選抜戦最終戦から数日が経った頃、一輝達代表生は遥々山形にまで足を運んでいた。言うまでもなく旅行といった浮ついた話ではなく、強化合宿のため『巨門学園』の所有する合宿場での合同訓練のためだ。一連の大騒動で記憶の隅へと追いやられていたが、破軍学園本来の合宿場が不埒物の襲撃(通称『奥多摩巨人騒動』)があったので安全面を考慮してこうなったのだ。
代表選手団団長である一輝も当然この場に居るのだが、他の面々とは少し勝手が違っていた。なにせ巨門学園が手配してくれたコーチを全員瞬殺してしまったのだから、早い話一輝を『鍛えられる』人材がこの場に存在しないのだ。
ならば実力が近しい相手と手合わせをと思っても、ボランティアコーチとして参加している『雷切』はステラに取られてしまい、アリスや珠雫ではクロスレンジの練習相手は務まらない。それに二人ともかなり特殊な騎士なので彼らとばかり闘っていては変な癖がついてしまう。
本来であればこういう時は、いつも春雪に練習相手を用意して貰うのだが今回はそれが出来ない。あの
何度も言っているがあれはいずれ訪れた未来であり、恨むとすれば無力な自分だ。それはお互いに認識している。もしもう一度春雪は仕掛けるというのであれば一輝も剥き身の憎悪をもって手段を選ばないが、今の春雪には負け犬の長など眼中にない。
では何が問題かと言えば最初の一声が踏み出せない事だ。大事な物を壊したとかそんなことであれば一言謝罪すればすむだろうが、この一件に関しては春雪に謝罪の気持ちは一切ないし一輝もそんなもの求めてなどいない。寧ろもし一言でも詫びを入れればそれこそ一輝の逆鱗に触れるだろう。後から謝る位なら武器になど手を掛けるな、と。
しかしかといって『君のお父さん殺しかけたけど、これからも変わらず仲良く行こうぜ』などと臆面もなく言えるほど春雪は無神経ではない。ないのだが、これまで親しい人間が弟を除けば妙に懐いてきた女の子みたいな少年しかいなかったため、こういう時謝罪抜きでよりを戻すにはどうしたらよいか皆目見当がつかないのである。コミュ力で言えば代表生の中で最弱な彼にはこれはあまりに難題だった。
そして件の春雪は何をしているかと言えば、自分で創造した椅子に座って一日中読書に耽るばかりである。いやお前何しに来たんだと言いたくなるが、元々彼はこの合宿への不参加を希望していた。しかし今回の貸しを存分に活かしたい巨門学園の理事会は『ショバ代がわりにオタクの手札見せろや、アァン?(意訳)』という考えであり、代表選手団全員の参加を合同訓練の条件としてきたのだ。
借りる側の立場とは弱いモノ、新宮寺理事長に頭を下げられたこともあり渋々参加する羽目になった。……勿論タダとは言わず、
しかし合宿に同行するとは言ったが訓練に参加するとは言ってないと屁理屈をこねこうして読書ばかりしている。幾ら授業の参加が当人次第とはいえ、全日サボっている春雪を見かねた講師が参加を促すと『ルーク:キメラ』に引き籠り「半日以内にここから引きずり出せれば訓練でも何でも付き合う」とだけ言い残していった。
一輝に全滅させられた後だったこともあり面子回復のため講師一同総がかりで挑んだのだが、まあ歯が立たない。それも当然であり、このキメラは量産型と違い『不洛要塞』の外壁と同じ素材で作られた特別製で、密度と厚さの分だけ劣るがこの場に居合わせた講師たちでは傷一つ付けられなかった。その成果をもって彼らを黙らせることに成功した。
春雪にしてみればせっかく選抜戦で隠した手の内を、よりにもよって敵陣で披露してやる義理など無いという理由だろうが、それにしても愛想の欠片もない対応に一輝は少し訝しんでいた。確かに付き合いやすい性格ではないがここまで軋轢を生むことに無頓着だっただろうか?まるで
