「――――駄目です、敵、依然進行中!!既に地下8階まで陥落しています!!」
「な、何をやっているのだ!貴様らはこの国唯一の対伐刀者法治機関であろうが!!ここで我々が敗れるということは、この国にはその狼藉者を誅す力はないと喧伝するも同然だと分かっているのか!!」
「し、しかし既にこの支部が誇る最精鋭は、前線にて連絡が途絶しております。彼らが勝てないのではあれば、もはや残存戦力での勝機は絶望的です。こうなってはもはや、外部に救援を要請するしか――――」
「馬鹿者ッ!!貴様らに誇りはないのか!?KOKの連中は確かに連盟に所属する騎士だが、法治機関が半民間人の奴らに縋ったなどとなれば我らの存在意義が根底から崩れることになるのが分からんのか!!」
戦端が開かれて僅か20分、その短時間で既に趨勢は決していた。残っているのは後方支援を主業務とした騎士達とVIP、後はこの有事にも拘らず務めを果たそうとせず大口を叩くだけの腰抜けと
一部の腐敗勢力は例外として、この国で唯一伐刀者に対して司法権を行使できる連盟日本支部、その精鋭たちは現役のKOKランカーに比する実力者ばかりである。そんな彼らが、黒鉄一輝より数枚劣るポーンに後塵を拝する等本来は有り得ない。例え甲冑型であっても彼らであれば戦線の維持はおろか、戦端をこじ開けることすら出来る実力を有している。
しかしそれは春雪だけで指揮している場合の話だ。今この戦場には要塞の主にして、創造主より万の軍勢を預かる常勝の王が居る。
『キング』の席に君臨する唯一の霊装『
そんな唯でさえ絶望的な戦力差に拍車が掛っている状況に追い討ちを仕掛けているのが『不洛城塞』だ。超弩級の魔力炉心に主から転写された製造能力が加わることで、本来即時修復が不可能な甲冑型であっても一瞬で再生し戦場へと投入し続ける。破壊した端から復活する不死の軍勢は、日本男児の誇りを携える精鋭の士気すら挫き春雪の術中へと嵌らせていった。
初めから最大戦力である『ラウンズ』と『クィーン』を投入せず数で攻めた最大の理由は、彼らに突破を諦めさせ地下へと押し込むことにある。春雪にとって最悪なのは、精鋭たちがVIPを伴って四方へと分散し血路を開かれること。ここら一帯は連盟の私有地であり滅多なことで部外者に干渉される場所ではないが、下手に騒ぎが広がれば水を差される可能性は跳ね上がってしまうからだ。
「~~~~ッ!ではどうすると言うのです!?既に残存勢力は3割を切り、その全てが今この瞬間も戦っているんです!僅かでも時間を稼ぐために!!喚く暇があったら打開策の一つでも考えてくださいッ!!」
「なッ!?貴様誰に向かって物を言っている!所属と名前を言え、私の手で左遷させてやる!!」
しかしそうとは知らぬまま彼らはドツボにはまっていく。唯でさえ劣勢なのにも関わらず、状況を理解できない人間に足を引っ張られ思うように動けない彼らは、とうとう壊滅まで秒読みというところまで来ていた。
「―――鎮まれ。ここで仲間割れをしても時間の無駄だ」
「おお、御当主様!なぜこのような場所へ引き返してこられたのですか!?緊急避難用のプラットフォームに向かわれた筈では……」
「地下線路は破壊されていた。痕跡から察するに、下水路を伝って探り当ててきたようだ」
「そ、そんな!?で、では我々が脱出する手段はもう……」
――――すわ、決戦を前にして内部分裂かというところまで険悪化していた司令部は、しかし姿を現した黒鉄 巌の一言で鎮静化する。しかしそれは状況の改善までは齎さない。何故なら彼が此処に舞い戻ったということは全てが手遅れだという証明に他ならず、今まさに命がけで戦っている彼らの犬死が決定した瞬間でもあるのだ。
