場所:国際騎士連盟 日本支部地下
「……」
「……」
「…………」
「……………あの、父さん。お願いだから何かしゃべって……」
――――破軍学園で一波乱あったその頃、渦中の人物である黒鉄一輝は羞恥と気不味さで一杯の状態で父親と対面していた。
拉致同然に連れられて早3日。文字通りの拷問裁判に、自分を本気で破滅させてやろうという悍ましい悪意と敵意に曝され、さらには碌に水分を与えられずトイレの水道水を飲むという衛生的にも精神的にも最悪な行為を強いられるのは並大抵でないストレスを感じさせていた。加えて、外からの情報を遮断されこの状況をどれだけ耐えれば良いかゴールの見えない状況もそれを後押ししていた。
そんな状況に曝されては普段通りの思考など出来る筈もない。『敵陣のど真ん中、誰が見ているかもわからない環境で突然ステラを嫁にもらいに行く練習を始めた』のもきっと過剰なストレスが彼に取らせた奇行なのだろう。
ただでさえ一輝は幼いころから負い過ぎた痛みと苦痛で、ある意味で客観的に自分を判断することが出来ないという障害を抱えている。それ故自分がいまどれだけおかしな行動をしているのかわからず全力で練習に励んでいた。
――――ただし、その光景をよりにもよって父親に見られてしまったことだけは誰の所為でもない一輝の不幸であった。しかもこの場所で唯一悪意をはらんでいないのがこの出来事だけなのだから救えない。
「…まさか珠雫だけでなくお前も
「せいへ―――ッ!?僕は至ってノーマルだよ!あんな記事書かせておいて何言ってるの!!」
幾ら再会がアレだったからといって、10年以上顔を合わせていない肉親に変態呼ばわりされるのは大変遺憾である。尤も、10年ぶりなのは巌も同じであり他の判断材料を持たないので仕方ない所もあるのだが。
――――それからさらに数分後、ようやくパニックから解放された一輝達はぽつりぽつり話し合った。その中には信じられない様な内容もあった。父は誰に言われるでもなく世間体を気にした訳でもない、自分の意志で会いに来てくれたのだということ。そして何より、自らの足跡を『大したものだ』と言ってくれたのだ。他でもないこの人が、あの自身を苛むだけでしかなかったあの家の頂点が自分の闘いを誉めてくれたのだ。まるで人生で初めて血が通ったかのように『嬉しさ』という温もりが一輝の心中を駆け巡っていた。
……やはり今の彼は酷く摩耗していると言えるだろう。もし万全の状態であれば即座に疑問に思った筈だ。ならばなぜこんな企てを起こしたのだ、と。何故今も尚自分の道を閉ざそうとするのか、と。しかし今の彼はそこに思い至れない、故に自ら追い詰められに行ってしまった。
『僕が、七星剣武祭で優勝できたら、その時は僕を……認めてくれませんか?』
その一言を伝えた時、巌は唯無言であった。表情は先程と寸分たがわぬ無表情のまま――――の中に微かに憐憫が混ざっていた。
「……なるほど。ずっとわからなかった、お前が何故黒鉄の家を出ておきながらこの世界に残り続けているのかを。伐刀者でなくとも生きていける世界に行かなかったのは、『自分を認めてほしかったから』なのだな?」
一輝はその問いに是と答える。無論それが今日に至る全てという訳ではないが、しかしその思いに間違いはない。だからこそ今まで唯愚直に強さを求め、そして学生騎士とはいえ最高峰のAランク騎士にすら土を付けた今の自分ならあるいは、と。しかし、彼の希望は父の言葉で根底から覆されることとなる。
「ならば、その願いは根本からずれているぞ。私はお前を、息子として認めなかったことは一度もない」
「―――――――え?」
常在戦場に身を置いている一輝にとって有り得ないほど反応が遅れてしまった。いや、脳が今聞こえた情報の処理を拒んだ、といった方が正しいだろうか?
「う、嘘だ…ありえないッ!!ならどうして父さんは僕に何もしてくれなかったの!?伐刀者としての力の使い方も、武芸の稽古も!!それから、それから……」
――――――どうして父さんは僕を救ってくれなかったの?
