カーテンを買ってもらう。分厚くて陽の光が入らないぐらいの黒いのを。
そう思いながら早朝に少年はムクりと起き上がった。ユニオン系らしい金髪にそこそこ整った顔で青い瞳が綺麗だと良く言われるその目で自分の部屋を見回す。
「汚ねぇなぁ。」
およそその童顔からは予想できないぐらいの低い声で部屋の惨状を呟く。もう声変わりはした。子供の見た目でも子供じゃない。かと言って母親にやらせるのは不味い。野球を取り上げられる。
少年はもう12だ、もう大人だ、好きな事をさせてくれと嘆願してしまった事を呪う。
でもドラマに出てくる大人は結構だらしないのが多いよな?
とも心で言い訳をする。今からざっと20年前からテレビ放送という技術で娯楽を提供するようになった。
テレビドラマ、作られたお話の通りに演じる劇が放送されて人々を魅了させた。
だがそれ以上に少年が魅了されたのは様々な試合の生中継だ。
野球の試合の生中継を見て少年は幼い心ながら心震わせて、自分もあんな風に打ってみたい。と五つの頃から叫んでいた。
父は許したが母は許さなかった。それはボールがぶつかったり乱闘になったり打って跳ねたボールで怪我をしたりする人間を知っているからである。
我が子を失う可能性のあるものだ。それは少年には理解出来なかった。命を賭ける物じゃないと言われた。
勉強をしましょうと言われ、渋々言う事を聞いたが隠れて野球に必要な事を沢山した。そしてそれは今からもする事だ。
朝起きたら念入りに歯を磨く。これは踏ん張るのに顎や歯を強くする必要がある為である。
体力は幾らあってもいい。その為に同学年の子から教えて貰い、一定のペースでの走り込みや短距離で全力ダッシュを毎日こなして来た。
川に着いたら投げ込み。対岸まで狙った場所に石をひたすら投げる。4割ぐらいは疲れで川の中に入ってしまったが石という回転が正確でない物を投げているのだから及第点と自分に甘くする。
帰ってきたら飲む物がある。名称があれだが口コミ等でかなりの評価を得ている粉末。
龍体激神
本当にこのネーミングセンスだけはどうにかならないものなのだろうか。この会社の製品で唯一の東煌ネームだが、これで売れると思ってるのがすごいと少年は尊敬する。
中身は違法薬物などではなく、筋肉の成長を促すたんぱく質が豊富であり、他にも丈夫な身体を作る様々な成分が入っており、噂では様々なアスリートに限らず軍人も飲んでいるらしい。これはその未成人用に調整されたものだ。
誕生日プレゼントは絶対にこれを1年分頼んでいる。高価ではないが1ヶ月分でも子供のお小遣いでは到底払い切れるものではない。
その粉末を牛乳と混ぜ合わせて一気に飲み干す。
着替えを持ってシャワールームに入り汗を流し、シリアルにまた牛乳を使い胃の中身を満たす。
母はこの時間には起きない。必然的に栄養は自分で作らなくてはいけない。
テレビを付けるとコマーシャルが丁度やっていた。件の粉末の発売会社、帝龍カンパニーの本業とも言える物。車、ミューズカバーというシリーズの車だ。
もうそんな時期か、そう思うのも注文時期が決められているからだ。
この名前はユニオンを超えて世界各国で知られているほど有名なロングセラーだ。
テレビ技術が出てきたのと同じ時期に何をやっても壊れないとまで言われた車がまるで『湧き出た』のだ。
事実この車で事故に有った人間はテレビでも映されていたが驚くぐらいの接触事故にも関わらず、まるで無傷の登場者が降りてきたのは誰しもの目に止まった。(少年もこれは死んだな。と思う程でもあった。)
それだけではない。頑丈な車だ。誰しもが改造し悪乗りをする子供のような大人が現れるだろう。それを見越したようにリミッターが幾重にもかけられており危険な走行は出来ないとされていた。
それでも性能は従来の車とは比べ物にならない。金持ちの友達に乗せてもらった事があったがまず揺れを感じさせない。走ってると引っ張られるような感覚があるがそれも感じない。そして他社の車とは比べ物にならないほどコーナリングが鮮やかだと思えてくるのだ。
