アズールレーン軍事記録にはこう記述されている。
『指揮官』の捜索に一年が経過。
人種、年齢、性別、嗜好、容姿、権力問わず探し出し、僅か32名が実用的運用が可能とされていた。
その数ヶ月、探し洩らしがないかの再検査を実施。
一人の少女に止まる。
一年前、少女は普通の人間だった。
はずだった。
後天的に適正を身に付けている。偏りはあるもののそれは十分過ぎる指数が現れていた。
セイレーン対処戦術特別顧問、レオン・ジー少将(以下、レオン少将と記述)直々の部隊による捕縛作戦が実行。
部隊はこれに成功する。
成功した部隊の数名が対象に殺傷された。
これによりサラブレッド隊を冠するリーダーをはじめレオン少将に『報酬』を要求。
『報酬』は四日に渡り実行され、四日目にオリジナル艦船のリーダー、東煌艦船寧海型寧海により中断。少女の身柄の明け渡しを要求された。
これにより飛び火した部隊、引いては人間が居た。
思考フィードバックシステム搭載型対セイレーン用人造兵器――パッケージ
このパッケージが実戦に投入されるのは本来ならば10年かそれ以上は先だとされていた。
レオン少将の考案した『増設』した指揮官によるセイレーン戦闘を急ぐべきだと判断され、その為の下準備として『指揮官技能のある人間』を『分解』し、その量産隊で戦う事が最も効率的だと言われていたが、艦船側からの提案により、セイレーンを『分解』する旨を伝えられる。
その為にパッケージの完成と搭乗員の収集が急がれた。
オリジナルの艦船達によるセイレーンの遺伝子回収をするべき声もあがったが、上層部は現存するオリジナル達を用いる事を良しとしなかった。
搭乗員達の訓練期間と並行して、艦船のオペレーションシステムの構築、実用も兼ねてパッケージ動作システムの経験値を丸ごと回収されていた。
照準、機動、推進、思考、装甲、電子、幾つもの装備、性能を奪い尽くし艦船へ宛てがわれていた。
これにより追従性、反応は大いに上昇し、指揮官が動かすに至ってこの時点で数倍の上昇が確認された。
パッケージ部隊のセイレーン回収するメンバーは20名。
部隊は訓練とはいえ好調と思しき成果を上げていた。
20名の内19名は正式な軍人である。
たった一人だけ、この時点では民間人として扱われていたのが少年が一人。
対セイレーン戦として寧海が戦闘テストを受け持った。
開始して未だ一年にも満たないとはいえ10名が寧海に撃沈され、残り10名が寧海を討ち取るという結果だけ見れば問題のない成果。
だが、このテストの後、パッケージプロジェクト責任者と寧海の間で口論、否、衝突と記載すべきアクシデントが発生。
ノーフォーク軍港の一割がその被害として『抉り取られた』
三年後の対セイレーン戦闘が危ぶまれたが、責任者と寧海に接近禁止命令を出し問題なく部隊は運用された。
訓練に訓練を重ねた対セイレーン部隊はたった一人だけを残して数多のセイレーンの遺伝子を回収。
これにより増設計画は開始された。
そう記載されている。
だが、
「てめぇ!何を言っている!」
右腕の開放骨折の痛みに耐え抜いて寧海に助けられた少女エル・ヴァーノン軍曹が叫ぶ。
それが事実のはずだ。それが全てのはずだ。
目の前にいる筋肉の塊のような男に疑問をぶつけざるをえない。
男は唾でも吐きかけるような目線と態度を続けている。
折られた腕を痛ましいとも思わないような、まるでお前はそのまま死ね。と言うような目が軍曹から脂汗を吹き出させる。
「お前が助けられた事で一つの家族が滅茶苦茶にされた。」
その言葉で噛み潰す思いを吐く。
「俺の父はお前が助けられた腹いせに問答無用で撃ち殺された。俺の引き抜きをスムーズにするという名目。ただそれだけの為に……!」
今も忘れない。家の前に2台の車が停まった。
一つはリムジン、一つは軍用車両。
その日、その家の家族は久しぶりに息子が野球する所を応援しようと車を用意していたところだった。
リムジンから降りてきた俳優にも見えるような男はまるで挨拶をするように懐から銃を抜き、
「さようなら。」
レオン・ジーという男は父親をハンドガンで装填されていた全弾丸で撃ち殺した。
最初の一発は眉間だった。
もうその時点で死んでいるはずだった。
それでも腕が千切れるまで撃たれ、足が噴水を止めるまで撃たれ、最後に胴に全てを撃ち込み、男はそこまでしてようやく会話をしだした。
少年はそこまでされてようやく男に牙を向けた。
