戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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4話前編

暗闇の中、窓から差し込む月明かりを見てそれは両の手を合わせ、ただひたすらに一心に懸命に縋るように言葉を口にした。

「どうか、どうか私を殺してください。」

祈りは、懺悔は、告白は、懇願は、願いは、静かに叫ばれ、闇夜の中に消えていった。

 

もう2年も前の話である。

 

 

 

天気は晴天。

春の日差しは優しくて少しの風が窓を軋ませる。

この施設は今この時を以て一時閉鎖される。

 

今日でこの場所ともお別れ。

自分が3年間使っていたベッドを見る。

白いシーツはもうなく、マットだって見る影もない。体重を預けると鉄の脚の軋む音が少しだけ懐かしい。

冷たさがある。だけどここで過ごした3年はとても暖かいものだ。

 

 

少年は伏せた目を開き、少しだけ潤んだ目を擦ってその小さな体より小さなカバンを持って部屋を出る。

支給された白い軍服の崩れを直し、黒いおかっぱの髪に無垢の軍帽を被せる。一旦の沈黙、そして逡巡。

 

—ビッ!

 

力強い敬礼の後、施設の廊下を渡る。

最後の一台である車両がアイドリングで少し唸りながら少年を待っていた。

少年の接近に気づきミラーが降りて運転手が声をかける。

「ボウズが最後だよ。」

少年はその言葉に少し焦りを覚えて、駆け足気味になり後部ドアを急いで開ける。

カバンと一緒に座席に着くと身体をシートに固定する。それをバックミラーで窺うと運転手は、思わず吹き出しながら車を出した。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。」

まだ女性的でもある声の高さ、見た目にあったそれに運転手の男が少し目を伏せていた。

「なぁ、ボウズ本当に軍人なのか?どうみても……」

「はい、『僕らは今の戦争に適した軍人』です。ご安心ください。1秒でも早く皆様が安心出来る世界を取り戻すつもりです。」

少年のその言葉に運転手は少し言葉を躊躇うが、「そうか。」とそれだけ言うと運転に集中した。

 

―さてと。

 

そう思いながら少年がカバンから何かを取り出した。

液晶画面で少年の腕ぐらいの直径サイズの携帯端末に電源を入れる。両の手で握り締めてある確認を機械にしてもらう。

すると画面から文字が呼び起こされる。

 

―ハロー、コマンダー

 

その文字を見て少年が嬉しいような、悲しいような何とも言えない表情を浮かべた。

だが、それも一瞬。すぐにデータベースにアクセスする。

『この少年だけが与えられた特殊な環境』へのおさらいだ。

 

自分の部下にもなる男性が2人。

片方はもう70過ぎだが、萎びた風体ではなく丸刈りにした頭にがっしりととても頑丈に見える老人。過去にそこそこの地位があった為特別措置で中佐権限の発言を持っている。

 

もう片方は22歳。ユニオン西海岸出身。金髪と青い瞳に白い肌。そして、とてもとてもまるで太古の英雄のような石膏像に選ばれるような頑丈そうな体格。左頬に抉れたような5センチの傷跡が痛々しい。曹長。

そして、『パッケージ戦役』の唯一の生き残り。

 

―パッケージ戦役

 

人類が手にしたメンタルキューブと呼ばれる艦船のDNA組織の凝固体を更に加工し、軍事兵器へと発展させたシロモノ。それが名を冠した戦い。

パッケージという名称はメンタルキューブという箱を発展させたところから。全長4m、装甲は艦船の356mm砲もモノともしない人型兵器だった。

武装は艦船の物を人類の手で再現した重巡主砲クラスを採用。近接戦闘用武装の棍棒とも言えるロッドを3本。近接雷撃用ではなく長距離射程用の大型魚雷兼ブースターのハイブリット品を両肩に2本背負う形となった。

巡航推進90ノット。およそ駆逐級と同等くらい。

そしてこれをセイレーン攻略用の特別海域に20機が投入。

結果は惨敗。

何機かのモニターデータを確認する限り、直上投射と呼ぶべきか、わざと上に放った弾丸に数機がやられた。

そして航空機による攻撃及び爆撃。その軌道は飛行機のそれではない。昆虫類や鳥類のそれだ。

1度滞空し、目標への最大攻撃方法及び弱点を理解すると飛びかかる。

狙いは主に脚部。艦船と違い自己再生ないし修復機能を持たないパッケージでは長期の戦闘は見込みが薄かった。

 

―『だが、この作戦は実行された。』

 

この疑問を解消する程の実態は少年のアクセス権限にはない。何故か前倒しされ、望み薄の作戦を上層部、正式には軍事連合『アズールレーン』は実行に移した。

それは何か思惑があったのかもしれない。

しかし、少年には情報が入ってこない。もしかしたら外部からの圧力に屈したのかもしれない。分からない。

そして、もう1つ分からない事があった。この曹長だけがパッケージに搭乗し、生き残れた事だ。

この機体はペイロードもスペックもどれも寸分変わらない。そしてパイロットには3年の訓練があった。その上での曹長の評価は中の上。

上と分類できる人材は4人いた。だが、その4人どれもが直上投射にて轟沈を確認されている。

ならば、何だったというのだろうか。

手早く殺られた青年と彼との違いは。

 

「まぁ、パッケージと『指揮官』だと大きく違うんだよなぁ。」

 

小さく独り言ちる。3年という訓練は変わらないのかもしれないが少年と件の曹長とでは、言葉通り違いがある。

自分を戦わせるのがパッケージならば、『指揮官』は他者を戦わせる技術が問われる。それも複数人だ。最大6人に最適な戦術を伝え、勝利に導くそれからその名を付けられたともされている。