友達の親が抱えてる運転手も「いやぁ本当に曲がりやすい。『描いたコース』の通りに動く。」と自分と車を同時に褒めていたほどだ。
犯罪に使われる事がないよう会社は買い手を厳重に調査しているというのも昔ニュースで紹介されていた。身辺の調査ももちろん、近親者及び近所にギャング、マフィア、所謂ヤクザ者がいた場合速やかにお引き取りを願う所を映し出されていた。
その車を10年売るとここ西部で警察車両のモデルとして帝龍カンパニーが技術提供を始めたらしい。それと同時に軍用の車両にも同様の技術を与えていった。
そうするともう通常販売はしないのだろうかと不安の声が上がっていたが年間15台の完全注文販売を社長であるマイケル・アスキスが宣言した。これが先のコマーシャルの事情だ。
その時の社長はとても雄弁だったと父に言われた。色付きの眼鏡でジャージにシャツでジャケットを着て両手を広げて、まるで世界に挑むようだったと教えられた。
それと同じ時期だった。先の粉末商品が販売されたのは。
それだけじゃない。帝龍は他にも様々なブランド展開を始めたのだ。
気がつけばどこも帝龍の真似をしようとするがどれも劣化品だった。
人々の観点や美的センスに訴えるようなそれ等は少年には不思議な話だった。
(どこからあんなアイディアが湧いてくるんだ?)
少年の言い分はこうだ。人ってもっと躓いたり失敗したりやり過ぎて怒られたりするもんじゃないのか。少年の周りの世界だけでもそういう子供や自分が何処かにいる。
でもきっとそれはもっと大人になれば変わっていくのだろうか。分からない話だ。
それに考えてみたけど割とどうでも良い話なのだ。ただこの四文字のふざけていてとても効果のある商品を作ってくれた事には感謝している。
これを飲んでいるお陰なのか小さく細く見られる今の自分でも驚くほど力一杯のスイングが何度もできる。
先の川投げも正直に川の端から投げていたわけじゃない。川から離れて『80m』先にある川の対岸に投げつける事が出来ているのだ。
もう少年は粉末を三年利用しているがこれは野球に使える。練習で息切れなんかした事がない。むしろコーチや周りの子供達が付いていけなくなっている。
勿論他にも利用している子も居たのだが、少年ほど動ける子はいない。
打撃ではどんなへなちょこのボールだってホームランに変えれる。
守備では少年の送球を受け取れなくて手加減しないとマズい事になっていた。
代走で何度か一塁から走り抜けて本塁に帰って来た事もある。
今日も朝から試合だ。とても気分が良い。相手に何点差を付けれるか楽しみだ。
そう思いながらユニフォームを来て道具を背負い、スパイクを履き大きな声で
「行ってきます!」
それだけ言うと元気よく家を飛び出す。
のと同時だった、ぼよん。と何かにぶつかった。
何だ?と衝撃で閉じた目を開くと黄色の肌の綺麗な少年より年上であろう東煌系の女の子がひくひくと顔を引きつらせていた。
自分の顔の位置がわかる。つまり『そういう』事になっている。
女の子の少し成長した胸の膨らみに少年の顔をが埋もれているのだ。
「このエロガキ!」
ばん!と突き飛ばされた。
うわっと言いながらよろけるところんとボールが落ちる。
謝るよりも野球道具であった少年はボールを追おうとするがどっちに落ちたか分からない。
辺りを目で探すが、それを見ていた女の子が更に怒りを増した顔色をしていたが
「おーい、コレか?」
男の声で少し薄らいだ。アロハシャツにジャージの丸眼鏡の初老の男性が右手に紙袋を左手にボールを持っていた。
「あっはいそうです!」
「おじさま!どこまで買いに行ってるのよ!?」
あっはっはすまんすまん。と言うと左手のボールを力一杯に投げた。
それは少年を狙ったつもりだったのだろう。大きくそれて東煌系の少女の顔面に叩き付けられる前だった。
ばしんと少年の手がボールを捕らえる。
「ありがとうございました!」
