戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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6話前編

1840年代、ロイヤル首都ロンドンの秘密情報局(後のシークレットサービス)は敵対視された国家、鉄血の極秘プロジェクトの情報を手に入れる事に成功した。

だが、その情報の中身はロイヤルの人間にとって笑いが止まらないものだった。

鉄血の考えた案、それは優れた人種をより進化させるというプロジェクトだった。

 

それを聞いた誰しもが声を大きくして笑った。

 

バカだ。本物のバカだ。

そんなことして何の為になる。

金を使う事しか知らない鉄血にお似合いだ。

 

罵倒の合唱、いや輪唱だろうか。上司も部下も関係なく嘲り、罵り、誹り、蔑む行為をカエルのように共鳴し合う。

その内に笑っていた老人の一人がふふん。と鼻を鳴らしながら自慢気に語り出す。

 

――私なら最初から人間を作るね。いや、人間擬だ。

 

曰く、それは人の言う事に従順であれ。

曰く、それが造反の意志を見せれば即始末出来るようにあれ。

曰く、それに人間としての意思は何一つ持たせずにあれ。

曰く、国家の礎であれ。

 

誰もがその言葉に拍手した。まるでお茶会や宴会のようだ。他愛もない夢物語を語る。

だが、その時の彼等は違っていた。

それを夢物語で終わらせようとは思わなかった。

 

その言葉が実現できればどれだけ楽だろうか。

その存在を従えられたらどれだけ愉悦だろうか。

 

彼等は忘れなかった。いつか、いつか、今もこうして市民という金の成る木を悩ませるコレラ菌というとてつもない病を治す薬を簡単に提供された現代だ。

いつかはきっとそういう存在が来てもおかしくはない。

だから彼等は忘れなかった。

 

――いつかこうなったらいい。

 

その言葉は子供が未来を描く時にも使われる言葉だ。だが大人もまたその言葉を使う。そしてそこにあるのはいつだって途方もないほどの悪意があるのだ。

 

 

それから約70年の時が経過した。

氷が浮かぶ氷海を模した『海域』でロイヤルとユニオンの艦隊が大打撃を受けている。

だが、そんな状況にも関わらず全艦船は無機質に事態の処理に勤しんでいた。

駆逐隊を前に出し、時間稼ぎを、巡洋艦の火砲で牽制、主力戦艦が照準を合わせる。

だが、そんな動きでは敵対したセイレーン艦隊には児戯にも等しい。

複雑とも言える機動でセイレーン軽巡洋艦―《チェイサー》は駆逐艦達をいなし、巡洋艦の火砲を掻い潜り、主力に牙を剥く。

死が何よりも接近した状況でも艦船は何一つ顔色を変えていなかった。

『そんな事を考える思考は無かった』

ただ。それだけ。そうこの瞬間までは。

 

――ばごん!!

 

主力に狙いを定めたセイレーン軽巡の頭が爆ぜる。

何事かと砲撃元に視線を移すまでもなく笑い声が響いた。

 

「同胞よ!力〈†フォース†〉を持つ、この重巡砲艦!私の一撃(†インパクト†)は合切の敵を殲滅し、貴女達に安寧〈†エデン†〉をもたらします!!」

 

アシンメトリーの貴族の礼服、ツーサイドアップの髪が特徴のロイヤル重巡洋砲艦ヨーク級―《ヨーク》の昂った叫びに戦場にいた敵味方双方から視線を集めた。

だが、その一瞬で紫のポニーテールと青のスカーフに白を基調とした服を着たロイヤル駆逐艦J級―《ジャベリン》の投擲槍が一番近いチェイサーの頭を貫き、その軽巡の肩に乗りかかり円を描く様に力任せに振り抜いた。

 

「ヨーク!てめぇ横隔膜にリキいれんじゃねぇよ!!照準ズレっだろうが!!」

 

ヨークを中心に女性であろう声の罵倒が広域通信展開されるが、そんな事は知らぬ存ぜぬの重巡は言い付けを破り、それを感じ取った操り手は咄嗟にズレた発射口を下に修正を仕掛ける。

 

だが、セイレーン軽巡も馬鹿ではない。即様回避行動に入る。その場でのヨークに対しての蛇行後退で凌ごうとするが。

 

距離約500m、女性にとってはその程度の距離のピンポイント狙撃などわけがなかった。

 

――ばごごん!!

 

203mm連装砲から放たれた二発の徹甲弾はしかと逃げ回る二頭の蛇の頭だけを射抜いてみせた。

 

「回避行動ぐらい織り込み済みだっつうの。三流か。」

 

「私の力〈†フォース†〉との共鳴〈†シンフォニー†〉やはり貴女は素晴らしい!」

 

「そりゃどーも。」

 

自身を操る女性を褒め称えるが、気に召さない様子が台詞から伝わる。

 

「エル軍曹!牽制感謝します!後は前衛はこちらが引き付けます!対群射撃に移行してください!!」

 

軽巡5機を相手に近接戦闘で一撃も貰わず躱し続けるジャベリンが作戦展開を告げる。

捻り、跳び、屈み、ありとあらゆる動きで弾丸を躱して行く。

 

「りょーかい。ヨーク。指定マーカー順に装填済み次第かく乱射撃。そろそろこっちに弾丸が来るから身体動かすぞー。」

 

「狂騒了解〈†ユーハブコントロール†〉!」

 

「てめぇ、今なんてルビ振りやがった。」

 

そう悪態をつきながらここにいない、見えない女性がヨークの躯体を丁寧に操る。

真横に高速巡航と言える速度で駆けて、こちらに狙いを着けた証拠とも言える発射炎に即座に反応して一段加速してそれを避ける。

その間にヨークの砲身には次の一射が装填された事を告げる。

 

「徹甲弾〈†クロスファイア†〉装填完了〈†ロードアウト†〉軍曹!行けます!!」

 

それを見越したのか、ジャベリンが主砲を展開しながら後退する。反動抑制斥力、いわゆるマズルブレーキに近い機能をオフにしての荒業に第二の心臓とも言えるリュウコツが締め付けられるような痛みに侵される。

 

だが、その地点に居続ければ容赦ない味方の重巡の砲火に四肢は吹き飛んでいただろう。

何せ、先程とは違い正確な狙撃をしてはいない。

低い確率かもしれないがその場合は責任はこちらになる。

だが、後ろ向きに進む事に集中し過ぎてその背中に貼り付かんとする小柄なセイレーンの姿を認識出来なかった。

 

――ぶづづづづ!!

 

しかし、事態は違った。不細工に千切れた音に相応しい音色が響き渡る。

ジャベリンの進行方向にいた後方にセイレーン駆逐艦―《スカベンジャー》を紫の駆逐艦の槍で力任せに引き裂いた音だ。

 

だが、どちらも、スカベンジャーもジャベリンすら反応した事に一切の驚きはない。

彼女達はこの海に浮かぶ斥力の反響で『誰がどこにいる』ぐらいの認識なら容易いものなのだ。

 

ステルス用に含まれる放出斥力認識阻害搭載――高度電子戦仕様でもなければその背後を取れば勝てるというものでは無い。

 

「ジャベリン、槍を手放せ。食い込んでる。」

 

「え?あ、はい!」

 

ジャベリンの心に響いた声に反応して、薙ぎ払った槍を手放し、右大腿から覗かせた三連装魚雷で死骸を槍ごと吹き飛ばす。

 

至近での魚雷攻撃に対応させる為に塗られた特殊ジェルが音を立てて焼ける感覚があったが、それよりも吹き飛んだ槍だ。

 

一切の傷などは無く、沈む事も無く、ジャベリンの近接艤装は海面に浮き、それを回避行動の『ついで』で拾い上げる。

 

後はひたすらの撤退。

 

そう、時計の針は回り切った。

魔女のカボチャの馬車は無いけれど、F4Fワイルドキャット、SBDドーントレース、TBDデバステイターの三種の艦載機が、カボチャの馬車よりも速く宙を駆けて、魔法よりも魔法じみた閃光と炎熱で敵を焼き払った。

 

「損害状況!」

 

ヨークから発せられる乱暴な声音の女性に各自答える。

 