 

―『指揮官』

 

艦船というオーバーテクノロジーに介し、操縦ないし情報伝播をもたらす存在の事を指す。

早い話がそれは操縦者とも言える。だがそれは単艦の場合。完全にアウェイとも取れる空間で単艦で押し通す指揮官はいるにはいる。だがこれを続けることでPTSD、心的外傷後ストレス障害に陥る艦船が続出した。

これというものも指揮官という存在があまりにも才能職といえるのが原因だ。

指揮官技能に適している人類は総人口の15%と言われている。

これだけ聞けばなんだその程度かという認識だろう。だが実態は違う。更にその内の5%は6人の艦船を動作出来るかどうかだ。

現状の指揮官という軍の抱えている問題の多くはそれだ。戦力にならないものが多い。だが中にはある艦船に対しては大きな適合率、いや、正確な所を口にすれば艦船に愛される資格があるか。という問題だ。

 

いや、何だ『それ』は。

 

『これ』が軍のお偉方の頭痛の種でもある。指揮官とはつまり操縦及び指揮に適しており尚且つ艦船に気に入られるかが問題なのだ。

だがこれを満たさなくても運用は可能ではある。ある基地では金銭のやり取りでそれを可能としている所もある。

だが資金はあれど資源は潤沢ではない。今の人類にはここも問題だ。

艦船は第1に良く食べる。人間のざっと10倍。だが食べた分だけ強くなる。例えそれが合成食糧でも問題ない。消化可能でいてカロリー足り得るのなら昆虫でも問題は無い。兵糧問題は艦船達も認識している為か黙認されている。

第2に抱えるストレス量が尋常ではない。これは理解出来る範疇だ。戦闘の処理量が桁違いである以上、肉体的にも精神的にも爆発的な負荷がかかる。

第2の問題を第1で解消してもいるが、それは表面的な回復でしかない。人類は未だこの部分への理解が薄い。

傷は回復するだろう。彼女達の自己再生能力は人間の比ではない。再生限界もないし、劣化転写されることもない。むしろ成長しかしない。

だが、精神は違う。

余りにも脆いのだ。その見た目と同じ頃の少女よりも幼く儚く壊れやすいそれは現状の人間では使いこなせない。

特に指揮官技能の低いものに陥りやすい傾向であり、最早それは依存性という病気だ。

適正の無い艦船を捌け口にしたり、適正のある艦船だけに執着する様に上層部は頭を悩ませていた。

その為、これらの反省点を解消する存在を人類は『生み出した』のだ。

指揮官技能を持ち、尚且つ艦船への高い理解を持つ存在を、

 

新たなる人類を。

 

人工的に、そして先天的に指揮官技能を有する人類を、一般的にそれをユニオン風に言うならデザイナーズ・チャイルド、重桜の言葉では人造人間と言われる。

これ等を極秘裏に『製造』『訓練』『選定』という三工程を踏まえて情報の隠匿を主として実戦投入へと進められた。

そう、この少年こそがその一体なのである。

製造コード89番。階級は少佐。そして同時に指揮官混成部隊という試作部隊の統括指揮官でもある。

それを自覚し、昂りか焦りかそれとも杞憂か雑多乱れる感情のそれを落ち着かせる為に深呼吸する。

そうしてると走行中の車外に目が行く。思わず声を上げた。

「わぁ。」

重桜神奈川県横須賀。

東西の両側が海面に属している事が特徴的とも言える。そして開発埋め立てや工業跡地を稼働させようと白い肌の若者や年配の方が見られる。

今現在の重桜にはその国籍の者はいない。

約10年前に姿を消してしまった彼等の代わりにユニオン、ロイヤルから人員を割いて重桜の1部の地域を人が住めるレベルにまでインフラ整備をこなしている。

「頑張らなきゃな。この人達は皆、出稼ぎより苦しい思いをしてここに来てるんだよな。僕がちゃんと頑張らないと報われないよな。頑張ろう。」

まるで呪文のように少年が横須賀の街並みを見て頷きながら呟く。

だが、胸の内にある不安も払う為にもある言葉である事を自覚していた。

 

 

―横須賀元鎮守府、現基地

 

車が入り口に止まり少年がバッグを持って運転手に一礼する。

運転手はどこか別の生き物でも見るかのような視線を少年は感じたが、それも無理もないと少年は納得した。

ここで少年は理解できたが何かを口にしたとしてもそれは無意味だ。運転手氏は期待をしているのではない、恐れているのではない、奇異なのだ。それしか感情にない。ならば答えなどそこにはないのだろう。

「では、失礼します。」

そう言って開けられたドアの向こうに足を伸ばす。

すぐにドアは閉まり、車は去って行った。

その余韻とも言える土煙が晴れると二人の男性が見えた。情報にあった二人だ。

筋骨隆々という言葉を具現化したような青年とまだ若さを感じる老人の二人。

「あー少佐殿でよろしいか?」

老人が頭を掻きながら確認を取る。その言葉に黒髪の少年が恭しく頭を垂れた。

「はい、中佐殿に曹長殿ですね。これからよろしくお願いします。一応、僕が統括を任されていますが階級や役職に気を取られないで頂ければ幸いです。」

にこやかに微笑んで告げた言葉に老人が早速姿勢を低くして頼み込んだ。

「それじゃあ、儂の事は中佐と呼ばないで頂けるだろうか、あくまで社会的地位から貰った階級じゃし。」

その言葉に少年は笑顔崩さずに確認した。

「では、何とお呼びしましょうか?」

それを聞いて、えっほん。と息遣うと少し顔を朱に染めながら答えた。

「少佐殿の好きな呼び方で頼む。」

その言葉に少年は少し考えて虚ろに向いた視線を老人に戻す。

「では、教授とお呼びしても?」

その言葉に少し停止した空気が流れるが、老人がはっ、と思考を取り戻し答える。

「あぁ、それで構わんよ。」

「良かった。」

老人の言葉に安堵した少年がその右に居た筋肉の塊のような男性に一瞥する。

「爺さんが終わったなら中に行くぞ。」

冷たく言い放たれたその言葉に少年も頷きながら歩く。老人もそれに続いた。

 

