戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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2話

キューブレポート

 

1日目

研究所、というより元は恐らく銃の違法改造やブツの受け渡し地点だったのだろう。色々と伺えるものが散乱している。

 

とりあえず片付けが必要だ。

 

材料、問題なし、機材、問題なし、こんなものだろう。

 

これからこの水色の箱を調べる。変化と言える出来事は記述して行くつもりだ。

クライアントとのアクシデントを確認するように水を浸してみる。そうすると水はまるで箱に取り込まれた様に吸い込まれていった。

吸水力があるのだろうか、今度は様々な液体で試してみる。

ヒ素等の毒には何も反応なし、ただアルコールと砂糖水は水よりも比較して吸水が速い。

糖分を欲しているのか?

 

3日目

溶かした金属を流し込む。これも吸い込んでいった。

箱の見た目に変化はないが、重さが倍になった。

まだ手で持ち運べるレベルである。

 

10日目

劉さんが遊びに来た。その時吸っていたタバコの煙が逃げるように箱から遠ざかったのが見えた。何故かはわからない。

 

11日目

火を近づけてみる。火の一部をまるで吸い込む様な動きが見られる。煙は逃がしている。

見た目、形状、感触、いずれも変化なし。

 

20日目

電池から直流で箱に電気を流す。

最初、異常な輝きを見せたがそれも一瞬の出来事だ。

僅か3秒で電池の中の電気は消えた。これは確認する事が多い。

 

30日目

一通りの確認は済んだ。大量の電気エネルギーを流す事が決定した。大型の発電機だけじゃ心許ないと私が言ったのも原因だが、かなり原始的な発電方法でカバーする事にもなった。

 

31日目

場を変えて発電所に、時は深夜。

結構な額を渡したのか職員がぺこぺこしていた。脅してる可能性もあるな。

場のスペースを作り、箱を設置。街に流す電流を箱に、深夜の出来事なら気づかない人間の方が多い。

箱の波模様が揺れ動いたのを確認。続行。形状に変動あり。

何かになろうとしている。元の大きさから数十倍に膨れ上がるところで実験は一時中止、ユニオン軍か警察機関か分からんが横槍を入れられた。

 

45日目

まだ逃走中、近くのアジトには戻れない。変容した箱があるから姿を隠そうにもままならない。

もう飲まず食わずの寝ずで歩き回っている。緊急用の狼煙は上げた。回収しに来てくれるはずだ。

箱はまだ膨れ上がった姿でいる。

箱が収縮する可能性もあったが今のところ変化なし。

 

55日目

逃走中変容した箱を担いでいたスタッフが妙な事を言い出した。

暖かいらしい。私も触って見る。ぬるま湯、いやそれよりも少し低い。

だが箱の時には無かった熱だ。何かが変わっている。

 

60日目

逃走劇は終了。劉さんが回収に来てくれた。来てくれたのはいいが。この人何発か撃たれてるのにピンピンしてる。どういう事だ?

腹部と頭部から出血があったように見える。だがまるで何もなかったのようにしてる。

なにはともあれシャワーを浴びたい。メシも食いたい。野草は嫌だ。肉を、ソーセージを食いたいと思ってたら劉さんからホットドッグを渡された。

ソースが辛めで美味い。ウィスキーともよく合う。

この半月本当に生きた心地がしなかったが料理とは人間として生きている事の証明なのではないだろうか。そう思う。

 

61日目

変容した箱を研究所に計器を通している時だった。計器が異常な数値を示した。

ここでようやく気づいた。私を含めてスタッフは勘違いをしていた。実験は一時中止になったと思っていた。だが、違った。もう完了していたのだ。

どうやら充分なエネルギーを流し込めており、後は時間を必要としていたのだ。

箱は形を変化させ、その色は東煌系、重桜系独特の肌の色に変化する。

紫を基調とした東煌系デザインの服に身を包んだ小さな女の子だ。

東煌の人間だろうか?

私はそっちの言葉はまだ未習得なので他のスタッフが質疑応答する。

以下、事実なら原文ママ

 

「お前は何者だ?どこから来た?」

 

「寧海級のネームシップ寧海、貴方達が私を目覚めさせた」

 

「寧海級?何だそれは?」

 

「……ごめんなさい。今は何年かしら?」

 

「1877年だ。それがどうした?」

 

「私はイレギュラーだという事が分かったわ。貴方達は『気づいた』人達なのね」

 

「気づく?何に?」

 

「世界が今異常であると言った方が良いかしら?今技術分野はどんな形なのかしら?」

 

