戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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1話

人類が原子力を理解し、必要な土台を建造し、被爆対策も同時に行い、そのエネルギーが何に使えるのかプランニングしている時だった。

ある男がその話を聞き、様々な疑問を大量に書いたレポートを様々な所に配り回った後だった。

疑問の内容は端的に言うとこうだ。

何故その新技術は自国を含むほとんどの国が着手しているのか。という点だった。

それからだった。男の周りが不便になったのは。

まず銀行から解約の願いが来た。それを皮切りに周辺から白い目で見られるようになった。夜は視線を感じる。家を空けると物の位置がズレていた。電気と水道も勝手に止められた。

「あー、危険対象に選ばれちまったか」

男はそれだけ呟くと身の回りの物をとりあえず適当な質屋に売り払った。

その金は密入国の金にする事にした。行くのならユニオンだろう。前にメシを平らげる程ハマったのだ。だがコーヒーが不味かったからそこだけ覚えていようと記憶に刻みつける。銀行から降ろせた金は生活費にでもするか。と思っていたが、そうはいかなかった。

その手配をする東煌マフィアがぼったくりを始めたのだ。

「これで充分なはずだ!」

「いやいや、お前さん有名どころだぜ?アレだろ?色んなお偉いさんに余計なお節介かけたって言う」

軍、いや国の情報機密能力の低さに男は思わず頭を抱えそうになる。

こんなゴロツキにまで知れ渡ってるのなら近所の主婦にまで内情を知られているのも同然だ。

「別にいいんだぜ?こっちで生きてける保証があるのなら」

男は支払いを財布の中の4割から7割に変更したお陰で懐が寂しく感じる。

だが、いつトチ狂った軍人が自分に暴力を振るう事を楽しみだすか本当に分からない。

 

男は船の上で溜め息が出る。船内にいるつもりはない。タバコ臭そうという偏見で外にいる事にしたのだ。

電動スクリューの音と揺れの中一人の東煌マフィアが声をかけてきた。

ハンバーガーを持って、空腹は空いてないかい?と聞いてきたのはとてもそんな風には見えない風体だった。

無精髭に髪はボサボサ、それにガタイが良いとはこういうのを言うんじゃないかと言った頑丈そうな体格。

ハンバーガーはとても美味だった。肉汁が波で冷えた体に丁度いい。

「鉄血さんにメシ作るのは、これで初めてでしたんけど舌に味が合って良かったよ」

その無精髭の男の言葉に思わず、食べ尽くした虚空と男を見比べる。

これを作ったのかとかそういう言葉よりも真っ先に言わなければならない言葉があった

「あー、ありがとうございます。あの共通語で良いですよ。」

それを聞くと無精髭の男はたっはっはっは、と笑うと慣れていないであろう鉄血の言語からユニオンの言葉に切り替える。

「悪いね。こっちの言葉は二日前に習ったばっかでさ。」

「いえいえ、それよりバーガーとても美味しかったです。」

「有り合わせで作っちまっただけさ。それよかおたく何しにユニオンなんかに行くの?」

「実は完璧に居心地が悪くなってしまって、それより貴方の方が不思議ですよ。料理の出来るマフィアなんて」

そうか?とそう言いながら無精髭の男はタバコに火をつける。

「まぁ、俺は表稼業のマフィアだからな。」

「表稼業?」

オウム返しに頷かれる。

「別にマフィアがどいつもこいつもヤバい事に首突っ込んでるわけじゃねーの。俺はおもてなし役っていう料理人してるわけ。鉄血に来たのもなんか『特別ゲスト』に相応しい料理を作れって言われたから来たのよ」

さる高貴な方、料理通の、そんなワードを自分の記憶に当て嵌めるがピンと来ないでいると、無精髭の男が懐から一枚の紙切れ、名刺を取り出した。

「劉だ。料理で困った事があったら俺を呼びな。レシピ開発から経営、流通プランまで何でも対応してやるぜ」

劉はにかっと笑っていうと、男を上から下までじろじろと見た。

男は外套を来ているが、それなりのスーツを着ていた。一番愛着があるものだった。

それを目に入れると劉がまじまじと尋ねる。

「見たとこ運動の類はしてないみたいだな?タバコも嫌い?酒はビールかエール?」

その言葉に男はぎょっとした。その全部が見事に当てはまっているのだ

「何で、って聞きたいよな?襟に少しシミあるよ。匂いがちょっと混ざってるけど最近嗅いだ匂いだったからね。それにアンタ船内に入らない事選んでるだろ?簡単な推測さ、運動は重心。腰周りが軽く歪んでる。」

