豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ   作:章介

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第二十八話

 

 

 

 

 

「――――やれやれ、最も当たりたくない相手が初戦とは僕もツイてない」

 

 

「よう、邪魔するで。…またケッタイなことしとるなお前」

 

 

 春雪の初戦の相手である城ヶ崎は、現在ウォーミングアップもせずに将棋盤を見つめていた。丁度次の試合が出番と言うこともあり冷やかしにやって来た諸星は開口一番苦言を呈した。将棋盤を覗き込むこの姿勢こそ彼の準備運動であり何の不思議もないのだが、いつもと違うのは相手側の駒、何故か“歩”と“桂馬”以外無地となっているのだ。

 

 

「……落合選手の現状を最も再現するとなるとこうなるのですよ。『暁』を除いた代表選手の中で、彼だけは情報の重さを良く分かっている。本当に厄介な手合いですよ」

 

 

「どういうこっちゃ?手の内隠すなんざ誰でもやっとることやろ」

 

 

 本気で首を傾げる旧友に苦笑しながら、自身の整理も兼ねて説明を始める。

 

 

「そうですね、でも彼の徹底具合は相当なものですよ。強化合宿は勿論、それ以前のデータを方々から掻き集めましたが全く手の内を晒していません。選抜戦は《雷切》を除けば全て『雑兵』で片付けていますし、彼の性格を読む限りその最終戦で嗾けた騎士ですら恐らく『主力』止まりでしょう。

 それに、私が得意とする『自然体や日常生活から相手を丸裸にする』手法も彼相手には難しい。少し調べただけでも分かりますが、彼大分破軍学園でも嫌われ者のようです。同学年はマシなようですが、彼らは交流が無さ過ぎて情報が殆ど出ず、他は色眼鏡や先入観が強すぎて判断材料足りえない」

 

 

「…あー、昨日話したけど確かに人選ぶ性格しとったなあ。せやけど白兵戦はどないや?どう見ても鍛えてる身体付きやないしお前なら接近するくらい訳無いやろ」

 

 

「…雄、それは幾らなんでも彼を舐めすぎです。いいですか?こういう手合いは弱点を野放しにしておくような可愛げは持っていません。貴方が隙だと判断したならそこは()()()()()()()()です。有栖院さんとの戦いからも彼はそういった『仕込み』を結構好む様ですから、とびっきりのビックリ箱を仕掛けてるでしょうね」

 

 

 城ヶ崎にとってこういった相手は久しぶりとなる。剣武祭に上がってくるのは諸星や《雷切》のようなシニアで名を馳せた人物が多いので前情報には事欠かず、極稀に若かりし日の新宮寺理事長のような遅咲きの天才も現れるが、そういった人物も学園内で派手に暴れるので剣武祭までには情報が出揃う。

 

 

「……ようわかったわ。お前にいつもの余裕が無いのも、珍しく高揚しとる理由もな」

 

 

 およそ初めてといって良い『遭遇戦』。城ヶ崎の弛まぬ努力と誰が相手でも全霊を尽くす高潔さ故に一度も経験したことのない難所、しかしこの苦境に湧き立たない男が『隣に居る親友の次に強い高校生』になれるはずがない。自らが磨き上げた思考という武器が、新しい戦場でどこまで通用するか、それだけを胸に彼は決戦の舞台へ進んでいった。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

『―――さあ、いよいよ第一試合の幕開けです。入場してきた両者ともに極自然体で在り、まさしくベストコンディションだと見受けられますが如何でしょう牟呂渡プロ?』

 

 

『そうですね、特に今回初出場の落合君に力みが無いのはとても素晴らしいと思います。騎士としては珍しいくらい知名度のない選手ですからね、台風の目に成り得るのか否かはこの一戦で分かると思います』

 

 

 

「……白々しいな、『役人に鼻薬を嗅がせてランクを偽った』と大騒ぎしたのは何処の誰だったかな」

 

 

「まあそう仰らずに。この試合の推移でそんな冤罪は吹き飛びかねませんし、誰でも節穴と蔑まれたくはないでしょう」

 

