戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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4話後編

次の日の朝。

黒人の青年はアイヴァンという名前だったらしい。彼はレトルトパウチを開封し、調理に一手間、それを艦船達と老人に料理を振舞っていた。

「お、昨日より美味い。」

老人の言葉に釣られる様に少女達も頷く。

作られた料理に感謝するが、どこか青年は気まずそうにしていた。

少し怪訝に感じるが少女達は今から睡眠、男連中は昨日少佐が言った通り、矯正が始まった。

二人併せて三十戦。まるでチェスのように一手ずつ増えて一手ずつ合わせて防御から攻撃に転ずる瞬間は外さずに少年の操るのっぺらぼうに傷を付けようとするがどうも上手く行かない。

「一朝一夕でどうにかなるものじゃないですけど、着実に上手くなってますよ。曹長は継戦能力の向上。教授は特攻の処理からの連携の潰しに合わせたカウンターへの対応。」

その少年の見積もりに合わせて入港のアラートが響いた。

 

 

三人が港に着くと金の髪に青の瞳と礼装。細い肢体にそれに似合った剣。ロイヤル巡戦、レナウン級の名を冠する少女がそこにいた。

「王家艦隊、ロイヤルネイビーレナウン級巡洋戦艦・レナウンです!」

少年が端末から入港予定を確認するが予定にはある。だがそれは二日先だ。それについて確認すると、

「申し訳ありません!気が逸り単独で駆け抜けて来ました!」

真面目な表情で敬礼しながらの言葉になんだか納得が行ってしまう。

少年に一瞥すると、老人の方に向き直る。

「マイケル様ですね!『マスター』から話しを伺ってます!私の方は万全です!急ぎ海域と向かい、この世界を……。」

畳み掛けるような言葉に老人がたじろぐがその様を見てレナウンは首を傾げた。

「今、中佐殿は矯正訓練は受けてもらっています。」

それに代わるように小さな子供が答えて、レナウンが少年の方に身体を向き直す。

「矯正?」

「はい、見て行きますか?」

少年の提案に、少し逡巡があったが金髪の少女は同行し、その光景を見た。

追加七十八戦。

もう夕日に差し掛かった頃に訓練は終わった。

「少佐殿、これは『対セイレーン戦』ですね。」

モニターで見続け、なおかつ少年の動きを理解した艦船は確認する。それに少年は頷く。

「でしたら十八戦目以降は曹長の背面への甘さを着くべきです。単艦で挑んでいるのなら個人での対空防御の限界を認識させるべきです。」

「そうですね。ですが脚捌きが上手くて、僕なんかじゃそこまで隙を付けませんよ。」

少年の言葉に両手を組んで少し考え込む仕草をすると、マシンにアクセスを始めた。

少年はその行動を止めに入らなかったが、レナウンは少し中身を漁ると手を止めた。

「『正確ではありませんね』。レッドアクシズのデータが仮想品過ぎます。」

その言葉に老人がぎょっとした。それが正しいならデタラメに用意された不揃い品で順応出来たという事だ。

そうだ。思い返せばこの少年は『端末からデータを引き出していた』。

「これでも何とか『合わせて』みたんですけどね。二航戦はまだ露出がありますし。」

「伊勢型は貴方が?これでは反応が死んでるでしょう?」

読み込んだデータを掬うとまるで死んだ魚が打ち上げられている。鈍重な足周り、杜撰な投影性能、副砲ユニットの不備、何より本物よりも装甲が薄い。

「3年前からデータ更新ありませんでしたし、伊勢を『勝手に弄る』にはいかなかったんですよね。」

「なるほど。」

レナウンはその言葉の意味が理解出来たと思う。確かに軍のデータベースでは重桜艦は一航戦、二航戦、五航戦、金剛型、陽炎型、白露型、高雄型との接敵はあった。

逆を言えばそれ以外は『オリジナル』と呼称される43人の艦船からの情報しかない。しかも、その詳細データを持ち合わせていない為、アズールレーンは軽視、または杜撰な仕様にしているのだろう。

「こちらで伊勢型の情報のアップロード申請しておきます。『オリジナル』の私も納得が行くでしょう。他に利用する艦種は?」

「後は鳳翔、祥鳳の軽母艦船をお願いできますか。」

こくり、と頷き直ちにサーバーにアクセスし始めた。

「これで明日からやりやすくなるはずです。」

「ありがとうございます。」

少年は恭しく頭を下げた。目の前の少女がゆっくりと微笑む。

だが、この二人の裏の心根は誰も見えていなかった。

 

―余計な真似をしてくれる。

 

奇しくも重なる感想に一瞬、空気が軋んだように見えた。

 

 

 

