戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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5話前編

拝啓、寧海嬢。

初めに貴女とこの様な形でまた接触する事を謝らせていただきます。

 

8年前に貴女がパッケージプロジェクトから艦船の育成に転向し、その実が結び、今我々がその恩恵を預かっている事、感謝の言葉もありません。

 

あの時は本当に申し訳ございません。

貴女にも考えがあることを私は知っていた。それなのにあの様な言葉を吐いた事、到底許される行為ではございません。

然るべき時が来たらこの身を八つ裂きにしてもらっても構いません。

今はそのつもりで貴女に文を送っています。

 

横須賀基地は当初の予定通り改良しました。

西からRA主力寮舎、駆逐寮舎、巡洋艦寮舎、AR主力寮舎。

それぞれの指揮官は各寮舎に部屋を決めての新生活です。

そんな折にこの基地に劉さんが来ました。すっごいボロボロでした。間違いなく貴女と接触したのは分かります。

他の艦船ではまず逃げられます。劉さん鋭いですからね。

メディアで新サクラメントで火災とありましたね。

軍上層部のいつもの隠蔽工作に口が引き攣りましたよ。

 

会ってそうそうタワーブリッジキメられました。

あの人、儂が70代って事分かってないです、たぶん。

予定した給料は1万ドルでしたが1000ドルにまで値下げしてくれました。

劉さんは少佐を見つけるなり抱き上げとりました。

そういえば、あの人の店って学割効きましたもんね。

チャーハン5セント、ラーメン10セント。普通の店だったら潰れます。

食事事情にケチもつけられました。

「野菜ぎょうさんで、肉が無いってどういう事だよ。おい。」

って。儂管理人ちゃいますのに。

 

それについては少佐が軍の機密事項にも触れるあの件を話していました。

はい、そうです。メンタルキューブの肥料加工化です。

それを聞くと劉さんふーん。しか言いませんでした。嫌悪感とか無いんですか?って聞いたら、

「は?家畜の糞だの人糞で人類がどれだけ野菜食ってたと思ってやがる。それが今度は血液だのになっただけだろ?お前変なとこで馬鹿だよな?」

この人、ぐさりと人の弱い所刺してきます。

それから各艦船に嫌いな食べ物、調味料の書き出しを求めました。

各艦船、苦手な食べ物はひとつはあるようで隠しながら書いていましたが、一人、一航戦の赤城が「少佐が苦しい思いしてるというのに食べ物の善し悪しなどで文句を言うわけないでしょう。」と告げると、劉さんしこたま悪い顔しながら。

「え?マジで?じゃあ使っちゃおうかな?行者にんにく。化膿とかスタミナとか骨に良いけど、臭いがキツイんだよなぁ。良かった良かった。綺麗な顔で異臭放つとかシュールだけど問題なくて。」

その発言で赤城って名前に偽りが生まれるぐらい血の気引いとりました。赤城が必死にその名前を書き出して、それから他の子らも必死で苦手な物書いてました。

 

少佐がその苦手な物のリストを見て「データ化しますね。」と端末の筆記読み取り機能を使おうとすると劉さん、いらん。って言って、あの?寧海嬢知ってました?

あの人、客のデータ全部頭の中に入れてるの。

淡々と呟いてましたよ。

確か、

「頭の中に部屋を作るんだよ。てめぇが1番楽で居られる部屋をな。俺の場合は厨房だ。厨房なら全部ある。冷蔵庫の中身を見てメニューを考えるんじゃない。中身を見て客や料理や技術を思い出すんだ。調味料も、オーブンも、鍋も、包丁も、全部思い出せるようになる。」

要は紐付けするそうです。原理は分からないですがこれだけで過去に100人の常連客の名前だけで気に入ってたメニューを提供できたそうです。

この人、規格外過ぎませんか?

 

夕に仕事から帰ってきた艦船にいつか貴女から教えて貰ったグルテンミートでみんな喜んでいました。

いや、うちのメーカーのより完成度高いというか、本格的に肉なんです。

「概念を理解して、再現できるようになってようやく二流。一流はオリジナルを超えるものさ、覚えておきな。」

ってすげぇドヤ顔してました。

あ、後、多分、近いうちに劉さんからのクレームが行くと思います。

書き難いのですが、劉さん少佐のヌードル食べちゃいまして。

食って、噛み潰して、ブチ切れてました。

少佐も宥めてたのですが、口を滑らしてしまい、あの食べ物が複数人に渡ってるの知って、とりあえず、儂が殺されかけました。

 

儂関係ないのに酷ない?

 

それから『彼等』の食事事情である他部隊の艦船への食糧配給問題を知って劉さん、一応は納得してくれました。

 

これからのここの台所事情は少しは楽になると思われます。

 

劉さんのクレームは嵐だと思って諦めてください。

 

敬具

 

 

 

 

やっほーマイケル。

私は忙しいから適当に書いてくわよ。

 

 

まず8年前の事はもう怒ってない。

あんだけ追い込まれたアンタを無視したのは私よ。

確かにアンタは酷い事言ったけど、だからどうした。

私はあの時それ以上に酷い事した。アンタのものでもあるオリジナルキューブの使い道を私は勝手に決めたんだから。

それが事実よ。

だからこの話はこれでおしまい。

 

 

で、劉のヤツとは確かに接触つうか戦闘したわ。

いやー久々にガチで暴れられる機会ないから私も本気出しちゃったわ。

最初は対人用制圧機甲ユニット?とかってのをぶつけたんだけどね。

やっぱだめね。レオンのバカの開発品は。

5分で一個小隊潰されてやんの。

で、さ、何か「貴女は見ているだけだ。」とかほざいてたヤツがぴぃぴぃうるさいのよねぇ。

最初から私が話を終わらせるって言ってんのにさ、聞きもしねぇでさ。

 

 

しかも劉のヤツ暴れまくってるから、鎮圧する必要あるじゃん?だからさ、結構本気でやっちゃった!