「こちらジャベリン、肉薄魚雷は次で、いえもう二セットやれます。」

 

「こちらホーネット。損傷なーし、問題ないよー。」

 

ヨークから遠く離れた黒の帽子を被った金髪ツインテールの際どい黒の服装をしたモデル顔負けの美少女、ユニオンヨークタウン級三番艦―《CV-8ホーネット》とジャベリンが軽い口調で自身の安否を口にする。

だが、返ってきた言葉はまた違っていた。

 

「んなこたぁ分かってんだよ!?アタシは少佐に言ってんだ!!」

 

それに「えー。」と二人が不満そうな態度を取るが、それも無視される。

 

「報告にあった部隊の数から3割が、確認出来ません……。MIAです。」

 

その言葉はセイレーンの部隊とホーネットの爆撃からの盾を形成した肌蹴た和装風の黒茶の狐とも言える重桜航空母艦、通称『一航戦』赤城型一番艦―《赤城》から幼い声が響き渡った。

 

MIA―ミッシングインアクション、戦場での行方不明、つまり死亡と同義の原因は先の一撃に巻き込まれた訳では無い。ロストした反応は1つも無かったはずだ。

報告にあった数は12人。確認できる数は8名。

 

その言葉を聞いた軍曹が重い息を吐きながら指示を入れる。

 

「少佐、7割も生きてんだ。そいつらスカパー・フローに叩き返してこい。」

 

「……はい。」

 

そう言いながら、赤城が近くに居た赤髪のメガネをした水兵風の衣装のユニオン駆逐艦フレッチャー級―《フレッチャー》の視線と同じになるように腰を落とす。

 

「貴女が旗艦ね。自分の基地に帰るのよ。良いわね?」

 

赤城の言葉にフレッチャーは首を振って否定する。

それに赤城が訝しむと眼鏡の幼い少女は口を開いた。

 

「撤退は『許可されていません』。」

 

その言葉に赤城は表情を一つも変えない。

予測出来たことだ。先の戦い、明らかに異常があった。

彼女達の戦い方があまりにも基本に忠実過ぎる。

いや、言い方が違う。『まるで基本しかない』動きだった。

恐らくだが、この艦船達は誰一人として担当する指揮官と精神接続同期されたことが無い。だから基礎があっても発展とする戦いが求められる対セイレーン戦であっさりと窮地に追い込まれるのだ。

 

「私達は、今回の作戦を、戦いを終えるまで帰れません。帰ったら、私の妹達も同時に立場的廃棄されます。」

 

心臓を潰すような想いに今自分に置かれている現状を告げる。

どのような仕打ちを受けるか、想像し難いそれにフレッチャーが顔を歪ませる。

その言葉を聞いても赤城は表情を変えなかった。

幼い声の持ち主の言葉を聞くまでは。

 

「分かった。このまま同行して貰えるかな?」

 

その言葉に赤城が困惑した声で疑問を口にする。

 

「少佐!?正気ですか!?肉体的練度はありますがとても対セイレーン戦など出来る技術はありません!」

 

その言葉を聞いてフレッチャーをはじめとした8名の艦船が俯く。彼女達も分かっていたのだ。自分達にそこまでの実力が無いことを。

 

「防御は赤城が、同期接続は出来ないけど牽制射撃や布陣への射撃を口頭でして貰う。良いですか軍曹。」

 

その言葉に赤城はなるべく取り乱さないように、冷静に忠言を述べようとするが、

 

「アタシに言うんじゃねぇよ。『お荷物』持たされて気を張るのは赤城だ。」

 

確認を取られた軍曹が舌打ちしながら答えた。

少佐と呼ばれた少年の声は簡単に防御を赤城に任せようとしたが、かかる負荷は尋常ではない。

何せ普通に戦っても反応速度が通常の敵と異なる、いや次元が違うセイレーンを真っ向から相手にするのだ。

戦力という手札が増えた様に感じるが、少年の目指すものは出し渋る札を更に減らしているのと同義だ。

先の一撃も本来なら赤城の手早い攻撃でジャベリンをカバーするのが本来のフォーメーションだ。それを顔の面識も無い。IFF――敵味方識別信号上の味方を守る為に危険な状況を渡り歩いたのだ。

 

その状況を見越したように軍曹が告げる。

 

「こいつらの特性上、超長距離射撃は出来ねー。艦載機だって航続距離が浅い。駆逐で使えるのは魚雷だ。だが、そいつら磁性すら付けられてねぇだろ。」

 

超長距離射撃の不可。それは弾丸に纏わせる斥力フィールドの持続時間、正確には持続距離の限界だ。

通常兵器としての運用ならば小口径火砲といえど最低15kmが有効射程範囲だ。

だが、対艦船ではどんなに頑張ってもどの武器でも最大4kmしかフィールドは持続されない。弾速の問題ではない。彼女達、艦船の脊椎共鳴範囲の問題なのだ。それを過ぎればただの弾丸に、つまり艦船にとっては紙屑を投げられたようなものになる。

視界の邪魔にもならないそれは何の威力も効果もない。

 

磁性すら、というのも魚雷もまた長距離射撃を可能としている要素があるからだ。だが、直線軌道の魚雷の回避は艦船にとって容易といえる。

収束発射を可能としない拡散式魚雷である以上、先のジャベリンのように肉薄魚雷は有効な手段だ。

しかし、更に上を行く武装がある。

それが磁性魚雷なのだ。敵を追尾し、逃げ道を絶つ武装としてこれ以上なく有効性が認められている。

だが横須賀基地のジャベリンはおろか、救助した部隊にもそんな希少価値のある装備は託されていない。

 

「ホーネット、4km内に敵はいない?」

 

少年の問いに金髪の美少女は頷いて答える。

 

「転位先進波形もなーし。リロード中かな?」

 

ホーネットの言葉に少年がすぐさま答えを出す。

 

「ならば距離と陣形を武器にしましょう。スカパー・フロー部隊の8名、ジャベリン、ヨークの後ろに、フレッチャー、スペンス、ブルクッリン、ガラティアを。赤城、ホーネットにカリフォルニア、テネシー、ペンシルベニア、アリゾナを。」

 

「具体案は?」

 

軍曹の言葉の後に続いたのはホーネットの知覚だった。

 

「来るよ!数60!距離25!10時方向!先進、駆逐と戦艦と航空の混成!!」

 

感じ取った敵の襲来を前に少年が述べた陣形を組む。相手が空間の歪みから現れ、陣形を成す前に少年が告げる。

 

「戦艦隊!敵航空母艦へ照準!航空母艦隊!敵戦艦へ用意完了次第スクランブル!スカパー部隊魚雷展開!!続いてジャベリン!突貫!ヨーク!!合わせ……!」

 

その瞬間だった。

ぱりっ、と赤城の躯体を通して薄く細い何かの感触を覚えた瞬間だった。

 

「全機取り止め!!回避行動優先!!繰り返す!全機取り止め!!スカパーフロー部隊後退!」

 

そう、それは正しく転位する敵への対処だった。

通常の敵ならば、の話だが。

空間の歪みから現れたのは空を飛ぶ小さな殺戮兵器だった。

 

「セイレーン艦載機!?横須賀部隊散開!!対空弾幕展開!!近寄らせるな!!関節持ってかれるぞ!!」

 

軍曹が対処の叫びを上げる。

転位したのは円盤に釣り針の如き砲塔ある艦載機だった。

その艦載機の停滞浮遊からの駆逐艦クラスの加速に対空砲の照準が定まらない。

 

「軍曹!1度離脱を!!『アレ』を使います!!」

 

「『アレ』?!……あぁ、そうだな!」

 

すぐ様、ヨークが後方へと駆けて、戦線から離脱し、向き直り、火砲を構え、世界に告げた。

 

「王宮騎士〈†ロイヤルネイビー†〉ヨークが齎す!!其は炎の剣!其は海魔〈†セイレーン†〉を斬り裂く正義の光!!」

 

ヨークのリュウコツから放たれる強大な量の斥力が可視化される。

その斥力は青白く、海に浸透し、大空の様に広がり、光という現象になり映し出される様は獅子の鬣が如く。

 