港に着くと4人の美少女がそこに居た。

それぞれが敬礼の姿勢をしていたが少年が手をひらひらと泳がせて解く言葉を口にする。

「そんな硬くならないで、駆逐艦、ラフィー、綾波、ジャベリン、軽母艦、ロング・アイランドだね?」

それぞれがその言葉に応えると少年が頷く。

「君達はここ横須賀基地所属となりましたが、どうか自分をモノとして扱わずに1人の人間として、軍人としての生活を過ごしてください。」

その言葉に四人がぽかん、と口を開けて言葉を出せずにいた。

「まず、第1に何か不調があったらすぐに申告すること、第2に人間に乱暴されたら躊躇しないこと、例え相手が『上』の人でも自分に危害が加えられると思ったら迷わないで引き金を引いてね。そうしたら僕に命令された。ってそれだけは言おう?第3に休みたかったら休むこと、大丈夫。取り返せない事態なんてそんなに無いんだから。これだけを忘れないでくださ……」

言い切ろうとした所を老人に腕ごと身体を引っ張られて中断されたが老人の焦りの形相に少年ははてなを浮かべていた。

「どうしました?教授。」

「どうしたじゃない!?そんな命令してどうする!?」

必死の言葉だったが少年には意味が届いてなかった。実に淡々と少年が顔色一つ変えずに諭す。

「教授、正しいか正しくないかの論争はしません。ですが、『これ』は必要です。ここにいる以上は『これ』を前提として貰います。」

実に素っ気ない言葉であった。その様に思わず老人が青ざめる。

青年を見やって助け舟を出してもらおうと思うが、そのやり取りを見ても表情を何一つ変えない。

「それじゃあ寮舎に入りましょうか。」

言い返せない老人の有り様を見て少年が優しい笑顔で寮舎へと足を運ぶ。それに続いた男と少女達を見て、右手で頭を抑えながら老人が追いかけた。

 

「共同スペースは色々と設置する予定になるから、個人スペースは自由に使っていいけど改造とかは一声かけてね。」

寮舎を見て歩きながら少年の声が響く。

老人は頭を抱えたままだが現状の注釈を入れた。

「元々は重桜では鎮守府というそうだが、ロイヤル側がある程度『整えた』影響がある。掃除用のドローンがあるから清潔は守られとるから気にしないで良いとの事だ。それと状況次第では改修や寮舎の新設も有り得るらしい。その際は艦種毎で区分する予定らしい。」

少年と少女達がその言葉に頷く。青年の無表情には老人も慣れた。

それを聞くと少年が両手を叩いてのほほんとした口調で続ける。

「それじゃ今は昼を少し過ぎたぐらいだから、各自個人スペースの整理をして、家具の注文があったら僕の方に申請データを、だいたいの家具は1日で届くから気兼ね無く注文してください。それが

終わったら艦船達は自由行動、指揮官はシミュレーター室に。」

そう言われると艦船達は頷き、自分の部屋と思しき場所に入っていく。男連中だけが残されるが向かう場所は同じであるので歩幅違えど同じ部屋に向かって行った。

「戦役の英雄と大企業の社長と組めるとは光栄です。」

嘘偽りの無い気持ちで少年が伝えると二人とも少し顔を目元がヒクつくのを見逃さなかった。

「申し訳ありません、皮肉では無いんです。」

足を止めて頭を下げる。その姿に老人が首を横に振る。

「すまんな老けた男が繊細で、メディアに叩かれてばかりでな、儂もこいつも。」

その言葉に少年の顔が青ざめる。言われてようやく気が付いたが少年は軍事用のデータベースしか情報を得ていない。

戦役では1人だけ生き残った。これは裏を返せばどれだけの人がバッシングする切っ掛けとなるか分からない。軍に根掘り葉掘り問い質す集団は幾らでもいるだろう。

そこまで察していると、青年は表情を変えず口を開けた。

「有象無象の言葉なんて気にもとめてない。部屋に行くぞ。」

青年は少年の顔色を見て深い同情を抱く前に冷徹に言い放ち、老人は肩を透かして少年に「だとさ。」と苦笑いすると歩を進めた。

 

 