撮ったボールの悪球事情も気にせず礼と頭を下げ、少女の方に向き直した。
「ごめんなさい!そういうつもりはなかったけどごめんなさい!」
それだけ言うとぴゅーっという擬音が似合うように立ち去ってしまった。
その姿にあっけらかんとしていた二人が車に乗る。
車内は後部座席と運転席に仕切りがあり、運転手の後ろ姿が少しだけ見える。2人が乗ったのを確認するとエンジンに火を入れて、クラッチを切った。
スムーズな加速に安定した車体ボディバランスはシートに身体を預けるのにはちょうど良かった。
少女が口を開いた。
「『あれ』がアラスター少年。完璧に『駆逐タイプ』ね。」
「そういうのはカンか?」
男性が尋ねると少女が頷いた。
「まぁ『統計的』にね。それとファーストコンタクトは最悪だけど頭を下げれるのは評価できるわ。調査通りの性能ね。いや、ノーフォームからの変化球大変だったでしょう?」
その言葉に男性が口元を歪めて歯を見せて答えた。
「この半年いらん技術ばかり身に付けさせてくれてありがとさん。お陰で肘と手首が痛いわ。」
先の一球は演技であった。変化球、少女の顔にぶつけても構わない。そういう名目で投げるつもりだった。ボールも拾ってなんかいない。用意したボールをあたかも拾ったような動作をして印象を与えただけだ。本物はまだどこかに転がったまま。
「しっかし、向こうから落としてくれたのは助かったの。」
その言葉を聞くと、少女がぴくんと体が反応した。
「言っとくけどね!私に痴女願望なんか無いからね!!」
調査はしていたが、調査時点と少年のスピードに『ズレ』があり対応できなかった。それが少女の言い分だった。
それを耳を指で詰めながら「あーはいはい。」と知ってる存じてるの姿勢で返答する男性。
「唯一見つけた突飛な有力候補者。いざとなったら誘拐でも拉致でも逆身代金でも良いからスカウトしなさいよね。」
少女の口から不穏な言葉が出るが男性はうーん。と口籠る。
その姿勢をギロリと少女が睨む。
「あー寧海嬢。そんなに睨まんでくれ。」
少女、寧海は今にも噛み付きそうだ。それを男性が宥める。
先刻、おじさま。と呼んでいたがその姿勢が偽りのモノである事が容易に想像できる。
「マイケル!ここまで来たのよ!あの少年は絶対的に『才能』を持ち合わせているわ!!」
寧海がそう呼ぶと溜め息を一つ吐いて、丸眼鏡を仕舞い、サングラスをかけた。
それは知る者がいればすぐに答えるであろう、帝龍カンパニーの社長の姿だった。
「ゆうてまだ12じゃろ?それに『外骨格』も30%ぐらいしか出来上がってないし……」
その言葉を出すと隣の少女に足を蹴られた。顔を見るととても怒りに満ちているものであった。青筋が浮かんでいるしぴくぴくと揺れている。
「それについては何度も言ったような気がするけど、『どこかのバカ』が年間15台も注文したのを宣言したからじゃないかしらねぇ?」
げしげしげしげし。
痛い痛い痛い。
まるでその発言が原因かと言うように寧海が片足を振り子の様に振り続ける。だがマイケルにも言い分があった。
「資金源の確保は必要だったし、もうアレだけの展開をして転売対策もしとる以上中古販売もできん様にしとるし、人間欲しがる物なんじゃからアレぐらいで丁度いいと劉さんも言うとったろう?」
その言葉に寧海の足が止まった。思うところがあったのか顔を不満げにしながらも黙りこくる。
その様に安心したのか少し溜息を突きながら尋ねた。
「さて?寧海嬢、今後のご予定は?」
マイケルの言葉に寧海がメモ帳と思しき紙束を広げる。それらを確認しながら指で文字を掬う仕草をするととつとつと呟く。
「貴方は『パレード』、私は『レジャー』よ。最大で2週間は予定が埋まるわ。貴方が動けなくなった場合は劉に代理人を。」
それを聞くと、マイケルが大きく息を吐き、寧海が「何よ?」と尋ねた。
「違法入国者が気が付けば大企業の社長で悪巧みするとは子供の頃じゃ夢にも思わんよ。」
