豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ   作:章介

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第十一話

 

 

 

場所:騎士連盟日本支部 地下

 

 

 

 

 

「――――何の冗談だ?私とは先程あったばかりじゃないか、あんなに熱心に見ていたというのに覚えていなかったとは」

 

 

「冗談を言っているのはそちらでしょう?確かに変装や幻覚ではないみたいですが、呼吸の間隔や笑みを浮かべるときの角度が全然違います。それに、右手の人差し指と中指が不自然に隙間が出来ていますね、煙草か葉巻を嗜む様ですが先程会った時は一番離れた席で吸われても眉を顰めていましたよね?しかもペンを握っていたのは()だった筈です」

 

 

 他にも幾つか挙げようと思えばできるが、これだけ食い違っていれば別人としか思えない。ただし観察した限りでは皮膚は人工ではなく、この施設では魔力を行使(・・)した瞬間警報が鳴るシステムが導入されているので変装や幻覚の類の伐刀絶技という線も有り得ない。従っていまどのような絡繰りが使われているのが一切不明なのだ。

 

 

 

「―――――なるほど、聞きしに勝る観察眼だね。よくもこんな敵地でそれだけの視野を保っていられるものだ。あの人が気に掛けているだけは有る。ああ、そんなに警戒しないでくれ、僕は唯様子を見に来たのとこれを渡すよう頼まれただけだから」

 

 

 突然恰好を崩した目の前の男は、壮年でありながら青年の様に若々しい振る舞いに代わり、楽しそうに笑みを浮かべると旅行ケースを漁り始める。

 

 

男が格好を崩した途端、一輝は不思議な感覚に苛まれた。先程まで張りつめていた警戒がまるで無理やりこじ開けられるかのように霧散()()()()()のだ。今ではもう古い知己の様にすら感じている始末。

 

 

「(―――ッ!?この感覚、前にどこかで…?)……おにぎりにヴぃ○インゼリー、スポーツドリンクとサンドイッチ。なんですかそれは?」

 

 

「何って君の明日からの飲食物だよ、このケースクーラーボックスも兼ねてるから安心してくれ。何せここの食べ物は明日から食べれなくなるから。ああ、別に飲み物以外も出てこなくなるわけじゃないよ、薬物が混入されるだけで」

 

 

 ケースから見え隠れした物に疑問を感じ尋ねると、何でも無い事の様にとんでもないことを言われる。詳しく聞くと、薬物とは大戦期に使用されていた自白剤で後遺症の類はないが、翌日検査しても一切引っかからないという厄介な代物である。

 

 

「……彼らは此処まで来たら何でもやる。それは分かって居た筈ですが思い違いだったようですね。そんな直接的な手を使うなんて」

 

 

「いや、実はこれでも相当マイルドになったんだよ?赤座とか言うのは最初、水や食料に溶かせる“麻薬”を使う心算だったそうだ。中毒症状や禁断症状が出れば常習犯と断定して資格を剥奪、後は『学生を誑かした麻薬密売者』をでっち上げて御尊父にテレビの前で嘆きの一つも見せれば、スキャンダルはいつの間にか学生を襲った悲劇的な事件にすり替わって一件落着って所だ。仮に上手くいかなくても一生残る後遺症を植え付ければ七星剣武祭への出場は不可能だから憂いなしって寸法だね」

 

 

「な――――ッ!?」

 

 

「まあ事前にストップがかかったから安心して良い。君のお父さんと、後は別ルートから圧力が掛って白紙になった。同志戦友直々だからまず反故にはしないと思うけど、念のために確認しに来たんだ」

 

 

 騎士連盟が予想以上に無法地帯となっていることに戦慄する一輝。はたして彼らの何割が父の理念を理解しているのか…、いつか父が後ろから刺され(裏切られ)ないかとつい心配になってしまうのも致し方ない事だろう。

 

 

 

「―――それで、確認のために態々そんな回りくどい方法を取ったんですか?それに、こんなものを用意したのなら確認する必要なんてなかったんじゃ……」

 

 

「うん、それは僕個人からの下心とお節介といったところかな。何となく君にはシンパシーを感じるし出来れば万全に居てもらいたいしね、まあ多分無駄になると思うけど。あとこの変態を使った理由だっけ?別にやろうと思えば直接此処にまで来ること位訳無いけど、少なくともあと三日はここに近づきたくないかな。復讐鬼の巻き添えなんて御免だよ」

 

 

「……まさか、春雪が?いや彼ならこの機を逃すはずがないか」

 

 

「そういうことだ。僕としてはあの人の気持ちも分かるけど、あんな()()()()()()()の為に罪人扱いされるのは困るんだよね。だから君には頑張ってほしんだ……おっと、もう時間か。そろそろ限界だしこの変態を片付けてくるよ」

 

 

「あッ!ちょ、まだ聞きたいこと――――」

 

 

「ん?男色家のひひ爺とキャットファイトがしたいの?」

 

 