あーでも、フィールドは切ったわよ。だってそうでもしないと劉のヤツ、多分、何使ってでも私殺そうとするだろうし。流石に周りの被害深めたくないからね。

いや、師匠超えと思うとさ気が逸って出会い頭に右ストレート叩き込んで、顔面陥没させたけど、アイツその状態で私の顎破壊しようとしてくるんだもの。

寸でで躱して、膝蹴りで金的ぶち抜いたけど何にも反応なくて焦ったわ。

髪掴まれて地面に五、六回叩き付けられたから、着地して叩き付け返してやったら、足掴まれて、あいつ握力結構やばいのね。

 

1回右足折られたわ。んでそれで体勢崩れた腹に頭突き。あれはやばかったわ。死ぬかと思った。

まぁ、頭突きで私の腹筋ぶち抜けなかった劉の負け。腹筋で埋もれた頭部を挟んで潰してやったわ。

 

いえーい!寧海ちゃん大勝利!

 

 

いや。しかし、頭べこべこにされても生きてるのってすげーと思うのよ。

で、ようやくここいらで私が誰か気づいてんのよね。おせーよ。

「んだよ、お前か。」じゃねぇから。私一応お前の元オーナーの娘だから。

で勝ったから、頭げしげししながらアイツのこれから話してたら、横須賀行くとか言い出してさ、んでその理由がさ「人を食った言い方する女のツラぐらい見とくもんだろ。」だってさ!その場で私爆笑したわ流石に。

事情を説明してやったわ。今世界がどんだけ劣悪な手段で事態に対抗してるのか。

すっごい顔してた。

そんでもって恥じていたわ。何か思う所があったのね。

この手紙が届く頃には60名以上の追加人員がそちらに向かってるはずよね。

そして、あの子も。

 

 

マイケル。手に負えなかったらすぐ言いなさい。あれは『怪物』よ。

 

 

 

老人は手紙に伝えたアズールレーン登録された主力艦種寮舎の自室で入り口から最奥に配置したベッドに座って帰ってきた返事に目を通す。

「怪物、か……。」

昔々にパッケージプロジェクトの責任者である二人が仲違いをしたことがあった。

その時に老人は言ってしまったのだ。

 

―あぁ、君はそっくりだよ!あの『母親』と同じだ!良かったな!まったくクリスマスだな!?

 

その言葉の返事は重斥力の衝撃波だった。

寧海の目からこれ以上ない程に光が失われていた。

 

―アンタ、母さんを馬鹿にしたわね。

 

今でも老人の中では一番の失敗だ。

思ってもいない言葉だった。彼女は何度も無力な自分を助けてくれた。恩義こそ感じれど侮辱などあってはならないのだ。

手紙も軽薄な感覚こそ見えるが、手紙で書かせたのは彼なりに計りたかったのだ。まだあるか分からない彼女の中の怒りを。

明るい言葉を刻んでいるはずなのに文字の一つ一つが荒く、怒りを感じさせる。

許した。と書いてあるが、この言葉もきっと嘘なのだろう。

 

 

文章に幾つも幾つも嘘をついて彼女の心木が怒りに溢れている事が見えた。

そう、老人は臆病なのだ。

若い頃の人体改造のプロジェクトも自分のせいに成らなければきっと気には止めなかった。

だが、プロジェクトの失敗のなすり付けが始まって、すぐに自分を含む少しの人間のせいされると自分の所業を洗いざらい書き出して、自分にはどれぐらいの悪い所があるかを自分で証明し、本来はもっと酷い事になっていた左遷を何とか雑用係に納める事に成功した。

その1回は彼にとって非常に勉強になった。

自分の罪を認めると他人は意外と心を見せるのだ。

だからこの手紙も彼女がどれだけ怒り、どれだけ実を結び、どれだけ自分を許しているか、その物差しにしかならない。

 

―プロジェクトは概ね良好、怒りはそこそこ、下手に出ているなら喧嘩にはならない。

 

そして最後の一文は紛れもなく老人を心配しての警告だ。

横須賀基地に配属予定だった最後の巡洋艦専属指揮官、エル・ヴァーノン軍曹。

究極と畏れ敬われる激龍をも怯えさせる怪物。

画像データはもうある。

赤い髪の毛をボサボサにし、ギザギザの歯、鋭い目、肌は荒れていて、顔の一部に出来物が発生している。今年で丁度二十歳。

軍に所属する前に62人の死体を作った女。

『最もセイレーンに近い』と評される忌み名(コード)はスキュラ。

魔女により怪物にその身を変えられ、人を喰らう犬の頭を下半身に持つ化け物なり。

 

 

 

『海域』第七層。

夜を思わせるその暗い海。だが時間はまだ昼過ぎ、しかし海域がその陰を指定している以上それに変更はない。

静かであったその夜に狼の如く、鋼鉄の遠吠えが響き渡る。

それは狩りの合図であった。

防衛用に布陣を駐留していた生体ファイアーウォールの群れの先端が今食い破られたのだ。幾許かの味方の信号をロスト。それも一気に五体。

「!?」

何が起きたのか分からない。ただ途轍もない速い何かが通り過ぎたのが分かる。予測速度から駆逐と推定し対応した防衛陣を組む。

外部接続のシールドを持った重巡艦船を軸に侵攻を阻害。だが、

 

「はっ、なんだそりゃ?」

 