夜。共同スペースで少年がデータの管理を始める。

本日のレナウンの計らいにより『対セイレーン』戦闘は難しくなった。

理由としてはただ一つ、伊勢型のデータが乱雑だからこそ『対セイレーン』戦なのだ。

セイレーンがどの手札を切るか分からない以上、整ったデータで動くのならそれは対セイレーンにはなりえず、『対伊勢型』の戦闘になる。

セイレーンとの接敵は確かに決められたロットが確認出来る様になっている。

スカベンジャー(駆逐型)、チェイサー(軽巡型)、ナビゲーター(重巡型)、コンダクター(空母型)、スマッシャー(戦艦型)。

この五機は下位機種、中位と思しき機体もパッケージ戦役で確認されている。だがいずれも接敵は無かった。

否、触れる前にセンサーを含むモニターが焼き切れたのだ。それだけの火力と兵装のレベルが違う。

確かに伊勢型の本来のデータは強力だと思える。

だが、それでも、未知のデータというものは恐ろしい。手札が見えない以上まともな戦いをしたければ尋常ではない立ち回りが基本になる。

一度の戦闘でどれだけの被害を出さずに相手の手札を出させるか。だが、少年はそれを許さない。

『例え、初手であっても被害を出す事を看過したくはないのだ。』

だが、一度申請されてしまった物は恐らくではなく確実に自分の権限では変えられない。

三年間ひたすら思い知らされた。どれだけ仮想とはいえ飛龍に近づけようとしてもアズールレーンは重桜艦種への興味が無い。

逆にロイヤル、ユニオンの艦種は優遇される。逐次の更新頻度に理不尽を覚えた。

それと言うものの『アルティメット』と呼称される特異艦種の訓練が行き通っているからだ。

嫌になる考えが浮かぶ程だ、何故自分はレッドアクシズの主力艦種にしか適性が無いのだ、それだけを呪った。

だが、それを思い返した瞬間に少年は自分のこめかみを殴りつけた。

「何様だ。お前は。」

泣きたくなるほど自分に怒りを覚える。

自分の現状を落ち着いて考える。恐らくだが上層部は『二週間も待ちたくない』のだろう。傍受した音声に反応した結果だ。

レナウンが早く送られたのはわざとだ。それに彼女自身も対セイレーン戦闘は考えようとしてない。

この部隊の有り方を考えれば確かに重桜艦種の鹵獲、捕縛、強奪、言い方はそれぞれだがデータを取りたいのだろう。

その為に突出した適性指揮官の混成部隊等を考えたのだ。

曹長は駆逐艦種のみ全て問題なく運用出来る。

老人もアズールレーンサイドの主力艦種を。

それから一月遅れて巡洋艦のみに適性を持つ者が配備される予定だ。

ならば少年は?

少年に求められているものは重桜主力艦種のデータ取りだけだ。

そして、データとは全損または破壊されていても得られる物なのだ。何せ艦船は生きている。遺伝子情報が劣化しなければ問題なく吸い出せる。

回収した後の事後処理、その為に適性のある少年を宛がっているに過ぎない。

つまりアズールレーンは重桜主力艦種がミンチだろうが穴あきのチーズだろうが構わない。『そもそも敵性艦種等使う気が無いのだ』。

だが、そんなことはさせたくない。曹長達にも、彼女達にも。

 

―僕のこのワガママを可能とするなら、対セイレーン戦しか無いと思った。

 

その心情が深く、深く浮かんで行く。覆い尽くす思考に飲まれる。

伊勢型でセイレーンへの脅威を認識させ、最も得意とする飛龍で印象を植え付ける。

そうすれば幅広い戦術を可能とする重桜主力艦種に対して二人が脅威ないし重要視をするようになるのではないか。

だが、書き換えられたデータでは二人は何を感じるだろうか、そもそも少年自身が伊勢型を操り切れるかどうか。

 

 

結果は恐ろしいものだった。

少年は知覚出来なかった。

老人は目を見開いていた。

金髪の少女は特に驚かなかった。

その変化を。

 

青年の駆る駆逐艦種が初手で伊勢型を破壊していたのだ。

 

「すまん少佐、多分『もう大丈夫だ。』」

正確には初手ではない、最初の加速からの一閃。少年の見切りを読み、かざした腕に絡み、捻るような回転の後、爪先にてその伊勢型の首を撥ねたのだ。

「多分爺さんも同じだ。『もう勝てるよ。』」

それは心からの言葉だった。

「も、もう一回……。」

少年の縋るような言葉に首を横に振る。少年にはその動作だけで心が闇に囚われそうになる。

 

―曹長達はもう問題なく戦える?

『それは僕が不要であることに繋がってしまう。』

 

―曹長達に頼む?

『彼等に何のメリットがあるんだ。』

 

―脅迫してでも!

『彼との果てしないポテンシャル差も分からないのか、それにレナウンがいる。チップもある。ダメだ。もうダメだ。』

 

「久しぶりに本気で考え込んだ。爺さんからの言葉もあってな。」

青年はとつとつと呟く。少年にはどうでもいいことだ。これでもう自分は完全にお飾りの存在になる。

「この昂りはテレビでスター選手を見た時以来だったよ。」

「そうですか。」

 

―この人を殺すか。いや、そんな事をしてもダメだ何も変わらない。自分が死ぬ前の悪足掻きだ。

 

そうだ。少年は何を思い上がっていたのだろうか。

この二人が自分の予想を上回る速度で強くならないという保証等はどこにもない。

少年は、部下を心のどこかで見下していたのだ。もっと時間がかかると。もっと自分が教えるべきだと。

だが、それ以上に彼を軽視していた。

「願うなら、一緒に戦ってくれるか少佐?」

「……え?」

何を言われたのか分からずに少年が目を白黒にしているとその小さな帽子に手を置いた青年が静かに想いを口にした。

「実際の所、勝てると言ったが君じゃない。敵性の重桜だ。もう問題なく制圧出来ると思う。それでいて俺はこの戦争に勝ちたい。その為には少佐。少佐の『用心深さ』が必要だと思う。力を貸してくれ。『俺が力を持ってくるから』。」

その大きくてとても力強い腕は、歴戦の勇士と呼ぶに相応しく、暖かい男の手が少年の前に伸ばされた。

「あ、貴方には別の命令が下っているはずですよね?何故?」

少年はそれだけが気になった。そうだ。この青年にはこの青年の命令があるはずだ。

それに逆らえばどうなるか分かったものじゃない。彼は人間だ。肉親がいるはずだ。

「母は2年前に癌で、父は5年前にな。大丈夫だ。『俺も爺さんも何ももう無いんだ』。」

その言葉を聞いて少年は膝を折った。

「……ごめんなさい。」

「良いんだ。気にしないでくれ。」

「貴方の両親が居ないと知って、僕は、ぼくは……!」

恥ずべき心を持っている。聞いた瞬間に安堵を覚えたのだ。人の死で安らぎを抱くなど鬼畜のそれだ。

「子供がそんな事を気にするな。君は君のしたい事ぐらい口にしたら良い。上司の思い通りに動くのは部下の務めだろう?」

青年の初めて見せた笑顔に少年の目から涙が溢れ、顔を歪ませながら答えた。

「こんな子供でもない僕の為に……。」

「悪いなユニオン人は子供に見えたら助けるもんだ。少佐これからの命令を頼む。」

軽視した正体のそれは二人の優しさだ。これまで沢山の大人達を見てきたが、どれも奇異な目だった。だが、今気づけた。二人は自分を普通の子供として見ていたのだ。

それに気づいて目をゴシゴシと擦ると真っ赤な顔でその口から告げた。

「中佐並びに曹長の二名は直ちに艦船を『海域』に派遣。ファイアウォールとなる重桜艦の鹵獲を前提とした撃破を願います!」

ぐしゃぐしゃになりそうな声で精一杯の命令を下した。

二人がそれを見て、頷く。

「『それでいいんだ』少佐。『階級や役職に囚われないでくれ。』」

青年の言葉は自分の言葉だった。

だけどそれは自分を良く見せる為の言葉だった。

青年の言葉は少年の生まれや有り様についての言葉だった。

本当に今、少年は心からその言葉に涙を流していた。

「茶番ですね。」

それを見ていたレナウンがぽつりと呟く。

老人はその言葉が聞こえたのか指をくるん。と回すと少女に教えた。

「なんじゃお前さん。寧海嬢に教えられなかったのか?」

それに疑問の眼差しを向けられると老人は楽しそうに語った。

「受け入れられる事も、受け入れる事も一番の強さなんじゃよ。」

「……理解しかねます。」

 

