――――『暁学園』襲撃事件から一週間が経過し、ようやく会話が出来る状況にまで落ち着いた新宮寺理事長の前に一輝・珠雫・春雪が呼び出された。
この一週間、新宮寺にとっては人生でも五指に入る多忙の日々であった。蜂の巣になった学園の修復に始まり、怪我人の治療と事情聴取、調書を取りまとめて七星剣武祭運営委員会への報告、学園総崩れの失態に対するやっかみや責任追及の回避、事件捜査協力の証人、記者会見での回答と挙げればキリが無い。丁度一昨日に全てを片付けたのだがそれと同時に彼女は過労で倒れ、今日ようやく落ち着いて話が出来るようになったのだ。
「あの、もう仕事に出てきて大丈夫なんですか理事長?」
「………本音を言えばあと3日は布団から出るなと医者に言われたが、そうもいかんだろう。生憎我々には時間が無い。それよりも……すまなかった、君達を命の危機に晒して置いてこの体たらくだ」
「そんな、理事長が謝る事じゃありませんよ。まさかこの事件の裏に居たのが『この国そのもの』だったなんて……」
そう、この『事件』をこの国は『事故』として処理してしまったのだ。始まりは一つの演説、暁学園の理事長を名乗る人物―――『月影獏牙』、現役の総理大臣の言葉だった。
―――曰く、《国際魔導騎士連盟》による
これが国家を揺るがす大反響を生んでしまったのだ。特に大きな声を上げたのは非伐刀者、その中でも伐刀者による『被害』を被ったことのある人間たちだ。
連盟加盟国が挙げる最も不合理な体制と言えば、『国家が自国民に対して警察権を行使できない』というものだ。魔導騎士に対する全権は連盟本部に委ねられている。よって彼らに対して法的処置を行使する権限は政府や国家機関はもとより、連盟支部にすら存在していない。支部は所詮本部の小間使いという認識でしかなく事情聴取や倫理委員会が精々、警察機構に至っては逮捕権どころか伐刀者に実力行使する『力』そのものが欠如している始末だ。
この状況下で行われるのは、非伐刀者への皺寄せである。暴行を受けて通報されても警察は狼狽えるか己の無力を噛み締めるばかり、連盟に訴えても本部決裁は多くの時間が掛り、待ちわびた沙汰も明らかに伐刀者贔屓な内容しか返ってこない。
この仕組みには連盟本部の思惑も深く関わっている。本部にとって、連盟ではなく国家単位でまとまられるのは非常に都合が悪いのだ。小国であればそこまで脅威ではないが、もし力を付け団結してしまえば必ず『独立』を求める声が出てくる。だからこそ国民と魔導騎士が反目しあう歪な体制を用意しているのだ。これにより非伐刀者達が連盟脱退を求めても特権を手放したくない魔導騎士達がそれを阻み、制御できない政府への不満も溜まっていくので国力が低下しさらに連盟の保護に依存するという狙いがある。
それでもここまで悪化しているのは日本くらいだろう。例え伐刀者への特権があろうと、民主主義や専制政治が適切に機能し国家帰属意識が正常であれば、伐刀者達も『騎士である前に○○国民である』というセーフティが働く。ならば一部が暴走してもその他の清廉な騎士達が不心得を改めるという自浄作用が働く。ヴァーミリオン皇国などまさにその最適例と言えよう(少々緩すぎるきらいはあるが)。
しかし日本は『伐刀者が救った国』であることが事態をややこしくしている。第二次世界大戦で軍事力と生産力、その他すべてに劣っていた大日本帝国は当然の帰結として敗北の危機に陥っていた。ところが『闘神』『サムライリョーマ』といった一握りの規格外達によってその道理は捻じ曲げられた。本来であれば起こるべくして起きるはずだった敗北と弾劾を跳ね除けてしまったこの国が、その元凶である伐刀者に傾倒するのはごく当たり前の道理でありいつしか『伐刀者至上主義』にまで肥大化していった。帝国時代の悪しき風習により『理不尽を強いること』に慣れていた風土も追い風になってしまった。
そういった抑圧の元過ぎて行った数十年の後、今この時になってようやくそれを是正する機会がやってきたのだ。声も大きくなるだろう、しかも本来連盟本部の命令でそれらを取り締まる筈の支部が機能停止しているのだから流れは止まりようがない。
そして事ここに至っては音頭取りの月影総理を排除しても止められない、そう考えた連盟本部は傘下の学園に対し『七星剣武祭にて愚か者共を打倒し、連盟の敷く秩序の正しさを示せ』と勅令を下すに留めたのだった。
「今まで燻り続けてきた火種が一気に燃え上がってしまった、という訳だよ。本来お前たちが関わるべきでない話に巻き込んで申し訳ない、特に海外留学生であるヴァーミリオンにとっては完全に対岸の火事であるというのに―――」
