つい本命以外をダイジェストにしたくなる衝動が……(笑)
「――――しまった。走るのに夢中で選手控室まで来てしまった、ここは試合が無いと立ち入り禁止なのに。途中でステラとも逸れるし本当に迂闊だった。まあ、
辛くも折檻から逃れた一輝は一人選手控室傍の廊下で息を整えていたが、不意に聞こえてきた喧騒を訝しみ其方へと注意を向ける。そこに居たのは、本来であれば今この瞬間に会場で剣を交えていたであろう二人―――薬師と紫乃宮であった。
「話なら全部終わってからにしてくれないかしら?何の用かは知らないけど私は一分一秒を急いでるの。
「いや、あの、その人が悪くなったのはたぶん僕の所為なんだッ!だから僕が何とかしようと思って」
「…なんですって?」
その一言で薬師と、それから場を離れるタイミングを逸した一輝は紫乃宮の能力系統に察しがついた。遠く離れた人間に干渉する、それも生き死にという重大事項を引き起こせる能力なんて一つしかない。
「そう、貴方『因果干渉系』の伐刀者なの。いいわ、手短に話なさい」
「う、うん。僕の能力は一言で言えば『願ったり強い感情がこもった思いが勝手に叶う能力』なんだ。多分その能力が『イッキ君やハル君みたいな強い人相手に自分を試したい』っていう願望に影響されたんだと思う。それで―――」
「――なるほど。普段医者としてしか活動していない私は貴方の中で『強い人』と認識されていなかった。だけど貴方の願いを妨げ得る存在だったから能力が勝手に排除した、そう言いたいわけね?」
そもそもの発端を説明しておこう。薬師キリコは広島で総合病院の院長を務めている。ありとあらゆる部位を治療できる屈指の
その患者の一人の容体が急変した、そう彼女の端末へと連絡が入ったのだ。幸い即座に命に関わる状態ではないが、そもそも彼らは薬師の施術が無ければ意識不明もしくは生きているのが奇跡というほど重篤なのだ。病院に残されたスタッフでは小康状態へと戻すことすら出来ず、それ故彼女は迷わず棄権を申請したのである。
「僕の所為で起きたことなら僕が責任を取る。その人が大丈夫なように『願う』から薬師さんは早く棄権を取り下げて―――『馬鹿じゃないの』―――え?」
必死に言い募る紫乃宮に対し、薬師はみなまで言わせず取り合わない。しかしその声音には、今まで紫乃宮が言われ続けてきたような拒絶や忌避の感情は込められておらず、寧ろ紫乃宮をいたわる気持ちさえ滲ませている。
「貴方の幸運でどうやって助けるのかしら。顔も名前も知らない誰かを救えるほど万能とも思えないし。それに何より、一人の医者として運なんてモノに患者を任せるわけにはいかないわ。貴方が本心で言ってくれてることは分かるし信用もしてるけど、貴方の後ろに居る存在は欠片も信じられないもの、幸運の女神かもしれないけどどう聞いても善神じゃなくて邪神か悪神の類よね。
それになにより……貴方何様のつもり?悪いことが起きれば何でも自分の所為だとでも?じゃあ患者が死んだら貴方の所為にしろって言うの?私の医者としての誇りを粉々にしたいのかしら」
「そ、そんなことッ!?」
「そうよね?なら今日のトラブルは貴方なんて関わりのない偶然、この話はこれで終わりよ。気に病む必要はないわ、患者に関わる運なんて大概悪運って相場が決まってるしそれをぶちのめすのが医者の仕事なんだから。……なんてお為ごかしは聞き飽きてるでしょうから、後のことはそこで聞き耳立ててるお兄さんに任せるわ」
「えッ?――ってイッキ君!?」
紫乃宮の注意が逸れた瞬間、薬師は彼の横をすり抜け呼び止める声も無視してその場を後にした。残された紫乃宮は針の筵に居る様な気持ちだった。よりにもよって一番聞かれたくない相手に最悪のタイミングで能力を知られてしまったのだから。
