戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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6話後編

謹慎処分が降りて三日が経過した。

 

艦船及び軍曹が利用する、シャワー室、浴槽、サウナルームの清掃は滞りなく行われ、寮舎中央の掲示板に新メニューの写真と概要が貼られ、1部の艦船が拍手と歓喜を上げ、試作段階で出された菓子に頬を持ち上げていた。

 

「フロヨが食べれるなんてサイコー!」

 

誰かのその言葉にアイデアを出したアイヴァン本人も首を傾げていたが、ユニオン、ロイヤル艦船から話を聞くと、この菓子は60年ぐらいは先の未来で作られるらしい。

 

「ズボラも少しは役に立つもんだな。」

 

その話を聞いていた上司が冷やかしたが、それでも飛龍もアイヴァンも名前を考えられなかった菓子に名前があって良かった。と少しだけはしゃいでいた。

 

製造用の工程や材料の目通しに少し時間が割かれるが単純なアイスクリーム製造マシンで作れることから、1日置きにほぼ全艦船が食べられる様に組まれた。

 

この作業シフトに一部の艦船も名を連ね、ある程度食事環境の見直しは済まされた。

 

試作品のひとつを貰った軍曹が治療スペースに事情を話しながらスプーンで掬い、ベッドから起き上がった赤城に食べさせていた。

 

「あら、美味しい。これを飛龍が?」

 

赤城の率直な感想はそれだ。

確かに現在進行形で屋台よろしく甘味を食べさせているが、正直最初のはお世辞にも上手いとは言えない出来だった。

コゲているわ、不細工だわ、飾り付けというか祭壇と呼ぶべきなのか、だが、最初こそ食べれればそれで良い。と誰もが諦めていた。

 

だが、それを良しとしなかった飛龍は前のめりになっていった。

気が付けば彼女の部屋は菓子の参考書に本棚が埋め尽くされていた。

少しずつ、少しずつ、人よりも早く覚え、書き上げ、器用になって行った。

 

「数ヶ月でようやるよ、今や全部把握出来てるからな。」

 

運びながら口にする。

ひんやりとして、滑らかで、コクのあるそれはどこか落ち着きを覚える。

飛龍なりの努力の成果なのだろう。

 

「なぁ、赤城。」

 

「何ですか?」

 

食べ終えた食器を近くの台に置いて軍曹が顔を近づける。

どうにも『小声で話す』内容だと分かると赤城も小さく頷いた。

 

「お前、このままで良いのか?」

 

軍曹から切り出された言葉は現状を憂いているのではない。

赤城そのものの有様を指している。基本的に艦船の治癒力は高く、この様なスペースは必要としない。

それでもこの場所が存在するのは余りにも簡単だ。

 

この部隊が、『それほどの過度に危険な戦闘を必要としている』のだ。

 

「軍曹、今回の一件は少佐の成長に追従出来ない赤城が」「お前それマジで言ってんのか?」

 

デザイナーズチャイルドの概要は軍曹も目を通している。

最初から頭打ちの性能をした簡易量産型指揮官(デバイス)。

それが少年の金枠だ。

だが、今それを大きく逸し、未知の領域と呼ぶべき存在の艦船に尋常ではない損傷を引き起こした。

これは最早異常を通り越している。それどころか、

 

「そもそもこの部隊運用だってアイツが殆ど原因なんだぞ。」

 

え、と赤城が耳を疑った。

 

「近接格闘を重視した戦闘。それに基づく理論構築。アイツが1年間でやらかしたんだよ。」

 

そう、彼女は知っている。

艦船を操るのに砲撃への順応訓練を5年促され、その合間に格闘戦術を修得した。

だが、その流れそのものを断つべきだと定めた者がいることを。

 

「そもそも横須賀基地は何と戦う様に仕上げてるのか、お前は知るべきだ。アイツは――」

 

 

自分を拾った、ある艦船は言っていた。

 

――ヤツのデータを見ずに、基盤を作った指揮官がいる。お前はそこに行くのが一番効率が良い。

 

そう言って差し出されたデータはまるで驚きだった。

その数日前に見た『パッケージ戦役』と呼ばれた戦いの中でその機械人形を振り回すかのように暴れた男の動きをより精錬されたものだった。

まるでパンの歴史でも見ているかのような気分だったことを彼女は覚えている。

 

 

 

 

「少佐は、アイツは、トップクラスの艦船共を模倣したセイレーンが出てきた時に正確に処理出来る部隊を作り上げてんだよ。」

 

これはあくまで憶測だ。

だが、その用意周到さは、この憶測の裏付けになる。

特定の艦船以外の禁じ手とも言える近接格闘を仕込み、『真っ当な戦闘をしない』事を前提とした運用法。

 

例えどの艦船が模倣されても勝てるように、例えどのように異常な艦船が来ても良いように、撃ち合いのみに頼らない戦い方を模索し、積み重ね、覚え込ませる。

 

「少佐がどこまでも憂いているだけでしょう。」

 

赤城はまるで母親のように目の前の少女を諭す。

だが、咳を切るように反論された。

 

「アタシが言えた義理じゃねぇ、って分かってる。でも、『それ』に付き合いきれるのかお前。」

 

軍曹は、彼女は赤城が好きだ。

だからこそ、気づいている。今、赤城に起きている現象は『赤城にしか』起きない事を。

艦船と指揮官の縁が結ばれ、その発露を見せているのだ。

 

見せていて、それで『この有様』なのだ。

 

ならば、ならば、ならばあの小さな子供は『何を』抱いているのだ。

 

愛してくれる生命をここまでずたずたにする想いとは何だ?