そこまで私に伝えたが、助けを乞う様にスタッフが見て来たのでありのままを伝えた。

世界は原子力というエネルギー(彼女曰く、核とも言うらしい)を手にしたというのを伝えると顔色が変わった。

 

「マイクロ波発振器は?」

 

「何だそれは?」

 

「船や飛行船の位置を探る機械よ」

 

そんなものはない。つい先日民間テレビ放送という技術が確立したぐらいだ。(新聞で読んだばかりだが)

電信、電話、電動モーターもついでに教える事にした。

 

「かなりすっ飛ばしてるわね。何が望みなのかしら……」

 

と呟いていた。

少女から多くの話を聞く必要があったが少女、寧海の空腹を伝えるその音で質問は止まった。

私は好きじゃないが東煌料理の焼きそばを食べる事にした。寧海はよく食べた。固い。

スタッフの一人がふざけて酒を勧める。どうみても成熟してない体は未成年のそれだと止めようとしたが、これまた良い飲みっぷり。

続きは明日だ。

 

62日目

おかしな話をしている少女だと思う。今私達、『人間』は間違った歴史を『何度も』歩まされているというのだ。

だが、不思議と私には納得のいく話だった。

劉さんがもてなしたゲストの話を伝える様に言うと顔を歪める。

寧海はそいつらの呼称を教えてくれた。セイレーンと言うらしい。

ではセイレーンの目的は何か、それを聞こうとすると黙り込んでしまう。

一部のスタッフがその態度に怒りを覚えるが、恐らくは違うのだろう。

私の言葉を翻訳してもらうと寧海は静かに頷いた。

やはりそうだった。彼女には到底分からないのだ。

セイレーンの目的も、世界をどうしようとするのかも

寧海の好物という事で肉まんというものを全員で食す。美味。

 

63日目

オーナー、クライアントが視察に来た。

クライアント自身の目でその少女と話をしてみたいというお願いを無視したら死ぬので私と翻訳の立会いのもとで話を聞いていた。

以下、事実なら原文ママ

 

「アンタは何ができるんだい?」

 

「シンプルよ。戦争ができるわ」

 

「戦争?銃の扱いに長けていると?」

 

「銃、じゃないわ。砲よ」

 

そういうと寧海がどこからともなく腕に巨大な銃身(言葉を借りれば小さいが砲身)を出現させた。

思わず体が動くが、それをクライアントに制された。

 

「これは貴方達が想像してるような安い威力じゃないわ。それに私自身も充分な戦闘力があると断言できる」

 

「それを使ってここを出て行かなかった理由は?」

 

確かにそうだ。そこまで断言出来るのなら何故?

その言葉に寧海が答えた。

 

「貴方、良い部下を持っているわ。普通、私みたいな化け物を見たら気が動転するのに一切攻撃行動に出なかった。その行動への敬意よ」

 

注釈を入れると、みんな見惚れていただけである。

後、敬虔なサタニストも病的なクリスチャンもいないし、箱から出てきたモノに驚いた奴はもれなく飯を奢るという話になっていたのが原因である。

続き

 

「アンタは何者だい?包み隠さず教えな。」

 

「信じてもらえないでしょうけど、ずっとずっと未来で生まれる生命よ」

 

「その言葉だと100や200じゃ都合は効かなそうだね。」

 

「ええ。一応語ってもいいかしら?」

 

クライアントが頷くと長々と歴史を語った。特記すべき事だけ記入する。

まず後半世紀は中性子は手にする事が出来ない事。世界大戦と呼ばれる戦いを二度と行う事。その後も北方連合とユニオンの戦争等もあったが、それも終結すれば後は世界は割と穏やかであるらしい。だが、そうでなくなるプロジェクトが始まった。

 

「穏やかに生きた人々はある研究を始めたの。昔、存在した過去の英霊達に謝辞を伝えるという計画だったそうよ。早い話が科学的な降霊術みたいなものね。でも、それは別の形になった。」

 

「それがアンタ達なのかい?」

 

「死んだヒトは呼び出せなかったのよ。代わりにヒトに近い意思を持つ私達が引き寄せられ、具現化した。そして私達を通してヒトは英霊達を宥めていったわ」

 

「じゃあ、セイレーンてのは何なんだい?」

 

そうだ。セイレーンが彼女を生み出す箱を持っていた事。それが謎だ。

どういう関わりがあるか、それも問題である。

 

「どこにでもいるのよね。限界を計ろうとする者が」

 

「限界?」

 

「口伝だけど、引き寄せる対象をヒトにしたから私達は産まれた。ならばそのベクトルを変えた場合は?それが悪夢の始まりだったらしいわ。今となっては何を引き寄せようとしたかも不明よ。」

 

「セイレーンは未来にいるのかい?」

 