 

早い。早すぎる。

なんだコイツらは。こんなデータ上がってきていない。いや、そもそも駆逐艦の戦い方じゃない。

肉薄魚雷なんて生易しいものじゃない。

完全なる格闘戦だ。

気が付けば投げ飛ばされるか、当て身を叩き込まれ倒れ伏している。

前線指揮を取っていた蒼龍ともう通信がない。意識を絶たれている。

駆逐と戦艦で防衛線を張っているが尽く捩じ伏せている。

その有様に飛龍が叫んだ。

「赤城先輩!ぼくが盾になります!ぼくごと……!」

その言葉と同時にユニオン駆逐艦ラフィーの膝が鼻先を掠る。だが、良く躱した。

妹分の望みだ。これで負けてしまえば最大級の汚点。

飛龍も、躱した体で首と腰を絡めて封じた。これであの駆逐艦は動けない。私は裾から式神とも言える艦載機を展開し、一機でも多く敵を倒す!

「飛龍!褒めてあげるわ!」

 

―「視線を釘付けにされた事をですか?」

 

その言葉でようやく気づいた。私の背後にもうロイヤルネイビーの巡戦が牙を向いていた。

不味い、反応しきれない。

音速の斬撃。

四肢の腱を斬られた。だが、まだ指とリュウコツは動く。せめてこいつらごと纏めて―

「それはさせれないのです。赤城さん。」

解放としようとした掌もどこかへと吹き飛んだ。

「加賀……。」

あの子を、どうにかあの子だけは、薄れる意識の中で自分を姉と呼んでくれる白銀の狐を思い出した。

 

 

『全機急ぎ撤退を!』

少年の指示に心で頷き、軽母艦ロングアイランドは艦載機で鹵獲機を牽引し、巡戦をその直衛に回す。

「回収出来るのはこれが精一杯〜!」

軽母艦が汗を流しながら目をぐるぐるに回して宣言する。引き摺っているのは『蒼龍級』の2人と『赤城』。

「6時方向、距離180、リュウコツ波形『一航戦』!恐らく『加賀』です!」

巡戦が殿を務め、目を細くしながら水平線の向こうの敵の接近を警告する。

『駆逐隊、先行して帰投!』

「は、はい!」

少女達ももう限界だ。戦闘こそ圧倒的だがそれは前提とした作戦が違う。体力は底をついてもおかしくない。

「レナウン!距離120に入った所で艦砲射撃!進行を遅らせるぞ!」

「了解!」

ちきちきちき、とレナウンの腰を包む様な火砲が照準を定める螺子を巻く。

ロングアイランドの進行は遅い。いや、それだけの負荷がかかっている。

予定した距離に対して砲撃。だが相手は何も緩めない。それはつまり、

(相手の進行速度が予想より速い!片道切符で来ている!)

レナウンの感覚は正しい。向こうの敵艦である加賀は死に物狂いでこちらを襲撃しようとしている。

フィールドだけじゃない。更に何かで加速したそれに主砲の間合いより内側に入られた。

「マイケル様!近接戦闘に入ります!」

鞘からその剣を抜くのと同時だった。

眼前まで高速で迫った白銀の狐を思わせる艦船が全身で振り被り、その手刀を振り下ろした。

ばぎん。まるで金属同士の接触音に紛れたそれをレナウンは見逃さなかった。

「艦載機をブースターに!?」

その白き背中に幾重にも食い込んだ蒼い紙葉。

それを知覚した瞬間にその長い脚がレナウン左目を抉るように払われた。

だが、硬い何かが阻んだ。

「悪いがこちらには『これ』がある!」

両腰の砲身が上へ傾き、それを阻んだ。同時に副砲を展開。

何発かは当たったが相手は航空戦艦。この程度では足を遅くするのが精一杯だが。

「『こちらの勝ちだ。』」

その身を後ろに飛ばす。その先には空間の歪み。

艦船達が『海域』と呼ぶ空間の外。

「こちらまで来て戦えると言うのなら来ると良い。」

それは皮肉以外の何物でも無い。

その言葉に反応した敵性艦のそれは、怒りと呼ぶには恐ろし過ぎる程の形相だった。

レナウンの姿が歪みに溶け込んだ後、呪詛の如き叫び声が蒼い空と海に響き渡った。

 

 

海域派遣レポート。

セイレーン中枢域への進行、解析の為の『海域』派遣は概ね成功した。

第1層、問題なく突破。

続く第2層、これも問題なく突破。

青葉、高尾、愛宕の鹵獲に成功。

3機はこちらへの軍門に下る事を容認。

だが、まだ対応指揮官が居ない為かコミニュケーションに難あり。急ぎ補充要員が来る事を望む。

そして第3層、前述の3機からの情報もあって、『二航戦』と『一航戦』が待ち受ける事を察知出来た。

蒼龍級、蒼龍。同じく飛龍。そして、赤城の鹵獲に成功。

赤城は損傷が激しい為、治療に。

二航戦の二名は横須賀基地への配属を希望された。

巡戦レナウンからの報告もあり、1度海域攻略の手を止めるべきと判断する。

レナウンの視覚モニターから見えた加賀の表情は尋常ではない。恐らく次の1戦は出し惜しみ所の騒ぎで済まず激戦は止むを得ないと思われます。

最初から殺す気で行かなければ彼女に間違いなく殲滅されると思われる。

可能ならば彼女もこちら側に招き入れたい。

その為、許可されたい情報の開示があります。

 

