戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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胸糞


八話前編

サンディエゴ基地

 

自室にて思い耽る。

 

彼を愛おしいと思ったのは心を見せた時だった。

その言葉は本当は私を奮い立たせ、私に色々な立場を渡すつもりだったのだろう。

 

それならばスムーズに事が進む。

 

私の言い分ならば皆は聞いてくれる。

 

私に否を唱えさせて妥協案を引きずり出せば納得が行く。

 

私が愛した少年は雁字搦めの操り人形だった。

 

私達が怪しい行動をしないかを常に目を張り、聞き耳を立て、言葉巧みに私達を操る。

 

統括指揮官というお飾りながらその機能を全うしようとしたか細い少年だった。

 

脆い、弱い、簡単に折れてしまえそうなそんな生命。

 

そんな生命が、生命を賭けてくれる。

 

彼が何をしているのか私は遠巻きながら知っている。

 

撃沈機体の検分というのは聞こえが良いが、実態は艦船の解体作業と検死データから得られる情報による現行機体のフィードバックを名目にした共食いの下拵えだ。

 

切り落とし、鍋で煮つめ、肉を剥がし、骨の破損を計算し終える。

 

僅か5歳の子供が、まるでブロイラーの鶏を解体するように手際良くパーツを分ける。

 

これらが所属する基地の資金源。

 

人が生命を浪費する証。

 

この少年はその作業を良しとしない。

 

その資金で暖かい食事が、どれだけ遠い物なのか彼を通して理解出来る。

人の手で造られた食事を食べて、美味しいという言葉を思い出す。

 

そうして、私達は戦争を続けるだけの目標を得て、ぬくぬくと狂った生活をする。

 

だが、『それ』だけでも少年は謝りたいらしい。

 

戦争はあってはならないと。戦争をしてはいけないと。戦争に流されてはいけないと。

 

『それ』がどれだけ強欲で傲慢なのか、少年は分かっているのだろう。

分かっていても、それでもそうあってくれと頼んでいるのだ。

だけれど、だけれども、戦争が無ければ私はこの少年と出会えなかった。戦争をさせられたから少年がどこまでも優しく私を引き止めてくれた。戦争に絶望していたからこそ少年の声が何よりも誰よりも響いたのだ。

 

私は戦争に感謝したい。

 

優しくて、健気で、残酷で、狡猾で、儚い彼を産んでくれてありがとうと。思ってしまう。

 

でもこの心はあってはならない。

 

あの少年がどれだけ暴力を振るって誰も文句を言われない戦争を許しては行けない。

 

でもこの心を信じたい。

 

信じて、信じ抜いていたい。

 

「赤城?」

 

ずっと見続けていたのだから、その視線に気づかれた。

少年、少佐が私を心配するように指を振って意識の有無を確認する。

時刻は夜。部屋の椅子であまりにも考え込んでいた。

 

「申し訳ありません、気を弛めてしまいました。」

 

ただそれに謝るべきだと思うと少年はゆっくり笑って否定する。

 

「良いんだよ。働き詰めだったんだし、今ぐらい何かしたい事とかないの?」

 

したい事?

 

……ある。

 

「少佐。」

 

止めたい。止めなくてはいけない。

でも、それでも、私はもう止めたくない。

 

「赤城に指輪をください。」

 

指輪。艦船と人を結ぶ親愛の象徴にしてそのポテンシャルを全て引きずり出す結線(決戦)兵器。

力の維持にまで結ばせる唯一無二の存在。

そして、自身が誰のものであるかの証明。

 

この少年の所有物になりたいわけじゃない。

この子が唯一気を許せる存在になりたい。

そんな事は許されないのかもしれない。

そんな時間はないのかもしれない。

 

「……赤城。」

 

目が真っ直ぐになる。私達を見る時の目。

きっとその思考で幾つもの天秤に私をかけて、益か否かを分けるその目。

 

その目なら否定されても、構わない。

壊れるような心はない。

愛しています。例えどんな事を言われても。

 

 

「……て。」

 

え?

 

そんな言葉はありえない。

 

どうして、今この瞬間で――

 

「逃げて!赤城!!」

 

響く雷光の飛沫音、少佐が、彼が、倒れる。

 

「な、に?」

 

抱き寄せて私の足りない演算能力で診断にかける。

心拍、呼吸が止まりかけている。

ありえない。何を、何をされた。

 

「速く、逃げて……!」

 

それでもまだ声は出せるのか、消え入りそうな声で私の身を案じている。

 

それと同時に端末から通信受信のアラートが響く。

このタイミングは……

 

「ダメ、赤城、出ちゃ、ダメだ。『奪われる』」

 

奪われる?

何を?私は、あなたをこんな風にしている奴がいるのならそいつを引き裂いてやる。

 

泣いている彼を他所に私は勝手に決意をして、私は知ったつもりの世界の醜さを改めることになる。

 

『即時出んのがお前ら備品の役目だろうが!』

 

「誰だ貴様は、この子に何をした?」

 

溢れかえる殺意を抑えて、その存在を認識しようとする。

声からして不快だ。

 

『あー?おい、何を対等に構えてるんだよ?捕虜の奴隷が一丁前に!』

 

奴隷だと?何様だこいつは。

 

『良いか!?僕はなぁ!そこのガキの創造主!お前らが縋るゴミ共のいわば、神なんだよォ!』

 

お次は神と来たか。

なるほど、これは少々、殺し尽くしてやりたくもなる。

 

「そう、神。で、その神が私の指揮官に何をした!」

 

『あー?あぁ、そいつらの首に付けたチップの使い道でな、心を圧し折る機能として脳味噌を壊死させかけてるんだよ。普通の人間ならとっくにお陀仏な痛みさ。そこまでしても死なないってんだから、本当に気持ちの悪い生き物だ。』

 

誰が産んだというのだ。こいつは作って、弄んで、勝手に評するのか。

少佐は食べたいものだって沢山あったろうに、殴られても泣けずに私を諌めようとするというのに、何だこれは。

こんなやつが上にいるのか?