「それ料理に必要な技術ですか?」

「必要だよー、宗教の理解から酒の好みに地方の縁起の良し悪し、ひいては客の体調や御召し物。運動大好きなら味を濃くしないと満足頂けない事多いし、化粧が濃いのに油べちょべちょの出したらお化粧直しの理由にされてオーナーに怒られるし、後は充血したバカに酒は飲ませたくないなー」

「さいですか」

劉という男が見た目よりも細かな所に気を配れる事を知ると思わず笑みをこぼしていた。

すると、何か引っ掻くようなざらざらした音が劉から聞こえた。

ちょっとごめんよ。そう言いながら腰から何かを取り出した。

無線機器だった。それを見ると男は少し目を細めた。

「あーはいはい。それなら三番目の引き出しのやつ使いな。多分アンタの食いたい味になるはずだから」

同業者の文句をさらりと返し、通信を切る。

「本当味音痴だなぁ」

んべ、と舌を出しながら愚痴を漏らす。

男を見た劉が視線に気づき、楽しそうにしながら説明を始めた。

「これ良いだろう?電気技術の最先端よー」

「今度、更に小型化して性能も向上したのが出回りますよ」

男はまるでその現実が気に入らないのか吐き捨てるように言った。

その言葉に、え嘘?マジで?と劉が驚いたが、それ以上にある事に驚いた。

「何でそんな事知ってんの?」

男はしまったとは思わなかった。だが、少し深呼吸する。

 

男は自分の過去を話した。

男は科学者だった。正確には軍の元お抱え科学者。

鉄血という国は少しばかり選民思想が強かった。自国を過大評価して更にその上で特定の人種を過大評価したがる傾向があった。

肥大したそれは軍を通り越して国である計画を密かに始めた程だった。

どんな呼称がされていたかは男は忘れた。あまり興味がなかったのだろう。

内容はまだ覚えている。優秀な人間を更に『強化』するという研究だ。

それはありとあらゆる面でだった。身体能力、頭脳、反射神経、知識、精神面

男の担当は頭脳と精神だった。だがそれも100以上いるスタッフの一人だ。カリキュラムの誤差を確認するぐらいだった。

被験者は男が覚えている限りで25人。それぞれ第二次性徴期を終えたにしては伸び代がまだあると言ったぐらいだった。

実験は男が配属された時は順調だった。

だが、実験は失敗した。薬品の投入量を間違えたスタッフがまず最初だった。

その被験者達は身体中の穴から血を溢れさせて死んだ。3割が消えた。

次に上からの要求レベルが上がったのが原因だった。

耐えられない者が一人、また一人と増えていった。

自殺する者も出てきた。これが男にとってマズイ事になった。

男の担当するのも精神だった。だから、それを理由に他のチームメンバーが罪のなすりつけ合いを始めたのだ。

大きな集団を非難した軍への言い訳は小さな集団、そしてそれは個人にまで行き渡った。

結果として男は計画破綻の原因の一人として名を連ねていた。

計画は今も燻っているだろう、だが男はもう関われない。

それから男は慣れない雑務が専らの仕事だった。

計画が一時頓挫して3年だろうか、電気技術躍進の話が出てきたのは。

それから様々な物が出てきた。男のデスクも技術進歩の恩恵を得ていた。

仕事が楽になるのは良いが少し可笑しな事を同僚から耳にした。

 

–––この技術、重桜も東煌にも出回ってるってさ

 

「それって何かマズイの?」

劉の疑問は素朴な物だったが男はすぐさま答える。

「東煌は知りませんが重桜この間ガス灯がついたばかり気がつけば鉄血と同じ物をもう使っている」

「詳しいな」

「重桜の文化に詳しい同僚がいましたので」

話は本題に戻る。重桜が鉄血と同じ文化レベルになっている事だ。

劉は単純な回答を出す。

「国が買い取ったとか?」

その言葉に男は首を横に振る。

「劣化品ならばあり得るでしょう。ですが知り合いのツテで見せてもらったそれはまごうこと無く同レベルの代物でした。それに…」

「それに?」

男は劉が腰につけた無線機を指差す。

「それも鉄血で出回っています。ですが、『それは』ユニオン製ですよね?」

劉の顔色がようやく変わったように見えた。男の言いたい事が分かってきたのだ。

「なるほどね。アンタが言いたいのは。まるで『見本がある』みたいに皆が同じ物を作ってるのが不気味だったのか」

「しかも、技術躍進のスピードが尋常じゃない。」

「そこも異常に感じるのか」

男はこくりと頷く。

普通ならば何かしらの停滞期なり伸び悩みがあってもおかしくない。だが電気技術と同時に放送という概念に鉄血はすぐさま着手した。

次に交通、物流に携わる物を、そしてすぐに通話、その通話に対する情報の収集、これらが僅か2年だったのは記憶に新しい。

「今は放送は大道的なモノですが後一年もしないで劉さんの寝床で見たい情報を見れるようになるでしょうなこのスピードだと」

「そいつは便利だ。だが、アンタは気にいらねぇんだな」

「これが国家間で行われている出来事なら私も文句は出ない。ですが最初に話したように鉄血という国は我が強い。あの国が手を取り合って?仲良く?冗談を言うのも馬鹿馬鹿しい。一体自国に幾つ隠し事をしているのかもわからない国がですよ?」

