豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ   作:章介

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第十四話

 

 

 

 ――――ずるり。そんな気色の悪い音と共に重力に引かれて墜ちていく胴体。一輝はそれをまるでスロー再生か何かの様な感覚に引きずられながら見届けるしかなかった。

 

 

「と……父さんッ!!?」

 

 

 四つん這いの姿勢から慌てて起き上がり、慎重な手つきで父を抱き起す。無反応な父に真っ青になりかけるが、呼吸音から気絶しているだけだと分かる。そのことで少し落ち着けば、父に起こっている異常に目が行った。

 

 

 ()()()()()()()()()。切るというより引き千切るといった程に凄惨な傷だと分かるくらい臓物が溢れてしまっているにも拘らずだ。その余りに常識外れな症状に、一輝はどうするのが最適解か分からず下手人へ視線を向ける。

 

 

 相も変わらず棺の暗闇に覆われたバケモノだが、存在感を示す目玉以外に、徐に晒された右腕らしき黒色には、ギロチンに無理やり柄を付けたような巨体な剣擬きが握られている。

一輝は本能的に理解させられる、あれを何とかすれば助けられると。それが贄を求める深淵の誘惑だと分かっていてもほかに手段が無い一輝は、恐怖を押さえつけてバケモノへと突貫する。しかし―――――。

 

 

 

 

 ―――――ギシリッ。

 

 

 

 そんな音が聞こえてきそうな、亀裂の様な笑みに生存本能が耐え切れず肉体を無理やり静止させる。アレの関心をこれ以上集めれば取り返しがつかないと。

 

 

それはまさしく紙一重の判断だった、ガクンッと突然力の抜けた左足がそれを証明しており、独りでに切断された腱に一輝は目を見開く。彼は無謀にもあのバケモノから一切目をそらさず一挙一投足逃さず観察していたが、しかし何一つ前触れを感じ取ることが出来なかった。見切れなかったのではない、眼前の怪物は本当に何もしていないのである。

 

 

 踏み止まった獲物(一輝)を見て、嘲笑を収めたバケモノは詰まらないとばかりにあくびをすると何もない場所で剣を一振りする。――――瞬間、止まっていた時間が動き出したかのように二箇所で血飛沫が舞う。

 

 

 

「ガッ!?~~~~~~~ッ!!ま、まさか事象の逆行実現?出鱈目も良いところだろ……ッ!!」

 

 

 

 アウターシリーズNo.0にして、鬼札(ジョーカー)として在り続ける霊装『逆吊りの終焉(スノードロップ)』。その伐刀絶技の一つ(・・)は、一輝が看破したとおり事象にあるべき『過程→結果』のプロセスを逆にして起こすというもの。

 

 

 

この能力の最も恐ろしいのは、絶対に回避できないことにある。字面に起こした時逆順で成立すればそれが現実の中で確定してしまうのだ。つまり、『一輝の足が切れた』後に『剣を振った』→ 『剣を振ったから』『一輝の足が切れた』となれば事実となってしまう。その間にあるべき過程は、存在そのものが虚数と概念の塊であるバケモノにとって平然と踏み倒してしまえる塵芥に過ぎない。

 

 

一切の前触れ、切欠が存在しないまま「既に事が済んだあと」の結果が現れ、何の因果関係もない後付けの動作でその結果が現世に固定される。ある意味で究極の後だしじゃんけんともいえる能力だが、当然ながら莫大なリスクを背負っている。いや、構造的欠陥ともいうべきか。

 

 

 

「おいこら、勝手に這い出てんじゃねえよ」

 

 

 今にも棺から半身を出そうと動いた瞬間、春雪が開きすぎた蓋を蹴り飛ばして無理やり押し込めようとする。蓋と棺に挟まれた『逆吊りの終焉(スノードロップ)』が名状しがたい鳴き声のような音を上げた途端―――――。

 

 

 

 ―――――ボトリッ。

 

 

 

「………え?」

 

 

「あ゛?…クソがッ!だからこいつ使うの嫌なんだよ、いちいち噛みついてくんじゃねえよ」 

 

 

 ()()()()()()()()()()()足で再び蹴りを入れ、挟まった腕以外が棺に収まるが、あろうことかそのまま腕を振り下ろそうとする。

 

 

「(馬鹿なッ!?そんなことすれば造物主(春雪)まで……)」

 

 

 被害者である一輝すら顔を引き攣らせる中、そんなもの知ったことかとばかりにギロチンを振り下ろすバケモノ。しかしそれが完全に落ちるより前に、『現在の最高傑作』であるクィーン『創造者の左腕』が八本の腕で掻き抱くように全身でそれを押し留める。すると―――――まるで白昼夢の様に、足が無くなった事実が消え去り春雪は五体満足に戻っていた。

 

 

 これが鬼札の構造的欠陥と()()()()である。例え様々な知識を蓄えたところで、歳月と共に死滅したシナプスや脳細胞の数だけ春雪の脳は赤子の頃より劣ってしまう。それが原因なのか『逆吊りの終焉(スノードロップ)』は創造物の中で唯一牙を剥いてくる。棺の中に居れば比較的従順なのだが、半身でも外に出られれば主だろうと構わず伐刀絶技を行使してしまう。……迷いなく首を飛ばさないだけ理性的なのかもしれないが。