どこにその正当性があるというのだ?

それは一体何なのだ?

 

「やめろよ、アイツだけは。こんなんにするようなヤツの肩持つのも、想うのも、余りにも馬鹿らしい。」

 

まるで暴力を振って言い従えさせる。

そんな人間に縋り付いてまで生きることは無い。

そう言いたい。

 

だが、赤城は穏やかな顔で否定した。

 

「赤城達を動かす時、少佐は『稼働』等と定義付けるのですよ。」

 

何を言っているのかまるで分からなかった。

だが今も覚えている。

少年が『戦闘中の自分達を』どう見ているのか。

 

「生活してる時はそんな視線、露も見せないのに、戦いになると目線をすぐに変えるあの目は、どうしてか、最初は分からなかったけど、すぐに気づけた。そうしないと『止めさせられる』のだと。」

 

子供は大人の言葉を真似する。

だが、それは憧れや覚えたての事を真似するものから来るものあるのだろう。

 

だが、彼の後ろ姿は違う。ただひたすらに教えこまされていることを。叩かれて、のめされて、やらなければ、お前はゴミだと、替えは幾らでもいるのだと。

『鹵獲』した艦船をただてさえ甘やかし、なおかつ戦闘においてもそれを止めぬのなら、少年の指揮権はすぐさま剥奪され、『替わり』に移譲される事を理解しているのだ。

 

「あの人は、人間と軍人の狭間でもがいて、苦しんで、足踏みをしてでも、どうか、どうかと、幸せを渡しているのですよ。」

 

あの歳の子供なら、もっと移ろいでしまう。

欲しい物に目をくれて、好きなことをし続けて、どれだけ危険を教えても触れようとし、どれだけ難関であるかを教えても自分は特別だと信じ込む。

 

「軍曹、貴方に出来ますか?自分を認める事を。醜悪で、無能で、欠陥でいる自分を。あの人は認めて信じて、その上で赤城の手を優しく掴んでくれるのです。『それ』を壊れているというのなら、貴方との仲もここまでです。」

 

本当に、本当に、目に涙を貯めずとも、とてもとても悲しそうに赤城は告げた。

 

何も、何も、答えは帰って来なかった。

 

 

 

 

横須賀基地に新メニューが追加されてから四日、鏡面海域の発生が収束された旨が伝えられた。

アズールレーンに所属する全指揮官に通達が入ったが、その後の一文は少し理解し難いものであった。

 

今回の鏡面海域にて最も活躍したノーフォーク、横須賀の両部隊での実弾演習を行うものとする。

 

この文章に横須賀指揮官達はすぐに合流した。少年を置いて。

 

「これさ、どう見ても.......。」

 

「これ見よがしのプロパガンダじゃよ。」

 

軍曹の言葉に老人が答える。

今、世界、正確にはアズールレーン陣営に所属する国家の民衆に戦争の情報は多く漏れていない。

パニックや暴動、テロリズム対策の一環としてそのように処理が行われている。

一応、口当たりの良い情報は開示されているがレッドアクシズという陣営への脅威を軽視するほど人は愚かではない。

 

本当にこの戦争は勝てるのか。

 

そう、アズールレーン側の艦船の実力は都度都度公開されている。

だが、レッドアクシズ側は?

今の今、この横須賀ぐらいでしかロクに鹵獲されていないモノの情報など開示できるはずがない。

 

だからこそ上層部は凡そ最も信頼置けるノーフォークと鹵獲機運用の横須賀の両基地の主力を出せと口にしているのだろう。

 

「クソゲーな方に10ドル。」

 

軍曹が分かり切った賭けを始めるのに老人が辟易する。

それもそうだ。あの誇り高いといえば聞こえば良いが、陰湿極まりない上層部主催の祭りなど下劣極まりないショーの幕開けだ。

 

「つうかよ、この艦船ウチにいねぇじゃん。」

 

横須賀基地から出される艦船の名前に軍曹が眉を顰める。

ジャン・バール、ティルピッツ、天城、摩耶、夕立、任意の駆逐艦を一体。

そう書かれ、まるでこの横須賀に存在するかのように書かれているが、前半の三体は名前すら知らない。

 

「主力側の連携はさせないという事じゃろうて。前衛で組むしかないか。」

 

最後に任意の駆逐艦と称されているがこれも恐らく当日まで伏せられているのだろう。

だとするとマトモな戦況を整えるのはわずか二人。

 

「多分こっち側、スタンドアローンだよな?」

 

スタンドアローン、本来の意味とは違うが、艦船側からの定義付けで艦船の自律した思考だけでの戦闘――つまり指揮官からの操作は一切受け付けない状態での戦闘を前提としなければならない。