「皆さん!避けて!!魔砲!!ハルマゲドン!!!」

 

閃光が放たれた。

 

空間の全てを焼き切るように放たれた斥力の嵐は蒼く可視化されて溢れ出る大海そのものだった。

 

歪みから転位しようとした航空母艦型セイレーン―〈コンダクター〉ごと艦載機が焼き切られる。

だが、それだけでは止まらない。

別の地点からの転位反応をホーネットが知覚する。

 

「距離遠い!180!9時!こっちが本命の戦艦だ!!」

 

「ちっ!『感じ』が良いのを逆手に取られたか!!」

 

軍曹が悪態をつきながらヨークの砲撃を急がせる。艦船の放出斥力反響の知覚を信頼し過ぎての愚行だ。

今ので航空母艦は叩いたが、ホーネットの知覚が正しいなら戦艦型セイレーン―〈スマッシャー〉との距離を開けての正面の撃ち合いになる。

互角以下の戦いに持ち込まれる。それではこちらが保たない。

思考が巡り、次の一手を出しあぐねていた少年と女性を置いてけぼりにした朱が駆け抜けた。

 

「赤城!?」

 

少年の戸惑いの声が響いた。

それを理解するのに軍曹は一手遅かった。

航空母艦の赤城がヨークの砲撃に合わせて前身していたのだ。

 

――読みは当たった。転位が終わる前に艦隊を圧倒する!

 

赤城だけは、元セイレーンの鹵獲機だけはカンが働いた。

攻撃だけを先んじて転位させるという手段も有り得ると。

赤城の速度は元巡洋戦艦であったからであろうか。それはまるで矢の如く。

だが、歪みから雷撃の航跡が彼女の視界に映った。

 

「赤城!!」

 

少年の叫びが反響する。

だが、それもかき消す様に転位を完了させたスカベンジャーの小口径火砲が殺到する。

五秒。

無駄撃ちを控えようとそれ以上の発射を止めた瞬間だった。

 

「この程度の雷撃と火砲で、『一航戦』を殺れると思うなよ?藻付共。」

 

――べきばきばきばき!!

 

一人のスカベンジャーの頭が赤城の右腕で縦に押し潰され、上半身に埋没した。

その身は確かに焼けていたが、それでも致命傷と呼べる傷は無く、無機質なセイレーンが彼女に照準を定めた瞬間だった。

 

その無機質な瞳が真紅に染まった。

紅蓮が、煉獄が、焦土が、灰燼が、硝煙が刹那よりも素早く駆け巡り、赤城の周囲全てを焼き払った。

 

 

残存戦力32、混成の内1体の電子戦仕様のスマッシャーも『同時』に切断された。

その攻撃が何であるのかは、まるで、そう。操っている少年にすら分からなかった。

 

 

執務室と呼ばれた指揮官達による艦船のオペレーションルームで横並びになった四人が息をつく。

 

「任務完了じゃな。」

 

老人の言葉に汗を出し続けるもの、悪態をつきながら『してやった』と言いたげなもの、無言のものがあった。

 

「後処理を、スカパーフローの部隊に……。」

 

通信を飛ばし帰還と作戦完了を少年が告げれば、端末から感謝の言葉が帰って来る。

それも終えるとようやく一仕事終えたと思った矢先だった。

 

軍曹が、怒りとも憎しみとも言えないような表情で歯を噛み軋ませていた。

 

「確かに、アイツらは同情できるかもしれねぇ。次、同じ真似はさせらんねぇぞ。」

 

アイツら、それがスカパーフローの部隊であることは容易に察しがつく。

だが、それでも少年には反論の言葉がある。

 

「あのまま返していたらあの子達は……!」

 

その言葉に軍曹の最後の糸が切れた。

 

「変わらねぇよ!!」

 

感情が爆発し、目の前の子供にあまりにも簡単で異常な現実を叩き付けていく。

 

「結局同じような任務を宛てがわれてなぁ!その時間を先延ばしにしただけだ!!お前は自殺も出来ねぇ奴らに次の死の恐怖を与えたんだよ!!」

 

その言葉に少年は噤む。

そう、艦船と呼ばれる少女達は自殺を出来ない。

唯一あるとしたら指揮官に自爆操作を実行される事だ。だが、そんな事をすれば体面を皮切りに様々な問題が発生する。

それまでの維持費、その報告を聞いた戦闘データを逐一確認するオリジナルからの環境改善提案、もし海域の外、通常空間での自爆をしようものなら、その被害は絶対にマスメディアの目に止まる程の威力だ。人間が隠し切れる威力ではない。

そんな光景や残骸をカメラに収録されればどれだけの金を握らせなければならないか分からない。

だからこそ艦船は、『人を想い』自らの命すら断つことがままならないのだ。

 

「お前の最低な所だよ。支払えば対等に結果が発生するって思いながら生きる。そんな現実有り得ねぇって分かってるクセによぉ。」

 

その言葉にずきりと少年の心が痛む。

軍曹の乱暴な言葉に何も言えずにいると、老人の手が少年の頭に置かれた。

 

「それでもやらねば、誰かの傷になっていたさ。見殺しとは最も行ってはいけない殺人だ。自覚して行えなどとは狂人のそれだ。君はそれに成れと叫ぶのか。」

 

老人の言葉にエルが舌打ちを強く打つ。

その音は『甘やかすな』とでも言いたげな音色であった。

 

「『それ』を怠って自分が守らなくちゃいけねぇモンに被害が及んだら本末転倒だろうが!」

 

その言葉に老人が睨んだ。

眼光に軍曹は一瞬たじろいたが、自分の主張は正しいと睨み返す。

両者の言い分は正しい。だが人間としての正しさと軍人としての正しさは両立など出来ない。

仮に出来たとしても、予期せぬ結果を引き起こしかねない。

 

「教授、今回は軍曹の言う通りです。」

 

少年は叩かれた心に手を当てながら軍人としての答えを出した。

 

「申し訳ありません軍曹。」

 

その言葉に鼻を鳴らして軍曹が応える。

 

「謝るならてめぇの嫁にしろ!気ぃ効かせて傷ついてんだからな!」

 

その言葉に目を伏せて、呟く。

 

「そう、ですね……。」

 

 

 

 

―横須賀基地、キッチンスペース

今日のシフトは加賀、エクセター、ヘレナの3人が手伝いに入り、それを取り仕切るのが東煌料理人劉とアイヴァン青年。

昨日の深夜警戒シフトメンバーが釣り上げたマグロの首を叩き斬りながら首を傾げた。

 

「そんなに面倒くせぇのか?その……。」

 

劉の言葉に近隣海域で養殖させたワカメを一口サイズに斬りながら加賀が答える。

 

「鏡面海域だ。何しろ色々と邪魔だからな。」

 

加賀が作業をしながら、今横須賀基地が対応に追われている作戦の概要を口にする。

 

―鏡面海域

それは本来存在したはずの歴史を再現する事で、セイレーンが新たな艦船、そして技術を手に入れる空間であった。

 

「だが、それだけでは済まない。通常の『海域』にも影響が及ぼされる。」

 

そう。攻略した『通常海域』構造の変異、再解析を初めとして様々な障害の発生が報告された。

1部の艦船の姿が変わっている等と言うこともあるぐらいだ。

 

「再攻略を要求されている基地もあるそうだ。」

 

加賀が大根の皮剥きをし終えて、本日の味噌汁に入れる用に短冊切りにする。

 

「他にもこちらが確認していない艦船の出現もあってな。それの回収やセイレーン新造の兵器の回収もある。それらの低コスト量産用に根こそぎデータを奪っているからな。」

 

ただ強い武器を作るだけなら金を払えばいい。だが、それでは戦争はいずれ人間側が息切れを起こす。資材も製造環境も桁違いと言えるレベルでセイレーンは上回っている。その状況下を如何に有効活用するか。

今、ユニオン、ロイヤルの統合陣営組織アズールレーンに置かれている状況を聞くと劉の中で合点が行く。

 

「道理で最近アイツら気張ってんのか。」

 