「えぇ、ずっと遠い未来からここまで幾つかの空間を経由して『この時間』に辿り着いているはずよ」

 

「ふざけた話だね」

 

その言葉にまったくだ。と思っていたが寧海が少し黙る。

 

「どうしたんだい?」

 

「あ、いや、『こういう話』をね沢山したの。でも、いつも結果は同じだったからちょっとね……」

 

同じ結果。その言葉から察するにもう彼女は何度も『人間』にこの話をし続けたのだろう。

その度に偽りだと認識されたのだろうか、だがクライアントに疑えというのも無理がある。

少しばかり常軌を逸した事柄が重なっているのだから。

 

「悪いが、アイツらが出自不明でいきなり湧き出たっていう現実を知ってる身としては半分は信じなきゃアホな話だ」

 

その言葉に少し寧海の顔が明るくなる。希望が持てたのだろうか。

 

「お婆さんはどうするつもりなの?」

 

「私かい?そうだねぇ、とりあえず喧嘩は買ってやるよ。飛び切りの良いのを用意してね。眼中にないって動き、最初から喧嘩相手にもならないって考えてるんだろう?」

 

クライアントの顔がかなり怖い事になってる。これは間違いなく相手が苦しんでも泣いても殴り続ける様なそんな表情だ。

 

「その為にもアンタから相手の動きを知る事が先決だ。アンタ戦争が得意って言ったけど、今セイレーンと喧嘩しても勝てるのかい?」

 

「無理ね。」

 

即断だった。表情は自信が無いという物ではない。冷静になっているのが伺える。

 

「いざとなればアイツらは自分の駒を大量に呼び寄せられるわ。単騎でも現状のスペックは6:4で私が負けてると思う」

 

「一応銃火器ならある程度製造は出来てる」

 

「その様子だとメンタルキューブをかなり丁寧に扱ったのね。悪いけど無駄よ。弾道ミサイルでも無いと骨折もしないわ。良くて火傷よ」

 

何か新しい用語が出てきた。弾道ミサイル?メンタルキューブ?

 

「弾道ミサイルはその内分かるわ。情報の塊にしてこの世界のありとあらゆる情報の海と接続を可能とするブラックボックス。それが海色の箱、メンタルキューブよ。」

 

「黒く無いが?」

 

「代名詞よ。頑丈で一定以上機密を保持する箱をそう呼ぶの。その箱の頑丈さは今貴方達が持っている銃火器じゃ傷もつかないわ。勿論私達もだけど。」

 

ダン!ダン!ダン!ダァン!とここで暴音が響いた。

ここまで書いて、クライアントが腰にしまった銃をゆっくりと抜いて寧海に4発撃ち込んでいたのだ。

だが、それらは寧海に当たったのだ。しかし、潰れた弾丸が四発。寧海の肌にぴとりと付いてゆっくりと地面に落ちていった。

 

「なるほど、これは確かに戦争が得意そうだ。」

 

「撃つ前に一言欲しかったのだけど。」

 

それは私も同意したい。

 

「いや、世の中気を張ってりゃナイフが刺さらないバカが居るからね。その類いかと。」

 

「どんなバカよ。でもまぁその予想はいいセン行っているわ。」

 

精神的にある程度安定していればどの方向から同時に撃たれたとしても先程と同じ状態になるそうだ。

何でも目には見えず手にも触れれないが膜があるらしい。(マイクロ発振器はそれを感知する機械でもあるそうだ。)それを貫通するには同じ膜で相殺しなければ届かない。

そしてそれはセイレーンも同じだという事。必然的に彼女の様な存在に手を貸してもらわなければどうにもならないのだ。

 

「アンタのそれ生えるのかい?」

 

それとは寧海の大砲の事だろう。それを聞くとしかめっ面というのが適切な表情で応える。

 

「良からぬ事を考えてそうだから言うけど、メンタルキューブと接続して連動してない限りセイレーンには届かないわよ?」

 

「ふーん。練丹って分かるかい?」

 

「少し的を外しているけど面白い発想言うのねおばあさん。」

 

この二人は色々と話が通じるところがあるらしい。

クライアントも気に入ってる様子だ。私も翻訳のフェイ君もさっぱりだ。

 

「って事はセイレーンも同じって事かい?」

 

「でも絶対に違う所がある」

 

「というと?」

 

「上位種を除いてその動きはまるで動物、いえ昆虫よ。仲間の死体だって武器にするような奴ら。精神が『ブレない』以上空腹だろうが手足がもげていようが戦闘を続けるような奴らね」

 

「はっはっは、いいねぇ。尊厳と痛みがないと来たか」

 