「――――そんなことはもはやどうでも良い。状況はどうなっている?」
「……は。監視カメラおよび特殊サーモグラフによると、敵の総数は約3万。しかし我々が施設に立て込んでからは、勢力の9割はその場から動かず封鎖を行っております。しかし侵攻してきた7体の敵性勢力により部隊は7割以上の損害を出しております。不幸中の幸いですが、敵は全て幻想形態をしようしており死傷者は出ておりません。尤も、生き残った中の何人が復帰できるかは不明ですが……」
「長官、こちらを!辛うじて吸い出せた監視カメラの記録です」
~~~~~~~~
――――地上一階。
『A~D隊は方陣を組め!残りは予備隊として階段を死守、状況が悪化し次第突入し仲間の後退を支援し戦線を下げろッ!良いか、長官が脱出するまでの間何があっても最下層まで行かせるなッ!!』
『『『了解ッ!!』』』
およそ15分前。敵の強烈な圧力に押されはしたものの、未だ意気軒昂を保ち戦線を構築する精鋭たち。ほぼ全員が幻想形態による精神的ダメージを負っているが、まだこの時は軽傷と言える状態であった。ところが―――――。
――――――サンッ。
『―――――は?』
――――幻想形態特有のエフェクトが一閃横切った瞬間、最前列に居た5人が崩れ落ちる。それに反応する暇さえ与えず一閃、また一閃と煌めくごとに人が崩れ落ちていく。姿の見えない下手人に戦列は崩れ、鎮めようとした人間がその瞬間切り伏せられ続けることで恐慌は加速していった。
ラウンズが一柱『ヴェイン』、あの夜叉姫をして対人最強と言わしめた『狩人の森』と似て非なる伐刀絶技『百中の不意打ち』はその前評判に違わぬ暴威を見せつけ、鋒鋩の体で撤退した騎士たちはこの時点で半数が脱落していた。
やがて完全に沈黙したフロアに姿を現したヴェインは、しかし地下へは向かわず1階の確保を受け持つ。そして後から侵入してきた6機と一人は、悠然とその足を進めていく。
―――――3階。
何とか守備隊と合流した残存部隊は再び陣を敷く。逃走途中に無線で連絡を取り、守備隊が携行用特殊サーモグラフィーを用意できたことが彼らに落ち着きを取り戻させていた。
対人伐刀絶技はその特性上、人が行えない行動に対して弱点を持っている者が多い。特に迷彩系に関しては酸素を取り込む都合上空気の流れで探知することは出来るし、『魔剣』の類は人本来の間合いであるクロスレンジの外に居られては無力化される可能性が高い。それ故様々な方法で対象を感知する特殊サーモグラフィーならば先程の下手人を捉えられる可能性が高い。加えて、展開できる数に限度がある廊下であれば数の利を大きくそぐことも可能だ。
しかしこの装備にも弱点は存在する。視界を覆う防具というのはどうしても死角を生じてしまい、例えば今まさに飛来してきている視界すれすれの短刀に対応できないケースは珍しくない。
『ぐあッ!?』
『た、隊長!」
『取り乱すなッ!傷は浅い、この程度なら動きに支障はない。そら、来たぞ!!』
階段と天井の境ギリギリからの投擲、その下手人は在り来たりな甲冑を纏った人型であり、ともすれば先程までの大兵団に交じっても区別がつかないほど平凡な細工である……肩に掛ったマントと返り血を模した赤褐色の塗装が無ければ、だが。
その一体は両手に武器を持たず、無人の野を歩くがごとくゆっくりと歩を進めている。慢心か、それとも余裕からかは判別がつかないが絶好の機会を逃すはずもなく隊長は一斉掃射の合図を送る。
この細い一本道でなら刃物より重火器または銃器型の霊装の方が遥かに有利である。しかも遮蔽物は一切なく、対伐刀者用に強力な重火器が配備されているため殲滅できる可能性は決して低くはない。