「……あ、ははは。軽蔑した?皆が本気で頑張ってるのにズルで勝った僕を。もしイッキ君が不愉快だって言うんなら次の試合は棄権するし、二度とイッキ君の前に姿を現さないって誓うよ。それと…僕の能力のこと黙っててくれないかな?もう昔みたいにこの能力しか見られない生活は嫌だからさ。勿論唯でなんて図々しいこと言わないよ?僕が叶えられることならなんだって願うからさッ!」
「―――そうだね。人の弱みにつけ込む様で悪いけど、せっかくだからお願いしようかな?」
「……ッ!」
果たしてどんな『お願い』を告げられるか、紫乃宮は顔を強張らせたが自らへの罰だと自身に言い聞かせる。目の前に居る大好きな青年がどれだけこの大会に賭けているかは良く知っている。誰よりも真剣にこの大会に臨む彼からすれば、自分など不快の極みだろうと。
「じゃあ僕からのお願いは――――『次の試合、君の全身全霊を賭けて勝ちに来てほしい』かな?」
「………は?」
―――しかし、憧れた青年の口から出た言葉は想定した罵詈雑言のどれでもなかった。
「ズル?場外戦術?大歓迎だよ、騎士を名乗るならそんなものは想定して当然だ。寧ろもっと踏み込んだ内容にしようか。『僕の敗北を心の底から願って欲しい』こっちの方が相応しいかな?」
「な、何言ってるんだよイッキ君ッ!そんなことしたら君は―――ッ!」
「会場にすら来られないかもしれない、けどそれなら僕はそこまでの男だってことさ。あれ、
悪戯に成功した子供の様な表情で自身に笑いかける一輝。その表情を見てようやく紫乃宮は気付いた。一輝は自身を貶すどころか、寧ろ救おうとしてくれているのだと。相殺しようとは思えても、克服しようとは思えなかった《過剰なる女神の寵愛》。その絶対的な力を真正面から打ち砕くことで、諦める必要なんかないと証明しようとしているのだ。
「…………もう、本当に格好良いんだから一輝君は。じゃああれやってよ、いつものやつ」
そんな言外に詰まった優しい激励に対し紫乃宮は―――――。
「良いとも、頼まれて言うのはちょっと恥ずかしいけど。
――――――僕の
―――泣き笑いの様な顔で、それでも目をそらさずに見返していた。
――――――……と、ここで終わっていれば良い話で済んだのだがそうは問屋が卸さない。いよいよ剣武祭も終盤へと差し迫り、並々ならぬ意気込みを掛けるのは何も一輝達だけではない。
Aブロック決勝戦は春雪と《血塗れのダヴィンチ》、Bブロックはステラと王馬が、そしてDブロックでは珠雫と待雪が激突することになる。そのどれもが過去の剣武祭では決勝戦でもお目に掛れないほどの好カードであり、当然そこにかける思いはこれまでの比ではない。
「……なんで君がここにいるのかな?それも明日ぶつかり合う二人が揃って」
紫乃宮と別れ、再び観客席へと戻ってきた一輝の前に居る少女もそんな思いを馳せる一人である。実は表の顔が世界随一の芸術家だというとんでもない側面を持った暁学園屈指のダークホース、サラ・ブラッドリリーは何故か春雪の隣でポップコーン片手に試合を観戦していた。
突然の乱入者にアリスはどう反応して良いか分からず、一輝より先に戻ってきていた珠雫は懇親会等の狼藉から第一級危険人物に毛を逆立てるも一般客の視線もある為ちからずくで排除することが出来ないでいた。
当の春雪はと言うと、まるで居ない者として無関心でいる……ように見せかけて、内心突然近寄ってきた彼女に困惑していた。悪名故にある意味一輝以上の嫌われ者である彼は、当然好意を持って近寄ってくる人間など居なかったのでこういうプライベートゾーンを侵してくる人間への耐性が付いていないからだ。ちなみに新聞部の日下部に苦手意識を持っている理由の一つでもある。
