かつて、それを産んだ母はその煌びやかな瞳と泣かずに微笑んでいた赤子を見て、なんと素晴らしい子供を産んだのだろう。
そう思っていた。
――お父さんが殴るんだ。
そう言って泣きながら太腿の痣を見せた我が子の言葉を信じて、母は愛する夫を訴え、夫から多額の慰謝料を払わせて子供と二人で過ごすようになった。
だが、一度でもおかしいとは思わなかったのだろうか。
産まれて来てもその産声とも言える涙を流さなかった子供がほんの少しの小さな痣が、とてもとても苦しいと泣くのは、何か思うところは無かったのだろうか。
それの母はいつしか後悔を覚える。
自分の子供は幾つも幾つもトラブルに見舞われる。
ベビーシッター
近所の子
通りすがりの見知らぬ人
いや、それらはもう見舞われる、そんな言葉では済まされない。
どう考えても、それがトラブルを起こしている。それも『それが正しい』状況で。
思えば夫は、それに対して厳しかった。
我慢を覚えさせようとしたり、勉学の大切さを教えようともしていた。
だからだろうか、だからなのだろうか。
それが父親を邪魔だと認識したのは。
母親は、せめて、せめて、これで落ち着いて欲しいと、これで周囲というものを理解させようと演劇という世界にそれを入らせた。
一人では何も出来ないことをそれに教えて上げたかった。
だが、それはトドメだった。
それは自分こそが主役なのだと確信し、対立する全ての競争相手をズタズタに引き裂いた。
食事に砒素を、お茶に水銀を、お披露目にはアセトンを、そこに躊躇いなどない。
それのせいで幾人もの人生はぽきりぽきりと折られていった。
自分こそが正しいという正義を振りかざす存在に。
漆黒の空、海は闇を吐き出し、そして青い光の柱の中で漆黒の鋼の巨躯が佇んでいる。
その中身は両目を失った正義の味方。
そして相対するのはかつてその正義の味方に苦渋を飲まされ続けた横須賀基地配属の面々。
その鎧がかつて一騎当千と呼ばれる程の戦果を上げた事を知らぬ者はいない。
だが、何故だろうか。
少年は優しく笑っていた。
「そうか、あんなモノを選んだのかセイレーンは。」
そう、あんなモノ。その程度の評価しか少年には有り得ない。
本当に怯えていたモノに比べてしまえば随分とマシだ。
「ずっとずっと、怖かったんですよ。曹長が、軍曹が、或いは引き取った艦船が、セイレーンの方が良いと選んでしまったらどれだけ恐ろしいのかを……。」
曹長ならば一瞬でも気を抜けば絶対殺される。
軍曹ならば絶対に紙一重でこちらの攻撃を読んだ上でその攻撃に上乗せしたシロモノを叩きつける。
艦船ならばその培った生命を奪う事に躊躇いは生じる。
だからこそ、本当に少年は怯えていた。
「がっかりだよセイレーン。お前らが選んだ物はそんなくだらない正義の味方か。」
その言葉が聞こえたのか、その鎧が雄叫びを上げた。
雲を引き裂き、海を震わせるほどの怒りの叫びが世界に響いた。
『僕の!僕の勝ちだ!僕は人間を超えた!本当の天才だ!ひゃひゃひゃひゃひゃ!』
狂った笑いが強制的に送られる。
艦船の回線も指揮官の端末も、ましてや民間の放送ネットワークにまで介入されている現実に耐えられず、四人の指揮官に音声通信が送られる。
『横須賀所属指揮官に告ぐ、敵対セイレーンをクレイドル型と呼称、これの撃破を急げ。』
全員が残存する人間の戦力を制圧しながら聞き取り、端末に自身の生体認証を接続し艦船を立ち上げる。
「赤城!」
「ニーミ!ジャベリン!夕立!」
「愛宕!摩耶!!」
各自従える艦船の名を叫び、その特殊斥力発生生体装置と自身の脳髄を輻輳させ、その力場の厚みを増していく。
それと同時だった。
各々の通した目からクレイドル型が右腕を『真上』に向けたのは。
それを見た瞬間、少佐も軍曹も即時何をするべきか理解する。
「横須賀ならびサンディエゴ全艦船、密集防御!駆逐、巡洋は空母、戦艦のフィールドを端子連結!真上に急速展開!急げ!」
「浮力用フィールドも合成しろ!インパクト……2秒後だ!!」
揺籃の右腕が光を放った。
それは大気圏まで登り上がって、一瞬だけ留まり、滝のように流れ落ちた。
一発だったそれは雨のように拡がりユニオン西海岸そのものを殺すように降り注いだ。
その日、世界が光り輝いたように見えたであろうそれに横須賀の面々も艦船も理解した。