だが、その太腿が直属の部隊に狙撃され、その痛みで悶えち周り、その顔面は涙に溢れ、殺されるという恐怖の元に糞尿が垂れ流されていた。
その様を笑われていた事を忘れていない。
父を撃ち殺した男も、少年の太腿を撃ち抜いた男も、その仲間も。
「何を、何をしたって言うの?」
母の疑問は最もだった。
その家は慎ましい生活を送っていた。
父はサラリーマン生活を、母は昼にはカフェのウェイトレスを、少年は野球を、政治とは無関係の生活を送っていた。
反戦運動も食糧難抗争のストライキもテレビジョンの向こうで懸命に行う人達を見届けて、そんな事をするくらいなら少しマシな生活を送れるように努力をしようという家庭だった。
「少しばかり計画を狂わされましてね。それにこれぐらい脅さないと貴方達みたいな小市民は靡いてくれないでしょう?」
「ふざけん、な。てめぇ、てめぇ!」
少年は大腿骨を撃ち抜かれている。切れた動脈から止めどなく血が溢れている。
「ふざけて戦争なんて出来ないでしょう?君は馬鹿なんですか?使えるものを使えるようにする。『常套手段』ですよ?ったく、これだから子供は……」
すぅ、っと空気を吸い込んだと思うとレオンは息を吐くように狂い叫んだ。
「僕の邪魔をしやがって!ゴミクソ共が!何が人道的だよ!僕が正しいんだからメスガキの1人や2人どうしようが良いだろうがよ!?何が汚点だ!何が立場が危ぶまれるだァ!アアッ!?」
そう叫びながら転がった少年の腹に蹴りが叩き込まれる。
その蹴りの威力を殺し切れず、胃の中身を吐き出し、窒息するほどの逆流で少年の意識が遠のいた。
そこからは簡単だった。少年は母親を殺されたくなかったらアズールレーンの協力を強制された。
訓練を強制され、戦闘を強制され、そして――
死にたくなる様な命令を強制された。
それはある艦船のからのアドバイスを基にしたものであった。
――20人のうちの半数が不確定ながら撃沈される恐れがあるのなら
内容の全てを聞く前に吐き気が止まらなかった。
何故か分かってしまった。
――たった一人の指揮官を確実に生き残る術を見つけた方がより効率的だ。
なら、今からでも自分を外してくれと頼み込んだ。
だがそうはいかない。
パッケージは欠陥機だ。動かす為には同位次元帯の半径4キロ以内に指揮官技能を持つ個体シグナルを感知しない限り『海域』での正常動作はままならない。
地球で使えているのは人工的に用意したシグナルを受信してのもの。
少年に逃げ場はなかった。
結果は悲惨なものだった。
少年は19人の人間を見殺しにした。見殺しにして、耐えられない程苦しみ、のたうち回りながら目に映るセイレーンを全て殺し尽くし、人間に情報を一部操作されて非難された。だが、それでも誰かを殺そうとは思わなかった。
思わかなった。
その成果を見せられて、少年の心は本当に砕け散った。
もう何も感じないと思っていた。言葉も聞こえない、風景が分からない。
父を撃ち殺した男が笑いかける。
母を人質に取られている。何をしても無駄なんだと。
じゃあ何もしなければいい。
言葉も姿も捉えなければそれでいい。
もう何の役目もない。責任はない。
そう思っていた。
映し出された『それ』を見て少年は一瞬でもう何も入っていないはずの胃から全てを吐き出さんと衝撃が溢れかえっていた。
小さな小さな生命が見える。
学校で習った。
テレビでも映し出されたこともある。
それが何なのか分かる。
進化したテクノロジーが少年にトドメを刺す。
少年は100の、これから消費される生命を作る手助けをしたことを伝えられた。
「――――――――!」
声が意志を伝えるというのなら、それはもう声と呼べない。
何を叫べば良いのかも分からないほど壊れた音が響き続けた。
響いて響いてボロボロになっていく。
どうしたら良いのか分からない。
これから先の事もまるで分からない。
自分を殺せば止まるわけじゃない。
誰かを殺せば止まるわけじゃない。
ある艦船に話を持ちかけられた。
――もし、やり場のない怒りを覚えているのなら、もし、少しでも浪費される生命に恐怖を覚えているのなら、力を貸してくれ。
それは見殺しを提案した存在の意見とは思えなかった。
だからこそ胸倉を掴み、怒りを叫んだ。
誰のせいだ。誰のせいでこんなに苦しんでると思ってるんだ。何で俺がこんな目に会わなくちゃならない。俺が何をした。
――そうだ、確かに我々が、私が下した命令だ。だからこそ、もう君にしか出来ない。