アイツら。それは混成された指揮官達四人を指している。

朝早くに起きて、各艦船のコンディションを把握した後、普段は行わない四人体制で執務室へと向かう。

食事は各自、最も摂取しやすいジャンクフードを小休憩として数分で胃の中に放ればすぐさま終える。

艦船達は数時間の戦闘を行えば帰って来て、ありったけの食べ物や飲み物を摂り終えると自室で仮眠を始める。

だが、指揮官達は別の艦船を戦地に向かわせて戦闘を継続していた。

それこそ彼等の睡眠は日にちを跨いで後回しにされる程に。

彼等用の夜食として捕食しやすいパン粥を劉は置いて蓋をして眠りに就く。

そうしてまた少しの睡眠の後は同じ事を繰り返す。この二週間は鏡面海域の破壊に注力していた。

 

「お陰でこの横須賀基地の成績は上々だ。頭数もそうだが、食事での補強がかなり響いてる。」

 

「食うだけで強くなれるなんざおめぇらも大概バケモンだなぁ。」

 

「『強くなれる食事』を可能にしているヤツの発言ではないだろうな。」

 

その最たる劉が野菜を煮込んだスープに目が行く。

本人特製のラーメンのスープは野菜の出汁が濃厚かつ栄養摂取も考慮されている。

元は古くから伝わるインチキじみた呪いから発達したそれは食欲を胃の腑から引きずり出し、少しの飢えと乾きでも高級なスパイスに変化させる。

 

「あー?」

 

加賀の言葉に口だけの疑問を吐き出すが、すぐに何が言いたいのかを理解する。

この基地のある種の強みとも言える要素の極地、いや単細胞ですら身に付けている最低限の機能。

冗談とも思えるが、それは単純に横須賀基地の食事が他と一線を画すことなのだ。

この料理人をはじめとして、艦船の強い飢餓を満たす程の物資は自給自足の分も含めて加賀にとっては高水準と言えるものであった。

 

「まぁこちとら『将軍を作ったことがあるからな』、それに前の契約主が置き土産の宿題置いて墓に入りやがったし。ノウハウが違ぇのよ。」

 

「ノウハウか、そのラーメンもか?」

 

澄んだスープへと昇華させる為に欠かさず灰汁を除く所を小指で示すと、劉は軽く笑った。

 

「これなー。作ったの結構最近なんよなぁ。まぁ、『今作るのはしんどい』からなー、追加契約金払ってまで作ってる業者いんだし。」

 

その言葉に引っかかる所がある。それはどういう意味か、ではなく、自分達への忌避か?という意味でだ。

 

艦船の出現により食料問題とそれを解決する手段はすぐさま開発された。液状化したメンタルキューブを種類問わずの農耕作物に注入することだ。

 

これにより高い栄養価と素早い収穫を可能としたが、一部ではそれが問題視された。

人体への害や経済面などもあったが、この一部の意見は違う。

その栄養価の上昇により味や品質が変わるのではないか?そう言った料理人達や評論家の意見だった。

これはすぐさまその問題を『統制』した企業により『味付けの定義化』が果たされたが、それでもごく一部の料理人とそこに目を付けた商売人達は独自のルートによって艦船達の力を借りずに自己欲求を含む『価値』を追求された農業グループを起こし、これを世間では『裏農業』とまるで後ろめたいことをしているかのように差別視された。

 

だが、それもそうだ。と言わんばかりに加賀がつまらなそうに呟く。

 

「戦時下でもなお良くやるな人間は。」

 

飽くなき、というより無邪気ともいえるほど人は欲望や渇望を優先して動く、例えそれが非常事態の延長線であったとしても。

 

「あったりめぇよ。出された食事も満足に食い下ろせない癖に貶す言葉は無駄に覚えるのが人間様よ。知らねぇのか?人間は文句の生産量が動物の頂点なんだぜ?」

 

その言葉に鼻で笑ってしまう。

加賀自身も似たような発想を抱いていたのが原因だ。

だが体液が料理に付着しないよう注意を払う。

 

「まぁ、このスープも値段付けたら普通に高ぇけどよ、今必要なのは栄養よりも味なんだろうよ。あのチビッ子、そこそこ頭が回る方だと思うぜ?」

 

その言葉を聞くと加賀は先の笑顔を、吹き飛ばすほどに真顔に変わる。

 

「ただの甘ちゃんだ。甘やかして、それを喜ばれて悦に入った一辺倒のクソガキだ。」

 

苦虫を噛み潰したように吐く。

この基地統括指揮官の少年の話は加賀にとってはタブーだ。だが、それを見て分かっても劉は口に出すべきだと判断していた。

 

「ただの甘ちゃんがあぁもシフト組みして、お前ら用の設備整えるかねぇ。」

 

そう、横須賀基地の人数は今や150を超える大所帯となった。

その為、消費される食糧物資の自己解決及び生活スペースや娯楽施設、単独用の機器、休息促進の浴場、農耕、漁業を艦船達に満遍なくシフト編成が組み上げられていた。

 

「今日の分だって、チビッ子の指示だろ?あいつ寝てんのかねぇ。」

 

「心底どうでもいい話だな。」

 

苦虫を噛み潰したようにその話を終わらせようとするが、料理人は引かない。

 

「食事のメニューに必要な素材のルート確保。それだってアイツがやってんだ。作るだけなら簡単よ、動けばいいんだからな。いい加減認めてやったらどうだ?お姉ちゃん取られてムカつくのは分かるけど……」

 

――だぁんっ!

 

遮る、いや、まるでその言葉を殺すように加賀が包丁をまな板に突き刺した。それは次はお前だと言わんばかりに鮮烈さ溢れる眼光で料理人を見据える。

 

「人間のお前には一生分かるまい。アイツと会話してて有能さを感じているのだろうな。だがな私に言わせれば――」「アレこそが本当の化け物だって話か?」

 

料理人の言葉は正しく加賀が言わんとした感想だった。

そう加賀は少年を嫌っている。だが、それ以上に不気味なのだ。

姉の赤城に聞けば年の頃はおそらく五つ、そして何より敵性生命体セイレーンの再現品であることを聞いた時、自分が感じる不快感の全てに納得が行った。

 

そして、それ以上に気味が悪くなる話だ。

 

子供と話しているという感想がまるで出てこない。

 

『訓練期間』というものがあっても、あぁも、何故こちらの手札を読み切ったような態度を見せてくるのか理解出来ない。

 

「なぁんだお前、分かんねーなら本人聞けば良いじゃねぇか。」

 

まるで、マジックショーの裏側を知っているように料理人はせせら笑う。

奇術、奇跡が何故起きたのか、手の内、動き、目配せ、それだけでたった2枚のジョーカーを何故ずっと引き続けれるのか、それは料理人に言わせれば理由があるからだ。

 

「正面だけならただのガキだ。裏と横を見てみろ、見てわかんねぇのなら何も言うな。お前も文句垂れるだけのそこら辺のゴミと同じになるぞ。」

 

その吐き捨てた言葉に艤装である式紙型艦載機を袖から引き摺り下ろした。

 

「どういう……!」

 

意味だ。まで彼女は言えなかった。食堂の外からの大きな声にかき消された。

 

「りゅー!!」

 

外から白い狛犬のような姿をした小さな艦船、白露型駆逐艦四番艦――《夕立》が小さな網を担ぎながら走ってくるのが見える。

 

「てンめ!クソガキ!走って入んじゃねぇ!ホコリ飛ぶだろうが!」

 

咎める言葉も無視して夕立は自分の担いでる物を説明しながら入ってくる。

 

「イカ!イカだ!焼いて焼いてー!!」

 

「人の話聞けやー!!」

 

ばちこーん!