「そんな他人行儀なこと言わないでください、自分の大切な仲間に手を出した奴を倒すのはヴァーミリオンの皇族として当然の責務―――この場に彼女がいればきっとそう言うと思います」
「…?そういえばステラさんはどちらに?あの
「ああ、ヴァーミリオンは今寧音と行動している。私が課した『ある条件』をクリアするためにな。お前達を呼んだ理由もそれだ」
そう告げた瞬間、突然新宮寺は彼等―――正確には黒鉄兄妹に対して―――強烈な“威”を放った。それは教育者としての顔ではなく、かつてKOKリーグ世界第三位と謳われた『世界時計』としての顔だった。
「―――はっきり言おう。私
「……それは七星剣武祭に『彼岸 待雪』、彼が出場してくるからですか?」
世界屈指の実力者による威圧に一瞬気圧されるものの、既に死線を経験した二人は動じることなく返事を返す。そのことに対し、まるで第一関門を突破したと言わんばかりに鷹揚に頷く新宮寺は言葉を続ける。
「ヴァーミリオンと寧音の証言もあって確信した。その男は間違いなく《比翼》と同じステージに立っている、当然彼女には数枚劣るだろうがそんな男が参戦するという意味が分かるな?」
「……参加者の殆どが戦いにすらならないと思います。七星どころか世界の頂に居る人間と同格が学生に交じっているなんて、悪い冗談にも程があります」
「その通りだ。そいつと闘り合いたければ、隣に居る男を仕留める方法を会得してから、それが最低条件だ。剣武祭への参加はあくまで個人の意思を尊重するが、自殺志願者を私の学園から出すつもりはない。……言っている意味は分かるな?」
新宮寺は言外に、この一週間でその方法が得られなければ力尽くでも参加を辞退させると言ってきている。極めて道理であるため一輝も珠雫も同意を示した、出来なければそこまでだったと。
話題は待雪のことへ移る。その場に居た全員の視線が春雪に集中すると、当人は煩わしそうにしながらも了承する。
「……答えられる範囲でなら話しても良い。こっちとしても理事長、あんたから
「分かっている、お前をこの場に呼んだのはそのためだ。先に其方の話をしておこうか、内容は『彼岸の七星剣武祭出場権を剥奪した経緯』で間違いないな?」
新宮寺を見つめる春雪の視線は、控えめに言って氷点下を下回っている。先に彼の怒りを解いておかなければ話し合いどころではないと、新宮寺は一切隠すことなく打ち明ける。
「まず断っておくが、彼岸への決定には大きく分けて3つの思惑が絡んでいる。一つは私が先ほど言ったものだ、まぐれの余地すらない絶対的な力関係がある大会など八百長呼ばわりされても仕方がない。それに『彼や比翼の力』は大衆の目に留まるのは非常に不味いという理由もある。
だが当然差別だけをするつもりは毛頭ない、私や私と同じ考えの人間はエキシビジョンマッチにて彼を招待するつもりでいた。対戦相手は私か寧音、もしくは南郷先生にお願いする形でな。彼の実力なら寧音や先生はともかく、一線を退いた私では引き分けすら厳しいだろう。その武勇を知らしめることで僅かでも彼へ報いようと提案した。
もう一つの理由は、当人がヴァーミリオンに語った内容と相違ない。将来の国防を担うエリートたちを潰すリスクを負いたくない…というより、自分に責任問題が来ることを恐れた下種共の保身。そして洗脳という権力者が最も恐れる能力を、護身以上の戦闘力を持った人間が備えているという事実に恐怖したのさ。上手く使えば国や世界すら動かせる力を懐柔するメリットと牙を剥かれるデメリットを天秤にかけ、後者に重きを置いたらしい。奴の情報を流せば自分の手を汚さずとも連盟本部か《
「そこまでは日下部が妙なお節介を焼いてくれたお陰で聞いてる。今喋って貰った理由が連盟本部や部外者に嗅ぎ付けられた時の建前だってこともな」
「……あいつのコネクションはどうなっているんだ、まったく―――ああ、分かってる分かっている!ちゃんと話すさ」
一輝達兄妹も既にステラから話に聞いていたので動揺していないが、改めて聞いてもその内容に疑問が浮かぶ。理事長の案なら彼岸の面目は十分立つし、これから様々な形で『特別扱い』する理由としても十分だ。二つ目の理由については納得こそできないが、この国であれば実行されてもおかしくないと思えてしまう。しかし現七星剣王である《浪速の星》や《白衣の騎士》、《天眼》といったそうそうたる面子を輩出してきた日本の伐刀者育成機関がそこまで堕ちているとは思いたくない。ならばそれらの理由すら跳ね除ける彼らの『本音』とは一体―――――?