40年前、鉄血から逃げるようにここユニオンに密入国して、マフィアに飼われ、気がついたら大企業の社長になって、色々な企業、いや最早国家を悩ませる程の影響力を有すとは誰がこの人生を計画できたであろうか。
その言葉に頬を膨らませた寧海が答える。
「しょうがないでしょ、母さんが貴方を指名したんだから。」
母さん、寧海とは血の繋がりこそは無いもののそう呼んだ東煌系の老婆を思い出す。
その老婆は所謂、ヤクザ者でかなりの地位を築いていたが自身の『クリーンな資金』を帝龍カンパニーに提供。その際に社長はマイケルに社長を任命させた。マイケル自身はこの言葉の意味は察せる。これは恐らくだが……
「逆らったら殺すつもりだったような気もするんだが。」
「まぁ、私を『任命するわけにはいかないし』妥当なんじゃない?」
そう、少女は帝龍カンパニー設立の時点で既にいる。『何一つ変わらないまま』の姿で。
40年が経過しているが何も変わっていない。それを知っているのは一部の者だけだ。
ずっとずうっと、彼女は少女のままだった。それを隠し通さねばならなかったが今この日に於いては話が違う。
帝龍カンパニーがユニオン軍に技術提供を差し出した見返りに求めた物はある。
原子力を超えたエネルギーの開発だ。新しいエネルギー。その名前は
「メンタルキューブ、ようやく始まるのか戦争が」
マイケルが肩を竦めて、大きく息を吐く。
「こんな事になるなんて思わなかった、か。」
マイケルのさっきまでの心情を反芻する様に呟く寧海。
気が付けば40年、まず資金源の確保、それに丁度いい代物として目を付けたのは自動車だった。
モデリングとなる次世代と言える車の図面、機構、制御、そして『材料』。そしてサービス。
一定の期間や走行距離を走ると帝龍の技術者が来訪し代車を渡して修理するのだ。それは購入する時にも教えているし、無料で行うものでもある。
「初期型は現行と比べると装甲が落ちるから、10年前にタダで再調整しなおしたな、そういや。」
懐かしい。若かった買い手が少し老けていたが「この車が1番乗りやすかったよ。安心出来るし、それをタダで今売ってるのと変わらない様にしてくれるなんて」そう言いながら、頭を下げていた。
「他社が発想とかパクるのは予想出来たけど、まさか大事故でウチのに乗ってた人達だけ助かって、クレームが来るとは思わなかったわ」
16年前の事である。あるメーカーがミューズカバーより強力なエンジンを積んだと豪語したコマーシャルを流した何ともクレイジーな車を販売した。
「お行儀の良いミューズカバー?あんなのダメだダメだ、走るってのはもっとエキサイティングだぜ!!」
どこかの俳優がそんな演技をしてガッツポーズを作っていたが帝龍としてはそこそこどうでも良かった。売れ生きに変動がある訳でも無いし、そもそも搭乗者の安全かつ追従性のある車を作れればそれで良かったのだ。
だがコマーシャルの言葉を借りるなら『お行儀の悪い』その車を改造し、とてつもない速さで暴走し都合25台の接触事故が起きた時だった。
その内の4台がミューズカバーで搭乗者は全員軽い打撲か脳震盪、残りの21台に関しては死亡8名(暴走車の搭乗者を含む)、重傷者では植物状態の処置を施され、軽傷者でも腫れ上がった頭や腕がテレビに映されていた。
「あの後、あの俳優綺麗にドロンしとったな。」
「まぁ、アイツに責任問題押し付けるのは本物の筋違いの馬鹿でしょ。家燃やされてたけど。」
その事故の被害にあった遺族等がその俳優の家や事務所に火を付けていたのは記憶に新しい。
問題はその後だった。その事故の全責任を帝龍に押し付けたのだ。言い分はこうだ。
―帝龍カンパニーのミューズカバーに勝つ為には我が社の製品を売るのは仕方の無い事だった。
マイケルも、それを後から知った寧海も頭を抱えた。そんな腐った言い分。と言えるが向こうの弁護士側がもうそれは必死だった。それもそうだ。後から分かった事だが、その弁護士は事故で婚約者が植物状態になっている。そして事故を起こしたメーカーは違法改造されている以上は責任は取りたくないのだ。