使う予定の部屋は艦船達の部屋から少し離れているが、歩いて5分程度の距離。

部屋はお国柄からだろうか畳が6畳。この3人なら何とか川の字で寝れるだろうと考えて、個人スペースは確保出来ないが衣服や必要な物を取り出していく。

少年が青年の荷物の1部を見てぎょっとした。

プロテイン粉末。だがそのサイズが問題だった。俗に言うクラブサイズだ。10kg以上。

「少佐もやるか?」

珍しそうに見ていた視線に、少し危険に感じる勧め方に拒否を示すとその他にもランニングシューズやトレーニング用の携帯器具等が出てくる。

「お好きなんですか?トレーニングが。」

少年の言葉に青年が頷く。

「やってる間は無心でいられる。」

その言葉を聞くと老人から笑い声が上がる。

それはその言葉を肯定する為の言葉だったのだろう。屈託のない笑みがそれを裏付けしている。

「少佐、そういえば申請したい物があった。」

老人は笑顔がふっ、と蝋燭を消すように真剣な眼差しで少年を見る。それに頷いた小さな顔を見て提案した。

「ある料理人を雇いたい。コネは持っている。契約金が些か法外だが悪い男ではない。」

「料理人、ですか?」

思いもよらない言葉に目を丸くするが老人が頷きながら繰り返すように「そう、料理人だ。」と、その言葉にはっきりと意識を持ち直す。

「ひょっとして『アルティメット』の関係者ですか?」

その言葉にも頷く。それに驚きを隠せずにいた。

「驚いた。確保も軟禁もされていないんですか、その方は。」

「少し特殊でな。逃げるのも追うのも軍より上手なんだな。」

それを聞くと少し考える仕草をするが、すぐに腹は決まったのか老人を真っ直ぐ見る。

「僕は、いえ、皆さんも含めてその方に『期待はしてはいけません。』それでも良いですか?」

その言葉に老人は力強く頷く。それこそ待っていた言葉だった。

「強くなる為に呼ぶつもりはない。ただ、あの人の料理がきっと1番美味い。叶うなら、艦船達にそれを毎日食べさせてやりたい。それだけの為に呼びたい。」

そう、老人の中には強さへの否定があった。かつて途轍もない力を有した艦船が居た。その料理人はその力の1部なのかもしれない。

だが、だがそれ以上にいつだったか自分が窮地から逃れた後のその料理人の出した美味の結晶は、生きた心地を何よりも取り戻したのだ。

それをどうか今居る子達にも渡してやりたい。

それだけの心だった。

「では教授の舌と心を信じましょう。」

「はっはっは、舌と心か。」

それを聞くと携帯端末に番号を押す。変わっていなければ、そう、何もかもが変わっていなければ繋がるはずだ。

幾つかのコール音の後に応答の合図とも言えるか細い音が響く。

「誰だ?ってお前かエッカルト。」

老人の耳には変わらない声が端末から響く。向こうはまだ旧式のモノなのだろうか、少しノイズが掠れている。

「劉さん、いえ大臣。お目通りは叶いますか?」

その言葉に「ケッ!」と悪態を付かれた後、ガムでも噛んでいるのだろうか咀嚼音が響く。

「お前らが失敗したおかげでこちとら逃亡生活だ。煙草だって買えねぇで近所のガキや弟子を利用して美味くもねぇガム噛んでんだぞこっちは。」

その言葉に端末越しでも老人が繰り返すように頭を下げた。

「お怒りはもっともです。ですが貴方の料理人の腕前を……。」

「言っとくが『将軍のフルコース』なら週15万ドルだ。あれは本気で作ってんだ。値下げ要求なんざしてみろ、てめぇがどこに居ても殺してやるからな。」

「アレを要求するつもりは毛頭ありません。ですが、逃亡生活ももう苦しいでしょう。それにここは食べる子が多く、人の暖かさも恐らく欲している子達なのです。」

その言葉に机でも叩いたのか強烈な音が老人の耳を襲った。その音に思わず目を伏せる。

「あのなぁ!暖かさなんざお前が作れよ!?馬鹿かてめぇは!俺はなぁ!てめぇの料理に脳みそフルに使って、神経すり減らして、時間使いたいんだよ!第一てめぇにそんな権限あんのかよ!?」

「寧海嬢からこの限りなら名前を使って良いと言付かっております。」

その言葉に怒号のような威嚇のような獣の唸りのような言葉ともつかない音が響いた。

「金は!幾ら出せるんだよ!?」

「月3,000ドル、キャッシュで。」

「社長様が随分ケチんぼな事だなぁ!?」

その言葉にはぐぅの音も出ない。だが、彼が率いた企業、『帝龍カンパニー』は最早彼の手から離れている。軍に援助という形で彼の資産も使い果たしている。

今出そうとしている金額は軍からの月毎の配給される金額と幾許かの特許から得られるものだ。それ以上は出せない。

もう借金するかと思っていた所だった。老人の手からその端末を少年にひったくるように取り上げて指を1つ立てながら答えた。

「なら月1万ドル。これでまかり通りませんか?」

聞いたことも無い高い声音に端末越しの料理人が訝しむように声を出す。

「作る人数は?」

「今は4人ですが、増えていきます。いえ、申し訳ありませんが増やします。100人を超えるかもしれません。」

「一昨日来やがれ、桁が4つ足りねぇよ。」

「つまり『自分には到底無理だ』。という事ですね?」

「おい、てめぇ。横から入ってきた癖に何様だ?」

「これは失礼しました。私、先程通話されてた方の上司です。元を正せば私が認めた依頼でもありますので僭越ながらお電話代わらせていただきました。」

「あぁそうかよ。言っとくがな、そこまで金があるならそこらの雑魚でも雇えやめんどくせぇ。」

「今度は他の料理人を雑魚ですか、ならば尚のこと貴方に来て貰いたい。」

「どういう言い分だよ、タコ。」

「アズールレーンは恐らく貴方をこのまま追いかけます。貴方の実力に狂いは無いと躍起になるでしょうからね。貴方が関わった艦船の情報も知っていますよね?あのスペック、それこそ死ぬまで追いかけると思いますよ。これ以上肩身が狭い思いするのはしんどいでしょう。」