完全なる規格外の存在を。
本来ならば斥力を載せた弾丸は4kmで効果が浅くなり艦船の保護膜を貫く事は不可能とされている。
だからこそこの4kmという距離は課題であり戦術の要であった。
防衛においても攻勢においてもそれを容易く破る。
ましてや往復数百kmという軌道を行き来するそれがどれほどの驚異か。
「軍曹!無事ですか!軍曹!!」
僅か2秒で曹長が破壊して作った即席塹壕で砲弾の効果範囲を削り、凌いだ少年が遠くにいた少女へ叫ぶ。
「がなんな!右手右足が潰れた!問題はねぇ!」
サンディエゴ基地内であったその残骸で軍曹は叫ぶ。
右上腕と右ふくらはぎから先が凡そ数百kgのコンクリートに潰されたがそれでも異常は無いと口にする。
そう指揮官としては問題ない。
身体のどこかが端末に触れていれば良いのだ。
だが今は体内から吐き出すように溢れた脳内麻薬で痛みを遠ざけているが、すぐにでも精密動作に支障は来る。
「じじいは!?」
「盾になってくれて、気を失って――」
「じゃあ寝かしとけ!少佐!リロードは恐らく何秒だ!?」
「40秒はあるはずです!モジュールへの負荷を考慮しないなら、なお速いはず!」
「なら、とっとと……!」
そこまで言って、なお光が迸り、それを知覚した。
『来いよ!僕を守れ!!』
紫電を纏いて次元の彼方からその群体が歩む。
あるものは雷装に特化し、あるものは艦砲に特化し、あるものは航空攻撃に特化し、そしてあるものは――
「寧海――!」
少女の師匠と同じ姿をしていた。
艤装展開されていない寧海型ネームドシップ寧海が6機。
いずれもその瞳に灯は無く、同じ構えを作る。
その様にすぐに曹長が叫ぶ。
「あれなら殺せる!前に殺した!経験はある!少佐、アイツらは俺に――」「バカが!てめぇが直衛しなきゃ誰が露払いやるつうんだよ!あれは!アタシの相手だ!!愛宕!摩耶!艤装反転!高機動モード!」
その言葉と同時にサンディエゴ基地周辺海域の群れから飛び出すように二体の重巡洋艦が駆け抜ける。弾丸を吐き出しその反動で一秒でも速く、早く迫ると同時に『無手』の寧海も飛び出した。
「行け!少佐!マッチョ!勝て!」
二人の視界から得られる情報の全てを利用し二対六という絶望的な数の差を少しでも凌ぐ。
その言葉が後か先か、赤城、Z23、ジャベリン、夕立、レナウンが海を裂くように移動する。
そんな中、駆逐部隊秘書艦のZ23が声をかける。
「ジャベリン!無理はしないで!主砲モジュールを曹長に渡したんだから――」「するよ!無理ぐらいする!しなきゃアイツは勝てない!」「あぁ!アレはやべぇぞ!ハナから戦争じゃねぇ!一方的な虐殺だけをしてぇんだ!」
Z23の火砲、ジャベリンの雷撃、夕立の速攻、駆逐艦ならばいざ知らず、それより先の上位艦船ではこうも容易く倒せない。だからこそ。
「一機でも多くこいつらを殺すぞ!」
曹長の激に反応し駆逐艦達が更に殺戮を加速させる。
残るのはレナウンと赤城。一機でも近づかれれば自爆される瞬間。
「赤城さん、露払いをたの」「いや、ダメだ。レナウンじゃアイツのフィールドを切り裂けても装甲に到達しない。」「ですが!赤城では!」
艦砲射撃で敵を近寄らせず近接戦闘用モジュールを少しでも温存したレナウンに少年は口にした。
「レナウン、どうして重桜航空母艦の拿捕が絶対だったか、それは今この瞬間なんだ。この瞬間こそが赤城が絶対に必要だったはずなんだ。」
それはレナウンも覚えがある。
何故かアズールレーンは拿捕を決定した。
使うつもりのない艦船達を、何故か。
「分かりました右舷吹き飛ばします。」
何故、練習用とはいえあんなにも敵へのデータが乱雑だったのか。
それは考えれば単純なのだ。
畏れているからこそ下手な採点は出来なかったのだろう。
最もセイレーンを打破する可能性を持つ艦船達を。
例えアズールレーン最強と謳われる艦船が相手だとしても殺せると想定された者たちを。
腰に力を溜め、息を吸う。
来る敵数及び航空機は70。だが右に絞れば僅か35。
「右フレキシブルアーム、オーバーロード、土産話に持っていくが良い。」
リュウコツに残った全ての力を注ぎ込む。
たった一撃。なんの迷いもない一回の踏み込みと一回の斬撃。
――ZAP!
