『―――――試合終了ーーーッ!!鶴屋選手、《
『そうですね。偏に落合選手の引き出しの深さを読み切れなかった、この一点に尽きるでしょう。鶴屋選手の着眼点は決して間違いではなかった。彼女は視線を合わせるだけで絶対零度の空間を創り出せる能力者、しかもその範囲は決して狭くない。スピードとパワーを両立させた非常に優秀な学生騎士であり、例えポーンとやらで壁を作っても諸共凍りつかせてしまえば良い。彼女が取れる最善手であったことは間違いありません。
しかしその一手を落合選手は軽々と踏み越えてしまった。強力な手札を揃えた選手だと思ってはいましたが、まさか絶対零度を正面から完封してしまうとは。そんな芸当が他に出来るとすれば紅蓮を操るヴァ―ミリオン選手くらいでしょう』
七星剣武祭2日目、既に5試合が終了しているが特に波乱が起きることなく粛々と進行していた。一輝と珠雫については語るまでも無い、決して弱い相手ではなかったが試合の巡り合せが悪かった。二人共揃って前大会ベスト3を初戦で下しており、幾らなんでも彼等と比べるのは可哀そうと言うものである。
そして今勝ち名乗りを受けた春雪も快勝を遂げていた、がしかしこの対戦カードは鶴屋のクジ運を嘆いてやるべきだろう。何が悲しくて『意のままに姿を変えられる溶岩』を従えた男と冷気遣いが戦わなければならないのか、威力と速度を極めていると言って過言ではない《
第一試合と違い今度こそ文句のつけようのない、しかも前回ベスト8という実力者を下しての完全勝利………ではあるのだが春雪の表情は晴れず、寧ろ一回戦の時以上に渋い。
「(―――また一つ手札を切らされた。しかもよりにもよって
そう、これが春雪の表情を曇らせている理由である。以前東堂との選抜戦で物言いがあったことから、『
かといって他に鶴屋相手に有効な手があるかと言えば首を振らざるを得ない。霊装を準備する間に好きな駒を用意できるとはいえ、光の速さで先手を取れる駒は限られる。『クィーン』を出してはあまり変わらないし、『八重垣』では五分五分の賭けになる。二回戦でそんなギャンブルは御免だし、何より『自分に施してある仕込み』を晒すリスクに比べれば、まだアウターシリーズを出す方がましだった。試合全体で見れば圧勝でも、鶴屋もまた城ヶ崎と同様容易ならざる相手だったという訳だ。
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「あ、ハルユキこっちこっち!良い試合だったわよ」
「お疲れ様、昨日と今日で前大会屈指の技巧派を二人倒すなんて凄いわ。今日の成果には流石に周りも絶賛するしかないみたいよ」
観客席へと戻った春雪は、ステラとアリスからそれぞれ称賛と共に出迎えられた。友人への評価を自分のことの様に喜ぶ仲間思いの彼女達にとっては、昨日のことも相まって尚のこと誇らしかったらしい。春雪もそんな彼女たちを邪険にせず素直に受け取って席に着いた。
しかし彼女らもただはしゃいでいる訳でもない。ここにいるのは全員屈指の実力者であり、先程の快勝の“裏”も見抜いていた。
「春雪。さっきの試合で宙に舞っていた灰、あれは以前言っていた『アウターシリーズ』の一つだよね?絶対零度を以てしても一瞬すら凍らせられないほどの高温を維持したまま視認することも出来ない灼熱の灰、隠密性と殺傷力を極めた恐ろしい霊装だけど知らないままと知って戦うのは天と地ほども違う」
「……そうですね。普通はあれほど強力な霊装なら知っていてもどうにもなりませんが、準決勝で戦うであろう人は普通から最もかけ離れた人ですから。これがトーナメント形式の怖い所です、クジ運によっては切札を隠すことも出来ず情報アドバンテージを取られてしまう。それに引き替え彼岸さんは規格外すぎて全貌が全く見えてきませんし」
黒鉄兄妹は冷静に状況を分析する。順調に勝ち進むことが出来れば珠雫はブロック決勝で、春雪は準決勝、一輝とステラは決勝で待雪と当たる可能性がある。問題は珠雫以外の道程が遠く、しかも過程で強敵と闘わなくてはならない点だ。