「……おい、見下してんじゃねぇぞ。その気になりゃどこでも雇われるんだよ俺は。」

その言いに1つの陰りも無い。だが、それでも少年の札は変わらない。

「ここに来て下さるのなら、貴方に社会的地位の保証を、それと些か高いお給料を、そしてこの戦いを終わらせるという約束を。」

ばごん。と、恐らくは通話の向こうで壁が破壊されたのだろう。だが、少年はそれに何の反応も示さない。

「おいコラ、そこの爺でも出来てねぇ事をてめぇが出来る保証があんのかよ?」

明らかに怒りを、いや殺意を抱いた声だった。

これは真正面にいたのなら、そのか細い首は潰されたか折られていたかもしれない。

だが、それにも動じずに少年は続けた。

「それをやる為にも、力を貸してください。」

それを言い終えると無言が続いた。

老人はただ見守るばかりだったが、曹長は荷物を解き終えて欠伸と体を少しだけ伸ばした。

「場所。」

端末から流れた一言に即座に反応出来ずにいたが、すぐに持ち直して応える。

「重桜、横須賀基地です。」

それを聞くと端末が裂けるかのような怒号が響いた。

「あぁ!?てめぇ何でんなとこに配属されてんだよ!?」

「何か不都合が?」

端末の向こうから、波を口から吐くように「あ〜。」の言葉だけが流れてくる。

がりがりとどこかを掻く音も響いてきた。

「重桜の人間いねぇんだよな?」

「居ません。9年前に皆消失しています。」

その言葉は事実であった。正確には9年と10ヶ月前に鉄血、重桜、東煌の人間はまるで煙のように消えていった。

そのニュースは通話先の男も知っているが、再確認すると不満そうに少年に告げる。

「てめぇが吐いた言葉に責任持てよ。弟子のガキを先に送る。俺は店を畳むのに1週間は使う。ガキは視察兼業だ。そいつがクソだと思ったらその場でこの話は無しだ。」

「その方はいつから来れますか?というか『海外に出れますか』?」

その質問は現在の位置の確認でもあった。幾らなんでも北ユニオンでもすぐには来れない場所が幾つもある。

「問題ねぇよ、ちょっと俺が沿岸部に用事があったんだよ。今からだから今日の夜便で……」

「分かりました。手配しておきます。」

「違ぇよ。潜り込ませて適当な所で落ちるから、そっちの娘達に回収させろ。深夜警備のついでだ。」

その言葉に納得が行く。行くが、少年が思わず頭を抱える。

「大丈夫なんですか、そんな事させて。」

「問題ねぇよ、修行の一環だ。海ぐらい慣れさせなきゃ俺の下なんか働かせるかよ。」

それだけ言うとぶつんと通話が終わる合図が響いた。

しばしの間、少年が電気が落ちたロボットの様に止まっていたが、息を大きく吐いてへなへなと床に座り込んだ。

「……随分と怖い方なんですね。」

たはは、と乾いた笑みを浮かべて感想を漏らした。

「すいません。端末奪っちゃって。」

持っていた液晶と叡智の塊をゆっくりと差し出し老人に微笑んだ。

「君は、慣れているのか?」

それは幾つもの意味を持った質問だった。交渉も、説得も、会話も、決意も、見た目通りの子供とは思えないそれだと言うのが老人の感想だった。

「違いますよ。やらなきゃいけないからやったんです。」

その微笑みを崩すこと無く少年は優しくその心を語った。

 

 

荷解きを終えた少年、青年、老人の三人は予定通りにシミュレータマシンの前に並ぶ。

大容量の演算を可能とする装置はなかなか巨大であったが、彼等にとってはそうそう珍しいものでなかった。

「まずは曹長からですね。手早くやっていきましょう。どの性能でも、どの編成でも構いません。曹長のやりやすい様に来て下さい。」

少年がマシンの窪みに端末を差し込む。自動的にアプリケーションが起動しそれに手を差し出し、VRゴーグルを被る。青年も同じように差し込みと装着を終えた。

それを見て老人が申し訳なさそうに呟く。

「こっちにはコクーンは運べられなかったからのう。」

「良いんじゃないですか?嵩張らないですし。」

それを聞き逃さずに少年が率直な感想を告げた。

コクーンとは文字通りような繭の形をした投影装置だ。その大きさも去ることながらシステムや再限度は今彼等が着けているものとは規格が違うシロモノだが、少年にとってはこれは実戦でない以上あまり気にする事でも無かった。

「準備出来てるぞ。」

青年の言葉に少年が気がつくと幾許か筋張ったのっぺらぼうの仮装駆逐艦が映る。

「少し待ってくださいねー。」

端末にアクセスし、自前のデータを呼び起こして筋張った和装ののっぺらぼうのそれが居た。

モニター越しだが老人が目を細める。

 

―あの骨格は二航戦か?