さて、一輝が代表生の双子に稽古をつけてやったり、ステラが東堂に勝ちきれなくて憤慨したり、特別指南役として『闘神』がやってきたりと話題に事欠かない合宿だが、今現在一輝とステラは商店街に来ていた。理由は盛大に腹を鳴らしたステラに託けたデート、如何に騎士とはいえ我が世の春を満喫しない理由など存在しない。
あの東堂との決闘から、またしても二人の関係は進んでいた。これは赤座の奸計で離ればなれになっている間に珠雫に喝を入れられたこと、そして焦りと不安に苛まれる一輝を見て『私がしっかりしないとッ!!』と奮起したステラの活躍が大きい。これまで以上に積極的になった彼女は、時に無理をしている一輝を無理やり食事に巻き込んだり、はたまた癒しを求め与えようと甘えてみたり、そして逸るのは良いが焦りが酷いと見落としや視野狭窄で肝心の所が歪むと輸したりと献身的だった。……となりにいた妹は『雌豚具合が酷くなった』と冷ややかだったが邪魔をしてこなかった辺り彼女の本心は理解していたようだ。
周囲の暖かい支えにより、一輝の荒んだ精神は大分落ち着いてきた。少なくともデートを楽しめるくらいには。この強さへの渇望は間違いなくこれから必要となるが、かといって中身が伴わなければただの空回りだと己を戒めることが出来た。……偶に戒めきれなくて周囲の御小言を受けてしまうが、それも若さ故ということでご愛嬌だ。
さて、そんな彼らは今
そんな一輝に命の恩人として奢ると言い、騒動の所為で腹ペコ具合が悪化したステラが飛び付いたことで一輝も御相伴に与る形となった。
「さっきのことだけど、通り魔の前に出てきた勇気は買うけど無策ってどういうことよ?貴方も代表選手なんだしあのくらいどうにか出来るでしょうに」
「あ、あはは…、つい親友みたいに飛び出しちゃったんだよね。僕は『霊装』と『伐刀絶技』に頼り切りだから組打ちは全然ダメでさ。あ、でも憧れのイッキ君の雄姿が見られたから寧ろラッキーかなあ?」
「……お気楽ねえ」
その後は紫乃宮が一輝にサインを強請ったり、アドレナリン・ハイになっている時の決め台詞の真似という公開処刑を受けたりと(一輝以外は)中々に盛り上がっていた。
「―――それにしても本当にアマネはイッキが好きなのね。聞きたいんだけど、イッキのどんなところが好きでファンになったの?」
「……うーんと。本人の前でこういうこと言うのもなんだけど、実は初めて知った時は大嫌いだったんだ」
「ブフォッ!?」
およそ女性、しかも高貴な身分の口から出てはいけない音と共に紅茶を噴き出してしまうステラだったが、あれだけ熱弁していたとは思えない発言に仰天してしまうのも無理はない。言われた当人である一輝もキョトンとしながら頭に『?』を浮かべている。
「―――代表に選ばれといてアレだけど、僕は自分の『霊装』が当たりなんて思えなくてさ。色んなものを奪われたし諦める羽目になった。イッキ君の『霊装』も御世辞にも凄いなんて言えないのに自分の力で勝ち取っていく姿を見て、自分がどんどん惨めに思えた」
「「……」」
二人は何と声を掛けたら良いか分からず口ごもる。本人から伐刀絶技に関してはしゃべれないと言われているため詳細は不明だが、それでもここまで自身の能力を毛嫌いする伐刀者は珍しい。
Fランクは例外として、本来なら伐刀者として生れ落ちる時点でいわゆる『勝ち組』なのだ。無意識の魔力強化とバリアーの恩恵により、非伐刀者に後れを取ることはほぼ有り得ないといって良い。例え『ラストサムライ』といえど伐刀者の土俵では、Eランク程度が相手でも魔力切れを狙うしか方法はない。才能を比較して及ばない自分を憎むことは有っても、単純に伐刀者であること自体に隔意をもつことは非常に稀だ。