まるでそれを嘲笑うように、その重巡の胴がシールドごと切断された。

「!?!???!」

意思、または自我を保たない生体ファイアーウォールと呼べる重桜艦船には何が起きたのか理解出来ない。

そう、『重巡が駆逐と同じ速度で加速する』等、常識を逸脱しすぎているのだ。

 

そこにいるのは『艤装を反転して装備した』高雄型重巡洋艦の二番艦、愛宕。

腰の刀を抜き、白刃を晒した彼女が洋上に佇む。

それに迎撃行動を実行しようとするが、また重巡が鉄と火の遠吠えを唸り、消えた。

 

「ざっくり。」

 

言葉を合図にするように阻んだ敵性艦船達が薙ぎ払われた。

電子戦仕様を備えたとある敵の軽巡が反応する。

この正体に気づいたのだ。

敵は砲撃反動制御用のフィールドを『わざと』切っている。これにより大口径の砲撃反動を加速に使い自身のスピードと噛み合わせて駆逐の速度を再現しているのだ。

この情報を伝えればこちらの勝ちだ。パターンが読める。

そんな軽巡に声がかかった。

「貴女が指揮をしているのね。」

振り返れば重桜航空戦艦、蒼龍級、『二航戦』の蒼龍がこちらを見下ろしていた。

友軍機が何を言っている。彼女はそこまで思考してようやく気がついた。

この海域に『二航戦は配備されていない』ということを。

いつだ、どうやって、と様々な思考を走らせるが、それは簡単な事だった。

余りにも目の前の重巡の動きに気を取られすぎていた。ただそれだけである。

防御を図るがもう遅い。その手の平の花札は解き放たれた。

「猪鹿蝶。」

さくり、電子戦は首を切断され、その命を絶たれた。

その状況に気づいた残りが継戦の意思を濁らせていると蒼龍が投降の意思の確認を口にしようと動く。

「今ならば……」

その言いも遮るように、猟犬は吼え、残りの獲物を喰らい尽くした。

切り別れた部分が宙に舞い、裂けた場所から飛沫を走らせた。それは蒼龍の顔に跳ね、鉄の臭いでむせ返りそうになってようやく何が起きたかを理解する。

その様に蒼龍が目を張り、口を震わせる。

「貴様ァ!!」

怒りに身を立たせ、愛宕を睨む。

いや、睨んでいるのは愛宕ではない。愛宕を指揮する、女。

 

「何だよぉ?お前を斬らないでやったろぉ?」

 

くつくつと笑いながら歪んだ笑みが映し出された。

エル・ヴァーノン軍曹の厭らしく、嗜虐心で膨れた笑みと言葉に殺意を漏らしそうになる。

「少佐!これを許すというのですか!?」

自身の主に処罰を求めた。だが、

「蒼龍、これは戦争だよ。それで軍曹は前線を務めていた。なら、彼女の独断は許されるべきだ。」

子供の幼い声が響いた。

「そうだよぉ。アイツらを危険だと思ったからね。だから殺さないとダメだと思ったんだよ?」

 

―殺さなくてはいけないのはどっちだ。

 

凶行と呼べる塊の主がまるで正義を語る。

その様は皮肉と呼ぶことすら憚られるほどだ。戦争を免罪符にし、戦場を玩具に変える姿勢に反吐をまき散らしたくもなる。

「各機、帰投してください。帰投後はアジャスト作業を、特に愛宕、バイタルチェック念入りに。」

少年の命令を聞き、海域の外へと足を向ける。

蒼龍も自分の部隊に合流したが、どうにも収まりがつかない。

だが、それは彼女と繋がっている少年もだった。

 

端末の電源を切り、横に座っていた軍曹に穏やかな口調で確認を始める。

「軍曹、今の戦い、貴方にはアレが正解ですか?」

その言葉を聞いて、彼女は引き攣った笑顔で答えた。

「正解じゃん?正解過ぎてやばいじゃん!ハナマルだよ!?相手は敵だよ!?敵は殺さなきゃ!敵は潰さなきゃ!」

咳を切った様に笑いながら答え、少年はそれをただ直視して重ねて問うた。

「確実に相手の戦意が消えているのにですか?」

「そーだよー?アイツらは武器を外さなかった。白旗を上げなかった。全裸にならなかった。ダメだよ、降伏の意思を見せないのは。付け上がるよ〜?」

その言葉に少しだけ眉間に苛立ちの痛みが走った。

「仮にも女の子です。最後を項目に入れないで頂きたい。」

その言葉を聞いて目を開いた後、ぶはっ、と息を吹き出した。

「ねぇねぇ、ボク〜?『これは戦争なんですよ』〜?理由があるから、何したって良いんだよ?それも分からないのかな〜?」

先の言葉を引きずり出しての発言に加えて、目線を極限まで下げる言葉に少年は何も思う所はない。それ以上に言うべき言葉がある。

「歩調も合わせられない、わざわざ自軍の消耗を増やす、そんな戦闘の常識も分からない人がよくも言えますね。」

少年は冷徹に、目の前の女性を評する。

その言葉に笑顔のまま彼女は返した。

「あははは!」

まるでその言葉を待ってたというばかりに赤髪の彼女は腹を抱えて笑い飛ばす。

「ダッチワイフがいるから責任感覚えちゃった?!目出度いねぇ!今度私にも貸して……」

その言葉に少年は跳び、その拳が彼女の鼻を貫こうと繰り出される。

だが、彼女は短く笑うだけだった。

「ハッ!」

軍曹にはまるでスローモーションそのものだった。子供の腕を取り、捻り回して地べたに一度叩き付け、持ち上げる。

 

「どうした人造人間(ゴミクズ)!?しょべぇ動きしか出来ねぇのか!?」

 

ごりっ、と骨が削れるような衝撃が少年の顔に走る。軍曹の腕が少年の鼻を中心に射抜いた。

その衝撃に壁に身体が叩き付けられ、剥がれるように身体が落ちる前に彼女の脚が少年の腹を蹴り抜いた。

胃の中の物が衝撃で飛び出る。だがその口も軍曹の踵で潰された。

「吐くなよぉ!?掃除用の!ドローンが!可哀想!だろぉっ!?」

1つの言葉の区切りに腹に蹴りを1発。血も吐き出した少年を見て紅潮した笑顔を近づける。

「ねぇねぇ、あの赤いの差し出すなら止めてあげても良いよ?代わりにぶっ壊すけどさぁ?」

にたにたと薄気味悪く笑いながら持ちかける悪魔の取り引き。それにぼそぼそと少年が呟くのを見て、髪を乱暴に引っ張り自分の顔に寄せると、

 

―ぶっ!!

