戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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八話後編

酷く、酷く、心が傷んでいた。

彼女に自分を殺させる、それだけは防ぎたかった。

だけど、その為に選んだ手段は、彼女に嫌われるという簡単でどうしようもないほど辛くなる一手だった。

 

彼は人間を分かっていた。

 

人間は本当に心の底から救いようもない生き物であることを。

 

違うというのなら何故、何故こんなにも暴力を祀る文化に溢れているのだ。

 

経済から司法にまで人の世に暴力が満ち溢れている。

 

言葉一つ、文字一つですら暴力の徒である証を証明し出す。

 

否、証明しないとまるで自分がそこにいないかのような空虚な在り方に耐えられないのだ。

 

だからこそ、彼女に今の人間を教えたくなかった。

 

そんな醜く哀れで虚しい生き物を守れと言われて誰が守りたがるのだろうか。

 

ましてや彼女の事を奴隷と呼んだのだ。

 

そう、人間にとって戦争を優位に働かせてくれる存在はあまり好ましくない。

必ずしも英雄として祭り上げられるわけではないのだ。

 

ましてや彼女は敵性体の扱いを受けている。

 

例え、人間の為に戦ったとしてもその扱いは決して拭われない。

 

人は自分を守る存在すら貶す。それを文化として親から子に、人から人に伝播して、数の正義で、真理の正義を以て、人は今自分こそが正しいと言い放つ。

 

被害者だから、手を汚していないから、悲しいから、羨ましいから、違う。

 

生きているからだ。

 

ソファの上で何度も何度も人間を理解した考えをまた頭の中で浮かべて気が付くと陽光が差していた。

 

それと同時に通信のアラートが響いて受信する。

 

『少佐、何があった?』

 

軍曹の声だ。

それはどういう意味なのかすぐに分かる。

彼女が最後に助けて欲しくて訪れた場所は彼女の部屋だったのだろう。

 

「……傷付けました。」

 

『なぁ、ここまで来て嘘つくんじゃねぇよ。何があった。』

 

ため息を思わず漏らす。

こんな話したくないという感情が渦巻く。

誰のせいにしたら良いのかも分からない。

きっと自分のせいにすれば誰も傷つかないのだろう。

 

だから、だからだろうか。

少年の心には限界が来ていた。

人間という生き物、本当にどうしようもないほどに他人を傷付ける事でしか成長という弱々しい言葉を使えないくだらない存在を守っている現実に耐えられないのだ。

ましてや、彼女の手で自分を殺させる事がどういう事なのか瞬時に理解出来た。

 

彼女という頭目の心に楔を打ち込みたかったのだ。

 

思い出せば竦み上がり、耐えられない傷となり、人間の言う事を聞かせやすくする為の人間が考える最善の手段。

 

だから、本当に壊れたように少年は叫んだ。

 

「僕は!頑張ったんだ!殴られて!蹴られて!使えないって言われて!腕を千切られて!目を串刺しにされたりもした!それでも人間を守れって言われて!それが出来なきゃ死ねと言われ!憧れた存在につばを吐きかけられ!それでも出来ることをやって!本当は僕よりも優秀な子がいたのに!アズールレーンは僕の方が使えると宣って!訓練と称して左半分が使えなくなるまで叩かれて!艦船に注意された腹いせに首の骨を折られて!それでも!!そんな道具であっても!僕は!誰かの未来を作ってあげたかったんだ……。」

 

彼女の、彼女の未来は作れたのだろうか。

彼女は自分を恨んでくれただろうか。

それとも捨ててくれたのだろうか。

 

そうすれば少しはきっとマトモな未来になるのだろうか。

 

そう信じて彼女を傷付けてでも彼女の手を汚させたくなかった。

 

それを選んだら本当に誰も救えない。

 

『失敗したから止めます。か?だとしたらお前本当にクソだろ。』

 

「どうしろって言うんですか、僕は、居場所すら奪われてるんですよ?もう何も残ってない。何も無いんです。」

 

『嘘だな。』

 

「何かあるように見えますか?何も無い癖にそれなのに……!」

『お前がまだいる。それがある。』

 