「隠し事が世の常、宗教の違いで殺し合うのが日常、色と種が違うから非難するのは常識だろって話か」

「それです。それなのに世界は今不自然になっている。そして今や新しいエネルギーを仲良く着手しようともしているのです」

男の慟哭にも似た嘆きが海に響く。劉がまた新しいタバコに火を着けた。

その顔はとても楽しそうで、とても愉快だとでも言いたそうなそんな顔だった。

「アンタユニオンで何する気だよ?選挙活動?反対運動?いや違うな。だったら密入国なんか企てねぇ」

答えを聞かせろよ。そう言いたげな劉の言葉に男は拳を振り上げる。

「出来る事を、私の手の平で出来る事を何でもいい。今未曾有の異常事態に気付いて、そして国から爪弾きにされたのは恐らく私ぐらいでしょう。可能な事をやってみせます。どんなみずぼらしい事でも。」

「はっ、カッカッカッカ!」

劉がこれ以上なく笑ってみせた。それと同時に息をすぐに整えて男を見る。

「俺が料理を作ったって話はしたよな?」

劉の言葉に男は頷く。劉はタバコを捨てて誰に作っていたのかを語った。

 

–––それはとてもこの世のモノと思えない綺麗な女二人だった

 

正確には劉はその女達を見ていない。だが、女達の顔は知っていた。

劉は鉄血という国に来る羽目になったのは、実力が噂になっていたのが原因だった。

薬となり肉となり血となりそしてそれは清らかな海となる料理人。それが劉のキャッチコピーだった。

オーナー、正確にはマフィアのユニオン支部の頭目が鉄血だけでなく、ユニオン、ロイヤル、東煌、重桜、他の国々から多額の献金が渡されて、劉の貸し出しを求めた事がそもそもの始まりだった。