「自爆戦術は基本として完璧に同種に対して何の愛着も情も無いわ」

 

それを聞いて少し冷や汗が出た。彼女のその言葉の意味は、と私がごくりと唾を飲んだ時だった。

寧海に指をさされた。少しどきりとする。

 

「そう、物量は絶対的に向こうが上!」

 

「はしゃぐな。それで一応聞いておくよ、アンタ達は『何回負けた』んだい?」

 

何回?聞き間違いかと思い通訳係を見るが否定するように頭を横に振る。

それを聞いた寧海の顔が沈む。

 

「何で分かるの?」

 

「何、昔よく見た顔だったからね。一回や二回じゃ数が効かないんだろうなってね」

 

「……残念だけど、もう覚えていないわ。気が遠くなる回数負けては、また人が過ちを繰り返して、世界の為に戦えと言われて、その度に『壊れた』」

 

「不思議だねぇ、負けた記憶があるのかい?」

 

「うん。『最後』の私は結構頑張ったのよ、これでも。でもダメだった。」

 

「自分でそう言えるならいっぱしじゃないか。」

 

「どこがよ……負けて、妹が死ぬ姿を見て、自分が殺されて、それのどこが……」

 

「そうだねぇ、負け戦しちまってるのはいただけない。けど……」

 

その言葉にクライアントの煙管を取り出して、火を点ける。

 

「今度はあたしがいる。そこが今までのアンタと世界の違いだ。」

 

「は?」

 

「異常事態に気づいたのは、そこの学者様だが、それの雇い主はあたしだ。」

 

「だから、何だって……」

 

「そうだ。何だっていい、あたしらにほんの少しでも勝ち方を教えな。」

 

「勝ち、方?」

 

寧海がそこで目を丸くしてクライアントを見つめていた。

都合15秒。そして、その瞳が潤んだ。

それを見るとクライアントははっ、と小さく笑った。

 

「悔しかったろう?あたしは最後まで付き合ってやれないだろうけど、勝ちの目を少しでもデカくしてやるよ。」

 

「でも、戦争は一方的に始まるわ。」

 

「時間は?」

 

「猶予はある。後40年近く。その間にある程度人間側が生き残れる確率を底上げする方法もある。」

 

「それは?」

 

寧海が指を四本立てる。

 

「四つ。これまで負けた技術を使うのも嫌でしょうけど。これが一番大きいわ。メンタルキューブとヒトの精神のシンクロよ。」

 

「シンクロ?アンタ達と一緒に泳ぐのかい?」

 

「意味的には間違っていないわ。人間が描いた航跡を私達がなぞる様に動く。これが矯正されていけば、物量の差を乗り越えれる。」

 

物量の差はどうにかなるというが、その前に前提がある。

 

「アンタ達自身を鍛えれば良いんじゃないのかい?」

 

「何度か前にそれやった奴らがいた。そいつらは皆……」

 

寧海の顔が歪む。それを見てクライアントが目を伏せながら言葉を出す。

 

「あぁ、なるほど。敵に迎えられたのかい。」

 

クライアントの一言で合点がいった。敵側からの引き抜きか。恐らくはかなりの好待遇だったのだろう。

寧海の表情が沈んでいった。

 

「離反者は多かったわ。限界を超えてまで自分達を守れっていうヒトに皆愛想がつきたのよ。」

 

「難儀だね、二つ目を聞かせな。」

 

クライアントが話を戻すと寧海は少し頰を赤くして言葉を出そうとしてるが単語になっていないから恐らく言い出せないのだろう。

クライアントが痺れを切らして煙管で机を叩くと、諦めた様に寧海が話を始める。

 

「結婚するのよ」

 

うん、通訳のフェイ君。ちゃんと翻訳しようか?と私が注意すると首を横に振られた。

え、何?間違っていないとでも言うの?嘘だろ?

 

「それが何で役に立つんだい?」

 

クライアントは真面目だ。疑問をぶつけている。こうして書いてる私は今コメディの脚本でも書いてるんじゃないかと錯覚していると言うのに。

 

「メンタルキューブは私自身も良く分からないのだけど、ヒトとの繋がり、縁が様々な強さとして表れるの。だから結ばれる事で私達は限界以上の力を出せるようになる。」

 

「精神的な枷にはならないのかい?」

 

「失えば確かになるわ。だから、一つ目に戻り、三つ目に進むのよ。」

 

一つ目、人間とシンクロさせる?それに繋がりがあるのか?