「―――その内容を話す前に、彼の能力が知れ渡ってしまったとある事件の話をまずしなくてはな。事件そのものはありふれた内容だ。ある清廉潔白な騎士が不心得者を誅したという、残念なことにお前達も何度か経験しているだろう事案だ。
……事件のキーワードに『殺し』と『洗脳』それから、とある『禁忌』が無ければの話だが」
――――物騒なワードが飛び出してきたがまだ許容範囲だ。それと同時に疑問も浮かぶ、彼の兄弟の所為で『殺し』の主語が誰か邪推してしまいそうだが新宮寺がそれだと態々洗脳する理由が無い。しかしそんな黒鉄兄妹の思案は、次に語った新宮寺の一言で吹き飛んでしまう。
「………これは絶対に他言無用だ。彼が行ったとある『禁忌』、それは―――――――――『死者の蘇生』だ」
「「 」」
言われた言葉が理解の範疇を超え、二の句が継げないでいる兄妹。当然だ、それは人類の夢であり悪夢とも言いかえられる所業だ。本当にそんなことが可能なのか、そもそもどんな状況にあればそんな事態に陥るのか、再起動した二人が声を荒げかけるがしかし――――。
「……驚かないんだな、やはりお前は知っていたか」
「昔見たことがあるからな。懐かしい、あいつがあれだけふざけた能力を持っていながら真っ当な価値観を持てたきっかけだからな」
「ほう?教育者として、何より一児の母として興味がある。差し支えなければ教えてくれないか」
「………まあ良いか。俺もマツもまだチビだったころの話さ。阿呆共……『元』親たちが一頭の大型犬を飼っていてな。『ポチ』なんてド定番な名前で、俺達が生まれる前から飼われていたせいか自分も親気取りで世話を焼いてくる変わった犬だったよ。普通は動物なんかは伐刀者を怖がるらしい、森羅万象に逆らう存在への根源的な恐怖とかなんとか。だがあいつは気が付いたらいつの間にか隣に居てくれる家族だった。
だがそんな時間は長くなかった。何せ俺達が生まれた時点で10歳を過ぎてたんだ、寧ろ大往生と言って良い……あいつの寿命が来ちまったんだ。その時に『アレ』を見た、その頃にはもう愚弟は自分の力を何とはなしに自覚していた。無知ゆえの蛮勇って奴さ、自分なら『死』すら捩じ伏せられるってな。始末が悪いことに、そんな子供の妄言が現実になっちまった。
わかってると思うが、『死』そのものは塗り潰すことが出来たがマツの願いを叶えることは不可能だった。病死とかならまだ話は違っただろうが、ポチの死因は老衰だ。『死』を拒絶しても終わりがほんの僅かに伸びるしか違わない。これに逆らうにはポチが今まで歩んできた時間全てを塗り潰すでもしないとな。
………その段になってようやくあいつは自分がしたことの残酷さに気付いてな。怯えてたよ、『ポチがもう一度死んじゃう、僕のせいだ』って。そうやって泣きじゃくってるとあの老犬、あいつの頬を慰める様に舐めたのさ。死後硬直で碌に動けない癖に、自分の死を冒涜しようとした不孝者を最後まで優しく見つめたまま。弟の腕の中で今度こそ眠りについたポチの顔は、とても穏やかだった。
……あの件が教訓になってるんだろうよ。神様染みた能力をもっていても絶対に一線を越えることは無かった。まあ博愛主義者じゃないから、更生の余地なしと見れば容赦なく『矯正』することはあったけどな。……俺も、あの老いぼれが居てくれたから弟や俺自身を『バケモノ』だと思わずにいられたんだろう」
「……なるほど、興味深い話だった。それに彼岸が何故自らの能力がばれるリスクを承知で行動に踏み切ったのかもよく分かった。そしてなおのこと“事件”が胸糞悪く見えるよ。