実際、他の遺族や怪我をした人間もそのメーカーが『説得』し、遺族会から目の敵にされた。
だが裁判内容も吹っかけがいい所である。ミューズカバーの即刻製造停止と有り得ない額の賠償金を求めて来た。
泣き落とし、憤慨、狂乱、遺族達の演技力も、素人にしては上手いもんですね。と用心棒をしている頑丈そうな男が判断していた。
だが陪審員までは『話し込めて無かった』のだろう。結果は呆気なかった。何せ事故を起こした問題点をすり替えているだけなのだ。帝龍側は一銭も払わない幕引きとなった。
だが裁判がどういう結果であってもするようにと用心棒兼相談役に念をおされた言葉を記者達にマイケルは言った。
—今回の事故で被害に遭われた方々には、相応の見舞金と最新医療を受けて頂きます。これも我が社がお行儀の良い車等を販売したのが原因なのですから。
敗戦虚しい去り際の遺族達が振り返り、膝を折って謝罪していたのはマイケルの記憶からは抜け落ちない。
弁護士も何故?どうして?と言葉を繰り返していた。
—君達は被害者だ。不幸があった。だが不幸を不幸のままにして良い理由がない。
1部の重体患者は内地で最新医療を施されるように手配する。
そして、その様は大きく取り上げられた。その時も腕を大きく広げ、世界に向けてポーズを取った。
—不幸を不幸のままにするな!それが我が社のモットーだ!辛かったら我が社を頼れ!!素質が無いと苦しむ者も!才能があるのに活かすことが出来ない者も!!我が社は絶対に受け入れる!!!そして!君達も我が社を受け入れろ!!それが世界だ!!受け入れあう事こそがより良き世界の始まりだ!!
次の年の新入社員は例年の5倍だった。言葉通りの者が多かった。だがほとんどが働き者だった。それがせめてもの救いであったろうか。
だが、一口に雇うと言ってもラクではない。これだけの人材を腐らせる訳にもいかないのだ。帝龍は新事業を立ち上げ、様々なアイデアが新入社員を介して中堅がブラッシュアップし、事業を成功に導いた。もう15年前の事である。
元々の予定のあったものに、軍との協力関係でミューズカバーは限定生産、その為次の事業は……
「ファッションブランドはギリ成功だったなー。」
ぷはーと息を吐きながら当時の苦労を思い知る。
向こうに行っては戻ってきての繰り返しでとても苦労させられたのだ。
「まぁ、アレはユニオンでも売れるとは思わなかったけどねー。」
どれもこれも東煌系の彩が出たデザインで半ば趣味的だったのが事実だ。それでも女性から一定の人気は得た。
「色々あった。出版社にもなって、コーヒー栽培まで始めて、ビール作って、もう何の企業だこりゃ。」
最早大手複合企業とは言っているが、早い話が節操無しの会社である。
それを共感してた寧海も言葉を漏らす。
「お金稼いで、愛想撒いて、沢山頭抱えて、寝ずに仕事して……」
「くだらなかったか?」
その言葉に寧海は目を丸くした。だがそれも一瞬だった。すぐに優しい慈愛に満ちた笑みを浮かべて、
「楽しかったわ。」
心からの言葉だとマイケルは理解すると、満足そうに笑顔を作った。
「残りはワシの仕事じゃな。」
マイケルの言葉に寧海が吹き出す。
「ふふっ、『ワシ』か。もう貴方もそんな歳なのね?」
40年。約普通の人生の半分。マイケルは姿が変わらない彼女に何も思う所もない。いや、あった。
「先に死んでしまっても怒らないでくれよ?」
その言葉を聞くとぴくりと寧海は真顔になった。
だが、ふふんと鼻を鳴らして笑顔になる。
「アンタみたいなのが一番大往生するのよ。大丈夫。先に逝ったら母さんがアンタをきっと追い返すわよ。」
その言葉にマイケルの背筋に悪寒が走る。もう彼女の母は確かにこの世に居ないが、ありえない話じゃないのだ。
そんな思い出と与太話をしていると目的地に着いた。そこまでの速度だったのか、それとも夢中になるほどの話だったのか。それも忘れて2人は目的地を見る。
―サンディエゴ海軍基地
「ここを外から見るの『初めて』だわ。」