「全力で拒否させていただきますッ!!」

 

 

 つい条件反射で返事をしてしまい、慌てて呼び止めようとしたが既に姿を消してしまっていた。まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、これ以上は藪蛇になりそうなので大人しくケース内の栄養食を咀嚼する。恐らく問題ないと思ったがやはり妙なものは混入されていないらしい。

 

 

 

「……まともな飲み物を口にしたの何日ぶりかな?確かに、碌に栄養も取れてないのに春雪と闘うなんて自殺行為だ。けど――――」

 

 

 …勝てるのだろうか?いやそれどころか、この身を賭けたとしても父を死なせずに済むのだろうか。

 

 

恐らく春雪は鏖殺するなんてことはしない筈だ、勿論甘さや優しさじゃなく単純に面倒だからだ。自分に関わった人間を選別することも、余計な憎しみを向けられるのも。ただし、一人だけ例外が居る。

 

 

―――黒鉄 巌。一輝に関する全てのトラブルの元凶である彼だけは彼の報復からは逃げられない。なぜなら彼は組織のトップたる長官であり黒鉄家の当主なのだから。例えあの一件に直接かかわって居なくとも、彼の『一輝を卒業させるな』という命令により派生した結果だというのなら最終的に責を負うのは当然の話だ。

 

 

加えて、巌を消してしまえば黒鉄は間違いなく破綻する。日本政府が今まで黒鉄家に配慮してきたのは騎士社会の秩序を江戸時代以前から守ってきた実績と、巌が継いできた『鉄血の掟』への信頼故だ。政府や秩序に牙を剥かないからこそその特権は多少逸脱しても黙認されてきた。

 

 

しかしこれからは違う。仮に巌が倒れれば間違いなく後継者騒動が起きるが長兄は事実上の放棄、珠雫も今の状況では放棄しかねないしとてもではないが傀儡に出来るタマじゃない。一輝は勿論論外だ。

 

 

となれば後継者不在による『当主代理』を決めることになるが、今日見てきた倫理委員会を見るに、秩序の内側などという理性が働く見込みはまず無く骨肉の争いに発展するだろう。

 

 

そうなれば政府ももう遠慮はしない、『現代の黒鉄家に秩序を預かる資格はない』とみなし嬉々として目の上のたんこぶを排除するだろう。唯でさえ今回の件で政府とマスコミの顰蹙を買っているのに恥の上塗りをするのは致命傷だ。全てを失った春雪の一手が巌の後生大事にしてきた掟の全てを淘汰する、意趣返しとしてこれ以上ないだろう。

 

 

「……いつかこんな日が来るのは分かってた。けど、やっぱり僕は父さんを殺させたくない」

 

 

 昨日までは、多分どこかで諦めていたんだと思う。あれだけのことをしたんだからその結果がどうなろうとも自業自得だと、それに試合ならともかく『戦争』をするつもりの春雪に勝つ手段など思いつきもしない。しかも向こうからの奇襲という絶望的な状況で、だ。

 

 

 しかし今日一輝は知った、知ってしまったのだ。父の本心を、決して自分が憎くての行動ではなかったのだと。まあ『アレ』で愛情を理解しろと言われてもかなり難しいのだが、言葉の端々から自分を見てくれていたと分かったし、自分が訣別を覚悟して啖呵を切ってもあの人から縁を切るとは言わなかった。だからだろうか、いつかお互いの道が交わる日が来るんじゃないかと希望を抱いてしまったのだ。しかしこのままではその日は永遠に失われてしまう。何か方法はないかとドリンクに手を伸ばしながら一輝は必死に考えを巡らせる。

 

 

 

 

 しかし現実は非情である。全てが遅きに逸した、始まりの号砲は地下十階にすら響き渡る地響きにより齎される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:立体駐車場

 

 

 

「……今日で丸三日か。まだ学生なんだろ?大の大人が寄ってたかってよくやるよ」

 

 

「シィッ、聴かれたらどうすんだ!俺達下っ端は上の言うこと聞いときゃ良いんだよ。……まあ胸糞悪くは有るがよ」

 

 

 ―――黒鉄の門下であれ、その全てが中枢に賛同しているわけではない。伐刀者は千人に一人の才であり、親が伐刀者であれば確率は高くなるがそれでも非伐刀者は一定数生まれてくる。勿論伐刀者至上主義者からは軽んじられており、そういった背景から半端な所為で自分達より辛い境遇にある一輝には寧ろ同情的ですらあった。ただ、一輝が当主の息子ということで末端の彼らと繋がりが無かったのは幸か不幸か。

 

 

「―――ったく、それにしてもこんな時間まで警備なんてついてねえな」

 

 

「しょうがねえよ、こういうトラブルが起きると犯罪者やテロリストが暗躍しやがるからな。しかも今回はどう見ても理不尽だし、しかもこの前『解放軍』のテロ潰した一人だろ?食指が動いても仕方ないさ」

 

 