―――事件を起こしたのは、ある学園の鼻つまみ者3名だ。本部の許可が無い限り退学に出来ないことをいいことに、騎士の名を穢す不届き者だったそうだ。連中はいつもの様に遊ぶ金欲しさに恐喝を始め、たまたま目についた出かけ途中の家族に詰め寄った。被害者の父親は家族を守るため当初は金を差し出そうとしていたが、連中の一人が年頃の娘を手籠めにしようとしたことで抵抗。逆切れした連中は父親に暴行を加え、倒れた拍子に側溝に頭を強打したことで脳挫傷を起こし死亡した。
だがその程度では連中の良心は疼かなかったらしい。邪魔ものが片付いた連中は娘を人目に付かない所へ連れて行こうとし、抵抗する娘に対し『抵抗すれば母親も殺す』と囁いた。そのタイミングで偶然通りかかった彼岸が事態を察して連中を叩きのめし、彼の通り名《
それまで見ないふりをしていた予備役騎士たちは、手のひらを返して手柄欲しさに名乗り出た後彼等全員を連盟へと差し出した。……もうわかっただろう?最後の思惑は不老不死という奇跡を日本、いや一部の人間で独占するために、ありとあらゆる手段で彼岸を手に入れるというものだ。文字通りどんな手段を講じても、な」
「………」
『死者の蘇生』という言葉で薄々感づいていたが、一輝達はもはや言葉も出なかった。そして何故、一般人が月影総理の言葉に全面的に賛同したのかが良く分かった。これでは同じ狼藉者でも、総理によって統制され命令を順守している『暁学園』の方が彼らにとって真面に映るのも納得だ。
一輝も入学時の馬鹿騒ぎや《剣士殺し》とのいざこざで、日本の伐刀者のモラルにも個人差があることは知っていたが、見積もりが甘かったとしか言いようがない。馬鹿な行動には模倣犯が必ず現れ、処罰されなかった前例が仇となり増長するという事実が理解出来なかったのだ。
「……なるほどな、失踪したってのと『阿呆共の認識を書き換えた』のもそれが理由か。あいつらならとっくに行方不明を届けてるはずだからな。大体聞きたいことは全部聞けた、次は理事長の番だ、なんか用があるんだろ?」
「私としても聞きたいことはもうない、その代わりお前に頼まれて欲しいことがある。寧音をステラに貸した以上、この学園で彼岸と黒鉄兄妹の実力差を正確に測れるのはお前しかいない。先ほど言った条件をクリアする手伝いを頼めないだろうか?」
「………良いだろう、こっちとしても気を紛らわせるネタが欲しかったところだ。マツなら欲の皮突っ張った連中に遅れを取るなんざ有り得んし、紫音も傍に居るから万全だしな。俺としては構わんが、そっちの二人はどうなんだ?」
「勿論、こちらこそよろしく頼むよ。それと遅くなったけど、助けてくれてありがとう。短刀のこともだけど、何より珠雫を助けてくれて本当にありがとう」
「私からも礼を言わせてください。ありがとう御座いました、それからご指南よろしくお願いします」
「…………あー、臍が痒くなるから勘弁してくれ。あと指導なんざしたことないから、多少ハードでも文句言うなよ?」
正直剣武祭どころでない気もするが、取り敢えず目の前のことから片付けようと意識を切り替える面々。非常にぎこちないながらも、苦笑しあいながら春雪と一輝は一年前と同じように握手を交わしていた。
――――――黒鉄兄妹がデスマーチに悲鳴を上げるのは、これより数分後の事となる。
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