寧海の言葉にマイケルが「あー。」と覚えてる限りの事を呟く。
「『後少なくとも10年はない』だっけ?」
マイケルの不可解な言葉に寧海が頷く。
「それに敷地が半分未満ね。『入れ知恵』がしっかり働いてる。必要面積だけ確保してるわ。想定より小さいけど『問題ない』。」
そんな会話をしていると基地入り口から一人の背広を着こなした男が歩いてくる。
男は襟を正しながら確認の言葉を出す。
「失礼、マイケル・アスキス様ですね?」
「あぁ、今回のお披露目会に呼ばれておる。」
「マイケル様が最後のゲストです、お急ぎを、それと……」
それと同時に男の視線が寧海に行き届く。どうやら招かれざるゲストは一人も通す気がないらしい。
「おじさま、車の中で待ってるわ。」
寧海がその視線に気づくまでもなく、さらりと言葉を出した。
では、と案内役を買った男がマイケルを基地の中に迎え入れる。
その様を車内から眺める寧海に運転手が声をかける。
「お嬢、ここからは...」
「フェイ、気にしなくていいわ。私の時間はようやく動き出すのよ。ただそれだけ。」
ぴしゃりと言い止められる。そして、1つだけ思い出して口にする。
「お孫さん、良い音楽を奏でていたわね。あれで12歳でしょう?作曲のセンスも良いし、就職先に困ったら『斡旋』するわ。」
運転手の彼が動画保存した姪のコンクールをたまたま後ろで寧海も眺めていた。
その様は最早曲芸とも言えるのだろう。口にハーモニカ、右にキーボード、左にチェロ、バカバカしいが演目がオリジナルの作曲のお披露目だ。
だがしかし、これは余りにも馬鹿げている。
そう思いながら呆れたように苦笑していた寧海だが、始まった瞬間に何が起きたのか分からなかった。
一瞬で心奪われるほどの響きが紡がれ自分の心に突き刺さるような感触があった。
それは間違いなく天才のそれであった。
身体の動かし方、タイミング、音色全ての調和、演奏が終わっても拍手は誰一人しなかった。
それもそうだ。これは『全体』でのオリジナルの演奏だ。だが寧海と運転手はその動画を見て拍手を送る以外のリアクションができなかった。
「いや、そんな場合じゃないでしょう?!」
その思い出話に浸ってる場合じゃないと運転手は思わず怒鳴ったが、寧海のその震える腕を見て、はっと顔色を変えた。
「分かってる。でもね、ここからが本当に地獄を歩かなくちゃってそう思うとね、くだらない話を続けたくなるのよ。いっつも、いつも、そうして恐怖を遠ざけていたから……」
声も同じく震えていた。掌を拡げて握り締めてを繰り返す。汗を握り潰す。手に流れる血を塞き止める。痛みという毒を以て、恐怖という毒を制す。
「お嬢……」
「大丈夫、母さんから貰ったものの方が強い。ううん、母さんの方がアイツらより怖かったわ。」
母と呼んで慕った老婆の底を思い出す。それが肌で、耳で、息苦しさで、最確認する。
『強さを恐怖と捉える事は最も愚かなのだと』
その教えに沿って、彼女は世界最硬度の車のドアをいとも容易く蹴り飛ばして吹っ飛ばした。
「そろそろか…」
長い廊下でマイケルが思わず口にする。案内役が怪訝そうな顔でこちらを見ていたが「いえ、なんでも。」と誤魔化した。
廊下を渡ると様々な色彩と大きな文字で注意を促す入口が見えて、思わず溜息が出る。
「それではマイケル社長、どうぞ。」
案内役の言葉に、興味はないがそれでも通過儀礼のように尋ねた。
「貴方は?」
「ここからVIP及び佐官位でなければ入室も禁じられておりますゆえ。」
思わず「あっそ。」と言葉が出そうになるが「それはそれは。」と恐縮してみせた。
プシュゥッと自動ドアの開く音を聞き、中から来る無数の視線を感じ取る。
軍にしてもVIPと呼ばれた者達としてもマイケル・アスキスと言う男は謎に包まれている。
木で例えるなら新芽が一日で大樹になり、その枝に無数の美味なる果実を実らせたという異常な大木だ。
その異常に誰しもが目を張り疑いをかけている。
—こいつは『あの方々』から寵愛を受けているのか?