 

 

ぼやける様な視界の中で見慣れたようで見慣れない白い天井が見えた。時間は恐らく昼だろうか、電光も含めて明るい。

自分の体はマットの上だ。

碧空が無いという事はここは敵の、いや、戦った相手の本拠地だろう。

右手の感覚は無い。

艦載機は没収されている。当たり前か。ここで暴れさせれる状況を作るバカはいない。

何か喋ろうとしたが音が出ない。ぱくぱくと開閉するだけだ。だが、左の目端に居たそれが立ち上がり驚いたような顔を作った。

「起きた!?大丈夫!?」

それはおかっぱ頭の小さな子供だった。だが軍服を着ている。

白の服はまるで、自分は何も悪い事はしていません。とでも言いたげで、その衣装は私の神経を逆撫でするには充分だ。

それどころかその子供は私の左手を握り締めた。

何なのだこの子供は。馴れ馴れしい。気持ち悪い。

そう思っていた矢先だった。

その左手に素早く文字がなぞられた。

『本国に行くと言わないで君は殺される。』

私は目の前の喜んでいる少年の顔は嘘偽りは無いと思う。だが、恐らくその刻んだ文字も嘘ではない事が『経験から分かった。』

「一航戦、赤城。貴方には三つの選択肢があります。」

少年はその笑顔から澄んだような表情を作り、私の事態を述べる。

「一つ目は、本国に行き、本国防衛の為に責務を果たす事。二つ目はこの横須賀基地、ひいてはアズールレーンの軍門に降る事。三つ目は、これはオススメ出来ません。処分される事です。」

これが刻んだ文字通りなら、生き残りたいというのなら軍門に降れという事だ。

それ以外は死を選ぶのと同義。

だが、私には『別段どうでもいい話だ。』

「処分をお願いしますわ。」

やんわりと、心音も脈拍も変えること無くこの口からそれは出た。

「何故、ですか。」

少年は心底落ち込んだ声を出す。そんな事は決まっている。

「もう人間の道具にされる事なんてまっぴらごめんですわ。どうせ貴方も勝てないでしょう?いえ、そもそも何で子供が?貴方、役に立ちますの?」

それを尋ねると子供がきょろきょろと辺りを伺う。

窓も戸も閉め出した。そして部屋も暗くした。

あぁ、なるほど。

今回の軍はかなりの気狂いで構成されているのね。

今度は子供のおもちゃか。一航戦も落ちぶれた物ね。

舌を、噛み切るか。

「流石は一航戦、赤城です。貴方の質問は正しい。ですけど、今この曖昧な明るさなら僕の姿に見覚えがある筈です。」

何を言って、……いや、待て、有り得ない。

そんな、ことが、これは。

この子供の髪型こそ、今この空間の翳りこそ、『真実』と呼ぶべきそれが見えていく。

「セイレーン?」

目付きや髪の色に体格、差はあるがセイレーン戦艦型の幼体呼ぶに相応しいそれが眼前にいる。

「申し遅れました。アズールレーン所属、デザイナーズチャイルド指揮官、Typeスマッシャー:Re:Ⅰ型。製造コード89番。人類の手で再現されたセイレーンです。」

陰の中で寂しそうな声が響いた。

「人は、もう『そこまで落ちぶれたの?』」

私の口からそれしか言葉が出なかった。

これまで沢山あった。人は私達を喰らう事もあった。人は私達を盾にすることもあった。人は私達で実験をすることもあった。人は私達を玩具にすることもあった。

だが、これは。

これは、何だ。

「貴方達、重桜主力艦種の制御を出来るのほんの1%。六艦制御だと僕を含めて僅か5人しかいません。」

その言葉に喉がひりつくよう乾く。

「『そんな事の為に?』私達等盾にすれば良いでは無いですか。」

少年は首を振って否定する。

「僕は貴方達ならセイレーンを倒せると信じています。」

「そんなくだらない事の為に産まれてきた事を呪うべきでしょう!?」

子供の言葉に怒りを覚えた。

この子供は、まるで私達だ。セイレーンに飼われ、使われ、『それで良い』と認識してしまった、私達だ。

「くだらなくは無いですよ。」

その言葉がまるで私達に言われてるように感じる。不快だ。

「くだらないわ!私達はセイレーンの所有物よ!『重桜に可能性がある』、そんなつまらない理由で私達は生産される!可能性よ!?そんなもの戯言以外の何物でもな……!」

ぎゅぅっ。と少年が私を抱き締めていた。

顔が隣りにあって熱が分かる。それと同時に冷たさがある。これは、

「涙?」

「産まれてきた理由が悲しい事なのは僕もだから。分かるよ。」

少年が震えた声で囁く。歯をガチガチと鳴らしながら続けていく。

「僕も、『僕が誰なのか』分かった時。もう殺してくれって何度も頼んだよ。でもね。そんな時だった。こうやって抱き締めてくれた人が居たんだ。」

そこまで言うと離れて行く。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら彼は私に告げる。

「『世界に殺されそうになっても、それでも君だけは諦めては駄目だ。立ち上がって1歩ずつ前へ、踏み出す事をやめたなら、それこそ本当の死だ。』」

「……そんなの綺麗事、です。」

綺麗事だ。世界は殺すつもりなんてなかった。とどうせ言う。またはどうして死んでしまったのだ。と分からないフリをする。世界は、人間は、他人は、くだらない世間話の延長線にしか見ない。

