「………これは、何とも末恐ろしい男じゃのう。血は争えんということか」
「一分間ですべてを出し尽くす『一刀修羅』では足りない。ならばその一分を一振りに凝縮することで強化倍率をさらに跳ね上げる」
「言葉にすれば単純だけどそれを土壇場で形にしてみせる勝負強さ。まったく、とんでもない男だよ黒坊は」
特別観賞席にいる新宮寺、西京、南郷はそれぞれ感嘆の息を吐いていた。これが学生騎士同士の決闘だというのだから彼らの言葉がオーバーだとは言えない。現役のプロ騎士といえどこのレベルの凌ぎ相が出来る人間がどれだけいるだろうか。
「確かにカラクリとしてはそれが勝因じゃろう。じゃが勝敗を分けたのは別のところ、あの小僧土壇場で進化しおった。刀華が放った『雷切』、あれは儂が見た中で最も美しい迷いの無い最高の一太刀じゃった。ところがあの小僧め、一瞬よりも早い一閃を目で追いよった。
恐らくあの男は、ただひたすら自身を練り上げることでしか居場所をもぎ取れなかったのじゃろう。そして信じられんがあの刀華の一太刀以上のものを既に目にしている。弛まず己を進化させ続ける心意気にそれが起爆剤となり、この一瞬で己の研鑽を組み上げ直した、と言ったところかの」
「けどじじい、確かに黒坊の修練は並じゃねえだろうが気持ち一つであそこまで進化出来るものかよ?一分一秒前の自分より強くなれるったってありゃ尋常じゃねえぞ」
気合で乗り越える、心構え一つで変わる。それは決して虚構ではないだろう、特に若人であれば尚のこと。しかし一輝に当てはめるのは少し難しい、何故なら彼は何時も全力を尽くしているし心構えも理想的な騎士だ。不良騎士が更生したならまだしも、既に全力をさらけ出している一輝が此処まで化けられる要因が西京にはわからない。しかし、それに反論したのは新宮寺であった。
「―――いや、一つ思い至ることがある。黒鉄は確かに強さには貪欲だが、明確なビジョンを持った生徒ではない。七星剣武祭制覇というお題目も、本来学生なら当たり前に得られる卒業要件であり、彼の騎士道で言えばスタートラインだ。だが、その先について私は一度もあいつの口から聞いたことが無い。将来何になりたいとかこんなことをしてみたいといった、いわゆる『夢』という具体的な目標を持てるほど周囲に恵まれていなかった。
だが今のあいつは違う。何があったか知らんが明確な指標を得た故に、今まで習得するだけして遊ばせていた技術や身体能力が実現の為に再整理、最適化されて積み直された。例えるならただ山積みにしていた木材をジェンガという目的に沿って積み上げたようなものだ。ただ積むより安定感も高さもまるで違う。だから傍目には急激な進化に見えるが、あいつが身に着けた膨大な業を思えばさして不思議ではないのだろう」
この新宮寺の考察は正に的を射ていた。一輝は黒鉄に伝わる『旭日一心流』に始まり、『綾辻一刀流』、『抜き足』、『
一輝は『
しかし彼はそうはならなかった。彼が求めたのはただ『強さ』だけであり、必要な時に必要な技が使えればそれで事足りていた。欲の薄い一輝は『日本剣術の粋を統合させた新たな剣術の開祖』などという名声に興味はないし、敵が多く一度の敗北も許されなかったために『時間が掛るうえに下手をすれば今より弱くなるかもしれない剣術の開発』に踏み切れなかったのだろう。
だが彼はこれ以上ないほど明確な指標を得た。春雪は勿論、彼と同等かそれ以上の敵が本気で奪いに来た時、今の一輝ではただ蹂躙されるしかない。『それだけは絶対にさせない』―――この一点に全ての技術が集い無数のパズルの様に空白を埋めていく。そうしてできた結果があの一振り、後に『一刀羅刹』と呼ばれる一撃なのだ。
そしてこの躍進はここで終わらない。照魔境の眼はこれから得る全てを、混沌の海が如く取り込み、組み換え、新たなピースとして黒鉄一輝という絵画のピースとして組みこむのだろう。彼という絵の枠を超えるまで―――いや、彼が枠を超えるのならば永遠に。
その後は世間の動きも鎮静化の方向へ進んでいった。一輝がこれほどまでに鮮やかな勝利を掴んだ以上、黒鉄家の醜聞を書き立てるのは悪目立ちが過ぎるし政府からもお達しが来ている。何より一輝という存在にマスコミが利益を見込んだことが大きい。改めて調べた一輝の人物像はまさしく人畜無害であり、経緯からも伐刀者至上主義からは程遠い。そして何より、黒鉄家内部を知らない彼らからしてみれば、実力至上主義を標榜する以上
一輝の活躍により首の皮がつながった黒鉄家一門であったが、残念ながら反省の色など存在せず寧ろようやく腰を据えて権力闘争が再開できるといった有様であった。が、残念ながらそんなことをする必要が彼らには無くなってしまったのだ。
事態を重く見た月影総理大臣は、何と黒鉄家の現在有する全ての連盟支部権限を一時凍結してしまったのだ。一門にとっては青天の霹靂だった。なにせ昔は巌に選挙出馬も依頼するほど懇意にしていた仲にも拘らず後ろから刺すかのごとき裏切りだ。