 

「今はまだないけど。いえ、時間はあるのだから作れる。」

 

「そりゃ何だい?」

 

「携帯情報端末よ」

 

ん?何だこの面白そうな単語の繋ぎ合わせは。

 

「どこでも持ち運べて、逐次私達の情報の取得と私達へのシンクロを可能とする機械が必要になるわ。これで三つ目」

 

無線機器の更に発展系か?情報を取得しながら接続も可能?

もしそれが可能なら、いや基礎の一部はもう晒されているのか。興味深い。

 

「一応、概要とどういう作りだったかは思い出しながらになるけど、何とか間に合わせる。でも、これでもまだ欠点はあるの……」

 

「欠点?」

 

あるのか?遠くから人間と繋がり、そして『思い描いた最適な動き』を可能とする。

ここまで来て欠点が。

 

「私達と繋がっていられるのは一部の限られた人間よ。恐らくは世界人口の15%ぐらい。それでも粗いのが多く混じると思うわ。」

 

「大砲の威力だけじゃなく、安い女でも無かったわけだ。」

 

「だから、ある兵器を並行して完成させたい。」

 

「四っつ目か。」

 

「戦力になって、尚且つ人を選ばない存在。人間が戦闘に出るという名目のパワードスーツよ。」

 

寧海曰く、これなら人員を確保できなくても対セイレーン用の『対応』にはなるらしい。

だが、コストの問題、キューブを多く使う必要があるそうだ。そこまで聞いて私の取り分のキューブを見せると首を横に振られた。

 

「ダメよ。それはオリジナルだわ。」

 

「オリジナル?コピーも作れるのかい?」

 

「私の遺伝子を、血液や皮膚を冷凍凝固させればコピーのメンタルキューブを精製可能よ」

 

「オリジナルを使えない理由は?」

 

「勿体ないが大雑把で、正直に言うと抱えてる情報量は比にならないのよ。ざっと倍って所かしら。加工に向かないのよね。ちなみに膜の精度もダンチよ。唯一変わらないのは攻撃力ぐらいかしら。」

 

「じゃあ、あたし達はアンタで吸血鬼ごっこしなくちゃいけないわけだ。」

 

ふん。とクライアントが椅子に面白くなさそうに踏ん反り返る。

だが、何か思いついたのか口元が歪んでいる。あーなんか怖い事思いついたんだろうな。

 

「寧海、アンタ経営に興味はあるかい?」

 

「経営?何をどう経営するって……真逆。」

 

「メンタルキューブ、ああ面倒臭いね。MCの技術基礎は今のところアンタしか持ってないだろう?なら今の内に流通ラインにアンタ達用のノウハウを取り込んじまえばいい」

 

クライアントは猶予の期間をフルに使う気なのだろう。胡散臭い商売でなく確立した技術を提供できる会社を立ちあげる。これなら一石で幾つ鳥を始末できるか分からない。

 

「で、でもお金は?言っとくけど冷凍凝固もそうだけど食費だってお金かかるのよ?人の5倍は食べるわ、それだけじゃない維持費は......」

 

そこまで聞いてクライアントが手で発言を制す。

そして静かに言い切った。

 

「嘗めんじゃないよ、アタシは独身だ。」

 

煙管を口から外しぷはーっと息を吐くクライアント。

それを聞いて、一瞬寧海が真顔になったが爆笑した。

 

「な、何よそれ!もう、お婆さんみたいな人間初めて見たわ!うっふっふ、ぷっふ!」

 

余程心が解れたのだろう。澄ました顔のクライアントを見ては二度、三度と笑いを堪えていた。

そろそろ平静を戻せたのかあっ、と声に出して話を戻した。

 

「で、でも不味いわ」

 

「何がだい?」

 

「お婆さん東煌の筋者でしょ?東煌に資産とかあったら回収しないと『消える』わよ?」

 

消える?それはどういう意味かは分からないが。

それを聞くとクライアントが嬉々としているのは気のせいじゃないのだろう。

 

「消えるってなんだい?なくなるのかい?」

 

「セイレーンに回収されるわ。人間もモノも特に重桜は根こそぎ持っていかれるんだけど」

 

それを聞くとクライアントは目がらんらんと輝き出す。まるでクリスマスがやってきたかのようだ。

 

「そいつは都合がいいね。アホのルンタウにトライアドのカス共が消えるとなると商売がやりやすい」

 

翻訳のフェイ君に込み入った事情を聞いたが、ブツの流通ルートやらの縄張り争いやら割と頻繁にやっているらしい。特に海外輸入品はクライアントが用意したルートを尽く潰されて煮え湯を飲まされるとはこの事かと言うレベルだったそうだ。

邪魔者が消えるのはありがたいが、この人、分かっていたけど私をただ人助けしたのではなく楽しめそうだから助けたんだろうなぁ。

 