 

少年の口から彼女の顔を目掛けて体液を吹きかけられた。

吐き出されたのは少年の口内に溜めた黒混じりの血。それが軍曹の顔を汚した。

その様を見て幼さを感じさせる笑みを浮かべ、

「鏡を見てから発言したらどうですか?不釣り合いですよ?デキモノさん。」

その言葉ですぅっと軍曹の表情から血の気が抜かれると同時だった。

掴んだ少年の髪を振り下ろして少年の頭蓋を床に叩き付ける。

「ぐっ!!」

「死ねよ、木偶人形が。」

立ち上がり、振り上げた脚を下ろし、目の前の肉人形に死を。

 

「あぁ、お前の事だな?」

 

真横にいつの間にか居た筋骨隆々の青年がぽつりと呟く。

咄嗟だった。軍曹は殺気に反応して両腕で威力の中心を殺す様に交差してガードした。

だが、

 

―べきばきばきばきっ!

 

軍曹の予想した威力の桁が違っていた。

金髪の青年の拳はまるで大砲だ。骨を軋ませて、腕を顔に沈めるだけでは済まず、咄嗟とはいえ踏ん張った軍曹の身体を浮かせ壁に叩き付けた。

鈍い音が響き渡り、壁のクレーターからその身体を引き上げる前に筋骨隆々の腕に鳩尾を貫かれ、意識を絶たれた。

「少佐、無事か?」

曹長の言葉に頷くことしか出来ない。

鼻血が止まらないのだろう。下顎も割れているのかもしれない。

一先ず少年を抱えて運ぼうとするが、

「待てよ糞ユニオン。」

速いな。思わず曹長が言葉を漏らしそうになる。

軍曹はもう意識を取り戻していた。

口の中を深く切ったのだろうか、顔を血染めにした彼女が手負いの獅子の様に牙を見せて闘志を吐き出す様に悪態をついた。

 

「勝った気になってんじゃねぇよ不意打ち野郎がよぉ、調子乗ってんじゃねっ!」

パスン。

 

小さな音と共に軍曹の闘志が根こそぎ奪われた。

曹長にだけ視線を向けていたから気づけなかった。麻酔銃を構えた老人に。

「拘束具を持ってきた、彼女はこれに入れて運ぶ。」

「ほほひほほんひょうほはくひんほ。」

少佐が発音出来ず下手くそな言葉を告げたか、老人には理解出来た。

「彼女の内臓の損傷確認じゃな?頼んでおこう。」

「ふぁひ。」

間抜けな声を上げながら少年が頷いた。

 

 

 

「これは!どういう事ですか!?曹長!?」

治療室に赤城の叫び声が響き渡る。愛を誓った少年がミイラの様に包帯で巻かれている現状を問い質した。

「骨折だけで8箇所!内臓と頭部の損傷も見られます!貴方達は少佐がこんな目に遭っている間に何をしていましたの!?」

涙に目蓋を濡らしながらの叫びに男二人が何も言えずにいるとベッドからか細い声が響いた。

「二人は二人の部隊の派遣した各六名のアジャストをしていたんだよ。それを命じたのは僕だし、この状況を招いたのも僕だから、赤城。責めるなら僕に、ね?」

 

アジャスト―艦船はリュウコツという背骨が第二の心臓とも言える。艦船は食った数、傷を負った回数だけ頑丈さという強さは増す。だがそれは『本質的な強さにならないのだ。』

担当する指揮官が描写ないし想像する動作への調整をしなくてはならない。常時の斥力フィールドのナノ単位の放出量調整を皮切りに、リュウコツ波形という海域の情報の素早い読み取り、回避、巡航、高機動、砲撃、近接等、これ等を指揮官のレベルに引っ張られなくては実戦で動くだけの的に毛が生えた程度なのだ。

精神で接続されていれば動作等は読み取れる。

だが艦船は人体とほぼ同じ構造だ。機械ではない。プログラミングされ、パターン化されたモーションを頭脳というライブラリから拾い出していては戦闘で致命的なロスに繋がる。

その為に肉体に調整という形で仕込まなければならないのだ。

 

それの重要性は赤城も認識していると少年は理解している。その上で自分の首を差し出しているのだ。

「だ、ダメですよ少佐ちゃん。下顎の治療したとはいえ喋っちゃ。」

ユニオン所属の工作艦であるシスターとナースを併せた衣装のヴェスタルに優しく咎められるが、それでも少年は赤城を見つめていた。

くすん、とその様に涙を漏らしていたが、その赤城の後ろで、じっ、と睨む白い狐が視線で言葉を送っていた。

 

『姉様を泣かすなと言ったはずだが、貴様は何だ?私との約束など二束三文にもならないとでも思っているのか?良い度胸だな、おい。』

 

僅かだが赤城の妹、加賀の周囲の空気も歪んで見える。それに包帯越しで苦笑いを浮かべるも教授を見やる。

「教授、この基地も人が増えて来ました、色々と運用費の相談があるのですが。」

そう言いながら少年は近くの台に手を伸ばす。

それを見て、老人が意図を理解して椅子に腰かける。

少年の頚椎にはチップが埋め込まれている。アズールレーンが『少年達の情報を正確に収集』をする為に植え付けたシロモノだ。

今もどこかでこの会話は聞かれている。

「まず、概算になるのですが……」

そう言いながら台に乗せた指をリズム良く叩く。

モールス信号、単調だが普通の会話に紛らわせれば理解は難しくなるものだ。

 

 

 

 

エル軍曹の経歴を確認しようとしましたが、権限による閲覧不可となっていました。何故彼女は少佐以下の権限に対して閲覧不可が?