「……正直あの一回戦を見せられては、私が勝ってみせると断言出来ません。ですが私にも、あの地獄の特訓に喰らい付いて参戦を認められた意地があります。例えどれだけ無様に敗北しようと、このままお兄様や春雪さんにだけ不利な状況にはさせません!」
「その意気だ珠雫、お前さんが考案した“あの業”ならあいつの喉笛にも刃が届くだろう。らしくもない後ろ向きな目標なんざ立てずにぶつかっていけ。……なんて偉そうに言っといてあれだが俺も先行きが危ういんだよな、倉敷とかいう阿呆ならどうとでもなるんだが、あの血塗れの何とか言うのがどうにも……おい、どうした一輝?顔色悪いぞ?」
暁学園による破軍学園襲撃の際、ちらっとしか見えなかったが予測出来得るサラ・ブラッドリリーの“能力”に眉をしかめる春雪だったが、隣りの一輝の顔色が蒼白に、ステラが渇いた笑みを浮かべたのを見咎めて問いを投げる。すると―――――。
「いやあ、昨日の夜ステラと部屋に居た時急にやって来たんだけど、懇親会の時みたいにモデルになれの一点張りで。ステラも上手い具合に買収されて仕方なく王馬兄さんの部屋で寝泊まりする羽目に……ってあの珠雫さん?そんなに殺気を込めてドチラヘ?」
「……そうですかあの痴女、性懲りもなくお兄様の元へしかも夜襲をかけるなんて命が惜しくないんですね。ご安心ください、あの病弱な癖に無駄に乗った脂肪を少しばかり削いで、二度とお兄様の前に現れなくしてきますので」
「ちょ、ちょっと待ちなさいシズクッ!?そんなことしたら失格になっちゃ『ピキピキピキ』―――ってあれ?足が動かない……?」
ぞっとするほどの殺気に自然と敬語になってしまった一輝。彼じゃ止められないと前に出たステラだったが、突然凍りついた足元から視線を戻すと、そこには首だけ百八十度回転させてこちらを見つめる珠雫の姿があった。ぶっちゃけ怖い、なまじ顔立ちが整っているだけに絶対零度の視線が恐怖を際立せている。これが夜だったら完璧にホラー映画のワンシーンである。
「そうでしたね、あんな痴女より駆除しなければならない害虫が居ました。先ほどお兄様の口から信じられない一言が飛び出していましたが気のせいですよね?殿方の寝室に年頃の女が二人っきりで、一体何をするつもりだったのでしょうか?
―――――チョットキカセテイタダケマスカ?」
「「……あっ」」
先程までの真面目な空気はどこへやら、全力ダッシュで逃げて行った二人とそれを追いかける珠雫。大騒ぎしてつまみ出されるよりはマシだが、何とも締まらない光景である。
あの子たちも相変わらずねえ、と置いていかれたアリスは、ふと隣に居る春雪が静かなことに気付いた。こういう馬鹿騒ぎは意外と乗ってくる男にしては珍しく、カリキュラムの載った冊子をじっと見つめていた。
「―――どうしたの春雪?次の試合は確か、貴方の幼馴染の紫乃宮ちゃんだったわね。私は暁に居る時ほとんど会ったことはなかったけど、昨日は開始10秒で勝ってた凄く強い子よね。…何か気になる事でも?」
「……いや、なんでもない」
とても何でもないようには見えない表情だったが、アリスは踏み込むことはせず思考の邪魔にならないように飲み物を理由に席を外す。それに内心礼を言いながら春雪は一人考え込む。
「(あいつは確か“自分の『ある程度の不幸』を『本心』から願えば、この空気の読めない幸運を中和することが出来る”と言っていたな。だが、運なんてモノは目に見えんから適量はどうしても経験則に依存する。だが今日の相手はこの世で最も悪縁を踏み潰してきた『日本最高の医者』で、水を通して肉体の完全制御を行える“他に類を見ない程”相性最悪の騎士。
だが彼女は天音にとって“諦めずに最後まで戦いたい相手”には入っていない。多分海外暮らしが長くて単純に知らなかっただけだろうが、《
『―――会場の皆様にお知らせいたします。本日予定していたCブロック第三試合ですが、薬師選手の棄権申請により紫乃宮選手の不戦勝となります』
余計な混乱や悪感情が向かないよう誰にも告げることのなかったこの予想は、しかし残念ながら的中してしまう。空気の読めない神様は、彼が夢見た舞台へと辿り着ける様気を利かせたのだ、少年の願いを踏みにじりながら。
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