 

近くにたまたまあった皮を剥く前の栗が夕立の額に届いた音が横須賀基地に響き渡った。

 

 

 

漁に出た補給部隊の物資を先行して持って来た。

というのを伝えたかったようだが、当の本人は額を赤くされて手を当てて涙目になっていた。

 

「マジでお前らは良いかもしんねぇけどな、俺はんなモン食いたかねぇんだよ。」

 

「……ごめんなさい。」

 

くすん、くすん、と鼻を鳴らしながら夕立の謝罪を聞き、烏賊の目や足、内蔵を抜いて洗い、水を切って、劉特製の醤油の入った壺の中に浸して、フライパンに乗せてクッキングヒーターの電源を入れる。

 

そこでようやく劉は気づいた。

 

「お前らってイカ食えんの?ぎっくり腰にならん?」

 

それはいつか前のオーナーが動物を飼った際に、ペットというものを学んだことから来た言葉であった。

 

「別に問題ない。なんならマグロを食わせ続けても寄生虫も出ないぞ。たまねぎも油も普通に食えてるだろうが。」

 

加賀の言葉にため息を漏らしながら一息ついた。

 

「いやマジで食中毒系起こしたら料理人失格だからな。アレルギーは無いの分かるんだけどよ。こんな事ならあンガキからもっと情報聞き出しゃ良かったな。」

 

そう言いながら額を搔く。

紫を基調とした自分の出身国と同じ小柄ながらも芯のある少女を思い出すが、またため息をついた。

 

「夕立達は病気とか殆どないぞ?」

 

その言葉に誰よりも反応したのは劉の助手である黒人の青年だった。

 

「え、かかる病気あるの?」

 

その問に劉が頭を抱えると青年は焦ったが、夕立の言葉で背骨に釘を打ち込まれる。

 

「えっとな、『せーしんしっかん』ってのは防ぎようが無いんだって。夕立達を絶対に殺せる病気って皆言ってた。」

 

謝意を示す前に上司に足を踏まれる。

飛び跳ねたくもなったが、それをしたら今度は上半身が吹き飛ばされる。

 

「おぅ、悪ぃな。出来たから食っとけ。」

 

それに歓喜の叫びを上げて串に刺されたイカ焼きに齧り付く。その醤油の甘辛さとイカの歯応えのある食感に美味の表現を身体中で唸るように表す。

 

「……えっとこの気配は、夕立?」

 

その後ろから少年の様な中性的な声が響いた。

ふと気がつくと目を布で隠した状態で赤髪の女性に手を引っ張られて歩いていた。

 

「オォウ?」

 

「はい12人目も正解。そんだけ当てれば充分だな。」

 

しゅるりと布を外しながら赤髪の女性―軍曹が鼻息をゆっくりと吐き出して、うんざりした顔を作る。

 

「おー?もう日にち変わったか?」

 

外を覗き込む料理人の冗談に白目を向いて対応する。もううんざりだ。と言わんばかりの顔を軍曹が作る。

 

「『横須賀は組織の序列を乱す行為に及んでいる、よって当日を以て鏡面海域の参入を』……まぁ、ようはでしゃばんな。だな。」

 

どうやら上層部の目に付く行為を咎められた。というものらしい。

急なシフト変更だが、そこで料理人は気づいた。

 

「あのパツキン娘もう帰ってくんのか!?」

 

パツキン娘、ホーネットの事を言っていることが分かり両指揮官が頷くと血の気が引いた。

 

「おい、マジかよ。焼きそばも麻婆も炒飯もねぇぞ!」

 

最近の彼女の好みである東煌料理のラインナップの完成は2時間後に設定してある。

だが少年と少女がこの場にいるということは予定を前倒しにしなければならない。

 

「加工済みがあるだろう?」

 

加賀の言葉に首を振る。

 

「あいつ丼飯じゃねぇぞ鍋で行くからな?」

 

大型冷蔵庫の加工済み東煌料理のパウチのストックは別の艦船が先約を入れている。

 

そして戦闘終了後の艦船の消費量は人間とでは比較にならない。

まるで牛か熊だ。と言いたくなるほどに飲み喰らい眠りこける。

それに彼女は濃い味付けの東煌料理を好む。劉から言わせればユニオンのサンフランシスコにあったドンファンタウンの味付けだ。そのクセ自分で調味料を使いたがらない。

 

そして、起死回生の一考が浮かぶ。いや目端の夕立から連想された。

 

「わんころ!」

 

「オォウ?何だ?って夕立は犬じゃないぞ!」

 

「んなことはどうでもいいんだよ!イカもってこい!こうなりゃヤケだ!」

 

「分かった!全部もってくる!!」

 

忙しいやり取りをしている2人を他所に加賀が2人の指揮官に尋ねながら冷水をコップに注いで渡す。

 

「で、さっきのは何だ?」

 

その言葉に出されたコップの中身を見ながら軍曹が答えた。

 

「ん?あぁ、なんかねー。少佐も波形分かるようになったんだとよ。」

 

コップの中の波を眺めながら、何ともくだらなさそうに言う。

少年が艦船達と同じくリュウコツ波形の認識を可能としている。

だが、それも軍曹にとってはあまりにもつまらない話だ。

 

「ここに来るまでも目隠して来たんだけど、半径3mなら判別着くっぽいな。ケルンとカールスルーエが一緒でもどっちがどっちか分かったし。」

 

「この後、ヴェスタルの休憩が終わるから、そうしたらメンテナンスして貰う予定。シフトは明日から一旦白紙にして、基地の1部の清掃とか明日からやるね。」

 

「少佐、アタシ半休ちょうだい。午前ぶっちぎり寝たい。その後なら掃除すっから。」

 

「良いですよー。サウナ室と浴槽とシャワールームお願いしますねー。高圧洗浄機倉庫から引っ張り出してくださいね。」

 

だらん。とのんびりした心地のやり取り加賀の肌が粟立つ。

それはただ一つの疑問から来るものだ。

 

「お前自身の感知能力への関心は無いのか?」

 

加賀の疑問に、少年も少女もにへら、と笑みを浮かべて答えた。

 

「今更デバイスが少し変わった所でなぁ?」

 

「ですよねぇ?そもそも僕ら金太郎飴なんですし。」

 

まるで自身の、いや、人類への危険など感じてすらいない。

その姿勢がただひたすらに気味が悪い。

 

「あっ、ヘレナー明日から何人かと『これ』頼むわー。」

 

軍曹がそう言いながら、自分の端末を操作してファイルを開き、厨房の奥にいたヘレナに送り付ける。

すると端末がすぐさまメッセージを受信する。

 

【Re:了解しました。規模が規模なので6日ほどお時間をください。】

 

「もっと時間使ってええよー。気長に頼むわー。」

 

気だるげな言葉にまたメッセージを受信する。

 

【:-x】

 

とキスを意味するメッセージを見て、隣の少年の肩を揺する。

 

「んじゃ、ほれ行くぞ。」

 

「……はい。」

 

「加賀、アタシらのメシいらんからなー。その代わり重湯をリッターで作っといてくれや。」

 

そう言いながら連日の疲労からか猫背になりつつもとぼとぼと歩いて去っていった。

小さく頷いて承諾したが、それよりもヘレナへの送信ファイルが気になった。

 

「何を送り付けて来たんだ?」

 

加賀の言葉にヘレナが笑顔で答えた。

 

「ノイズキャンセリングとかね、数千万通りの。」

 

「は、はぁ?」

 

そういうと周囲をテキパキと片付けて余白ともいえるスペースを作ると、自身に搭載されたSGレーダーにリュウコツと直結する起動音が響き、送られたデータの投影を可能にする。

それを指差しながら説明を始めた。

 

「軍曹達は今回の戦闘で『砲撃クラスの転位』まで有り得ると考えてるみたい。だからクラス別の転位波形から各攻撃のパターンを抜き出せるように転位波形をノイズと仮定してクリアリングし、予測までを可能とする。これはクラス別の連携や弾種、艦載機パターンも読み出さなくてはいけないけど、それ以上に『使われている艦船データ』も合わせるから……。良ければ加賀、手伝ってくれる?」

 

膨大なパターンとその正確な処理を可能としたいのだろう。

だが、横須賀の弱点の洗い直しとも言える。

中遠距離戦闘においてこの部隊のメンバーで戦局を覆すことが出来るのは未だ居ない。

未だ近接格闘での状況打破に明け暮れている部隊だ。

ある意味で自分達の対策の対策という状況。

 

「分かった、片付けの後で構わんか?」

 