「綺麗事だね。でも、僕は君達に生きてて欲しいよ。」

「貴方に何のメリットがあると?」

何も無い。あるとしても私を救った自己満足か、私達を率いるという自己顕示欲か。

「こんな僕でも何かを残せるんだって、君達に幸せを渡して上げる事が出来るんだって、そう思えたなら幸せ以外の何物でもないよ。」

夕暮れのような暗がりで少年は笑顔で答えた。

何で、そんな言葉が、そういう前に少年は答えた。

「これが、僕の『一歩』なんだ。そう信じているから。」

これを、こんな言葉を、こんな想いを、こんな人独りの感情を、口にするのにどれ程の痛みがあったのだろう。

「入隊の条件があります。」

その言葉に少年の顔が明るくなる。

きっと物をねだると思うのだろう。きっと前線指揮権の譲渡をねだると思うのだろう。だが、違う。

「貴方を愛する事を許しなさい。」

少年の驚きの顔を振り払う様に抱き締めた。

そして、その唇を奪った。少年は目を強く見開き、事態が飲み込めずに居たが知るものか。

ゆっくり5秒間その唇を塞いでやり、離すと茹でダコのように顔を紅潮させながら少年が怒る。

「赤城!話を聞いていたの?!僕は人間じゃないんだよ!?」

そんな事、分かり切っている。

「なら赤城もです。」

それに少年は目を伏せながらどもる。

私は、ううん。赤城は、気の遠くなるような地獄の末にこの人に出会えたのなら全てが安い。

「幸せをくれるというのなら、赤城の愛を受け入れて、赤城に愛を囁いて、赤城に未来を指し示して、赤城と共に戦って、赤城を導いてください。『指揮官様。』」

意地悪だと思うだろうか。だけど、この人の傷も含めて愛を知りたいと思ってしまった。

何人かに愛していると言われた。だけど、その愛はおもちゃとしての私か、戦力としての私だった。

だけど、こんな子供が、まるで一輪の花を差し出してくれたような暖かい気持ちされたのは本当に初めてだ。

「僕は指揮官だ。君だけを見ている訳にはいかないよ。」

「なら赤城は貴方の部隊の姉で居る事を宣言しますわ。貴方に近い目線で貴方に仕えます。」

「僕は何か失敗したら、処分されるかもしれないんだよ?」

「なら赤城は全身全霊、粉骨砕身の想いで貴方を支えますわ。」

「僕は君が考えている程、綺麗な生き物じゃないよ?」

「あら、奇遇ですわ。赤城もそんなに綺麗な生き物ではありませんの。」

言葉に詰まっている姿が可愛らしくて、もう一度、その口を塞いでしまう。

今度は目を閉じて受け止めている。可愛い。

「好きです。指揮官様。ううん、好きでいさせてください。それだけが赤城の願いです。」

ゆっくりと想いを伝える。

それに困り顔を作る。急ぎ過ぎただろうか。

だけど、加賀以来だ。取られたくない、とそう思ってしまう程の命は。

「悲しい事になるかもしれないよ?」

「貴方と繋がれるのなら幸せです。」

「別れは唐突かもしれない。勝利だって……。」

「貴方との時間の全てを幸せにする自信がありますわ。」

「酷い命令をするかもしれないんだ。」

「赤城は貴方の全てを受け止めたく思います。」

何秒か、いや何十秒か、それとも何分か、指揮官様は本当に申し訳なさそうに困り顔で幾つも考えている様な仕草の後。自分の考えに頷く。

「分かった。それが君の居てくれる条件なら、認めます。僕に愛をください。代わりに僕は貴方と共に戦う事を許してください。」

嬉しい。赤城の愛を欲しいと言ってくれる。

だから、精一杯の言葉でこの方に赤城を紹介しなくては。

「栄光なる一航戦、無敵艨艟と讃えられる艦隊の赤城と申します。

自慢の艦載機、そして指揮官様と一緒ならどんな戦局でも乗り越えてみせますわ。 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方には赤城はもう身体を万全にまで治した。

それと同時だったとも言える。

赤城が台所に立っているのは。

「あ、あの〜?」

アイヴァンが状況を読めずにいると老人が手招きされ、ほいほいと辿り着く。

「逆らうな。間違いなくアレはお前さんぐらい殺せるぞ。」

老人の言葉は善意から来るものだと直感した。

つまり、邪魔をしても、何か余計な事を言っても、彼の命は無い。

スペースは基が軍の物であったからか広さに問題は無い。

今日の、というか暫くはレトルトパウチにひと工夫が関の山だから問題は無い。(後、一週間ぐらいしたら本格的に野菜が届くらしい。)

そう思いながらアイヴァンは自分の仕事をこなす。

人数が増えたが大した差ではない。

だが、彼岸を見ると少し震えを感じる。

 

(料理に恐怖を感じる。)

 

率直な感想。

いや、その行為は果たして料理なのか?

異臭のような何かを感じる。

 

―サバトか?サバトなのか?

 