ノーフォーク側は不明だが、アズールレーン上層部の意図する事は容易に理解出来る。

 

自分達はとても優位に立っていることを世に知らしめる。

 

その一点。

 

その為ならばどんな枷も嵌めていても正統性はあるのだろう。

選出されたメンバーを思い起こすが、片割れを否定したくもなる。

 

「実際、勝率は?」

 

軍曹の言葉に老人が鼻で笑ってのけた。

 

「10:1でこちらの負け確定じゃろ。何せ金銭面の事情が違う。」

 

それもそのはず、横須賀基地では回収した武装データやパーツを自分達で使用せずに本国に資金へと換金して貰い、その上で台所事情が上手く回るように説得や実力を示してはいる。

他基地は、そんな事は一切しない。使える武装はすぐに新調し、整え、熟し、実戦投入される。

だが、それ以上の懸案がある。それは。

 

「摩耶と夕立か、摩耶は言えば分かるだろうけど、夕立はアウトだろう。」

 

「あ、やっぱし?」

 

やっと出せる選出された自前のメンバーの問題だ。

老人の言葉に軍曹が苦笑いした。

それもそうだ。

夕立は一週間前の調理スペースで顔を見た時に額に怪我をしていた。

『常に展開される斥力フィールドがあるにも拘わらず』。

 

「『コンクール向け』ではないというか、あの子は『野山を駆ける』のが精一杯だろう。」

 

つまり、オンオフが激しいのだ。

まるでそれは見た通りの子供のように。この横須賀基地を本当に自宅の様に愛おしく落ち着いて生活しているのだろうが、その有り様では到底実弾演習など動きが間に合うはずもない。

ストレスで崩れるか、手心を加え続けて、ロクな機動もせずに終わるかだ。

 

「んじゃ両方ともアタシがシゴくって寸法で。」

 

「手荒にせんようにな。」

 

統括である少年には何も相談が無い。

いや、恐らく本人もこの打ち合わせに出向くつもりはない。

何せ少年の身体は文字通り『筒抜け』なのだ。

悪巧みも、隠し事も、何一つ聞かせる訳にはいかない。

 

残り時間は約4日、こうして軍曹の訓練が始まった。

 

横須賀基地、近隣海域。

 

摩耶のやる事は至って単純、操作された高尾と愛宕の二人を相手に勝つ。

二対一をひっくり返すだけのテクニックを付けるだけのものだ。

 

言えば単純。だが、実際は上手くいかない。

 

機動力はほぼ同じ、だが、正面からの撃ち合いになれば数が多い方が負けるのは必定。

 

「動きを止めるな。なんて二流の発言はしねぇよ。」

 

軍曹が軽く笑って、動きのコツを教える。

 

「連携ってのはな、一人で出来るようになってから複数でやるもんなんだ。それを間違えて覚えるから使いモンにならん。」

 

通信からの自身の指揮をする軍曹の声に少し不満を覚える。それはつまり、

 

「一人で戦う事に慣れろってことか?」

 

摩耶の言葉は鼻で笑われた。

 

「『一人でも良いさ』。そんぐらいの気分でやるんだ。お前はお前の『良い仕事』をする。それさえ掴めば自然と相手がどう強かろうと問題ない。複数を強味にする奴はセオリーを崩されることに慣れていないからな。」

 

そう言うと二人の接続を解除する。

 

「その二人に膝を付かせろ、無操作状態でそれが出来なきゃお前はそこまでだ。」

 

それだけ告げると執務室から立ち去って行った。

 

 

 

横須賀基地、地下スペース、通称トレーニングエリア。

 

竹林の如く数多くの艦船用に調整されたトレーニングマシン及びそれに準ずる単純器具が配備されたこの地下施設で夕立は中央でまるで今から神になるかのように磔にされていた。

 

「なぁ、これ何するんだ?夕立こんなんで強くなれるのか?」

 

こんなん、そう夕立には幾つ物の配線が繋がれたクリップらしき物が貼られていた。

 

「アタシの基礎筋肉作るのにこれを1年やったからな。お前らなら二日もしないで効果が出るはずだ。」

 

そう言って、ぱちんと指を弾く。

それと同時だった。

雷鳴が夕立の肉体を駆け巡った。

 

「アタシの時は0.1Aだったからな。とりあえず今どうよ?」

 

「しびびびれれれれううううう。」

 

ブルブルと震えてまともに発音できないでいる夕立に少し軍曹は戦慄が走る。

 

(1Aでこの反応かよ。素体はバケモンだな。)

 

自分の昔の事を物差しのつもりで引き合いに出したが、まさしく『土台』が違う。

畳一枚と一国一城の差があると言える。

とすると自分がやる分には調整に時間を取られたくはない。

一秒でも時間が惜しい。

 

「アマゾン、悪いけど調整都度都度やってくれ。とりあえず丸一日はこれぐらいやらんとな。」

 

後ろにいたロイヤルA級実験駆逐艦であり、駆逐艦部隊の監督役でもある金髪ツインテールの艦船に声をかける。

 