しかしその一言は、自分自身ですら叶わない事と放棄してしまったために口に出すことは出来なかった。
「……どうしようもなかったから、唯それだけの事だ。お前が『何も出来ない』ことも、『強くなってはいけない』ことも………それ以外の事もな」
「ど、どういう…こと?」
―――父は語る。超人たる伐刀者を『ならず者』ではなく『騎士』へと留めるためには秩序が必要であり、黒鉄家ひいては国際魔導騎士連盟はそれを伐刀者ランクに委ねている。それが絶対的なものではないとしても、覆すことはほぼ不可能であるという信頼がその秩序を保っている。
しかし一輝の様な若人が傍若無人にそれを踏み越えてしまえばどうなるか。今まで下に見られてきた者たちが『自分にも出来るのではないか』と不毛な夢を見だしてしまう。ただ妄想するなら無害だが、本来あるべき立場を不相応だと喚きたて秩序を乱すのであればそれは体制への反逆に等しい。
さらに悪いのは、一輝の様な例外によって秩序の信頼が失陥してしまうことだ。『伐刀者ランクなんてものはあてずっぽうの役に立たない指標である』などという思い込みが蔓延し皆が無視すれば、秩序は崩壊し騎士はならず者へと成り果てる。だからこそ一輝のような存在は『何もすべきではない』と説く。
「―――確かに父さんの言っていることは間違ってないと思う。でも人間は
しかし一輝は父の言葉に理解を示しながらもそれに反抗する。反骨心が芽生えた人が努力を重ねるのは当たり前の話で、自分は目の前でその光景を一年間見続けてきた。彼は秩序を破っているのではなく、単にその努力が上位者とやらのそれを上回っただけの事だ。
例外の増加は何も当事者たちだけが原因ではない。制度そのものが現状に即していないケースも少なくない。況してや、上意下達を忘れ皺寄せを下に強いる制度に待っているのは腐敗だけだ。以上の事から、父の発言は断じて努力する人間の頭を抑える免罪符にはなりえない。
「それはお前が知る必要の無い事だ、と言いたいところだがそれを理由にしがみ付かれる方が問題か。
―――特別に教えてやる。お前の様に『出来ない』者を押さえつけるのは上の者を守る為ではない、寧ろその逆だ」
「…何を言ってるの?僕がこれまで歩んできた道が父さんの庇護…?ふざけるなッ!?」
「ふざけてなどいない。確かにお前が先ほど言った流れは世間一般ではその通りだろうな、だが伐刀者の世界では別だ。何故なら、この世界の頂点にとっては伐刀者の限界など
「……?何を―――ッ」
「これ以上の事は詮索は無論、口に出す事すら許さん。何せ国家機密にかかわる事だからな。お前はただ、限界に至ることが厄災を招くとだけ知っていれば良い。…話を戻すぞ。本来であれば『出来ない』者がそこに至るなどまずありえない。普通はそこに辿り着くより先に心が折れる、それに第三者も非才にそこまで費やすより天才に賭ける方が遥かに可能性がある。
だが、もしそんな者達でも『限界』に至れると世界に知られればどうなると思う。たとえ本人の心が持たなかろうが、努力を放棄しようが無理矢理そこへ連れて行けるだけの力が伐刀者にはある。現に私も、少数ではあるがそういったことが可能な伐刀絶技を見たことがある。
その先にあるのは秩序どころか、世界の崩壊だ。格下とされてきた人間は『厄種』として生まれ変わり、途方もない力で世界を刻み続けるだろう。若しくは伐刀者の価値基準が逆転し、押さえつけられてきた抑圧が一気に爆発してしまうか。
……
―――今日この日、一輝は生まれて初めて父の本心を理解できたのだ。しかしそれは彼にとってあまりにも残酷なことであった。何せ自分が今日まで血反吐を吐きながら磨き上げてきた全てが、それこそが父に『排除』の二文字を口に出させた原因だというのだから救えない。しかもこれは勘違いだの期待に応えられなかっただのという次元の話ですらない。
今までどんな苦痛が待ち受けてきても決して歪むことのなかった何かが、音を立ててきしみ始める。後一言追い討ちが来れば間違いなく崩れ落ちるだろう。しかし―――――。
「(僕は、この人にとって、なんだったんだろう?でも、もしそうならきっと僕とこの人とっくに――「だが、」――――え?」
「――――こうして話してようやくわかった。お前は
ぽつりと呟くように言われた一言、それは先程とはまた違った方向で一輝の気持ちをかき乱していく。尤も今の彼に真面に思考する力が残っているかは怪しいが。
「お前が中学生になる前に姿を消した時、私はお前が自分の才能を生かせる道を探しに行ったのだと思っていた。だからこそ中学を卒業するまでの資金を用立て門下の人間に監視以外一切の接触を禁じた、邪魔になるだけだからな。…報告を聞くだけでもお前は十分人に誇れる才能を携えていた。
最低限の資金をうまく融通し自らを磨くための費用を捻出する甲斐性、相手の機微を掴んでの交渉術、剣の腕は部分的には
…一輝、私からも一つだけ質問を返すぞ。何故お前はこれだけの才を持ちながら、誰もが蔑んだ『霊装』を選んだ?お前を他の道へ誘おうとした人間はいなかったのか?」
「―――僕が…この道を選んだ理由……?」
