戦後は蒼く、戦時は紅く、戦前は疾く   作:かるませ

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5話後編

次の日

朝日が昇りきらずとも軍事組織アズールレーンから、今日も出撃命令が下りた。

少年がズダボロなのも織り込み済みだ。だが必要とするノルマがある。

『海域』と呼ばれる空間はセイレーンも使う通路である。そこはどこか遠くのアテのない場所に繋がっている。

そこがセイレーンの本陣、とオリジナルの艦船達は睨んでいる。

だが本陣に直接唐突する術などとうにあるのだ。セイレーン側から鹵獲した艦船のデータには一切の嘘はなく本陣のデータだけは把握している。

だが、本当に必要な物はセイレーンの通路構造の解析データだ。

これは各艦船が『海域』に到達した瞬間に読み込みを自動的に始める。

否、ただ、彼女達が居るだけで理解出来るのだ。

 

背骨でもあるリュウコツから放出される浮揚用斥力の反響を彼女達は瞬時に知覚する。(情報が正しいなら直径約4kmがその効果範囲であり、彼女達が200と定めた距離である。)

これによりその『海域の情報』から存在する艦船の放出斥力も読み取り、(これを彼女達は『リュウコツ波形』と呼んでいる。)これらは事細かく認識され、余程の異常が無ければ視認できずとも範囲内なら艦種やクラスまで識別化される。

 

話を戻そう。アズールレーンが欲しいのは通路のデータだ。

今現在の目的は第二、第三のセイレーンの出現を防ぐ事を考えられている。

本陣と呼ばれる何処かから今現在の地球までの道を全て破壊し、二度とその手が伸ばせないように封印する。それが『海域』制覇の目的だ。

その為には3つ条件がある。何層もある『海域』に到着すること、そして高度電子戦仕様の艦船、または『海域』情報の読み取り阻害装置―つまりジャマーを装備した艦船、正確には生体ファイアーウォールと呼ぶべき存在の無力化が求められる。

そして『海域』へと到達する複数の入口毎に構造データは異なる。その為の数合わせのデザイナーズチャイルド達だ。

仮に横須賀が動けないから他にお鉢が回ることなどない。今日も課せられたノルマをこなさなければならないのだ。

昨日と同じ第七層。だが昨日とは同じ風景に見えるがまったくの別の地点への派遣が求められた。

第七層ともなると格段に広い。一度、二度で終わる約一ヶ月前とは話が別だ。

 

「ご武運を祈っています。」

白いベッドの上で包帯だらけの少年の言葉に二人の男が敬礼をすると、専用ルーム『執務室』へと足を運ぶ。

「爺さん、泣き言をそろそろ無くせ。」

その途中で青年の一声に、「え〜。」と老人があんまりだと言わんばかりの顔を作る。

「レナウンに頼り切りなのもやめろ。」

その顔色が悪くなりげんなりとしていたが、青年がひとつ睨むと、

「善処しまーす。」

身なりを縮こませて答えた。

さて、寮舎側から見て別れた寮舎の廊下が合わさった場所に執務室はある。その奥に治療室だ。

執務室に入ると並んだ四つのモニターと端末をはめ込む溝を見る。

可能な限りの長期展開を主軸に置いた端末をよりグレードアップさせるマシンにいつも通りはめ込む。

 

―接続認証、各艦船同期確認、バイタルOK、コンディショングリーン。ハローコマンダー。

 

モニターに映った文字はもうこの1ヶ月何度見たか。

端末に手を置き、二人が操る計6人の娘達の五感が第六感とも言える心で認識される。

だがその状態に目まぐるしさや喧しさ等の不快感は存在しない。入り雑じった情報も何故か彼等の心や脳では違和感すら無い。

「各機、海域に向かうぞ。」

曹長の出す言葉も耳ではなく彼女達は心で聞く。

 

メンタルキューブを加工した艦船への精神接続・操作機能搭載端末の設計計画は40年前も前の話になるがこの技術のスケールは何年先なのか『作った人間達の』気は遠くなるが味方である艦船に言われた通りに組んで出来上がったものなのだ。

艦船の体調、リュウコツを中心とする貯蔵した斥力量の確認、各兵装の調整・照準・装填、艦船の機動、それらが序の口と言わんばかりにオーバーテクノロジーの結晶体である艦船を細部まで(指揮官のレベルにも寄るが)一瞬で動かす事が出来る。

まるで自分の体のように動かす、そして幾つも有る体を何故か自分の体よりも丁寧に扱える。

 

横須賀基地の港湾から海へ、そして洋上の『海域』の入り口である歪みまで3つの目線で景色が流れるが何も違和感などない。

世界が白んだ後にまた陰が覆った海へと辿り着いた。

「各機、共振残響反応の有無を確認、終了次第に全艤装展開。」

洋上の歪みからのアクセスにリュウコツを同期させた反動の有無を確認する。これはあくまでも儀礼的確認でしかないが、もし何かしらの変調があれば接続した精神で理解出来る。

曹長が率いている駆逐艦部隊、ユニオン駆逐艦、チャールズ・オースバーン、鉄血駆逐艦、Z1、同所属駆逐艦、Z23に口頭で告げるが、もう各兵装を立ち上げて戦闘態勢は整っている。

曹長は操作している駆逐艦の目ではなく、自分の首を回して老人を見た。その表情から察するとまだ時間はかかるらしい。

艦船の視覚を借りるとロイヤル巡洋戦艦レナウン級、レナウン、その妹、レパルス、同所属軽母艦、ハーミーズが艤装展開をまだ終えていない。

「ニーミ、今だけは主力直衛、チャールズはニーミの2身前を維持、レーベ、肩の力を抜け、お前が最前列だ。だが、盾にならなくていい。」

言葉が遅くとも納得や理解の為に青年の口から命令を下す。その言葉に艦船達も応え、命じられた通りの配置になる。

今Z1、レーベと呼ばれた少女が最前列と仮定したが、これはあくまで想定に過ぎない。

 