「構わないが.......夕立大丈夫か?」

 

1A、それは人が無惨に死ぬには充分な電流だ。だが、夕立は親指を立てて自身の安否を示す。

少しずつ上げるか、否か。

そう心が戸惑っていると背中に赤髪の軍人がもたれ込む。

 

「アマゾン、1個だけ言えるけどな、今回の実弾演習、端折って言えば、ウチの監査が半分だ。」

 

その言葉にどきりと心臓に突き刺さる。

この部隊に所属する艦船の半数は抱いている懸案だ。

 

この金食い虫共をのさばらせても問題ないのか。

 

戦争をするのに、何が必要か。

 

金だ。

 

人を働かせるのに金、装備を作るのに金、電気を満遍なく稼働させ、清潔、食事、睡眠、娯楽、運搬、欲、納得、成果、過程、生活、安全。

 

金はどこについても回る。

金のかからない戦争など古今東西有り得ない程だ。

 

「ウチのお財布事情知ってるか?何でも人様に頭下げて金借りて『お前らの食費』を回してんだとよ。」

 

それは噂話として何度か上げられている。実態は分からない。だが、食料の輸送任務を手伝う時、奇異な瞳で見られていたことをアマゾンは覚えている。

 

「砂糖や塩、各種香辛料は良いさ、結構潤沢だからな。でも、お前ら毎日平然と食ってる畜産物、グラム幾らか知ってるか?」

 

そう『裏農業』と言われるだけはあるのだ。

出荷量は正直軽視されるだけはある。

だが売り上げ幅は世界を牛耳ると言われている、ある総合企業に匹敵する程なのだ。

 

「ミルク、チーズ、アイスクリーム、ヨーグルト、ケーキ、ピザ、ラーメン、パスタ、スープ、シチュー、お前らが毎日のように食べてるそれ等は市場なら幾ら払えばいいんだろうな?」

 

食べれば食べた分だけ強くなる。そして、並み居る中でこの基地が鏡面海域撃破に貢献した。ならば、ならば、今ここに至るまでの金は概算でも国家が転覆しかねない。

 

「.......しなくては、ならないのだな。」

 

「別にアタシはどっちでも良いさ、そこまで気にならんし、だけどメシがねぇのはみっともねぇぜ?生きてる理由が分からなくなるぐらいに、その内木の皮でも食うようになるかもな。」

 

何せここはそういった風習がある国だ。と鼻で笑う。

だが、目の前の狛犬に拷問にも等しい行為を虐げる理由に、果たして、なるのだろうか。

 

これが命令だからか?

 

あんな子供の理想で、こんな部隊であるからか?

 

「アマゾン!」

 

夕立が声を上げる。

声だけ上げて、彼女の瞳を見る。

それは大丈夫だと言いたいのか、とてもとても真っ直ぐな視線だった。

 

その目はどれだけ背中を押してくれるのだろうか。

その目はどれだけ罪悪感を消してくれるのだろうか。

例え心で謝っても謝り足りない。

 

今手を緩めれば、この心を持てるほどの余裕も消えるのだろうか。『この』アマゾンに過去の記憶は余り無い。

 

だが、兵糧が尽きた軍勢とはかくも脆い。

統率は落ち、闘志は萎え、欺瞞に満ちた行為を、貧困のせいにする。

 

「すまない、すまない.......。」

 

少しだけ、まるで言い訳するように流す電流を強める。

その反動に夕立が強く感電するが、それも狛犬は歯を食いしばり耐え抜いた。

 

 

1日目はそうして事が終えた。

摩耶はてんでダメだった。

テクニックが足りない。愚直さが滲み出てしまっている。まるで歯が立たないと言わんばかりのその光景に軍曹は目眩がする。

 

出来れば自発的に習得してもらいたがった軍曹だったが、仕方がなくコツと言えるものを教えた。

 

「良いか、連携ってのは相手の動きそのものを『自分の動き』に入れちまうんだよ。」

 

簡単な話は動きの一端を見た上で即時それに相応しい動きをする。近接戦闘においても遠距離戦闘においてもこれは変わらないと伝える。

 

「相手がどう動くのかルセット……工程として書き込む。その上で相手をボコる。」

 

「言うが易いが……」

 

「砲身が動いた、距離のアドバンテージを活かそうとする、重心を据えた、全部分かりやすく二人に意識して伝えておいたんだぞ?」

 

相手は武器の性能を嵩にする相手だ。近接戦は有り得ない。

だからこそ砲撃戦闘においての重要な動きを読ませる為の過度な『タメ』を二人の動きに命じていた。

 

「摩耶は刀を振り回すのが好きか?」

 

軍曹の何となく聞いた言葉に思わず頷く。

 

「それは最後の最後に取っておけ。今、お前に覚えてもらうのは撃ち合いだ。やられたくない動きをし続けろ。そうしたらアタシ直々にお前の刀を万神を断つ真の一振に変えてやる。」

 

少し出遅れた形だが、初日は軍曹の想定の範囲内だった。

夕立の用意された食事への拒否反応を除けば。

 

「肉は!?」

 