当然ながら月影総理も断腸の思いであったが、周囲の反対を跳ね返すことが出来なかった。国家の不利益も顧みず友好国の皇女の醜聞を偽装した挙句自らがまいた種を刈ることも出来ない。さらには、国家秩序を謳っておきながら連盟支部総崩れなどという恥まで晒した以上彼らを庇いたてるのは不可能なのだ。現在与党が反連盟思想の後押しで今の地位に居ることも影響している。
しかしこれはあくまで一時的な措置であり、黒鉄家が自らの不明を恥じこれを立て直せれば、権限を戻すとも表明している。ただし、もし立て直しが不可能と判断すれば凍結処置は永久のものとなると。
これに対し異を唱えたのは黒鉄家だけでなく政府野党もだった。伐刀者の治安維持組織が長く機能不全となるのは国防から見て非常に危険であり、また後継についても権限が大きすぎるためどこぞの馬の骨では困ると。それに対して総理の回答は『既に後継の腹案は有る。とても優秀な若者が育っている。それに連盟支部を辞職した清廉潔白な騎士達からも新しい主を迎えるなら喜んで復職させてもらうと言質を取っている』というものだった。この一言が黒鉄家に更なる爆弾を投下したのは言うまでもない。
―――――――とある少年の話をしよう。その少年はとてつもなく幸運であり、そしてそれ以上に不幸な子供であった。有意識無意識に関わらず、願ったことや望みが何でも叶ってしまう。それ故に凄まじい嫉妬と欲望を向けられ続けていた。
曰く、ズルをしている。
曰く、災害すら自分を祭り上げるための自作自演で起こすと。
曰く、何もかも欲しい儘にして好き勝手に生きていると。
そんな心無い言葉に曝されていた少年だったが、とある男の子だけは違った。
「この子は勝つだけの努力をちゃんとしている、足を引っ張られたとか邪魔されたんならともかく。たかが運に持っていかれたと思うなら、それは自分の努力への最大の侮辱だ。運だけの子に負ける努力しかしていないと言っているようなものだよ」
そう言って少年を庇う様に立つ男は、顔の造形なら自分以上に贔屓されていると断言できる美少年だった。だがその後周りの連中がとった行動は『イケメンだから許される』では済まないものだった。
それを感じ取れたのは少年が因果干渉系の伐刀者故か。まるで周囲の激情が
さて、初めて肯定してくれた相手に出会えたは良いが、何故そうしてくれたのか分からず少年は男の子に尋ねた。すると男の子は人気のない所へ少年を連れていくと『僕も似たり寄ったりだから、つい体が動いちゃった』と言った。
そして教えられた伐刀絶技に絶句してしまった。どんな強者でも自分という弱者の土俵まで貶め自らに都合の良い心証を強制するという悪辣さ、そして魔力制御の低さと埒外の魔力の所為で自分では制御できないところも強いシンパシーを感じた。だからこそ少年には疑問だった、どうしてそんなに笑っていられるの?諦めずにいられるの、と。
男の子は答えた。『自分には例外が居てくれたからだよ』と。自分の理不尽極まる能力が効かない唯一の『兄』が居てくれるから、虚飾も色眼鏡も存在しない本当の意味で
男の子の家に招かれ出会った『兄』との初対面はなかなか強烈なものだった。霊装と思わしき人型の人形に一心不乱に石臼と槌で餅つきをやらせていたのだ、正月でもないのに。
男の子曰く餅や団子の様なもちもちした触感の食べ物が好物らしく、偶に小遣いをためてセルフ餅つき大会を開くのだという。多少面食らった少年であったが、気を取り直して『兄』の興味が此方に来るのを待った。こうしていると様々な偶然から向こうが話しかけてくれるのと悪意ばかり向けられてきたため、実は自分から声を掛けたことが全く無かったのだ。
しかし待てども暮らせども『兄』に変化が起こらない。ボールが飛んでくることも、偶々視界の端の虫に目が行きこちらを向くこともない。そんな少年にとって有り得ないことが起きたことで男の子が言ったことが本当だったと驚愕し、少年は生まれて初めて自分から一歩踏み出して声を掛けにいった。
少年を男の子に紹介された『兄』がまずしたことは、弟への拳骨だった。いくら似た境遇の子とはいえ軽々しく自分の能力を口に出すな、と。痛そうに涙ぐむ男の子を見て、本当に『兄』には自分達の力が及ばないことを理解した。もし効いていたなら男の子が正しいと思って取った行動を肯定しない筈がないからだ。
自分の所為で男の子が痛い思いをしたのではと慌てた少年は、『兄』の機嫌取りに『御餅が美味しくなる』ように願ったがすぐに後悔した。こんなことをしたら
しかし返ってきた言葉は『うん、美味い。美味しいからお前らも食え』これだけだった。気味悪がるでもなく下卑た顔で『次』を強請るわけでもなく、ただ表情を綻ばせる二人につい大泣きしてしまい、二人を困らせてしまったのは今となっては恥ずかしい思い出だ。