そう、昨日の軍曹は戦術を見せすぎた。

 

「先進リュウコツ波形、急速反応アリ!数90!距離最短40!囲んでます!」

Z23の言葉通り、この夜の海に現れる者達が来る。セイレーンも理解したのだろう。『待ち伏せが余りにも効果がない』ことを。

夜の闇に幾多の紫電が迸り、重桜艦船が歪みから姿を見せた。まるでドアの入り口から入って来たように何も無かった空間から踏み込んで、その瞳に何の光も宿していない無機物に見える艦船がぞろりと囲み、輪の中心に意識を移した。

どごん。と鈍い音もそれと同時だった。

『最前列』と仮定した反対側の陣を、その僅かな時間に金の閃光が串刺しにするように貫いた。

それはまるで弾丸だった。

「正義の鉄拳!」

ユニオン艦船、チャールズ・オースバーンの加速と拳が7機の艦船を殴り抜いた。

それに反応するように残り83の生体ファイアーウォールは振り返り突出した少女に狙いを定める。

「おいおい、俺を無視するなよ。」

『最前列にいた』Z1が踏み込み1番近い敵性艦船の胸に主砲を寄せて斥力を纏わせた砲弾を解き放った。

彼女の特性貫通弾が目の前の艦船の斥力フィールドを貫いて背骨の1部を焼き切り無力化する。

それに反応した近くの敵性艦船がZ1に狙いをつけ榴弾を打ち込む。

残りはチャールズ・オースバーンを。

発砲音が響き渡たり着弾音も合いの手のように続く。

だが、撃ち尽くしてその異常性にようやく気がついた。

Z1は撃ち抜いた艦船をマフラーにでもするように身体を包ませて盾にし、チャールズ・オースバーンはそのまま走り抜けて重巡以下の主砲射程から逃れていたのだ。

ならば、と敵性艦船の主力クラスが狙いをつける。盾も射程距離も今からでは意味を成さない事を思い知らせてやろうと狙いを定めた瞬間だった。

「狙って〜!ポン!」

ロイヤル巡洋艦レパルスの381mm連装砲の方が一手速い。いや、そもそもこの陣形も『効果は薄い』

囲む事で得られる敵性重桜艦船の利点は同士討ちを気にしない所である。ただそれだけ。

生体ファイアーウォールと呼ばれるのもこの一点だ。顕著な存在に食い付き、すぐさま対処を始める。

「直衛維持します!レーベ先輩!左回りに陣を崩して!チャールズさんはかく乱!曹長、『砲台になります』!」

この宣言も敵性艦船は額面通りに受け止め、それに対応する。砲撃止まぬ戦場だが、戦闘モードである彼女達の思考・五感はそれぐらいでは何も揺らがず情報を受け止めることは容易だ。

だが、宣言とは違う動きをその曹長の駆逐隊はこなしていた。

Z1は後退しながらの牽制射撃、チャールズの念入りの各個撃破、Z23は艤装を格納し徒手空拳で近接戦闘に入る。敵を1人、また1人と無力化していく。

生体ファイアーウォールは耳で受け止めた言葉を急速に処理するが、まるで見当違いの動きをする事に困惑、正確には反応が遅れてその虚を突かれていた。

だが、その動きにも反応し、それぞれの動きを潰そうと接近するが、

 

「―マジック起動。」

 

ロイヤル所属、軽母艦ハーミーズの手のカードが舞い、魔法陣のような光を纏えば長方形の紙片から魚雷群が放たれる。

それ等は一度加速し接近した敵性艦船を危険信号で思考を埋め尽くすには充分であった。

炸裂音が響き、衝撃や熱がその場に居た全ての艦船にぶつかる。一部の艦船は目に強い光を浴びて視界の判別も出来ていない。

だが、曹長の駆る駆逐隊は違う。

「良いタイミングだ爺さん。」

横須賀駆逐艦達には至近での爆発用に帝竜カンパニー製の特殊耐衝撃兼耐熱ジェルが塗られている。本来は肉薄魚雷用だがこのアイテムにより味方艦載機による丸ごとの攻撃も視野に入れられていた。

曹長がすぐに三人の駆逐艦の情報を読み取る。

チャールズ・オースバーンの疲労以外は目立ったことはない。

続行だ。

そう考えた瞬間にZ23が報告する。

「曹長、電子戦仕様及びジャマー持ちがこの布陣に居ません。」

視界が潰れた敵性艦船の四肢関節を外しながら告げられた。

最初に囲まれた瞬間の視界とリュウコツ波形データを確認したが目標とも言える敵が居ない。

「気をつけろ。相手はあの藻付共だ。何を考えてるか……」

曹長がそう告げた瞬間だった。

Z23を通して曹長が新たにリュウコツ波形を感知した。敵の更なる転位増援。だが、

「リュウコツ先進波、この数は……」

Z23が読み取った情報を曹長も知覚して眉をひそめた。

 

一体だけ。

 

「先進波形パターンは軽巡、否、重巡!?何で斥力パルスが変動して……!」

読み取られた情報の変化に戸惑う。

敵の斥力放出波形が不安定とも言えるほどに軽巡クラスの斥力放出から重巡クラスへの変動を往復し続けている。

その正体をレナウンの目で見た老人が目を張る。

額の角、鮮やかな茶髪、存在しない艤装、刀身が赤に染まった槍。

まさか、だが、老人の脳と喉は危険を駆逐艦隊と青年に伝えようと叫んだ。

 

「重桜ネームドシップ最上!軽巡兼重巡の『カンレキ持ち』だ!!迂闊に接近させるな!!」

 

その言葉に青年も信じ、今一番近いZ23に距離を取らせながら牽制射撃を放つ。

だが、それをまるで何とも思わないように防御フィールドで弾きながら突進する。

少女達の認識したリュウコツ波形では今は重巡だった。

だが、それも弾丸を受け止めるまでの話だ。

その見た目も読み取った波形もまるで鎧を脱ぎ捨てるように動きすら変わり至近の駆逐艦に狙いをつける。

「こんな!出鱈目な!!」

更に踏み込む瞬間に鎧と波形が変動する。

重巡。一撃必殺の気配を感じ取り、回避を優先した動きで目の前の脅威からの攻撃を躱すが、その背中に弾ける様な音と衝撃に体勢が崩れる。

「がっ!?」

残敵の駆逐艦用火砲による直撃は一度効果を発揮した特殊ジェルでは殺しきれない程であった。

 

―不味い、体勢が崩れて!!