出されたのは自分の指揮官である曹長が食しているグラノーラバーと水に混ぜたプロテイン。

 

「当分は筋肉ダルマと同じモン食わせてもらえ。それで我慢しろ。お前らの消化速度的には足りないかもしんねぇけど、飢えねぇと出来上がらねぇ筋肉もある。」

 

食事メニューの大幅変更。

夕立は今日は肉を、牛肉を、ロースを、焼肉にして齧りつこうとその一心だったが、心折れる発言であった。

 

摩耶も言われた通りの食事メニューで空腹を覚えるが、少しばかり食事に励む気が起きない。

 

弱い、脆い、鈍い、悪い、自分の無能さに打ちのめされそうになる。

 

「摩耶。」

 

出された海の幸で構成された食事を睨む姿を軍曹が声をかける。

わざわざ自分の前に来て、水筒の中身を一度呷る。

 

「いちいち悔やむな。アタシはやれるようになるまで1年かかったんだ。1日潰したかもしれないが骨身に染み込んだはずだ。だから食え。食わんと強くもなれんぞ。」

 

そう言いながらもう一杯飲み干した。

 

「そうじゃない……。」

 

摩耶は言われた言葉に反発するわけじゃなかった。

だが、それでも否定したかった。

 

「強弱が分かることがこれほど悔しいとは思えなかった。」

 

軍曹がその言葉にもう一杯飲み干しながらはてなを浮かべる。

ここは何度やり直した道なのか分からない。

だが、その1回をおざなりにしてこんなにも『差』が産まれるなど考えてもいない。

 

「あー。そういうお前らだけの弱さは割とどうでもいい。」

 

言葉に詰まる。弱者の言葉など歯牙にかけないというのか。

だが実態は違った。

 

「お前らは強いんだから、一々弱さに向き合うな。前だけ見てろ。実質それで充分なんだよ。アタシの言葉なんざそれを拡張したに過ぎねぇ。お前らは精々成長して、振り回して、暴れて、盛大に焚き木を燃やせ。風はどうにか運んでやるよ。」

 

強いと言うのか、言われたこともこなせでいた自分を、そこに固唾を飲んで答えたのが軍曹の目に止まった。

 

「言われたこと全部こなしてようがなかろうが今日という日は浪費するつもりだった。明日は一切無駄は与えない。」

 

そうしてその日を終える。

 

 

 

次の日、曇天の中行われた訓練に摩耶の顔が引き攣る。

 

「今日は砲撃ユニットが多いのを選出した。ヨークにクリーブランドにヘレナ。とりあえず30セット、最初は被弾率落とすぐらいで良いから、慣れてきたらどれか一人でも道連れに出来るようにしろ。」

 

昨日の二人ですら何も出来なかったのに、と言いたかったが、その日は違っていた。

 

――何だろう。

 

見えるのだ。三人がどう動くのか、軍曹に要点を上げられたからだろうか、それとも昨日の敗北が染み付いたのか。

 

撃たれる場所が分かる。

 

いや、撃とうする場所が分かる。

 

それは自身らが持つ斥力反響定位によるものではなく、一種の刷り込みと言える状態にあった。

 

言葉にされたことで相手の動きを読む癖が付き、何をどうすれば良いのかが少しずつ理解していく。

 

こんな言葉がある「一を聞いて十を知る。」それは戦場の機微を瞬時に理解せよという極意でもある。

 

こと戦場に置いて最も要されるのが情報。

だがそれは政治的観点や個人的諍いにおいても同じぐらいに必要とされる言葉だ。

 

今、摩耶は本能ではなく瞬時に思考して戦闘を続けている。

 

腕の振り、呼吸の間隔、弾丸装填速度、それら全部を回避に専念しようと脳は回転し、気がつけば――

 

(『揃った』)

 

何故そう形容したのか分からない。だが、そう思えるほどに今がそう思えて仕方がない。

砲撃モジュールを見ずに聞かずに右前方に突き出していた。

そこに誰がいるか分からない。だが、確かにそこにヨークが居た。

 

「ナイス。初回からやるじゃねぇか。」

 

軍曹の通信が届く。

摩耶の身体に傷は一つも無く、焦げも滲みもない。

 

「汗一つかいてないな。」

 

「不味いか?」

 

その言葉に軍曹が爆笑して否定する。

 

「良いか?お前ら艦船の根本はクソ燃費の悪いレベルで筋肉量を持った女だっつうのがある種の弱点であり利点だ。」

 

その言葉に巡洋艦船達が首を傾げる。

何を意味したいのかまるで分からない。というのが彼女達の意見だ。

 

「お前らが良く訳分からん人間じゃ有り得ない機動するだろ。あのレベルで関節可動域を広げると『オス』には出来ねぇんだよ。んでもって――」

 

つまり艦船の構造上を鑑みると女性であることを前提とした箇所が多々見られている。というのが軍曹の見解だ。

機動力、反射、瞬発性、軽量化、連続性――

そのどれしもが仮にオスだった場合損なわれる可能性がある。という持論だった。

 