その言葉で少年はついに怒りを覚えてしまった。

こいつはこの馬鹿な女はとうとう何を言い出したのだと、怒りのままに叫んだ。

 

「そんなものが何の役に立つ!?誰も救えない!何も出来ない!こんなみっともない生命を愛してくれた優しい女の子一人幸せにしてあげられないんだぞ!アンタ馬鹿か!」

 

『お前こそふざけんじゃねぇぞ……!お前その何の役にも立たない心が、何人救ったと思ってやがる!横須賀を思い出せよ!死んだ目ぇした奴が一人でも居たか!?アタシはどうだ!?理解されて!助けられて!少しでも前を向かせてくれたんじゃねぇのかよ!?お前が上だって思わされたんじゃねぇのかよ!あの筋肉ダルマだって、お前に言われて立ち止まったんだぞ!なぁ!もうお前は皆を幸せにしてるんだよ!少し不幸にしただけでお前が!お前を見限んじゃねぇよ!神様気取るんじゃねぇぞクソガキ!!』

 

言葉が、出てこない。

 

そんな言葉を言われるなど本当に思ってもいない。

 

でも、それでも、傷付けたのだ。

 

優しい彼女を、愛らしい彼女を、誇らしい彼女を、傷つきやすい彼女を、自分を大切にしてくれる彼女を、この喉が、心が、頭が、彼女に最大の傷をつけたのだ。

 

「あんなことしてあの子に何て声をかけろって言うんですか……。」

 

『勝手に名前を呼ぶ資格もねぇみたいな素振りしてんじゃねぇぞ!!お前に言われた通り逃げてればってな、何度も泣いて、愛宕に殺してくれって頼んでんだよ!今歩み寄ってやらなきゃな!一生赤城は立ち直れねぇぞ!!』

 

息を出鱈目に吸っていた。

気持ちの悪い循環に胃液が込み上げる。

どうしてあげれば良いのだ。

分からない。

分からないのに、転んでも、曲がり切れず壁に身体を叩き付けても走る事を止められなかった。

 

泣いているという事実に、泣かせたという現実にどう向き合えばいいのか分からない。

 

それでも足は止まらない、脳は走れと叫ぶ、会ってどうするんだと何度も口が呟くのに、目が、彼女の居る場所への最短ルートを追っていく。

 

気が付けば顔はぶつけた痣や擦り傷で目蓋から流れる血で世界が紅く見えていた。

 

扉を開ける手は震えが止まず、恐怖を覚えたように瞳は床を見続け、音はまるで聞こえず、口は――

 

「赤城!」

 

叫び声を上げていた。

 

少年は人間を考え過ぎていた。

考えて考え過ぎて赤城を人間として見てしまった。

あれだけの屈辱と蔑視が垣間見えてもう自分は見放されたと勘違いをしていた。

 

クッションの山の中で茶色の髪と赤い瞳がちらりと映る。

 

「来ないでください。こんな、こんな……。」

 

「うん。分かった。行かないよ。」

 

恭順の言葉に山の中から泣く声が響く。

 

「赤城、今が辛い?僕はこんな生き物で、世界はこんな有様で。」

 

クッションが小さな顔に投げ付けられた。

ぼふんと音を立てて、ぽふ、と投げられた物を小さな手が掴む。

 

「こんなって何ですか!少佐はそんな風に謂れる理由はありません!」

 

クッションを山に投げ付ける。

クッションに跳ねられて壁にぶつかって床に落ちていく。

 

「僕は、僕はね、もう人間には絶望しているんだ。本当に強い子が選ばれない事も、本当に必要な子が選ばれない事も……。」

 

今も吐き気を思い出す。

少年が赤城に情報を開示した時のアズールレーンの回答を。

 

『オプションパーツ、赤城への情報開示を許可する。』

 

重桜航空母艦、一航戦、赤城型一番艦、赤城。

その評価は、対となる加賀型一番艦、加賀の装備品。

その効率を底上げする同調共鳴型骨格の価値しか見出されることが無かった。

 

まるで、まるで、少年達への評価を、組織は彼女に下した。

同時に、その評価を受け入れなくてはならない自分に反吐が出た。

彼女といる時、話す時、戦闘で繋がる時、他愛ない時、想われている時、その全ての時間を振り返る度に少年は自分を殺したくてしょうがなかった。

何故?