 

目の前の最上が槍を振りかぶる。姿とリュウコツ波形は重巡。間違いなく自分の斥力フィールドごと両断される。そう予感したZ23はせめて接続した曹長へのフィードバックされるであろう精神ダメージを懸念して自分の意思で目と精神の接続を閉じようとする。

 

がぎん。と鋼と鋼が重なり合う音色が夜に響いた。

 

「駆逐隊!私以外の主力の直衛!指定ポイントから叩け!そして……!」

 

透き通るような声がZ23の頬を叩く。こんな所で諦めるなと言わんばかりの声に反応が遅れながらすぐに後退する。

目の前のロイヤル巡洋戦艦レナウンの蒼い上着と金の髪が目の前の敵と拮抗していると荒く揺れる。

 

「分が悪いが、こいつの相手は私だ!!」

 

 

―横須賀基地、治療室

そこまでの戦闘を自身の端末で見て少年は焦り、いや恐怖を覚えた。

「ノーモーションでの仕様変更、斥力放出量、重心、呼吸、間合いの変動。」

何時だったかの対セイレーン用の仮想演習を上回る最上に少年の頭は幾つもシミュレートを始める。

結果は6つ。

駆逐艦隊全てを犠牲にしての撃破。

レナウンごとの艦載機による殲滅。

ハーミーズを盾とした撤退。

現段階からレパルスとの共同戦闘を開始し、最上を撃破し、残りの横須賀の戦力を自爆させた確実な勝利。

残りの2つは思考の外に捨てたくなるような敗北。

 

ただ最上の戦闘力が高いのではない。

状況が悪いのだ。正攻法ならレナウンの圧倒だ。

 

だが、『海域』という空間は向こう、セイレーンの領域。

幾重にも幾多にも捨て駒を呼び寄せる事が出来る空間。

そして―恐らくとはいえ最上はただデータを取られているだけに過ぎない。

それが終わる時間など人間組織の尺度と理解が違う。

リュウコツ摩耗速度も普通の重巡、または軽巡とは比較的にならないはずだ。

使い捨ての道具の末路など分かる。

 

持久戦へ持ち込まれた場合は簡単過ぎる。

制圧されるか、最上に最後の使い道があるかだ。

 

少年は端末に映し出される金髪の巡洋戦艦の戦いの映像を閉ざし通信モードにしてある艦船に呼び掛ける。

 

「加賀、単艦での出撃をお願い。」

 

重桜航空母艦―通称『一航戦』の加賀型一番艦加賀に繋ぐ。

彼女は今部屋だろうか、それとも廊下だろうか、通信から聞こえる音声では歩く音も聞き取れない。

「何故だ?」

加賀は自身の主へ疑問の言葉を投げた。

それに言葉を呑む。彼女が少年を嫌っているのは理解出来ている。この1ヶ月の間1度も出撃どころか精神接続もしていない。だが、それでも今はそんな状況ではない。

「機動力と制圧力が欲しいんだ。僕と繋がるのは嫌かもしれないけど……」

「何故だ?」

加賀の重ねての問いにベッドの上でもたじろいでしまう。

状況を打破する為にも自分の安い頭を下げながら懇願する。

「加賀、お願いします。戦って―」

「今回の敵のデータは私も見ている。」

それにびくん、と跳ねる。

それならば何故だ。加賀の力が必要だと言うことをより理解出来ているはずだ。

少年はそれを口に出すことを逡巡すると、彼女が一息吐いて、状況を正確に告げた。

「あの最上の戦闘パターンの『オリジナル』はどう見てもあの女の操った愛宕だ。踏み込みのクセ、砲撃を用いない近接戦闘、対駆逐用の機動力重視に『中身』を弄られている。尻を拭くのはアイツだ。」

その言葉に言いくるめられる。だが、加賀の言葉はまだ続く。

「確かに私とお前ならば『あの程度』一瞬で始末できるだろう。だがな、この先の戦いも同じ結果だけを残すのならば、お前が願った言葉を嘘にするという事だ。」

加賀の言葉に一ヶ月前の自分の口から出た言葉が脳に再生される。

 

―戦う事は辛い事だと思う。でもその果てに幸せな世界があるのならば僕はそれを作りたい。

 

恐らくはこの言葉だ。少年が確信するとごくりと唾を飲む。

「この先も変わらないのなら、いつかお前は姉様を道具にするぞ。『お願い』『任せた』『君にしか頼めない』そう言ってな。そんな道具に幸せなんか存在しない。それに統括を任されたというのなら部下の後始末を部下にやらせるぐらいの気概を見せろ阿呆。」

罵倒する口調でも声音でもない。それでもこの言葉は少年への成長の期待を孕んでいる事が分かる。

 

―僕と繋がることが嫌かもしれない。

 

そんな考えを抱いていた少年は己を恥じる。陳腐な発想をする彼女ではなかった。

少年の沈黙を加賀が聴くと電子音が響く。通信が切断されたのだろう。

その行動の意味も分かった。

ならばと次に繋げる宛先は―

 