「今の摩耶の状態は冷え切ってる。だがそれは正直良い事尽くしだ。最低限のエネルギーだけで脳味噌で処理出来るほどに最適化されている。」

 

そこまで言われて摩耶が、思わず聞いてしまった。

 

「ひょっとして、君もそうなのか?」

 

それは軍曹の身体にも同じ状態があるのか、という質問だったが、軍曹は少し寂しそうに答えた。

 

「この肌、凄い汚いだろ。」

 

そう、誰しもがお世辞にも綺麗だとは言えないほど軍曹の肌は荒れていてデキモノに溢れていた。

今は少し収まっているがそれでも4分の1は言い方が悪いが『汚染』されている。

 

「捕まった後にな、私の捕縛部隊が『追加報酬』をせがんだんだよ。責任者にな。それでな脳味噌と脊椎さえ無事なら後は――「すまん。」

 

そこまで言われて摩耶は全てに合点が行った。

何故、軍曹の部屋にマット以外何もないのか。

何故カーテンの一つも買わないのか。

何故こうも粗暴なのか。

 

確かに暴れたのは幼き日の彼女なのだろう。

だが、それを――あまつさえ大の大人が寄ってたかって。

 

全て獣に見えただろう。

 

全て憎むようになっただろう。

 

正義の味方をかこつけた軍隊がやっていたとは正気とは思えない。

 

「まぁお陰でな『眠れねーし』『飯は入らんし』『音に敏感』でな。この肌はその影響の『半分ぐらい』だな。」

 

それは簡単に言ってしまえることじゃない。

恐らく、正気でいられる気がしない。

眠らなければ正常な思考は出来ない。

食べなければ正常な判断は出来ない。

布擦れ一つに怯えれば何も出来はしない。

 

そして、半分と閉ざした中身は吐き気を催すほどの処置がされているという事だ。

 

「すまなかった。安易に訊ねる話では……」

 

「良いんだよ。摩耶が摩耶なりにアタシに近づいてきてくれたんだろ。」

 

小さく微笑み感謝の言葉を告げられて、摩耶がぽつりと呟く。

 

「次の演習勝たなくてはな。『ヤツ』らの鼻を明かしてやりたくもなる。」

 

そう言いながら白刃を少し晒して元に戻す。

摩耶なりの誓いなのだろう。

その言葉に軍曹は、ただ、感謝の言葉をかけるだけだった。

 

 

「さて……。」

 

地下はどうだろうか、通信を開き監督役であるアマゾンに声をかける。

 

夕立に課したのはひたすら大勢との戦闘。

 

内容にして横須賀駆逐艦船隊、占めて65名による袋叩き。

数の暴力を単純に味わう必要があるとして課せられた訓練だ。

連携が無くても針のむしろになった状態での戦闘での生存。これが出来なければ何もこなせはしないだろう。

 

「あ?すまん……もっぺん言ってくれや。」

 

「……訓練は失敗だ。」

 

アマゾンの神妙な言葉に頭を抱える。

怪我か。と確認する前にアマゾンが付け足す。

 

「『訓練が成立していない』。誰も夕立に追い付けなかった。それだけが確かな事だ。」

 

は?

 

ただ今の地下スペースでの有様を信じられる者は何人いるのだろう。

地下スペース中心の夕立を全員で囲んでいたはずだ。それなのに、その姿が何処にも無かったかのように入口に立っている。

 

「おぉう。みんな遅いな。」

 

全員が確認をした。

監督役であったアマゾンは思考を放棄しつつあったが、それでも何が起きたかを伝えていた。

 

そもそもの訓練が成立していない。

 

鼠の巣に虎を放ったようなものだ。

 

回避のみを優先していたから誰も無傷で済んでいるが、攻撃手段に出ていたなら誰かしらが治療スペース送りだろう。

 

「これでは訓練にならん。どうする?」

 

通信機能の先に繋がれている軍曹からは唸る様な呟きだけが漏れる。

 

「手順を随分飛ばすが、5分待ってろ。」

 

それだけ返って来て、ぶつんと切られた。

 

5分というのは今いる場所から『荷物を取って』地下スペースへの移動時間の逆算だろう。

 

「夕立!」

 

5分経過して軍曹がヴェスタルを担いで地下へと降りて来た。

何気に手がわきわきと動き、ヴェスタルの小振りの尻を撫で回していたが、どうでもいい話だろう。

 

「ヴェスタル、検査頼む。昨日の訓練でどっか脳味噌壊したかもしんねぇ。」

 

「ひどいな!夕立は頑丈だぞ!」

 

そんな夕立の言葉に目もくれずヴェスタルが触診し頬を少し持ち上げる。

 

「大脳皮質及び大脳新皮質、異常無し、大脳辺縁系、異常無し。」

 

他も確認するがまるで異常が無い。

つまり脳ではない。

 

「夕立ちゃん?少し持ち上げるわね?」

 

「おぉう。」

 

そう言って工作艦の彼女がその小さな身体を抱えようとするが、そこで空気が変わった。

まるで、そう、まるで見た目からは想像出来ないほど重いのだ。

 

「筋重量、90kgといったところかしら、骨重量12kg。他内臓重量占めて15kg」

 

