―――――日本の首都、東京。創業百年を超える老舗から新進気鋭のベンチャー企業まで、あらゆる方面で一流が集うこの街でも最上級に君臨するホテルのリストランテ。世界各国のVIPやKOK一桁ランカーといった錚々たる面子をサービスしてきた名店は、本日たった一組の予約客の為に貸し切られていた。
「――――うーん、この数日の接待費だけで僕の生活費一年分が軽く消えてそうですね。良いんですか?こんなことの為に国の血税を浪費しても?」
「そうでもないよ、寧ろ私にとっては最も有意義な
もしこの場にパパラッチが紛れ混んでいればさぞ訝しんだことだろう。客の一人は今まさに時の人であり、日本人の殆どと各国の諜報が動向を見守っている人物――内閣総理大臣『月影 獏牙』だ。この人物の密会ならここは十分に相応しい。しかし相対する二人の人物は学生服に身を包み、しかも一人は全くの無名の学生騎士なのだから。
しかし、もし彼が立つ位階を知る人間ならば『このホテルを、職員ごと買い上げてプレゼントしてでも縁を結べるのなら安すぎる』と鼻息を荒げるだろう。そんな自分の立場など気にも留めず、《
「……本当に、重ね重ねお詫び申し上げる。君達は紛れもなく我が国の無辜の民だというのに、手を伸ばさなかっただけでなく貪るばかりで、極めつけは応報の段になって見苦しく命乞いを始めた。そんな私達を――――」
「―――まあまあ、一体何度謝罪を繰り返すんです?心配せずとも貴方達無関係な人間に牙を剥いたりはしませんよ、思い上がった『糞餓鬼』が望むままに力を振えばどうなるかは小学生で身に染みましたから。そりゃ聖人君子じゃありませんから悪意には相応の落とし前を要求しますけど、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて程擦れてはいません」
「そーそー、僕なんか『彼女』との訓練が終わった後の生活基盤や新しい戸籍と、何から何までお世話になってすごく助かったもん。……それに何より、総理が見てて哀れだもんね。こんな情勢で指導者とか嫌がらせでしかないよね?しかも何時訪れるかもわからない『悲劇』とのチキンレースしながらなんて軽く詰んでるよね」
此処に居る二人は、その類稀なる能力と資質を知られた途端目がくらんだ人間に人生を振り回され本来受けるべき庇護さえ満足に得られなかった。当然国家への帰属意識など皆無であり、極論すれば日本が滅びようが
しかしそれを実行しないのは彼等自身の矜持、そして目の前の壮年への深い同情からである。《比翼》を通じて月影総理と知り合った二人は、月影から聞かされたある情報とどれだけ無謀でも良き未来を生み出さんと文字通り身を削る彼に、人として大いに敬意を払っていた。それ故もし彼がその権威から引き摺り下ろされでもしない限りは、降り懸かる火の粉を払う以上のことはしないつもりでいた。
さて、ここで唐突だが紫乃宮が『詰んでる』といった要因について説明しよう。まず地理的要因、これは世界地図を広げて貰えば瞭然だが左(西)に
もし仮に《連盟》と《同盟》に軍事的緊張が発生すればどうなるか?日本は同盟諸国との間に敵対国家が挟まる関係上物資の供給を遮断されやすくなる。それは国内消費の約7割以上を輸入に依存する日本にとって致命的だ。にも拘らず脆弱な同盟国を抱える必然として、敵の後背を付ける立地を理由に派兵要請が幾度となく送られてくるのは想像に難くない。それは唯でさえ物資に不安を抱える戦時下で他人の都合で出血を強いられる二重苦を押し付けられることと同義である。
そして次に歴史的要因。日本は《同盟》傘下の諸国とは比べ物にならない程小規模の国家でありながら、その主要国全てに勝利している歴史を持っているのだ。中国には日清戦争、ロシアには日露戦争、そして第二次世界大戦ではアメリカを含む全ての国家に辛酸を嘗めさせた。
そんな彼らが戦時下で真っ先にどの国を標的にするか?問うまでも無く日本である。日本には『夜叉姫』『世界時計』を始め世界で知られ過ぎた猛者たちが今も強大な力を保持している。後顧の憂いを絶つにしろ他の連盟加盟国の抵抗を圧し折る為にしろ、日本を下す以上に効果的な手段など存在しない。
さらに内政要因。嘗て『大和魂』と『国家神道』は良くも悪くも日本国民を強力にまとめていた。そして侍局という伐刀者の総まとめ機関が適切に機能していたこともあり大日本帝国は精強だった。それは圧倒的な国力差がありながら第二次世界大戦で戦勝国に名を連ねたことからも疑いようは無い。
しかし戦後の極端な厭戦ムードからくる非現実的な軍縮と
もしこのまま戦時下に突入すればどうなるか?優勢に進み続けたならともかく、一度でも風向きが変われば伐刀者に不満を募らせている層が爆発しかねない。そうなったら日本は大戦ではなく内戦で滅ぶ可能性が出てくる。
最後は人外要因、人類にとって一番の秘密と言える『