加賀の言葉にヘレナも頷く。

今は目の前の料理だ。そうして二人はまた調理を始める。

 

 

横須賀基地、近隣海域。

 

秋の海で肺が少し冷却される。それを通して瞳も乾きを覚える。

火照りまくった身体には丁度いい。

赤城の躯体は、否、正確にはその背中は異常なまでの発熱を起こしている。

そのせいで浮揚と推進を可能とする斥力放出もままならない。

 

本来ならば艦船である以上、疲労という概念はとても遅く発生する。貯蓄した飲食物を正確に分解し、損耗した箇所をすぐさま補強するからだ。

だが今赤城の身体はまるですっからかんだ。エネルギーも水分もビタミンもミネラルも繊維質もまるで全てが足りないかと言わんばかりの栄養失調者のように進むこともふらつき、瞳は掠れ、身体はバランスを崩した。

 

「ちょ、ちょちょーい。大丈夫?」

 

ホーネットが赤城の腕を引っ張り、なんとか海面へ沈むのを防がれるが、赤城はあまり良くない顔をしていた。

それもそのはず、『赤城』が好きではない艦船の妹分だ。助けられたかもしれないが、すぐに自分の腕をひったくるように取り戻す。

 

「助けてくださりありがとう。でも二度と手を貸さなくて良いわ。ユニオンさん。」

 

真っ正直に嫌味を言うが、ホーネットにはあまり気にならない話だった。

 

「いやいや手を貸すよ。今は仲間なんだし。それに明らかにヤバいでしょ。」

 

今もホーネットに持たされた電探装備から赤城のバイタルデータを再確認する。

 

リュウコツが限界の寸前まで動かされたように警告のアラートが響く。

 

『――損耗度、異常。推進に問題アリ。浮揚斥力係数低下。沈没予想時間算出。』

 

かちり。

とホーネットの視界の隅に924秒のカウントが刻まれる。

 

「後10数分で沈むときた。ならここは善は急げじゃない?」

 

ほら。

 

と己の身に手招きをして導く。

 

ホーネットの提案は具体策を聞かなくても分かる。

肩を貸りて、その状態で移動することだ。

前進すらままならない艦船にはありがたい提案だ。

 

それが赤城への提案でなければ。

 

「苦痛ね。」

 

「今も発熱、脱力感、神経の損耗があるんだから、それで我慢しなよ。」

 

HAHAHA。

とユニオリックな作り笑いを浮かべるのに赤城は辟易する。

皮肉を上乗せする姿勢にイラつきを覚えるが、だが言われた正しさに顔を歪めながら右腕を持ち上げてホーネットの肩に乗せる。

 

「正直さぁ。」

 

ホーネットがゆっくりと進みながらため息を吐く。

 

「最初無理でしょって思ってたよこの部隊。でもさ、気が付いたらこうしている自分に何にも違和感が無いんだよね。」

 

『本来』ならば殺し合うだけの関係なのだろう。

だが、『鹵獲』という形を経て、お互いに今地球に現存する半分になった人類の為に戦い、こうして身体を支える事に疑問を感じない。

 

「ボウヤとは上手くいってんの?」

 

こうして少年少佐との関係を茶化すことも気にならない。だが、その質問は赤城にとって禁句だ。

 

「その帽子の中身は空?この2週間の基地のシフトも覚えてないとか。」

 

赤城の皮肉にホーネットが爆笑する。

 

「いやだってさ、あれぐらいの年の子供なら女の子に何かしら湧くでしょー!朝に元気のハグー!夜に眠れないからハグー!ってさ!」

 

その言葉に赤城の表情が曇る。

え、いや、まさか。

 

「あのさ、あっちからのアプローチ無し?」

 

ぐさり。

燃ゆる躯体に言葉が突き刺さる。いつしか慰めとして寝ずに子守唄を続けてくれたこともあった。

欲しい物をねだって少しばかり心が近づいたと思う事もあった。

誕生日とかこつけてケーキを振舞った。

だが、1度でも少年からの接触は無かった。

 

「え、まさかとは思うけど、どうせ……」

 

「違うと思いますよー?」

 

言葉を遮ったのはジャベリンだ。

気がつくと陣形を崩してペースを落として会話出来る距離までになっていた。

 

「お二人共知らないと思いますけど、少佐は何ていうかジャベリン達の事を違った目で見てるんですよね。」

 

横須賀基地稼働初期メンバーであるジャベリンは少佐の姿勢を覚えている。

 

「何ていうか娘?妹?そういう目なんですよね。『庇護』というか『保護』というか『後継人』チックなんですよねー。だって、何ていうか最初の言動、おっさん臭かったですもん。」

 

最後の言葉に赤城から睨まれるが、気にせず感想を続ける。

 

「どっちかと言うと枯れてる?」

 

「蜂公、私の代わりにあの槍娘を沈めなさい。」

 

「あっはっは、お客様にその様な権限はありませーん。」

 

ジャベリンが笑いながらも支えられてる赤城を見ながら器用に進むべき方向に後退する。

 

「だから、最初は皆して少佐を割と冷めて見てたんですよね。ジャベリン達に興味無いのに何で指揮官やってるんだろうって。」

 

「それしか無いから?」

 

それに首を振る。

 

「ホーネットさんは知らないと思うけど、加賀さんと戦う前の日の少佐ヤバかったんですよ。」

 

忘れもしない、加賀のいる第三層海域への派遣前日の夜に施設を出ていく少年を。

思わず気になって付けて行った。

歩いて10分ほどだろうか急に足を止めた。

それに思わず身を隠したが、少年は小さく言葉を漏らしていた。

それを斥力反響定位の応用で取得する。

その内容は、その容姿から似つかわしくないものであった。

 

『違うそうじゃない。加賀を殺すな。楽な方に逃げるな。飛龍も蒼龍も赤城も、加賀だって死なせないんだ。お前はその為の指揮官だ。殺すなんて楽な仕事を選ぶな。ヘマをかましてみろ。お前を迷うことなく殺してやる。読み切れ、加賀の手札を、加賀の一枚を、読み尽くせ。さもなければ今すぐにここで死ね。』

 

まるでそれは呪詛だ。

そうして、また歩き出す。

 

その後ろ姿からはまるで憎しみすら感じるほどだった。

 

それを聞き終えてホーネットは少し難しい顔をする。

 

「加賀って、ことは本来のスペックでの戦闘を前提として制圧戦しようとしてたの?」

 

ホーネットは疑問をぶつける。

そう、加賀の戦闘スタイルは横須賀基地の艦船で知らぬ程の逸材だ。

ピンポイントで四肢を穿つ艦載機の精密動作、瞬間的な戦闘や制圧戦を総合して右に出るものは居ない。そう言いたくもなるほど力を有している艦船だ。

 

「正直、言い方が悪いと思うんですけど、勝てます?あんな状態になってくれたから勝てたようなモノですよ?」

 

あんな状態、戦艦としての加賀のカンレキを遡らせたような重装備で本来の機動力と制圧力を失った自滅状態での勝利だ。

上層部を含めた意見は自滅してくれたことで勝てただけ、特段珍しい事でもない。

 

「少佐の支持では、私を後ろにして、二航戦を前にする予定だったわ。重度の近接戦闘での手札を奪わせる戦闘よ。」

 

その言葉にホーネットが引っかかる所があった。

 

「ねぇ、何かさおかしくない?」

 

ここまで話していてようやく気が付いた。

 

「何で殺すのが楽って言えるの?確かに普通の軍人ならそうだけどさ、『まだ子供だよ?』」

 

その不気味さにようやくジャベリンも顔色を変える。

まるでそれは平然と行っていたモノの言葉だ。

人間が人間を取り押さえるというのは正直な話、よほど優劣の有無があっても至難の業と言える。

それどころか弱者が強者をねじ伏せるなどコミックの中の絵空事だ。

そしてそれは艦船同士でも同じ答えに繋がる。

 

「ちょっと!さっきから黙って聞いてれば!少佐を何だと思ってるの!?」

 

赤城が二人の顔に怒る。

まるで醜悪なバケモノを見つけたかのような二人を吐き捨てたくもなるほど怒りが込み上げてきた。

 