 

それは君達対策と見て正解だ。ある程度だが儂も彼女の情報はある。

 

例えば?

 

例えば、君達デザイナーズチャイルドの初期モデリング個体であるとかな。

 

……は?

待ってください、どうして彼女が、いや、そもそもデザイナーズチャイルド計画は5年前に実行されたんですよね?

 

それは違う。計画責任者であるレオン・ジーは10年以上前から才能ある個体を『分解』してクローニングし、戦力投入する計画を企てていた。

 

彼女は、何か特別なんですか?

巡洋艦の制御にのみ適してるはずですよね?

 

10年前の検査では彼女は適性を一切持っていなかった。

 

適性が、なかった?

……そんな馬鹿な!?摩耗や劣化は有り得ても取得や進化なんて無理だとオリジナル達が断定していたはずです!だから僕達は産まれたんだ!

 

そう、彼女は取得したんだ。人類、いや、オリジナル達の言い方をすれば繰り返される歴史上初の大脳辺縁系と脊椎の交信チャンネルの拡充を可能としたバケモノ。それが彼女の正体だ。

 

……何があったんですか?彼女の身に。

 

彼女は10年前のサクラメントに旅行に来ていたお嬢様だったよ。それまでの彼女はお菓子作りが趣味で将来はお茶会を開くのが楽しみと近所で言われていた。

 

10年前、サクラメント……ファーストコンタクト!?

 

そう、あの娘は家族旅行でサクラメントに遊びに来ていた。だが時同じくしてのあの事件。

彼女の親は避難する人達の無慈悲な逃亡から娘を守る為に死んだんだ。

 

無慈悲な逃亡?

 

人間という生き物はパニックに陥ると我先にと逃げる。そして形振りなど構わないのだ。足元に誰がいようと歩いて生き延びることを選択する。踏み潰しても気にも止まない。娘を庇い頚椎をはじめとして身体全て踏み折られた彼女の親のことなどな。

 

……それが始まりですか?

 

いや、違う。悲劇はまだ前奏にも満たない。

命からがら姉の様に慕っていた使用人と彼女は避難に間に合った。だがその使用人が通帳を持って避難先から姿を消した。彼女のパスポートも売るつもりだったのだろうさ、共にくすねて雲隠れだ。

ユニオンのお役人は相手が幼い身ではマトモに受け取ろうともしない。当時の避難民の1人でしかない彼女はこれで身元保証人もいない、存在しない子供になった。それからニューオーリンズ行きになる前で逃げ出したらしい。まぁ逃げなければ更に酷い目に遭っていただろう。当時のあそこは変態の巣窟だ。

 

それではストリートチルドレンですか?

 

そう、彼女はそこで襲われそうになった。だが、それを助けてくれた強い青年がいたそうだ。

彼女は心から縋ったそうだよ、まさかその日の夜に性的暴行を受けるという事実が無ければ、の話だがな。

 

……。

 

その時らしい『頭の中で酷い音がした。』というのは。それから彼女は誰も信じなくなった。他人も、使用人も、男も。

男を殺めた彼女は同時に空腹だった。本人曰く『出来心から始めた』そうだ。

 

何を?

 

人を食うということを。

 

!?

 

それからその男のツレが来て殺し、それを繰り返し喰らいとねずみ算でもするように喰う人数は増えて行った。

都合50人を食った彼女は一目置かれるなんて言葉が安く聞こえるほどの巨悪となった。

そんな時だった。軍で浮浪者による指揮官採用の遺伝子チェックがあったのは。

何かしら物で釣れば良いからな。浮浪者は集まったよ。そして、彼女も参加した。

 

その時ですか?

 

軍も馬鹿じゃない。避難民時代の時に一度確認は取って照合データの履歴はインプットしてある。そもそもダメ元のチェックだ。だが、そこにある事実は適性の無い少女が『巡洋艦の適性を取得した。』という現実だった。

何が原因なのかは未だに不明だ。強いストレスか、ショックか、時間の経過か、はたまた人を食う事がトリガーだったのか、だがようやく見つけたのだ。軍は躍起になったさ。

デザイナーズチャイルド計画発案者直々の捕物の始まりだ。捕縛に約半年かかったそうだ。

 

それから彼女は?

 

『アルティメット』、否、オリジナル寧海に保護され彼女の元で指揮官としてのノウハウを授かっていた。

彼女の異常な戦闘スタイルはオリジナル寧海でのモーションを移しているから、ああいう形になっている。

 

という事は9年近くも研鑽を積んでいたという訳ですね。

 

寧海も何度か矯正を試みたそうだが一向に治る気配は無かったらしい。

戦闘スタイルもそうだが、彼女は艦船を妬んでいる。

 

妬んでいる?恨んでいるではなくて?