これ程の外疾内憂を抱えておきながら、解決する手段を日本も連盟も持っていないのだ。そもそも日本を二つに割っているのは魔導騎士に関する全権を牛耳っている連盟の政策が原因である。彼らがその権限を一切手放さない以上脱退以外に現状を打破する手段はないが、その場合速やかに同盟に鞍替えしなければならない。
もし第三国として独立すれば、優秀な騎士を排出した日本から戦力をむしり取ろうと両陣営が殺到することは難くなく、最悪日本が両陣営の紛争地帯となる可能性がある。そうなれば間違いなく日本は地獄へと生まれ変わるだろう。
だからこそ、月影は『暁学園』という博打に出たのだ。狙いは連盟脱退の理由作りだけでなく、実力を示し解放軍との蜜月をみせつけることで同盟の食指を動かすことである。
先ほど歴史的要因でも上げたが、同盟主要国は日本との間に敗北という確執がある。である以上彼らからすれば日本国そのものを取り込むより、むしろ『日本の遺産』として強力な伐刀者という旨味のみ吸収する方が望ましい。
しかし日本が独自に『解放軍を取り込む』となれば話は別だ。解放軍と敵対する連盟に見切りをつけ、同じく屋台骨が経年劣化し始めた解放軍に見切りをつけ始めた構成員―――特に十二使徒を引き込めば、日本は単一で『絶対に無視できない第三勢力』へと昇華しかねない。もし日本を引き込むことで、彼らの伝手でより多くの解放軍を抱き込むことが出来るのなら、同盟側としても加盟を拒否する理由は薄くなる。
だが一つ問題がある。万一円滑に同盟へ鞍替えできたとする、そうなれば伐刀者教育の主権を取り戻せるが取り締まる機関も立て直さなければならない。しかし既存の伐刀者至上主義に染まった人間では改革など夢のまた夢だが、次世代の成熟を待つ時間もない。月影にとっても悩ましい問題だが、この案件こそ彼と待雪を繋ぐ架け橋でもある。
「…それよりも、同志戦友の後押しをありがとうございます。お陰でスムーズに実権が握れたと喜んでいましたよ。約束通り、万一貴方の目論見が頓挫しても我々が違った形で引き継ぐことを請け負います」
「……消極的な賛成で申し訳ないがね。それより君に問いたい、彼は……『黒鉄 蘇芳』は正気なのか?」
―――先日国際魔導騎士連盟日本支部、並びに黒鉄家より公式発表がされた。支部については大胆な方針転換(ランク偏重主義の撤廃・一族経営染みた人事の撤廃並びに大幅な組織再編etc..)が発表され、
……そして黒鉄家、懸念された通り醜い後継者騒動に明け暮れいよいよ政府から最後通牒が下されるか、というところまで来ていた彼らは突然『新当主を蘇芳に委ねる』と満場一致で決定したのだ。この決定に対し政府は当初不安を拭いきれなかった。なにせ見た目はどうみても小中学生にしかみえない子供であり、飾り物の当主にしか見えなかったのだ。
ところが、いざ蘇芳が当主に就いたと思えばこれまでの騒動が嘘の様に黒鉄家が一つにまとまり、先程あげた支部の改革に着手し実行に移したことでその不安も一掃された。特にこれまで泣き寝入りされてきた事件を再調査し、容疑者への然るべき処罰と被害者への賠償を黒鉄家の私財を投じて行ったことで早くも名声を得始めている。これだけ大掛かりな行動に出ておきながら反発を完璧に抑えていることも評価に繋がっている。
「…正気か狂気かなんて問うまでもありません。
「それが形になったのが『
「……言っておきますが人格否定なんて悪趣味なことはしてませんよ?ちょっと『ヒトとして当たり前の道徳』を無理やり植え付けただけで。それはともかく、彼の理想は僕としても非常に都合が良いんですよ。
個人的な考えですがぶっちゃけた話、人類に霊装も伐刀絶技も必要ないでしょう。益こそ齎しますがあるべき姿を歪めてますし。だからといって伐刀者の生を否定しませんが、人の営みに凶器を持ち込む必要性が理解できません。霊装が魂の在り方だというのなら、物欲に穢すのではなく磨くためだけに用いるべきです」
天音はともかく、待雪の本来の雇用主は黒鉄 蘇芳である。しかし『とある事情』で蘇芳は自身の力を振うことが出来ないでいるため、円滑に事を進めるべく月影と共同戦線を張っている。お互いの理想は完全にではないが共存が可能であると判断し、月影は資金や後ろ盾を提供し、蘇芳は待雪という規格外の戦力を提供している。待雪個人としても七星剣武祭に並々ならぬ興味を抱いていたので渡りに船であった。
「―――おっと、料理も来たことだし難しい話はここまでにしよう」
「さんせーい、来る前にググったんだけどお肉料理が凄く美味しいってあったから楽しみーッ!!楽しみといえばマツ君、ハル君は例外として他に注目してる選手とかいるの?」
「楽しみな相手は沢山いるよ?流石に勝ち負けを競い合える相手は殆どいないけど、この闘いには僕や兄さんと同じ領域に至れる可能性を秘めた人達が沢山いる。ヴァーミリオン皇女に王馬、それから勿論君の大好きな一輝君もね。もしこの闘いの中で芽吹くようなことがあれば……そうだね、凄く楽しくなるだろうね」