いる事がじゃない。

話す事がじゃない。

繋がる事がじゃない。

他愛ない事がじゃない。

想われている事がじゃない。

自分が誰なのかを考える時が最も腹立たしいのだ。

 

「赤城。もういいだろう?」

 

自分がアズールレーンの一員だと理解する度に、そのメンバーを纏めあげようとする度に、言葉を吐いて心を安らかにしようとする度に、自分と向き合う度に、自分が許せなくなる。

 

その言葉を飲み込んだのは自分なのだ。

守る価値が本当に無いのは自分なのだ。

組織に真っ先に屈したのは自分なのだ。

 

そんな自分は彼女に愛される資格なんてない。

 

分かっていた。

 

「君があの時拾い上げたモノは石ころだったんだよ。石ころを大切にしてしまったんだ。もう現実を見よう。本当に守らなくちゃいけないモノがあるんだ。」

 

その言葉を塞ぐようにクッションが投げられる。

それでもクッションを受け止めて少年は、思いの丈を言葉にした。

 

「捨てる時が来たんだよ。生きる上で当然の行為をする時が。」

 

クッションが幾つも幾つも飛んでくる。

クッションを盾にして言葉を投げた。

 

「少佐は!全部を!石ころだと!そう言うのですか!?」

 

クッションを投げても投げても何も帰って来ない。

何も、何も。

 

――ぽたん。

 

「君が、君がくれたものが石ころなわけがないでしょ……。」

 

全部、全部、覚えている。

苦しみも悲しみも優しさもどんな時も。

 

「宝石だった。光り輝いて、僕の心を何度も照らしてくれた。最後の僕の導だった。君から貰えた物があったから、ずっと我慢出来た。僕を殺したら君が悲しむと。それなら何にだって、何だって出来た。でも、もう無理だよ。」

 

自分の部下と向き合うことも、辛い資金繰りも、吐きたくなる検死作業も、それを言い訳する自分も、赤城という少女から貰った大切な感情を覚えているのなら戦争も耐えられた。

 

でも、その少女に付ける傷の深さを考えて、少年は浅く済むというのなら選んでしまった。人間になるという選択を。

 

逃がしてあげれば良かったのに。

 

向き合わせなければ良かったのに。

 

助けなければ良かったのに。

 

「結局、君から色んなモノを奪ってたんだよ。自由や地位や感情、ありとあらゆるものを奪って、悲しませたんだよ。守る価値が無いんだ。」

 

戦争をしているという言い訳を使って、籠の中に閉じ込めたのだ。

傷付いた彼女を、傷付けた彼女を、そうして、自分のモノにしたのだ。

それは人間の最も汚らしい行為だ。

 

だからお願い。

 

「もうやめようよ。僕は君を使って戦争をしやすくしようとしてたんだよ。そんな奴守る価値はないよ。奪って奪って、君に何も与えなかったんだ――」

 

ぱん。

 

最後の1発は赤城の平手だった。

力の無い少年の頬を少し揺さぶったぐらいの力で涙を沢山流しての一打に少年が寂しそうに微笑んだ。

 

「嫌な奴だろう?」

 

その言葉に赤城の思いの堰が決壊した。

 

「馬鹿にしないでください!」

 

胸倉を掴み、全てを否定する。

そう、全てを。

 

「奪う者が信じますか!?奪う者が愛に応えてくれますか!?憔悴しきった心を慰め!暖かく抱き締めるというのですか!与えたら苦しむと、何度も推し量って、疲れた身体を抱き上げて、私がどれだけ嬉しかったと!」

 

「それだって、君を動かそうとするだけの処置だよ。」

 

首を強く振って否定する。

 

違う。違う違う違う違う!