「……用事があって来た。貴方への頼みごとも勿論だけど……《奏者》にもあったから」
「いやだから僕はモデルなんて……え、春雪にも?」
「そう、初めて会った時に王馬に嗾けてた『女王』について」
ブラッドリリーの話に興味が湧いた面々はお引き取り願うのをいったん止め先を促す。彼女曰く、あの戦いの後待雪から春雪のことを聞いてから強い興味を持ったらしい。理由は春雪の伐刀絶技《騎機怪々狂騒曲》にある。
イメージ脳を侵食して創り出した『工房』で霊装を創り出すこの能力だが、現実の武具や工芸品の様な工程を以て創造している訳ではない。自身の頭の中で描いた完成図に沿って魔力を編み上げているのであり、それはつまり現実の様に過程を見ながら修正や手直しをすることが出来ず、つま先から天辺それから細部にわたってぼかしも曖昧さも許されないで創り上げているということだ。
言ってみれば目隠しをしたまま一度も取ることなく、しかも数か月という時間をかけて絵画を描くようなもの。それをあれだけの完成度と美しさ、そして強さを備えて生み出して見せた春雪には一人の芸術家として尊敬に値すると世界で最も評価されている画家は評価した。
ここまでであれば唯の褒め言葉、それも絶賛といって良いほどの高評価であり外部の評判に恵まれない春雪を心配する友人たちにとっても喜ばしいものである。であるならば頼みごととは一体……?
そんな周囲の反応を察したのか、彼女は本題に入った。しかしそれは一輝達にとっては驚くべきものであった。
「――――でもあの女王は
その一言はステラたちには信じられないものだった。合宿の最中春雪に化けたクィーンを、珠雫達は勿論一輝やアリスですら見破ることが出来ず、《雷切》で傷一つ負わせられなかった王馬を豆腐の様に切り刻んで見せたその実力は計り知れない。だというのにあれが本来の姿ではないのだとブラッドリリーは断言したのだ。
「……一つ聞かせろ、何でそんなもんに興味が湧いた?画家のアンタにはどれだけ美しかろうが戦争の道具に関心は持たんだろう」
対して春雪はそれを否定せず、サラ・ブラッドリリーという人間に対して警戒度をワンランク上げた状態で興味を持った。彼女は武人じゃない、軍人でもなく騎士としてもお粗末だ。しかし磨き上げられた芸術家としてのセンスで春雪の奥の手を嗅ぎ分けたのだから。
「確かに貴方の駒は芸術じゃないし、私の作品に応用したくなるような技巧が盛り込まれてる訳でもない。でもあの女王には
「……なるほど?面白いなあんた。良いだろう、もし俺に勝てたら見せてやっても良い。というより俺をそこまで追い詰められれば嫌でも見せる羽目になるだろうしな」
「――――わかった」
どうやら春雪はブラッドリリーのことを気に入ったらしい。そして彼女の方も静かに闘志を燃やしている。
そんな彼らの反応に一番喜んだのは一輝だった。これで少しは自分への関心が薄らいでくれると。しかしその淡い希望は次の春雪の一言で崩れ去る事になる。最近はトラブルの連続で鳴りを潜めていた所為で、自分を弄ってからかうのは春雪の趣味の一つであることを失念していた。
「とはいえ、俺にもプライドってもんがある。流石に他の男に現を抜かしながら相手されるのも業腹だし……よし、賭けの景品に一輝のオールヌードも乗せよう」
「本当ッ!?」
「いやいや何言ってるの春雪ッ!?僕はそんなこと一言も―――」
「そうよ、アタシの目が黒い内は無理やり何て許さないわよッ!」
「私も同感です。恩義のある春雪さん相手でもそれとこれとは別です。全力で対処させていただきます」
「……って言ってるけど?」