100の生命の内、たったひとつだけ例外があった。
ある女の遺伝子が組み込まれている。
その女はもう亡くなっており、埋葬された墓を暴かれ、使えるユニットだと判断され、100の生命の内の1つとして形を成している。
艦船にとって、その女は既知の人物だった。
おっかない老婆で、人を殺すのを何とも思わないような女だった。
だが、その老婆がもう数少ない艦種への適正を高く持っていた事をどうにか隠していた。
せめて、せめてもう安らかに寝かせてやって欲しいと、それだけが頼みだった。
それでも上層部は、使えるモノは全て使う。
そう言い切って、遺伝子情報を回収して、生命が完成されてしまった。
見ず知らずの人を助けろとそう言うのか、お前は、父を撃ち殺した正義を守れとそう言うのか。
――君の、君の帰る場所はもうない。
分かってる事だった。母親がどんな人間か、きっと色々な所に言いに行ったんだろう。
それとも反戦運動でもしたんだろうか。
切っ掛けはどうあれ、間違った事をしているのなら、正義の味方は殺しに来る。
表向きは病死だろう、父は真昼間に殺されて『何もなかった』事にされたのだ。それぐらい造作もない。
せめて、せめてこの人生が、少しは意味があるのだと、そう言わしめるために、少しだけ生きようと思った。
死にたくないが大半だったが、その言い訳は充分に機能した。
げっそりとした身体は元に戻り、口数は減ったが意志を伝える事は止めなかった。
そんな矢先である。
守ろうとした生命が自分から壊れてしまった事を告げられた。
脆いな、驚く程に脆い。そう思っていた。そう信じていた。
その音声を聞いて、青年は自分の頬を叩き付けたくなった。
――僕達が、僕が産まれてきて、苦しんだ人が居るはずだ!何で!何でそれなのに作ったの!?どうして!
それは、その言葉は、青年に向けられたものでは無い。
だが、何故だろうか、どうしてこんな、こんなにも涙が止まらないのだろう。
どうして、自分を通して他人への絶望を共感してくれるのだろうか。
青年は自分の事で手一杯だった。
その生命を守ろうとするのも体裁を整えたい為だった。その生命が壊れても知らん振りをするつもりだった。
「ありがとう……」
何故か、何故かその言葉出てきた。
辛くて辛くて、悲しくて、虚しくて、喚いて、苦しんで、心のどこかが壊れた気がするのに、優しさが溢れていく。
今度こそ、今度こそ、何を犠牲にしても、何を使ってでも、守ろうと心に決めた。
「だから、エル・ヴァーノン、お前は要らないんだ。彼を殴りつけ、蹴飛ばし、励まされても、己の物差しで彼への悪評を振りまくお前は、死ぬべきなんだ。」
曹長は、青年は知っている。
一部の艦船達が少年への噂を止めない事を、軍曹が裏では何を言っているのかを、それを聞いて、ただひたすらに、ただずっとこの感情だけが渦巻いていた。
『殺したい、殺してやりたい』
お前達が自由なのは誰のお陰だ。
お前達が贅沢に頬張る食い物は誰のお陰だ。
お前達が安全に戦えるよう配慮しているのは誰のお陰だ。
お前達が、お前達は、なんて恩知らずなんだ。
「横須賀の査定?そんなものどうした。お前ら恩知らずの雌犬どもは互いの肉でも食い合うのが筋だろう。」
開放骨折の激痛に浴びせかける非難罵倒。
その目はまるで死人の闇を映すかのように。
まるで昏い昏い闇の海のように殺意が溢れていた。
「彼はな、遊び半分の『再生耐久テスト』で何度も目を灼かれたぞ。普通の人間ならとっくに死んでるほど灼かれ、四肢をもぎ取られ、串刺しにされ、それでも痛みに叫ぶことすら出来ない身体にされているんだよ。なぁ、たかだか一年程度で世界を憎むような貴様とはな、ワケが違うんだよ……!」
止められなかった。止めたかった。
事ある毎に彼は甚振られた。
ある艦船の関係者の遺伝子でもある事が暴力を振るわれる切っ掛けになり続けた。
自分達で作り上げて、自分達で憂さを晴らす。それが自由を掲げる正義の味方だった。
それをわざわざ見せられる事もまた耐えられなかった。
だが、彼が人質である事を理解しての行動だと言うことにもすぐに理解出来た。
「あぁ、そうかよ、単にてめぇがホモのクソッタレって話だろうが。箔を付けるんじゃねぇよタコスケ。」
ゆっくりとその胸倉を掴まれる。そして、その死んだ目で殴り殺そうと言うところまで見えた時だった。
「曹長……?」