 

 

 そんな諸刃の剣で自滅しない様にするのが、クィーンの最重要任務の二つ目なのだ。鬼札の伐刀絶技唯一の弱点は『ギロチンを用いた動作を完結させなければ、逆行実現は不成立となり先んじて起きた結果も無かった事になる』ことである。言いかえれば鬼札を片腕でも抑えられさえすれば多少暴走しても後追いでどうにかできる唯一の首輪にもなるのだ。……余談だが、さらに悪辣な使い道も存在するのだが此処では無関係なので割愛する。

 

 

 

「――――さて、予定とは少し違ったが結果オーライか?当主代理を失わない為かそれともなけなしの情がそうさせたのかは知らんがな。出血量的に助からんとは思うが、念には念を入れておきたい―――――――――と言いたいところだが、何時まで覗き見してるつもりだ?」

 

 

「……流石だな、この程度の隠形では1分と保たんか。それも貴様の駒とやらの仕業か?」

 

 

「質問をしているのはこっちだ。その暑苦しい法衣でどこの回し者かは大体想像付くが」

 

 

「《解放軍》のヴァレンシュタインだ。ああ、貴様と闘う心算はない。この場を預かりに来たのだ」

 

 

 突然入口に姿を現した法衣の大男。尋ねておきながら名乗りを最後まで聞くこともせず、脇に控えていたヴェインとモードレットが挟み込みように獲物を抜き放つ。しかし交差する様に走った剣閃は衣服を撫でる様に、傷つけることなく通り過ぎるだけだった。

 

 

 その光景に息を飲む一輝であったが春雪は気にした風でもなく、それどころか仕掛けられたヴァレンシュタインすら何事もなかったかのように会話を続ける。春雪からすればこの段階になって姿を現した『隻腕の剣聖』の狙いが分からない。自分を解放軍に引き込むか関連性を匂わせたければ、リスクを払って修羅場に現れるより近くでお得意のテロを起こす方がよほど手軽な筈だと。

 

 

 しかし剣聖はその問いを両断する。確かに春雪の力は凄まじい、それに世界の歪さを身をもって知っていることから解放軍へ参加する資格が十分ある。しかし()()()()()、どれだけ実力があろうがやる気のない男など組織にとって悩みの種でしかない。

 

 

 ヴァレンシュタインは同志戦友から伝え聞いた情報で看破していた。この男は修羅道に理解は示しても興味を持たず、無窮の武錬を別世界の代物だと宣ってしまうような存在だと。

 

 

この男が我が身を練り上げたのは単に、そのずば抜けた才能という機構に動機というエンジンが偶々かかっただけに過ぎない。そしてその動機も今日という日を迎えた以上、極論してしまえばただその時を待つだけで達成できてしまうものにまで成り下がった。この実力を七星剣武祭で活躍させないのは優勝するより遥かに難しいのだから。

 

 

ならばそれら全てがなされた後春雪はどう生きていくのか?恐らく強さはそのままに、嘗て失った在りし日の続きを過ごしていくに違いない。向上心など欠片も持たず、野心は皆無、卒業しても間違いなく食いっぱぐれないその能力を頼りにただ流されるままに生きていくのだろう。下手をすれば彼の力を恐れる連盟からの、一生困らない金銭と引き換えの隠遁生活を受容し一生日の目を見ずに消えていくかもしれない。剣を振う理由を持たないという意味では、彼の在り方は世界最強のテロリストと非常に近しいといえる。そんな面倒の塊などスカウトしたくはないと隻腕の剣聖は語る。

 

 

 ならば何故この場に現れたのか、その理由は二つある。一つは、今回の事件は解放軍に控えているある依頼の大きな妨げになってしまうからだ。たかが学生騎士がそれもたった一人で、伐刀者先進国である日本を任されている魔導騎士連盟支部を壊滅させたなどという大事件が起きてしまえば、その後にどれだけの騒ぎを起こしても見向きもされまい。

 

 

今回の『依頼』は解放軍にとって他に類を見ない大仕事であり、それが始まる前に頓挫する等在ってはならない。そうなる位なら自分たちが攻め込んだことにし、間抜けにも返り討ちに遭ったという不名誉を被ったほうがまだマシだ。連盟支部としてもこの事実が知れ渡るより遥かに飲める『現実』であり、落とし所として文句は言わせない。

 

 

 

そしてもう一つの理由だが、それを語る前に剣聖はこのフロアにある監視カメラのモニターを指差した。訝しみながらも画面に近づいた春雪は、飛び込んで来た映像に舌打ちした。

 

 

「――――なるほど、これはまた面倒なのが来やがったな」

 

 

 映されているのはこのビルの外。万を超えるポーンが封鎖しているある一角に、一台の車が停車していた。それだけなら大しておかしくはないが、その車が防弾ガラスや特殊鋼装甲が施された黒の公用リムジンであれば話は別だ。しかもそこから出てきたのはこの国では誰もが知っている伐刀者と政治家だったのだ。