マフィアもバカじゃない。それだけの国が相手を不機嫌にさせるわけにはいかないと躍起になっているのだ。調べる必要がある。

だが、対象の顔は分かったがそこからは本当に異常だった。

どれだけ人物のリストを漁ろうと、情報屋を使おうと、その二人はまるで『湧き出た』ように急に現れたのだ。

出身国不明、顔的特徴から人種の割り出しも不能、金の出所はそれ事態がない。

それなのに国がまるで崇める様に金を提供しようとした素振りがあるが、それすらも受け取っていない。

結局、劉がユニオンから鉄血まで行くのに何の情報も得られなかったのだ。

そして、劉はその二人に話をして、その上でどの料理を出すかを護衛に話した。すると、

「彼女達は魚以外がご所望だ。それさえ破らなければどんな料理でも問題ない」

その言葉に舌打ちしそうになる。劉の観察眼なら接触は出来なくても少しでも見る事が出来るなら相手の腹積もりに勘付ける。それはオーナーからの命令でもあった。

仕方がないと思いながら肉料理を中心としたコースを組み立てて処理する。

毒味はありえるから、無謀な真似は出来ない。嘘を言わない自分の腕で勝負する。

得意な東煌料理、ユニオンで学んだ料理、重桜の面白い料理

それらが全部、二人の女性の元に運ばれて行くのを見て歯痒い気持ちになった。

だが、1時間後に護衛の黒スーツが劉の所に来た事で話は変わった。

「彼女達がお前を見ておきたいと仰せだ」

やった。少しはこれで上から文句を言われずに済むと顔には出さないがガッツポーツを作る。

二人の前に足を運んだ。

「「はじめまして、料理人さん」」

女達は二人揃って挨拶をした。二人とも喪服のように顔を隠して真っ暗な服装だった。肌の露出もない。こちらの対策は完璧かと口元が歪む。

劉も慣れない鉄血の言葉で挨拶をしようとするが、手を前に出して、それは不要というジェスチャーをされた。

「二品目、結構な味だった。重厚な肉汁、久々に美味いと思わされた」

「私はデザートね、薄い味が続く事をこれほど美味しいと思わされたのは初めてだわ」

女達が感想を言い終えるとくいっ、と近づいて来い。と指示をする。

「昂りを感じた、そして同時に脈の一つ一つが水の様に清らかになった」

「驕りを感じなかったわ、多様性の料理に世界に対しての敬意を感じたわ」

女達はそういうとポケットから何かを取り出してテーブルに放る。

小さな5センチぐらいの水色の四角い箱だった。透き通る海の様な色で模様も静かな波の様に見えた。

8個あったその箱を指差して女は言った。

「これを差し上げるわ。」

貰う物はもうとっくに貰っている。その上でこれは追加報酬と捉えていい。

だが、それに手を出すのがどうしても危険だと体が告げている。

「大丈夫、それは持っていて損はしないわ。得もしないわね。だけど、きっと面白い事に繋がるはずよ」

「貴方、もう『すぐ帰ってしまう』のでしょう?」

劉は内心で舌打ちをした。こちらのスケジュールを把握されてる。

という事はこちらの組織の動き自体この二人は知っている可能性が高い。

しかもその上で放置しているという事は彼女達にとって自分の組織は眼中にないと言っているようなものだ。

「恐悦至極」

それだけ告げると劉は小さな8個の箱をかっぱらう様に持ち去っていった。

 

 

「恐らく、あの女達だろうな」

「と、言いますと?」

劉は男の言葉に目を開いて吹き出す。

「お前さんの言う、『見本』を持ってきた奴だよ。」

ああ、なるほどと手を合わせるが男の中で疑問が宿る。

「箱は?」

そう、話に出てきた水色の箱。それがどうなっているのかだ。

「ん」

そう言うと劉はポケットから4個の箱を男に渡した。

「やるよ。多分、アイツらからアンタが答えに近づいた報酬だろ」

「それはなんとも、ムカつきますな」

その言葉に劉も頷く。

だが、劉の言葉は間違っていない。劉の帰国ルートは正規のモノを使えば、どの国家の刺客に口封じをされるか分かったものじゃない。黒服の護衛達も劉が何かを渡されたという事実は外部に漏れているだろう。追い剥ぎの可能性も捨てきれない。

だからこそ、こんな密入国船に同乗しているのだ。

そして、女達は国家の動きも把握している。女達の耳にも男が出したレポートは耳に入っていた。

つまるところ女達はこの二人が出会う事を見越して水色の箱を渡していたのだ。

「さっき、名刺だけで悪かったな」

「は?」

名刺だけ渡すのは劉の中では社交辞令である。その先のある言葉が無ければ劉に繋がるルートは絶たれる。そういうマフィアなのだ。

「『大臣にお目通りを』そう言わなきゃ消されるんだ。俺のマフィアじゃ」

劉が首を親指で切るジェスチャーをする。その言葉に男は固唾を飲んだ。

「大臣ですか」

「まぁオーナーに口答えしていいの俺ぐらいだしなー」

それがどのレベルの地位にいるかを察せる言葉であった。

「劉さんは、この後どうされますか?」

それは素直な疑問だった。恐らく自分のオーナーに事のあらましを話すのだろう。

だが、『異常事態』にどう向き合うのかが気になった。

「悪いけどは俺は力なれねぇよ。だけど必要な物があるなら工面してやってもいい。」

「『経営から流通プラン』までですか?」

男はにやっとした顔で言うと劉もツボに入ったのか爆笑して答える。

「いいぜ。オーナーには話をつけてやるさ。気にいるだろうしな」

パトロンが付くのはありがたい話だった。だが間違いなく成果をある程度出さなければ消されるだろう。

そう男が今後の事を考えていると、劉が鼻をすんすん。とわざとらしく動かした。

「おたくここで待ってな。少しうるさくなるから」

はぁ。と生返事をすると劉は船室に戻る。

それから10秒あったかどうか、どぼんと何かが沈んだ音が一回、断末魔も合わせたハーモニーのBGMが流れた。

1分間、結構な鈍い音や何かを叩きつける音がして、男は思わず身構えてしまうが、のそっと出てきた劉の姿に血の気が引いた。

少し上着がボロボロになっているが、それ以上に酷いのは血塗れの顔面だ。それでいて劉はさっきまでと同じ笑顔を作って事のあらましを言い始めた。

「いや、悪いね。金がめといてさ、予定の針路からだいぶズレてるから話聞いたら。アンタと俺売り出される一歩手前だったよ」

「は、はぁ?」

劉の話はこうだ。あのまま今の針路を取っていたらユニオンの尖兵に回収される手筈だったらしい。

鉄血の元お抱え軍人とゲストに出会った料理人。微々たる情報だが、そこそこの見返りがあったらしい。

「ここ辺りは前に遭難しかけてね潮の匂いを覚えていたんだ。いやあ、少しルート変わるけど別段問題はないよな?」

目がぎらりと輝く。まだ余韻が残っているのを男は察すると黙って頷いた。

 