こればかりはアイヴァンの料理知識が足りない物だ。重桜独自の調味料や調理は異文化ではなく異教と捉えるものなのだろう。

それを皿に盛り付けるのを確認して、「あ、本当に料理だったんだあれ。」と声に出るのを必死に抑え込んだ。

不気味な笑い声も混ざってるから余計にそう思えてくるのだろう。

計4品、作り込まれた品物を鼻歌混じりで運んで行く。

共同スペースから廊下へ、指揮官室と今は呼称されている部屋に運んで行く。

部屋に入ると筋肉達磨と呼べる男性がすれ違い、部屋の中心で黒髪おかっぱの少年が待っていた。

「少佐、お待たせしました。腕によりをかけて、この赤城が作りました。どうぞ、召し上がれ。」

あはは、と少し乾いた笑みをした少年が受け取る。

「美味しそうだね。」

ゆっくりと一つ一つを目に捉え、頷いて手に取り、箸で1品ずつ口に運んでいく。

口に含み、齧り付き、咀嚼し、嚥下し、胃の腑に入れて少年が微笑んだ。

「美味しい。赤城は良いお嫁さんになれるね。」

にっこりと笑顔で伝えられた言葉に赤城が紅潮させた顔を両手で覆い隠す。

どれもこれも食べて、微笑んで感謝の言葉を告げる。

「ありがとう。僕の為に作ってくれて。」

その言葉に背筋を立たせて紅の狐が答えた。

「少佐は統括を任される身、なればこそ相応の馳走をと思った次第です。」

そっか。それだけ呟いて笑った少年は食器を片付けようと運ぼうとするが、遠くで駆け抜ける音が響いた。

「あー!食べちゃってる!」

銀髪にその色と同じ兎のような長い耳。それは重桜蒼龍級、通称二航戦の妹、飛龍だった。

額に汗を浮かべてる所から全力疾走してきたのが分かる。

「何かしら騒々しい。」

赤城が飛龍の言動を諌めようと叱咤の声を上げようとするが、飛龍の声の方が先だった。

「『それ』を舐めたコックが倒れたんです!少佐殿、大丈夫ですか!?」

へ?と赤城が間の抜けた声を上げて、続いて翠色の飛龍と同じような耳を立てた女性が入る。

「桶を持ってきました!少佐殿、失礼を……!」

カン!と少年の前に勢い良く置くと少年の口に手を伸ばそうとしたが、少年に振り払われた。

「大丈夫!大丈夫だから……せっかく、赤城が作ってくれたんだし、吐き出すの勿体ないよ。」

その言葉に赤城の頭が瞬間的に沸騰するような音がした。

「不味かったら不味いと何で言ってくださらないのですか!!」

少年は心で何を思い、あれだけの世辞を述べたのかまるで理解出来ない。それ以上に腹立たしい。

さっきまで嬉しさに赤面していた自分は道化だ。良いようにおだてられて、馬鹿を見せられて赤城は怒りを噛み締めて涙を漏らしているのを見て少年があたふたとしていた。

「ご、ごめんね。本当に大丈夫だし、美味しかったよ。」

「嘘をつくのですか!?」

その言葉に少年が目を泳がせてしまう。

そして、視線を落とし実態を口にした。

「赤城ごめんなさい。本当はね『分からなかったの。』」

その言葉に赤城は睨む。だが、少年のその沈んだ表情に違和感を感じた。

「僕、ううん。『僕達』ね、味が分からないんだ。『効率化』として味覚が省かれているの。」

「は、省く?」

飛龍が反芻した言葉に頷く。

「君達を使うのにとか、資源のスリム化とか、色々な理由が合わさってね。僕が食べてるヌードル、絶対食べちゃダメだよ?お腹が膨れるだけの食べ物だから。」

その味が何なのかは知らない。だが、遊び半分で人間が食べて吐き出している所を見て、自分には本当にその感覚がゼロであることを再認識させられたのを覚えている。

「赤城。」

優しい声が響いた。

「本当に嬉しかったよ。どんな味かも分からなくても僕の為に頑張ってくれて、ありがとう。」

その狐の手を取り、笑顔を作った。

そうだ。彼はもう口にしていた。

『悲しいことになるかもしれない。』

それは、その言葉は、本当に、正しく、人並みの愛も満足に育めない事を口にしていたのだ。

「申し訳ありません少佐。」

取られた手を引っ張り自分の元に寄せる。

「貴方を愛する事、それは生半可な気持ちではいけなかったのですね。」

何が粉骨砕身だ。何が全身全霊だ。

何処もかしこも、言葉の一端にもならない塵芥だ。無力さを噛み締めて、今自分がやらなければいけない全てを考える。

そうだ。彼は口にしたのだ。幸せを残してあげたいと。ならばこんなママゴトを続けるべきではない。

「少佐、お聞かせください。貴方のこれからを。」

その言葉を聞いて、少年が赤城の服の上で頷いた。

「加賀を、君の妹を、彼女を仲間にしたい。でも、きっと、うん。君達と僕じゃなきゃダメなんだ。」

少年の決意に赤城は頷いた。

「その為に何を?」

「明日から二日ぐらい、僕の目指す動きに付き合って貰えるかな?」

だが、

「シミューレーターのリプレイデータを見ました。ぼく達も『ああ使うんですか。』」

飛龍がぽつりと漏らした。

どんな風にこの少年が戦うのか気になって、そして、調べて。その戦い方に愕然とした。

まるで駒、いや、それ以下だ。使い捨ての道具の方がまだマシと思える。

「あれは……。」

「安っぽい希望なんて持たせないでください、死ねと言うなら、死ねと仰ってください。」

その手を握る力が強まる音が響いた。

「覚悟も出来ずにぼくは死にたくない……。」

「飛龍!!」

赤城の叱咤にびくっと跳ねるが、それでも視線は落としたままだ。目の前の少年を信じる事など出来ないのだろう。

「不安だよね。いざという時に僕がそういう手を使わない保証は無いよね。」

少年の言葉に頷く。

「じゃあ約束しよう。次の戦闘で僕は加賀を殺さない。君達を死なせない。絶対に破らない。破ったなら僕を殺してくれて構わない。」

「破った後で貴方がぼく達を殺さない保証がない!」

そうだ。人間は裏切り、簡単に傷付け、踏み躙り、嘲笑う。

その言葉を聞いて、少年が涙を零すのを見ても、飛龍は何も感じない。

「泣き落としなんて……。」

「本当に、酷い目に遭ってたんだね。」

少年の漏らした言葉が心に突き刺さった。

「飛龍。」

そう言いながら少年は飛龍の手を取る。

 

「それでも戦って貰わないと困る。君達は自分の運命を決めたのだから。」

『戦いたくないのなら、良いよ。ここで心が落ち着くまで休んでくれて。』

 

言葉とは反対の有り方をその手の平に刻む。

 

「君達は艦船なんだ。その為に生まれてきたんだから。」

『君達は生きてるんだ。逃げる事だって生きる事なんだから。』

 

その言葉を刻まれても少女の中に不安が宿る。

「ぼくが、ぼくが拒否すれば姉様を……!」

だが、

 

「そうだね。蒼龍の安全は保証できない。」

『大丈夫、二人共僕が守るから。だから、休んでいいんだよ。』

 

それに涙が流れる。

「どうして、そんなことを……。」

使い捨てにすればいい命だ。あんな風に壊していい命だ。痛みも悲しみも苦しみも悲鳴も嘆きも全て全て無視して良い命だ。

その心も遮り、その少年は胸に手を当てて笑顔で答えた。

 

「それが、指揮官なんだよ。飛龍。」

 

長い長い戦いの中、いつも自分の役目は決まっていた。悪足掻きをし、敵を引き付け、戦線を維持し、きっと何の意味も成さない一撃を与える。

少年は手の平を差し出す。

「良いね?飛龍。」

それはそこに答えを刻めと言っているのだ。

「分かり、ました。」

彼女は差し出した手の平の向きを変え、両の手で包み込んだ。

「戦います。ううん、そこまで言うのなら戦ってみせます。」

誓うようにその重なった手に額を付け、ここにいる少年に誓った。

「そう、それで良いんだよ飛龍。」

その言葉は心からのものなのか飛龍には分からない。だが、今誓った自分とこの少年に一切の恥を見せないと固く硬く決意した。

 

