拗ねる黒人の青年を無視してガブりと苺のケーキを頬張る。

エルの想像とは少し違うのは二工程ほど取り返しの効かないズレがあったからであろう。

だが、まぁ、不味くない。

 

「本当は柘榴でも用意すべきなんじゃないかなとは思ったな。」

 

東煌の料理人の言葉に反応するように口の中のケーキを飲み下す。

 

「なぁに言ってんだこのドンキーは。どう考えても苺が正解だろうよ。」

 

口の周りに生クリームを付けながらドヤ顔で語る少女に、「はっ。」と小さく笑う。

 

「だから、何で苺なんスか?」

 

抹茶のケーキを切り分けながら劉が語った。

 

「花言葉だよ。」

 

尊敬と愛。

もしくはあなたは私を喜ばせる。

出されたケーキの意味を知らずとも、きっと伝わるであろうそれは、甘い乙女心としてきっと味わい深い物になったはずだ。

 

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