「よーし、本国で回収出来るモンは全部回収してこっちで一旗上げさせてやらないとねぇ」

 

「あの、本当にやるの?決まった時間にセイレーンが仕掛けてくる保証はないかも……」

 

それを聞くと寧海の言葉に納得する。もしかしたら寧海は嘘をついている可能性もある。

それに寧海自身がブービートラップの可能性もある。彼女の本意でなくても情報そのものを逆手に使った起爆物の可能性は捨てきれない。

それを理解しているのか、そう『問いたい』のだ。

凡そ彼女の最後の真意への理解。

食事に酒と人と食べるのを好んでいる風はあった。だが、私見だがどこか距離を作っているのも見受けられた。

彼女は信用して、裏切られる事も、失敗する事も、絶望する事も、苦悩に打ちひしがれる事も、その全ても受け入れてくれるのかと。

私達、いや、クライアントの心を聞きたいのだ。

 

「……フェイ、学者先生、一応記録は取っておきたいんだろう。ならこの事も書いても良い。だが口外した場合、あたしが死んでようが生きてようがアンタ達を殺す。いいね?」

 

彼女のそれは嘘を感じさせなかった。恐らく『そうなるのだろう』。地獄への片道切符を今私と翻訳の彼は渡されている。例え切符を切った彼女が亡くなったとしてもそれは適応されるのだろう。

分水嶺。私はもう命を捨てても良いと思う。ぶっちゃけて自分が大切じゃないとかそういう事じゃない。『ここまで知ったのだ』今更何を知ったとしても諦めがつかない。

私は頷いたが、翻訳の彼は酷い顔色で退出した。

仕方がないのでクライアントに二度手間になるが話を聞こう。

 

「あたしにはね姉妹がいたらしいんだよ。」

 

「姉妹?」

 

「顔も見た事ない、声も聞いたこともない、結局名前も知る事も出来なくて、死んだ後に聞かされたんだ。」

 

「どうして知る事が出来なかったの?」

 

「生まれつきの不治の病さ、骨の中身が異常でそのせいで立つこともままならなかったんだ。それで隔離だよ。」

 

「ひょっとして色んな病気にもなってなかった?」

 

寧海の口からとんでもない言葉が出る。憶測で今モノを言うのは危険だと言うのに。

 

「そうだねぇ、年中風邪をひいてたそうだ。痣も勝手に出来てたらしい」

 

そこまで聞くと、寧海が何か呟いた。

聞き取れなかったがここ最近の覚えた東煌の言葉の中で『骨』と聞こえたが何だろうか。

 

「私の祖先は一応、そういう病弱な家系なんだよ。そしてある程度偉くて、そんでもって悪どい」

 

最後はなんとなく知ってました。

 

「だけど産まれてくる子供の内3人に1人しか生き残れないんだ。さっき言った病気の都合でね。」

 

「お婆さんはたまたま生き残れたの?」

 

それを聞くと煙管の中身を捨てて、ゆっくり仕舞った。

そして、静かに、圧力を込めて、私達をまるで逃がさないように呟く。

 

「あたしはね、2つ目の子供の友達だったんだよ。3人作って、3人ともダメだったんだ。1人目と3人目は骨の病気さ、だけど2人目は私と遊んでる時だった。その家が気に入らないってヤツらが子供でも殺しに来たのさ」

 

クライアント曰く、歳は十の頃。その2人目の子供はとても優しくて思いやりに溢れていたそうだ。

だが、だからなのだろうか、クライアントを盾にする事もせずに彼女を突き飛ばして庇い首を凪がれて一瞬で死んでしまったらしい。

そして問題はそこからだった。当然その娘の親は怒りを露にしただろう。だが如何せん敵が多かった。敵の見分けが付かない。そして何よりも跡取りを失くしたのが痛手だ。

そこを付け入る輩は多いだろう。それがどうしても気に入らない。

この怒りを少しでも和らげばと巻き添えになった子供とその親を殺そうとした時だった。

とても頑丈そうな男が口を出したそうだ。

「その娘は思いやりこそ娘さんに劣っているかも知れませんが襲撃で死んでないところから恐らくは強運でしょう。どうです?まだ娘さんは死んでない事にしてその娘を引き取るのは?」