レナウンより前から右の世界が一瞬で消滅した。
まるで最初から居なかったように。青と赤の霧が生まれ、その世界を貫く紅があった。
「頼む。勝ってくれ。」
そう言って、金の髪と青の正装をした艦船にまるで走狗のように薄い青の群れが殺到する。
「赤城!艦載機全機接続!」
「完全同期!スタンバイ!」
漆黒の鎧に攻撃を仕掛ける。
赤城ならば勝てる。赤城ならば。
そう、そう思っていた。
漆黒の鎧が紫電を纏うまでは。
『相手にするわけねぇだろ!バァーッカ!ガキから殺してやるよォっ!』
逃げるのと同時に最も有効な戦術を繰り出す。
そう操り糸を動かすモノが死ねば終わる。
だからこそ艦船は絶対ではない。
それは人間も、レオンもまた同じである。
「セット!ピンチヒッター!!」
塹壕に振りかぶる剛腕をJ型ジャベリン近接兼砲撃用モジュールの槍が受け止めていた。
『な!?』
「言ったはずだ!西海岸の恥だとなぁ!!」
ぎぎぎぎぎっ!!
軋み、揺らぎ、空気は裂け、舗装されコンクリートは沈む。
「陸に上がった時点で貴様の負けだァ!!」
そう陸に上がったことによりその負荷でたかだか人間如きに負ける。
それどころか、その巨躯を押し返すどころか、吹き飛ばした。
「「「ぁ赤城ぃっ!!」」」
曹長も軍曹も少佐も叫んだ。
もう本当に彼女しか居なかった。
レオンを、ありとあらゆる手段で殺そうとする正義の味方という生き物を殺せるのは赤城だけだ。
「全艦載機『接続』!!」
それはかつての妹が使った戦術。
自身の背面に艦載機を差し込み、その加速を更に上乗せする戦術。
だが、それは加賀という艦載機のコントロールレベルが格段に高い艦船だから出来たものだ。
そして――
『ここまでは来れねぇだろうがっ!』
そう今やクレイドル型は空中300m、今も上昇中。それどころか砲撃を開始しようとエネルギーのチャージを始めている。
だが、レオンは知らない。
赤城の艦載機が『何』で出来ているのかを。
それを理解したセンサーの一つが発狂を始めた。
ERROR!
caution!
WARNING!
『な――?』
そのリュウコツセンサーが今や目と耳のひとつなった男もその状況を理解出来なかった。
『一航戦が、二体?』
いや、そんなはずはない。
一体しかいない。
その証拠に光学、音響、量子には何の叫びもない。
だが、レオンは知らない。
その艦載機が『加賀』であることを。
知らないから怯えて赤城に向かって放つ。
『キエロォォオ!!』
「『加賀の誤認を確認!』システム一航戦!完全起動!!」
艦載機の全てがまるで赤城の翼のように象り、それに陽が灯る。
それはまるで六枚の翼を持つ鳳凰。
加賀が丹精を込めて姉の助けとなるように、姉を守るようにと、祈り編んだ力を赤城は叫ぶ。
「狂い咲け!ヒガンバナ!!」
たった一人の愛する姉を想う妹の心を今、彼女は背負った。
その日、世界が紅く染まった。
たった一人の艦船が放出する異常な放熱、放電、放圧が世界を紅く染め上げ、天に存在した鐡の鎧が放つ砲弾ごと貫き、その内蔵ジェネレーターに火が回る。
続く爆発音の後、赤城の身体がサンディエゴ基地の壊れた地面に激突した。
「赤城!大丈夫!?」
「赤城は無事です!それよりみなは!?」
その言葉の後にサンディエゴ沖から爆発音が響く。
「こちら軍曹!!全員斬り殺してくれたわ!!」
例え、どんなに強いと言われたとしても軍曹にとってはパズルでしかない。
正確に考えれば解けない理由はない。
ましてや、自分から距離のアドバンテージを殺してしまった孤高の艦船などに遅れは取らなかった。
後ろを取られたのなら後ろを撃てば良い。
前から来るのなら前を斬れば良いのだ。
単純化しすぎたものに徒党を組ませるなど彼女からすれば具の骨頂。
同じパズルを並べても同じ速度で解けば良いだけ。
「こちらZ23!脚が無くなりましたが!全員倒しました!」
「曹長!絶対この後ケーキですよ!!」
「何でジャベリンが一番怪我してないんだ!?」
槍という武装を捨てた彼女を守っていたことへの自覚が薄れているのか、駆逐艦達はZ23を除いて大した怪我はない。
「こちらレナウ――」
「レナウン!無事!?」
「たの、みます、左脚を――」
「巡洋!駆逐!レナウンの救助を!」
少年の言葉に他の艦船が従おうとしたその瞬間だった。
『サイシュウフォーマット、アクティブ』
全員がその異常を理解した。
身体が重く何かにのしかかられたように苦しみを訴える。
「セイレエエエェン!!」
そう、神子だなんだのとほざいたとしても。
セイレーンにとってはただの代表サンプルでしかない。