 

三日後

予定した日時に重桜航空戦艦が海に出る。

洋上、そこにそれはあった。

空間の歪みとでも言えばいいのだろうか、時空のズレとでも言えばいいのだろうか、明らかに風景がグチャグチャになり空と海の境界線も分からなくなるその場所に三人が辿り着く。

「少佐、海域に到着しました。」

赤城が三機のリュウコツと同期した端末の先に居る少年に話しかけ、それに応える。

「各員、海域到達用振動数展開、到着後即時に艤装展開し斥力フィールドをクォータードライブで常時展開。」

その言葉に従い、メンタルキューブの変形であるリュウコツを目の前の歪みに干渉する様に小さな鈴の音のように鳴らす。

それに呼応した海域と呼ばれた歪みが紫電を纏い、それが三人にも伝う。軋む音が何度かした後、三人は白みを増し、まるで霧散するようにその姿を消した。

次の瞬間、瞳に映るのは見渡す限り蒼。海域だ。

「反応、確認します。」

蒼龍が静かに自分のリュウコツを海面に干渉させ、情報を読み取る。

そこから得られたものは。

「何、この……大質量は?」

凡そ、それは艦船と呼ぶには異常極まりない何かがいる。基盤データとも言えるリュウコツ波形が読み取れない。

既存のデータにも経験上にも存在しない何かだ。

その情報が少年にも伝わった瞬間だった。

「全機!ハーフドライブに出力変動!これは……!各機散開!!」

三人が各々横に避ける。その瞬間だった。一瞬だけ何か赤い筋が見えた瞬間だった。その蒼を焦がす火の激流が駆け抜けた。

「熱線兵器!?」

飛龍が燃え盛る海に反応する。だが、すぐそばに居た蒼龍がその身体を引っ張った。

天から降り注ぐそれに気づいたのだ。

氷の矢が降り注いだ。まるで爆撃だ。当たれば航空戦艦といえど無事ではない。

「氷結兵器まで……!」

赤城の考えからこの武装の仔細はある。セイレーン側に何度も取り付けられた武装だ。

だが片方だけだ。両方は元のキャパシティを超過しリュウコツの摩耗速度を含む全てのデメリットを考慮され1度も付けられた覚えがない。

ならば、この兵器の持ち主は、

「あぁ、すまないお前達だったのか。」

ノイズのように掠れた雑音が混じった声が響いた。

三人のパーソナリティコードから接続した通信が響き、そしてその持ち主の顔も映し出された。

「か、が?」

赤城の喉が悲しみで震えた。

最愛の妹が機械に身体を結び付けたその様を見て、目を、否、世界を疑いたかった。

蒼龍が嘔吐する。

通常、艦船は生物の構造は人と何も変わらない。ならば、彼女が幾つも溶接されたような金属は、無理矢理繋ぎ合わせた結果でしかない。

蒼龍の反応に何も気にせずに加賀が気まずそうに話しを持ち出す。

「すまんな、『こうなって』しまった以上、リュウコツ波形が読み取れないんだ。転移反応と動体反応であのクソ巡戦かと思ってしまってな。三人共、ゴミ共から逃げてきたんだな。凄いな。」

にっこりと賞賛する彼女の狂気に飛龍が奥歯を噛み締めて、質問した。

「加賀先輩。」

「なんだ二航戦の。」

「その、お姿は?」

「あぁ、セイレーンに頼んでな、次来た時に確実に殺せるようにこの身を差し出したんだ。私には少しばかり適性があったからな。姉様への改良用武装だから私とも噛み合ったんだ。」