当然ながら総がかりで反対を訴える三人。しかし春雪は怯むどころかますます悪い顔になっていく。早くその口を閉じさせないとと考えるが少しばかり遅かった。
「そうか、じゃあしょうがないな。しかしこのままじゃ俺もこの人もモチベーションが上がりきらん。だから代替案を用意しよう、こいつを繋ぎにするってのは駄目か?」
そう言って指を鳴らすと、現れたのは一輝にそっくりのラウンズである《八重垣》。一輝は支部で見ていたため驚きはないが(その代わり猛烈に嫌な予感は感じている)、その他の学友たちはそのあまりにそっくりな精巧さに驚愕し言葉が出ないでいた。
そんな妥協案に対するブラッドリリーの感触は――――――辛かった。確かに素晴らしい出来であり、自身の絵画にも劣らない再現度であると言える。しかしやはり模倣品と本物には、どれだけクオリティが高かろうが言葉に出来ない差というものがあり、やはり彼女の満足は得られない。そう告げようとした彼女だが、春雪が口パクで『話を合わせろ』と言ってきたので訝しみながら言うとおりにする。
「……悪くない、表情筋が死んでるのが減点だけどそこは《無冠の剣王》に付き合って貰えば良い」
「表情だけなら今ほど拒否せんだろうしな。あとこいつは駒だから羞恥心なんてもんはない。だから着せ替えやオールヌードは言うまでも無く、必要なら○○や■■■■とかだって思いのままだ」
「そ、そんなことさせてたまるかーーーッ!!幾ら自分じゃないとはいえ、下手したら鏡より精巧な似姿にそんなことされる僕の身にもなってよッ!?」
「とはいっても他に手が無いしなあ。芸術家に妥協させるんだ、それなりに対価を積まんといかんし、あくまでも俺の駒を貸すだけだ。お前さんの知らんところでちゃんとすませるさ」
「それ僕が知っちゃったら意味ないよねッ!?そんなことされるくらいなら大人しくモデルにされた方がマシ―――『ピロンッ♪』―――あっ」
ついパニックになって滑らせてしまった一言を録音され我に返る一輝。それに対して凄くいい笑顔を向けてくる春雪。そしてブラッドリリーと二人でサムズアップを返し合っている、なんでほぼ初対面でそんなに仲良いんだ、と項垂れる他なかった。ちなみに恋人と妹は、春雪の漏らした放送禁止用語がついうっかり妄想を刺激してしまい悶絶していて反応出来ないでいた。
「よしこれで言質は取ったと。とはいえ、決闘でそんな格好をされたら気が散る。アリス、手間を掛けさせてすまんが適当に見繕ってやってくれないか?」
「……良いわ、その代わり何を企んでいるかちゃんと後で話しなさいよ」
そう言ってブラッドリリーを伴っていくアリスは、ついでに交通の邪魔になっていたステラと珠雫を連れてモールへと向かって行った。残された春雪の前には、当然の様に怒りを露にした一輝が笑顔で切れるという器用な芸当を見せいていた。
「……どういうつもりかな春雪?人の貞操を勝手にチップに乗せるなんて」
「もちろん、双方に利があるからさ。お前もついでに一緒に行って来い、あの女と交友を深めるのは間違いなくお前の役に立つ。例えば、
「―――ッ!……分かった、けどアリスが言ったようにちゃんと後で理由も含めてきっちり話してもらうからね」
そう言い残してアリスたちを追いかける一輝。それに視線を向けることなく春雪は楽しそうに思考を巡らせていく。
「悪いな一輝、俺も本命とやり合う前にアップをしておきたかったんでな。それに…髑髏男にお前の似姿を使ったってことは、もっと凄い切札が残ってるってことだ。そんな掘り出し物を見逃す手があるかよ」
そう一人呟いた後、春雪も席を立ち帰路へ着いた。
ここまでご覧いただきありがとうございます!質問、感想等いつでも大歓迎です!!