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―――――東京の某所でそんな話がされている中、破軍学園に鎮座する要塞では相変わらず特訓の日々が続いていた。強制的に回復させられるためリアル24時間労働が繰り広げられているが、ツッコミを入れる人間はいない。鍛錬中毒者を地で行く一輝と珠雫にとっては寧ろこの環境は天国であり、今では付き合わされる春雪の方が嫌そうな表情をしていた。
現在黒鉄兄妹は別々の部屋で訓練を行っている。あの後メンテナンスを実施したところ、一輝の不具合の原因は脳の伝達信号にあった。初めは元に戻す方向で話を進めていたが、調査の結果もしこの信号通りに体が動けばこれまでとは異次元の実力が発揮されることが判明したので、逆に肉体を其方に合わせる方向に切り替えた。
こうなった要因は考えるまでもなく《比翼》との戦闘であり、その時の記憶を辿らせようとしたのだが肝心の一輝がそれを忘却してしまっている。そこで、状況の再現ではないが『圧倒的にスペックが異なる敵との戦闘』を行うことで記憶を取り戻させようとしているのだ。
今現在、一輝は『八重垣』を8本携えたクィーンと剣戟を結んでいる、しかも
対して、珠雫は
これが春雪の考えた『青色輪廻』特訓プランと実戦でのアドバイスである。そもそも現行の技術で再現できない頭部、特に脳を分解するのはリスクが高すぎる。そこで体の一部分にこの伐刀絶技を施すことで、防御ではなく攻撃に用いる方法にシフトさせている。すでに珠雫の右腕についてはメンテナンスルームにて完璧にデータ化しているため、仮に再構成に失敗したとしても切り落とせば《迷宮の看護婦》で完璧に元通りに出来るので比較的安全に訓練が実施できている。
「―――――ッ!やった、春雪さんの言った通り…ってあッ!!」
「……初めて成功して喜ぶのは分かるが取り乱すな。しかし思った通り再構成の
何が起きたかと言うと、塵や気体へと変えた右腕を一匹の子犬へと変えて見せたのだ。これは春雪が『青色輪廻』の説明と珠雫の異変から思いついた応用技である。
現在の珠雫の体は、彼女の人体への知識の乏しさから再構成に不具合が出て穴開きに近い状態にある。しかしここが春雪には引っかかった、術式が『元の
答えはこの術式に『復元する』機能などなく『構成を組み換える』だけなのだ。つまり彼女は一切の見本も写真も見ずに自分を再構成してみせたということだ。外見はともかく内臓や血管に深刻な異常が出なかったのは奇跡と言えよう。
そこで、逆転の発想として『全く別の物へ再構成する』という使い方を考えた。右腕を気化させたからといって態々右腕に戻す必要などない。最終的に右腕に直せばよいのだからその過程で別の何かに再構成したところで問題ない、例えば自身の代わりに戦う兵隊や別の器官に変えてしまったりなどに。
そしてその思惑は成功した。しかも大気と同化するという特性を利用して塵にした部位以上の質量を生み出せることも判明した。他にもこの伐刀絶技の対象には垢等の老廃物すら対象に出来ることも分かった。
ゆくゆくはリスクのない部分をまず補助脳へと気化再構成を行い、万全の態勢で『青色輪廻』を行使したり、攻撃される部分のみに行使してより安全に運用したり、もしくは怪我をした部位に行使し傷のない肉体へと即時に再構成する、といった使い方を目指している。とはいえまだまだそこまでは及ばず、剣武祭までに実践に使えるようにするのも間に合わない。そこで―――――。
「しかし、成功したとはいえ流石に
「はいッ!……それにしても、なんだか一人だけ反則してるようで少し抵抗がありますが」
二人が何をしたかというと、春雪の『応急処置』に細工を施したのだ。珠雫の体に生じている不具合を補填するために『霊装』で創った人工臓器やナノマシンを埋め込んであるのだが、その中に『演算処理を記録し再現の補助をする機構』も内蔵させているのである。
これにより珠雫が『青色輪廻』を使用した時、失敗しない様成功したデータを基に補助してくれる仕組みとなっている。……微妙にグレーゾーンな気もするが試合前にMRIで調べられるわけでもないのでまず見つからない。そもそも今回の剣武祭には超弩級の化物が混じっているのでこのくらいハンデにもならないと春雪は開き直っている。
「んなこと言ってる場合か。一輝の特訓が成功すれば、あいつの強さは桁が一つ上がるしステラのポテンシャルは良く知ってるだろ?置いてけぼりが嫌ならさっさとものにしてみせろ」
剣武祭本番まであと一週間。いよいよ数えるほどとなった準備期間の中、彼らは食事以外一切休むことなく訓練に没頭していた。
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