その言葉にアマゾンを初めとした駆逐艦達がぎょっとする。

駆逐艦達の平均体重は37kg、特にこと重桜駆逐艦は痩せている方である。

 

「筋肉ダルマに海上でも動けるように背骨の調整してもらえ、それまで訓練お預けだ。」

 

「分かった。」

 

てってって、と軽快なステップで地上に戻っていくが残された側はそうは行かない。

 

「何をしたんですか軍曹ちゃん?」

 

ヴェスタルが笑みを貼り付けたまま怒りを露わにする。

何を言っても無駄なので、アマゾンがそのまま事のあらましを彼女に伝えた。

 

「感電による身体強化。」

 

「アタシも昔やってたからな。」

 

「いや、それ死にますからね?」

 

電気振動ならまだしも、とヴェスタルが愚痴を呟くが、もうその段階は手遅れである。

何が起きたかは分からないが、今現在の夕立に強化というよりもこれは。

 

「燃費マジに悪くなったな。」

 

摩耶とは正反対の状況が訪れている。

重量が増した事で推進斥力だけならまだしも、重心設定から動きを見直す必要があるだろう。

 

それだけの筋肉を持っているということはそれだけ食べるということ、ことさらに恐らく脂肪は変わっていないのならこれもまた同じく食い意地を加速させる。

 

「おい、良いのか!?」

 

アマゾンの言葉は夕立の処遇そのものだ。

何せ、一日前の言葉に反している。

アレではどれだけ食べるか分からない。

 

「『成っちまった』んだから深くは言えねぇよ。責任は私だし、給料その分天引きしてもらう様に少佐に後で頼むさ。」

 

「一応、言っておきますけど反射速度や装弾速度は増してませんよ。」

 

ヴェスタルの注釈では、あくまで増したのは筋肉量で耐久性やスピードは増したかもしれないが、神経系や排熱は至って変わりがない。

 

二人の成長は著しい。

ならば、今は調整し、次の段階を考えなければならない。

 

次の三日は二人で動いてもらうだけだった。

 

あまりにも速い夕立とパワー重視の摩耶では噛み合わないだろうがそれでも合わせてもらう。

 

不幸中の幸いか夕立の稼働にはあまり問題がなかった。

 

これというものの浮力量の底上げや、推進、機動力に何ら違和感は無いということだ。

変わったのは筋肉の密度が変わったことによる代謝の底上げ。

 

単純に今なら戦艦クラスの砲撃を片手で止められるかもしれない。

 

これを他の艦船にも執り行うべきだと軍曹は老人に囁いたが、拒否。

 

理由は単純。

いつ終わるかも分からない戦争の最中でこれ以上の食い扶持を広げる事は現実的ではない。

 

と断言した。

 

しぶしぶその言い分に納得し、調整の済んだ夕立を連れて行く。

 

結果は概ね良し。

 

明日は渡航である。

 

 

 

その日の朝、重桜横須賀基地の面々が埠頭に出るとそれは立派な艦艇が接近していた。

艦船達が迎え入れ停泊したところで外部スピーカーがけたたましく鳴り響く。

 

「横須賀基地、指定の艦船、そして指揮官とその秘書艦のみ乗られたし!」

 

四人と重桜航空母艦赤城、鉄血駆逐艦Z23、ロイヤル巡洋戦艦レナウン、重桜重巡艦愛宕。

 

そのメンバーの一人を見て少年が老人に小声で確認する。

 

「曹長って二ーミを秘書艦にしてたんですね。」

 

「いや、アレは単純に仕事をするから任命したに過ぎんよ。」

 

十年の付き合いだから間違いない。と付け足して納得する。

その言葉に少年が乾いた笑みを浮かべると後ろから赤城に抱き着かれた。

 

「あぁ〜病床に伏せていたらハネムーンを逃すところだったのですね。」

 

「ハネムーンじゃなくて出張!もう病み上がりだからって甘えないの!」

 

「良いではないですか〜。少佐は少しの時間しか見舞いに来てくれないのですし。」

 

少年はそのまま赤城に抱き着かれて、乗船する。

 

指定の艦船と口にしていたが、その艦船がロイヤルJ級駆逐艦ジャベリンであることに一部の疑問が生まれたが、これに口を出せば喧しく返されるだけだろう。

 

客船の中の設備はほぼ利用しても良いと言われたが、恐らく後で何か言ってくる事だけは察することが出来る。

 

用意された各指揮官と秘書艦が利用するように宛てがわれた四室と三人一部屋に各々が入る。

 

 

 

荷物を置き、ゆっくりとソファに寛ぐ軍曹。

持たされた弁当のひとつを開けて海を見ながら食事する老人。

動きやすい服装になりその場でトレーニングを始める曹長。

そして、

 

「ベッドは赤城が使って良いよ。僕はソファで寝れるし。」

 

その言葉と共に仮眠を取ろうとする少年がいた。

ショックのあまりベッドの前の赤城がわざとらしく、くすんくすんとすすり泣く。

 

「赤城はまだ病み上がりなんだから当たり前でしょ。」

 