 

セイレーンを殺す事が出来ることが何よりも妬ましいのだ。フィールドを切った艦船を見つけたら間違いなくストリート時代と同じく喰らうだろうよ。力が手に入ると信じてな。

 

そんなまさか……。

 

 

「それではその様に手配しますね。」

偽装した会話の中で少年は抑揚を変えずに起きていた出来事を理解する。

だが、あまりにも、あまりにも、常軌を逸している。

彼女と艦船に違いはあるのだろうか、世界に翻弄され、彼女には寄る辺すら無かった。

力を手にしても尚、居場所を見い出せないのだ。

「そういえば軍曹は?」

検査を頼んではいたが所在は少年の預かり知らぬところだ。

それを聞くと老人は素っ気なく答えた。

「自室だ。拘束具をタイマーセットして後30分で拘束が解除されるな。」

老人の言葉を聞いて真紅の狐がにっこりと告げる。

「そうですか、では行って参ります。」

その言葉を聞いた赤城がやんわりと告げる。

それに少年が制止の声を上げた。

「赤城、行っちゃダメ。」

「少佐をこんな目に遭わせた女を許せと?」

ぶるぶると震える躯体がどれだけの怒りを孕んでいるか少年には理解出来ない。

自身の握力でその手の皮を突き破るのも時間の問題と言える。

それでも少年は止める。

「これは君の問題じゃない。それに僕の問題じゃない。あれは彼女の問題だ。」

それだけ言うとじっ、と見つめていた。

その瞳にたじろぎ、口を結び、項垂れ、拳を握り締めて、少年の前まで歩む。

「ごめんね。君を縛り付けて。僕にそんな権限無いのに。」

少年のその言葉を聞いて、赤城は力無く頭を少年の身体に優しく乗せる。

「こんな酷い怪我、もう為さらないでください。赤城には耐えられません。」

「ごめん。本当にごめん。」

包帯からはみ出た小さな手の平で赤の狐の頬を撫でる。

それを愛おしそうに擦り、少年の熱を受け止めて、その暖かさを反芻した。

その迎棟の二階からやり取りを細かく全て見ていた重巡洋艦船の事など露知らずに。

 

 

 

―横須賀基地、巡洋艦寮、指揮官室

粗末な部屋だった。灯りとなる家具も一切なく部屋の真ん中にマットが敷かれて、それ以外何も無い部屋だった。

そのマットを背にした彼女の部屋は人間味がまるでなかった。

やがて時限式の拘束が解除され、それでも意識は戻らずマットの上で横たわっていた。

そして、そこに映るものは彼女を決して離さなかった。

 

―パパ!ママ!パパ!!やめて!!踏み付けないでよ!二人が何したって言うの!?

 

―……メアリー?待って!行かないで!もう貴方しか居ないの!ひとりぼっちにしないで!!

 

―エル・ヴァーノンです。ロイヤルから来ました。嘘じゃないです!……ぱ、パスポート?め、メアリーが持って……違います!孤児じゃない!アタシは!やめて!!ニューオーリンズになんか行きたくない!!

 

―トミー、ありがとう。助けてくれて。私の王子様。

 

―痛い!やめて!トミー!何してるの!?やだっ!いや!やめっ、いっ!ぐぅぅうっ!ぬい、てぇっ!!

 

―アアアアアアアアアアッ!死ね!死ね!!死ねぇぇえええええっ!!!

 

―誰だよテメーは、あ?トミー?アイツならアタシの腹の中だよ?フカす?んじゃ、会わせてやるよ!!

 

―あっははは!軍人さんつっても大した事ないんだね!?もうアンタで12人だよ!!?楽しいねぇ!!そういう職業だもんねぇ!?

 

―誰だよてめぇ。東煌のメスって嫌いなんだよ。タバコ臭そうな肌してるだろ。

 

―テメェ、人間じゃねぇな……!?先に殴れたのに弾かれるなんざイカれてるだろうが……!

 

―指揮官?お前らを操る?はっ!だったらアタシにその力を寄越せよ!?もっと簡単に殺してやるよ!!どいつもこいつもなぁっ!!

 

 

これまでの自分が映る。組織に、社会に、人間に弾き出された末が人間でない存在を操り、その実力を示す。

なんと馬鹿げた話だろうか。まるでゴミを見ているようだ。

人間にいいよう扱われ、使えないと判断されて捨てられ、使える部分があったからと再利用される。

自分と同じような目に遭った女達は戦う資格を持っていて、自分はそれを指を銜えて見ていろと言うのだ。

 

腹立たしい。妬ましい。羨ましい。

感情が渦巻き、憎しみの色が増す。

同じ女だ。同じ苦しみがあるはずだ。それなのになぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜだ!?

 

「うああああああああああああああっ?!??!!」

赤子、否、PTSD、心的外傷後ストレスを患った者のそれだ。

夢の中で見た光景の衝撃や不満に脳が抱えきれなくなり、身体がただひたすらに暴れまくるのだ。

マットの上で暴れ、肘で緩衝材を潰し、叩き、その薄いカバーを破る。

 

―ふぁさ。

 

「大丈夫。ここは大丈夫よ。」

白い、純白の腕と布が軍曹の身体を包んだ。

「あ、あ?」

そこに居たのは犬のような耳を持つ重桜高雄型重巡洋艦二番艦、愛宕がそこに居た。

「お姉さんがここに居るわ。」

その言葉で己を取り戻し、覚醒した意識が彼女を跳ね除けた。

「離しやがれ!」

両腕を払い除ける。だが、払われたのは軍曹の身体だ。

常時展開している斥力フィールドは人間程度の力では覆すことも出来ない。

それに舌打ちを漏らし愛宕に吐き捨てるように質問する。

「雌犬が!何しにきやがった!?」

その言葉を聞いて愛宕は微笑んで答えた。

 

「貴方の道具になる為に来たのよ。」

 