アズールレーンの馬鹿どもは何をしている。

 

『あ、本題。君さ、そいつ殺しちゃってくんない?』

 

――あ?

 

「おい?」

 

『もうさ、そいつピーク過ぎてんだよね。演算能力も低下してるし、システムエラーつうか腰のリュウコツ増えて何か起きる前の重大な処置。大丈夫、僕らアズールレーンはエコロジストだから、その死体でもう少しマシなの作るし、そいつの今までの経験は首のチップで回収出来るし、アップグレード万々歳!』

 

「おい。」

 

『生産時期を僕らも早めろ言われて、欠陥品作ってて困ってたけどさ、ま、これだけ次に使えるデータが揃ってるんだから、だぁれも文句はないでしょう?』

 

「ふざけるなぁ!!」

 

『ふざけて戦争が出来るわけねぇだろがよォ!?』

 

これが、これが人間?

守ってきた生命の正体?

 

『良いか!?僕が正しいって証明になるんなら、そこのゴミ虫も死ねて本望なんだよ!そいつらはお前ら化け物を有効活用する為に産まれた装備品、オプションパーツが壊れたらパーツを取り替えるのが筋なんだよ!』

 

こんな、こんな奴を今まで守らされていたのか?

こんな奴に命令されていたのか?

こんな、こんなゴミクズに。

彼が毎日、仕事に明け暮れ、戦闘に参加し、誰一人欠けさせないよう戦い、生命のやり取りをし、あんな、あんな、ゴミのような食い物を取り込んで、それをそれを。

 

 

――人間め。

 

 

「ぼ、ぼくが死んだら横須賀は成り立たない。」

 

少年が頭を抑えながら言葉を紡ぐ。立ち上がろうとし、私の身体を支えにしながら反論する。

 

「僕が死ねば曹長も軍曹も中佐殿だって付いてこないぞ。艦船だって、僕が散々美味い汁を飲ませてきたんだ。」

 

それは、その言葉だけは聞きたくなかった。

彼が、自分の狡賢さを口にするのを聞きたくはなかった。

 

「今の赤城を聞いてましたよね?赤城はもう僕にメロメロなんだ、僕以外の命令なんて聞くわけがない。」

 

そんな言葉を言われたくはなかった。

 

「加賀のコントロールはどうします?赤城が靡いてくれてるから彼女も動かせるんですよ。それとも個体値の落ちた劣化品を拿捕しますか?」

 

『ほう?自分は死にたくないから才能を証明と?良いねー悪くないよ。』

 

聞きたくない。私達をモノとしてしか見ない言葉など聞きたくもない。

 

「だから、まだ、この子達への――」

 

「喋るな!」

 

触れていた手を払い除ける。

困惑した顔を浮かべた少年が私を見ていることすら煩わしい。

 

「良いわよ!このガキが本当に使えなくなるまで戦ってやるわ!だから!私達にこれ以上関わるな!お前ら人間など!もうどうでもいい!」

 

『あっはっはっは!良いねー!やっぱりこれを見ないと気が済まない!追い込まれた奴らの惨めったらしい傷付け合い!ついさっきまで指輪がどうのとほざいてた口の割によくもまぁ啀み合う!』

 

その言葉で、私はようやく気づいた。

少年が奪われると口にしたことを。

 

 

ああ

 

私は、何故、挑もうとして、それが無ければ

 

少佐は止めてくれたのに

 

奪うのは少年との育んだ全てだ。

 

『良いだろう特別措置だ。引き継ぎ用の時間をくれてやる。』

 

そうして、私は、彼と触れ合った時間の全てを否定して、それを嘲られ、生命を繋いで終わった。

 

終わらせたのは、私だ。

 

通信が切られ、少年を見るとただ何も言わずに頭を下げていた。

この子は、私に指輪を渡せと言われた瞬間に幾つもの出来事と天秤にかけて、私を選び、だからこそ、人間の醜さと秤にかけて、私に逃げろと言ったのだ。

 

私は、勝てると思っていた。

 

 

私が、レッドアクシズの、

重桜航空母艦の、

一航戦の、

 

違う、幾つもの命令を違反する――ただのガラクタだ。

 

気がつけば、走っていた。

 

走って、走って、あの子を忌避していた軍曹の下まで走っていた。

 

私の持っていた愛の何と儚いことだろう。

私は彼を何一つ理解していなかった。

私自身があの子の最後の渡せる物を、小さな時間を跳ね除けて、いらないと罵って、私は、私は……

 

私と人間の、どこに違いがあるというのだ。

 

私は私のした約束を全部破ったのだ。

 

酷い命令をするかもしれないと言われ、慢心していた。

少年は自分が醜いと教えたのに、世界を知った気でいた。

別れは突然かもしれないと言われ、そんなことは無いと高を括った。

 

何が、何が姉になるだ。

 

何が、愛していますだ。

 

表面のその上っ面だけの甘い世界を渡されて子供のように喜んでいただけではないか。

 

私は、私の愛は、私が奪ったのだ。

 

他でもない。誰でもない。私自身が、引きちぎり根こそぎ壊してしまったのだ。

 

ああ、あぁ、ああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁあああああああ

 

私は、何と愚かな生き物なのだろう。

 

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