 統計学的に追放された元騎士は、その殆どが犯罪者に堕ちるという。しかし何も一人でに落ちぶれて犯罪に手を染める者ばかりではなく、辣腕をふるう悪の幹部が手引きすることも少なくない。なのでそんな連中対策に警備が増員されているのだ。尤も、上は寧ろそんな連中が現れてくれれば無理矢理一輝との繋がりをこじつけられると思っているに違いない。何せ警備は全員非伐刀者(捨て駒)なのだから。

 

 

 そんな状況に腐りながらも業務時間を終え外に出てきた二人であったが、不意に違和感を感じた。この季節にこの時間だと丁度ここからいい具合に月が遠くに見えるのだ。ところが、今日はそれが見えない。空は雲一つない夜なのに、と気まぐれに空へライトを向けると、()()は姿を現した。

 

 

 

「――――は?お、俺は夢でも見てるのか……?」

 

 

「そらに、城が浮いてる……?」

 

 

 ―――それは城と呼ぶには少し小さいかもしれない。しかし夢物語から飛び出してきたかのように威厳を湛えるそれは、実物以上の存在感を放ち見る者の目を離さない。

 

 

 それは五秒後か、それとも数分後か。言葉を失っていた彼らは不意に城の下部から降ってくるものを見つけた。それは人のように見えた。いや、液体のようだと。いやいや、それは煌々と赤いから火の塊に違いない。

 

 

 ―――――答えはそのどれでもない。それは巨人だ、全身を紅蓮に輝かせた意志持つ溶岩が人型を得た姿なのだ。

 

 

 アウターシリーズNo.4『地母神の血脈(テュポーン)』、自らの構造を一瞬にして意のままに造り替える伐刀絶技を持ったマグマの巨人は、重力に従うまま立体駐車場を抱擁する。粘性が高い所為か落下音は響くことなく一瞬にして駐車場は欠片も残さず消滅していった。

 

 

「な、あ…ああ、あいつらは、今上がって行ったあいつらはどうなったッ!?」

 

 

「落ち着いてあの化物の足元を見ろ!溶けてねえってことは多分話に聞いた『幻想形態』って奴なんだろ。そいつが幸いかは別だが……」

 

 

 どうやら溶岩に包まれる形になった所為か落下による負傷は見当たらないがこの場合死ななかったのが一概に幸運とは言えない。一瞬で死ぬか、自分が蒸発する苦痛を記憶に焼き付けて気絶するのか、どちらを望むかは意見が分かれる所だろう。

 

 

「と、とにかく本部に連絡だッ!!本部、こちら立体駐車場!敵性勢力が出現!!敵の規模は――――『ズズンッ!!!』―――ヒィッ!!何が……ッ!!?」

 

 

 そうこうしている間に一体を更地に変えた巨人は立ち上がり、12メートルを超える巨体は軽々とビルの頂上へ手を伸ばすと屋上を非常用のヘリ諸共蒸発させた。その後は用が済んだとばかりに突然姿が掻き消えた。通信していないもう一人がそれに目をむきながら辺りを確認していると、突然轟音が響き渡った。

 

 

 そこにあったのは巨大な建造物だった。先ほど空中で見た城ではなく、今度のそれはまさしく堅牢な要塞といった有様である。恐らく先程の巨人は脱出手段を潰すだけでなくこれを下すために派遣されたのだろう。

 

 

 

 アウターシリーズNo.2『不洛要塞(フォートレス)』。キメラの十倍以上を誇る装甲強度に無数の砲門、地上より少し上で呼び出しての圧殺等、その脅威を挙げればキリがないが、この要塞の最大の目的は――――。

 

 

 

「―――『バキンッ!!』――なッ!?騎士が百人魔力を放出しても壊れない筈の検知器が!ま、まさかあれは……魔力を精製しているのか?それも規格外な量を…!?」

 

 

 ――――そう、この要塞最大の目的は中枢に設計された超弩級の魔力炉心である。自分で魔力が用意できないのなら用意できるものを作ってしまえば良いという設計思想の元、10年の時をかけて生み出されたそれは、無尽蔵に主へと魔力を提供し有り得ないほどの軍勢をも維持してしまえる。勿論使役するにはそれだけの魔力を使い熟す制御力も必要となるが、当然それも対策済みだ。要塞には、それを統べる司令官が君臨しているものだ。

 

 

 かくして要塞の門が開かれる。さながらそれはパンドラの箱が如く、若しくは人類を捌く第六のラッパの方が近いか。雲霞の如く列を成す騎士甲冑が押し寄せ、それでも足りぬと飛行物体が飛び立ち溶け落ちた天井へと兵を降下させていく。

 

 

「―――報告!敵は、敵の規模は推定一個師団以上!!繰り返す、敵は一個師団以上の軍勢をもって支部へと進撃している!!」

 

 

 

 

 ――――ここに、日本にとって大戦後初の戦争が勃発した。

 

 

 

 




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