その言葉の意味が理解出来なかった。

何秒か経過して軍曹が笑い声を漏らす。

「ど、道具だァ!?おもしれぇな!じゃあ今すぐ裸になれよ!?」

「はい。」

即時応答。なんの迷いも無く白の軍服を脱ぎ、インナーも脱ぎ捨てて下着姿になる。

「これで良いかしら?」

その言葉は挑発ではなかった。だが、それでもヒステリックな軍曹の心を怒らせるには充分なのだ。

「アタシを憐れんでんのか!?アタシが無力なのを嘲笑ってんのか!?」

愛宕にとっては的外れな怒号にきょとんとしているとズレに気づき、それを口にする。

「エル軍曹、貴女は強いわ。ここの指揮官達の中で誰よりも強いと私は確信できる。」

「おだてりゃ木に登るとでも思ってんのかよ!?ふざけんじゃねぇぞ!!」

首を振ってそれを否定する。

「ねぇ、『重巡愛宕』って貴方から見てどう思う?」

その言葉に少し軍曹は詰まりかけたが素早く答えた。

「セイレーンを殺せるだけの力があるだろうが!それがどうした!?自慢かてめぇ!?」

その疑問に艦船の表情が始めて大いに揺らいだ。

涙を浮かべて微笑んだ。

それでも口に手を当てて、嗚咽を隠そうとする。

そこで初めて軍曹は戸惑いを覚えた。

その有様に気づいた愛宕が抑えながら事情を口にする。

「ご、ごめんなさい。でもね、嬉しいの。そんな風に『褒めてくれる』のは貴女が始めてで。」

その言葉の意味に軍曹は眉を顰める。

この女が今何を言っているのかまるで理解出来ずにいると、愛宕がぽつりぽつりと語った。

「重巡ってね、高機動戦や海域攻略、それどころか対駆逐艦船戦闘にも向かないって、『よく言われてきた』の。」

 

反応が遅い

敵にまともに当てる事も出来ない

当てても大した威力じゃない

見るだけの艦船

 

『今まで』言われてきた言葉は劣等品扱いの評価か、それともその躯体の品定めか。

何度世界を巡っても、最初こそ自分のポテンシャルを引き出そうとしてくれるが、それが面倒になり、気がつけば何時も戦う事なく、置き去りにされるか、処分されるかの二つで。

後者に至っては、『重巡はコスパが悪いんだよな』の一言で。

それが何よりも辛くて、何の為に産まれて、生きているのかも分からなくなるほどで、だからセイレーンの飼い犬の方が、『まだマシ』なのだ。

 

「それが私の道具のくだりとどう繋がるんだよ?」

 

不機嫌そうに軍曹は尋ねる。彼女の心情など知ったことではない。そんな事を聞いても何も顔色一つも変えるものか。

それを訊かれて、愛宕は軍曹に手を伸ばし、囁く。

 

「初めてなの、あんなにも私を、『愛宕』を強く使ってくれた指揮官は。相性が悪い駆逐も簡単に倒したのは貴女だけなの。エル軍曹。」

 

その事実を果たして軍曹は知っていたのだろうか。

いや、知らない。そもそも艦船がどうなろうと知ったことではない。だが、それなのに、軍曹の思い通りの動きは、圧倒的に見せた戦術は、味方を不快にさせる程の実力は、奇しくも重巡愛宕にこれ以上ない喜びと自信を与えたのだ。

 

「……違う。」

 

「違わないわ。貴女は私の全てを引き出してくれた。」

 

「違う!」

 

「それどころか私に傷も負わせなかった。」

 

「違ぇつってんだろ!?」

 

「貴女になら全部差し出せるの。その為なら……」

 

 

「『他の指揮官共を殺しても良い』か?」

 

 

軍曹の言葉ではない、それは入り口から聞こえた。

怒気を込めるように、殺気を放つように、獲物を睨むように、見下すように、白の狐は部屋の入り口に佇んでいた。

「加賀……!」

その気配にすら気づかなかったが、床に置いた刀を咄嗟に取り、臨戦態勢に入る。

だが、その様を見て白い狐が意外そうな顔を作った。

 

「まさかとは思うが、ここでベラベラとしみったれた話を聞いていただけと思っているのか?」

 

その言葉に反応するように壁が、天井が、床が、波打つように揺らぎ、ぴん。と立ち、そこでようやく愛宕は理解した。

 

―これは一航戦の艦載機!

 

飛行機を模した紙が接した壁や床から浮かび、それぞれがお互いを接触しないように部屋を遊覧するように自由に飛行する。

「お前は言ったな、愛宕?誰よりも強い指揮官がそいつだと。」

加賀が軍曹をみやる。

「その女はお前が死にそうになっても助けやしないぞ。その女はお前を信じようともしないぞ。その女はお前の弱さも理解しようとしないぞ。」

加賀は重く、息を吐くように、軍曹を評し、空間を征した式紙を艦載機へと変貌させる。

それは彼女の殺意であり、凶器であり、意識であり、憐れみでもあった。

「そんな女が強いだと?私はどうも『重巡愛宕』を買い被ったようだな。」

逃げ場はない。あるとするならばあの加速を用いての一点突破だけだ。

だが、艤装を展開しようものならば空間を征した艦載機は容赦なく雪崩込むであろう。

だからこそ、取れる選択肢は1つだった。

「エル軍曹!全て斬り落とすわ!」

鞘から刀身を抜き、構えながら己が指揮官と目の前の空母に告げる。

文字通り、向けられた殺意の全てを斬り伏せる。

そう、愛宕が取れる選択肢はこの1つだった。

確信できる。エル軍曹の力があればこんな状況は幾らでも打破できる。勝てる。間違いなく。

 

だが、応えは帰って来なかった。

 