「愛宕。出撃だ。」

 

「軍曹、出撃要請です。」

 

光を失った二人の少女に声がかかった。

 

「嫌よ。」

 

「いやだ。もういやだ。戦いたくねぇ。勝手にやってろ。」

 

二人は拒絶の言葉を力なく呟いた。

その心に闘争の灯火は無いのだろうか。

 

「そうか。」

 

「そうですか。」

 

その言葉に頷き、そして―

 

「いい加減にしろよ貴様!」

 

「何を駄々こねているんですか!もうハタチでしょう!?」

 

叱責を口にした。

 

「良いか!?お前は自信満々になっていたかもしれないがな!そのお前とあの馬鹿女を丸パクリしたような偽物が大手を振って暴れているんだよ!!」

 

「何があったか知りませんけどね!人に暴力や暴言を振るうだけの根性があったのなら勝手にへこたれないでください!へこたれた自分を見せればそれを誰かが見兼ねて助けてくれると思ってるんですか!?そんな頭お姫様してる歳じゃないでしょう!独りで喧嘩も出来ないようならハナから口を閉ざしててくださいよ!?それともぐちゃぐちゃになるようなパンチも貰った事がないとでも言うつもりですか!?どんだけ甘い世界で生きてたんですか貴方は!?」

 

激情に身を任せるような叫びに二人の少女に少し、ほんの少しの灯が燻っていく。

 

「貴様のケツの吹き方も忘れたのか!?『重巡愛宕』!それともお前はそこまでの腑抜けだったか!?」

 

「本当に喧嘩した事がないって言うなら!今から殴りに行ってやるから覚悟しなさいね!!言っておくけど僕は諦めも!しぶとさも!口喧嘩も!説教を垂れるのも!貴方みたいに不平不満だけの欲しがりなお姫様より余程パンチがあると自負していますからね!!」

 

そこまで吼えた二人がお互い壁に意識を移す。

少年は理解した。加賀がすぐに近くに居たことを。

加賀も理解した。少年が自分以上に口汚い言葉で罵っているのを。

そしてお互いに苦笑いを浮かべる。「あまり酷いことを言うなよ。」とでもお互いを評するように。

 

「なんで、なんでそこまで言われなきゃならないのよ……。」

 

「てめぇに何がわかる……。」

 

二人の少女は言葉を終えて歯を軋むほど顎を締める。

だが、帰ってきた言葉は呆気なかった。

 

 

「私の知ってる『重巡愛宕』が―」

 

「僕が理解した『エル軍曹』が―」

 

 

 

―被害者ヅラをすれば救われるなんて、そんな弱い女じゃないと信じているからだ。

 

 

 

「……1分ちょうだい。洋上に向かうわ。」

 

「……1分寄越せ。精々糞共の重桜艦船をぶちのめしたら、そん次はてめぇだパセリ小僧!」

 

 

片方は従うように、片方はこれ以上ないロイヤル『らしい』悪態をついた。

二人の少女が自分の部屋の扉を吹き飛ばすように開ける。

その目にはもう道具として評されることは有り得ないほど生気に満ち溢れ、雄々しさを纏っていた。

 

 

「爺さん!損害状況!」

執務室に青年の声が反響する。

最上の後から次々と現れる生体ファイアーウォールの群れに対処しながら相棒の統べる主力艦船の状況を求める。

「全体損害10%はない!だが、ハーミーズの残弾が次で終わりだ!レパルスは弾を使い切った!!近接戦闘にはい―」

「てめぇら!ぬるい戦闘してんじゃねぇぞ!このすっタコ共!!」

いつの間にか執務室の扉が開かれ、開口一番に一方的な罵声が放たれる。

まるで足元に害虫でもいるかのように機嫌悪そうな罵声の主は、およそここが横須賀基地であることを忘れそうな風体だった。

青のパジャマにフリルのついたスリッパ、部屋着どころか寝巻きの延長線だ。

「状況っ!!」

その風体に気を取られてた二人のうち片方が報告する。老人だ。

「重桜の最上、軽巡兼重巡という異質なのをレナウンが相手をしている!最初はなりを潜めていたが転位増援数が多くて援護に入れん!!」

その言葉を聞きながら、ONにしていた通信先の相手に彼女は叫んだ。

「だそうだ!愛宕!!」

通信先の愛宕からかすかながら波の音が聞こえる。もう『海域』に赴く為に洋上を駆けているのだろう。

「分かった。高機動戦用に―」

その言葉を遮って、嗜虐心に溢れた笑顔で軍曹は答える。

「ばぁか!お前のスペックだったら通常戦闘で、もんじゃだろうが、もみくちゃだろうが、もみじおろしだろうがお構い無しだよ!?」

その言葉に通信先の愛宕から小さく、くすりと形容できる笑い声が漏れた。

「感覚戦闘しか出来ねぇようなゴミカスにアタシが劣らせる程なよってはねぇからなぁ!」

まるでブルドッグや闘犬の遠吠えにも見えるような下品な叫びだった。尋常ではない程の形相で勝ち誇るような叫びに両隣の男性陣が耳を痛める。

それが見えているのか洋上の愛宕は安心を覚えながら、

「任せるわ、エル軍曹。」

到達した空間の歪みに自身のリュウコツを同期させながら愛宕は微笑んだ。

それを見えていないはずだが、彼女は応えるように、へっ。と小さく乱暴な笑顔作って見せた。

 

 

 