「でもでもおかしくないですか!?」

 

「おかしくなんかない!少佐はそれだけ『アンタの達の親玉』から叩たかれても自分を捻じ曲げなかった!それが真実よ!!」

 

軍事組織アズールレーンへの問題を赤城は訴えた。

少年から聞いたが、産まれてきてすぐに自分と同じ顔をした相手を殺すように教え込まれて心は壊れかけた。

だが、それでも少年は立ち上がる切っ掛けを手に入れて奮起した。だからこそ横須賀統括という身分を手に入れたのだ。

赤城はそんな少年が心から愛おしいと思える。

 

「諸君、話し合いは終わりだ。」

 

最前列で進んでいたヨークからの言葉に進行方向に意識を戻す。

横須賀基地の埠頭が見える。そこに影が4つ。

少佐と軍曹、そして兎の如き頭頂に長耳が生えた二航戦の蒼龍、飛龍が見えた。

 

「赤城!大丈夫!?」

 

波打つ音に阻まれながらも心配の声が海に響き渡る。

だが、その姿にすらジャベリンとホーネットにはどこか不気味さを覚える。

 

本当に心配してるのだろうか。

 

そんな言葉すら浮かぶ程にこの少年から寒気を覚える。

 

そんな2人を露知らず、海面から登ってきた赤城の身体を支えるようにおぶるように、いや最早下敷きになりながら力を入れて歩く。

 

「ごめんね。嫌な思いも大変な思いもさせて、明日からお仕事は無いからゆっくり休むんだよ。」

 

そう言いながら2航戦姉妹の前まで移動してそこにあるものに赤城は気が付いた。

所謂担架だ。つまり自分はここで横になれということだろう。

 

「付いて行くから、安心して。」

 

赤城の表情を読み取ったのかすらりと欲しかった言葉を貰い、少しばかりの嬉しさが心に宿る。

 

あぁ、やはり何と優しいのだろう。

 

心は少年への愛で抑えきれなくなりそうだ。

だが、それ以上に横になることが申し訳なくもあった。

 

「少佐。」

 

二航戦に運ばれながら赤城は夕暮れの空を仰ぎ、今日の失態を思い浮かべる。

 

「作戦行動中の口答え、独断での行動、申し開きもありません。」

 

その言葉に少年は首を振って否定した。

 

「いや、君は正しかった。君が頑張ってくれたから今回の戦闘は結果的とはいえ上手く行ったんだ。ありがとう赤城。」

 

赤城の手を強く握る。痛みは感じないほど弱い握力だが、それは本当に心から思っているのだと確信できる。

 

 

ほどなくして赤城は治療スペースに運び込まれ、栄養剤が注入された。

 

少年は赤城が眠るまでそばに居た。

 

寝息を立て、安堵の中にいることを確認すると少年はその場から立ち上がる。

 

「おやすみ赤城。」

 

消え入りそうな声で囁く。

 

「し、う、さ……。」

 

声に反応したのか寝言を聴いて少年は穏やかな顔を一瞬作ったが、すぐに強ばりその場所を後にした。

 

向かう場所は執務室。

 

そこに居たのは先程の一戦を終えた面々だ。

扉を開けてすぐさまに軍曹が声をかけた。

 

「普通に寝たのか?」

 

その言葉に少年は頷く。

するとユニオン所属、プロメテウス級工作艦――《ヴェスタル》がすぐさま用意していた映像を投影させる。

 

「この瞬間、この瞬間です。」

 

それは赤城の周囲に居たセイレーンが『切断』される瞬間だった。

 

「この一瞬で、こちらのモニタリングでも赤城ちゃんのバイタルは急激に変化しています。ホーネットちゃん?」

 

その言葉にホーネットが待ってました。と言わんばかりに立ち上がり、装備していたヘアピン型電探用アクセサリーの内部データを映し出す。

 

「バイタルの変化と切断までの時間は0.00000012秒。悪いんだけど、この装備、ていうかヘレナでも分からないと思う。マジで。」

 

それは彼女なりの本音だ。何が起きたのかまるで分からない。分かることが無い。

何故ならば。

 

「斥力反響定位が反応しない攻撃なんてこの世存在しないと思う。」

 

そう。絶対の知覚と言える武装が何一つ反応しなかった。

攻撃があったなら何かしらの反応を感知するはずだ。

砲撃、航撃(爆撃も含む)、打撃、だがそのいずれにも該当は無い。

 

「残骸目視記録は?」

 

少年が確認するとジャベリンが立ち上がる。

 

「その、何ていうか、えっと……。」

 

「どんな内容でも良いんだ。」

 

少年の言葉に、塞いだ口を開く。

 

「切断面に強い熱エネルギーを感知、それとヨークさんが気づいたんですけど。」

 

「ヨークが?」

 

少年の言葉にジャベリンが着席し、代わるようにヨークが立ち上がる。

 

「帰路上のデータになる。」

 

映し出すのは赤城の通り道とその周りの反響データだ。

赤城の推進低下を指している。そう思ったが少年はデータを深く読んで気づいた。

 

「赤城の航跡下に何もいない?」

 

「厳に言えば違う。『全て消えた』が正解だ。」

 

浮揚し、推進する際に確かに微生物はその反動で死ぬかもしれない。それぐらいに彼女達の動きは現実離れしている。

 

だが、その反動も深度1mにも満たない。

それなのに映し出されたデータはまるで赤城の通り道に居た海洋生物は全て死んだ。と言わんばかりに赤城の真下はありえないほど綺麗だった。

 

「不可解な摩耗、観測出来ない攻撃、未知の現象が起きている。」

 

老人がそこでようやく口を開いた。

 

「一週間は鏡面海域に参加しなくて良いと言ってきたから休養を重ねれば良いじゃろ、ヴェスタル。見積もりは?」

 

「最低でも三日、多くても五日はかかるほどのダメージです。でも、それよりも……。」

 

目を伏せた彼女の表情が何を言いたいのか良くわかる。

 

それまで軽く見ていたが、ここまで来ると何が原因かは言わなくても理解出来た。

 

「僕の身体だよね。原因は。」

 

そう。全ては少年がセイレーンの転位を用いた攻撃の知覚から。

明らかにそこから赤城に異常が出ている。

 

「ヴェスタル、僕の方の異常は?」

 

「8%のリュウコツ結晶化が12%に、虫食いの様な広がり方をしています。」

 

そう。少年の身体はセイレーンの肉体をクローニングした代物だ。それ故に背骨の一部がリュウコツ結晶化し、それにより艦船との接続を可能にしている。

 

「周辺脊椎、髄液、神経機能、諸々を調べましたが生活する分には何ら問題はありません。」

 

その言葉は戦闘になれば別ということだ。

少年を脅している訳では無い。

むしろ少年に怯えているのだ。

その視線は覚えがある。何度も何度も『訓練期間』に受けたものだ。

 

そして答える言葉も大差ない。

 

「ごめんね。なんとかするから。」

 

奇妙な話だ。人間でない存在から人間でない扱いをされるのだ。

だが仕方がない。自分達に害成すと思うのなら、生命はその存在を忌避する。

 

「今日はお疲れ様。皆明日から羽根を休めておいてね。」

 

それしか、そんな当たり前の上司風を吹かせるぐらいしかもう出来ない。

何か言い繕おうとしても彼女達は不安になるだけだ。

 

その言葉を聞いて艦船達と少年を除く指揮官達が去っていく。

 

そこから一番奥で口内で飴玉を転がしている大男がのそり、と前に出る。

 

「お疲れさん。」

 

料理人が少年の頭に手を置く。本当に今日まで頑張った事への労いだ。

だが、それも一区切りに過ぎないことを二人は知っている。

 

「まず、この二週間での調理作業大変お世話になりました。」

 

「ルート増やしたり、メシのシフト組んでくれたからなぁ。こっちはお陰で楽よ。予約制かタイマンでしか料理作ってねぇからなぁ。」

 

料理人の長い経験から言わせれば途轍もない路線変更と言える。

本来は契約主と金銭的取引を行い、その上で長期の個人間レベルで料理を振る舞うのが常だ。

少し前はマフィアで東煌料理を営んでいたが、殆ど予約制で制限を設けていた。

 