リュウコツから吐き出される斥力も、意思も、精神も、指示も、イメージすら。

どうしてか分からなかった。だが、入口の狐は嘲笑う。

「『それ』が現実だ。愛宕。」

「黙れ!人間の力を借りてるのはお前も一緒だ!」

その言葉に、加賀の表情が消える。

「それは、面白い冗談だな。」

白の狐のその言葉で黒の犬はようやく考えに至る。

「まさか、うそ……。」

この一芸、部屋を埋め尽くすような艦載機の仕掛け、起動、その全てが。

 

「貴女、独りの、力?」

 

愛宕は知らない。投降した重桜主力艦種達が二日も少年の訓練を受けさせられた理由を。

愛宕は知らない。何故第三層での最後、つまり最も『強い艦船』の位置にいたのが加賀だったのかを。

愛宕は知らない。少年が怯えながらも恐怖に身をやられても空母『加賀』を相手にすることを選んだことを。

 

この戦い方に時間こそ掛かれど、リュウコツに損傷こそすれど『海域レベル』で同戦術を展開できることを。

 

姉妹を失い、正常な思考も、戦術的判断すら喪失した彼女がどれだけ驚く程弱いのかを。

 

「ヤツなら今はごろんと寝ているさ。だから中佐殿に許可を頂いた。」

 

統括である少年が今床に伏せている以上、その役職の真下にいるのは老人だ。

少しばかりの過剰なコミニュケーションの許可は限定的に得ている。

白の狐はゆっくりと、ふてぶてしくも歩いて愛宕に近づく。

 

「どうした?気にするな。斬りかかって良いぞ?」

 

愛宕が少しでも踏み込み、抜いた刃を振りかざせば、痛手を負わせれば、まだ逆転できる。

これだけの艦載機を同期させているのならば、それだけリュウコツに深く細かく繋がっているはずだ。

少しでもその集中を削がれたならたちまち軍隊(群体)は崩れ落ちるはず。

だが、

 

―踏み込めない。

 

どの角度でも、どのタイミングでも、接近して、無防備な姿を晒しているのに、何も出来ない。何をしても『届かない』イメージがある。

息が荒くなる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

口を開けて、吐くことしか出来ず、最早目の前に来た空母に何も出来ずにただただ圧倒された。

 

「愛宕、私の瞳を見てみろ。お前が言った強い指揮官がどうしてるのか、教えてやる。」

 

その言葉に服従するように視線が狐の藍の瞳に吸い込まれていく。

ゆっくりとゆっくりと愛宕から外れた瞳は、部屋の壁を映し、そして、赤髪の指揮官を映した。

 

「な、なんで?」

 

彼女はしゃがみ込み、両膝を両肘で抑え、目をどこまでも強く閉じて、手は耳を塞いでいた。まるで、ではなく確実に現実から逃げる行為であった。

 

唆された人間である軍曹は戦闘以外にまだ選択肢があった。

 

―放棄する。

 

責任を、負い目を、感情を、行動を、意志を、状況を、艦船を、何もかもを。

蹲り、全てをなかったことにするように、何も見ずに、今日の行いも、愛宕を強く動かせることも、培った技能も全て、彼女は知らないフリをした。

それはまるで何時かの誰か達だった。

 

逃げる事に急いだ心無い者達だった。

自分だけが助かればいいと盗みを働いた女中だった。

自分の快楽の為に彼女を傷付けた男だった。

自分を捕らえようとまるで獣のように扱った組織だった。

 

そして、艦船を道具だと認識した自分だった。

 

それでも、それでも軍曹は信じたくなかったのだ。

妬ましいと、怨めしいと、妖しいと、信じて止まない存在を、守れるということを。

 

放棄したのだ。

 

「それが答えだ。愛宕。」

 

「……違うわ。」

 

「何も違わないさ、その女は自分もお前達も道具としてしか見れなかった。それがその『ザマ』だ。」

 

「それの何が間違ってるっていうのよ……!」

 

「『全て』だよ。道具と言い張って命の責任を負えもしない奴が指揮官?猿でももう少しマシな冗談を言うぞ。」

 

「貴女みたいに誰もが強い訳じゃないのよ……!」

 

「それこそ冗談だ。私を征したのは、そこの女がついさっきベッド送りにしたガキだ。」

 

「……っ!」

 

愛宕の口からは力強く結ぶ音だけだった。

 

「今回の件は『無かったことにする』」

 

その一言に愛宕は加賀を睨みつける。

だが加賀の表情は何も変わらない。氷のように冷たく石壁のように強固に思わせる顔はただ今回の処罰を告げるだけだ。

 

「もう変な気は起こすな。」

 

それだけ告げると刀を持った愛宕に感心もなく、振り返って入ってきた時と同じようにゆっくりと去っていった。

 

それを見届け終えた愛宕は今、震え始めた。立ち上がることすらままならず、その場でへたり込んだ。

今まであった喜びも自信も全て全て打ち砕かれて真に力の差を思い知らされたのだ。

 

「どうして。」

 

愛宕が口に出来た言葉だった。

軍曹を問い詰める言葉だけだった。

 

「どうして、貴女が、その気ならあれぐらい!」

 

軍曹に視線を向ける。だが、

 

「〜〜〜〜っ!」

 

耳潰す手、膝を軋ませる肘、食い込むような目蓋、閉ざし尽くした唇。

会話すらの拒否だった。

それにもう艦船は呆れ返ってしまった。

 

「所詮、貴女も道具だったのね。」

 

吐き捨てる様に己の指揮官を喩えた愛宕の瞳にもう光は無かった。

 

粗末な部屋だった。灯りも一切なく部屋の真ん中にマットが敷かれて、それ以外何も無い部屋だった。

マットの上で一人の女が現実から逃げるには充分な部屋だった。

 

 

 

 

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