 

重桜航空艦、蒼龍級、通称二航戦。

敵性集団とも呼称すべき『レッドアクシズ』のそれは随分と軽装だ。基となっている存在の影響でもあるらしいが情報不足である以上推測の域は出ない。

距離45、ギリギリ駆逐艦の火砲が届くか危うい距離。

「どうぞ、先手は譲りますので。」

両手をそれとなく広げて待機したのっぺらぼうの言葉。

「そうか。」

その一言と同時に駆逐艦種特有のデタラメな加速域で一気に距離を詰め、その首を貫く五指が突き刺さる音が響いた。

「お見事です。曹長。でも、」

動きを遮るように、その言葉は被せるように、威力を受け流すように、その航空戦艦の右手に突き刺さった小さな駆逐の手とそれに繋がる体が、一回転、宙を舞った。

艦船の大地とも言える海面に叩き付けられ、その並べられた首を刎ねるギロチンの刃の如き踵が振り下ろされた。

 

―ぶつん。

 

「この様に曹長の動きは素晴らしいのですが、素晴らし過ぎてどう動くのか読まれやすいです。搦手もですが、あえて継戦を取る形も入れた方が読まれにくくなります。」

薄っぺらいテクスチャで出来た肉の塊に向けて囁くのっぺらぼうに青年が確認する。

「セイレーンは対応できなかったぞ。」

それは実戦からの経験談。だが、それにのっぺらぼうが頷く。

「はい。存じてます。でも、相手が対応が出来るようになった時に困るのは僕達ですから。」

「そうか。」

少年の言葉に納得が行ったのか、すぐにゴーグルを外し、老人に渡そうとすると、目の前の鉄血系の人種は冷や汗をかいて口をパクパクと開閉していた。

「大丈夫か爺さん?」

「怖すぎて泣きそう。」

即答に素知らぬ顔でゴーグルを渡す。

目の前のグロテスクな惨事に思いの丈を口にしたが無視され、これまで通りにスタンバイに入る。

今度は三体ののっぺらぼうが映し出される。

それを見て少年が頷く。

「複数戦闘ですね。三艦とも巡戦で?」

「航空は、というか、ああいう動きは出来んよ。」

成程。と納得が行くと別口のデータを少年が呼び起こす。

今居るのっぺらぼうの両隣に映し出されたそれを見て老人が口をすぼめながら心情を吐露しそうになった。

(長所潰しというか短所磨きに励むタイプかー。)

出されたのは重桜戦艦、老人の記憶から考えられる限り伊勢型が二体。

お互い距離を開ける為移動する、その距離150。

艦砲射撃範囲内。撃ち出し、避け、持久戦へ持ち込む戦い。

老人が基本プロセスを口にしながら操作していく。

「兵装立ち上げ、主機チャージ、照準よ…。」

死。

ずどん。と老人の操り人形の一体の首が吹き飛んだ。

「は?」

別の操り人形の視点からは近接専用武装の長物が壊れたそれにまだ突き刺さったままでいる。

「な、おいおい!」

焦燥より先に捕捉する。一体の戦艦が両腕と背中から熱を吐き出していた。オーバーヒートだ。

あの投擲は最初から予定の行動。でなければオーバーヒートの状態にはならない。最初からこちらの数を減らす為の先手。でなければ同レベルのはずである装填速度を上回りはしない。

ならば、こちらの主砲を動けないであろう戦艦に撃ち込めば勝ちだ。

だが、狙いを定めて放たれたそれは宙で爆ぜた。

「なっ!?」

阻まれた理由はまるで盾のように並べられた艦載機。宙の爆風に飛び込むように航空戦艦が駆ける瞬間は捉えた。

副砲を即様立ち上げ予測して掃射、主砲のチャージ、数の理を覆す立ち回りを導き出す。

「ダメですよ。お綺麗な戦い方してちゃ。」

弾むような注意が聞こえる。飛び出してきたのは投擲をした戦艦。それが四肢の動きはぐちゃぐちゃで敵陣の中心に跳ねるように飛びついた。

「全機関オーバーヒート。全武装ロック、弾薬フルバースト。」

その言葉を合図に戦艦がほんの一瞬、赤く、紅く、赫く、光り輝いた。

「お疲れ様でしたー。」

伊勢型艦船が爆ぜ、吹き飛び、リュウコツ器官が、その無数の剛質が音速でばら撒かれ、硝煙の臭いを感じるような焼ける音が老人のゴーグルから響き、機能不全と轟沈のアラートが告げられた。

「な、何それ……。」

すちゃりとゴーグルを外しながら少年が淡々と述べる。

「特攻戦術は視野に入れないとダメですよ。転移布陣からの連携もありえるんですからこれぐらいは対応しないと。」

笑顔で告げられた言葉にあんぐりと口を開く。

「『これ』の最適解があるというのかね?」

それだけを口にしたら少年が爽やかに答えた。

「接近した瞬間に心臓または肺を潰してください。圧壊なら機能不全で自爆もできませんから膝蹴りフック気味のパンチで横から肋ごと砕いて臓器損壊させればジェネレーター壊れますので。」

その言葉に目眩がした。一通りの戦い方はある艦船に叩き込まれたが、今の言葉はそれを優に超える。

「明日から二週間ぐらいは矯正をメインにした方が良いですね。曹長は自分の戦闘経験が投影され過ぎてます。駆逐艦はパッケージと比べて頑丈でないですし、そこまでの超近接戦闘は向きません。逆に教授は近接戦闘への意識が低いです。艦船がヒトの形をしている事を損していますよ。」

指を口に当てて目が細まる少年に体が強ばる。

「今日僕がしてきた事を忘れずに、それに対する動きとその延長線の青写真もお願いしますね。」

優しく口にすると二人が頷く。

「それじゃあ今日のご飯を作ってあげましょう。」

にっこりと先程、あんな残酷な戦い方をした本人とは思えないその笑顔に少しの恐怖を覚えながら二人が同意した。

 

 