少年が青ざめた顔で見ていた。この世の出来事とは思えない地獄の一端に吐き気を覚えるように震えていた。
「大丈夫だ。少佐。これでもう『問題は無い』」
穏やかな声だった。いつかそれは自分に立場を与えてくれた声と同じだった。同じなのに、有り様は冷えきっていた。
「曹長、ダメです。」
「何がダメなんだ?この女は君への暴言を吐いた。それで充分だろう?」
「分からないんですか?」
「あぁ、艦船共も脳味噌を弄ってやろう、やはり道具に思考を持たせたらロクな結果にならない。金に困る事もないだろう。事務処理が楽になる。」
「自分が、何を言っているのか、『それすら』分からなくなってしまったんですか?」
「何がだ?」
「気に入らないから殴って、自分達の秩序を押し付けて、そんなの、そんなの、正義の味方ですよ?」
「違う。」
そうだ。
「違うよ。」
父は憂さ晴らしで死んだ。
「何を言ってるんだ君は。」
何を言っているのか分からない理由で
「俺は、俺は、せめて君だけは、君は」
俺だけを、俺を、俺の為に、俺のせいで死んだ
「何で、何で、否定するんだ。俺は、俺は……」
何で、何で、俺を生かそうとする。
「曹長、軍曹は、軍曹なりに前を向きたかったんですよ。」
何だ。その言い分は。その為なら殴って、蹴って、馬鹿にしていいのか。
「僕は慣れていますから。それに軍曹がそうしてくれるのは僕を上だって思ってくれている証拠ですよ。」
上?嘘だ。
「人は何だって誰だって怖いんです。怖くて仕方がないから、せめて馬鹿にするんです。自分を守る方法を知らないから、だからそうしてしまうんです。軍曹なりに認めてしまう事も怖いから、だから言ってしまうんです。曹長、僕の為に怒ってくれてありがとうございます。でも大丈夫。」
か細く、もう擦り切れてしまいそうな声音を上げてゆっくりと、ゆっくりと近づいて笑顔を浮かべて涙を溢す。
「僕は上に立っているんですから、馬鹿にされることも苦労することも、こうやって、過ぎたケンカを諌める事も、僕の仕事なんです。だからもうやめましょう?」
「いやだ。」
「曹長。」
「だって、だって、それじゃ俺の家族は、俺は、何の為に、何にもならない死に方を、こんな、こんな女の為に、何で。」
守る物に否定されるのか、守ろうとした物を全て、そんな、そんなの、あまりにも――
「辛い事は承知してます。でも、僕を守るというのなら、自分も守ってください。」
「まも、る?」
「そんなに心をボロボロにして、前だって向けないほど苦しんでたんです。周りばかり気にかけて、皆が前を向いている事も辛かったんですよね?」
「ふ、ふぅぅぅぅ。」
そう、恐怖していたのは曹長もまた同じなのだ。
少佐に死なれる事も、少佐が前を向かせていたことも、少佐と向き合うことも。
本当に怖かったのだ。怖くて怖くて仕方がなくて、変わらない世界が欲しかったのだ。
何も変わらず、戦争を続け、終わった後の苦しみに苛まれることが誰よりも怖いのだ。
「本当に僕が辛かったら呼びます。だから、それまでは話してあげてください。」
そう言いながら後ろの気配に気づき半身をずらす。
その後ろにはZ23とジャベリンとまだ傷の処置を仕立てばかりの夕立が立っていた。
「分かってくれますよ。心の傷がどれだけ辛いのか。他ならない彼女達が知ってるんですから、だから、話してあげてください。自分がどうしたいのかも含めて。」
そう言って少年は手招きする。
駆逐艦達が駆け寄って、その筋肉の塊に飛び付いた。
「曹長!話してください!」
「ジャベリンも!」
「じゃなきゃ夕立、この傷許さないからな!」
あれほど憎んでいた生命に心配される。
自分を苦しめた生命が中で膨れ上がった膿が痛む事を理解する。
悲しみとして吐き出して良いのだろうか、自分の枷を共に嵌めてくれるのだろうか。
「軍曹!」
「あー悪いけど『これ』の処置……」
「今しとるよ。」
老人に言われて折れた腕を見るとある程度の処置が施されている。
「アルがまだ手心加えてるから良かったものを、全力なら血と煙に分解されていたぞ。」
大きな大きな筋肉の要塞が艦船を抱き締めている。
本当に本当に憎んでいたのだろう。助けてくれない事実が、助けられなかった現実が、今でも憎くて許せなくて、正義を殺したくて仕方がないのだ。
追い詰められて、追い詰めて、もう限り無い善悪の違いも分からないほど追い詰められた男はようやく前を向けた。
そうして、忘れた悲しみと向き合い、失う苦しみへの憔悴は今枯れ果てた。