「それでもお見事です。今日までの兵站の細かな調整は劉さんのお陰ですよ。」

 

その言葉に、がっはっはっは。と男は笑う。

男は見て分かるのだ。少年が嘘を付いていないことを。そしてそれ以上に何かを頼もうとしていることを。

 

「何が頼みだ?」

 

少年はどきりともしなかった。

見破られるのは承知の上だからだ。

 

「どうですか?彼女達の食事風景で何かありませんでしたか?」

 

それを聞くか。

少しばかり目を通していない事柄を思い起こすが、すんなりと増えている共通点が浮かび上がる。

 

「『満腹』を理解出来てないのが増えたな。」

 

この二週間は特に、と付け足す。

それは暴飲暴食の果てに更に上乗せする様を指しているのだろう。

 

「ガブガブ行けんのは良いが、自分で打ち止め出来ないんだろうな。悪酔いと同じだ。食事が気持ちいいから止まらねぇ。」

 

本来ならば消化器官が限界を覚えるのだろうが、人間とは比較にならないのが原因か。

少年は酒を嗜んだことなどないが指す言葉の意味ぐらいは理解出来る。

ストレス超過による惨状だが、それでは食糧難でこの基地の自給自足分どころか人数を減らす事も検討しなくては行けない。

 

「だが、お前はなるたけ数は減らしたくないんだろう?」

 

真芯を射抜かれたように少年が顔を崩す。

だが、それもすぐに元に戻し受け答えた。

 

「当たり前じゃないですか。皆大切な子ですよ。」

 

「言うじゃねぇか。こうやって少数精鋭で働かせて、選りすぐった面々しか使わねぇのによぉ。」

 

そう、劉の言葉は何をしたいのかが分かる。

少年からの言葉を聞いておきたいのだろう。

この今にも死んでしまいそうな子供から、せめて言葉は聞いておこうとしていた。

 

「やれる事を全部やっておく。それだけですよ。」

 

その言葉で料理人は満足がいったのだろうか。

自前の端末から少し古い写真を映し出す。

 

「ちぃっと前にな、あンバカが放置してたヨーグルトとアイスクリームを混ぜ合わせて放置してな、そしたらまぁそこそこガキ向けのが出来たわけよ。」

 

「アイヴァンさん、昔からずぼらなんですね。」

 

くすり、と少年が笑い。釣られて男も笑う。

だが、その完成した甘味は少し、どころではない驚きを覚える。

 

「俺は菓子に疎いから、肌ブスに確認したら笑えること言ってたわ。」

 

その言葉に首を傾げる。誰の事だろうか。という意味ではなく、どんな言葉を?という疑問の末で動いてしまった。

 

「『パンの歴史でも見てるみてぇだな。』だとよ。」

 

「それは?」

 

その言葉の意味は少年の知識にはない。

それなので劉が適当な解説を始めた。

 

「パンの原型の又従兄弟辺りの食い物がな、底辺の部族が腐らせた食い物を放置した事が始まりなのよ、ゆうてこの歴史はすぐに幕を閉じるんだけどな。」

 

「それはまた。どうして?」

 

「あぁ、それは『おめぇと一緒』。」

 

その言葉に納得がいった。

 

「誰にも話さなかったんですね。作れることを。」

 

「そう、折角の歴史的始まりだと言うのに勿体ない。」

 

大袈裟に全身で表した動きに思わず少年は確認する。それに釣られて少年は男に問う。

 

「劉さんは、話した方が良いですか?」

 

「いンや?話さなくても分かるからそこまでじゃねぇよ。」

 

そうこの料理人は見ただけで何を考えているのか、どういう思惑があるのかすぐに感知できる。

だから少年は嘘をつかない。

 

「ただな。話すべきだとは思うね。お前の本心を。どんなにどす黒くても、どんなにお前が忌み嫌っていても、じゃなきゃお前に未来はねぇ。」

 

そう言いながら料理人が少年の頭を強く撫で回す。

ぐわんぐわん、と揺れ動くも、それはどこか心地よく感じる。

 

この人も、僕を人間として扱っているんだろうな。

 

それだけが少年の心に響く。

普通に、どこにでもいる、ただの子供。

 

それでも、自分は軍人でこの基地の統括だ。

 

「ヨーグルトのストックは?」

 

その言葉に撫でくり回す腕が止まる。

 

「30ガロンぐらいはあるな。人数分には足りねぇか?」

 

「今日の便で、追加で200ガロン程貰っておきましょう。劉さんは……」

 

言い切る前に大男は腕を斜めに交差して無理。のポーズを舌を出しながら作る。

それはどういう意味かと聞く前に答えられた。

 

「悪いけど俺は飴の本場で1年修行して坊さんに『お前ほんま死ね』ってキレられるほどに菓子とは相性が悪いんだよ。消し炭か黒曜石が喰いたいなら構わねぇけどよ。」

 

その言葉に思わず少年が笑ってしまった。

桁違いの料理を作ると言われた男にも苦手はあったのか。と口から笑いが沢山漏れてしまう。

 

「なので、うさ耳の片方に手伝わせて作らせた方が良いな。」

 

うさ耳の片方。恐らくそれは飛龍だ。

本人からお菓子を作って女子力を向上させたい。という旨を許可したのだが、実態は指揮官達を含めて全員の感想はひとつだった。

 

『何か、屋台のアンちゃんみてぇ……。』

 

どこかのストリートや祭りに出張した移動店舗にしか見えないが、それを本人に伝えたのは姉の蒼龍ぐらいだった。

飛龍は最初はショックを覚えていたものの、最近ではクレープ、パンケーキ、綿あめ、ドーナツ、スイーツピザ、スムージーと駆逐や巡洋の艦船から人気はある。

 

「明日のお昼から頼んで工程表書いてもらいましょうか。」

 

「一旦それが終わったら休日1週間ぐらいやってくれや。じゃねぇとそろそろ壊れるからよ。」

 

それは上司なりに部下の体調の気遣いだろう。

いや、恐らくそれよりももっと深いものがある。

 

「いつも疑問だったんですけど。」

 

劉は何も言わない。何を言われるのかは分かっている。だが、少年に言われてから答えるべきだと思っていた。

 

「アイヴァンさんが助手なのは『間に合わなかった』からですか?」

 

そう、青年は劉と比べて些か見劣りというものでは済まない。

かなりズボラで最初こそ仕事はしていたが、新メニューの開発などはあまり活発ではないし、仕事へのやる気や熱意と言ったものも薄く見える。

それは少年の中の料理人という人間のイメージとは少し違うように思えた。

 

「まぁな。」

 

そう言いながら、タバコを一本袋から出して、咥えてライターで火を着ける。

10年前の帝竜の失敗から、すぐに関係者全員に悪影響は出た。

だが、当時拾われたばかりの少年を捨てて行くことを自分が所属していたマフィアのメンバーは奨めた。いや、それどころか殺す事も視野に入れるべきだと口にするものも少なくなかった。

 

アイヴァンが何を話すか分からない。メンバーの事を少しでも知られればそこから芋づる式になりかねない。

 

子供というものは厄介だ。ベラベラと大人が口にした事を覚えて、すぐ口に出し、物に釣られて舌を豪快に回す。

 

「弟子の殆どを各地に飛ばして、マフィア連中は今やどこか分からねぇ。で、アイツは親元に帰すってんなら後で幾らでも殺されるか飼い殺し。そういう状況だったからな。帰すに帰せなくなってしょうがねぇから何か一芸掴めるまでは俺が後継人になるしかねぇのよ。」

 

すぅっ、と煙を吸ってため息のように紫煙を吐き出す。

 

「大変ですね。本当に。」

 

「お互い様だろ。上司なんてやってらんねぇよ。」

 

その言葉に少しだけ二人は苦虫を噛み潰した。

どこか互いに似ているのではないかと思えて仕方がない。

だが、同じではない。

奇妙な箇所でさえもピタリとハマらないその違和感に二人は少し、疲れを覚えた。

 

 

 

 

 

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