俺は最近一つの悩みに直面している。
夜になったら、この家に誰かが居るのだ。
そして、決まって廊下で足音を出してウロウロし、俺の部屋の扉に来ると、ピタリと足音が止まる。それが何分間か続くと、また足音を出してウロウロする。その繰り返しだ。
俺はこの事を親に話したが、「それはきっと聞き間違いだ」と言われ、相手にもしてくれない。
霊のせいかもと思い、知人のつてを辿って、霊能者の人に見てもらったりもしたが、何もないと言う。
だが、俺はその足音が何か人為的なものだと言う考えがどうしても捨てきれなかった。
まず、どうやって足音の主はこの家に侵入してくるのだろうか?
考えられるのは三つ。
一つは窓から入ってくることだろう。
家は二階建ての一軒家で、俺や両親の部屋は二階だ。
もし仮に窓から来ているのだとしたら、俺や両親がいる二階ではなく、一階から入ってくるだろう。
何故って?答えは単純だ。
犯人が何らかの物、或いは人をターゲットにしているのだとしたら、それの様子を見に行くためにわざわざ一階より見つかるリスクが高いうえ上に上がるために体力を削ってまでして、するだろうか?
そこで、俺はこの日の夜にドアにチェーンロックをかけることにした。
もちろん、この場合は窓も鍵を閉めたほうがいいのだろうが、取り敢えずドアだけ固く閉める。そうすると、犯人は窓からしか来れなくなる。そうしたら、人に見つかる可能性が高くなる上、窓の閉め忘れなどの証拠が見つかるかもしれない。
(今度こそ犯人の尻尾をあぶり出してやる!)
そう思い床についた。
スタスタ……スタスタ……
(失敗か)
次の日、家族の誰よりも早く起きて、家中を歩き回ったが犯人の残した手がかりは何一つなかった。まさに完全犯罪だ。
だが、これは一応予測の範囲内である。それに収穫はあった。犯人は窓から出入りする、ということがこれで立証できたのだ。あとはこれを裏付ける証拠さえ見つかれば、こちらのものだ。しかし、だからと言って、窓だけ閉じるのは駄目だ。恐らく犯人は特殊な方法で出入りする奴だ。だから、今日は昨日みたいに片方だけ閉じるのではなく、両方ドアと窓で閉じることにする。そうすれば、流石の完全犯罪をし続ける犯人も証拠を残すに違いない。
(今度こそ犯人の尻尾を掴んでやる!!)
そう思い、ドアと窓を固く閉じた。
スタスタ……スタスタ……ガチャ……バタン
(な、なんだって……!?)
今度こそいけると思い、昨日と同じように早起きして、見回りしたが証拠が何一つとして見つからなかったのだ。
「一体どうやって……」
なんだって、入ってきそうなところは両親と俺の部屋を除けば全ての部屋の窓を閉じた。そのため、普通入ってこれないはずだ。なのに、犯人は悠々といつも通り入って来たのだ。
まるで幽霊のようだ。犯人は実は俺を何かの目的で付け狙う地縛霊はないのか。
(だが、そんなのはただの非現実的な妄想の塊だ)
首を振り、先程の考えをリセットする。それにしても、どうやって犯人は侵入してきたのだろうか?
推理小説にでてくる密室状態にあったこの家に侵入するのは容易ではない。ましてや、この家の奴じゃないため、鍵も持っていない。それを仮に糸やらピックやらで開けようと思ってもチェーンロックが邪魔して開けることができない。
だが、犯人はそんな状況を軽々と乗り越え、チェーンロックを切ったりすることもなく、悠々と入ってきた。
「分からない」
俺は頭を抱えながら、自室へと戻っていく。やはり、ここ数日早起きしたり、寝れなかったりするため、かなり寝不足だ。それがたたって、日々の生活にも少々支障が出てきた。だから今少しでも自室で仮眠をとり、眠気を吹き飛ばそうとした。
俺は自室に入り、寝転ぼうとしたとき昨日までには自室の机の上に無かったものに気づく。それは一枚の紙で何かが書かれている。それを俺は読んでみることにした。
『貴方は一生懸命に、一生懸命に扉などを閉めていましたね。……フフ、無駄ですよ。だって、そんな所から私は出入りしていないんですもの』
俺は読み終わると、気が狂いそうになり、吐き気を催す。
(何処から見ていた……!?)