そのデータを取り終えたのなら、ましてや敗北のパターンが有り得るのなら、ならば、正義の味方であろうとも悪の秘密結社であろうとも答えはひとつ。
やりなおせばいい。
そう全てはその為の時間稼ぎだったのだ。
「クソが!クソ共がァ!真正面からかかっても来れねぇのかテメェらは!!」
少女の怒りも天に向かって吐くつばと同じ。
自身にただ降りかかるだけ。
この世界は終わる。
消える。
無かった事にされる。
「嫌だ。」
誰かが呟いた。
誰だ。
「絶対に嫌だ。」
時を消されるという重圧をモノともしないように口にする。
「みんな!諦めないで!!」
少年が叫んでいた。
「まだ勝てる!赤城がいる!!皆がいる!!だから勝てる!!頼む!!諦めないで!!お願い……!!」
声は、声だけでも良い。
少年は歩みを止めない。
自分で歩むことを止めてはならない。
事切れてしまうような声を聞いて、全員が同意の声を上げる。
「少佐!作戦は!?」
軍曹が確認をとる。
「駆逐、巡洋両部隊引き続きレナウンに合流!」
その言葉に両部隊が従う。
「レナウンの姿勢維持、及びパワーアシスト用にフィールド固定接続!!」
五名が放出する力を束ねて瀕死の巡洋戦艦を立たせる。
そして彼女に呼びかける。
「赤城!」
「はい!クレイドル型の前に居ます。」
先程の攻撃で身体がひび割れていてもそれでも少年の望む為にと彼女もまた諦めてなどいなかった。
「赤城、今から君にあるコードを渡す。そうしたら君の身体は真っ赤に燃え上がるだろう。でもそこから先は――」
ただの地獄が待っている。
死にたいと叫んでも願っても狂ってしまっても死ねない程の激痛に苛まれ、ズタズタにされてもなお止むことを知らぬ程の単純にして明快な地獄が待っている。
「赤城、僕の為に死ねる?」
それは意地悪な質問だった。
それでも彼女が望むなら、逃げたいと思うのなら――
「バカにしないでください。赤城はずっとずぅっとアナタのモノです。アナタが愛する限り、永遠に――」
例えどんな痛みが待っていても、例えどんな苦しみが待っていても、それでも少年への揺るぎない感情の為に彼女は生命を投げ出せた。
「ありがとう。君に出逢えたことが僕の最高の幸福だ。」
そうして少年は隣にいる男に話しかけて、端末を強く握った。
「赤城燃え上がれ、いや――」
咲き誇れ。
力が、力の奔流が始まる。
真っ白な力が、ただ、ただ、立ち上がらせる。
「赤城、刀身形成、斥力安定、維持。」
白い刃が赤城の手に握られる。
「挿入、仰角28――」
そこまで言われて赤城は何をしたいのかを理解した。
「了解、クレイドル型を打ち上げます!」
刃の周囲を極めて剛質な紡糸が紡がれる。
その刃を矢にしようと飛ばす力を、弓を、弦を作り、放った。
放たれた揺籃は大気圏を貫き、真空の空に舞う。
だが、それでは『やりなおし』を阻めない。
止まる気配はまるでない。
「遠隔モード、起動、コントロール、曲率演算、俯角偏向0.6、再加速。」
「了解」
その日の空を誰が忘れるだろうか、星が、たった一つの流れ星がいつまでもいつまでも空にあったという事態を。
「曹長、レナウンとで、全てをお願いします。」
少年の声に男は頷いた。頷いて口にした。
「今だけで良い!俺と繋がれ!レナウン!」
認証されていない艦船との接続に脳髄が焼き切れるほど衝撃が走る。
それはまたレナウンも同じだった。
それでも二人は見えない手を互いに伸ばした。
いつか払い除けてしまったその手は、今互いを結びあわせた。
「サヨナラだ!」
駆逐艦達を脚の支えにし、重巡洋艦達をバランサーに替え、残った左腕で『落ちて来た』クレイドル型を打ち返した。
どこまでもどこまでも飛んでいく、崩れては戻り、壊れては戻り、やがてそれを繰り返す事が出来なくなっていく。
かつてこの星から沢山の生命を奪ったと言われ、生態系のリセットの一部とも言われた衝撃がその揺籃の中で暴れ狂っていた。
壊れては戻り、バラけては戻り、消えては戻り、砕けては戻り、千切れては戻り、いったい何回目だったのだろうか。
永劫とも言えるほどの損壊に揺籃は内側から変貌していった。
それは、それはまるで、墓標のように姿を変えて――
地球から30億km先の宇宙で真っ黒に爆発した。
その衝撃は凄まじく太陽の光が消えてしまうかと思うほどの衝撃と波が地球を襲った。
「こちら、愛宕!誰か!誰か私達を拾って!沈む!」
支えになった艦船達も、打ち上げたレナウンをも浮揚維持すら出来ないダメージと斥力残量に愛宕が救難信号を送る。
どうにか全員を引き上げているがZ23から先に沈んでしまう。
その手を白い手が持ち上げた。
「あか、ぎ?」
何故?どうして?だって?