――――ところが隊長が合図したにも拘らず、発砲音は一つも鳴らない。訝しんだ隊長が振り向いた先に見た光景は、まさしく地獄絵図であった。
そこに居た殆どが立ったまま気絶し、僅かに意識を残した者も壮絶に表情を歪めたまま喉元に手をやった姿勢で固まっている。中にはその苦痛に耐えきれなかったのか、自決用の拳銃を手に持ったまま気絶している者すらいる。
――――言うまでも無く目前の甲冑の伐刀絶技である。ラウンズシリーズ:モルドレットの『災禍の種』は刀身に浴びた血液の模倣品を魔力で複製し、ミクロ以下の極小に加工し散布する能力である。そうしてばら撒かれた種は他者の汗腺や目および口から侵入し血液と同化、その後凄まじい呼吸器障害を発生させる。並の武芸者では瞬時に気絶し、仮に意識を保てても呼吸を奪われてしまえば身動き一つとれずにされるがままである。…複製元の人間を除いて、だが。
しかしたった一人で叶うはずもなく、半狂乱となった隊長は成す術無くモルドレットに叩き伏せられる。精鋭部隊は鎮護の部隊を残して全滅することとなった。
――――五階。
ある意味、この階層は3階以上に凄惨を極めることとなった。それは追い詰められていく現状に耐えきれなくなった黒鉄の汚点達が飛び出していったことだけでなく、この階を任されたラウンズに原因がある。
『くそ、この出来損ないg――『ザクッ』――い、ぎぁ『ザクッ』――アアアアァ『ザクッ』―――あ、ぁぁ………『ザクッ』―――――』
『な、なぜお前がここに…いや違う、貴様は一体―――『スパンッ』――――』
『ひいいいッ!!?た、助けてくれ!俺が悪かった、この通りだ!!だ、だって仕方がないだろッ!?当主様の命令に逆らうなんて出来なかったんだ!い、いいいいやだいやだいやいあやいああああああァ―――『ザクッ』―――』
正気を無くした彼らの前に立ちふさがったのは、彼らが『出来損ない』と嘲ったとある学生騎士と瓜二つの姿をしていた。それ故に彼らは現実が見えないままに飛び込んでいき……そのまま成す術もなく切り刻まれていった。
ラウンズが一柱『八重垣』。白髪に浅黒い肌を除けば一輝と瓜二つの姿をした、無機物とはいえ春雪が唯一『ヒトと同じ造形』で創った駒である。一輝と同じ造形なのは特に深い理由はなく、協力者として隅々まで調べつくした唯一の教材だったというだけである。尤も、本人のトラウマである強力な魔力と伐刀絶技を持った影法師を本人の前で創ったのは悪趣味としか言えないだろうが。
髪の一本から質感まで完全に再現されたそれは、『細工と技術を注げば注ぐほど強力になる』という春雪本人の伐刀絶技の恩恵を最も強く受けており、それ故単純な性能ならラウンズ屈指となっている。
さらに、銘と同じ伐刀絶技『八重垣』は『自らが切り裂けるものであれば刃への干渉を取捨選択できる』というもの。分かりやすくいえば以下の2通りの使い方が出来る。
1・肉や神経を『切らない』で骨や感覚のみ『切る』ことが出来る。これだけであれば幻想形態と変わらないが、大きな違いは一定以上のダメージで起こる『意識のブラックアウト』が起きない点である。つまり気絶させることなく延々と切り刻むことが出来るのである。
2・ただひたすら『邪魔になるもの』を透過することが出来る。切り裂けるという前提が必要だがありとあらゆる防御を、例え霊装であっても『干渉させない』ことですり抜け本命の身を切り裂く防御不可の斬撃を可能とする。さらに、大気に対して『干渉させない』ことで空気抵抗を完全に遮断し神速の剣閃を放つことも出来る。
この能力に加え、春雪から『一輝への侮辱を行った奴は、殺してくれと懇願するまで骨を刻み続けろ』と前もって指示を受けていたことが災いし、この階に居たほぼ全ての人間が再起不能になるまで刃の餌食となった。