......いや、まさかな。

その言葉に、そうか、そうだ。それだ!と父親は生き残ってしまった娘を引き取らせろと言った。

両親は命を助けてもらえるのだ。どうぞどうぞと差し出した。

その時だった。生き残った少女はこれほどまでに醜いと思う人間達はいないと思わずにはいれなかった。

プライドと地位と名誉に縋り付き、自分の娘の死すら騙そうとする者も。

愛の結晶である愛娘を殺されたくない一心で引き渡す両親も。

どちらも薄汚く。そしてくすんで見えた。

それから必要以上に教養を身に付けながら自分を育てた気になっている父親に吐き気が覚える中だった。

元の親が自分に金の工面を要求してきたのだ。

およそ子供がおいそれと出せる金額ではなかった。だがこんなのでも産んだ親だ。

今の父親に相談してみたところ彼はにこやかに話を聞き、そうか、そうか。と頷いていた。

良かった。これで安心できる。そう思い、2日が経過した。

そうしてその日の朝に育ての親から来なさいと言われ、言われるままに屋敷の地下に足を運ぶ。

とてもとても機嫌が良さそうだった。何だろう?そう思いながら地下の暗闇に目が慣れていく。

その場所はとても金持ちの趣味らしい部屋だったそうだ。

様々な拷問器具。子供でも分かる人を傷つける為に用意した道具の数々。

壁や床にはもうシミになって落ちないであろう赤い塗料が散乱していた。

そして、そこに『あるのは』四肢の無い傷だらけの両親の変わり果てた姿だった。

鼻は潰れたのと削がれたのが一つずつ、目は片方が機能していないのだろうか白目に裏返ったままに見える。口は泡のような傷口があった。それは酸をかけられた証であった。身体中には赤く腫れ上がった跡が幾つもある。焼いた籠手を何度も幾つもの場所に押し当てたのだろう。

少女は悲鳴とも嗚咽とも断末魔とも言えない、とてもとても入り乱れた嘆きと言葉を発した。

これは、これはどういう事なのだと。

育ての彼の口からはにこやかに発された。

こいつらは私を脅したんだ。『私達』を。

少女は反論した。それは違うと。彼等は彼等なりに生きようとしたんだと。

だがそんな小さな口は首ごとすぐに抑えられた。

メインディッシュだ。

その言葉に察しがついた。少女は叫んだ。

気が狂ったようにやめてとヤメてとヤメテと。発音もグチャグチャだったろう。

だが、そんな言葉で止まるわけがない。

二人まとめたダルマに先端を尖らせただけの鉄の棒が突き刺さった。

何度も何度も。ダルマは最初こそ動物のような声を上げていたが最初の一回だけだったらしい。そこからはただ体液を撒き散らすだけの肉袋だ。

育ての彼はにこやかな笑顔で、これで娘だ。とまるで欲しがった物を手に入れたように言う。

少女は叫べもしなかった。そこで両親の鮮血が溢れて溜まり、己が顔を映すほどになった時に少女は見たのだ。

あの時の2組の薄汚く、くすんだ生き物の顔よりも、とても無力で無知で憐れという言葉すら憚られる顔をした物を。

とてもとても汚くて、とてもとても意気地のない顔だったそうだ。

その映った顔を殴り付けて悟った。両親を殺したのは育ての彼ではない。ましてや金を求めた両親達でもない。この、この悪夢のような現実は自分がもたらしたんだ。

いや、そもそも自分があの少女を助けられなかった事が全ての元凶だ。狂っているのはこの人達かもしれない。だが悪いのは私だ。それを履き違えてはいけない。一番汚く、くすんでいたのはあの時から少女だったのだ。

少女はそれから狂ったように必要以上の教養を更に必要以上に求めた。

武術という武術も学んだ。銃の扱いも、それを人に向けて撃つ事も、何の躊躇いも無くなった。

成人して、家業も継いだ。悪どいと呼ばれる手段は全てこなした。

人殺しも、違法薬物の売買も、暗殺も、子供を人質に取る事も、下っ端の下っ端の腹に火薬を抱かせる事も、どれもこれも少女だった彼女はこなせるようになった。

鏡を見ればあの時の自分が映る。だが、あの時以上にくすむ事も汚く見える事も無くなった。

せめて無力ではないと、せめて無知ではないと鏡が証明してくれる。それだけは救いだった。

だがそれと同時に世界がくすんで見えた。どんな綺麗な絵画を見ても、どんな綺麗な造形物を見ても全てくすんで見えた。

いつしか彼女は歳をとって老いを嗜む頃になった時だった。

自分以上にくすみ上がっている癖にそれでいて綺麗な少女の顔を見てしまった。

この娘はきっと何度も無力だと思わされたのだろう。そして何度も果敢に立ち上がったのだろう。

それはとても羨ましくもあり、憎くもあり、悲しくもあり、喜ばしい事でもあった。

過去は変えられない。だが、その娘の話が本当なら、少しだけでもいい、このくすんで見える『未来と世界』を変えられると。あの時無力だった自分には喉から手が出る程の機会だ。