赤城の姿を見て、愛宕はようやく気がついた。
「少佐ちゃん!少佐ちゃん!応答して!!」
「無駄よ、愛宕。もういない。」
その言葉が赤城の力がどういう意味か、どうして苦しむと言ったのか赤城も最初から分かっていた。
それならば真っ先に使っていたはずだ。
煉丹という技術がある。
より人間に近く、またはより優れたもの喰らうことで強くなる、ならば、ならば。
その心の支えになる花弁は、その愛で溢れかえった石ころは、いったいどれだけの力を与えてくれるというのだろうか。
――赤城、分からないことがあるんだよ
宇宙に舞い上がる揺籃を見て、少年は優しい彼女に疑問を投げかけた。
――どうして、僕は諦めないでと言うのだろう
それは少年の言葉への疑問だった。
そうだ。そのはずだ。そうなのだ。
――僕が一番『やりなおし』たいはずなのに
もしも、もしも赤城が少年を好きじゃなかったら。
もしも、加賀も認める人材が指揮官だったなら。
もしも、もっと良い世界があるのなら。
やりなおしたい。
やりなおしてあげたい。
だって悲しいもの。
もっと赤城がちゃんとした女の子の幸せを生きていられるようにしてあげたい。
軍曹と曹長が正義の味方に殴られて、蹴られて、たまたま特殊な力があるからって、そんなの辛い。
でも、どうして選べなかったのだろう。
いや違う、選んですらいない。
少年は絶対にやりなおさせないと心が叫んでいた。
赤城はそれを聞いて微笑んだ。
――少佐は嘘吐きだからですよ
少年は戸惑ったが言葉を少しだけ理解した。
そうだ。少年は人類に絶望していると口にした。
だけどそれは嘘っぱちだ。
ならば何故老人の姿を焼き付けていたのか、何故軍曹を理解したのか、何故曹長に気づかせたのか。
誰よりも愛していたのだ。
そうしてもうひとつ気づいた。
――ごめんね赤城。キミのコトが好きなら、本当は一緒に死んであげるべきなんだろう
だが、その言葉も赤城は否定する。
――少佐は、赤城を好きだから。赤城と会えたこの世界だから、守ってくれたのですよ。赤城との思い出が一番の宝物だったことを証明してくれたのです
そっか。そうなんだ。
自分のことも充分に理解出来なかった少年はようやく自分を理解した。
そして思い出したように泣きながら口に出した。
――ごめんね。君と一緒に冬の空を見れなくて
それだけが本当の心残りだった。
その言葉で少年からの信号が絶えた。
「少佐!少佐!起きろクソガキ!てめぇ!てめぇ!さっき!てめぇ!」
皆がいるから諦めるなと言ったはずなのに、なのに、どうして自分がいる事を告げなかった。
それが軍曹をただただ悔しく怒らせた。
「エル!やめろ!彼は被害を最小限に留めたんだ!」
「馬鹿野郎!一番偉いやつはなぁ!一番死んじゃいけねぇんだよ!!」
そうだ。横須賀統括指揮官であるのならば、責任を放棄してはいけない。
それは少年の心にもあったはずだ。
だがそれでも、それでも少年は選んだのだ。
戦うことを。
「なんでだよ!アタシは、お前と赤城が結婚してるところを見たかったのに!何で……ごめん、ごめんよぉ少佐……本当にごめん……」
軍曹は腕と脚が壊れている事よりも少年が事切れてしまった悲しみの方を苦しんでいた。
状況終了――