起不能になるまで刃の餌食となった。
しかし、この階での春雪の『遊び』に浪費した時間こそが、今現在も防衛線が残っている最大の理由である。ましてや最も長く時間を稼いだ人物が、日ごろの行いの所為で誰にも起こして貰えず逃げ損ねた『赤座 守』だったのは皮肉としか言いようがないだろう。
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「――――――い、以上が復元できた映像です。長官、我々は…どうすれば……」
その場に居る人間は、一人を例外に全員が凍りついていた。自分たちが今息を吸えているのは精鋭の奮闘などでは無く、狼藉者の戯れでしかなかっという事実に打ちひしがれていたのだ。
「…わかった。総員この下のシェルターへ行け、それと前線に居る者は全員下げろ。狙いは恐らく私だろう、この首を差し出せばそれ以上は手を出すまい」
「て、敵の正体が分かったのですか!?ならば早く手を打ちましょう!指名手配するなり、身内を脅迫の材料に――――」
「無駄だ。奴を退けられる材料を、我々―――いや、私は一年前に奴から奪った。その手は通用せん。急げ、私に万一の時は
「なッ正気ですか!!?あれは―――」
「あれを引き込まねば
眉一つ動かさずに言ってのけた巌であるが、内心拘泥した思いであった。珠雫はその冷酷さと無関心から当主としての適性は悪くないが、黒鉄の理念を全くといって良いほど受け継いでいないのは痛恨の極みである。
しかし他の有象無象よりは遥かにマシであり、珠雫が当主に据えられれば一輝もそれを支えるために動くのは容易に想像できる。加えて珠雫も一輝を放そうとしないだろうことから、第一線から引き離すという意味では悪くない一手ともいえる。
どの道、巌にとって行く末を案じる等無意味でしかない。春雪と見えれば九分九厘死ぬしかない。望もうと望むまいと、終わりの時は刻一刻と近づいていた……。
―――――地下4階。
もしこの階層の映像が残っていれば、彼らは疑問に思っただろう。いや、ここを駆け抜けた連中と同じく認識することが出来なかっただろうか。色濃く刻まれた激戦の爪痕、しかしある一部屋だけはまるで誰もが
部屋の中に居たのは3人の男。一人は黒い髪に銀のメッシュの少年、もう一人は端正な顔立ちをした長身の学生、最後は黒い法衣を纏った壮年の紳士。
「いやー、良いタイミングで来てくれたものですね。
「……末恐ろしいものだ、これだけの騒動をたった一人の学生が演出したとは。流石は我が生徒を一蹴しただけはある。それに、それだけの軍勢を戦うことなく退けたこの者もまた麒麟児と呼ぶにふさわしい。まったく、これほどの手練れを祭に参加させないとは相変わらず表の世界は腐っているようだな」
「どんな凡人であれ天才であれ、ピンと来なければスルーしてしまう。そういった本能や勘といった分野において彼の右に出る者はいませんよ。ただ、あり過ぎる魔力の所為でちょっと操作を加えるとオーバーヒートしてしまうのが難点ですが。『過ぎたるは及ばざるがごとし』とは正しく至言ですね。さて、この後の手筈ですが……」
「わかっておる。顔を出すだけで良いのだろう?楽な仕事なのは結構だが…本当に言伝だけで構わんのか?」
「ええ、あのお兄さんには出来るだけ安全地帯に居てほしいですね。ほら、感性は凡人ですからね。やる気にさせなければ平凡な人生を享受するでしょうし、態々その気にさせる必要なんてありません。それこそ何もかも粉砕してく危うさがありますし。――――それでは、後詰めの一手は任せましたよ、ヴァレンシュタイン卿?」
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