キョロキョロと誰もいるはずのない部屋を見回した。
もちろん、そこにあったのは一般家庭でも使われるような机や本などしかなかった。
それから俺は必死になって入り口を探した。そして、それらしきちょっとの床や天井の隙間をきちんと塞ぎ、防御体制を整えていった。それは一ミリの隙間も許されない。どんなものでも、場所でも全部、全部、ゼンブ、ゼンブ塞いだ。
だが、それに対し両親は激怒し、なにか隙間を塞ぐたびに怒られるようになっていく。終いには俺のことを『変人』と呼ぶようになった。そして、それは外でも同じようになっていく。それまでずっと遊んでいた友達とも不仲になっていって、ついに絶交状態になった。
そして、いつからか皆が俺の事を異星人を見るかのような目になってきた。
なんで分からない。俺はただ、侵入者を入ってこさせないようにしているだけなのに。
だが、侵入者は余裕で入ってくる。
そして、置き手紙を残す。
それを見る度に吐き気を催す。
その繰り返し。
もう嫌だ。もう沢山だ!こうなったら、この手で侵入者を殺してやる。あいつが、廊下を歩いているときに刺してやる!
俺は決意を固めた。
夜になり、辺りは真っ暗となる。だが、静けさは訪れない。バクンバクンという心臓の音で満足に虫の声など聞けない。
俺は片手に包丁を持ち、待機している。それはもちろん犯人を殺すためだ。もう、俺にはこれしかないのだ。
今、俺はあいつがここの廊下を通るのを待っているのだ。
そして、その時は間もなく訪れた。
スタスタ……スタスタ……
足音が聞こえてくる。
犯人が来た。俺は包丁を真っ直ぐ犯人の方に指し向ける。そして……
「ウリャァァ!!」
犯人目掛けて刺した。
しかし、俺は刺した感触がしなかった。
(あれ?)
そう思い、顔をあげようとしたときだった。犯人が俺を背負い投げしてきた。突然の反撃に俺は何もできず、ただ受ける。背負投げされたときのガンとくる衝撃はかなり背中に響く。
「提督、大丈夫ですか?」
犯人がいる方向から声が聞こえてくる。声からして女性だろう。だが、俺はそこまで女性と関わるような感じではないから、こんな事をされる覚えがないのだが。……ん?提督?
犯人の方を俺は見る。
そこにいたのは、ピンク色の髪のセーラー服を着た、俺と同じ年ぐらいの少女だった。そんな少女を俺は知っている。だが、そいつは本来ここにいる筈のないものでもあった。
「ゆ、由良?」
「えぇ、私ですよ、提督♪」
由良はそう言って、自分の存在を肯定した。
「ど、どうやって……」
上手く言葉が出ない。それもその筈だ。ゲームに出てくるキャラクターがいきなり出てくるなんて全くもって非現実的だからだ。驚いて吃ってしまうのもしょうがない。
だが、彼女はそれを嘲笑っているようで、なんだと言わんばかりの勢いで口を開く。
「それはですね、ここと私達のいる世界をループできるようにしたからですよ」
訳のわからない言葉が出てくる。……いや、分かるのだが今は頭が別の質問をしたくてしたくて、うずうずしている。そのため、由良の言葉なんてほとんど頭に入らなかった。俺は二つ目の質問を投げかける。
「毎晩、家の廊下でうろうろしていたのはお前なのか?」
「えぇ、そうですけど」
きょとんとした顔でこちらを見つめる由良。それはぱっと見、可愛いものなのかもしれないが今の俺にはそれが獲物をじっくり見る恐ろしき魔物にみえてくる。ゾッとしながらも、俺は最後の質問を由良に投げる。
「お前は一体どうやって家に入ってこれた?」
「あぁ、それはですね。提督の家の一階にあるパソコンからですよ」
由良は右手の人差し指で下を指す。なるほど確かにちょうど真下にはリビングがあり、そこには一台パソコンがある。……懐かしい。中学生の頃、俺は深夜、リビングで密かに『艦これ』などといったゲームをやっていたっけな。その時、主力の一翼を担わせていたのが目の前にいる由良だった。まさか、そんな由良がここに来るなんて……。