 

「貴方はそんな悲しい人間じゃない!貴方はそんな上辺だけの人間じゃない!私が拾ったものが石ころだとしても!私があの時差し出された感情は!生きて欲しいと願う想いは!何よりも誇り高い想いだった!私は!その蜜と花弁を貰っただけで!蔓が!葉が!どれだけの毒を持っていたのか知らなくて!」

 

「生命を拾ってしまったんだ。そんな願いや想いは当たり前なんだよ。優しくするのなんて誰にだってできる。ただ、誰もやろうとしないだけさ。」

 

世界は優しいんだ。

色んな優しい人がいる。

 

だからお願い。

 

「僕を、嫌いになろう?」

 

もう一発、頭を叩く。

 

「赤城にずっとずっと優しくしてください!それで!それだけで良いんです!」

 

「ダメだよ。僕はそれを名目に奪う。君を汚していく。君の生きていく価値を下げる。」

 

どれだけ頑張っても満足にいかない。

その苦痛を分かり合うなど、不毛、それ以外の何者でない。

 

「それで、ううん、それが良いんです。貴方だけのモノにしてください。レッドアクシズのじゃない、重桜のじゃない、一航戦のじゃない、横須賀のじゃない、ましてやアズールレーンのでもない!」

 

――貴方だけの赤城にしてください。

 

それがその言葉がどれだけ自分を貶めるのか、少年には簡単に理解出来た。生命として扱うのではなく、所有物にしてくれと、それが彼女の選んだ道なのだと、分かってしまって言いたくない言葉を叫んでしまう。

 

「馬鹿!」

 

「はい。赤城は馬鹿なんです。」

 

「馬鹿だよ!そんなの女の子が求める幸せじゃない!優しくもない!何にもないんだよ!」

 

「いいえ……あります。」

 

そう、たった一つだけある。確固たるモノが。

 

「貴方がいる。貴方が居てくれる。それだけあれば赤城は絶対に幸せです。」

 

それを、そんな言葉を、そんな想いを、そんな人独りの感情を、口にするのにどれ程の痛みがあったのだろう。

本当に失いたくない一心で、もう二度と間違えないと誓う心はどれほどひび割れているというのだろうか。

 

「それはもう愛情じゃないんだよ?」

 

「一つ文字を取ってしまえば、それは立派な愛です。」

 

彼女はそれを言えばもう愛されないと分かっている。

もう何も与えられず、何もかもを奪われる事を分かっている。

だから、だからこそ、最初に奪うべきものを奪って欲しかったのだ。

 

「愛しています。赤城。」

 

ぐしゃぐしゃの笑顔で、ぐしゃぐしゃの心で、ぐしゃぐしゃにしてしまった想いを口にする。

 

「はい。愛してます。」

 

唇を優しく重ねる。

その誓いが傷だらけで、継ぎ接ぎだらけの想いであっても二人はそれでも紡ぐ事をやめない。

 

『おぉう!おめでとうな!赤城!』

 

『少佐!帰ったら結婚式しましょう!』

 

『凄い!ドロッドロの少女マンガみたい!』

 

その声で一気に現実に戻された。

 

「ぐ〜ん〜そ〜?」

 

赤城が不満を募らせた声を出し、目端でベッドで眺めていた赤髪の友人を睨む。

 

「いや、公にした方が良いだろ。少佐が逃げねぇように。」

 

端末で横須賀各機に通信を飛ばすことに何の躊躇いもなかった。

というよりも最初から見ていた側としてはこいつらの痴態は見せびらかした方が良さそうだな。というのが本音だった。

 

『ねぇねぇ夕立ちゃん!一つ文字を取っても愛って重桜の慣用句!?』

 

『違いますよジャベリン、東洋の神話にある神と人との愛の言葉です。』

 

『何か、すき焼き食いたくなるな〜。帰ったらまずすき焼きしようぜ!』

 

駆逐艦達の思い思いの言葉に少年が微笑む。

 

「皆の分のすき焼きか、卵高いんだけどな。」

 

「なら、みぞれおろしはどうでしょう?中々に風情があって美味しいですよ。」

 

「あれ?赤城?結構嫌味?」

 

「いいえ?少佐を食べるつもりでいたいだけです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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