その言葉に、悲鳴を上げたくなる。

目の前の白い狐がどれほど心を焼き焦がしたのか、きっとその一端も理解できない。だが、こうなったのは自分達のせいなのだ。

「あ、れ?」

加賀が飛龍とのやり取りでなく別の事で気が付いた。三人のパーソナリティコードの前提がおかしい。IFF、敵味方識別を認識出来るその瞳が三人を敵として認識している。

「な、なんで……ねえ、さま?敵に、なんで?」

「違うの!加賀!ここは!少佐は!私達を!貴方も!」

必死な姉の言葉も聞こえはしない。ただ自分の中で物事を整理させ、解答に至るしかない。

「あぁ、そうか、脳を弄られたんだな。」

とてもとても皮肉な事に、とてもとても残酷な事に、その綺麗な微笑みは、これ以上ない暴虐を口にし、

「待っていろ、今、助けてやる。」

殺意を溢れさせた。

今の会話の間、先の二手を溜める時間は稼がれた。

だが、それ以上に三人の心の灯火が今にも消えそうになっていた。

「各員!立ち上がれ!ここで死んでも何にもならないぞ!!」

少年の言葉に全員が心を取り戻す。

一番早かったのは赤城だった。狙いが二航戦の二人であることも理解し、その前に立つ。

裾から式神型艦載機を出し、即席の盾を形成する。

炎の波を遮ったのは僅か数秒、されども三人が助かるには充分な時間だった。脱して次の行動に移る。

「距離を詰めるよ!飛龍を先頭に!赤城を溜めて!蒼龍、対空注意!」

距離120。

その言葉に従い、駆け抜けるのと同時だった。

氷塊がまるで隕石の如く遥か大空から轟音と共に降り注いだ。

「ッ!少佐!」

「蒼龍、飛龍、対空用艦載機!!」

二人が投げた花札が艦載機へと姿を変え、氷山を破壊しようと機銃を撃ち込む。

だが、その速度が少し落ちる程度だ。

「全機全速前進!!範囲から振り抜け!!」

その声と心に呼応し、リュウコツから吐き出される斥力が増幅する。

それと同時だった。白の狐が先頭の飛龍を顔面を貫こうと目前まで来ている事に察知できなかった

「今、助けてやる。」

言葉と共に死を振りかざす。

振り抜かれた手刀、それは容易く躱せた。そこに飛龍は違和感を感じる。

「皮肉だね加賀。」

端末から飛龍に通し、両肩の武装を引きちぎった。

「がぁああっ!?」

無理やり繋げた事で感覚が鋭くなっている。痛みに呻く暇など戦場では死に繋がるそれに気づかないほど愚かな娘ではない。

「君が一航戦のままで居たのなら、勝てる見込みは間違いなくあったのに。」

少年の言葉は真実を射ていた。先の一戦よりも明らかに加賀の反応が鈍い。それが飛龍の違和感の正体だった。

赤城が足を払う。バランスを崩し、そして、妹の眉間寸前に貫手を差し出した。

「加賀、聞いて。私達は私達の意思で少佐に仕える事にしたの。少佐なら、ううん。少佐のお傍に居たい。それが私の願いなの。」

最後通告とも取れる言葉に加賀は静かに笑う。

「そんなに好きなのか。」

「貴方も知れば好きになるはずよ。」

「姉様の物を取ろうとは思えんな。」

「貴方なら良いわ。」

「嬉しいな。そうか。」

微笑んで、そして。

 

「クソ喰らえだ。赤城。」

 

彼女は姉と慕った存在を吐き捨てる様にその名を呟いた。

 

それと同時だった。その躯体が赤く、紅く、赫く、光り輝き、

 

「ええ、それを『知っている』のよ加賀。」

その手を引き、振り絞るように彼女は拳を握り締め、愛する狐の肋を砕いた。

「がッ!」

心肺に支障を起こしたのだろう。すぐにその深紅の輝きは曇り、消え失せ、元の白く美しい肌へと戻った。

「少佐、一航戦、加賀の無力化を確認。これより当該機を連れて帰ります。」

「了解。飛龍、蒼龍、直衛に。」

その言葉に従って三人が海域の外を目指した。

 

 

次の日。

「赤城、加賀の容態はどう?」

少年が治療室へ入ると妹のすぐ側で手を繋いでいる赤城に声をかける。

「少佐、加賀が何をするか分からない以上、ここにお越しにならないでとあれほど……。」

そう、赤城の時とは違う。赤城は妹をある程度理解している。加賀ならば諦めではなく怨嗟を振り撒く、この少年が居たのなら、目に入ったのならすぐさまその命を殺める可能性は高い。

「その必要はない。赤城。」

ベッドから否定の声が響いた。

白の狐が目を開け、溜め息を吐いた。

「そうか、拿捕されたのだな私は。」

加賀は意識が消える瞬間、自分は死んだのだと感じていた。その命を燃やして、せめて最愛の人がこれ以上、汚らしい愛を抱き締めている事を否定したかった。

「人間。応えろ、何故私が自爆すると考えた。」

赤城は加賀をある程度理解している。

だが、加賀の肋を砕いたあの瞬間の姉の表情は自発的にその答えに辿り着いた形ではない。

ならば、目の前の子供がそこに到ったのだ。

自分を理解し、その上で最適な行動を選択した。

「僕が加賀なら、僕も自爆する事を選ぶから。」

少年は真っ直ぐな瞳で答えた。嘘偽りない言葉であった。

「お姉さんが大好きなら、お姉さんを人間なんかに取られたくないって思う。幸せな瞬間をいつまでも描いていられる事を選ぶ。他人に理解されなくても幸せっていうのは感じる心のままにあるはずだから。」

少年は加賀との戦闘の大前提として、加賀はどこかで自爆する事を察知していた。

経験ではなく、加賀の立場を考えたのではない。

『艦船への高い理解を持つ存在』、デザイナーズチャイルドの本能がその答えに辿り着いたのだ。

「人間、赤城をどうするつもりだ。」

それだけは聞いておきたかった。それだけは。

少年は変わらず加賀を見つめながら答える。

「幸せになって欲しい。戦う事は辛いと思う。でもその果てでこの子が笑って生きていける世界があるのなら僕はそれを作る。」

「そうか。」

あぁ、本当に。最愛の姉は見つけれたのだ。愛という言葉で濁した欲望でも、傷付ける為の前提でも、道具として与えるだけの言葉でもなく、幸福を祈ってくれる程の命とようやく巡り会えたのか。

ならばもう思い残す事は無い。

口を開け、その舌を噛み千切ろうと顎に全力を注ぐ。

 

―ぐちゃり。

 

「そこにはね。加賀。君がいなくちゃ赤城は絶対幸せじゃないんだよ。」

少年のか細い声と小さく細い腕に牙が阻まれた。

「少佐!?」

赤城の言葉に少年は手振りで止める。

「大好きで大好きで、何度も意識のない中で妹の名前を呟くぐらい君の事が大好きなんだよ。加賀。お願い、赤城の為にも君も生きる事を選んで。」

痛みよりも、目の前の少女が命を絶つ事に涙が流れる。

震えながらその腕を牙から離す。純白の軍服に濁った赤が染み渡っていく。

「すぐに治療を……!」

「僕は大丈夫。赤城、妹さんと話し合って。これからをどうしたいか。そっちの方が大切だから。」

少年はハンカチを取り出し、噛まれた部位の上を縛るように結び付けながら諭した。

「ね?」という呼び掛けに加賀は強く噛み締め、涙を堪えながら心を吐いた。

「約束してくれ。姉様を泣かせる事だけはしないと。」

その言葉に少年は脂汗を滾らせながら頷いた。今も失血と激痛に苦しんでいるのだろう。

「分かった。負けないし、死なせないし、死なないよう生きるよ。それで良いかな?」

「ああ、姉様を幸せにしてやってくれ。」

涙を零しながら少女は少年に姉を託した。

それを見届けた少年の足がフラつくのを赤城が受け止める。

「赤城、加賀と仲良くするんだよ。僕の事を愛してくれるならお願いね。好きになってくれる人が姉妹で喧嘩なんて僕は見たくないから。」

「わかりました!わかりましたから!!ご自身の心配をなさってください!」

その言葉を聞いて少年は安堵しながら意識を失って笑顔を作っていた。

 

その傷の治療の為、加賀は意識の無い彼の隣で姉とこれからの事を語った。

もうそこにいるのは怒りも憎しみも怨みも殺意も無く、愛おしい姉を慕う妹の姿だった。

 

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