ただ反射で反芻したように呆けた表情で答える一輝。そういえばどうしてこの道を選んだったか、自問した先に出てきたのは一つの思い出、そして生まれて初めて自分を肯定してくれたあの言葉。
『―――その悔しさの粒はまだお前が自分を諦めてねぇ証だ。それを捨てんじゃねぇぞ、諦めない気持ちさえあれば人間は何だってできる。何しろ…人間って奴は翼もないのに月まで行った生き物なんだからな』
―――それを思い出した時、ぐちゃぐちゃになっていた心が鎮まっていくのを感じた。そして自分が何故血反吐を吐きながらもこの世界にしがみ付いているのか、その夢を思い出した一輝は、先程とは打って変わって真っ直ぐ芯を持った瞳で父親を見据えた。
「――――僕が自分の
まだ本調子とは言えないが、それでも今なら父や此処に居る連中に醜態を晒さずに済む位に落ち着くことが出来た。もしかしたらこれで愛想を尽かされて最期の会話となってしまうかもしれない、そう思ったら悲しむより先に、後悔しない様思いの丈を伝えようと口にする。
「それに僕がこの道を続ける理由は夢だけじゃない。こんな僕なんかを好きになってくれた子がいてさ、僕の所為で無茶をさせたり何度も泣かせて、それでも僕のこれまでを肯定してくれたステラと約束したんだ!頂きを巡る最後の闘いに二人で立とうって。そのためならどんなことでもする、例え貴方と訣別してでも!!」
「……そうか」
決意を示すため、あえて『父』とは呼ばなかった。…自分は親不孝な息子だと思う、やり方は賛成出来ないが父の言ったことは決して間違っているとは思わない。でも自分は絶対にこの道を譲ることなど出来ない。
きっと父はこれまで通り鉄血の理性を持って自分を突き放すだろう。今度は本当に親子の縁を切られるかもしれない、そう身構えていると……。
「――――今の言葉で確信した、やはり例外を許してはならないとな。誑かすだけならまだ良い、しかし超越者の言葉は唯人から選択肢すら奪う。例え当人がこの世から消えても、残した言葉が全てに優先されていく、まるで宗教だな。
……それにしても不愉快な男だ、残骸に怨念を残すだけでは飽き足らず、孫すら毒牙に掛けたか」
「と、父さん……?」
―――いったい今日は何度驚けばよいのだろうか。この人が訪れてから一度も予想と現実が一致していない。ついでに言えば『生まれて初めて』と上についてくるものに今日だけで幾つ遭遇したのだろう。
先程まで、自分が感情をぶつけても眉すら動かさなかった父が今ははっきりとわかるほど怒りを滾らせている。それも、元凶が目の前に居れば殺してしまいそうなほどの憤怒を。この人もこんな顔をするんだ…などと場違いなことを考えていると、はがれた能面を被り直す様に無表情に戻った巌は唐突に席を立った。
「話はここまでだ。お前がそこまで言うのであれば私はもう何も言わん、好きにするがいい。……ただそうだな、これ以上引き延ばすと事後処理に支障が出る。報道関係には私の名前で差し止めをしておこう」
一輝の返事を待たずに退出していく巌。それを呼び止めることもせずハトが豆鉄砲を喰らったような表情でそれを見送った後、これまた別方向に混乱し始めた一輝は一人考え始める。
「―――何だったんだろう、頭が全然付いて来ないよ。でも何かがおかしい、てっきり父さんは伐刀者以外の才なんて興味ないって……だけど色々誉めてくれてたな、混乱しててほとんど覚えてないけど。監視がどうとか言ってたけど僕の事意外と知っててくれたんだよね、それもつい最近の事まで」
理解に苦しむ面も多々あったが、想像と大分違った人だった。自分に何の関心も持っていないと思っていた、伐刀者として無能だから疎まれていると思っていた、憎まれているのではとすら思っていた。しかしそのどれでもなかった。どうしてこんなにも食い違っているのか。
「うーん、この違和感は一体……いや、そうか!
突然開かれた扉に驚いて視線を向ける。知らない内に随分考えに没頭してしまったらしい。現れたのは数時間前に散々見た顔だ。査問会に居た『倫理委員会』のメンバーの一人で横に旅行ケースを転がしている。別段興味が無かったので顔は覚えなかったが目の前に居る男は別だ。自分の下腹部や顔に
「夜分遅くに失礼するよ。長官とは随分長く話していたようだな、お陰で随分待たされたよ」
「……何の御用ですか?ここにはあなたが来る理由なんてないと思うんですが」
「いやいや、これは立派な公務でね。先ほどの様な格式ばった場では緊張して言いたいことが言えなくなる人は少なくなくてね。しかし自室で、それも二人っきりの状況でなら少しは君も素直になれるのではないかとね。赤座委員長の許可は得ているし、ここに入っているのは君をリラックスさせるための道具だから安心して良い。あと、勿論わかっているとは思うがくれぐれも
後ろ手に鍵を閉め、下卑た笑顔を浮かべながらゆっくりと近づいてくる。それを見て一輝は恐らく人生で一番と言えるほど顔を顰め――――しかし近づいてくる
「―――それは、随分仕事熱心ですね。ところで………
ここまでご覧いただきありがとうございます!感想・質問等いつでも大歓迎です!!
次話はやっとドンパチに入れそうです。ところで、今更なんですが活動報告でリクエストとるのって大丈夫なんですかね?