それがマイケルが予想できる疑念だろう。
それは正解だが、この者達はある筋違いをしている。
その『あの方々』と認識する者達があの様な技術は提供しないという事だ。
マイケルにとってそれに気づけないというのはどこか物悲しい事だ。
利便性と安全性の違い、ベクトルが傾く方向すら分からないほどなのだ。
思わずこれが有象無象というものかと溜息が溢れそうになる。マイケルから言わせれば金になる事しか考えられない哀れな頭脳。
だが、これは契約だ。こんな哀れで救う価値もなく、幼さと無知を履き違えたような見た目こそ違えどガキと呼べる老人達も救わねばならないのだ。
息を整え、いつものポーズを取る。用心棒が教わった両腕を広げるポーズ。威嚇であり、身を晒すという姿勢でもある虚勢のポーズ。
「いや、皆様方!この私を待ってくださるとは何たる光栄!今日という栄誉ある始まりに私もお招き頂き恐悦至極!私で最後と聞き及び、これから始まる事に些か胸の高鳴りが止まぬ所でありますな!」
その言葉に視線が緩む。警戒の目が緩んでいる。
そう社長とは名ばかりで良いのだ。自分の役割は案山子だ。有象無象という鳥への案山子。注意を引き付けてある程度の奥底を出さないように注意を払う。
どちらかと言えばピエロだろうか、マイケル自身もピエロは怖い方だ。ナイフとかを忍ばせてそうと何度も錯覚に陥った。その錯覚を与える側になる。面白くはないがそれでも陽気は忘れない。
狂気とも言える陽気は臆病者の心に枷を与える。心酔した『あの方々』への不快を買うわけにはいかないのだ。誤解はあれどその誤解を逆手に取らない手は無い。
鼻歌を鳴らしながら空いた座席へ座る。
「初めましてマイケル社長。お会い出来て光栄です。」
隣座席の若い男が握手を求める。それに軽く応える。
その際に小声で囁かれた。
「『今回』のエネルギー、お話に拠れば永久機関との事らしいですが何かご存知で?」
「ほう、それは中々面白い話ですな。」
興味を持つ姿勢も飽きを覚える。分かっている。この先に出てくる『永久機関』と称された存在の正体も。
—艦船、正確にはKinetic Artifactual Navy Self-regulative En-lore Node
直訳すると「動力学的人工海上作戦機構・自立行動型伝承接続端子」の意。
その躯体は無限の再生を有し、カロリーというエネルギーさえ確保出来れば各方向へと変質する存在。
血液や皮膚片を冷凍凝固させて安定させればキロだけで都市部を100個ほど光輝かせれる。
燃料ならグラムでそこ等の大型車が爆走する。
汚水1ガロンに浸せば1時間で滅菌が施され、中水へと変わる。
人類はその昔錬金術という物を志し、その究極点として賢者の石という物を名付けたがまさにそれとも言える。
いつだったかブラックボックスという代名詞を教わったが、こちらの方がしっくりくるとマイケルは思わず笑みがこぼれる。
隣の男がその様子に気が付き、また小声で囁きかける。
「もう答えが分かっている身としては面白くないショーですか?」
はぁ。またかこの男も勘違いしている。と虚しさが溢れる。だが顔色には出さない。
口を手元に隠し、隠避のポーズを取る。
男はふふっ、と笑うと声色を変えて呟いた。
「姪御さん、『成功』すると良いですね。」
そこでマイケルは初めて男を『見た』。
年齢は自分よりずっと若い。恐らくは30代後半から40代前半、訛りを感じる発音、ロイヤル系と推測、暗がりだがその闇に馴染むような黒髪。
スーツはかなり高級感がある。オーダーメイドだろう。似合いすぎている。靴も恐らくは同じ。
そして、1番に思うことは
—『誰だ』こいつは。
そうだ。ここは左官以上及びVIPだけが入れると言っていた。VIPと呼ばれるのはもっと年老けた者達の事だ。最低でも自分という60代が基本。
でなければマイケルが逃避する原因の40年前の技術革新に関わってる事は大前提のはずだ。
だがこの男は恐らくはその半分程しか生きていない。そんな推察を察した様に男は言葉を続ける。
「あまり態度に出さず聞いてくださいね。貴方の考えてる通りです。ロイヤル側のスパイというか貴方と同じく答えに辿り着き、私達なりに動いてみた。そういう集団の1人です。集団に名前はまだありません。」
言葉を変えている。鉄血だ。マイケルの、いや違う。
「これからよろしくエッカルト博士。」
密入国の時に自分の死体に偽装させた男の名ではなく、本当の名を、その男は口に出した。
区切りが良いのでここで前編とします