Z23とポジションを交換してから7分。

正面のあべこべな艦船からのダメージは無い。

だが、背中や側面からの砲撃で後手に回らされる。

攻めの一手に残りのメンバーが取り零した敵の砲撃を合わせられて防戦一方を強いられる。

「これしきのことで!」

そう叫びながら襲い来る槍を弾く。

ここだ。一撃を叩き込んでこの膠着に―

「姉さん!そっち砲撃行った!!」

妹の注意の声への反応が遅れて着弾範囲内に在った右足が焼かれる。

「機動力が……!」

それを見透かしてるのか否か、軽巡の姿になった最上が舞う様な槍捌きで踊りかかる。

斬り、払い、突き、薙ぎ、振り上げ、石突で殴りかかる。

速さに付き合えず、躱せるほどの余裕も無く、受け止め、乱打の締め括りをまともに貰う。

「ごほっ!」

目が力強く開かられ、次の一打がスローモーションで認識される。

芸がない艦船、いや、生体ファイアーウォールだ。またも両断しようと縦一線を振るう。

だが、ただでは死のうとは思わない。真下に砲身を傾け、諸共に―

 

「しぃねぇえええええええええええっ!!」

 

まるで横合いから突然殴り掛かるような声が『海域』に響き渡った。指揮官の誰かが広域通信で声を発している。誰だ。こんな馬鹿な真似は。

 

ずどん。

 

とそれに遅れてやってきた殺意に燃える鋼が直撃した。そう『私の脚に』

 

「しゃあ!ジャックポットじゃあ!!」

 

おい。何だこれは。何で私は味方に撃たれて景気良さそうな声を跳ねながら、ギャンブルの用語を口に出されているんだ。

右足を完全に吹き飛ばされて、その衝撃で宙を舞いながら、現実を呪いたくなる。

マスター寧海。これが貴方の元で9年研鑽を積んだ姉弟子ですか。幾ら何でもはた迷惑です。

「ちょちょ!姉さん!?」

吹き飛んだ方向にたまたま居合わせたのだろうか、レパルスの声が聞こえる。

背中に彼女の体温を感じる。無事に受け止められたのだろうか。視線を下に落とすが右足がやはり無い。

身体を捻りたくてもそこまでの力も出ない。

「レパルス、そのまま抱えて防御姿勢!アレがシメてくれるそうじゃ!」

「OK!おじいちゃん!」

妹がマスターの盟友を軽んじる敬称で呼ぶことに口を挟みたくなるが、その気力も起きない。

妹が乱暴に背負いながら、鉄の囀りを何度も発するように武器を振り回す。

そんな状況で私は見た。

『普通に艤装を装備した』重巡愛宕。

それじゃダメだ、押し切られる。声に出そうになる。

 

―やらせてみぃ。意外と驚かされるかもしれんぞ。

 

マイケル様の秘匿通信とも言える精神メッセージが私のリュウコツにメンタルキューブの結晶に届く。

ならば、と妹の邪魔になるかもしれないが無理にでも見届けたい。そして、もし勝ったのならば、その時はあの女の頬に全力の平手打ちだ。

 

 

 

距離50、目の前の重巡へ主砲砲撃の牽制をエル軍曹に命じられ放つ。

だがそれも最上には軽いのだろう。相手の槍で両断されてその奥で爆炎が裂けるように溢れた。

正直、私は勝てると思えない。

だけど、彼女の意思は、イメージは、この一撃で固まった。

勝てる。『これぐらい』なら勝てる。自信たっぷりなイメージが溢れかえる。

 

踏み込む。私よりも相手の方が速い。

だが、私の打ち込む場所は最上の槍とぶつかる場所の中心だ。

そこを軍曹が予測して、その場所に対して全力で打ち込む。

 

ばぎん。

 

反動はそんなにない。というか足回りの斥力を重点に放出されている為に安定している。

だが、最上は違う。『なんだこれは』とそんな、してもいない表情を感じる程の打ち合いに体勢を整えながら軽巡の姿になる。波形もその通りになる。

連撃、そう私は読んだ。だが、

 

―ちげぇよ!突撃だ!!

 

私の防御姿勢を矯正しながら彼女が叱咤する。

その言葉通り、速さを軸にした穿撃が私の喉のあった場所に放たれる。

半身ずらして首の皮を掠めた最上の腹に蹴りを叩き込む。

 

「がはっ!!」

 

体液を軽く漏らし、短く叫ぶ声もかき消す様に刀を持った手を逆手にして柄をその音の発生源に高速で届ける。

 

―これで、連撃は『封じた』

 

衝撃を逃がした最上の顔が血に染まる。

鼻からの出血が止まない。呼吸の回転数が落ちた。この状態で連続攻撃をしたとしても数段落ちた攻撃しか展開できない。

選択肢はもうひとつしかない。

 

―愛宕、斥力全開。

 

彼女の命令通り、力の全てを拡げる。

その気配に最上も察したのだろう。あちらも全力の気配が見える。重巡に姿を変えた。

 

今の距離は5。

踏み込み、振り切り、全力の一太刀を浴びせる。

もうそれしかない。

 

―よーい……

 

彼女がまるで遊ぶように、競い合うように、その瞬間に届くように力を溜める。

 

どんっ!!

 

私はその一瞬、何が起きたか分からなかった。

読み取れはした。

 

『最上が軽巡の脚で、重巡の胴で襲いかかったのだ』

 

高速と最強の一撃。

 

「そんな……」

 

本当に驚くしか無かった。

 

―な?『思った通り』だろ?

 

軍曹が『海域』に来る前にこの攻撃は予測できていた。いや、これを絶対に切り札にしたがるとも思っていた。

受け止められることを何も予測などしてなかったのだろう。私の刀が彼女の槍を弾くと胴を仰け反らせて天を仰ぐようにしていた。

 

だが、目の前の重巡を斬り伏せるには力が足りない。必殺の一撃を弾くのにこちらも消耗した。

 

―織り込み済みだ!!