支給品の調理を済ませる。幾つかの缶詰の蓋を開けて皿に盛り、レトルトカレーに白米を添えて艦船達と老人に差し出した。

「あの……。」

駆逐艦、綾波がその光景に言葉を漏らした。

「お二人は?」

そう、曹長と少佐が席に着いていない。

それを老人が答えた。

「二人共、同じ物は食べないそうだ。」

その言葉に少しだけ表情を曇らせるのを見て老人がしまった。と苦い顔になる。

「あー、食い終わったら見に行くか?理由が分かるから。」

その言葉に艦船達が首を傾げたが、食事の後に男部屋に行けばその言葉は容易なものになった。

「あれ、教授?」

「どうした爺さん。」

そこにはカップ状のスチロールに入ったヌードルを啜る子供とグラノーラバーとプロテインを加えた水を飲み干す青年が見えた。

「こういうこと。」

やれやれと溜め息を漏らしながら呟く老人の言葉に二人は頭にはてなを浮かべていたが艦船達が肩を落としていた。

「あの、お二人共それは……。」

ジャベリンに指さされた食品に二人が答えた。

「ヌードル。手間暇かからないで高い栄養価の食品。」

「グラノーラバーとプロテイン。高タンパクと一通りのビタミン摂取。」

それにあんぐりと口を開けていたが老人が解説を加える。

「二人共、食事生活はこれで良いそうだ。君達は真似しないように。」

四人の生返事気味に思わず頷いたが、状況を理解できずに居た少年が思い出したように艦船に伝える。

「申し訳ないんだけど今日の夜、『飛び込み』のお客様が来るから四人は深夜の周辺海域の警備をお願いします。今後の君達に必要な方なのでくれぐれも粗相無き様に。」

それに四人が敬礼して言葉を受け取るが、また少年がひらひらと手を泳がせる。

「硬くしないでいいよー。」

ほんわかに言うとスープを飲み干した。

 

 

教授と曹長が床についたのを確認すると少年が共同スペースに入室し、端末の通話モードを起動する。

「さて、ゼロツーが確か高級取りだから彼からだな。」

昼に咄嗟に提示した一千万ドル。だが少年の給料ではその額には到底届かない。

やる事は一つだ。一番身近で潤沢な資金を有する同期の指揮官に貸してもらうこと。

だが、その言葉への回答は、

 

おい、冗談はやめろ。君ね、無茶苦茶。金の切れ目が縁の切れ目。何でそうなった。指揮官向いてないんじゃないのかお前。

 

否定の言葉だけが帰って来た。それもそうだ。指揮官として任命されて一日で金を無心すればこうもなる。

やはり高望みだったのだろうか。内勤に配属された子の番号と共に望みをかける。

「毎月1,500ドル?別にいいけどさ。」

そうだよね。と落胆の息を漏らしそうになったが、自分の耳と記憶に疑惑が上がった。

「いいの!?」

思わず大声を出してしまう。だがすぐに声量を抑えて通話する。

「いや、内勤組の方が初任給は高いって説明してたし、というか、取り決め忘れてないかいエイトナイン。」

その言葉に疑問を抱くが、すぐに通話の向こうからかつての少年達の言葉が流れてきた。

「内勤組は可能な限り指揮官に配属された者に力を貸すこと。『四つ目の約束』だぞ。」

「あー、何かごめん。今思い出した。」

だろうな。と呆れられたがこれでこの基地の懐事情も解決の光が差した。

「じゃあ他の子にも……。」

そう糸口を引っ張ろうとした瞬間。

「ぶえっくしょい!!」

豪快なくしゃみが外から聞こえた。

 

 

ずびび。と目の前の男性が鼻水を啜りながら毛布にくるまっていた。

年の頃は二十歳ぐらいだろうか、まだ若さが見られる。黒い肌に黒い髪。清潔そうな顔立ち。中肉中背。少し背が低い。百七十センチには届かない。

「えっと、何かここに大企業の社長がいるってチーフに言われたんだけど。」

「はい。マイケル・アスキスはこの部隊に所属してます。」

疑問に答えたが、目の前の男性は訝しんだ。

「なぁ、ここ基地だよな?何でお前みたいなガキがいんの?」

それは実に正しい答えだった。

だが、その言葉にがちゃり、と周囲から金属の囀りが聞こえた瞬間、青年の顔が青ざめた。

囲んでいる人工生命体の少女達が各自の武装を青年に突きつけている。

「ダメだよ、皆。」

どうやら出会いの際の約束を大きく捕らえすぎているのだろう。そう思いながら少年が青年を囲むように砲撃モジュールを構えた少女達に諭す。

「この人は今から雇うんだから。」

その言葉に少女達の殺気が収まる。

それを見た青年は事の次第に気づくように目の前の少年を指差す。

「は、じゃあ……。」

「申し遅れました。私この部隊の統括を任されています。いわば貴方達の雇用主ですね。」

青年は驚きの声を上げようとしたがすぐに少年の唇に縦一本の指で喉の中に引っ込めた。

「え、これ、ドッキリ?」

青年が辺りを見回しながらカメラの有無を確認するがその様なものは見当たらず、目の前の少年が微笑んで返答した。

「残念ながら僕を見てしまった以上、タダでお返しする訳にはいきません。どうかこのままこちらで働いては貰えませんか?」

爽やかな脅迫、だがその子供には何も恐怖等抱けない。目の前にいるのは少し捻れば泣きだしそうな子供だ。

「チーフからは、女って言われてたんだけどさ。」

その言葉にくすりと笑って少年が説明した。

「あぁ、少し声音は高く対応してましたから、そう思われるのは無理もないかと。」

その対応に思わず眉をひそめて青年が疑問を口にする。

「なぁ、もっと砕けたつうか、子供らしい喋り方出来ねぇの?」

どこか、不気味に感じるその少年の態度に唸りながら尋ねたが、少年は不思議そうにした。

「そんな事に何の意味が?今、貴方とは対等に取り引きや段取りをしなければいけません。」

青年はもどかしさを覚えながらその言葉を受け入れる。

(お坊ちゃまなんかな?余計に不安だよ。)