 

「少なくとも会場の客はそう思ってない様だがな」

 

 

 会場のボルテージが上昇し続ける中、春雪の機嫌は反比例するように下降し続けていた。観客が白夜コール一色というのは想像がついていたので何とも思わないが、自分の顔に泥を擦る片棒を担いだ組織の能天気な反応ははっきり言って癇に障る。

 

 

 

「……両選手とも、私語はここまでだ。まもなく第一試合を開始する、各自霊装を展開しなさい」

 

 

 雲行きが怪しくなってきたことを察した審判が軌道修正に入り、その後すぐに場外へと移動した。事前に新宮寺理事長から『(春雪)は恐らく派手にやるから巻き込まれるな』と念押しされていたからだ。審判からの促しもあったことで意識を切り替えた双方はほぼ同時に獲物を顕現させる。

 

 

『おおっとォ!!審判の合図とともに、およそ50を超える歩兵、騎兵、それから翼を持った人型が姿を現したあッ!!恐らく事前に提出された資料にある、落合選手の伐刀絶技『騎機怪々狂想曲』だと思われます。しかし牟呂渡プロ、十重二十重の陣容が形成されていくのをただ見ているしかないというのは聊か不公平に見えるのですが如何でしょう?』

 

 

『いえ、武器を構えるのも人形を並べるのも「霊装を構える」という行為の範疇です。規定に抵触しない以上、非難は的外れというものです。寧ろこれを制限されては城ヶ崎君の白刃に対し無防備を強制させることになり、却って不公平になりませんか?』

 

 

『お、仰る通りです。失礼しました』

 

 

 ―――さて、外野が余計なことを話している間、城ヶ崎は着々と完成していく布陣に表情を崩すことなく、それどころか笑みすら浮かべて佇んでいる。

 

 

 ……なるほど、この手は予想できていたが使われるとは思っていなかった。彼は黒鉄 一輝と違い、求めているのは栄光でも頂点でもなく汚辱の払拭のみ。そして自分は全大会の準優勝者でありこの一戦は開戦の号砲、であるなら彼が求めるのは鮮烈にして完璧な勝利の筈。いや、ここで有り得ないと思ってしまうことこそ自身の限界。致命的な一点を読み切れなかった以上、結末は既に決している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――そう、自分の敗北だと。

 

 

 

『ではこれより七星剣武祭一回戦、Aブロック第一組!城ヶ崎 白夜選手 対 落合 春雪選手の試合を開始いたしますッ!Let’s GO AHEAD!!

――――――えッ!?』

 

 

そんな城ヶ崎の悟りを裏付ける様に、合図とともに降り注いだ閃光が彼の意識を刈り取った……。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「……あまりにも呆気ない幕引きだったわね。周囲の評価を聞く限りだとクジ運が良かったとは言えないみたいだけど」

 

 

「アリスにもそう見えたの?でも、あの結果に関しては対戦相手を誉めるべきよ。春雪さんが()()()()()()()()()()のはあの選手がそれだけの実力者だったから」

 

 

 まだ出番が先の珠雫は控室ではなく、観客席でアリスと共に一部始終を見ていた。恩人であり友人と呼べるくらいには親しくなれた春雪の勝利を二人で祝おうと思っていたのだが、周囲の『雑音』の所為で台無しだった。

 

 

 試合が終わって尚観客の反応は騒然としていた。但し好意的なものは決して多くなく、先程の試合については正に賛否両論と言った状態であった。

 

 

 試合開始と同時に決着はついていた。城ヶ崎の敗因は無数の軍勢が合図の直後一斉に爆発したから。間違いなく今大会の上位に位置する彼だが身体能力に限ればその順位は大きく下がる。それ故に包囲された時点でこの結末は決定していた。

 

 

 それはともかく、前大会2位を一瞬で倒したという事実は本来であればもっと称賛されてしかるべきなのだが、あの解説の不用意な一言の所為でケチがついてしまった。あの圧倒的な勝利は実力差ではなくルールありきの小賢しさ由来のものだ、と。