 

彼女が私の手を引っ張る。それに釣られて1歩更に踏み込み、腕をある場所に傾ける。

 

「斥力フィールド『同調』!」

 

広域通信で軍曹が吠える。最上には、いや、私にも理解できない。これは、こんなことを可能とできるなんて普通考えない。

弾いた刀を『最上の槍』に交差するようにように接近させる。まるで騎士の誓いでもするように。

だが、これはそんな上品なものじゃない。

最上の槍に迸る斥力フィールドの出力係数、波形パターンを合わせて、そして。

 

「『反発』!!」

 

言葉通りにその刀身の上半分を振り下ろしながらナノミリメートル単位で下に、下に、弾く。

その技術の在り方はリニアモーターだ。

それが彼女の槍を中心に爆音とも言える音が響き渡り、閃光とも言える煌めきが夜の『海域』を埋め尽くした。

 

「東煌拳法は片方の手で威力を上げて、もう片方の手を相手に『かますんだ』発射台とかにしてな。その応用だ!覚えとけ!」

 

そうだ、少年と老人の言葉にあった。

彼女は9年間、東煌軽巡洋艦『寧海級』寧海に教えを受けていたのだ。

その結果が、この現象であり、音であり、光であり、『重巡の片腕を断たれた』最上なのだ。

 

斬撃を滑らせ、最上の脚を撥ねる。

 

後は心臓を潰す。そうすれば―

 

「ストップだ愛宕。」

 

軍曹が私の手を縛る。それに疑問を持つが目の前の敵を見て、ようやく分かった。

 

「悔しいかあべこべ。」

 

目の前のネームドシップが泣いている事にようやく気づいた。

ここまでして、こんな自分を捨てるような戦い方をしても何も得られないのが、そうだ。私と同じだ。

こんなこと悔しいに決まっている。

 

「今なら、そんな戦い方をしなくても強くなれる人間様のお膝元だ。選べ。」

 

「あっ、あっ、ああああああぁあぁあ。」

 

頷きながら泣き声を響かせた。

気が付けば戦場である『海域』はそれで埋め尽くされていた。

残敵はもう、いない。倒したのか、先の一撃で撤退したのか。

 

「泣いたって何にもなれねぇぞ。泣き止まねぇんなら、てめぇはここに棄てていく。」

 

その言葉に従うように最上の涙が止む。

 

「よし。愛宕、回収。」

 

私もその言葉に従い。欠けた最上の身体を抱き上げる。

まるで赤ん坊のような最上を抱き上げた私を見て繋がった彼女が小さく笑った。まるで産まれてきた妹を祝福するような姉の笑みだった。

 

 

 

同刻、横須賀基地、執務室。

三人の指揮官が端末の機能を落としたのと同時に赤髪の一人が猿のように吠えた。

「だぁらぁっしゃぁぁぁぁ!あんガキじゃああっ!!」

二人の男が耳を抑えて発狂したような音声を遮断するのを見計らって執務室を飛び出て治療室へと駆けていく。

曹長は、ここでようやく軍曹が少佐に襲撃を仕掛ける事を理解し、追い掛けた。

だが、足の速さは彼女の方が上だ。

数メートルしかない廊下を走り抜けて、治療室の扉が開かれる。

ベッドの配置を一瞬で読み取り、そこに殺意を向けて。

 

ぎゅむ。

 

何かに顔を包まれた。

「あん?」

そこにあるのは自分の胸には無い柔らかくも大きい双丘だった。

問題はこれが誰のか、であった。

愛宕はまだ帰ってきていない。ならばこの豊満な胸の持ち主は?

 

「少佐に手出しはさせません。」

 

重桜航空母艦、通称『一航戦』―赤城型一番艦、赤城の胸だった。

それに戸惑いながらも軍曹はその奥にいるはずの少年に罵声を浴びせる。

 

「あんだよ!散々喧嘩売っといて、後になって『助けて〜赤城〜』かよ!お前のサムは萎びてんのか!?あぁっん!?」

 

その言葉に赤城が怒りを漏らしそうになるが、少年は軽快に答えた。

 

「えぇ、そうですよ。僕は弱っちくて、不様で、どうしようもない指揮官です。だから赤城を貴女に差し出します。」

 

その言葉に軍曹が笑う。嘲笑と言ってもいい。

とにかく目の前の状況に笑いが止まらない。

 

「おいおい、統括様がこんなんじゃ辛いだろ?なぁ、赤狐、今からでもアタシに乗り換えろよ。」

 

な?と哀れみの視線を向けていたが赤城は何も表情は変えなかった。

 

「えぇ、私も辛いです。貴女が私に『固執』する理由があるから、というだけで、貴女をこうして抱き締める等というのは……」

 

赤城の言葉に軍曹の脳に言葉が何度も反響する。

何を言われたのかまるで理解できない。

だが、ゆっくりと言葉を再生させて状況を理解しようとする。

 

「エル軍曹。貴女は報復行為の記憶だけで『会話が成立してしまうのですね』」

 

少年の言葉に、軍曹の心がずきりと傷んだ。

ガラスで刺されたように不安感と嫌悪感と無いはずの痛みすら感じるようになる。

 

「1880年代、ある児童が家庭内暴力を日常的に受け、その子は悪さをしていた同級生の顔面に沸騰したお湯を浴びせ続けて、死傷者4名を出しました。本人はこう供述しています。『僕はお祈りを忘れただけで熱湯を腕にかけられたんだ。あれぐらい当たり前だよ』と。」

 

マンハッタンでの出来事だ。

 

「1850年代、ある軍属の兄弟が酔っ払って帰る所、その後ろ姿を若者に馬鹿にされて携帯していた棍棒で顎が引き裂けるまで殴打。その兄弟は日常的に上官から『気に食わない』という理由だけで熱烈な指導が行われており、『それぐらい』なら死なないと考えていたそうです。」

 

オハイオ州に来た兄弟のバカンスの一幕だった。

 