物思いに耽っている間に由良はあるものに目をつけた。それは俺が持っていた包丁だった。由良はそれを手に取ると、まじまじと両目を見開いて観察する。動きもしない、ただ見ているのだ。その姿は何処かホラー映画の怪物のようなオーラが何処か出ている。
「提督」
由良の言葉に反応し、彼女の方を見る。その瞬間、俺の額から冷や汗が一筋流れた。目の前に包丁を突きつけられたからだ。
「提督はこれをどうして持っていたのですか?もしかしてですが……」
由良は以前と包丁を突きつけ、ゆっくり喋る。それが俺にとっては滅びのカウントダウンのようにチクタクチクタク何かが鳴っている。
「私を刺し殺すためですか?」
何も言えなかったし、体も容易に動かない。まるで金縛りにあっているかのようだ。
「沈黙は肯定とみなしますよ?」
「……」
「そうですか、なら……」
彼女はスッと包丁を引く。助かった、と思い安堵する。が、すぐに寒気が全身から込み上げてきた。それは由良が再びあの恍惚とした笑みを浮かべたからだ。
「提督を教育しなければいけませんね♪」
「はっ?」
教育?なんの……
「文字通りですよ、あなたを善良な人間にするためのものです」
俺の本能の中にある警告ランプが真っ赤になって、点滅し始める。まずい。このままだと俺は彼女に何かヤバイことをされる。その一言が脳に伝達される。
「さぁ提督、こっちに来てください♪」
由良は俺に手を差し伸べる。だが、それは何処かシューベルトの『魔王』にでてくる魔王のような甘いようで恐ろしい手だった。
「!!うっうわぁぁぁぁぁ!!!」
その手を俺は払い除け、逃げる。慌てて走ったせいか、つまずきそうにもなるが堪え、走る。
(取り敢えず助けを呼ばなくては!‼)
俺はその一心で両親の寝ている部屋の前に行く。しん、と静まりかえる部屋の前にあるドアを必死にたたく。
「父さん、母さん!ここを開けて!」
だが、応答はない。それでも必死にノックし続け、助けを求める。
「お願い早『いい加減にしろ!!』えっ?」
部屋の中から父の声がする。だが、それは何時もの優しそうな父の声ではなく、威厳に満ちた、ライオンのようなものだった。
『お前は毎度毎度ありもしないことを延々と喚き続け、うるさいったらありゃあしない!それに今だから言わせてもらうが、お前のあの家の隙間を防ぎまくっているせいで、家の見た目も悪いし、時々修復した場所で木のささくれで刺したり、角でぶづけたりするんだよ!お前は一体何なんだ!これじゃあ、お前は疫病神だ!だから、お願いだ!俺達を苦しませるような真似をしないでくれ!!』
父の怒号が外からでもよく聞こえてきた。だが、聞こえてほしくなかった。俺はその言葉で奈落に突き落とされたからだ。
(俺のした事は無駄なことだったのか?)
(ただ、俺は両親を苦しめていたのか?)
(これじゃあ、俺はまるで……厄介者じゃないか)
(これじゃあ……これじゃあ……)
音もなく、ガッシャーンと壊れる何か。その崩壊の反動で俺はその場に崩れ落ちた。涙が自然と出てくる。声は出ない。ただ目頭から涙が込み上げて流れるのみだった。
そのうち、ポンポンと肩をたたく者がいる。くるっと振り向くと、そこにいたのは……
ここは何処かの海辺に建てられている一軒の家。静かに漣をたてる海の声を聞きながら、家にいる二人の男女がいる。だが、その様子は何処かおかしかった。女性はソファでぽっこりと突き出ているお腹に気をつかいながら座っているが、男性はというと、そんな女性の膝で顔を埋めてシクシクと泣いている。
女性は男性の頭を優しく撫でる。それは聖母にも似た母性を感じさせるもののように傍から見たら、そう感じるだろう。だが、膝の隙間から見える男性の目と彼を撫でる彼女の目は底がない穴のように黒ぐろとしている。
評価感想お待ちしています。