だから、それを信じたいと思う。それが彼女の本当の心だ。

 

 

「アンタには悪いけど、アタシが感じてるシンパは一方通行だって分かってるさ。だけど綺麗なアンタを私は信じたい。失敗を積み上げて、それでも無力じゃないと立ち上がっているアンタに夢を、この年寄りに夢を抱かせちゃくれないか?」

 

……クライアントの本心は、寧海はようやく見えた綺麗な存在なのだろう。彼女が何故独り身なのか分かる気がする。

きっと誰も彼もがくすんで汚く見えたのだ。欲望が、野心が、もっとおぞましいものが透けて見えたのだろう。

そんな彼女がようやく綺麗なものを見たのだ。この綺麗なものを信じたい。信じていたい。たとえ嘘でもいい。

 

持っていたモノに寧海の顔が青ざめる。

きっともっと単純なモノを持っていると思っていたのだろう。私もそうだ。

今度は寧海が試されている。そう言える。

 

「おばあさん私はそんな綺麗なものじゃないわ。心ではね人間を信用する事も受け入れる事も怖がってるの、私達は……」

 

「そう命令されたとしても続けたのはアンタの心だよ。あの時アタシに出来なかった、弱い奴を何がなんでも守ろうとしたアンタだ。」

 

寧海にも何かしらはあるのだろう。先のこういう話を『何度も言った』。これを額面通り回数としてのみ受け止める馬鹿はいない。

拷問、しかも彼女達には『膜』がある。それを考慮すれば凡そ人道的でない(更に言えば戸籍どころか人間でないという言い分で)処置ないし処遇を、擦り合わせ、真偽の結果が出るまで、しかも執行者は確実に人。どんな悪意でそれをこなしたか私の想像をはるかに超える下衆がいるという事は明白だ。

それをセイレーンの歴史干渉を繰り返す度にやっていたのだと言うなら。人だろうが、いや下手をすれば神などと言う死んで存在を証明することしか出来なかった者にも到底無理だ。

そしていつも最後に待っていたのは敗北。

恐らく、何度も理不尽な要求はあったろう。その身を賭して世界を守れと、私達人類を救えと、ちっぽけで矮小な心を持ったたんぱく質の塊に。より高度で何度も痛みに耐えた気高い心を持った彼女達の心はどれ程傷ついていたのだろう。

だが、だからこそクライアントが差し出す言葉が分かる

 

「アンタが人間を受け入れらないなら、アタシに受け入れさせちゃくれないかい?アンタがここに居ていいと言う証をアンタに贈らせてくれ。」

 

クライアントの考えはきっと今考えてる私と同じだ。

 

「一目惚れだよ。アタシの娘になっておくれ、寧海。」

 

「え?」

 

「アタシは最後まで付き合えない。でもアンタに今度こそ、今度こそ人の味方で良かったと言えるだけの道を開けてやる。」

 

そう、彼女は言ったのだ。

 

「縁は力になるんだろう?」

 

そうだ誰でもない寧海の言葉だ。人と結ばれる事で力を増す。縁がそれを可能とすると。

そんな言葉が来ると予想出来なかったのだろう。

寧海がクライアントを直視したまま涙を流し、言葉が制御出来ないのか溢れさせた。

 

「あ、あなたは、ど、どうして、わたしたち、わたしの、ために、そんな、うそ、なんで、いっつも、ばけものって、あいつらの、なかまだって、なんで、なんで、こんな、やめて、やめてよ、かみさま、わた、ぜったい。」

 

寧海はきっと幾つもの不幸や理不尽があったのだろう。だが、それを泣(無)くす程の言葉を贈られたのだ。生まれてきた事の祝福を。

 

「アタシと同じ貌をしたアンタを娘というのは酷かもしれないねぇ。」

 

クライアントが涙まみれの顔で呟く。

私も少しばかり涙が出てきた。

 

「でもね、アタシの夢を背負って生きていくんだよ?『世界を変える』それだけ約束しな、それだけを守るなら今日からアタシの娘だ。」

 

「うん、うん!お、おばあさん!聞いてもいい!?」

 

寧海が涙を流したまま笑顔で尋ねた。

 

「おばあさんの『本当』の名前を貰ってもいい!?」

 

その言葉にクライアントは嬉しそうに、懐かしむように、思い出すように、産まれてきた新しい命に祝福の形を差し出した。

 

 

この日、寧海という少女が、否、鈴玉という少女が産まれた。

私の命の為、そしてプライバシーの為、このノートがあってはいけない。これは墓場まで持って行かなくてはならない。

私の中に閉まっておくべき少女達の悲しい過去の部分を焼き捨てる事を決意した。

 

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