「1840年代、父親と母親が5歳の息子に七昼夜寝ずに教育を施し、脳と精神に障害を、息子は文章を読むだけでパニック障害を起こすほどになりました。両親に事情を聴取すると『小さい頃、私達は両親から熱心な勉強法を施された。だから、私達もするべきだと思う』その言葉に唖然とするしかありませんでした。」

 

こちらは鉄血、ベルリンのエピソード。

 

「暴力を振るわれた人が暴力を上乗せしたりするのは『こんなにも当たり前の出来事だったんですね』」

 

昨日の作戦後の彼女の言葉は、彼女が学んだ言葉ではない。彼女の脳に刻まれているが、それは大きく違う。

彼女が実際に言われていて行われていた出来事なのだ。

敵だから何をしても良いというのも、裸にならないのは降伏の証というのも、少年が胃の内容物を吐いた事に対しての蹴りも。

全部全部、当時の軍曹の脳に刻まれたのだ。

 

―自分が楽でいられる場所を頭に作り、そこに記憶を保存する。

 

この横須賀基地に来た料理人は言った。

ならばもし、楽でいられる場所をズタズタにされ、そこにしか記憶を保存出来ず、そこから情報を抜き取ることしか出来なかったら。

 

人を傷つける会話しか出来るはずがない。

 

優しさを思い出す前に、荒涼としたストリートの反吐を撒き散らしたくなるような劣悪で醜悪で害悪な記憶が何度も反響するのだ。

 

「貴女が赤城に固執するのは僕を馬鹿にしたいからじゃない。赤城に何かを抱いているんですよね?」

 

そう、彼女は二度も赤城を自分に近づけるように指名した。言い方は乱暴だが、何故か赤城を指名していた。

それは彼女なりに接する機会を欲しがっていたのだ。

 

「軍曹、ここが本当の貴女の分水嶺です。まだストリートに『居続けますか』?それともやめますか?」

 

軍曹の瞳はもうずぶ濡れだった。

9年間、オリジナル寧海の元で修行しながらカウセリングも受けた。

自分の言動を治したくても、記憶している箇所の治療は、いや脳に泥のような汚れがこびりついて落ちることはもう無いと言われた。

診察がもう少し早ければ変わったかもしれない。そう言われた。

でも、変われないと言われた時に諦めた。

 

「変われねぇよ、機械じゃないんだぞ……」

 

またも諦めを口にした。

少年は失望するだろう。だが、知ったことじゃない。それがエル・ヴァーノンなのだ。

暴力的で、排他的で、見下す事をもう止められないのだ。

 

「変われなんて言いません。僕はここにいるつもりは無いのかってそれだけしか言いませんよ。」

 

その言葉に怒りを覚えた。

子供の発想だ。どれだけ暴力と暴言と凄惨な世界を生きたと思ってる。

憎いなんて言葉が安い。もっともっと気持ちの悪い何かを抱えて生きている人間の辛さを知っているわけがない。

 

「良いじゃないですか、貴女が『それ』を知っているのなら、僕や貴女の好きな子にそれを聞かせれば良い。そしてその上で僕は貴女と接していきます。僕は『しぶとさも諦めも口喧嘩も貴方よりパンチがありますから』」

 

少年が微笑むような声で諭す。

 

「なんだよ、なんだよそれ……」

 

「歩かなくて良いんです。『そこから』声を出してください。僕は聞きますから。僕に聞かせたくないなら赤城が聞いてくれます。僕の部隊の『お姉さん』ですからね。」

 

目の前の艦船を、潤んだ目で赤城を見上げる。

 

「うわああぁああん……ああああぁあぁ……」

 

泣き声を二つ上げた所で赤城がその胸に軍曹の顔を隠してしまった。そのまま抱きかかえるように子供を部屋まで連れて行った。

入り口で足を止めていた曹長に一瞥するのももちろん忘れてはいなかった。

 

 

 

子供の世話に近かった。

髪を撫でて、背中を摩って、抱き着かせて。

赤髪の女が何度も何度もその行為をループさせては嬉しそうに笑う。

正直目の前のこいつの出撃後の少佐からの通信には驚かされた。

 

「赤城、早速の『酷い命令』なんだ。軍曹と友達になってあげて。」

 

私はその言葉に猛反発した。だけどこの女がどうして少佐を傷付けたのか、傷付けることしか出来なかったのかの説明を受けたら、同情は出来なかったが、理解は出来た。

それに少佐の見立て通りならこのエルという女は少佐に蹴りを入れる時に手加減をしていたようだ。

実際はあの人の肋は左右六箇所にひびと骨折があり、今も治療中だ。

だが、あの女が本気で蹴れば内臓は破け、砕けた骨は臓器に突き刺さり、少佐の状態はもっと酷いことになっていただろう。

 

「あ、あの……」

 

なよなよした口調で私に話しかける。

少しイラつきを覚えるが首を傾げて、聞いてやろう。

 

「『エル、頑張ったわね』って言って貰える?」

 

……私を通して、誰かを投影させているのだろうか。

その言葉を繰り返して声をかけると。

 

「うん。頑張ったんだ。頑張ったけど。アタシ駄目でさ、捕まって、酷い目にあって、悔しかった。悔しかったよぉ……メアリー。」

 

メアリー。誰だろうか。

私を誰にダブらせているのだろうか。

だが、その言葉を終えると私の胸の中で泣き出した。

 

涙を啜る音がどれだけ響いただろうか。

この粗末な部屋は、浮浪児のせめてもの城なのかもしれない。

だとしたら、この部屋を少し変える事を提案しなければ何も進歩はないだろう。

 

友達。

少佐、本当に辛い命令です。

ですが、この赤城、貴方の命令を全うします。

 

 

 

 

 