そして彼ら兄弟との交流が始まった。相変わらず二人が居ない時に陰口を叩かれたり居ない者として扱われるのは堪えたが、能力を知っても態度も目つきも変わらない兄弟が少年の心の支えとなった。多感な頃は反抗期故の不安定からか『本当に二人は自分を見てくれているのか』と疑ってしまい、二人のちょっとした不幸を願ってしまったり逆に一人効かない兄の特性を利用して一人だけクジや運ゲーに負けるよう仕向けたりしてしまった。これだけは今でもとても反省しているそうだ。
しかし彼らは変わらない笑顔で接してくれた。例え不幸が起きても『少年の所為だ』というのが抜け落ちているため全く気にしておらず、そもそも『多少の不幸』では害にならないほど二人とも規格外だったのだ。とはいえ罪悪感に耐え切れず打ち明けた少年だったが、男の子は『まあ確かに君の所為
兄の方は頷くだけだったが、後日団子を飛びかかったネコに食われたときは、ネコ共々デコピンによる制裁を頂戴した。手加減なしだったので涙が出るほど痛かったが、その涙の大半は嬉しさからくるものだった。本人は自覚がないだろうが、『二人が自分の都合の良いイエスマンになったから許してくれたのでは?』という不安を払拭してくれたのだから。
―――――ところが幸せな日々は長くは続かなかった。それは充実した毎日が見抜かせたのか、それともその方が都合が良いと幸運が判断したためか。ある日少年は唐突に気づいてしまった、暖かい笑顔を向けてくれる母親の目が兄弟のそれとはかけ離れているのだと。最初は嘘だと思った、幸せすぎて怖いとか言う奴だろうと。だが皮肉にも兄弟が証明してしまったがために、彼は問題ないと安易に力の行使を止めてしまった。
崩壊はあっという間だった。その日アメリカのある大銀行の破たんが引き金で大恐慌が起き、その影響を母親はもろに受けてしまったのだ。本当に偶々力を使っていなかっただけなのだが、常日頃起こしてきた強運が祟りまるで信じて貰えなかった。苛烈極まる暴力に『自分は実の母親にすら能力しか求められていなかったのだ』と絶望していた彼を救ったのはまたもや彼の兄弟だった。
学級委員だった男の子は、何の連絡も入れずに休んだ少年を訝しみプリントを届ける口実で少年の家を訪れた。しかしチャイムを鳴らすより先に聞こえてきた絶叫に緊急事態だと判断し、自らの霊装で鍵を壊し押し入ってしまった。
そこで男の子は見た、ウサギ用のケージに入れられ全身に酷い火傷を負った少年の姿を。男の子を見て不法侵入だなんだと喚きたてようとした母親は、最初の一言を口に出す前に幻想形態にした霊装で喉笛を突き立てられ魔力を込めたけたぐりで足を潰されてしまう。静かになった母親を叩き伏せ少年から事情を聴きだした時の男の子の表情はとても恐ろしいものだった。
そのすぐ後に少年は、何故『兄』が男の子の能力を隠したのか骨の髄まで理解することとなった。殺しなどしないしする価値もない、そう言った男の子は母親という存在を何から何まで塗りつぶしてしまった。無意識でしか認識できない人格を侵食した男の子は、少年の望む様に造りかえると提案したが、彼はそれを望まず警察への通報を願った。もう、母親だった女の顔を見ることさえ辛かったのだ。
児童虐待という形で保護された少年だが、彼の『不幸』は終わらなかった。あまりにも近所で有名な彼の能力を誰もが欲しがり、離婚していなくなった父親までものこのこ出てきて大騒ぎになってしまう。その騒動が兄弟にまで飛び火しかけた時、少年は思ってしまった、『自分さえ居なければ』と。
その瞬間、ほんの僅かだが地震が発生しそれが原因で
それもそのはず、すんでのところで間に合った男の子が我が身を盾にしていたのだから。何トンもの瓦礫や鉄骨を背に受けながら
逃げ出そうとする二人だが、まるで意志を持つように行く手を遮り即座に燃え盛り始めた焔を見て、男の子は願いを撤回するよう促す。しかしこの時は初めて少年は気が付いた、本心からの願いが叶わなかったことは無く別の願いで上書きしたことも一度もなかったと。そんな二人の心情など露知らず炎はますます強くなり、ついに酸素が無くなり始めてきた。朦朧とする意識の中、少年は必死に願った。せめて男の子だけは助けて下さい、と。
――――その瞬間、何かが壁を粉砕し『ヒュン』という音が聞こえると共に、指向性を持っていたはずの炎がピタリと治まった。何とか霞む視界を向けると、そこにいたのは必死の表情で二人に駆け寄る『兄』と、その後ろに控える異形の存在。余りにも悍ましく正気を失いそうな出で立ちの化物は嘲笑を湛えていたが、三人を視界に入れた途端、信じられないくらい優しい表情を浮かべたのだ。
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