上流階級の人間と何度か会話したが、話しが通じないという共通点は重なる。だが、青年の心の中で上司からの言葉を整理した。

(気に入らなかったら、うざかったら、中身が無かったら、馬鹿だと思ったら、やる気がなかったら、口先だけだと思ったら、勝ち目がなかったら、逃げろ。言うてもチーフさー。)

この状況は予想どころか一考も無かった。雇用主が子供で、大企業の老人が格下というのは。

どうしよう。と頭の中で考えがまとまらないでいると紙コップが差し出された。中身はコーヒー。

いつの間にか少年は席を立って淹れたのだろうか、受け取って飲むとすうっと飲み干せた。

「お身体、冷えてそうでしたからぬるま湯ぐらいにしておきました。」

「あ、あんがと。」

その言葉に礼を言うと、少年は首を横に振った。

「いえ、インスタントですしお気になさらず。もう一杯いかがですか?」

提案に青年が頷く。それを見てもう一度少年が席を立つ。それと同時に青年が自分のいる場所をゆっくりと見渡した。

奥がキッチンになっているのだろう。テーブルの数は六つと少ない。部屋の広さを概算すると四十平米だろう。

(用意されてる場と啖呵切った人数が噛み合わねぇな。そういう所はガキなのか?でもよー……。)

自分が彼ぐらいの時どうだったろう。ひとつのチョコバーやキャンデーに涎を垂らした犬のように欲しがっていた気がする。

飲み物だったらそこらの市場からかっぱらったレモンをレモネードに加工して誰かしらに売りつけていた。

そうだ。そんな時だった。あの大男と出会ってしまったのは。

5ドルで売り付けたレモネードは適当だった。だがあの大男は何も文句を言わずに何杯も飲んだ。ちびちびとした量しか出さないのを見越して40ドルも置いてのけた。

最初は怖くなかった。むしろこいつバカだ。と内心笑っていた。だが、男が周囲の男達に飲ませているのを見て、その周りが明らかにヤバい風体をしているのを見て、幼い身でも分かってしまった。

 

―こいつらヤクザものだ。

 

それに気づいて汗が止まらなくなった。だがそれでも男が金を渡す。そこでようやく自分は倒れ込むように命乞いをした。

「おいおい、お前の商売なんだろ?気にすんじゃねぇよ。」

そう言いながら男は凄いえげつない程の笑顔をしていた。この先の人生が決まる程に、強烈な出来事だった。

 

「大丈夫ですか?」

顔を覗き込むような少年に飛び跳ねそうになった。額が少し重い。汗をかいたのだろう。

差し出されたコーヒーを受け取りながら尋ねる。

「その、あのさ、お前、戦争の事どう思ってんの?」

そんな言葉しか出ない自分が恥ずかしいと顔が赤くなる。思わず周囲を見渡すが、先程までいた少女達がもういない。

居たら顔から火が出るほどだった。次の日からどう接したら良いのか分からなくなるぐらいに今の自分は恥ずかしいと後悔した。

「戦争の事、ですか。」

その発言に少年は黙り込む。目を伏せて、小さく言葉を漏らしていたが青年には聞き取れなかった。だが、少年はゆっくりと目を開きとつとつと語った。

「まず第一にセイレーンの排除ないし鎮圧が目標ですね。」

「出来なかったら?」

即挟み込んだ。だが、これは青年なりの覚悟の問いだ。

「とりあえず向こうが戦争を出来なくするように励みます。」

「それも無理だったら?」

じりじりと距離を詰めて行くように問いを重ねる。

「そうしたら、一分一秒でも長く戦って皆さんの平和の為に死ぬしかないですね。」

「逃げたく、ならないのか?」

それは本心から来る問いだった。

いや、この少年は恐怖を知らないだけなんじゃないのかと思う。いやそうだ。そうに違いない。

だが、目の前の少年はにこやかな表情を作り、自分の事を口にした。

「まず逃げれません。腰椎の一部がリュウコツと同じ材質になっているのでレーダーに映ります。」

―え?

少年は自分のことを少しずつ口にした。

「それと僕の頚椎辺りにチップが入ってます。これは反逆や逃亡行為をした瞬間に即、僕らを殺せるようにアズールレーンが採用した画期的な隷属システムです。」

何を言っているのか、青年には理解出来なかった。

(頚椎、って首だよな、そこにチップ?は?なんだよそれ?リュウコツ?なんだ、何言ってるんだこいつ。)

そんな疑問で脳味噌がぐちゃくちゃに溶けそうになる青年を置き去りにして少年は語る。

「そのチップは僕らが要人を殺せないように認識や識別が出来ないようにも調整されてます。仮に記憶できたとしても以て数分ですね。すぐにその人の記憶は消えます。便利ですよね。」

目の前の小さな生き物が、変わった。

この感覚は、これは、あの大男と同じだ。

目の前のそれは、自分では到底追い付くことも見ることも理解することも出来ない、

 

化け物のそれだ。

 

「すいません。この会話も聞かれているんですよ。ですので本当に申し訳ないのですが……。」

深淵に佇むような、その怪物は天使のように微笑み、

「諦めてここで働いてください。」

がちゃり、といつの間に手にしたのか分からない拳銃を黒い肌に突きつけた。

その夜に一切の発砲音は響かなかった。それだけがこの夜の問いの答えだった。

 

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