 

それから三週間、沢山波に飲まれて随分時間が経過して体力が削れたが港から劉の駆る車に比べれば生易しいというのが良く分かった。

「いやぁ、すまんねぇ。俺は料理以外テキトーなのよ」

弾む様な声音で『男の方を』向きながら劉がこれでもかというぐらいの乱暴な運転をする。

「前!前見て!」

男は何度も前を指差す。何度車と接触しかけたか分からないが目的の場所に着いた。

帝龍、と看板が掲げられた店だった。

劉は男を手招くポーズをしてから二人は入店する。

綺麗な店だった。男はこのタイプの店は初めてなのもあって灯りが少し幻想的でどこか現実から切り離されてる感覚があった。

中には大きなテーブルとぽつんとモノクルをした東煌系のご婦人が一人いた。

「お帰り、劉」

「ただいま戻りましたオーナー」

そう言いながら劉が大袈裟に頭を垂れると男も合わせる様に頭を下げた。

うふふ。と二人を見ながら彼女は笑う。

男はボスが女性とは思わず、その会話に驚くが言葉には出さない。礼を失してはいけない。

彼の心情は置き去りにして主従の二人が言葉を交わす。

「初めてね、劉が友達を連れてくるなんて」

「それについてなんですが、オーナー、少しばかり話を聞いてもらっても?」

「勿論よ、少しは実りのある旅だったのでしょう?」

ええ、そりゃまぁ。と言う劉を見て二人の話を聞くオーナー。

 

聞き終えるとご婦人は扇子を広げて顔を仰ぐ。

「二人の情報は空振りか。」

「そうですね。魚を余程食ってたかもしれないって事とそれを改善させる為に物流を改善させたのっかってのが鼻につきますね」

「それと頭打ちが見えるまで無駄な金は使わなくても良いという事が分かったぐらいか、劉、箱は?」

オーナーに言われると水色の箱を手のひらの上に出す。

それを見ると、扇子を畳んでじろりと見る。

「学者さんアンタこれを何だと思うね?」

問われて男は回答に困っていた。一つずつ分かりやすい事は口に出せるが明確には言葉が出ない。

「食品ではない事は確かかと」

やっとの思いで出た言葉がそれだった。

劉とオーナーが二人揃って笑う。それはもう爆笑だった。劉がテーブルを思わず叩いた。

その反動で箱の一つがコップの中に入る。その中身が跳ねてご婦人の顔に水をかけた。

劉も男もしまったと声を出す前にオーナーは目を張った。

それは二人に危害を加えるものではない。

目の前で起きた出来事に驚いたのだ。

「これはどういう事だい?」

その言葉に二人が身を乗り出してコップの中身を見る。

その中身は空だった。いや待ておかしい。コップの中身は跳ねてお顔に水をかけるぐらい注がれていたはずだ。

つまりこれは箱が水を吸収したという事だ。だが5センチの箱は何一つの潤いも膨らみも見せない。変わらぬように乾いて硬い真四角でいた。

そこでオーナーが劉の話を思い出す。

「待てよ、劉、アンタこの箱を持ってても損しないし得もしないって言われたんだよね?」

それに劉が頷く。

「それは使い方を見出さなきゃ何にもならないって意味なんじゃないかい?」

使い方?と男が聞き返す前だった。オーナーが箱を見て目を凝らす。

「こいつは『今用意している』見本とは違う見本なんじゃないのかい?」

だとしても、男は言葉が出そうになる。

今の人類は見本を与えられてそのノウハウを理解しているに過ぎない。

その流れを繰り返すのなら、いつかその見本が渡される可能性があるのだ。

「しかし、そんな先回りされるかもしれない物を何故……」

男の疑問は尤もだ。まるで相手は誘導している。

いや分かっていて仕掛けていると言えるのかもしれない。

「単純に嘗めてる。って受け取っても良いんじゃないかね。学者さん、街の外れにウチの息がかかった研究所がある。悪いけど当分はそこで勤めちゃ貰えないかい?衣食住は保証するよ」

男はその言葉に頷くが同時に疑問が沢山残る、そんな顔をしているとオーナーが煙管を取り出しながら笑ってみせる。

「間に合わせてみろ。まるでそう言いたげだね。いいさ、このケンカ買ってやるよ」

それだけ呟くとふふっと笑ってみせた。

 

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