「―――でもね、『狩人』との試合、ステラちゃんの啖呵で立ち上がったのを見てたら急に親近感がわいてさ。『こんな凄い人でも誰かに助けてもらってるんだ』って、僕も助けてもらった人間だから。そうして見直したら、涼しい顔で難題を突破していく姿が僕の『大好きな人』と被って見えて、すぐに沼にはまっちゃった。それにどんな困難でも乗り越えていく姿を見てたら、自分が諦めるのが勿体なく思えてくるからつい何度も見ちゃうんだ。もうこの映像は僕のお守りだよ!」
その言葉は一輝にとってとても嬉しいものだった。『諦めなくて良いと伝えてあげられる大人』になりたい彼にとっては、100万の称賛に勝る一言だ。
「さて、と。僕もそろそろ行かなくちゃ。イッキ君、サインありがとう!額縁に飾るからね。……せっかく破軍の人達が来てくれてるんだから『
「……『
「春雪の二つ名だよ。『絶対呼んじゃ駄目な方』が付けられる前の、だけど。それにしても良く知ってるね、あの二つ名で呼ばれてたのはほんの僅かだったと思うけど」
「勿論、だってあの人はずっと昔から僕にとってのヒーローだからッ!申し訳ないけどイッキ君が対戦相手でも応援しちゃうくらい大好きな騎士なんだ。
紫乃宮の一言に思わず遮ってしまった二人。それもそのはず、春雪は今も合宿所で暇を持て余しているのだから。そう告げると紫乃宮は首を数度傾けて難しい表情をしていたが、やがて思考を打ち切ると二人に改めて今日の礼を言い去って行った。
二人と別れた紫乃宮は、そのままの足で洒落た喫茶店へとむかう。既に待ち合わせの相手が来ていることは、客と思わしき御婦人達のざわつきから分かったので急ぎ足でその場所へ行く。
「やあ
「うん、憧れのイッキ君に会えたんだ!本当は能力抜きで行きたかったけど、あの方法以外で初対面から踏み込んだ話はちょっとね。あと『マツ君』、今の僕は天音だから気を付けてよ」
ごめんごめん、と笑う青年――『彼岸 待雪』は読んでいた本を仕舞い嫌みが全くない動作で席を引く。相変わらずの王子様っぷりだと苦笑しながらも懐かしさを感じていた。自他共に『似てない』と豪語する兄弟だが、本を読む姿勢など細かい仕草は良く似ているのだ。それで評判が真逆なのは多分眉間の皺の深さと日ごろの行いの所為だろう。
「―――その様子だと兄さんはやっぱり来ていないみたいだね」
「うん、何か小細工して誤魔化してるみたいだけど。あーあ、こういう時僕の『能力』が効かないのが口惜しいなあ。会いたいと思っても会えないし、肝心な時に助けてあげられないし、本当に役に立たないよね」
「まあまあ、どうせすぐに会えるんだしもう少しの我慢だ。それじゃあ平賀の言っていたプランDになるのか、嫌だなあ僕だけ別行動だし間違いなく怒ってるだろうし」
あからさまに溜息を吐く青年を宥めてから数分後、席を立った二人。誰が聴いているかもわからない外で話す内容ではないし、何より遠くで聞こえてくる内容が色々と酷いからである。
『ちょっとあれ、美男美女でお似合いのカップルね!』
『いや、ちょっとあの子の服をよく見て。あれ巨門学園の男服よ!?』
『え、まさかそれってもしかしてもしかしなくても禁断の薔薇の世界!!?』
『王子様×男の娘、しかも二次元にもなかなか居ない美形同士、妄想が止まらない!』
『ごめん私帰るわッ!このインスピレーションを今すぐ「ウ=ス異本」に叩き込まないと!!』
………悲しいことに、彼らが二人きりで集まると、どこであっても高確率で同じ現象が起きるのだ。
「……ねえ天音ちゃん、一つお願いがある――――」
「うん残念だけど無理、一回心から『祈った』んだけど何も変わんなかったよ?どうしてなんだろうね」
「…………貴腐人の中に『魔人』でも混じってるんじゃないかな?」
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