本当は置いて行きたかった。それが少年の本音だ。だが、毎日のように同行の許可を求められるメッセージが届き、それに根負けし道々することになった。

 

「僕が隣にいたらずっと起きてるでしょ。寝るのも仕事のうちです。」

 

「……お歌。」

 

そこに少年がぴくりと動いた。

 

「少佐がお歌を歌ってくれるのなら赤城はゆっくりと眠れます。暖かくて優しい歌声が赤城を落ち着かせてくれます。」

 

何時だったろうか、精神的に疲弊しきった彼女に歌を歌ったのは。

その時は一日歌い続け、次の日には顔に生気が戻っていた。

 

「本当にすぐに寝る?」

 

「えぇ、勿論。少佐が隣で歌ってくださればこそ。」

 

その言葉に少し溜め息が漏れる。

それは自分が甘やかし過ぎてはいないか?という疑問だったが、ここまで酷使した恩賞が無いのは上に立つ者として酷い話はない。

 

ベッドの毛布にもぞもぞと入り、それを半分持上げる。

 

「おいで、お歌を歌ってあげる。」

 

そう言いながら顔は真っ赤になっていたが、赤城はぱぁっと顔を綻ばせていそいそと中に入っていった。

 

子守唄は優しく、暖かく、慈しむ様に歌われた。

 

それは本当に赤ん坊に聞かせるかのように穏やかなメロディでゆっくりと紡がれていく。

 

そうしていると、赤城が少年の手をひったくる。

 

何かイタズラをしたくなったのだろうか、仕方がない。見た目は大人に見えるが、艦船は愛に飢えている。

 

大切な人からの愛、姉妹達の愛、自分自信を認める愛。

 

だからこそだろうか、その手に書かれた言葉に少年は抑揚にズレが生じたのは。

 

『アズールレーンは共食いを良しとしていますよね?』

 

艦船は食べた分だけ強くなる。

食べた物でもそれは変わる。

練丹という術がある。

そこに書かれているのは水銀や木の皮などとても人は食べれないと思えるものを食し不老不死となることである。

だが、そうして喰らった物を力に出来ずにいたのが人間である。

 

ならば

 

ならば艦船は?

 

その高い消化能力と桁違いのホルモンを筆頭に可能性を秘めたこの生き物は?

 

どれだけの『質』を有しているのだ?

 

その手にまた刻まれる。

 

『立場的放置、その言葉の意味をこの数日考えておりました。そして少佐が何故そこまで苦労をなさるのか、そこから答えが出ました。』

 

いつぞやの鏡面海域でのスカパー・フローの艦隊の駆逐艦が発した言葉が引っかかっていた。

 

歌声が途切れそうになる。だがそれでも歌を止めない。

 

代わりに赤城の手を引っ張ってその文章を刻んだ。

 

『訓練期間中からその噂はあったんだ。確信したのは後方に回された同期から教わったんだ。噂は本当だったって。』

 

約束したろ。

 

金の無心でそう言われた時、少年は忘れてた。と答えた。

だが、そんな約束はしていない。していたらまず最初に彼に通話をかけて頼み込んでいた。

 

それを聞いた時から本当に少年は頭の中が狂いそうだった。

 

――どうしよう。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

だが幸いにも自分に料理人が付く。

上層部に文句を言われるだろう。贅沢をすることは戦争において文句しかない。

いや平時においても贅沢をするだけで人は喧しくなる。

 

どんな事があっても、どんな目に遭っても、蜘蛛糸みたいなか細い糸だけど離しちゃダメだ。

 

その場で少年は胃の中を吐き出したかった。

 

だからこそ、黒人の青年に銃を突き付けることも何の躊躇いもなかった。

 

首を横に振られたら、足か手を撃ち抜いていた。

 

了承してもらえて本当に助かった。

 

人殺しぐらいには簡単に成れる。何せ今から無数の死骸を積み上げるのが少年の仕事だったのだから。

 

そこにたまたま一人人間が入るだけ。

 

それだけなら怖くなかった。

 

『皆に伝えないのですか、自分達がどれだけ幸せなのかを、横須賀が必死で貴方が編んだ楽園であることを。』

 

赤城からの言葉に首をゆっくりと振って否定する。

 

箱庭が箱庭である事を理解したのなら、それはそこに生きる物への侮辱と受け取るだろう。

 

少年を糾弾する者も出るだろう。

 

組織に属し、その事実を隠し、甘い顔をしていた生き物を責める声はきっとある。

 

『赤城、僕は臆病なんだ。今、君に知られた事も怖くて怖くてしょうがない。皆から蔑まれるのならそれで良い。でも皆が誰かを恨み始めたら僕は耐えられない。そんな姿を見たくないんだ。』

 

泣き出しそうな顔で文字が刻まれる。

息も続かない。叫びたい。殺してくれと。生きてる資格が無いんだと。

それでも指揮官である事から逃げられない。

 

「お歌はもう良いです。今は共に眠りましょう。」

 

涙が止まらなくなった少年の顔を抱き込んで赤城は眠りに着く。

波に揺られ、少年の心のように震えたそれは決して収まることを知らなかった。

 

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