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エピローグ

昼の洋上哨戒任務を終えた愛宕が港湾に辿り着く。
少しの疲れを感じるが『海域』への派遣に比べれば軽い仕事だ。
それに単純なトレーニングも兼ねている。常駐フィールド量上昇の訓練、洋上の大量の生物反響の読み取り。
基本的な性能は少しは上がるだろう。
しかし、肩が凝る。腹も空く。

―今日のお昼は何かしら♪

そう思って別棟となった食事スペースの入り口で足が止まる。
紙の幕にメニューが刻まれてる。調理アシスタントのアイヴァン青年の文字で今日のお品書きを読んでいく。

チーフの拉麺・炒飯セット(今日も完売)
野菜ぐつぐつのポトフ(もうすぐ終わり)
鯖の馴れ寿司(完売)
野菜カレー(有り余ってる)
白ウインナー風グルテンミートのプレート(二ーミが泣きそうだから食べてあげて)

「あー拉麺セットー……」

愛宕、いや、艦船一同から人気が高い拉麺・炒飯セットがもう売り切れている。
人数も増えたからメニューも増えたし、手伝う艦船も出てきた。
それでもそのセットメニューは調理チーフの劉だけにしか作れなかった。
アシスタントのアイヴァンもそうだが、シンプルな拉麺だ。拳大のチャーシューと海苔の醤油味の拉麺。
それなのにどんな料理よりも美味しいと感じてしまう。
手伝いに入った加賀がその匂いを嗅いでにやりと笑っていた。
理由はその姉にも教えていなかったが、何かしら細工がされているらしい。
炒飯に至って匂いが鼻をくすぐるタレが焦げて旨味を思わせるジューシーな匂いが溢れかえる。だが、驚く程にすっきりとした味わいなのだ。
食べたかったなー。としゅんとしながら今日はカレーにしようと考えていると、

「おい、手ぇ引っ張んな!ドンコー!」

自分の指揮官の声が調理棟の裏から聞こえた。
それを聞き漏らすことなく音の発生点までゆっくり近づく。
『ドンコー』つまり東煌の者への蔑称だ。となると相手は……。

そこではいかつい調理チーフの劉が、エル軍曹の腕を引っ張って連れていかれそうに見える。

どうするべきか。

これで何かしら違ったら今後の空腹の際に気まずい空気を味わい、美味な料理を損なうかもしれないと思うと見守り、危ないと感じたらすぐに出ていくと判断する。
メシに劣る指揮官とは。

劉はコックコートだったが、彼はそれを普段調理棟の外では着ない。
ということは何かしら料理があるのだろうか。
そこまで考えると引っ張り回すのを止めて、エル軍曹の方向へ振り向く。

「今日からこれ飲め。」

差し出したのは水筒。魔法瓶構造のそれで龍のマークが刻まれている。
それを見るとエルは訝しんだ顔を作る。

「はっ、ヤクか?」

「ばーか、てめぇみてぇな三品には勿体ねぇ代物よ。」

その言葉に怒りを覚えたのか、頬を釣り上げて大男を睨む。

「お前、食事出来ねぇだろ。」

その言葉に愛宕は首を傾げそうになる。
何度か彼女がカレーを食べているところを目撃した記憶がある。それに誰かが彼女に暴力を振るっているような所も艦船達の話にも上がらない。

「前にな、ゴミ捨て場でゴミを食ってたガキに飯を食わせた時を思い出す。味覚が死んでるわけじゃねぇ、だが何でか俺には理解出来ねぇが、お前も『ゴミを選ぶ』だろ?」

それに苦虫を噛み潰したとはこれこのことか、と言いたくなる。そんな顔で劉の言葉を聞いている軍曹に愛宕がようやく理解する。
彼女は食事の後、吐き出していたのだ。
過食症を患った者のように、食べては吐いて、食べては吐いて、そして調理棟のゴミ捨て場で廃棄物で胃を満たしていたのだ。

「中身はなんだよ……」

「ゴミだ。」

劉が腕を組んで自信たっぷりに答える。
エルはその言葉でより強く劉を睨みつけ、水筒の蓋を開けて中身を煽った。
飲むのを一度やめて、より一層睨みを強く、いやもう殺気に満ち溢れた視線を浴びせている。

「ゴミがこんな味するかよ……!」

彼女が感じたのはコクのある野菜味溢れる味わいだった。だがコックは何も表情を変えない。

「野菜と果物の皮や芯を適切に煮詰めて作り上げた俺のゴミ茶だ。」

「あぁっ!?」

「俺の拉麺は基本的に野菜出汁がベースだからな、源流は重桜江戸時代に遡るが、まぁそんな事はどうでもいい。その頃のな仲良くなった坊主とで作り上げた飲み物よ。」

「思い出の品だから何だってんだ!」

「そん時言われたのよ、これは貧しいものや子供の為に作ってやってくれってな。だから、お前さんに出してやらなきゃ、その約束を嘘にしちまう。だから金はいらねー。その代わり毎日これ飲んで肌綺麗にしろ。」

それを言われて彼女が恥ずかしそうに両手の出来物を隠す。
艦船達もあるメーカーの美容化粧品を勧めたが彼女は一向に受け取らないでいた。

「あのガキの指示か?」

少佐の事を思い出しながら軍曹がやるせない顔で尋ねると劉は首を振って否定する。

「俺の独断だ。んでお前の中の認識を改めろ。」

「何を……!」

「ゴミだってな誰かを綺麗に出来んだよ。そんでもって、ゴミだって元々綺麗なんだよ。それくらい知っとけ。その歳で現実知ってますな顔してんじゃねぇ。ムカつくから。」

劉はそれだけ言うと乱暴にコックコートを脱いでその場を立ち去った。
少女は振り返らずに、もう一度水筒の中身を呑む。

「うめぇな、畜生。ムカつくほどうめぇ。」

少女は始めて、この横須賀基地で食事を口に出来た。
美味しいと、心から感じられる飲み物を。






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