 

 

「《闘神》、《黒騎士》、それから《白衣の騎士》も御出ましか。あと一人何で此処に居るのか見当もつかない御仁も気になるが、こいつらもアンタの差し金か。随分豪勢なゲストだが、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「人選は同志戦友が決めたことだ、私が知るところではない。しかしこれ程の手練れ共ですら足りんか。大言壮語に聞こえんのは流石と言ったところだが、こ奴等と相対すれば表の世界にはいられまい。これを知って尚その選択肢が取れるのか?」

 

 

 懐から取り出した一枚のメモ。ヴァレンシュタインの伐刀絶技の所為か真っ直ぐに春雪の元へ飛んできたそれを見た瞬間、驚愕に目を見開くこととなった。

 

 

「―――――あのバカ、『当てがある』ってのはこのことかよ。なるほど、たしかに其処の死にかけよりよっぽど重要な案件だな。それに堅気じゃないとやり辛くなる」

 

 

「……ぬ?私から情報を吐かせようとは思わんのか?」

 

 

「直接本人から聞いた方が早い。だってそうだろう?相手は勝手知ったる知己だ、何処までやれば口が利けなくなるかは良く知ってる」

 

 

 今しがた棺にぶち込まれた中身に劣らない凶笑を向けられた隻腕の剣聖は、近いうち相見えるだろう同志の将来に少しだけ同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして騎士連盟日本支部を主戦場とした戦争は幕を下ろした。尤も、世間一般には少し大きな事件程度にしか取り上げられなかったのだが。

 

 

 顛末はこうだ。日本支部瓦解による治安悪化を狙った解放軍は、支部中枢を牛耳る黒鉄家にとって()()()立ち場にある少年―――『黒鉄 一輝』に対して()()()()()()()()をばら撒いた。事態の鎮静化を図るために支部へと集った上層部と倫理委員会を亡き者にするための撒餌とするために。

 

 

 退路を断たれ、孤立無援となった連盟支部であったが最高責任者である『黒鉄 巌』の陣頭指揮の下、日本が誇る精鋭たちがその猛威をいかんなく発揮。多数の負傷者こそ出したが、()()()()()()死者を出さなかったことから、如何に長官の手腕が凄まじかったのかが取沙汰されることとなった。

 

 

 しかし解放軍の重鎮である十二使徒(ナンバーズ)が一角、『《隻腕の剣聖》ヴァレンシュタイン』の代名詞である『山斬り(ベルクシュナイデン)』により瀕死の重傷に陥ってしまう。援軍としてその場に居合わせた『白衣の騎士』により何とか一命を取り留めるが、胴から下が失われ今も意識不明のままである。

 

 

 

 以上が政府により公にされた情報である。事実とは何から何まで違うが、これが歴史(・・)である。

 

 

一連の報道には本当の主犯である『落合 春雪』の名前は一度として出てくることは無かった。彼と関わりを持つ人間はこの報道が真実と乖離していることを察していたが、かといって公式見解がこうなってしまった以上、彼に対しての追及を行うことは殆ど叶わなかった。そのため世間一般からは突然授業を一日サボるという奇行を起こしただけとしか認識されず何食わぬ顔で元の生活へと戻って行った。

 

 

 

それに対して、渦中の人物である一輝もまた破軍へと舞い戻っていた。何せ彼が拘留されていたビルが、テロリストによって()()()()()()()()()()()ためもうあそこに居る理由が無くなってしまったのだ。それにあの醜聞がテロリストによる奸計ということになった以上拘束される謂われもない。

 

 

しかし残念なことに、彼は晴れて放免――――ということにはならなかった。これは完全に黒鉄家の自業自得なのだが強引に報道を敢行させたツケが祟り、上手に一輝の冤罪を払拭することが出来なかったのだ。

 

 

政府見解に対しても一々専門家の意見、等と言って勝手な主観を混ぜて疑問視させたり、そもそも一連の事件は支部連盟が権勢を強めるために行ったパフォーマンスではないか等好き勝手に報道している。今まで彼らに睨みを効かせていた巌が不在であることも要因として大きい。

 

 

窮した黒鉄家残党は、お得意の責任転嫁で解決を一輝に委ねてきたのだ。曰く、マスコミを黙らせるには一輝自身の手で噂がデマであると証明するしかない、と。どの口がほざくのかと言ってやりたい一輝他一同であったが、実際彼らに鎮静化する手腕が無い以上他の選択肢は存在しない。

 

 

一輝本人も自分はともかく想い人への醜聞をそのままにしておけるほど安い愛情を抱いてはいない。それ故彼らが提示した『事態を払拭し得る手段』を受け入れた。それに何より、『散々振り回しておいてこんな回答で納得できるか!!』というヴァーミリオン皇国の憤りを鎮める意味も含まれている。

 

 

 

―――――かくして破軍学園選抜戦、その最終試合を飾る対戦カードが決定した。昨年七星剣武祭のベスト8にして学生ながら『特例』として実戦経験を持つ、()()()()が認める学園最強の騎士『雷切』東堂刀華との決闘というカードが。

 

 

 

 




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