 

 

下馬評や知名度の差がそれに拍車をかけてもいるが、とことん春雪の邪魔にしかなっていない連盟サイドに珠雫ですら呆れてものが言えないでいた。とはいえ、外野の反応等心底どうでも良い珠雫はそんなことよりも、城ヶ崎の『知られざる功績』を絶賛する。

 

 

「アリスは分かってると思うけど、春雪さんはお兄様みたいに頂点を目指している訳じゃない。今更卒業に拘る人じゃないし、連盟の戦力じゃ楔足りえない。この場で御行儀良くしているのはあくまで貶められた名誉の復権のため」

 

 

「―――なら次につながる勝利より、魅せつける様な圧倒的な勝ちこそ理想的。けれど情報戦という枠を取り払った城ヶ崎さんは豊富な経験と対応力を発揮しかねない。見せて良い手札を全て切らされるリスクを回避するには勝ち方を選べなかった、てこと?」

 

 

「…その結果がこの有様だけどね。恐らく春雪さんの目的を果たさせなかったという意味で言えば、あの選手以上の人は出てこないと思う。まあ、どうせ気にしてはいないでしょうけど」

 

 

 そこで言葉を区切った珠雫は、観客席を落ち着ける様に流れてきたアナウンスに意識を切り替える。春雪には悪いが、珠雫にとっては次の試合こそ本番である。今までずっと日陰で耐え忍んできた愛しい人の晴れ舞台に心躍らせる彼女を、アリスは微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 ―――――さて、所変わってホテルの一室。先程まで舞台に立っていた春雪は、珠雫の予想通り試合の成果を気にしておらず、それどころか上機嫌で自室に戻っていた。その理由は……。

 

 

「……えー、以上でご注文にお間違えは無かったでしょうか?―――はい、ありがとうございます。重ねて申し上げますが、こちらの製品は生菓子ですので足が非常に早う御座います。遅くとも明後日までにはお召し上がりください。……それでは失礼いたします」

 

 

 昨日、紫乃宮と訪れたお土産屋で注文していた品が届いたからである。ちなみに中身は関西銘菓『八つ橋』であり、その数実に30箱。春雪から了承を得るまで桁を間違えてないかと配達人が恐々とするのも当然だろう。

 

 

 以前にも触れたが、この男もちもちとした触感の食べ物が大好物なのである。そして普段は小食な癖に好物に限ればステラ並に食べる春雪は、これだけの数を2日で食べきるつもりなのだ。今の彼には先程の不愉快な評価は既に忘却の彼方であり、そもそも準決勝で待雪と闘うので大した問題ではない。とりあえず目の前の御馳走だと部屋に戻ろうとすると―――――。

 

 

 

 

 

 ぐううううぅう~~~きゅるるるるる~~~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

 ――――まるで恐竜のいびきのような爆音が隣から聞こえ、立ち止まってしまう。

 

 

「…………なんだ、今来たのか?」

 

 

「~~~~~ッ!!い、今のは忘れて!お願いだから記憶から消し飛ばしなさい!!しょうがないでしょ!?ネネ先生ってばギリギリのギリまで特訓させて、着の身着のままでここまで来たのよ!信じらんない、イッキに見られてたら世を儚んでるわよ!こっそりホテルに入ってシャワーを浴びてようやく生き返ったんだからッ!!」

 

 

 振り向けばその先には紅い髪の皇女様。羞恥心とパニックで捲し立てられるが視線は八つ橋にロックオンされている。どうやら話を察するに、対『人外』を想定した西京が本気になり過ぎたらしい。帰りの時間すら忘れて没頭した結果に少し同情した春雪は、言ってはならない一言を漏らしてしまう。

 

 

 

「――――――――――食うか?」

 

 

「―――ッ!食べる!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず部屋に入れ、飲み物も持たずに口に放り込み始めたステラを気遣ってお茶を入れに行ったことが最大の失敗だった。まさか春雪も、たかが一分足らずで30箱全て平らげられるとは思いもしなかったのだった……。

 

 

 

 




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